日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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「小説家になろう」に最新話を、「カクヨム」にて同作を章ごとに、こちらへは定期的に更新していく予定です。


23話【裏】 罪人と鼠

 鋼業都市〈アイゼンリーベンシュタット〉の南東端には罪人を閉じ込めておく為の比較的大きな刑務所が存在する。

 

 鉄筋入りの土瀝青(コンクリート)と分厚い都市防壁に四方を閉ざされていることに加え、複数の刑務官と24時間体制の警備網が敷かれている為、ほぼ脱出は不可能だろう。

 

 5月初旬である現在、この刑務所内は帝国が興ってから初と言っても良いほどの受刑者が収監されていた。

 

 理由は単純にして明快。

 

 都市転覆を狙った大罪人ルドルフとその部下であるグリム氏族の武芸者、また彼らと共に犯罪の片棒を担いでいた役人がぶち込まれているからである。

 

 おまけにこの都市を治めるパトリツィア・シュミット侯爵と武芸者協会支部の連携による氏族への監査(ガサ入れ)で発見された犯罪者共もぶち込まれているのだから当然だろう。

 

 4月末など増え続ける受刑者に刑務官側が悲鳴を上げ、結果として最低階級である看守の数は倍になってしまった。警備担当の軍人は3倍である。

 

 都市の陥落を狙ったルドルフとその直属の部下だけは帝国の管理下にある大監獄へと移送されることになっているのだが、パトリツィアとしても何の情報も得ないままに引き渡すなどさせる気もない。

 

 そもそも帝国軍人の中にも買収された馬鹿者共がいたのだ。引き渡しの要件を伝えに来た中央の軍人へ罵声の一つもくれてやりたいところだが、しなかっただけまだ理性的というものである。

 

「それで、尋問の方はどうだ? 奴は吐いたか?」

 

 背筋を正した軍人へパトリツィアは問うた。

 

 ちなみに領軍に属している軍人だ。国軍にその権限をくれてやるつもりは毛頭ない。もっともこの騒ぎのせいで駐屯していた国軍は内部監査に明け暮れている為それどころではないのだが。

 

「は。それが気味の悪いほどにペラペラと」

 

 厳めしい顔つきの中年の軍人は主君へと端的に回答した。

 

「……痛めつけ過ぎたのではなかろうな?」

 

「そういった手は一切用いておりません。私自らが立ち会っております」

 

「証言に嘘偽りは?」

 

「そちらについては裏を取っている最中でありますが、今のところ虚言は一つもないようです」

 

「では、この報告書通り、奴は聖国の間者で長年に渡り我らが帝国――いや我らが〈アイゼンリーベンシュタット〉に潜んで根を張っていた、と?」

 

「そのようです。民間企業を幾つか経由して商品も売り捌いていたらしく、聖国の方から活動資金は得ていなかったそうです。何でも国家間で金が動けば目立つから、と。徹底していたようです。グリム氏族の武芸者も、あの部下の男を除けば誰一人としてその事実を知らなかったそうです」

 

 商品という言葉を聞いてパトリツィアが眉間に皺を寄せる。直立して対する軍人とて似たような表情だ。

 

 グリム氏族の扱っていた商品の半分を占めていたのは人間だ。それも大陸で禁止されている人身売買。嫌悪感があって当然である。

 

「その民間企業とやらの洗い出しは?」

 

「直接の取引を行っていた企業はすでに押さえてあります。しかしながらその企業と繋がっていたと思われる企業の中には架空のものもあるようで」

 

「元々後ろ暗い商売をやっていた連中と手を組んでいたか」

 

「は。そのようです。主に他都市や街にある企業ばかりでしたが閣下のおかげで捜査は協力体勢を築けています。しかし捜査対象が増えていく一方でして」

 

 そこで少々気まずそうな顔を見せる軍人。グリム氏族と取引を行っていたのは残らず脛に傷を持つ連中ばかりだった。

 

 そしてそういう連中は必ず架空会社(ダミー)を用意している。そのせいで探れば探るほどねずみ算式に捜査対象が増えているというのが現状だ。

 

「構わん。そこは中央に話を持って行く。我々だけで全貌を解き明かせるなどとは最初から考えていないからな」

 

 パトリツィアは実年齢よりも15歳は若々しく見える相貌にハッキリとわかるほどの隈を見せながら首を横に振った。

 

 ようやく落ち着いてきたが4月末などは忙し過ぎて倒れるかと思ったくらいである。

 

「では、我々は引き続き尋問と情報提供者から受け取った帳簿から被害者の捜索及び横流しされた軍需品の目録、被害額の算定を主として行えばよろしいのでしょうか?」

 

「ああ、その方針で頼む」

 

「はっ!」

 

「それと、次の尋問は私も同行しよう」

 

 パトリツィアの発言に軍人は驚かなかった。主君が実直な性格であることなどとうに理解しているからだ。

 

「御自らですか?」

 

 その為、軍人は直立姿勢を崩さず確認するだけに留める。

 

「ああ、どうにも素直になった理由が気になってな」

 

「承知致しました。警護を増やしておきます」

 

「すまんな」

 

「いえ、では失礼致します」

 

「ああ、下がって良い」

 

 くるりと踵を返した部下を見送った後パトリツィアは細く長い溜息をついた。

 

 夫であるライナーは現在彼女の代わりに執務の方を一手に引き受けてくれている。あちらはあちらで忙殺されているようだ。

 

「領主など面倒なことだ、まったく」

 

 隠居した父が娘である己をこの座に置きたがらなかった理由がよくわかる。そんなことをツラツラと考えながらパトリツィアはまた別の報告書に目を落とすのだった。

 

 

 * * *

 

 

 ルドルフは糸目を更に細めた。

 

 彼が連れて来られたのはとある一室。いつもの薄暗くて狭い尋問室である。

 

 机と椅子以外は置かれていない殺風景を通り越して異空間とすら思えるほど何もない。しかし今回は少々違った。

 

 尋問室には普段の倍は軍人がひしめいている。全員いつでも軍刀(サーベル)を抜ける状態であることは見て取れるしソワソワしていた。

 

 その理由はルドルフの対面にいる尋問官のすぐ後ろに彼らの主君が立っているからである。

 

 ガチャンといつもより尚厳しく鎖で繋がれ、分厚い革製の口枷を外されたルドルフは普段通りの薄ら笑いを浮かべて口を開いた。

 

「パトリツィア・シュミット侯爵閣下。また御会いできるとは光栄の至り。それで、貴女がこの場におられるとは一体どういう風の吹き回しだろうか?」

 

 酷く遜った物言いに尋問官の眉がピクリと吊り上がりかける。言葉だけなら丁寧だが、どうにも小馬鹿にしたような響きが含まれているようでならない。

 

 しかしパトリツィアは気にして様子もなく、挨拶を問いで返した。

 

「なに、気にするな。都市転覆を企んだ大罪人の顔を見たがる貴族と言うのは存外多い。それはそうと部下から報告が来てな、貴様が随分と素直にペラペラ喋るから気味が悪い、と。そちらこそどういう風の吹き回しだ?」

 

 まだ何か企んでいるのか? との意味合いを含んだ侯爵の問いにルドルフは肩を軽く揺する。

 

「くく……どうも何も、手間を省いているに過ぎんよ。私はもう囚われの身だ。あの方のおられる故国に帰ることは今生では叶わぬだろうし、その内大監獄に送られるのだろう?」

 

「そこまで知っているか。詳しいな」

 

 周囲の軍人達は首を軽く横に振った。余計な情報は一切漏らしていないというアピールだ。パトリツィアとてその疑いは持っていない。

 

「生憎と人生の半分近くをこの国で過ごしていたのでね。ああ、質問に答えておこう。どちらにせよ私が故国に帰るアテはなく、また私をわざわざ殺しに来る者もいない。それならば世話になった鋼業都市に少しでも恩を返しておこうと思ってね。何か不都合な点でも?」

 

 ルドルフは薄ら笑いを浮かべたままそんな風にのたまった。世話になった、などという皮肉にパトリツィアは苛ついたが怒りに呑まれるわけにもいかない。

 

「では他の企みがあるわけではない、と?」

 

「これで何が出来るというのかね?」

 

 そう言ってルドルフはガチャンと鎖付きの手錠を持ち上げてみせる。やはりどこか小馬鹿にしたような仕草だ。

 

「故国に弓を引くような真似をして良いのか?」

 

 パトリツィアは皮肉には皮肉をと問うてみた。

 

 情報をバラすことによって聖国も被害を受けるのではないか? という意味だが、ルドルフは何と言うこともなさそうに答える。

 

「あの方が私の持っている情報程度で揺らぐことはない。要らぬ杞憂というものだよ、侯爵閣下」

 

 ――ブレもせんか。

 

 パトリツィアは冷徹にルドルフを見据え質問を変えた。これらは尋問官が聞いてものらりくらりと躱された質問である。

 

「貴様の持っていた”聖霊装”、他にもあるのか?」

 

「ふむ。彼には言葉を濁していたがそうだな……――わざわざ侯爵閣下に出向いて頂いているのだからお答えしよう。”聖霊装”というのは一部の者しか渡されぬ代物でね、あれ以外に持ち込んだものはない。少なくとも私は持っていない。これで良いかね?」

 

 押収した”聖霊装”は金属を流体化させるものだとはパトリツィアとて聞き及んでいる。実際に試した部下が青褪めた顔をしていたのは記憶にも新しい。

 

 あんなものがあればどこにでも侵入し放題だろう。

 

 諜報員には打ってつけだ。戦闘に用いていたとは”鬼火(アルクス)”から報告を受けたが、相当修練のいるものであるということも部下から報告を受けている。

 

「……良かろう。次の質問だ。どうやって聖国と連絡を取っていた? 符丁か何かがあるのか?」

 

「ふむ……そういったものはないな。彼らとて情報の伝達における専門家だ。ある時は子供、ある時は杖をついた老人、ある時は人畜無害そうな夫婦。そういった者達がやにわに情報を伝えてくる。私とてサッパリわからぬよ」

 

「では予想もつかん、と? そう言いたいのか?」

 

「その通り。私は潜伏はまぁ……この通り苦手でもないが、そういったことには疎くてね」

 

「だが諜報員であった以上、そちらから情報を流すこともあっただろう。そういう時はどうしていた?」

 

「特に何も。二言三言交わして報告書を渡すだけ。実に簡単だろう?」

 

 愉快そうに笑うルドルフにパトリツィアは内心で歯噛みする。

 

 彼の言うことを真に受けるのであれば情報収集役と伝達役は独立した存在だし、諜報員本人がわからないと言う以上帝国側から把握する術はないだろう。

 

 ――とことん徹底している。これ以上は無駄だな。

 

「そうか。私からは以上だ。今後も素直に話すと良い。減刑はまずないが尋問官が暴力に訴えないという利点はある」

 

「なるほど、良い話を聞いた。覚えておこう」

 

 尋問は終わり。さっさと尋問室の扉に手を掛けるパトリツィアの背にルドルフは質問を投げかけた。

 

「侯爵閣下、彼は……アルクス・シルト・ルミナスはどうしているかね?」

 

 その問いにパトリツィアはピタリと動きを止める。

 

 ”鬼火(アルクス)”。パトリツィアにとって親しい先輩の甥であり、この件を解決に導いた立役者。

 

「さあな。今頃、どこか別の都市にいるだろう。なぜ訊く?」

 

「私と死闘を演じたのでね。武芸者の先達として後に響く負傷を負っていたら……と心を痛めていたのだよ」

 

 ルドルフは明らかに本意を語っていない。それだけはパトリツィアにも理解できた。

 

「抜かせ。真意は知らんが彼に後遺症の類はない」

 

「そうか。ホッとしたよ」

 

 大仰に肩を竦めるルドルフに、

 

「ほざけ。質問は終わりだ。引き渡しまでしっかり話すんだな」

 

 パトリツィアは再度冷たい視線を投げかけて扉に手をかけて出て行く。

 

「ふ……見物だな」

 

 あの戦乱の申し子の如き龍がどんな道を辿るのか。間違いなく血道に違いあるまい。

 

 ルドルフは疑問符を浮かべた尋問官のことなど気にすることもなく、楽し気に思索に耽るのだった。

 

 

 * * *

 

 

 パトリツィアの所内警護を終えた軍人達と刑務官達が言葉を交わしながら元の業務へと戻っていく。

 

「閣下の胆力には痺れるが、あのルドルフってのも食わせ者だぜ。あんなに堂々としてるとは」

 

「てっきり罵声でも浴びせるのかと思ったけど」

 

「逆だったな」

 

「そっちの方が気味が悪いわ」

 

「違えねえや」

 

 話題は先ほどの尋問の話だ。そんな軍人と刑務官の群れから一人だけ外れていく者がいた。誰一人としてそちらの方に気付いていない――垂れ目が印象的な軍人だ。

 

 男は空の背負い袋(ナップサック)を持ってそのまま刑務所の出入り口まで行き、

 

「お疲れさん。ちょっと官舎まで戻る」

 

 と守衛に伝えて刑務所から堂々と出て行く。守衛は何の疑問も持たず、軽く手を振って見送った。

 

 守衛から見えない位置まで来たところで男は周囲を見回しながら軍服を脱ぎ捨て、背負っていたペラペラの袋に詰め込んでいく。

 

 慣れた手つきだ。下にはこの都市でもよく見る薄い色のつなぎを着込んでいた。

 

 そこに声が掛かる。若い女の声だ。

 

「で? どうだった? 何か吐いた?」

 

「それが収穫ゼロ。なぁんにもありゃしねーってよ」

 

 男はそう言いながら女の方を向いた。女もまたどこにでもいる女給のような恰好だ。つなぎ姿で背負い袋を担いでいる男と一緒にいても特に奇異には見られない。

 

「えぇ~? せっかく軍服盗んできてあげたのにぃ」

 

「ないっつうのがわかっただけで良しとしようぜ? な?」

 

 頬を膨らませる女を男は宥める。

 

「ま、いっかぁ~。てかアンタいつまでその顔してんの?」

 

「おっと、忘れてたぜ」

 

 そう言って男は顔に手をやり、グニグニと動かした。

 

 するとみるみるうちに垂れ目が印象的だった男の――目元が上がり、太めだった鼻筋が細くなり、軍人らしく四角張ったゴツい輪郭が変わっていく。

 

 手を離した男の顔は先ほどとまったく違っていた。まるでどころか、完全に別人だ。

 

「相変わらずフシギよね~それ。大道芸でもやったら?」

 

「今やったら確実にバレっちまうわい」

 

「はぁ~軍が押収しちゃったんならもうないんでしょ? どうすんの?」

 

「河岸変えちまうのが早えーんじゃね?」

 

「今度はお宝に巡り合えるんでしょうね?」

 

「それ、オレの台詞だってーのよ」

 

 そう答えた男女は泥棒だった。金を溜め込んだ豪商や不徳な貴族から金銭を盗み出す盗みの専門家。そして彼らの最大の目標は伝説の遺物。

 

 今回はとある筋から入手した情報により()()()()()()()()()()()()()()()のだが、立て続けにイレギュラーに見舞われ、惜しくもお宝を逃すことになってしまったのだ。

 

 もっとも”聖霊装”の持ち主であるルドルフが普段から身に着けていたとなれば盗み出せる確率は非常に低かっただろう。

 

「ま、今回はしょうがないんじゃなぁい? 大物同士でぶつかってたし、都市もあんなんなってたしぃ」

 

「だなぁ。まっさか、あそこで将来有望の新人武芸者と鉢合わせるたぁオレも予想してなかったもんよ」

 

「お宝もお宝じゃなかったみたいだしねぇ」

 

「ま、二度と出会いたくねえもんだ」

 

「なんてったっけ? あの塔をぶっ潰しちゃったトンデモ武芸者。えーと?」

 

「”鬼火”だよ。”灰髪”なんて呼ばれてる通りの灰色の頭した魔族さ」

 

 淀みなく男が答える。二度と仕事の邪魔をされないようにしっかりと調査済だ。

 

 アルと囚われのミリセントが遭遇し、グリム氏族の()()()()()()()()()()()()()()新人の事務方。

 

 それがこの男であった。

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