日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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「小説家になろう」に最新話を、「カクヨム」にて同作を章ごとに、こちらへは定期的に更新していく予定です。


6章「芸術都市トルバドールプラッツ編」
1話 悪夢と不安 (虹耀暦1287年5月:アルクス15歳)


 アルクスの視界に広がっているのは懐かしくも見知った光景だった。

 

 隠れ里。前世の記憶があったせいか比較的早く物心がついたアルが記憶しているだけでも10年と少しはここの記憶がある。

 

 母トリシャと過ごした実家やその隣のイスルギ家、向かいにはローリエ家があり、その更に向かいにイェーガー家。

 

 何度も何度も見てきた光景だ。ここから少し歩いて行けば、中央の広場に繋がる大きめの通りに出る。

 

 アルは夢遊病者のようにフラフラと歩き、旅立つ際にくぐった里の東門を見て不思議そうな顔をした。

 

「あ、れ?」

 

 呟いてみるものの頭には靄がかっているせいで思考が判然としない。

 

 とりあえずそのまま通りを歩いていく。このまま歩いていけば仕立屋通りと呼ばれる里の職人通りがあり、端まで行けば師匠ヴィオレッタの家がある。

 

 毎日のように通っていたせいで半ば癖と化した歩みに己を任せ、特に何も考えないまま師の家まで辿り着いたアルは同じく癖で扉をトントンと叩いた。

 

「…………」

 

 いつもは「お入り」と掛かる優しい声が掛からないことに違和感を抱きつつ、ぼやけた頭で「留守……?」とアルは首を捻る。

 

 珍しいこともあるものだ。アルはやはり頭に掛かった靄を振り払うように頭を振り、歩き出した。

 

 師が家にいない場合、アルが行くのはいつもの訓練場だ。足任せに隠れ里の西側へと歩いていく。

 

「……なんだろ?」

 

 この違和感は。喉まで出かかっているのに取っ掛かりが指を掠る。答えが掴めない。

 

 鍛冶屋通りを抜け、西門から見える訓練場を見た瞬間、アルの動きが止まった。

 

 アルの瞳に映し出されていたのは夕焼けに照らし出された訓練場。真っ赤な夕陽と木々の陰がどす黒く里全体を染めている。

 

 夕焼けに照らされた故郷など幾度となく見てきた光景だ。しかしアルはこの光景がたまらなく嫌いだった。理由など、ない。

 

「ああ、夢か」

 

 アルはポツリと呟く。明晰夢というやつだ。

 

 発した言葉は己の中にあった違和感を急速に意識へと浮上させた。

 

 ここは故郷であって()()()()()()。誰もいない隠れ里に、見たことがないほどに赤い夕陽。

 

 アルが育ってきた故郷はここまでおどろおどろしく、物寂しい場所では決してない。温かく、爽やかで、活気のある場所だ。

 

 気づくと同時に違和感は得体の知れない気持ち悪さに取って代わった。

 

「ここは一体……?」

 

 前世でも夢については科学的な考証自体はなされていても正しく立証できてはいない。

 

 無意識下に実体験や記憶に眠っている情報が断片的に組み合わされ、脳内でストーリー化していると言われていたり、脳が記憶を整理している間に見せる断片情報であったり、と様々だ。

 

 しかし、ここには何もない。ストーリーらしきものも夢特有の「こうしなければならない」という強迫観念も今はいないはずの親や友人、いるはずの仲間達もいなかった。

 

 あるのは血の如き赤で染められた故郷のようで故郷ではない景色だけ。

 

 アルは似たようなものを知っている気がした。前世の自分(長月)のいる部屋だ。あそこにいるときの感覚に近い。なぜかそう思った。

 

「長月ー?もしかしていたりする?おーい」

 

 声を上げてみるものの反応はない。となればここは長月の部屋のような空間ではない。そもそも見えているのはアルクスの故郷だ。

 

「なんなんだ、此処……?」

 

 そこでようやく周りを細かく認識し始めたアルは夕陽に照らされた西門に手を掛けようとして手をピクリと止めた。

 

「あれ……? これ夕焼けじゃ、ない?」

 

 伸ばした手が視界に入る。アルはその瞬間すぐさま引っ込めて後退った。

 

「っ!」

 

 背筋に氷を捻じ込まれたような怖気が走る。

 

 隠れ里は夕陽の影響で赤黒かったわけではない。元《・》()()()()()()()()()()()()()

 

「じゃあ、あの夕陽は!?」

 

 簡易狩猟場の森上空に見えるはずの太陽にアルが視線をやった瞬間、景色が塗り潰されるようにグニャリと変わっていく。

 

「な、どうなって……」

 

 気づけばアルはラービュラント大森林の端にある村に立っていた。一度訪れたことがある。

 

「〈ネーベルドルフ〉……?」

 

 煙樹と呼ばれる霧を出す樹木に囲まれた魔族達の村。たったの数日間しか滞在はしていないが驚くほど精巧に再現されていた。

 

 しかし、やはり赤黒く染まっている。アルは怖気が治まらず、気づけば腰に差していた刃尾刀の鞘に手を掛けて村内を見て回った。

 

「誰もいない……」

 

 その瞬間、再度景色が崩れていく。

 

「……今度は〈ヴァルトシュタット〉か」

 

 表れたのはアル達が初めて訪れた帝国の辺境街。田舎街とは言え活気のあった街にはやはり誰一人おらず、赤黒い建物ばかりが目についた。

 

「何の悪夢だ」

 

 呻くアル。どうしてもこの光景――否、この赤黒さに忌避感が拭えない。心底から嫌悪感が湧いてくる。

 

 そこから更に景色はどんどんと変化していった。

 

 アルの父ユリウス・シルトの故郷、武芸都市〈ウィルデリッタルト〉。

 

 その近くにある魔獣の襲撃を受けた街〈ゼーレンフィールン〉。

 

 不忍大沼のヌシとして十叉大水蛇(とおまたのおおみずち)が親しまれている村〈ドラッヘンクヴェーレ〉。

 

 高位魔獣〈羅漂雪〉と戦い、雪崩を防ぐことになった山岳都市〈ベルクザウム〉。

 

 そして少し前まで滞在して争乱に巻き込まれた鋼業都市〈アイゼンリーベンシュタット〉。

 

 そこから南方にある合同依頼を請けて訪れた花の街〈ブルーメンコルプ〉。

 

 どの都市も、街も、村も人っ子一人いない。

 

 建物や通りには赤黒いフィルターが掛かり、透明感があったはずの硝子や水はまるで紅玉(ルビー)を砕いて散りばめたように赤く、そのくせ中を見通すことはできないほどに淀んでいた。

 

 空にはどくどくと血を流し続ける夕陽。

 

「はっ、はあっ、はあっ、はぁっ……!」

 

 アルは息を荒げ、膝に手をやる。気味が悪く、誰か知り合いがいないか走り回っていたのだ。夢とわかっていても怖気が止まらず、脱け出したかった。

 

 ――恐い。

 

「ここをっ、出ないと……!」

 

 夢から覚めなければ。否、覚めたい。

 

 強迫観念とも恐怖ともつかない感情がアルの焦燥を煽る。

 

 しかし脱け出す方法がわからず、いつも前世の己と対話している空間から還る方法では上手くいかない。

 

「やめろ……! 見たくない!」

 

 瞳に灼き付きそうな光景に嫌々と首を振り、視界を外したところでどこを見ても血の如く赤黒い。おまけになぜか瞼を閉じても視界に入り込んでくる。

 

 ――ここにはいたくない。

 

「嫌だ……!」

 

 頭を抱えて蹲るアル。その時どこからか声が聞こえてきた。

 

『――――……ル! アルってば!』

 

 障子が一枚ずつ開くように声がハッキリしてくる。

 

『アル! 起きなさい!』

 

『どうしたの!?』

 

『アルさん!』

 

 聞き馴染みのある少女達の声。アルは恐る恐る顔を上げた。見えたのは真っ白な光だ。

 

 赤黒い夕陽を消し飛ばした光はスポットライトを当てるようにアルを照らし出す。アルは瞳を灼くその白光に見入った。

 

 カ…………チ、リ――。

 

 ゼンマイを回すような音が最後耳に届き――……。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 ハッとアルは目を覚ました。肩で息をしている己を自覚しつつ、瞳がようやっと焦点を結ぶ。

 

 目の前にいるのはやや心配そうな顔をした三人娘だった。艶やかな黒髪を簪とバレッタで止めた凛華と乳白色を帯びた金の短髪と紅い髪留め(アクセサリー)をつけているシルフィエーラ、そして波打つ朱髪を緩く纏めたラウラだ。

 

「あ……ごめん。寝てた。もう終わっちゃった?」

 

 アルは咄嗟に謝罪の言葉を口にした。

 

 ここは劇場1.5階の高さに相当する前後各4人で座る8人用箱型席。貴族や豪商の使う貴賓席と違い、完全個室にはなっていないがある程度グループで分けられ、またその分一般庶民でも少々の贅沢くらいの感覚の入場料金(チケット代)で提供されている大型劇場の観客席であった。

 

「ええ、さっきね。それより大丈夫? あんたうなされてたわよ?」

 

「え、そうだった?」

 

 凛華の青い瞳に射すくめられ、アルは軽く肩を竦める。どうにも気恥ずかしい。

 

「うん、ボクらの目は誤魔化されないからね」

 

 エーラの緑色の瞳をじーっと向けた。演劇を見ていたが途中からはアルの方が気にかかったくらいだ。

 

「顔色、さっきよりは良くなりましたけど汗も凄いです」

 

 ラウラはそう言って手巾(ハンカチ)でアルの額を拭う。

 

 驚くほど冷え切っていた彼の汗から寝汗とは別種のものだとラウラは悟り、手つきを更に柔らかくさせた。

 

「ありがと……。ちょっと悪い夢を見ただけだよ」

 

 アルは気持ち良さそうに目を閉じて呟くように答え、心から安堵した表情を浮かべる。

 

「ボクらのおかげだねぇ」

 

「うん……。ホント、助かったよ」

 

 悪戯気に笑うエーラにアルは目を閉じたまま言葉を返した。その返答に三人娘はキョトンと目を真ん丸にする。

 

 アルは素直な方だが、だからと言って簡単に弱ってるところは見せない。仲間に頼ることを覚えてからもそこは変わっていないはずだった。

 

「どんな夢だったのよ?」

 

「それがちっとも覚えてない。助けてほしくて逃げ惑ってたことだけは憶えてる」

 

 凛華の問いにアルはそう述べる。あんなにハッキリとした感覚があったのに今はもう何も思い出せなかった。心底から嫌だったという感情の断片と胸にささくれ立ったザワつき、荒げた呼吸だけが残っている。

 

「アルさんが逃げるって、そんなに嫌な感じだったんですか?」

 

「ふぅ~……まぁね。でも三人のおかげで落ち着いたよ、ありがと。マルクとソーニャはどこ行ったの?」

 

 アルは目蓋を開き、赤褐色の瞳を覗かせた。

 

 

 ”鬼火”の一党は現在、芸術都市〈トルバドールプラッツ〉にいる。

 

 すでに一週間は滞在しているがこの都市では積極的に依頼を請けない方向でいた。

 

 なんせ散々鋼業都市で目立ったばかりである。大々的に新聞に名が載ったのは致し方ないことだとはいえ動きにくい。

 

 どうせ来月頭に出る『月刊武芸者』にしっかりこのことも載せられるだろうし、共和国令嬢であるラウラとソーニャをこれ以上目立たせたくもなかった。

 

 褒賞金はしっかり貰っているし、鋼業都市の領主シュミット侯爵からも”鬼火”の一党については名前を出すだけで余計な詮索はないように取り計らって貰っている。

 

 そういった理由から今回はまだ武芸者協会〈トルバドールプラッツ〉支部に顔こそ出してはいるが依頼を請けることもなく、いつもの地道な鍛錬(トレーニング)を続けるのみであった。

 

 やったことと言えば演劇・舞台の鑑賞くらい。

 

 しかし、専門家(プロ)の芝居と光や水、時には火属性魔力すら用いた演出の数々は魔族であるアル達からしても妙技と言わざるを得ないものだった。

 

 約二日に渡って行われた四部からなる『帝国の夜明け』という帝国誕生物語が、史実に沿って初代皇帝の生い立ちや小国群を纏め大国として君臨するに至った経緯をわかりやすく、また迫力のある芝居で描かれていたのですっかりハマってしまったのだ。

 

 驚愕と興奮冷めやらぬ面持ちで劇場を後にしたのは記憶にも新しい。

 

 アルも含めて全員が観劇などの経験もなく、どんなものかすらあまり知らずに来たところに慣れている子供でも黙ると言われている劇団が演じたのだから無理もない。

 

「一番大きそうなところで、一番人が集まってる演目で良いんじゃない?」

 

 この如何にも適当極まりない発言が芸術都市〈トルバドールプラッツ〉随一と呼ばれている劇団の大演目を引き当てたのだからなかなか幸運というものだ。

 

 今回はそこの後輩劇団がやっているという騎士の悲恋を描いた物語を相手の高貴な女性を主眼に置いて演じているという所謂ラブロマンスを観に来たのだがアルは早々に眠りの世界に落ち、うなされていたのだった。

 

「お、アル起きたか。やっぱ寝てたな」

 

 箱型席に入ってきたマルクが呑気にあくびをかましながら声を掛けてくる。

 

「寝てたのはお前もだろう」

 

 すかさずワインレッドの寝癖を指さしながらツッコミを入れるソーニャ。柔らかそうな栗色の髪は軽く纏められているのみだ。

 

「初っ端が長過ぎたんだよ」

 

 まったく同じ理由で寝入ってしまったアルは目線だけで「わかるよ」と同意を示す。

 

「まったく」

 

「それで、そっちは? どっか行ってたのか?」

 

「ソーニャが物販を見てみてえっつーからついて行ってた」

 

 肩をゴキゴキ回しながら問うアルにマルクは肩を竦めて呆れるように答えた。

 

 ちなみにアルとマルクは『帝国の夜明け』観劇後にしっかり物販コーナーで財布を目一杯開いているので呆れる筋合いなどない。

 

「む、別に良いだろう。散財はしてないぞ」

 

「何買ったの?」

 

「今回の演目は元が小説らしくてな。それを買った。あとは上着だ。夏物だったから丁度良いと思って」

 

「そういえば持ってなかったものね」

 

 ソーニャは胸を張るようにして買ってきたグッズを姉に見せびらかす。幕が閉じると同時に首根っこを掴まれて物販コーナーまで連れて行かれたマルクは眠そうに眼をごしごししていた。

 

「服もあったのね。後で見に行こうかしら?」

 

「ボクも見た~い」

 

「アルさん?」

 

「わかった、降参。寝てた分はそれでチャラにしてくれよ」

 

 三人娘にお手上げと示してアルが立ち上がる。途端に喜ぶ少女達。

 

「わはっ! さっすが!」

 

「そうでなくちゃね」

 

「じゃあ早速行きましょう!」

 

「「お~うっ!」」

 

「へいへい」

 

 どうやら今回の演目も当たりだったらしい。彼女らの様子からそんな風に推察しながらアルが席を立つと、

 

「んじゃ、俺らは劇場の外行っとくからな。翡翠と合流する」

 

 マルクは親指で出口を指し示した。

 

「なら私もついて行こう。あの人混みにつき合わせたからな」

 

「お前な……わかってんなら一言言えよ。無言で引っ張ってったじゃねえか」

 

「余裕がなかった」

 

「どんだけハマってんだ」

 

 夫婦漫才のような小気味の良いテンポで言葉を交わしながらマルクとソーニャが去っていく。

 

「ねね、早く行こ!」

 

「ですね」

 

「行きましょ、アル」

 

「ああ、すぐ行くよ」

 

 三人娘の背を見送りながら、アルは左手を胸の前に翳した。途端にボウッと浮かび上がる刻印。『八針封刻紋』だ。

 

「……やっぱり」

 

 ――気のせいじゃなかった。

 

 アルは眉間に皺を寄せて呟く。八針とも閉じていたはずの『封刻紋』がひと針だけ()()()いた。開いているのだ。

 

 『封刻紋』が七時を示したところでアルの見た目は変わらない。だから彼女らも気付かなかったのだろう。

 

 ――何が原因だ?

 

 アルは思っている以上に冷えていた身体に龍鱗布を巻きつけて三人の後を追うのだった。

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