日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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「小説家になろう」に最新話を、「カクヨム」にて同作を章ごとに、こちらへは定期的に更新していく予定です。


2話 昇級審査

 白を基調とした壁紙と懸架式のTV、そして無造作に置かれた衣類がアルクスの視界に入った。一人暮らしだからと無駄に金を掛けたソファはやたらとふかふかしている。

 

 窓際に置いてあるノートパソコンは開きっぱなしであり、もっぱらそちらで配信サービスの映画やドラマを見ながら食事をしていたな、と取り留めのない思考に陥りかけたアルに部屋の主人が声を掛けてきた。

 

「よぉ兄弟。ここ最近ずっと来てんな。心配事か?」

 

 ソファにだらしなく転がって電子タバコをプカプカやっている黒髪の男性。アルの前世の自分、長月だ。

 

「わかってるだろ?」

 

 言葉を返したアルは白々しいとばかりに返答を返す。

 

「『封刻紋』が勝手に開いちまうってやつな」

 

 長月はそう言って右眼を閉じた。ここ数日ずっとアルはこの調子だ。不安がっているのは理解も出来るが長月が解決手段を持っているわけではない。

 

「そう。『鍵』も『封刻紋』自体も術式におかしなところはないし、焼き付けたところが掠れたりしてるわけでもない」

 

 『八針封刻紋』の刻印術式は今だって正しく作動し続けている。

 

 それでもアルはどうしても不安が拭えない。暴走する危険性(リスク)を管理できないというのは問題にすべき事柄だろう。

 

「けどなぁ、今んとこ勝手に開いたらしき回数はたったの二回だけ。おまけに『封刻紋(そいつ)』を創ったのはもう三年くらい前だろ? お前の成長分も考慮に入れとくべきなんじゃねえの?」

 

 アル本人の肉体的な成長も含めて封印を施した時とは状況が違う。長月はそこを指摘しているのだろう。

 

「わかってるけどさ――」

 

引き鉄(トリガー)がわからねえのが怖えって?」

 

「そう。一回目はあのルドルフと戦ってた時。意識が戻った時には開いてた。そして次は数日前。変な夢を見て魘されたとき」

 

「一回目は火事場の馬鹿力で済むかもしれねえけど、その夢ってのはなんなんだ? そんなに酷い悪夢だったのかよ?」

 

 長月はアルの記憶を見ることができるがあくまで意識を現実世界に置いている間だけだ。眠っている間の記憶など見ることはできないし、夢の記憶など論外である。

 

「たぶん。でもほとんど覚えてないんだよ。断片的な、えー……なんて言うんだっけ?」

 

「イメージ?」

 

「あ、それ。イメージだ。そんなのしかない」

 

「どんなイメージなんだ?」

 

「えーと……血みたいに真っ赤? な印象かな? それがひたすら嫌だった。なんか、そんな感じ。起きたら『封刻紋』の針が一つ戻ってた」

 

「真っ赤? 人里に出て斬った張ったが多かったからそんな夢見ちまったのかね?」

 

 ふぅ~~とニコチン混じりの水蒸気を吐いて長月はぼやいた。人間のいる場所に出てからは血が絶えない環境にアル達はいる。そのせいかもしれないと言ってみた。

 

「いや、それとは別っていうか静かな……じゃないな。自分以外の音がなくて周りが真っ赤なイメージ? 赤って言っても赤黒いっていうか」

 

「周り?」

 

「ああ、こう――……血で染まった世界に置き去りにされた、みたいな?」

 

 アルはこめかみを指でトントン叩きながら記憶を捻りだしながら言ってみる。長月は開いていた左眼を細め、やがてこう言った。

 

「……ま、どちらにせよ夢は夢だ。現状五針しか解くことはねえんだし、あんまり気になるんならお師匠さんにでも聞いてみろよ」

 

「? ああ。それくらいしか手はないか」

 

 アルは前世の自分に一瞬怪訝な顔をしつつも頷く。

 

「だな。ほれ、とりあえず今日はこんなもんだろ。帰ってちゃんと寝な、依頼の帰りだろ」

 

 長月がピッと壁に掛かっていた時計を指した。

 

「あ、もうこんな時間か。うん、じゃあ帰るよ」

 

 アルは立ち上がり、ふと気になったことを問うてみる。

 

「そういやこのマンションの階下(した)には行けたんだろ? あれから世界は広がった?」

 

「ん? いや特に興味もなかったから確認してねえな。今度確認しとくわ」

 

 長月はそんな風に答えて肩を竦めた。アルは己の成長が前世の自分がいるこの精神世界にも影響があるのではないかと考えて訊ねてみたのだ。

 

「そっか、了解。それじゃまた」

 

「おう。またな」

 

 プラプラと手を振る長月にアルは一つ頷いて意識を上へ傾ける。そのまますうっと浮いていく。お馴染みの感覚だ。

 

「…………血で染まった世界ね」

 

 そんなアルを見送った長月は珍しく忌々し気な顔をしてポツリと呟くのだった。

 

 

 * * *

 

 

 5月も下旬に入ったが芸術都市〈トルバドールプラッツ〉を歩く住民達は軽装ではあるものの上着は手放さない。

 

 日中はまだポカポカと暖かいし真夏になれば夜の8時くらいまでは日が出ているので良いのだがこの時期はまだ夜間は冷え込む。

 

 ここより南に位置する隠れ里も気温自体は似たようなものだがそれは別の理由に起因しているものだ。

 

 この都市での初依頼から帰還したアル達”鬼火”の一党は素っ頓狂な声で受付の事務員に問い返した。

 

「昇級、ですか? 私達も?」

 

 ラウラは琥珀色の瞳を真ん丸にしている。彼女と義妹のソーニャは共に五等級。鋼業都市〈ベルクザウム〉で昇級したばかりだ。

 

 反対に魔族組4人は登録時からずっと四等級のまま。一党の等級も現在は四等級。それもついこの間上がったはずである。

 

「はい。鋼業都市〈アイゼンリーベンシュタット〉の方から詳細報告が届きまして、功績化しましたので今回の依頼達成で六人とも個人等級が上がります。ですが、一党としての等級はまだ四等級のままになります」

 

 四等級一党と三等級一党というのは武芸者達の認識以上に大きく異なる。

 

 実力のある武芸者が集まった一党でも三等級に上がるにはそれなりに功績がいるし、人格や依頼達成内容を吟味されるのは常識だ。

 

 その代わりと言っては何だが四等級までは比較的上がり易い。実力さえあれば「昇級しないか?」と協会側から声を掛けるほどである。

 

 しかしそこからはなかなか上がらない。功績の数と質が全く異なるからだ。無論、それは協会側の内部事情であるため武芸者達が知ることはほとんどない。

 

「じゃあ我々も認識票を提出すれば良いのだろうか?」

 

 ソーニャは女性型軽鎧でコツコツと受付卓に近寄って訊ねた。事務員の女性はソーニャへ大きく頷き、

 

「ええ、ラウラさんとソーニャさんはそれで問題ありません。四等級の認識票を用意させますのでお預かりします。ですが頭目のアルクスさん達四人はそういうわけにもいきません」

 

 申し訳なさそうな顔をアル達4人に見せる。思わず顔を見合わせる魔族組。

 

「カァ?」

 

 アルの肩に乗っている夜天翡翠がクリクリと首を回した。

 

「どういうことですか?」

 

「あなた方四人は三等級への昇級ですので審査が入るんです」

 

 アルの問いに受付嬢が答える。その回答で「あ」とマルクガルムが気付いた。

 

「そういやそんなこと言ってたわね」

 

 面倒ねーとでも言わんばかりの表情で凛華が腕を組む。 

 

「四等級でもボクらは別に困らないよね?」

 

 面倒臭そうだし現状維持でも良くない? と、シルフィエーラは暗に提案した。

 

 等級イコール実力ではない。それはよくわかっているし、何よりアルもあまり等級そのものには拘っていない。

 

「ま、ぶっちゃけな」

 

「特典があるわけでもないし、また喧嘩売られたりしたくないもんなぁ」

 

 マルクとアルも同意した。彼女の言う通り現状で困っていることなど特にない。

 

 慌てたのは受付嬢の方である。実力のある武芸者を下位の等級に留まらせておくなど損失でしかないし、話題の”鬼火”の一党だ。放置しようものなら職務怠慢を疑われてしまう。

 

「ちょ、ちょっと待ってください! 特典っ……は、癒着防止の為にありませんが三等級なら認識票を見せるだけで大抵信用を得られますよ! 特に魔族の方々は国の発行する身分証をお持ちでない方が多いので便利です!」

 

「でも審査ってあんまり良い印象ないかも」

 

「そうね。ネチネチ言われそう」

 

 エーラと凛華は似たようなことを述べた。彼女らにとって仲間のラウラとソーニャ、そしてシルト家の者以外いまいち人間と言う種族に信用が置けない。

 

 特に知らない人間だ。どちらかと言えばマイナス寄りな意見になってしまうのは今までの経験のせいである。

 

「審査は尋問ではありませんよ!? 功績に間違いがないかと二、三質問するだけですから! それに我々帝国に住んでる住民に魔族への悪感情はありません! ネチネチ言ったりしませんよ!」

 

 必死に言い募る受付嬢。彼らの功績は知っているからこそ、その不信感に理解はできるものの帝国臣民としてそこだけは訂正したいところだ。

 

「まあまあ。アルさん達の気持ちもわかりますけど三等級ですよ? 身分証代わりにいいじゃないですか」

 

 ラウラは苦笑する。アルはあからさまに「面倒だなぁ」という顔をしていた。

 

「うむ。それに三等級にもなれば徒に絡んでくる者もいないのではないか?」

 

 ソーニャも姉に追随する。魔族組は人間基準の名誉など知ったこっちゃないという気風が強いのでこのまま辞退する可能性は大いにあった。

 

「そうかなぁ」

 

「ああいう連中に認識票を確認するなんて発想なさそうだけどな」

 

 アルとマルクは渋い顔をしている。基本的に矢面に立つのはこの二人なので当然の反応であった。

 

「うちにそういうガラの悪い方達はいませんから! 氏族もこの都市にはいません!」

 

 受付嬢の必死な説得。やがてアルは渋々、本当に渋々頷いてみせる。

 

「……うぅん……うーん、わかりましたよ。昇級審査? ってのを受けます」

 

 ホッと息をついた受付嬢はようやく本題に入れるとばかりに案内を開始した。

 

「良かった。ではこれからお時間はありますか? 副支部長が審査を担当します」

 

「普通の職員じゃなくて副支部長だってさ」

 

「面倒臭そうね」

 

「ダルそう」

 

「前の都市では職員も氏族とつるんでたよね?」

 

「カァ~~」

 

 途端にやっぱやめる? と顔を見合わせる魔族組と困ったように笑うラウラとソーニャ。

 

「お願いですから少しは信用してください!」

 

 信頼というものの重みと鋼業都市〈アイゼンリーベンシュタット〉の不正を働いていた協会職員へ怨嗟の念を抱く受付嬢であった。

 

 

 * * *

 

 

 アル達が通されたのは〈トルバドールプラッツ〉支部の二階にあるそこそこ広めの会議室のような部屋だ。ちなみにラウラとソーニャも一党の仲間として同行している。

 

 彼らを待っていたのは理知的な印象を与える眼鏡をかけた細面の中年職員だった。

 

 煌びやかな装飾のついた上着は無造作に引っかけられているし、持ち主と思われる職員自身は非常に地味な風合いの事務服を着ている。

 

 あの上着は贈り物か何かだろうか? と席に着いたアルの視線を職員は読み取って口を開いた。

 

「ここは芸術都市。華美に過ぎる装いも時には必要でね」

 

 見た目より深みのある低い声だ。オールバックに撫でつけられた黒髪と切れ長の瞳が六人と一羽を見つめている。

 

「そういうものなんですね」

 

 アルは当たり障りのない返答を返した。どうやらこの職員はあまり派手なのを好いていないらしい。

 

「ああ。もう始めても良いかね?」

 

 クイッと眼鏡を上げた職員はやはり副支部長で合っていたようだ。

 

「あ、はい。どうぞ」

 

「私は〈トルバドールプラッツ〉支部の副支部長アポテーカーと言う。今のは姓の方だ。副支部長でもアポテーカーでも気軽に読んでくれ」

 

 ピクリとも笑みを浮かべず職員――アポテーカー副支部長はそう名乗った。

 

「わかりました」

 

 素直に頷く六人。

 

「うむ。では君達が”鬼火”の一党で合っているかね?」

 

「はい」

 

「欠けている面子は?」

 

「いません」

 

「よろしい。今回一党の昇級はないが、頭目を含めた魔族四人が三等級に昇級する。受付で聞いたことと相違ないかね?」

 

「ええと、はい」

 

 淀みなく繰り出される質問にアルは幼馴染達をチラリと見て頷いた。

 

「では質問に移らせてもらう。本来なら君達が達成してきた依頼とその内容の事実確認及び判断理由について疑問点などを問うのだが、今回はしない」

 

「なぜでしょうか?」

 

 コテンと首を傾げてラウラが問う。アポテーカー副支部長は一瞬まじまじとラウラを見て、次にアル達を見た。五人は不思議そうな顔をしている。

 

 本気で言ってるのか? と言いたげな表情でアポテーカー副支部長はゴホンと咳払いをする。

 

「理由は至極単純。君達の活躍が派手だから、だ。聖国の軍事侵攻、人為的な魔獣侵攻、攫われた貴族令嬢の救出、お尋ね者の撃破、高位魔獣の撃破と雪崩の阻止、そしてひと月前は聖国の間者を捕縛し大量の虜囚を救出してみせた。どれもが『月刊武芸者』のみならず、紙面にすら載るような出来事だ。これでいちいち事実確認などしていたらこちらが笑われてしまう」

 

 今までの功績を諳んじたアポテーカー副支部長に”鬼火”の一党の五名は半ば他人事のように「そういうものか」という表情を見せ、アルは質問を返した。

 

「聖国の軍事侵攻……って、どこまで事情をご存じなんですか?」

 

 ラウラとソーニャの出自と聖国に追われていた理由。どちらも世間一般には秘されていることだ。

 

「そちらにおわすラウラ嬢とソーニャ嬢のことは私――つまり副支部長以上の役職なら事情を理解している。その件についてはシルト伯爵とこの間シュミット侯爵の方からも緘口令が出されているから情報が流出することはない。そもそも君達は彼女らの長期護衛依頼を請けている。依頼者が罪人でもない限り、情報は秘匿するのが原則だ」

 

 アポテーカー副支部長は厳格な物言いで言葉を連ねる。しかしアル達には充分な回答だった。

 

「そうですか。それなら良かった」

 

「うむ。では続きだ。今言ったような理由から事実確認の類はしない。二、三質問と注意事項を話させてもらおう」

 

「わかりました」

 

「まず、君達の功績は非常に義に溢れる行いの数々だ。貴族や軍人、村民からも感謝状や追加報酬を貰っているのがその証左だと協会側は認知している。それについて何か思うことはあるかね?」

 

 その質問にアル達は全員頭に疑問符を浮かべる。どういう意味だろうか?

 

「思うこと……ってのは?」

 

 問われた意図がわからずマルクは問い返した。

 

「簡潔に言えば行動原理だ。『正義の為』だとか『誇りの為』だとか、そういったものはあるのかね?」

 

 アポテーカー副支部長は”鬼火”の一党に悟られぬよう眼鏡の奥で瞳を光らせる。

 

 これは重要な質問だ。如何に正しい行いだったと言えど彼らは()()()()()()()()()

 

 正義という言葉は重たく、そして時に紙きれより薄っぺらい。誰にとっての正義なのかで見方など幾らでも変わってしまう。

 

 だからこそ彼らが己の行いをどう認識しているか、というのが重要になってくるのだ。

 

 自分達の活躍に酔っているようであれば注意しなければならないし、場合によっては昇級取消で厳重注意を与えなければいけない。

 

 そういった彼らの内面を審査する為、職員の中でも熟練(ベテラン)がやらなければならない仕事だ。

 

「や、()()()()です」

 

 しかしアルの造作もない返答はアポテーカー副支部長をギョッとさせるに充分な威力を持っていた。

 

「特にない……? とは、どういう意味かね?」

 

「正義も誇りもないです。そりゃ助けた人達に感謝されたりすれば嬉しいですし、胸を張れますけど、でも全部ただの結果です。それが依頼内容だった時もありますし、その時その時に下した判断が結果的に認めてもらえたってだけです」

 

 アルはそう言ってのける。

 

 ルドルフと戦っているときに自覚したことだ。仲間や仲良くなった人達の為にこそ命を張っていたが、見ず知らずの誰それの為に戦ったことなど一度としてない。すべてに理由があった。

 

「では偶然正しい行いをした、と?」

 

 アポテーカー副支部長は恐る恐る訊ねる。目の前の青年に正邪の判断が下せないとしたら大問題どころではない。しかしアルは首を横に振った。

 

「いえ、正しいかそうでないかの判断がついてないってことじゃなくて、個人的な理由で動いたら事が大きくなり過ぎたっていうのが真実だって言ってるだけです」

 

 アルは淡々と述べる。

 

 その言葉でようやくアポテーカー副支部長は合点がいった。この青年は正直過ぎるくらい真っ正直に話しているのだ、と。

 

「なるほど。では聖国の軍事侵攻もベルクザウムの雪崩も――」

 

「助けたかったし、諦めたくなかったから必死に動いただけです」

 

 アルは断言する。一個人の感情や一党の意思によって行動したのだと。そこに社会的正義や立派なお題目などなかったと。

 

「他の三人も同意見かね? 先月は総計百名を越える虜囚を助け出したと聞いているが」

 

「そうね。宿の娘さんが攫われたのが原因だし後は成り行きね」

 

 凛華がそう言うと、

 

「うん。助けられそうなのに見放すのも嫌だったもんね」

 

 エーラは賛同した。

 

「二人と同意見っすね」

 

 マルクも端的に肯定を返す。

 

「なるほど」

 

 アポテーカー副支部長はなんともらしい回答に得心がいった。魔族の彼らは現実主義者なのだ。

 

 己の手が届くなら助けるし、難しければそのための手段を探す。そうやって戦ってきたのだろうことは想像がついた。そしてその根底にあるのは強烈な意思。

 

 目の前の青年から発せられている意思が彼ら五人の感情を結束させ、強大な力へと変えている。

 

 ――それが”鬼火”の一党か。強いはずだ。

 

 受付で働き始めてこの地位に至るまで長い間武芸者を見てきたアポテーカー副支部長は確信を得た。彼らはいずれ近い内に三等級一党に昇級するだろう、と。

 

 強い一党、実力のある一党にはそういった雰囲気やまとまりがあるのだ。長年で培った嗅覚がそう言っている。

 

「ふむ、よろしい。では質問は終了だ」

 

「えと……もうですか?」

 

 こんなんで良かったのか? と怪訝そうにするアル。

 

「昇級に問題ないことは理解した。おめでとう、君達はこれから個人三等級、四等級一党の武芸者だ」

 

「ありがとう、ございます……?」

 

「どうも……?」

 

 困惑してアルとマルクは顔を見合わせた。唐突に「おめでとう」と言われてもいまいちなんと返して良いのかわからない。

 

「では三等級に昇級するに当たって諸注意を述べておく」

 

「あ、はい」

 

「三等級ともなれば貴族ですら一目置く存在だ。否が応でも目立ちやすい立場になる。無論我々としても殊更にそちらの個人情報を流布することはないが、変な輩が近寄ってくることもままあるそうだ。中には三等級に上がってから急に評判が悪化する者や身を持ち崩す者もいる」

 

「そうなんですか。じゃあ俺達の知ってる三等級武芸者って――」

 

「相当立派ってことだね~」

 

 エーラは「ほほう」と呑気そうにアルの言葉を引き継いだ。

 

「君達の知っている三等級武芸者とは、〈ドラッヘンクヴェーレ〉で合同依頼を請けた『黒鉄の旋風』のことかね?」

 

 クイッと眼鏡を上げるアポテーカー副支部長。

 

「山岳都市のレオナールさんもよね?」

 

 凛華はあの獅子の鬣を彷彿とさせる髪をした四半獣人の武芸者を思い出して確認する。

 

「うん。レオナールさんも個人三等だった」

 

 あの人は独特だったけど親切な先輩だった、とアルは頷いた。

 

「”雪獅子(ゆきじし)”のレオナールか。彼は山岳都市を中心に活動している立派な武芸者だ」

 

「二つ名あったんですね」

 

 アルは「へぇ」と感心する。どうせなら「”鬼火”の」と呼ばれたら「”雪獅子”の」と呼び返したかったものだ。

 

「ああ、身体能力の優れた四半獣人だ。難しい人命救助でもやってのけるし、何より個人で三等級にまで上がる実力を持っている。帝国南部では有名だ」

 

「そこまでとは知らなかったな。良い人なのは知ってるけど」

 

 マルクもアルと似通った感想を漏らした。

 

「アポテーカー副支部長殿は情報通なのだな」

 

 ソーニャはひたすらに感心している。知り合いの名を出したら自分達も知らない情報をスラスラと答えたのだから当然だろう。

 

「それが私の仕事だ」

 

 アポテーカー副支部長は背筋をビシリと正してみせ、

 

「話を戻すぞ。落ちぶれていった武芸者達の大半は酒や賭博、中にはタチの悪い女や詐欺師のような男に――……いや、そっちは問題ないようだな」

 

 言葉尻を改めた。なぜならタチの悪い女と言った時点でアルの龍鱗布を三人娘が掴み、ソーニャが心なしマルクに寄ったからだ。

 

「え、なに? 俺、成人したら酒は飲むかもしれないけど博打はたぶんやらないよ?」

 

「俺もだぞ、ソーニャ。おいなんだその目は。やんねえって」

 

 アルとマルクはそれぞれに言い募るも、発言自体が的外れな為しらーっとした視線を向けられている。

 

「ゴホン、とまぁ諸注意はそのくらいだ。あとは依頼の推定難度が高いものも請けられるようになるくらいだが、一党として活動するだろうし、君達が今まで熟してきた働きを鑑みれば言うこと自体憚られるだろう」

 

 アポテーカー副支部長は一度言葉を切り、

 

「ゆえに私から言えることは一つ。君達が縁を結んできた腕利きの先達のように、これからも励んでくれ」

 

 と厳かに告げた。アル達はコクリと真剣な顔つきで頷いてみせる。

 

「ではこれにて審査は終了だ。各自認識票を提出して行ってくれ。ラウラ嬢とソーニャ嬢の認識票は今日中に返せるが、四人のは無理だ。何か不都合はあるかね?」

 

「ありません」

 

「結構。ではここに」

 

 ”鬼火”の一党の面々は素直に各々の首から外した認識票を保管箱へカチャカチャと落とした。

 

「確かに預かった。明日の夕方以降ないしは明後日の朝なら間違いなく出来上がっているはずだ。そのくらいに受け取りに来るように」

 

「了解です」

 

 そのまま解散となり”鬼火”の一党が退室していく。

 

「カアッ!」

 

「翡翠、腹が空いたのか? ちゃんと大人しくしてたから夕食前に何か買ってやろう」

 

「カアカア!」

 

「ははっ、くすぐったいぞ」

 

「ねえボクも小腹空いちゃった」

 

「あたしは喉乾いたわね」

 

「私も凛華に同じだ」

 

「俺はしっかり腹減ってるぞ」

 

「私もです。下で何か食べて帰りますか?」

 

「じゃ、そうしようか」

 

「カアッ!」

 

 仲の良さを表すような会話を交わしながら去っていく六人の背を見送ったアポテーカー副支部長は初めてフッと微笑んだ。

 

 戦士の感覚は持っていないが直感が囁いている。

 

「次代の英雄候補か、悪くない」

 

 三等級武芸者というのは案外存在するが彼らやそれこそ『黒鉄の旋風』のような若さで辿り着く者はそう多くはない。

 

 そういった武芸者達は時に信じられないような功績を打ち立てることがあるのだ。人は彼らを英雄と呼ぶ。

 

 アポテーカー副支部長は吹き抜ける新たな風を感じ、上機嫌のまま保管箱を作業場へ運んでいくのだった。

 

 

 * * * 

 

 

 6月初頭に刊行された『月刊武芸者』には”鬼火”の一党の昇級が誌面に載ることになった。異例の速度で上がっていく新星。取り上げられて当然である。

 

 それを読んだアウグンドゥーヘン社の新米記者ミリセント・ヴァルターは、

 

「おおーっ! さっすがアルクスさん達ですねー! 私も頑張りますよー! 目指せ独占取材ですーっ!」

 

 とわくわくニコニコして我が事のように喜び、

 

「「ん何ぃぃぃぃっ!?」」

 

「とうとう個人じゃ追いつかれちゃったわね」

 

「驚かねえぞ」

 

「うむ。予想はできていた」

 

「にしたって早過ぎるけどねぇ」

 

 『黒鉄の旋風』の六人は四等級の二名を除いて困ったような嬉しそうな笑顔を見せ、

 

「ふふ、兄様達頑張ってますわね。(わたくし)もマルク様の隣に並べるよう頑張りませんと!」

 

「うんそうだね、マルク君と――……え゛っ!?」

 

 シルト家のイリスとトビアスは片や「ふんす!」と鼻息も荒く気合を入れ直し、片やそんな娘の様子に気が気ではないといった顔で慌てふためくのであった。

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