日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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「小説家になろう」に最新話を、「カクヨム」にて同作を章ごとに、こちらへは定期的に更新していく予定です。


3話 薬師からの依頼

 個人三等級に昇級したアルクス、マルクガルム、凛華、シルフィエーラの四人と個人四等級に昇級したラウラとソーニャの四等級一党となった六人と一羽は現在、芸術都市〈トルバドールプラッツ〉から西に16km(キリ・メトロン)に位置する森林の中にいた。

 

 もうここは帝国領ではない。ラービュラント大森林から地続きになっている森だ。原生林らしく多種多様な樹々が濃い緑色の青葉をつけている。

 

 アル達魔族組から言わせればまだまだ()()だ。それでも気温は一段下がり、見渡す限り人工物の欠片もない。

 

「はぁ、はぁ……うあっ!?」

 

「おっと! 大丈夫か、ソーニャ」

 

「すまん、マルク。助かった」

 

 倒れている樹に足を滑らせたソーニャをマルクガルムがパッと支えた。鎧姿のソーニャでもマルクからすれば人間態でも充分に軽い。

 

「ん。やっぱ足は別のに変えた方が良いと思うぜ。苔がだいぶ増えてきてるからな」

 

 足首を捻ったりしていないことを確認したマルクは全身鎧(フルプレートアーマー)とはいかないまでも重装備である”姫騎士”の脚部を指さす。

 

 ソーニャが装備しているのはもも当てこそないものの、可動の為に踝部を広く空けたタイプの金属で出来た脛当てと鉄靴だ。

 

 蹴りにも使える頑丈なものだが、大陸西部を覆い尽くすほど規模の大きなラービュラント大森林内ではどうしても滑りやすい。

 

 足底にトゲのように細かなスパイクしかついていないためすぐに土や苔が入り込んで摩擦がなくなりやすいのだ。

 

「うぅむ、それが良いかもしれん。正直歩き辛いと思っていた」

 

 ソーニャは束ねていた栗色の髪を少し緩めつつ「ほっ」と息をつく。胸甲に鉄靴、腰当てに肘まで伸びている籠手(ガントレット)は涼しい森の中でも確実に彼女の体力を削り続けていた。

 

 以前に比べれば比較にならないほどには体力もついてきたがやはり重たい。

 

「これ以上進んでも苔は増える一方だろうし、背嚢に突っ込んどけよ」

 

「わかった、そうしよう。アル殿!」

 

 マルクの忠告を素直に受け入れたソーニャは先頭を歩いていた頭目へと声を投げかける。

 

「うん? どうしたー?」

 

 左右に視線を巡らしていたアルクスは仲間の呼び声に気付いて後ろを振り向いた。魔族組は魔獣の革を使った靴なのでこういった森は歩きやすい。それでなくとも歩き慣れている。

 

 魔族に金属製の鎧というのがそもそも馴染みがないのだ。鉱人も鎧くらいは打てるが着る者がいないのでもっぱら武器を打つ。

 

 そういった理由で4人とも普段通り『撚糸』で出来た防具以外は軽装だ。

 

 しかしアルの()()()()()()()()()()()()は以前とは違った。

 

 以前は何もつけていなかったが籠手を嵌めている。といっても西洋武具に分類される金属製のものではない。

 

 龍鱗布と同じく深い真紅に染められた前世で言う具足籠手に近いものだ。

 

 肘から手首までの前腕部と手の甲を守っている筒籠手で、鋼板4枚が前腕部を筒状に、同じく鋼板1枚が手の甲を覆い、その部分は中指に通された細い留紐で固定されている。

 

 少し前に凛華とシルフィエーラ、ラウラから贈られたものだ。髪留めと指輪のお礼、そして遅くなった誕生日の贈り物としてもらった。

 

 手のひらは素手で手首も窮屈さを感じずに動かせるところがアルの好みに大変合っていたので貰った翌日から着用している。

 

「歩き辛いから足装備(コレ)を脱ぎたいんだ! 止まってくれると助かる!」

 

「りょーかーい! じゃ丁度良いし、きゅうけ~い!」

 

「カアッカアッ!」

 

 アルが休憩を宣言するや否や大型の三ツ足鴉が艶羽をバサバサとはためかせて舞い降りてきた。

 

「翡翠も休憩だ。水が欲しかったら言うんだぞ」

 

「カア!」

 

 はーい! と言うように夜天翡翠は鳴いてアルの左肩に乗って体をすり寄せてくる。

 

「ふうっ、ふぅっ……結構来ましたね」

 

 ラウラは息を整えながら後ろを振り返った。もう随分歩いた気がする。起伏の激しい原生林は軽胸甲をつけているだけのラウラでもなかなかしんどいものだ。

 

 ふと顔を上げて見てみると凛華も軽い息をついていた。

 

「やっぱり重剣背負って歩くのはキツそうですね」

 

「そうね。でもまだマシになった方よ? 旅に出てすぐは荷物背負ってたし、あたし自身慣れてなかったから大変だったわ」

 

 背中の剣帯をズラして尾重剣を幹に立てかけた凛華は「う、ぅぅ~んっ!」と背中を伸ばしながら返答を返す。

 

 彼女の言う通り今はアルの使う『念動術・括束』があるので背嚢は浮かせられるし、剣帯も調節すれば適宜提げる位置を変えられる為、負担は随分と減っていた。

 

 今も6人の背嚢はプカプカとアルが浮かせている。

 

「はーい、水分補給だよー」

 

 そこに木からくり抜いてきたような形の丸っこい椀を携えたエーラがやってきた。

 

「ありがとうございます……――わっ! このお水、おいしい!」

 

 クピッと飲んだラウラは目を真ん丸にして驚きを露わにする。

 

「でしょ~? さっき湧き水見つけてたからね~」

 

 エーラは嬉しそうにニコニコと笑った。森は彼女ら森人にとって最も本領を発揮する場所だ。生き生きとしている。

 

「ありがとう。おお、本当だ。美味いな」

 

「ね。びっくり」

 

 腰掛けて脛当てと鉄靴を外していたソーニャは湧き水の美味さに思わず姉と顔を見合わせた。

 

「相変わらずエーラは森ん中だと生き生きしてんな」

 

「森人だもの。さっきからうろちょろしてるわよ」

 

 久しぶりに大自然の中にいるのだ。幼馴染の少女が楽しそうにしているのを見てマルクと凛華はそんな言葉を漏らす。

 

 するとエーラは耳をピクリとさせてジトッとした目を二人に向けた。

 

「むっ、野生児扱いするならお水あげないよ?」

 

「冗談よ、エーラ。お水ちょうだいな」

 

「悪い悪い。俺にもくれ」

 

「しかたないなぁもう」

 

 椀を受け取った凛華とマルクは美味そうにグビグビと湧き水を飲む。去年の夏場はこんな風に他愛もないやり取りをしながらラービュラント大森林を移動していた。

 

「まだ十kmも来てないけど随分懐かしい雰囲気になってきたなぁ。もうちょいだっけ?」

 

 アルは持っていた簡易的な地図と目標の絵を矯めつ眇めつしている。

 

「アルと翡翠もはいどーぞっ」

 

「ありがとエーラ」

 

「カアッ!」

 

 そこに水を持ってきたエーラが腰を下ろしたアルの隣に座って楽しそうに足をプラプラさせながら口を開いた。

 

「その妖桃花(ようとうか)っておっきいのかな?」

 

 わくわくを隠しもしていない口調のエーラ。アルは「うーん」と顎に手をやった。

 

「野生のはマチマチだって言ってたからどうなんだろ。エーラでも見たことないんだろ?」

 

「うん。隠れ里の近くにはなかったけど名前は聞いたことあるよ。寒いとこでも暑いとこでも関係なく生える気まぐれな植物だから精霊花って呼ぶ人もいるんだってさ」

 

「へぇ~、そんな呼び方もあるんだ」

 

「うん! 呼んでるのはおじいちゃんとかおばあちゃんが多いけどね」

 

「へぇ、やっぱ詳しいなぁ」

 

 連綿と受け継がれてきた森人の知識はそれだけでひと財産になるほど幅広く、奥深い。エーラの知識にアルは「ほうほう」と素直に感心する。

 

「ここらへんなんでしょ?」

 

 凛華は「よっと」と軽く勢いをつけて立ち上がり、アルの手元を覗き込んだ。凛華特有の甘い匂いがアルの鼻腔をくすぐる。

 

「うん。って言ってもだいぶ大雑把な地図だからここらへんからはしらみつぶしに探すしかないけどね」

 

「全部取ってく馬鹿野郎(あんぽんたん)がいるからだろ? ま、しゃーねえんじゃね?」

 

 マルクは肩を竦めつつ、ソーニャが背嚢に鉄靴と脛当てを詰め込んでいるのを見ていた。

 

「ボクがその場にいたら成敗だよ」

 

「気付いたら自分が妖桃花の養分になってるんだろ? おっかねえ」

 

 マルクはおどけて怖がる素振りを見せる。

 

「ちょっと! ボクそこまではしないよ!」

 

 当然の如くエーラは抗議の声を上げた。

 

「ごめんエーラ。俺もマルクと同じ想像した」

 

「あたしも」

 

「三人共ひどいよ、まったく! ボクらが今どこにいるのか忘れてるみたいだから教えてあげようか!」

 

 エーラはプリプリしてそんなことをのたまう。森で森人に凄まれるなど、ほぼ脅しと同義だ。

 

「そういうとこが怖いんだよ」

 

 鋭いアルのツッコミ。凛華とマルクはうんうんと頷いた。

 

「ほぉ、そういうこと言う? へぇ~? こないだ桜蜜茶作ってあげたのに? 桜の塩漬け、売ってなかったからわざわざ作ってあげたのに? ふぅん?」

 

 途端、アルの顔を覗き込みながらエーラがジトーッとした視線を向けてくる。

 

「あっ、ごめんごめんエーラ。悪かったよ、ごめんって。許して」

 

 アルは分が悪いと悟ったのか即座に諸手を挙げて降参の意を示した。エーラはたっぷり三秒アルをジーッと見つめた後偉そうに頷く。

 

「しょうがないなぁ。ボクは寛大だから許したげる」

 

「あははっ、ありがと」

 

 ふんす! と胸を逸らすエーラ。

 

「ふふっ、大森林を移動中のアルさん達が目に浮かびますね」

 

 からからと笑うアルを見ていたラウラはクスクス笑ってそんなことを言った。

 

「まぁこんな感じだったのは否定しないね。けどこの形に納まるまでは案外苦労したよ。二日目から『ごはんが味気ない』って凛華とエーラから文句が出たし」

 

「あったなーそんなこと。あの文句は早過ぎた」

 

 マルクは当時を振り返る。たった一食二食作った程度で突き上げを食らったのだ。如何に彼女ら二人が歯に衣着せぬかわかろうというものである。

 

「焼くか煮るかしかなくて」

 

「味付けは塩だけ。耐えらんないでしょ?」

 

 エーラと凛華は同意を求めるようにラウラとソーニャに視線を向けた。

 

「それは……確かに厳しいですね」

 

「私なら無理だな」

 

 ラウラとソーニャは存外ハッキリ物を言う。色々と乗り越えてきた仲間だ。今更遠慮もなかった。

 

「言われてるよ、マルク」

 

「おめーもなんだよ。ちゃっかりそっち側に回ろうとするんじゃねえ」

 

 素知らぬ顔をするアルにマルクはすかさずツッコミを入れる。すると凛華が「あ」と声を上げた。

 

「あんた達、そういえば料理の腕は上がったの? あのひと月はあたし達の言われるがまま食材を切る係やってたけど」

 

「そういえば、その内ボクらを唸らせるごはんを出してやる~、とか言ってなかったっけ?」

 

 ――余計なことを。

 

 アルとマルクの思考が一致した。

 

「さっ、そろそろ行こうか」

 

「そだな。ソーニャも履き替えたし、いつでもいいぜ」

 

「カア?」

 

 息ピッタリで立ち上がる二人。夜天翡翠は素知らぬ顔をするアルを不思議そうに見つめている。

 

「逃げたわね」

 

「絶対忘れてたよ」

 

「ぷっ……ふふふっ」

 

「確かに二人が料理しているところなど全然見てないな」

 

 女性陣は半ば呆れた目で、半ば面白そうにしていた。

 

「さて、えーと……行ける?」

 

 おずおずと問うてくるアルに三人娘は苦笑し、ソーニャは頷く。

 

「ええ」

 

「うん」

 

「はい」

 

「行けるぞ。時間を取らせてすまない」

 

「良いさ、急いでないし。背嚢貸して」

 

 アルはソーニャから受け取った背嚢を『念動術・括束』によって浮かせていた束に加え、

 

「じゃあ妖桃花探し再開だー」

 

 とのんびりした口調で告げて歩き出した。

 

「「「「「おー」」」」」

 

「カァー」

 

 5人と1羽は同じくゆるい返事を返して後に続いていく。

 

 なぜ彼らがそんな場所を歩いているのか?

 

 理由は一つ。依頼だ。

 

 昇級審査の翌々日、朝イチで協会に来た”鬼火”の一党は新しくなった銅のガワに銀のプレートを嵌め込まれた認識票を4枚、全面銅の認識票を2枚受け取ってすぐに依頼を請けた昨日の朝にまで時は遡る。

 

 

 * * *

 

 

 ラービュラント大森林に6人と1羽が出る前日の朝。

 

 依頼内容を説明した受付嬢にアルは頷いた。

 

「じゃあ依頼人のところに行けばいいんですね?」

 

「はい。依頼者は薬師の方ですので専門的な知識もおありです。そちらに確認を取るのが早いかと思われます」

 

 昇級したばかりの”鬼火”の一党が請けたのは四等級以上推奨の依頼。ただの素材採取で高難度の依頼らしいということでアル達の目に留まった依頼だった。

 

「了解です。もうその店は開いてますか?」

 

「はい。この時間ならもう開いているはずですよ。支部に薬を卸してらっしゃる真面目な方ですので」

 

 現在午前9時半過ぎ。チラリと壁掛時計に目をやった受付嬢は頷いてみせる。

 

「わかりました。じゃあ今から行ってみます」

 

「はい、ではお気をつけて」

 

 踵を返したアルに受付嬢が手を振り、仲間達5人は追随した。

 

「依頼人はどこにいるんだ?」

 

「ここから少し西に行ったとこの薬問屋だってさ」

 

 隣に並んだマルクへアルは言葉を返す。

 

「妖桃花なんてボクでも見たことないから楽しみ~」

 

「エーラでも知らないなんて相当希少ですよね?」

 

 森人の植物への知識量は並の人間どころか魔族の中でも随一というのが一般常識だ。

 

「そうね。隠れ里(故郷)の周りにもなかった植物なんて初めてよ」

 

 ラウラの問いかけに凛華は頷き、エーラはわくわくした表情を見せた。

 

「どんな植物なのかなぁ」

 

「四等級以上というのが少々気にかかる。大丈夫だろうか」

 

 ソーニャは依頼難度に眉根を寄せている。彼女とラウラの個人等級は四。協会が指定した等級は伊達ではないことは良く知っているため少々緊張の色が隠せない。

 

「準備の要りそうなものだったらすぐに出ることはないよ」

 

 安心させるように告げたアルに従って5人は支部の扉をくぐるのだった。

 

 

 * * *

 

 

 受付嬢の説明通り依頼人の薬問屋はすぐに見つかった。通りに面した店でそれほど大きくはないが老舗なのか趣のある店構えをしている。

 

「ごめんくださーい」

 

「はいはーい」

 

 アルが門戸を叩き中に入ると中年の女性が6人を迎えた。

 

「あら? 随分若いみたいだけど、ご用件は何かしら?」

 

 まだ少年少女と呼んでも差し支えない”鬼火”の一党を見て中年女性は不思議そうに問うてくる。

 

「依頼を請けて来た武芸者なんですけど、依頼人の方はいらっしゃいますか?」

 

「あ、依頼。ちょっと待っててね。あなたー、武芸者のお客様ですってー。依頼の話を聞きに来たそうですよー」

 

 手をポンと打った中年女性は店の奥へと呼び掛けた。

 

 すると程なくしてドタドタと足音が響き、同じく中年の黒髪をした男性が顔を見せる。歳は”荒熊”ロドリックや”雪獅子”レオナールと同じくらいだろうか?

 

「武芸者だって? おお、本当だ。昨日出したばっかりなのにもう来てくれたんだね。えーと、あ、こっちの部屋にどうぞ」

 

 依頼者の男性は乳棒を片手に奥の部屋を指し示した。

 

「お邪魔します」

 

「「お邪魔しまーす」」

 

 男性の妻と思しき中年女性へ一声かけ、会釈をしつつアル達6人は奥の部屋へと入っていく。

 

 通された部屋は一応、応接室のようだが隣室の作業部屋が見えた。乾燥させた植物の根や茎が干してある。

 

「朝イチで来てくれるとは思わなかったよ、それも植物の専門家たる森人までいるなんて。あ、申し遅れたね。僕の名前はエーリヒ。エーリヒ・アポテーカー」

 

「アポテーカー? もしや副支部長の――」

 

 名乗られた姓に反応したソーニャは思わず問いかけると、

 

「ああ、兄を知ってるのかい? うん、兄弟なんだ」

 

 エーリヒ・アポテーカーはアポテーカー副支部長とは正反対の柔和な表情を浮かべて頷いた。

 

「家業、なんですよね? このお店」

 

「うん、そうだよ。でも昔から兄は薬に興味がなくてね、頭も良かったし。僕はその反対で、薬師に必要な知識には興味津々でも学校の勉強はからっきし。まぁなるべくしてこの形に落ち着いたんだ」

 

「そうだったんですね」

 

 エーリヒの説明にラウラは「なるほど」と納得する。

 

「うん。あ、依頼の話だったね?」

 

「ええ。妖桃花の実の採取とありましたが、うちのエーラ(森人)でも見たことのない珍しい植物だと聞いています」

 

 アルはほんの少しだけ探るように問いかけた。あえて森人でも存在しか知らないと匂わせるとエーリヒはアッサリと首肯する。

 

「だと思う。僕の知り合いの森人もそんな風に言ってた。普段は帝都の外れで人工的に栽培されてるものをこっちで仕入れてるんだけど、ほら。鋼業都市で騒ぎがあったろう?」

 

「ええ」

 

 短いアルの首肯。その騒ぎの当事者だ。余計な情報を言う気はない。

 

「魔導列車の便がズレるほどではなかったらしいんだけど、救援物資を優先させるとかで仕入れが滞ってるんだ」

 

 正確には首謀者であるルドルフがあえて魔導列車に手を出さなかったのだが、エーリヒが知る由もない。

 

「なるほど、そういうことでしたか」

 

「うん。でも妖桃花の実はとある病気の特効薬として重宝されててね。癒院の方から作れないか?って打診があったんだ」

 

 基本的に『治癒術』が有効なのは外傷にのみとされている。病気には効き辛い。

 

 大量の魔力で行使すればまた違うのだろうが、結局その者の抵抗力を高めるだけだ。相応に体力を消耗するし、やはり病気なら薬が一番だというのは魔族でも変わらない。

 

「なるほど。ですが珍しいものなんですよね? 野生のものとなると探すのにも時間がかかりませんか?」

 

 アルの疑問は至極当然のものである。珍しいから人工的に栽培されているのだろう。

 

「うん、そうなんだ。でも僕の知り合いには森人がいてね。親切なことに野生の妖桃花が生えている場所を地図に起こしてくれたんだよ、偶然見つけたとかなんとかで」

 

 そう言って薬師(エーリヒ)は棚からゴソゴソと一枚の紙きれを取り出して机に置いた。

 

 6人の視線が一斉にそちらを向く。

 

「カァ?」

 

 アルの左肩に止まっていた夜天翡翠は「なぁにこれ?」というように首をクリクリさせた。

 

「これ……ラービュラント大森林ですか?」

 

「うん。この都市から西に行ったところだそうだよ。でも妖桃花はかなり()()()()()()植物らしくてね。相応の実力がなければ見つけられないって知り合いに聞いたんだ」

 

「だから依頼に森人(ボクら)がいれば尚良しって書いてたんだね」

 

 依頼書には必須ではないが森人がいる一党が推奨されていた。エーラがそう言うと、

 

「うん。それにラービュラント大森林は未開の森だ。少し行っただけで一般人の僕らは遭難しちゃうから等級の高い武芸者に頼みたくてね」

 

 とエーリヒが述べる。

 

「なるほどな」

 

 マルクが「ふぅん」と納得の声を上げるなか、アルは少々思考した(のち)に方針を打ち出した。

 

「では明日の朝から都市を出て探しに行ってみます。この地図はお借りしても?」

 

「勿論だよ。あ、でも返してくれるよね?」

 

「そこは間違いなく」

 

「それなら全然持ってってくれて構わないよ」

 

「ではお借りします」

 

 アルはそう言って地図を懐にしまう。そこへ、

 

「どうぞ、お若い武芸者さん方。冷たいお茶ですよ。使い魔の鴉ちゃんには何を出せば良いのかわからなかったから豆を持って来てみたけど大丈夫だったかしら?」

 

 盆に人数分の茶杯を載せた中年女性――エーリヒの妻が現れた。どうやらわざわざ茶菓子まで持って来てくれたらしい。

 

「お気遣いに感謝します。良かったな、翡翠」

 

「カァー」

 

 アルが夜天翡翠を撫でながら礼を述べた。左隣にいた凛華は早速とばかりに豆を手に取って三ツ足鴉の太い嘴に近づけている。

 

「あれ淹れて持って来なかったのかい?」

 

「あんな癖の強いもの出せませんよ」

 

 エーリヒとその妻がそんなことを言い合った。

 

「あれって?」

 

 興味をそそられたエーラが問う。

 

「僕が色んな薬効成分や香辛料を使って試作してる飲む予防薬なんだけど、家族からは不評なんだ」

 

 エーリヒが苦笑いを浮かべると、

 

「匂いは悪くないんだけど、とにかく見た目と味の癖が強いんですよ」

 

 彼の妻はそんな風に評して眉を顰めた。既存の薬類とはかなり違うらしい。

 

「へぇ~」

 

「予防薬ってあんまり聞かないな」

 

 そこからはエーラ(森人)もいるということで、彼女を中心にエーリヒと植物や薬の話でその場は話が弾んだ。

 

 どうやらエーリヒの知り合いの森人というのは、彼がまだ若いぺーぺーの薬師見習いであった頃に知り合ったらしい。

 

 彼とその妻がアル達に一切警戒心やその類の感情を向けていなかったのはその森人の知識や人柄のおかげのようだ。

 

 なかなか面白い依頼人夫婦だったと思いながらアル達は店を後にするのだった。

 

 

 * * *

 

 

 店を出たアルはとりあえずと後ろを振り返る。

 

「明日は森に入るけど、『陸舟(おかぶね)』はどうする?」

 

 大森林にいた頃に使っていた移動の常套手段。使うか、使わざるべきか。その視線はラウラとソーニャに向いていた。

 

「うーん……」

 

 あれがあるのとないのとでは大きく違う。移動速度も踏破難度も段違いだ。

 

 森での歩き方や慣れは学んでおきたいか?

 

 ラウラとソーニャは正しくアルの問いかけの意義を感じ取った。

 

「私は森の歩き方を知っておきたい。間違いなくラウラよりお荷物になるだろうからな」

 

 そう言ってソーニャは己の胸甲をコツコツと叩く。彼女は肩当てや膝、もも当てこそないものの一番重装備だ。足を取られることは容易に想像がついた。

 

「そうですね。私も学んでおきたいです」

 

 どこに逃げても生き延びられるように。ラウラは強く頷く。鋼業都市で襲われたばかりだ。聖国を意識せざるを得なかった。

 

「わかった。じゃあ行きがけは『陸舟』なしにしよう」

 

 アルは頷いて方針を述べる。

 

「それが良いわね。元々日差しが少ないもの。暗くなるのも早いでしょうし、帰りはさっさと帰りましょ」

 

 凛華はそう返した。魔族組の中ではもっとも森を歩くのに適していない。尾重剣が重いのだ。

 

「はーい、大森林は久しぶりだねぇ」

 

 エーラは嬉しそうにしている。久しぶりに植物の精霊が多いところに行くのでテンションも高い。

 

「了解だ。ソーニャ、一応滑りにくそうな靴買っといた方が良いんじゃねえか?」

 

 マルクはソーニャの金属で覆われた足を見てそう提案した。

 

「む、そうだな。見繕っておくべきか」

 

「じゃあ今から防具屋さんですね」

 

 頷く妹を見てラウラは次の行き先を指さす。武器や防具は支部の建物の近くで店があるのは確認済みだ。

 

「だね。行こうか」

 

「カアー」

 

 アルの肩で「行こ―」と鳴く夜天翡翠。

 

 

 

 翌日、彼らはこういった経緯で大森林へと足を踏み出すのだった。

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