日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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「小説家になろう」に最新話を、「カクヨム」にて同作を章ごとに、こちらへは定期的に更新していく予定です。


断章13  三人娘の贈り物探し

 虹耀暦1287年5月中旬。今は夜だ。

 

 芸術都市〈トルバドールプラッツ〉の夜は、鋼業都市〈アイゼンリーベンシュタット〉の夜とはまた違う意味で明るい。

 

 鋼業都市がオフィスビルや工場から差し込むどこか凛々しさを感じる灯りで満たされているのに対し、芸術都市は暖色系の灯りで満たされている。

 

 広場では連日違う屋台が出るし、その周りでは明らかに安そうな木製の酒杯で麦酒や葡萄酒、火酒を呷って盛り上がっている者、そんな彼らからの御捻りを期待した吟遊詩人や大道芸人達が思い思いに演じていた。

 

 また、広場の至る所に陶芸や彫刻といった芸術作品が置いてあり、ライトアップされている。美術館や博物館で飾られるような著名な人物の作品ではなく、若手の作品が多いそうだ。

 

 そういった者達は己の作品が多少汚れようと気にする者の方が少ないらしく(曰く、まだまだ製作中の作品はあるとのこと)、警備員らしき者も見受けられない。

 

 もっとも悪意や悪戯心を以て作品を穢すような無粋な者はそう多くないし、いたとしても酔っ払い共の拳の餌食となるだけである。

 

 そんな体験したことのない賑やかな光景を視界に納めながら、ソーニャは耳に入ってきた言葉を反芻して――……。

 

「ええっ!」

 

 と些か大きな声を上げた。

 

「どした? つーかいきなり大声上げるなよ」

 

 隣にいたマルクガルムは遠目に見える何やらよくわからない彫刻のモチーフを見極めようとしている。

 

「いや、お前が今……」

 

「ん? ああ、明日で十五になるぞ」

 

 ここはほんのちょっぴり高級な飲食店の二階だ。宿の主人から「等級の高い武芸者さん方なら良いお店がありますよ。広場を一望できる賑やかなところです」とオススメされた店である。

 

 言われるがまま来てみたのだが正解だった。

 

 店内は弦楽器と鍵盤楽器による落ち着いた音楽が流れているし、提供された料理は小洒落てはいるものの地元愛を感じられる品ばかりである。

 

 ちなみに夜天翡翠は夜の散歩だ。最近は芸術都市の一角にある巨大彫刻の間を縫って飛ぶのがお気に入りらしい。

 

「そ、そうなのか。その……おめでとう」

 

「おう。なんだよ改まって」

 

 ソワソワとした様子のソーニャにマルクは気恥ずかしそうに問うた。

 

 店の外観から鎧と盾は置いて行こうという話になったので今日の彼女はいつも以上に華奢に見える。

 

「いや、あー……その、魔族も誕生日は祝うものなのか?」

 

 解いている栗色の髪が忙しなく毛先を揺らした。

 

「祝うぞ。魔族(俺ら)は数が少ねえからな」

 

 そんな普段と雰囲気の違う少女から、外せなくなりそうな視線を無理矢理外したマルクはニマニマとしている仲間達の顔を見て憮然とした表情を向ける。

 

 特に真正面で一番ニヤニヤしている親友へ向けてだ。

 

「明日は二人で劇場でも行っておいでよ。そんで帰りも一緒に食べて帰って来たら良い」

 

 アルクスは「気が利くだろ?」と言いたげな顔を一瞬マルクに向けつつ、素知らぬ声でほざいた。

 

「どええっ!? ア、アル殿何を言っておられるのか!」

 

 途端にワタワタして変に畏まるソーニャとより憮然としたマルクを見比べつつ、アルは母親譲りの整った顔で更にのたまう。

 

「俺達の故郷では、魔族の誕生日って周りの家の子とかも呼んで祝ったりするのが普通でさ」

 

 事実だ。絶滅寸前までいった魔族は子を大事にするのが半ば習慣化している。それは他の集落でもそう変わらない。

 

「今からそれはやるからさ。明日は人間のお祝いの仕方、マルクに教えてあげてくれない?」

 

「え……? あ、う……その、私がか?」

 

 ――そ、それは恋人同士とかがやるやつではないか?

 

 以前、(ラウラ)がこの悪戯っ気の多い頭目と逢引(デート)連れて行ってもらって楽しそうに帰ってきたのは知っている。

 

 が、まさか自分にそんな話題が振られるとは思ってもみなかった。

 

 同じ卓の姉と鬼娘と耳長娘は「行ってきなさい」と目線で告げてきているのもあって、ソーニャは混乱した頭で顔が熱くなっていくのを感じる。

 

「お前らな。つーかアル、てめえだってもう十五じゃねえか」

 

 マルクは渋い顔で親友へ言ってみるものの、

 

「四月だったからね。ま、過ぎちゃったもんはしゃーなしだよ」

 

 ぬけぬけと言い返してきた。なかなか面の皮が厚い。しかし、朱髪の少女は鋭く反応する。

 

「えっ? アルさん、誕生日過ぎちゃったんですか?」

 

 ラウラからすれば寝耳に水だ。

 

「うん、ちょうど――……ディート達と合同依頼から帰ってきたくらい?」

 

 アルは顎を擦りながらあっけらかんとしている。

 

「祝ってあげようとは思ってたんだけどねぇ」

 

「それどころじゃなかったのよね。全部グリム氏族のせいよ」

 

 ほんの少し申し訳なさそうなエーラと憤然とした様子の凛華。

 

「ってわけだから仲間にそんな寂しい思いはさせたくないんだ。今日明日と存分に祝われてくれ」

 

 愉快そうにアルがのたまう。

 

「ほざけこんにゃろ。祝われるなら巻き込んでやっからな。おいソーニャ、お前もなんか――」

 

 マルクは揶揄われてなるものかと反撃を試みながら、隣の少女に呼び掛けようとして――……言葉に詰まってしまった。

 

 なぜなら常にない様子のソーニャに度肝を抜かれてしまったからだ。

 

「…………」

 

 ソーニャは力み過ぎているのか、緊張しているのかわからないが萌黄色の瞳をうるうるとさせ、頬も髪から出ている耳までも真っ赤にして、

 

「その、人間式の祝い方……お、教えてやれんこともない、ぞ……? あ……ど、どうする?」

 

 と問うてくる。残りの女性陣は「よーしよし、良く言った」という顔で、今度はマルクに視線を集中させた。

 

 ちなみにアルは悪戯の神(ロキ)も斯くやという顔でニヤニヤしている。

 

「へ? あー、その、じゃあ……頼もう、か?」

 

 マルクは思わずそう言ってしまった。仕方がないのだ。

 

 三人娘とはまた違うが、ソーニャの顔立ちとて整っているし、彼女の平素と異なる服装と表情に思わず見惚れてしまったのだから。

 

「へっ? あ、ええと、うむ、その、任せてくれ」

 

 まさかそんな返答が返ってくるとは思いもよらなかったソーニャは声を裏返らせてコクコクと頷く。

 

 途端に三人娘から「よくやった!」という視線が飛んできた。

 

「ふぅむ。それなら今日は早めに仕舞いにしようか。明日は楽しんできてもらいたいし」

 

 ニコニコというよりニヤニヤを隠せないアルに、

 

「この野郎……」

 

 マルクは少々照れた顔で悪態をつく。

 

 こうしてアル達”鬼火”の一党は夜の広場を練り歩くという計画をキャンセルして宿へと戻っていくのだった。

 

 

 * * *

 

 

 その夜。女性陣4名の泊まっている大部屋にて。

 

 現在ソーニャは姉を含む三人娘によって散々に冷やかされ、それが終われば今度はやれ「明日の装いを決めよう」だの「今日の服は好感触っぽかった」だのと囲まれて責め苦に堪えていた。

 

 何の罰だと言いたいところである。ソーニャはおずおずとささやかな抵抗を試みた。

 

「そのぅ、髪型までは変えなくて良いんじゃ……」

 

「だめに決まってるでしょう」

 

 即座に否定したのはこんな時だけ姉っぽいラウラである。

 

「いや、しかしだな……私だけ浮かれてるように見えないか?」

 

「そのくらいしないと気付かないわよ、マルクは。昔からアルとつるんでたせいで鈍いもの」

 

 サバサバとした口調で「わかりやすくおめかししなさい」と言ってくる姉御肌な凛華。

 

「あんまり恥ずかしかった時はこれが人間式だー、で済ませちゃえばいいじゃん。それにうかうかしてたらイリスに独り占めされちゃうよ?」

 

 エーラの口調は面白がっているようにしか聞こえないが、言っていることは的を射ている。イリスはアルの従妹なだけあって貴族令嬢とは思えぬほど行動派なのだ。

 

「う……いや、それはその、嫌だが。と、というかそんなに大きな声で話したら周りに聞こえてしまうじゃないか」

 

 アルとマルクは廊下を挟んだ真向かいの部屋にいる。いくら安宿ではないとはいえマルクの耳は良い方だ。

 

「ボクがいるから大丈夫だよ。風張ってるもん」

 

 しかしエーラに抜かりはなかったらしい。自信満々で胸を張った。

 

「……はぁ、もうわかった。ラウラ達の言う通りにする……」

 

 逃げられないと悟ったソーニャはガックリと肩を落とす。こうなった姉達には勝てない。

 

「良いじゃない。ソーニャだってもう少し意識してもらいたいんでしょ?」

 

「むぅ、それはそうだが。あ、ところで三人は? アル殿を祝うのか?」

 

 己の胸元に服を宛がって「これが良いかしら」などと言っているラウラにされるがままとなったソーニャは問うてみた。

 

「うぅ~ん、正直今更って感じがするのよね。ひと月以上経ってるし」

 

「アル自身これっぽっちも気にしてなさそうだもんねぇ」

 

 凛華とエーラは難しい顔をしている。アルは自分のことには雑だ。おまけに誕生日からひと月以上は経っている。

 

 妹の逢引(デート)に刺激されたラウラも同じく迷うような表情を浮かべていた。

 

 恩人で、仲間で、想い人へ何かはしたい。でもその何かが思いつかない。

 

 そんな三人娘を見て、ソーニャはある提案をしてみることにした。

 

「アル殿に何か贈ったら良いんじゃないか? 遅い誕生日の贈り物として。ほら、三人共髪留めとか貰ってるじゃないか」

 

 そう言ったソーニャはラウラの刻印指輪、凛華の飾り帯と玉飾りのついた(かんざし)、エーラの紅い髪飾りを視線で辿る。

 

「「「……」」」

 

 たった今思い出したという表情で互いを見やる三人娘。つけるのが当たり前になり過ぎて気付いていなかった。

 

「うーむ。ダメか? 他はと言えば――」

 

「「「それ(だ)よ!」」」

 

「うおぅっ!?」

 

 唐突な三重奏にソーニャがビクッと驚く。

 

「言われてみれば、髪留めのお返ししてなかったわ」

 

「ボクもすっかり忘れちゃってたよ」

 

「私もです。じゃあ明日探しに行ってみますか?」

 

「それがいいわ、そうしましょ」

 

「勿論アルには内緒でねっ」

 

「はいっ! ふふ、ちょっと楽しみです」

 

「さぁ、そうと決まればさっさと寝るわよ!」

 

「はい、おやすみなさいっ」

 

「うんうん、ほらソーニャも寝るよ。明日は朝から気合入れなきゃなんだから」

 

 一気に会話を加速させた三人娘はささっと寝台(ベッド)へ入っていく。元々の性格もあるが、この一党らしい迅速さだった。

 

「え……ああ、うむ。おやすみ」

 

 一瞬呆気に取られたソーニャだったが、いそいそと寝台につく。

 

 その後数十分ほどは明日のことで緊張して眠れなかった彼女だったが、三人の寝息に釣られるようにしてストンと眠りの世界に誘われるのだった。

 

 

 

 ちなみに男部屋では――。

 

「なぁアル、腹減らねえ?」

 

「奇遇。俺も小腹が空いたって言おうとしてたとこ」

 

「カア~」

 

「翡翠もだってよ」

 

「んじゃ、広場の屋台に行ってみる? まだやってそうだし」

 

「お、賛成。行こうぜ」

 

「おー」

 

「カアー」

 

 何ともこの二人らしい会話の後、やたら静かな女子部屋の前を抜き足差し足でやり過ごして宿を出ていくのだった。

 

 

 * * *

 

 

 翌朝、アルは身支度を整えた三人娘の前で不思議そうな顔をしていた。

 

「三人もどっか行くの?」

 

「え、ええ。ちょっとね」

 

 ぎこちない返答を寄越す凛華。

 

「少しね。ソーニャ達よりは早く帰ってくると思うよ」

 

 素知らぬ顔をしてみせるエーラ。悪戯娘の面目躍如と言ったところだろうか。

 

「あ、アルさんは今日何か予定はあるんですか?」

 

 しれっとアルの行動を把握しておこうとするラウラ。

 

 そんな三人娘へアルは「……う~ん?」と首を捻る。

 

 ――なんだかいつもと三人の様子が違うような?

 

「特には……あ、いや鍛冶屋には行く予定だよ」

 

「鍛冶屋に? ここに来たときに一回見に行ったけど何か欲しい武器でもあったの?」

 

 いやに勢い込んで訊ねてくる凛華にアルはやはり不思議そうな顔でかぶりを振り、腰から刃尾刀を鞘ごと少し引き抜いて見せた。

 

「これ、歪んでるわけじゃないけど塗装が削れちゃってるからさ、塗り直してもらおうと思って」

 

 黒蝋色の鞘には擦過傷やら打突痕らしき色剥げが目立つ。

 

「うわ、よく見たら随分くたびれてるね。鋼業都市の戦いでそうなったの?」

 

「ルドルフと戦った時に鋼糸を防いだり、胴をぶん殴ったりで酷使しちゃったからさ。闘気は使ってたけど、やっぱりこればっかりはどうしようもなかったよ」

 

 エーラは打突痕らしきものから衝撃を推し量った。闘気込みでこれだけ痕が残っているのなら相当激戦だったに違いない。

 

「あの時はアルさん自身も怪我酷かったですもんね」

 

「食い込むから傷口が深くなっちゃったんだよ。正直もう二度とやり合いたくないね」

 

 アルはそう言って肩を竦める。その首元から見える左肩には薄っすらと鋼糸で刻まれた痕が残っている。ラウラはそこをしばしの間、見つめ――……ブンブンと首を振る。

 

「三人はどこに用があるの?」

 

 アルは刃尾刀を腰に納めながら問う。

 

 行き先は後で考える予定だったので、

 

「ふえっ?」

 

「あー、うーんとね」

 

「い、色々よ、色々」

 

 三人娘はうんうんと唸った挙句に何とも煮え切らない回答を寄越した。

 

 アルはそんな返答にジトっとした視線を返す。

 

 おかしいと思っていたがやはり気のせいではなかったようだ。やがて咎めるような口調で口を開いた。

 

尾行(野暮)はやめときなよ?」

 

 無論、マルクとソーニャのことである。

 

 今朝方朝食を皆で摂った後、いつもと違って妙にぎこちない雰囲気で連れ立って行った。今頃は広場の散歩か、劇場へ向かっているところだろう。

 

「しっ、しないわよそんなこと」

 

「そうだよ、ボクらがそんなことするわけないじゃん」

 

「そうですよ、気になるのは気になりますけど」

 

 三人娘は姦しく否定するが、『黒鉄の旋風』のレーゲンとハンナが好い仲になった〈ドラッヘンクヴェーレ〉で鼻息も荒く見学していたので説得力はない。

 

「……わかったよ、一応信じる。そんじゃ俺は行ってくるよ」

 

 三人娘をジーッと見ていたアルはやがて肩を竦め、手を振り振り宿を出て行く。

 

「カアー」

 

「お、翡翠も行くかい?」

 

「カアッ」

 

「よしよし、帰りに屋台でも寄ろうか」

 

「カアー」

 

 左肩に舞い降りて来た三ツ足鴉(魔獣)をあやしながら出て行くアルを見た他の宿泊客はなんとなく視線で追っていた。

 

 灰髪になっていなくても彼は目立つのだ。

 

 特に鋼業都市の戦いを経てからは滲み出る覇気と異国風な妖異さがあいまって妙な色気を醸し出しているらしく、女性客や店員などは思わず見てしまう者も多い。

 

「とりあえず行ったみたい」

 

「ボクらも行動開始だね」

 

「ですね。私達も行きましょう」

 

「「おー」」

 

 三人娘は見慣れた光景に反応を示さず、気合も充分と動き始めるのだった。

 

 

 * * *

 

 

 時刻は昼過ぎ。三人娘は頭を悩ませながら歩いていた。

 

 というのもアルへの贈り物として妥当なものが見つからなかったのだ。

 

 芸術都市ということで他都市より多い装飾品店に入ってみたのだが――。

 

「う~ん、アルって装飾品つけたがらないよね?」

 

「認識票とあたし達があげた匂い袋くらいしかつけてないんじゃなかったかしら?」

 

「擦れるからって理由で首元もすぐ開けたがりますね」

 

「ってことは装飾品はなしね」

 

 と即刻ボツとなり、アルが行ってなさそうな鍛冶屋にも入ってみたのだが――。

 

「アルさんって、あの二振りで足りてますよね? お父様の短剣もほとんど使ってませんし」

 

「そうね。っていうか普通のこういう剣だと並の剣士くらいの技量しかないし、『蒼炎気刃』が強力過ぎて使い捨てになるわよ」

 

「鎧とか鎖帷子……――は、絶対つけないよねぇ」

 

「防御って考え方がそもそもないもの。邪魔(重し)にしかならないわ」

 

「これもなしですね」

 

 という結果となった。

 

 しかし一つだけ収穫、というか目途が立っているものもある。

 

 それは桜蜜茶だ。気分転換に茶屋に入った際に、エーラが「あっ」と閃いたのである。

 

「桜ってどこかで咲いてないかな?」

 

「探せばあるんじゃないでしょうか?」

 

「急にどうしたの?」

 

「ボクが塩漬け作れば桜蜜茶は淹れられるなと思って!」

 

「なるほど……。良いかもしれませんね、アルさんの好物だって言ってましたし」

 

「塩漬けってそんなに簡単に作れるものなの?」

 

「花さえあれば二、三日で作れるよ。そこはボクにお任せだねっ」

 

「ふむ。それなら桜蜜茶は決定ね。でも――」

 

「うん、もうちょっと形に残るものも贈りたいかなぁ」

 

「うーん、確かにそうですねぇ」

 

 といった会話の下決定された。またこの会話が、昼過ぎになっても彼女らが都市を練り歩いている理由でもある。

 

「うーん、服は……――弱いわよねぇ」

 

「龍鱗布以外は拘りもなさそうだよね」

 

「靴は、あー……そういえば新調してからは靴底変えたりして結構大事にしてましたね」

 

 昼食も食べ終えた三人娘は難しい顔をしていた。

 

 ちなみに三人共美少女である為かなり目立つのだが、そこは凛華の尾重剣と彼女らが首から提げている認識票のおかげで軟派な連中は一切近づいてこない。

 

 彼女らが会得した面倒な連中を近づかせない対策である。

 

 ラウラは少しだけ見方をズラしてみた。そして『これはどうだろうか?』と提案してみる。

 

「あの、アルさんって鞘を結構使いますよね?」

 

「そうね。闘気を張って逸らすのに使ってるわ。さすがに『気刃の術』系統は掛けないみたいだけど」

 

 と凛華が頷き、

 

「あんまり二刀流で戦わないもんね、アル。普段は刃尾刀で、『封刻紋』を解いたら龍牙刀って感じだし」

 

 エーラも同意した。

 

「二刀流をあんまり使わないのって理由はあるんでしょうか?」

 

「うぅ~ん……あたしはツェシュタール流双剣術も中伝取ってるからわかるけど、案外取り回しとか気ぃ張るのよ。特に刀は左手って重要だし」

 

 ラウラの問いに凛華は剣士として答える。刀を振るう際は左手が重要だ。

 

 だからこそアルは得意な片手逆袈裟以外は割と両手で振るうことの方が多いし、高速で移動している際はすぐに左手を添えられるようにしている。

 

「あ、そういうことだったんだね」

 

 納得という声を上げるエーラ。

 

「ということは鞘を引き抜いて逸らすのって――」

 

「使いたいからっていうより使わざるを得ない場面ってことよ」

 

 凛華はキッパリと言ってのけた。そもそも足を止めて受け流すというのが彼の戦闘型(バトルスタイル)と微妙に違う。

 

 本当であれば刃で受け流すか、躱しながら斬りつけてくるのが攻撃特化のアルの戦法だ。

 

「打突用に鉄拵にしてもらったんだもんね」

 

 受け流しに使うのは本意じゃなかったんだなぁ、とエーラが言うと、

 

「……それなら籠手なんてどうでしょうか?」

 

 ラウラは本題を口にした。

 

「「籠手?」」

 

「はい、籠手を着ければそちらで受け流すんじゃないかなぁと。こないだの怪我も左腕は酷かったですし、たとえ受け流さずともそういった負傷の抑止にはなるんじゃないでしょうか?」

 

「確かに……『釈葉の魔眼』で右側は失明し慣れてるし、刀を右手に持ってるからあんまり右腕は怪我少なかったね」

 

 エーラはそう言って同意する。主に手当をしたのはエーラだ。怪我の程度はよく覚えていた。

 

「良い案だと思うけど、ソーニャみたいな籠手ならアイツは嫌がりそうよ? そうじゃないのもあるの?」

 

 ソーニャのつけている籠手は鎖帷子に金属製の覆いがついたグローブのような構造をしている。

 

 名案だと思ったもののアルはああいったものに慣れていないのではないか? と凛華は考えたのだ。

 

「私も詳しくはありませんけど、それなりに種類はあるんじゃないでしょうか?」

 

「よーしっ、とりあえず方針は決まったね! 探しに行ってみよう!」

 

「ええ、良いのを見つけましょ」

 

「はい! 防具屋さん、で合ってるんでしょうか?」

 

「鍛冶屋になるのかな?」

 

「それっぽいところを全部回ってみるしかないわね」

 

 三人娘は頷き合って歩き出すのだった。

 

 

 * * *

 

 

 目当てのそれらしい店を見つけるのは難儀だった。

 

 何と言っても帝国は地域によって防具が大きく変わる。魔獣素材を用いたものから金属鎧(プレートアーマー)までとなかなかに幅広い。

 

 ちなみにだが国軍や領軍の士官達が普段着ている軍服は明確に差別化されてはいるものの系統は共通している。

 

 芸術都市もそれなりに武具を置いてある店はあるのだが、三人娘のお眼鏡に適う店は一つしかなかった。

 

「お嬢ちゃん方、これが気に入ったのかい? 珍しいね」

 

 小じんまりとした工房内。そこに置いてあったのは前世で言う具足籠手だが、前腕部を全て覆い隠すほどの面積はない。色は朱色。

 

 肘から手首まで、外を向いている前腕部と独立して手の甲を守る――筒籠手の亜種と言うのが正しいだろうか?

 

 細くはあるが厚みのある鋼板4枚を並べて前腕部を守り、同じく丸みのある鋼板1枚で手の甲を覆うものらしい。

 

 また固定方法は前腕の手首と肘の二か所留め、手覆いの部分は手首と掌底部の間と中指に通された細い留紐の、こちらも二カ所を結んで止めるようだ。

 

「ビビッと来たのよね」

 

 凛華は職人の奥方と思わしき女性に力強く頷いた。アルがこれを嵌めて龍牙刀を持っている姿を直感的に想像したのだ。

 

「ん~確かにこれ良いかも。アルってラウラ達のつけてる雰囲気の防具に似合わなそうだもんね」

 

 エーラも賛同すると、脈ありだと見たらしい奥方が「あんたー、お客だよー」と職人を呼びに行く。

 

 出てきたのは如何にもな雰囲気をした厳つい見た目の職人だった。今も何か作業をしていたのか両手が黒ずんでいる。

 

「客ってその嬢ちゃん達が? 魔族は鎧つけねえだろ?」

 

「おバカ。一人は人間の娘さんだろ。大体、客になんて口利いてんだい?」

 

 ――それは貴女もでは……?

 

 心中でツッコミを入れる三人娘。

 

「母ちゃんだって似たようなもんじゃねえか。あー、そんで? そいつが気になってんのかい? 俺が極東の島国から仕入れたもんを参考に造ったんだ。悪くねえだろう?」

 

 籠手をジロリと見やった禿頭の職人が些か胸を張って問うてくる。

 

「あ、えと、はい。でも私達がつけるんじゃなくて」

 

「てーと、贈り物か? 使うのは男で合ってるんだよな?」

 

 嬢ちゃん達の腕の幅だと大きいだろう、と確認を取ってくる職人へ凛華が頷いた。

 

 こと近接戦においてはエーラとラウラでは些細な機微がわからない。

 

「ええ、そう。剣士だけどその極東生まれの流派を使うのよ」

 

「あっちの流派か……また珍しい剣士もいたもんだなぁ」

 

「ていうかこれ、実用なのよね?」

 

「あたぼうよ。銀細工に見えるってかい? 飾っとくにゃ武骨過ぎるだろう」

 

「ただの確認よ。使わせて腕が飛んだんじゃ洒落で済まないわ」

 

「安心しな、こいつぁきちんとした防具だ。見様見真似の屑鉄なんざ並べやしねえよ。なんでも極東じゃこういうのが合戦で使われてるらしい。俺ぁ鍛冶屋としちゃ凡だが、防具にかけちゃ都市一番だって自負してる。なんせ剣と違って絶対辿りつけねえ頂きなんてもんがねえ。丁寧さが物を言うからな」

 

 そう言って職人がパンパンと二の腕を叩く。

 

「ふぅん、なるほどね。これ、ただの鉄?」

 

 凛華は軽くコンコンと手覆い部を叩いて問うた。

 

「魔銀鉱石と鉄を混ぜて鍛えた鋼だ。ちっとやそっとじゃ歪みもしねえし、馴染めば闘気だって使える」

 

「これくらいなら剣を振る邪魔にもならないわね……。素朴な疑問だけど、どうして売れてないの?」

 

 どう考えても良い物でしょう? と凛華が問えば、職人は己のつるりとした禿頭にピシャリと手をやって口ごもる。

 

「いやー、その……」

 

「籠手にしては高すぎるのさ。この人の悪い癖でね、すーぐ熱中しちまうのさ」

 

「か、母ちゃん、そう言うなって」

 

 答えたのは奥方だった。三人娘は「あー……」と納得の声を上げる。

 

 どんなに手間が掛かっていようと結局は籠手だ。おまけにこの大陸じゃあまり見ない(タイプ)のもの。物珍しがられても金を落とす客はいなかったらしい。

 

「で、凛華。どう?」

 

「ありですか?」

 

 エーラとラウラが問うてくる。禿頭の職人と女房も凛華の方を見た。

 

「性能ならありだと思うわよ。でも」

 

「「でも?」」

 

「これ、どうせなら色を変えて欲しいわね。贈る物だし、新しく作り直さなきゃできないなら待つわ」

 

「あー、確かにアルはこの色じゃないね」

 

「ふふ、そうですね」

 

 意味が分かって同意するラウラとエーラ。

 

「そらまぁ勿論できるが、どんな色が良いんだ? 在庫にあるかもしれねえぞ」

 

 職人が問うと、エーラがパッと己の左側頭部から髪飾りを引き抜いた。

 

「こんな色だよ。深めの真紅」

 

「あー在庫にはねえ色だな」

 

 ほうほうと髪飾りを覗き込む職人親父。

 

「出来そうですか?」

 

「この色で、この大きさだろ? 魔銀鉱石を混ぜなかったらもうちっと安くなるけどどうする?」

 

 ラウラが問うと職人親父はそんな風に問い返してくる。

 

「むしろこれより魔力が馴染みやすいようにして欲しいわ。魔族なのよ」

 

「その兄ちゃんも魔族だったのかい。できるぜ、ちっと掛かるが」

 

「法外じゃないなら全然良いよ」

 

「はっはっはっは、四等級にそんなことしてみろ。信用がガタ落ちしちまうだろ。ただでさえ趣味に走って家計は火の車だってのに」

 

 凛華とエーラに小気味良く言葉を返す職人親父。その後ろで青筋を浮かべた奥方には気付かない。

 

「じゃ、さっき言った通りでお願いします。お金はいつですか?」

 

「毎度あり! 金は物が出来てからで構わねえぜ」

 

「どれくらいでできる?」

 

「三日……いや、四日だな。嬢ちゃん達の好い男に相応しいもんを作ってやるから期待しとけよ」

 

 そんな言葉に見送られて三人娘は帰路へとつくのだった。

 

 

 * * *

 

 

 その数日後のことである。

 

 出来上がった籠手は三人娘の注文通り、件の半龍人の本当の瞳を模した色で染められていた。

 

 すでに桜の塩漬けを作ったからとエーラとラウラで淹れた桜蜜茶を上機嫌で飲んでいたアル。

 

 そんな彼に三人娘は少々照れくさそうにしながら、紅の籠手を贈った。

 

 丁寧に包装された箱。箱の大きさにしてはずっしり重い。

 

 アルは唐突に渡された贈り物(それ)に珍しく動揺し、

 

「へ……? えっ、え? 俺にくれるの? 剣……じゃなさそうだけど……? ――おぉっ、かっこいい……!!」

 

 箱の中身を見てたっぷり10秒以上は固まることになった。

 

 三人娘がそわそわするなか、アルはいそいそと左腕に籠手を装備し(つけ)てみて再度、

 

「おおー……!」

 

 と感嘆を漏らす。

 

「その、あたし達、あんたに色々貰ってたでしょ? お返ししてなかったし、遅いけど誕生日の――」

 

「三人ともありがと! これ、気に入った!」

 

 妙な緊張感に耐え切れなくなった凛華を遮って、アルは照れ臭そうにしつつも破顔した。

 

 普段より幾分か少年らしさが強く、真っ直ぐな笑みを前に、

 

「う、うんっ……」

 

「えーと、あはっ。……良かったぁ」

 

「そ、そうですねっ。喜んでもらえて良かったですっ」

 

 三人娘は口元がニヤけるのも抑えきれず、気恥ずかしさから赤面してしまう。

 

 そのまま視線をさ迷わせ、なんとなく顔を見合わせてホッと息をつきながら微笑んだ。

 

 ここ二、三日は妙に気疲れした。

 

 ちゃんと注文通りのものに仕上がるだろうか? とか。

 

 受け取ってくれるだろうか? とか。

 

 喜んでくれるだろうか? とか。

 

 そんな不安が一気に報われた気がして、両腕に紅の籠手を嵌めて「ちょーかっこいい!」と喜ぶアルを見つつ、手を叩き合うのだった。

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