妖桃花の実を薬師エーリヒ・アポテーカーの下へ届けた翌日の午後。
アルクス達”鬼火”の一党は風穴の底に眠っていた女性騎士の鎧を持って武芸者協会〈トルバドールプラッツ〉支部にいた。
エーリヒに妖桃花の果実は干して水分を飛ばすと甘味が出てくると聞いたので、浄化した礼として受け取った分の実は現在宿の女性陣の部屋の窓際に干してある。
〈樹霊〉の浄化で思っているより疲れていたらしく、シルフィエーラがいつもと違って起きてこなかったのでこの時間だ。
「詳細報告はこれにて完了です。お疲れさまです。それで……その鎧が報告にあった鎧なんですね?」
卓に丁重に置かれた不揃いの鎧一式を見て受付の職員が問うてくる。
「ええ、これで全部です。かなり年月が経ってるはずなので慎重に扱って下さい」
「承知しております。ではお預かりしますね」
アルが答えると神妙な表情で職員は頷いた。
300年近く前のこの地域で用いられた鎧かもしれないのだ。古い古い先祖が着用していたかもしれないと思えば職員の表情も納得できよう。
「お願いします」
「はい、確かに。報酬の方はどうされますか?」
「もう貰えるんですか?」
「ええ。依頼自体の報酬なら受け取り可能です。しかし」
「しかし?」
なんだというのだろうか?
アルが問うと、
「あの日記は歴史的価値の高いものです。特に帝国建国前のものは焼けていたり、紛失していたりで数が少ないんです。ですので然るべき研究者や団体が買い取って調べるのが一般的なんです。そちらの買い手はまだついておりません」
職員はそう返した。昨日の今日で買い手と金が入ってくるはずもない。
「あ、そうだったんですか。じゃあそっちはまた今度で良いです」
「わかりました。ではこの割符を。買取金額を受け取る際に必要になりますので」
「了解です」
アルは差し出された割符を懐に納めた。
「それでは少しお待ちください。報酬を取ってきますので」
数分も経たない内に戻ってきた職員から増額された報酬を現金で受け取ったアルはさっさと分配を済ませ、残りの余りを一党の財布に納める。
これはどんなに仲が良い仲間同士でも絶対にやっておけ、と『黒鉄の旋風』の頭目レーゲンから貰った忠告を愚直に守り続けている習慣だ。
ちなみにこの大陸では諸事情により紙幣がないので、受け取った報酬をすぐに銀行へ預けられるよう、行員の詰め所が支部内にある。
貴族や豪商が使うのはもっぱら小切手だ。小切手が主流になってからは隊商や貴族の馬車を襲う盗賊が激減したとかなんとか。
「さてと、それじゃ今からどうしようか? みんなはどこかに用とかある?」
今日は休養日。昨日の今日ですぐ依頼には出ない。金銭的にも立て続けに仕事する必要もないのでアルは仲間達を振り返って問うた。
「あたしはないわ。日課を熟してからは暇よ」
「ボクもなーい。アルにつき合うよー」
「私もです。あ、今弄ってる魔術を視てもらいたいです」
「カァー」
三人娘と一羽がそんな風な回答を寄越してくる。
「俺もねえな。強いて言うなら書店に行きてえ」
マルクガルムがそう言うと、
「ふっ、こないだ観に行った英雄譚の原点が本だからだろう?」
ソーニャがわかっているぞ? とでも言うように茶々を入れた。
「観に行った先の物販で原作買ったやつに言われたかねえよ」
「どうせ行くことになるだろうから手間を省いたのだ」
「よく言うぜ」
ポンポンと遠慮のない言葉を交わす二人。いつも通りな仲間達にアルは、
「そんじゃいつもの鍛練やったら自由時間に――……っ」
しようと言い掛けて支部の入り口へと弾かれたように顔を向けた。
精霊に囁かれたのか、半ば同時にエーラも扉へと目をやり、
「あー! レイチェル! ディートフリート!」
と驚いたような、嬉しそうな顔をして手をぶんぶん振る。
釣られて目を向けた仲間達の視線の先には、薙刀を担いで短めの
「お? おおっ!! お前ら久しぶりって程でもねえけど久しぶりだな!」
「あ! ホントだ! みんな久しぶりー!」
気付いた『紅蓮の
出会った時とは持っている雰囲気も随分変わった。今では一端の武芸者然としている。
「久しぶり!
彼らとは鋼業都市で別れてもうすぐひと月だ。アルが嬉しそうに手を差し出すと、
「野暮用があるって言ったろ? それを済ませてきたのさ」
ディートは胸を張りつつ力強い握手を返してきた。
「久しぶりね。いつついたの?」
「さっきだよ。宿をとる前に協会に行ってみようか、って話になったの。いるかもって」
凛華の問いにレイチェルはニコニコして答える。彼女も死線を潜り抜け、それからも依頼を熟し続けていたおかげか遠慮のような気弱さがなくなっているように見えた。
「じゃあ凄い偶然ですねっ。私達も昨日は依頼に行ってましたし」
「すれ違いにならなくて良かった」
ラウラとソーニャも嬉しそうだ。直接組んで戦ったのは彼女らである。一党を組んでいなくとも仲間意識はとっくに芽生えていた。
「んじゃ依頼請けに来たわけじゃねえんだな」
「おう、チラッと顔出していなかったらとっとと宿に行こうってことにしてた。オレら、デカい都市の支部って鋼業都市しか知らねえからちょっと不安もあってよ」
マルクの確認にディートは頷く。
「なら大丈夫だよ。ここは氏族いないらしいし」
「それなら安心だぜ。まーたあの七面倒な連中みてえなのがいたらってのが一番の悩みの種だったからな」
ディートは大仰に胸を撫で下ろす仕草をした。魔導技士のレイチェルを狙う馬鹿野郎は結構多かったので、それがないだけでも有難い。
匿ってくれていた”荒熊”ロドリックには今でも感謝し続けている。
「それでこれからの予定ってあるの?」
エーラが『紅蓮の疾風』へ訊ねると、ディートとレイチェルは顔を見合わせて
「一応都市を少し見て回る予定だな」
「あ、おすすめの宿とかある? 綺麗そうならいいんだけど」
と答えた。二人の故郷に一番近かった都市が鋼業都市なので他の都市のことは知らないのだ。
「それなら俺達の泊ってる宿がおすすめだよ、ここから近い。部屋も綺麗だし、ごはんも美味しい」
「カアー」
アルがにこやかに答える。
「高くはねえか? オレら、そこまで贅沢はできねえぞ?」
懐を心配するディート。こういうところも頭目としてしっかりしてきた。もっとも財布を握っているのはレイチェルだが。
「大丈夫さ。そんなに依頼を請けないでも問題ねえ宿にしようって話し合って決めたし、飯も俺の鼻で決めたからよ」
マルクがちょんちょんと自身の鼻をつついてみせる。
「そか。んじゃレイチェル、そこで良いか?」
「うんっ、良いと思う」
『紅蓮の疾風』の二人は仲睦まじげに頷き合った。その様子に”鬼火”の一党の女性陣4名が「ほほう」と意味ありげな視線を送る。
意味がわかっているのかレイチェルは気恥ずかしそうだ。
アルは彼女らに苦笑を溢しながら提案を口にする。
「ディート。それなら宿の場所教えるからさ、夕食はみんなでとらない? 再会と――……二人の昇級を祝してさ」
アルの視線はディートとレイチェルが首から提げている認識票をしっかり捉えていた。
以前の
ディートは「気付かれたか」と左頬の刀傷をポリポリやりながら、
「おう。ま、お前らも昇級してたから言いにくかったけど、そういうことなら喜んで参加させてもらうぜ」
照れ臭そうに笑う。
「えへへ、楽しみだねディーくん」
レイチェルも嬉しさと気恥ずかしさをない交ぜにした表情で笑みを溢した。
「よぉーしっ! そういうことなら日課の鍛練、さっさと終わらせちゃお!」
エーラは元気いっぱいで両腕を突き上げる。
「ですねっ! 急ぎましょう!」
ラウラも「おー!」と可愛らしく拳を上げた。こちらも楽しみらしい。
「エーラ、あんた昨日の疲れが抜けてるかちゃんと確認しなさいよ? ってあ、こら待ちなさいな!」
注意しかけていた凛華がズンズン歩いて行くエーラとラウラの後を追って小走りでついていく。
「すまんな、姉達があんな感じで。よほど嬉しいんだろう」
「うぅん、全然。わたしも嬉しいもん」
ソーニャが息をついて謝る仕草を見せるとレイチェルは首を横に振って微笑んだ。
「あの三人、お前の影響受け過ぎじゃね?」
ぼそりと呟くディート。
「昔からああだった」
アルは素知らぬ顔でのたまう。
「んにゃラウラは違ったろ。凛華とエーラもガキの頃からお前の――」
マルクがツッコむも、
「さ、じゃあ宿の場所教えるよ」
アルは華麗に話題を逸らした。
「おい。自覚あるだろお前」
「な、ない」
「「……」」
冷や汗を掻くアルとジトっとした目を向けるマルクとディート。
「い、行こうか」
「逃げたな」
「いつものこった」
ひと月の
「じゃあ後でね」
「屋台とかもあるから朝食は毎回払うようにしとくといいぞ」
「おう、助かったぜ」
「あとでねー」
”鬼火”の一党と『紅蓮の疾風』の友人同士は一度別れることとなった。
その周りでは他の武芸者達がヒソヒソと話をしている。
何と言っても個人三等級の認識票を提げた四等級一党だ。おまけにまだ成人前の子供。
武芸者より観光客の方が断然多い芸術都市〈トルバドールプラッツ〉では当然目立つ。
「何者だよ、あの二人。あの一党と仲良さそうだったぞ」
「わかんないわ。でも五等級だったわよね? 優秀な連中の友達もやっぱり優秀なのかしら」
「あれってあの”鬼火”だろ? 隣のは”狼騎士”だし」
「うん。他にも”雲切”だとか”幽炎”だとか呼ばれてる頭目。隣のは”黒腕”って。鋼業都市から来た武芸者がそんな風に呼んでた」
「若手の有名な連中と仲が良い二人組か。あいつら誰だ?」
「二つ名持ちか?」
「わからねえ。『月刊武芸者』に載ってるやつらかも」
そんな言葉を交わし合う〈トルバドールプラッツ〉支部の武芸者達であった。
* * *
その日の夕方。
早めに集まった”鬼火”の一党と『紅蓮の疾風』はこのひと月で片付けた依頼や、それこそ件の〈樹霊〉の依頼、また二人の野暮用の中身などを存分に語り合い、すっかり暗くなった夜遅くまで親睦を更に深め合うのだった。