日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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「小説家になろう」に最新話を、「カクヨム」にて同作を章ごとに、こちらへは定期的に更新していく予定です。


9話 空色の龍牙刀

 風を引き裂き、唸りを上げて繰り出される獣腕。直径は成人男性の上半身ほどには太い。

 

 その大槌のような一撃がアルクスへと迫る。

 

 当たればタダでは済まないのは一般人だろうと魔族だろうと然して変わらない。

 

 それでも光を宿した緋色の瞳は凪いだように静かだった。

 

 そのままゆらりとすり抜けるようにアルは獣拳と交叉する。

 

「しッ!」

 

 刹那。

 

 

 ギィッヒ……ッ!?

 

 

 胴をスッパリと寸断された大槌狒狒(おおづちひひ)は短い悲鳴を上げて、どおっと倒れ込んだ。

 

 次いでアルは龍牙刀を右薙ぎにした勢いのままその場でグルンッと一回転し、崩れ落ちた狒狒の首をズ……パッと斬り落とす。

 

 

 ウギャッギャッギャアアアアッ!

 

 

 そこに別の狒狒がもう一頭、雄叫びを上げながら突っ込んできた。

 

 これが高位魔獣〈羅漂雪〉や〈刃鱗土竜〉なら声など一切上げなかっただろう。

 

 駆ける勢いをそのままに蹴り殺さんとしてくる狒狒が間合いに入ったと同時、残心をとっていたアルの姿がブレたように掻き消えた。

 

 狒狒の獣脚を掠めるように躱して前へ飛び出したのだ。そこから上体も低く、半回転しながら一閃。

 

 直後、狒狒の両足が付け根から消える。

 

 

 ギィア……ッ!?

 

 

 何が起こったのかわからず倒れ込んでいく巨猿(おおざる)は、地面の感覚を感じる前に首と胴が斬り離された。

 

 狒狒の首は不思議そうな表情で己の巨体を眺めていた後、数秒もせずに事切れる。

 

 

 ウギャアアアアアアアアッ!

 

 

 群れの二頭を殺されて猛り狂った大槌狒狒の残りの数頭が一斉にアルへと殺到した。

 

 しかし、アルは冷静にそちらを見据えるや、一気に剣気を解放する。

 

 

 ギ……ャアッ!?

 

 

 得体の知れぬ灼熱の剣気に狒狒達が怯んだ瞬間、アルは一気呵成にダンッと踏み込んだ。

 

「ふッ!」

 

 防御など露も感じさせない動き。己が身を餌としたどこまでも攻撃的な突喊。大地を滑るように駆ける剣士が緋色の眼光をたなびかせた。

 

 狒狒達は面食らったように身じろぎをして、思い出したかのように”大槌”と称される獣腕を振るう。

 

 しかし、その迎撃は些か遅きに過ぎ、哀れなほどに拙かった。

 

 アルは狒狒の剛腕を躱しざま、もしくは真正面から、透き通るような()()()()()を閃かせる。

 

 空色の刃が光を乱反射して瞬いた。

 

 

 ギギ……ィッ!?

 

 

 都合八閃。

 

 たった八閃で3m(メトロン)以上ある巨体の大槌狒狒――計7頭は驚愕を湛えたまま、あるいは自身が斬られたことにすら気付かずに倒れ込んだ。

 

 その目だけは残心をとっているアルを未だ追っているものの、数秒もしない内に動きが鈍くなり、物言わぬ骸と化していく。

 

「ふぅ~……状況終了」

 

 ぷうっと一息ついたアルは刃の血を拭い、陽光を鈍く照りかえす空色の刀身を改めてジッと眺めた。

 

 ――斬れ味が増してた。それに…….。

 

「……灼けてる。魔力を流しただけでこれか」

 

 今回は戦闘で最も使用頻度の高い『蒼炎気刃』を使っていない。

 

 しかし斬り離された大槌狒狒の首や胴の端は焦げている。

 

 無論『蒼炎気刃』を使った時とは損傷具合は比べるべくもないが、今まで扱ってきた龍牙刀ではこうはならなかっただろう。

 

 プラシーボ効果などではないと断言できる。

 

 元々母トリシャの牙と魔銀鉱石を用いて巨鬼族の源治が打った妖刀の傑作だったので、そのままでもよく斬れる太刀だった。

 

 しかし今はそれ以上だ。

 

 そんなことをつらつら考えていたアルの耳に草を踏み分けて駆け寄ってくる軽やかな足音が届く。

 

「アル~、おつかれさま~」

 

 シルフィエーラだ。魔獣の屍骸をスイスイ避けて労ってくれた耳長娘にアルは軽く手を振って龍牙刀を納めた。

 

「ありがと。そっちに行ったヤツはいた?」

 

「んーん、いなかったよ~」

 

 のんびりと答えるエーラ。そこに凛華が続いてやってくる。

 

「お疲れアル。それで、色が変わっちゃった龍牙刀の調子はどう?」

 

 労いもそこそこに問うてくる鬼娘の青い瞳は興味津々といった様子でアルの腰に差してある龍牙刀へ視線を向けていた。

 

「斬れ味が随分増してた。振り慣れてる感覚なのに斬ったら別物って感じで妙な違和感だよ」

 

 アルは肩を竦めて正直な感想を述べる。

 

「アルさぁん、さすがですね。最後のはどんな太刀筋か見えませんでしたよ」

 

 タタタッと朱髪を揺らして駆け寄ってくるラウラ。少々上気している頬は走ってきたからだけではないだろう。

 

「おつかれぇい」

 

「お疲れだった、アル殿。しかし……うーむ、やはりあの戦い方は見ていて肝が冷えるな」

 

 何とも雑な労いのマルクガルムと腕を組んで渋い顔を隠しもしないソーニャ。

 

 盾を使う彼女からすれば、紙一重で反撃(カウンター)を叩き込むアルの得意とする戦闘型(バトルスタイル)は、何度見てもヒヤヒヤするものだ。

 

 それでもこれは次善の戦闘型。本来ならもっと攻撃的だ。

 

 最近のアルは後の先を取る際、より有効打を叩き込むべく本当にスレっスレで躱すので、そのレベルまで剣が上達していないソーニャは「危ない!」と叫んでしまいそうになる。

 

「一番慣れてる戦い方だからね」

 

 アルは肩を竦めながら「どうぞ」とラウラから手渡された竹筒をグビリとやった。

 

「で?どうだったんだ? 妖刀の成長で合ってたのか?」

 

 マルクが問うてくる。アルが「それは――」と口を開きかけたところに、

 

「カアー」

 

 上空から夜天翡翠が舞い降りてきて左肩に止まった。頬にすりすりと羽毛を擦りつけてくる。

 

「っと、先に依頼票を貰ってからにしようか。帰りに話すよ」

 

 こんな獣臭いところに長居したくないし、と付け加えるアルに

 

「そだな。とっとと帰ろーぜ」

 

 マルクも頭の後ろで腕を組んでさっさと背中を向ける。

 

「さんせーい」

 

 エーラが手をほいほいと挙げ、

 

「そうね。ちゃんと聞きたいわ」

 

 凛華が素直にコクコクと頷く。この鬼娘は幼い頃から刀剣が好きなのだ。

 

「ですねぇ。軽い依頼とは言えすぐに終わって良かったです」

 

 ラウラがにこやかに笑うと、

 

「うむ。この分なら夕刻には芸術都市に戻れるだろう」

 

 ソーニャがふんすと同意した。

 

「カァー」

 

 三ツ足鴉のひと鳴きで歩き始める”鬼火”の一党。

 

 彼らの進行方向で待っている案内役の猟師二名はぽっかーんと開けていた口を閉じて顔を見合わせる。

 

「……どえらいもん見ちまったなぁ」

 

「一人でやるって聞いて嘘だろって思ったけど、三等級の武芸者ってなぁすげぇもんだ。あの厄介な狒狒共が一瞬で」

 

 そして興奮冷めやらぬ様子で感想を述べ合うのだった。

 

 

 * * *

 

 

 案内役の猟師のおかげで滞りなく村長から依頼票を受け取った”鬼火”の一党は借りてきていた馬車に揺られて帰路についていた。

 

 もっとも安く、もっとも荷台が狭い馬車だ。軽トラの荷台よりも狭いし、幌もない。

 

 ちなみに御者はラウラとエーラだ。と言ってもエーラは景色を楽しんでいるだけだが。

 

「そんで? お前の不安は的中したのか? それとも凛華の見立てが正しかったのか?」

 

 マルクは向かいに胡坐を掻いて座っている親友へ問う。

 

 当のアルは然して疲れた様子も見せていない。これしきで疲れるようなヤワな鍛え方はしていない。

 

「凛華の見立てが正解だった。やっぱり刀剣の知識と勘じゃ凛華には敵わないよ」

 

 アルはそう言って肩に立てかけていた龍牙刀をポンポンと叩いた。

 

「ふっふん、そうでしょう? 一番頼りにしてる武器だからって神経質になり過ぎなのよアルは」

 

 凛華はアルの隣で嬉しそうに胸を張る。アルは「降参」とでも言いたげに両手を上げた。

 

「でも杞憂に終わって良かったです」

 

 御者台のラウラが顔をこちらに向けて微笑む。

 

「お騒がせしました」

 

 アルがほんの少し申し訳なさそうに返すと、きょろきょろと周囲に視線を巡らせていたエーラがぐぐ~っと背中を逸らし、

 

「一人で依頼請けてくるってアルが言ったときは何事かと思ったよぉ~」

 

 顔を逆さまにして心底安心したようにそんなことを言った。

 

 今回請けた依頼は芸術都市から北西にある村の付近に出没した大槌狒狒の駆除だ。

 

 ラービュラント大森林に面している帝国領の村は隠れ里ほどではないが基本的には魔獣対策として防壁を築いている。

 

 しかし、だからと言って完全に安全とは言えない。

 

 魔獣は基本的に人を襲うし、畑だって荒らす。特に今回出たのは大槌狒狒。

 

 牙猪や餓狼程度であれば、村の猟師でも大して脅威にもならないが大槌狒狒はそうではない。

 

 3m近くある巨体で、10頭近くの群れを形成する習性がある。

 

 七等級武芸者で数名、帝国軍ないしは領軍の兵士2~3名ほどで一頭と同等とされている大型魔獣だ。

 

 並の猟師や一般人では到底太刀打ちできないし、困ったことに大槌狒狒はとある習性がある。

 

 その習性とは、大型ゆえの傲慢なのか、幼児が人形を振り回すように死体を弄ぶというものだ。

 

 時には生きたまま腕や足を捥いで悲鳴を上げさせ、更なる獲物の確保を狙う悪辣な個体もいる。

 

 ゆえに人間、魔族、獣人族問わずから蛇蝎の如く嫌われている魔獣だ。

 

 更に人型の二足歩行であるという点もヒトの醜悪な本性を見せられた気がするせいで余計に拍車をかけていた。

 

 彼らの()()()()を見れば否が応でもその残虐性を理解できるだろう。

 

 エーラがホッとしているのは、今朝方ふらりと宿から消えたアルが「ちょっとこの依頼請けてくる」と言って見せたことに起因している。

 

「なんとなく刀身が薄くなったような気がして不安でさ」

 

 アルは気が気じゃなかったのだと苦笑して見せる。己の最も頼りにしている主武器の様子が変わってしまって昨夜は自分でも驚くほど動揺していた。

 

「ま、気持ちはわからないでもないわ。でもちゃんと言いなさいな。ビックリするでしょうが」

 

 凛華が形の良い唇をぷくっと尖らせる。

 

「悪かったって。余裕がなかったんだ」

 

 こればかりは全面的に自分が悪いとわかっているのでアルは平謝りした。

 

「一人で戦わせてくれって言ったくらいだもんねぇ」

 

 仲間達が依頼に同行することにはまったく頓着しなかったが、アルは頑なに「手を出さないでくれ」と頼んでいたことをエーラは指摘している。

 

「脆くなってたらとか、今までの振り方じゃダメとかだったらどうしようって気が気じゃなくてさ。ごめんって」

 

 そう言いつつアルは逆さまになっているエーラの頬をむぎゅっと挟み込んだ。パタパタと手足を振ってエーラが不満を表現する。

 

「それで、実際何がどう変わったんだ?動きはキレてたみてえだけどよ」

 

 マルクは「む~う~」と声を漏らすエーラをあやすアルへ改めて訊ねた。

 

 如何せん徒手空拳と爪が武器の人狼には刀の機微などちっともわからない。

 

「うむ。剣閃はいくつか見えないものがあったが龍眼を使っていないのには気付いたぞ」

 

 ソーニャは誇らしいような情けないような表情で問う。今のアルの剣閃が見えないのは仕方ないと思う己と剣士としてまだまだ未熟だという自覚がせめぎ合っていた。

 

「『蒼炎気刃』もですよね? なのに斬り口は少し焦げてました」

 

 ラウラは大槌狒狒の屍骸をしっかり観察していたらしい。

 

「凛華にも答えたけど斬れ味がべらぼうに上がってる」

 

「む、しかしその刀――太刀、だったか? は元々業物だろう?」

 

 なまくらだったわけではなかろう?と首を傾げるソーニャ。

 

「まーそうなんだけど、前はもう少し抵抗があったんだ。あんなにするっと斬れたことはなかったかな」

 

 顎を擦ってアルが答える。

 

「闘気も使ってなかったわよね? 刀身が熱を発してたの?」

 

 今度は凛華が訊ねた。興味津々だ。なんたってこの鬼娘の隣に横倒しにされている尾重剣も魔剣の類だ。気にならないわけがない。

 

「ん~……どうも魔力を流すと『蒼炎気刃』ほどじゃないけど熱を帯びるみたい? 最後に剣気を全開にしてやってみたけど刃の通りは余計増してたね」

 

「剣気に反応してるのかしら?」

 

「魔力にも、なんでしょうね」

 

 凛華とラウラが興味深い、と唸る。

 

「ふむむ、それでアルが心配してた脆くなってそうっていうのは?」

 

 エーラがアルの両手から「ぷはっ」と逃れて訊ねた。

 

「そっちは完全に杞憂だった。下手したら前よりブレが減った気さえするよ」

 

「ふぅん。薄くなったってのは俺にゃわからねえけど前より存在感は感じるぜ。他の魔剣とかもそんな感じなのかねぇ」

 

 肩を竦めるアルにマルクは龍牙刀を見やって感想を述べる。

 

 仲間達の剣や盾もそうだが、実用の武具というのはそれ相応に武威のような雰囲気を持っているのだ。

 

 使い手によって武器の発する武威は異なるが、アルの龍牙刀からは今まで以上の何かをマルクは感じていた。

 

「その感覚はあたしもわかるわ。重み? 格? そういうのが増してる気がするのよね」

 

「あ、それなら私も感じるぞ」

 

 女性剣士二名がマルクの意見に同意する。もっともマルクの感覚はどちらかと言えば鍛冶師達の持っているモノに近いが、凛華とソーニャは剣士の第六感のようなモノだ。

 

「うぅん? ボクはそこまで差はわからないかも」

 

「私もです。最初から凄みのような感じはありましたし」

 

 逆にエーラとラウラには細かい差異はわからないらしい。

 

「あ、そういえばやけに抜けが良かった気もする」

 

 アルはふと思い出して口にした。

 

「「抜け?」」

 

 はて?どういう意味だろうか?という顔で振り向くラウラとマルクの隣で首を傾げるソーニャ。

 

「うん、『封刻紋』を五針解いて抜こうとしたらやたらとすんなり抜けちゃってさ。ちょっと驚いたよ」

 

 それは鞘の口が広がってしまっているのではないだろうか?

 

 ラウラとソーニャは血は繋がらないとは言え姉妹らしく同じ思考に至る。

 

 そこで凛華が「あっ」と気付いた。

 

「アル、二人はそのこと知らないんじゃない?」

 

「あっ、そうじゃん。たぶん勘違いしてるよ?」

 

 エーラもお行儀悪く御者台から後ろに身を乗り出してアルの肩をつつく。

 

 アルは「そのこと? ってなに?」と一瞬固まり、「ああ、そういやそうだっけ?」と何ともいい加減な返答を寄越した。

 

「アルさん、そのことって何ですか?」

 

「この太刀のことだよ。母さんの牙と魔銀鉱石を使って打たれた妖刀だっていうのは……――あれ? 言ったっけ?」

 

「うむ、いつぞや聞いたぞ」

 

 四六時中共にいるわけではないとはいえ、そこそこの時間を共有してきたせいで何を話して何を話してないかなど正確に把握していない。

 

 ラウラとソーニャは「いい加減なやつだなぁ」と呆れているマルクを横目に頷いてみせる。

 

「そっか。それなら実演してもらうとわかりやすいかな」

 

「「実演?」」

 

「うん、ソーニャ。これ抜いてみてくれ」

 

 そう言ってアルは龍牙刀をソーニャに差し出した。

 

「えっ? 触って良いのか?」

 

 アルが外に出る際、肌身離さず腰に差している刀だ。依頼で振るうことがあれば休養日には必ず手入れを行っているほど大事にしているのは知っている。

 

 ゆえにソーニャは少々おっかなびっくりな反応を返した。

 

「うん。他の人なら触れないかもしれないけど、この場にいる五人なら問題ないよ」

 

 アルはあっけらかんとした表情でほいと龍牙刀を持たせる。

 

 ズシリとした重みにソーニャは「おぉ」と思わず声を漏らした。普段アルが自在に扱っているのを見てきているので予想以上の重量に驚いたのだ。

 

「思っていたより重い。あ、っと抜いてみれば良いのだな?」

 

「うん。柄掴んじゃって良いから思いっきり良いよ」

 

 確認を取ったソーニャは恐る恐る鞘を握り、見様見真似で鯉口を切ろうとして「んっ?」と不思議そうな声を上げる。

 

「む、親指の力が足りてないのか? じゃあそのまま……――くっ!? 抜けん」

 

 ソーニャは見様見真似じゃダメかと、今度は柄を握り込んで引っ張ってみたがビクともしない。

 

「ふっ、くっ……! ちっとも抜けんぞ」

 

「やっぱりそうなるわよね」

 

「龍牙刀の一番不思議なとこってこれかも」

 

 凛華とエーラは結果がわかっていたのか奮闘するソーニャを見て各々の感想を述べた。

 

「おい、ソーニャ。いくら頑張っても抜けねえぞ。人狼になった俺でもソイツは抜けねえんだから」

 

「えっ!? そうなのか?」

 

 マルクが軽くネタばらしするとソーニャは驚いて萌黄色の瞳を真ん丸に開く。

 

「妖刀だからでしょうか?」

 

 ラウラは妹と会話の流れから答えを予想してアルへ問いかけた。

 

「ではアル殿にしか抜けないということか?」

 

 ソーニャから龍牙刀を返してもらいつつアルは口を開く。

 

「正確には母さんと『封刻紋』を五針まで解いた俺だけだよ。母さんが里の守り役をやってるくらいには強い龍人だからさ、打った鍛冶師でも抜けない妖刀になっちゃったんだ」

 

「へえ~……えっ?」

 

「ほぉ~……んっ?」

 

 アルの答えに姉妹は似たような反応を示した。

 

「え、えっ? じゃあ今までアルさんが”灰髪”にならないとその刀を使ってなかったのは――」

 

「今の状態では抜けないからだったのか?」

 

「うん、その通り。よっ、ふんんん……! ほらね?」

 

 アルはあっさり肯定しつつ黒髪状態で龍牙刀の柄を思いっきり引っ張って見せる。

 

 当然、鍔と鞘の間にはほんの少しの隙間さえ空かない。

 

「てっきり本気の本気で戦う時にしか抜かないものだと思ってました」

 

 と、ラウラ。ここぞと言うときにほどアルは龍牙刀を使うので誤認しても致し方ないだろう。

 

「私もそう思っていた。命を奪うと決めた時に扱っているのかと」

 

 ソーニャも姉と似たような勘違いをしていたようだ。特に龍牙刀を振るっているときのアルは苛烈の一言に尽きる。

 

「まだまだ未熟だからこの状態で抜けないってだけさ」

 

 アルはアッサリとそうのたまった。

 

「知りませんでした」

 

「私もだ。あ、じゃあ抜刀した状態ならどうなるんだ?」

 

 ソーニャは興味が湧いたのかそんな質問をしてみる。

 

「持つことはできるけど、マトモに振れないわよ。重心がしっちゃかめっちゃかに変わるのよ」

 

 それに答えたのはアルではなく同じ剣士たる凛華だった。

 

「重心が?」

 

「ええ。地面と平行にすらできないわよ」

 

「当然アル殿のときは――」

 

「そんなこと起こらないわ」

 

「アル殿以外受け付けないのか」

 

「その通りよ」

 

「ほぉ~、なんというか少々憧れるな。持ち主以外扱えぬ剣というのは」

 

「あらソーニャ、なかなかわかってるわね?」

 

「ふふ、当然。私とて剣士の端くれだからな」

 

 なぜかそのまま剣の浪漫を語り出す凛華とソーニャ。

 

「ちっともわからねえ。そういや親父も剣士はよくわからんっつってたな」

 

 あれは十中八九、凛華の父こと八重蔵のことだったのだろう。マルクは父マモンと同じような顔で二人を見る。

 

「ボクらだから触ってもなんか重たくなっちゃったとか、振りにくいとかで済むけど、アルが嫌がる人が握ったら凄い拒絶反応起こしそうだよね」

 

 エーラはアルの母トリシャの溺愛っぷりを思い出したらしい。

 

 妖刀だし、祟られるんじゃ? とか考えなくもない。

 

「ははっ、まぁこの状態の俺も受け付けてはくれないけどね」

 

 アルはそう言って苦笑した。

 

「何がダメなんでしょうか?」

 

 今だって充分強いはずなのに、とラウラが不思議そうにすると、

 

「龍気も力量も魔力も、だよ。たぶん全部足りないんだろうって言われたよ」

 

 アルはかつて巨鬼族の源治に言われたことをそのまま口にする。実際、剣の師である八重蔵にはいまだに勝てるヴィジョンが見えない。

 

 すると突然ソーニャと盛り上がっていた凛華が、

 

「あっ! そうだわアル! 抜けが良かったって言ってたわよね? 今なら五針まで解かなくても使えるんじゃない?」

 

 と言って「試してみなさいな」とアルの龍鱗布をぐいぐい引っ張った。

 

「あ、可能性あるかも? やってみよう」

 

 アルは言われるがまま『八針封刻紋』をひと針ずつ解きながら、右手を龍牙刀にかける。

 

 カチ……カチ……カチ……カチ……

 

 と左手の『鍵』を回しては鯉口を切ってみる動作を繰り返していき、”灰髪”状態になってひと針――つまり四針解いたところで龍牙刀がスルリと音もなく抜けた。

 

「おっ! 四針でいけるようになった!」

 

 それはアルの力量が上がったということを指し示す何よりの証拠。

 

「やっぱり! あたしの仮説は正しかったわね!」

 

 褒めてくれて構わないわよ? とでも言いたげに胸を逸らす凛華。

 

「ああ、そういうことだったんだ! ありがと凛華!」

 

 あまりの嬉しさにアルは思わず凛華の手をがっしり握って無邪気な笑顔を浮かべた。

 

「え、ええ。その、ちょ、ちょっと近いわよ」

 

 緋色の瞳に真っ直ぐ見つめられた凛華は照れて思わず俯く。その様子を見ていたエーラがニヤニヤし、ラウラがくすりと笑い声を漏らした。

 

「いやーこれで今日はぐっすり眠れる。昨日は寝不足だったんだよね」

 

 そんなことも意に介さずアルがのほほんと言えば、

 

「気にし過ぎだろ。変なとこで肝が小せえなぁ」

 

 マルクが半眼でのたまう。

 

「しょうがないだろ? やっぱり一番頼る刀だし、そんじょそこらの鍛冶屋じゃ見せてもどうしようもないだろうし。魔導学院の試験も近いしで焦ってたんだよ」

 

「ま、剣士の命って言うしな。とりあえず何事もなくて良かったんじゃねえの?」

 

「だね。今日はもうさっさと帰って寝よ」

 

「そうしろそうしろ」

 

「皆さーん、そろそろ芸術都市につきますよー」

 

「カァー」

 

 ”鬼火”の一党はそんな会話を交わし、夕陽に踊る草原を見ながら、音楽や喧騒賑わう芸術都市へと帰り着いたのだった。

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