日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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「小説家になろう」に最新話を、「カクヨム」にて同作を章ごとに、こちらへは定期的に更新していく予定です。


11話 やってきた武芸者

 芸術都市〈トルバドールプラッツ〉の中心部から少し離れた通称・”劇場通り”と呼ばれる隅の方には、オスヴァルト・ディヒターが団長を務める劇団の専用劇場がある。

 

 劇団で稼いできた収入を使っておよそ6年ほど前にようやく完成した劇場だ。

 

 動員可能数は中規模だが、広い舞台を借りていつでも芝居に打ち込める場所があるのは劇団員としてはありがたい話だろう。

 

 劇場の裏には団員用の寮が併設されており、その間に挟まれるように屋敷風の事務所がある。

 

 一見すると豪奢に見えるが、真に領主屋敷を見たことのある者なら「小さすぎないか?」と言うほどの規模しかない。

 

 それも当然で、ここはあくまで事務所。

 

 小さめの貴族屋敷といった具合のその屋敷には経理業務を行っている事務部屋と簡易的な厨房が一部屋ずつ、応接室と会議室がそれぞれ二部屋ずつくらいしかないのだ。

 

 その内の大応接室と呼ばれる部屋にオスヴァルトと件の子爵家の三女を含めた主演陣の4名はいた。

 

「申し訳ありません、団長。私のせいでこんなに大事(おおごと)になってしまって。実家を出るときに離縁状を叩きつけてきたのはあっちなのに……」

 

 顔を曇らせる主演女優にオスヴァルトは優しく肩を叩いてやる。

 

「気にしないの。アナタに非はないわ、クラウディア。このご時世に政略結婚なんて言う方がどうかしてるのよ」

 

「団長の言う通りよ! あなたのお父さんは何にもわかっちゃいないわ! あんな連中送りつけてくるなんて! 私達で守ってあげるから!」

 

 そう言ったのはクラウディアの先輩で今現在劇団の看板女優であるディートリンデだ。

 

 今回は裏の主演でもあり、戦争を終わらせるべく奮闘する小国の姫役をしている。

 

「……はい、先輩。ありがとうございます」

 

 そう言ったもののクラウディアの表情は晴れない。

 

「団長、結局指名依頼は通った、で良いんですよね?」

 

 今回クラウディアの相手となる騎士役を務めるイグナーツは問うた。

 

 クラウディアへの軟派野郎もとい攫おうとした無頼者を止めるべく、おっかなびっくり立ち向かった人物である。

 

 精一杯強いフリをしたおかげでどうにかなったが、実は喧嘩などしたことない良いとこの商家の次男だ。

 

 一緒に止めてくれたディートリンデの方がよっぽど肝が据わっていた、と加勢してくれた女性陣から言われて凹んだことは内緒にしている。

 

「ええ、その通りよ。第一希望で上位の武芸者が二党、全部で八人。もうそろそろ着く筈よ」

 

 だから大丈夫。と、オスヴァルトはにっこりと笑みを向ける。

 

 クラウディアはほんの少しだけ小さな笑みを返した。

 

 今日は出立の3日前。指名依頼を請けてもらえたということでオスヴァルトは顔合わせの機会を作ったのだ。

 

「三等級が四名もいるって話だったわね……。三等級って、私初めて見るわよ」

 

「僕もっすよ。い、厳ついのかなぁ」

 

 ディートリンデにイグナーツは首肯してみせる。ちなみにほんの少しだけ彼の方が年下だ。勝気なディートリンデの舎弟じみた雰囲気なのはそのせいである。

 

 その時、コンコンと大応接室の扉がノックされ、

 

「団長、依頼した武芸者の方々がいらっしゃいました。通しても?」

 

 と案内の警備員が顔を覗かせた。劇団で雇っている常駐警備員だ。必要であれば付き人のような真似もこなせる有能な人材である。

 

「ええ、通してちょうだい。それと紅茶を人数分淹れるよう伝えてきてくれないかしら?」

 

 オスヴァルトはクラウディア達を見回しながら頷いた。主演女優達は少々緊張しているらしい。

 

 が、オスヴァルトとて今回が初の顔合わせだ。どんな者達なのか気にならないと言えば嘘になる。

 

「承知しました。さ、皆さまどうぞこちらへ」

 

 スッと軽く顎を引いた警備員が部屋の方を示すと、

 

「あ、どうも。失礼します」

 

 と、よく通りそうな高過ぎも低過ぎもしないが――どう聞いても若い声の武芸者を筆頭に八名と一羽が入って来た。

 

 待っていた4名は思わず目を瞠る。

 

 入って来た八名が若かったからだ。劇団の子役と新人の役者達の中間くらいの年頃。

 

 おまけにやたらと見目が整っていた。

 

 彼らの中で最も年長らしい左頬に一筋の刀傷が入っている青年とその片割れと思わしき少女はまだ市井の中でも上澄みの方くらいで済む。

 

 しかし残りの6名は違った。

 

 最も目立つのは、黎い髪の青年だろう。

 

 左肩に魔獣を乗せ、あまり見ない剣を二本差ししており、容姿も相俟って妖異な雰囲気が垂れ流しになっている。

 

 もう一人の男――彼より背の高い青年もワインレッドの髪を適当に後ろに流しているだけに見えるが、それが野卑にも粗野にも見えず、やたらとサマになっている。

 

 そして4人の少女達だ。

 

 鬼人族の少女は怜悧な美と表現すべき容姿をしていて、森人族の少女は活発そうな雰囲気が見て取れる可愛らしさが全面に出た美少女だった。

 

 そして朱髪の少女もスッと通った鼻筋に気品のある面立ちをしており、盾を背負っている方の少女も鎧の武骨さを感じさせぬ整った容貌をしている。

 

 オスヴァルトは彼女らに己と似た貴族の血を感じた。

 

「この度、指名依頼を請けた”鬼火”の一党と……

 

「『紅蓮の疾風』です。えと、よろしくどうぞ――……じゃねえ。よろしくお願いします」

 

 アルクスとディートフリートは半歩だけ前に出てそう言った。

 

 しかし、主演陣は軽く唖然としていた。

 

 ハッと我に返ったオスヴァルトはゴホンと咳を一つして口を開く。

 

「オホン、ごめんなさいね。思ってたより若くてビックリしちゃったのよ。それで、今アナタ達”鬼火”と『紅蓮の疾風』って言ったかしら?」

 

「はい。正式な一党名じゃありませんけど、そう呼ばれてます」

 

「うす――いてっ、あ、はい」

 

 アルが気負いの欠片もなく答え、ディートがレイチェルに小突かれながら首肯する。

 

 オスヴァルトは心底驚いた。なぜなら――……。

 

「鋼業都市の騒動を終わらせた二党じゃないの……。アポテーカー副支部長が自信を持ってたのも頷けるわ」

 

 オスヴァルト自身、彼らの話を知っていたからだ。

 

「そういえば、この都市の領主様でもありましたね」

 

「オレらのことも知ってるって、なんでだ?」

 

「鋼業都市の領主は侯爵だって言ってたし、集会でも開いたんじゃない? 似たような目的でトビアスさんも社交会に参加してたよ」

 

「トビアスさんって……あ、武芸都市の領主様か。そういやしっかり号外にも載ったんだっけ。なんか変な感じだ」

 

「その内、鬱陶しくなるよ」

 

「お前らの巻き込まれ方知ってると、やっぱ素直に喜べねえよな。前のオレなら喜んでただろうけどよ」

 

「だろうね」

 

 ディートはアルのあまりの気負いのなさに釣られて思わずいつも通りの口調で話してしまう。

 

「鋼業都市のって……”グリム氏族の乱”!? 団長、ホントにこの子達が!? こんなに若いのに!?」

 

「”鬼火”って、あの”鬼火”ですか?」

 

 マジ!? みたいな反応をしたのはディートリンデ、目を真ん丸にしたのはクラウディアだ。どうやらクラウディアの方はオスヴァルト達より詳しいらしい。

 

「ええ、その通りよ。その時首魁を捕らえ、人身売買や武器の横流しを突き止めた武芸者達。ワタシも驚いたわ」

 

 オスヴァルトは頷いてみせた。彼とて士官学校を最低年だが卒業している。並々ならぬ力量であることは一目見ればわかった。

 

「”グリム氏族の乱”?」

 

 アルが疑問の声を上げると、

 

「アナタ達が収めた争乱のことを世間ではそう呼んでるのよ。あ、座って。もうすぐ紅茶もくるわ」

 

 オスヴァルトがサッと座椅子(ソファ)を勧めた。

 

「ふぅん、そうなんですね」

 

 アルはどうでも良さそうに返して「じゃお言葉に甘えて」と座り、仲間達もその後ろの椅子に座った。

 

「で、アナタ達が頭目なのね?」

 

「ええ、そうです。後ろの五人が――」

 

「カァ!」

 

「おっと、五人とこいつが同じ一党です」

 

 アルが左肩の三ツ足鴉を含めて自分の一党を紹介し、

 

「うす。そっちのレイチェルとオレが同じ一党です」

 

 ディートがチラッと視線を後ろにやって言葉を返す。

 

 ちなみにオスヴァルトの話し方についてはアポテーカー副支部長から聞いてるので特に疑問は抱いていない。「貴族ってのも大変なんだなぁ」と思った程度である。

 

 アルはとっとと依頼の話をしようと口を開いた。

 

「そちらの方が護衛すべき主演女優の方ですか?」

 

 赤褐色の瞳がつつ……っとクラウディアを捉える。

 

「ええ、そうよ、クラウディアって言うの。ワタシはこの劇団の長をしているオスヴァルト・ディヒター。今回の依頼人よ。よろしくお願いね。あー……それで、一つ訊いて良いかしら?」

 

「何でしょう?」

 

「指名依頼として請けてくれることには感謝してるのだけれど、指揮権はどちらが持っているの?」

 

 オスヴァルトはそう訊ねた。いくら強かろうと合同依頼の体である以上指揮官役は重複しない方が良い。

 

「俺です」

 

 アルが手をサッと上げた。ディートとしては指名依頼な上に依頼人が領主などまだ手に負えないと判断した為、それに不満はない。

 

 そもそも”鬼火”は個人三等級のいる四等級一党。

 

 嫌がる理由などないし、そこでグチグチ言うならさっさと等級を上げれば良いという話だ。

 

「そう……話し合いは済んでるのね」

 

「元々友人ですし」

 

「こいつらの強さはオレらが一番知ってるんで」

 

 オスヴァルトの問いに頭目二名が肩を竦めるようにして答えた。

 

 その様子にオスヴァルトは目を細める。ディートの方に着目していたのだが、彼からは嫉妬めいた感情を一切と言って良いほど見られなかった。

 

 それほど互いのことを知っているということだろう。

 

「そ、愚問だったようね。依頼についてはどこまで知ってるのかしら?」

 

「粗方聞いてます。至極真っ当な貴族しか知らなかったので、少々驚きましたが」

 

 アルの返答は淀みない。というより価値観が違う。

 

 それが今の一言でオスヴァルトにはよくわかった。

 

 貴族だのなんだのという枠組みで物事を見ていない。

 

 鋼業都市のパトリツィア・シュミット侯爵は”グリム氏族の乱”について集会の際、彼らのことを「恩人達」と言っていたが、「()の逆鱗に触れるような真似はしてくれるなよ」とも言及していた。

 

 その()がきっと今目の前に座る、この妖しげな青年のことなのだろう。と、オスヴァルトは直感する。

 

「あまりクラウディア(この娘)の前で言いたくはないけど、北部の貴族は南部とは違うの。特に、王国の影響を受け過ぎちゃってる北部貴族と普通の帝国貴族を同じだとは考えない方が良いわよ」

 

「そういうものなんですね。それでクラウディアさん、でしたか。彼女の追手に面倒な連中がいると聞きました。確かですか?」

 

 ――さすがに手慣れてるわね。

 

 オスヴァルトは心中で独り言ちた。何と言ってもこの若さで三等級に上がるような青年率いる一党だ。

 

 後ろの面々は出された紅茶を飲んで「あ、美味し」「ですね~」などと小声で言葉を交わしている。

 

「ええ、そうよ。情報源は詳しくは言えないけれど確かよ」

 

 オスヴァルトが肯定するとディートが渋面を作った。

 

「あの連中に武器を渡した組織がまた関わってるって、聞いただけでも面倒臭そうだな」

 

「ああ、手広くやってるみたいだ」

 

 アルが頷く。

 

「けどよ、領主様達が動いてるんだろ?」

 

「動いてるだろうね。でもそうそう簡単には駆逐できないと思うよ」

 

「なんでだよ? 貴族家が纏まって捜査してんだろ?」

 

「そう聞いた。けどその組織はどの件でも直接的には関わってない。何かしら、誰かしらを間に挟んでる。だから見つかりにくい。それに、見つかったら困る連中もいる」

 

「……今回みてえに後ろ暗い依頼を頼みたいってヤツらか」

 

「その通り。真っ当な武芸者にはそんなこと頼めないし、頼まれたらすぐに報告するだろ。言ってしまえば汚れ仕事専門の協会さ。だからきっと、簡単にはなくならない」

 

「ちっ、ジメジメした話だ。反吐が出るぜ」

 

「それには同感」

 

 ディートが嫌そうな顔を隠しもせずに悪態をつけば、アルは表情を崩さずに同意した。

 

「おい、二人とも。そろそろ依頼人からちゃんと話聞けよ」

 

 後ろからマルクガルムが注意すると、アルとディートは

 

「すいません」

 

「すんません、つい」

 

 と頭を下げる。

 

「良いの。若いけど随分しっかりしてると感心したくらいよ。これで安心して依頼を頼めるというものだわ」

 

 オスヴァルトはそう言って手を軽く振った。実際、当事者だとは聞いていたがまさかここまでしっかり考察しているとは思ってもみなかった。

 

 おまけにパトリツィア・シュミット侯爵及び辺境伯家が主導して行っている組織の捜査状況まで予想をつけているとは。

 

 ”鬼火”と呼ばれる青年も『紅蓮の疾風』の頭目も、頭の回転はかなり速いらしい。

 

「あ、そうでした。依頼の件ですが、一つこちらから条件があります」

 

 アルがそう言ってピッと指を立てた。

 

「何かしら? あ、旅費に関しては報酬とは別でこちらが持つわよ? 勿論、往復分」

 

 オスヴァルトは伝えていなかったなと思いつつ告げる。

 

 ディートが「おっ、そりゃ良いや」という顔をしつつ、

 

「あ、いや片道分で充分っす。この都市に戻ってくるかまだ決めてないし、一応、帝都を観光しようってことにもなってるんで」

 

 と断りを入れた。

 

「アラ、そうなの? もしかしてそちらもかしら? ”鬼火”さん」

 

「ええ、俺達は元々帝都が目的地でしたので」

 

 アルも断りを入れる。今回依頼を請けた理由の大半がコレだ。旅費が浮く上に金まで貰える。渡りに船とはまさにこのことだった。

 

「なるほど。それならどういった条件なのかしら?」

 

「護衛をするにあたって、護衛対象を劇団員全員として下さい。その上で戦闘になった際はこちらの言うことに全面的に従って頂きたい。無論、全員です。劇団長であるディヒター卿、あなたも」

 

 アルの告げた内容にオスヴァルトは少しだけ目を見開き、後ろのディートリンデとイグナーツが明らかな動揺を示す。

 

「……理由を訊いても良いかしら?」

 

 オスヴァルトは彼を試すように目を細めて問うた。

 

「素人は邪魔だからです」

 

 しかし、返答は端的。それに目を吊り上げたのは黙って話を聞いていたイグナーツだ。

 

「素人は、って確かに僕らは役者だけどクラウディアを守ろうと――」

 

「それが邪魔なんです」

 

 だが、彼の反論は冷たく切って捨てられた。

 

「な!?」

 

「あなた方を見ていれば、クラウディアさんのことを本当に気にかけていることくらいわかります。ですが、件の組織に雇われた――もしくは関係している連中は()()()()()()()。十叉大水蛇を捕獲する為だけに村に火を放ったし、貴族令嬢を攫うだけの為に魔獣の群れを街にけしかけたうえ、貴族の館で爆破事件まで起こした。

 

 あなた方は役者だ。戦う必要はない。無闇に目の前に出られてこちらが戦えなくなる事態は避けたいんです。だから、指示には従って頂きたい。でなければ請けません」

 

「護衛対象を劇団員にしたのは、指示を訊かない者が出ないようにってワケね?」

 

 オスヴァルトが確認するように問う。

 

「ええ、命は一つです。あなた方も、こちらも。守られる側が余計な真似をするんじゃ、守れるものの守れなくなるし、こちらが要らぬ負担を被る可能性があります」

 

「けど君らはまだ子ども――」

 

 イグナーツはそれでも言葉を重ねた。

 

 武芸者関連の情報に疎く、どう見ても自分達より年下の者達に守ってもらうというのが人道的に納得いかなかったのだ。

 

「少しくどいな、あんた」

 

 しかし、アルの返答は苛烈そのものだった。

 

 

 ゴォォォォォォォ……ッ!

 

 

 膨れ上がった魔力が渦巻いて大応接室を駆け巡る。

 

 劇団員達は皆、背筋をゾ……っと泡立たせる暴風に身を強張らせた。

 

「……っ!」

 

「う……あ……!?」

 

「う……ぅっ!?」

 

「ひ……っ!?」

 

 オスヴァルトは叩きつけられた魔力の暴風に驚愕し、戦慄を禁じえなかった。

 

 ――なんという魔力……!

 

 それがフッと止んだ。劇団員達が思わず冷や汗を垂らす。

 

 逆に『紅蓮の疾風』を含め、残りの5人は顔色一つ変えていない。

 

 アルの左肩にいる夜天翡翠など涼し気に羽根をそよがせていたくらいだ。

 

「雇われた連中の質がどれほどのものかは知りませんが、今の魔力をぶつけても半分くらいは鼻で笑って剣を振りかざすような連中ばかりです。目の前で今みたいに硬直されちゃ邪魔なんですよ。

 

 気に食わないのか何なのか知りませんが、俺達が舞台に立って芝居ができないように、あなた方は命の奪い合いに慣れてない。『職分を守ってくれ』と言うのがそんなにおかしな話ですか?」

 

 ここはアルの、いやアルとディートが譲れない一線だ。

 

 護衛対象が余計なことをした為に仲間が傷つくなど言語道断。

 

 士官学校卒のオスヴァルトは久しく感じた戦風からいち早く立ち直って口を開く。

 

「ごめんなさいね。イグナーツはアナタ達を純粋に心配したの。気に食わなくて言ったんじゃないわ」

 

 イグナーツはこくこくこくと素早く何度も頷いてみせた。その顔は真っ青である。三等級武芸者の威風がここまでとは思っていなかったのだ。

 

「では、条件を呑んで頂けると?」

 

「ええ、勿論よ。ワタシも今ので随分勘が鈍ってるって実感したもの」

 

「ではその条件で依頼をお請けします。当日、列車に乗る方々には通達お願いします」

 

 アルがそう言うと、オスヴァルトは手を差し出した。

 

「交渉成立ね」

 

「よろしくお願いします。あ、イグナーツさん? でしたか。先程はすいません。あなたにだけ少々強めに魔力を流しました」

 

 アルは握手を交わすと、イグナーツに向けてしれっとのたまう。

 

 オスヴァルトは内心で一息ついた。

 

「い、いや、僕の方こそどうやら失礼な物言いをしてしまったらしい。申し訳ない」

 

 イグナーツはイグナーツでアルとディートの背負うものの重さに思考が至ったらしい。そりゃそうだよな、という顔で謝罪した。

 

「あ、そう言えばアナタ達の名前聞いてなかったわね」

 

 ディートと握手を交わすオスヴァルトがそう言った。

 

「アルクスです」

 

 立ち上がりつつアルが自己紹介すると、

 

「マルクガルム、人狼族」

 

「シルフィエーラ。あっ、森人族です」

 

「鬼人族、凛華」

 

「ラウラです」

 

「ソーニャだ」

 

「こっちは夜天翡翠」

 

「カァ!」

 

 と”鬼火の一党の”仲間達が名乗りを上げる。

 

「レイチェルと言います」

 

「そんでオレがディートフリートっす」

 

 ディートがそう言うと、オスヴァルトの後方にいたディートリンデが声を上げた。

 

「えっ! ディートフリート君って言うの? 私ディートリンデって言うのよ! 凄い偶然ね!」

 

 と親し気に声をかけてくる。

 

「えっ、あ、マジすか。その、えっと、はい! すごいぐーぜんっすね!」

 

 看板女優であるディートリンデは数多い劇団員の中で看板女優を勝ち得ている舞台女優。当然、目鼻立ちのハッキリした美人だ。

 

 ディートはしどろもどろというよりデレデレで言葉を交わす。レイチェルが後ろでとんでもなく冷めた視線を向けていることにも気付かずに。

 

「あいつ、死んだな」

 

「バカねぇ」

 

「鼻の下伸びてるよ」

 

 とマルク、凛華、エーラ。

 

「今日は夕飯は別の卓にしましょう」

 

「うむ、それが良さそうだ」

 

 さりげなく酷いことを言ったのがラウラ、力強く同意したのがソーニャである。

 

「さっきの魔力スゴかったけど、全然動じてなかったわよね? 平気だったの?」

 

「え? ああ、あんなん平気っすよ! あれでもたぶんあいつの二割も出てないはずなんで!」

 

 ディートリンデにデレデレで快く答える薙刀遣い。

 

 そしてその発言で戦慄するオスヴァルト他劇団員達。

 

「……ふふ、ディーくんったらもう。そんなこと知ってても、おいそれと言っちゃあいけないのに」

 

 彼の相棒はとうとう薄く微笑みだした。

 

「さっさと行こうぜ、アル」

 

「了解。触らぬ神に何とやらってね」

 

 マルクとアルはとっとと背を向けて出て行く。その背を追うように他4名も歩き出した。

 

「あ、そだ。ねね、アル。この劇団だよ。ほら、初代皇帝の演目やってたの」

 

「え、まじ?」

 

「ええ。さっきのディートリンデさんって女優、あの演目で見たわ」

 

「この都市でも三本の指に入る劇団らしいですからね」

 

「そういえばオスヴァルト劇団長――いやディヒター卿か? 演目終わりに舞台で挨拶していた気がするな」

 

「そうだったか?」

 

「お前が寝てた演目だ、マルク」

 

「ああ、お前が俺を物販に引き摺ってった演目の時か」

 

「その覚え方は不本意だぞ」

 

「そらこっちの台詞だ。一回しか寝てねえだろ、つーかあん時はアルも寝てた」

 

「黙ってたのに、こっちまで巻き込むんじゃないよ」

 

「カァ~」

 

 そんな会話を交わしている一党へオスヴァルトが声をかける。

 

「あっ、アナタ達少し待ってちょうだいな。出来るだけ護衛人数を絞る為に裏方の子達は明日の便で出るから当日列車に乗るのは役者達だけなんだけれど、顔合わせをしといてもらいたいのよ」

 

 その後、”鬼火”の一党と『紅蓮の疾風』の8人と1羽は、護衛対象である役者30名と顔合わせをするのであった。

 

「え、(わっか)っ!」

 

「あんなに綺麗な子が戦うの? あっちが役者に見えるんだけど」

 

「なぁ子供ばっかだけど大丈――……な、なんだよイグナーツ。『やめろ』って何だよ。わかった! わかったもう言わねえから!」

 

 反応は様々だ。しかし等級と”鬼火”を知っている情報通な役者のおかげで概ね好意的に受け入れられることになるのだった。

 

 尚、宿への帰り路でレイチェルが口を利いてくれず、ディートがやきもきしていたのだが肩を持つ者はいなかったそうな。然もありなん。

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