日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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「小説家になろう」に最新話を、「カクヨム」にて同作を章ごとに、こちらへは定期的に更新していく予定です。


15話 策謀の渦、見出す活路

 魔導列車の車両連結部を切り離され、ラウラとソーニャ、そしてレイチェルが奮闘している頃。

 

 三等車、展望車両、四等車、五等車側にいたアルクス、マルクガルム、凛華、シルフィエーラ、ディートフリートもまた、現況をどうにか打開しようと奮闘していた。

 

「何とかして先頭(まえ)に追いつかないと……!」

 

 アルは呻き声とも唸り声ともつかぬ声で呟く。5人がいるのは二等車と三等車を繋ぐ扉の前。

 

 これほど真に迫って焦りを見せるアルは久々だ。

 

「つってもどうすんだ!? 四車両分を動かすにはお前の魔力でもきついだろ!?」

 

 乗客達は機関車部と切り離されたという非常事態に気付いてパニック状態。

 

 立ち上がって騒ぎ始めた乗客を押しのけてマルクは問うた。

 

 アルが車両の後方で爆炎を起こしたとしても、ひと車両に数十名は載せられる数珠繋ぎの鉄箱を加速させるには相当の魔力が要る。

 

 おまけにどの車両にも乗車定員の半数は客もいるのだ。

 

 この四車両分だけでも総重量はとてつもないことになるだろう。

 

 ――マルクの言う通り、蒼炎で加速するのは現実的じゃない。

 

「わかって……――っ!?」

 

 承知していると答えようとしたアルは弾かれたように離れていく先頭車両の方を見た。

 

 急激に昂った魔力に反応したのだ。しかもその魔力はよく知っている少女のもの。

 

「今の、ラウラだよ!」

 

 エーラの報告にアルは冷や汗を垂らす。

 

 違っていてほしかった。

 

 ここまでラウラが魔力を高めているのだとしたら――……。

 

「どう考えても戦闘中よ。最悪ね」

 

 凛華が悔しそうに歯噛みする。

 

 どうやったのかはわからないが襲撃に遭っているとみて間違いない。

 

「レイチェル……! 畜生!」

 

 ディートが扉をバンっと殴りつける。

 

 すでに先頭車両とこちらの距離は開きつつあった。

 

 その上線路を見るに、この渓谷は緩やかな曲線(カーブ)を描いているものの急なものはない。

 

 マルクが【人狼化】して跳び降りたとしても時速90km(キリ・メトロン)で走り続ける魔導列車にはきっと追いつけないだろう。

 

「クソっ、俺があの時すぐ三等車(ここ)に来てりゃあ……!」

 

 マルクが歯噛みする。状況さえわかっていれば離れていく二等車に彼だけでも飛び移ることが出来ただろう。

 

 しかし、その後悔はあまりにも遅きに失していた。

 

 こうしている間にもこちらの車両側は速度を落とし、徐々に先頭車両と離れていく。

 

 焦りが5人を蝕む。

 

 そこに数名の大人が走って来た。制服らしきものを着ている。

 

「き、君達武芸者だね? 我々はこの車両の乗務員だ。何があったのか教えて欲しい」

 

 アルが提げている三等級()の認識票に目を見開きつつ、男性乗務員が状況を問うてきた。

 

 彼らも分断されたことに気付き、急いで状況を確認しに来たのだ。

 

 ただパニックに陥っている乗客達とは明らかに様子が違ったのでアル達に目を付けたのだろう。

 

「一等車に芸術都市の領主と劇団員が乗っていたことは知ってますか?」

 

「ああ、勿論。大口のお客様だからね」

 

「その彼らを狙ったならず者が連結部を切り離したんです。あっちではもう、戦闘中のはずです」

 

「そんな……!」

 

 乗務員達は驚愕で絶句する。

 

 そんな真似をする賊など今までいなかった。国家事業の一つである魔導列車を狙えばただでは済まないからだ。

 

 それを行ったという事実にも、信じたくなかった現実にも乗務員達を絶句させるには充分な衝撃を齎していた。

 

 その時、徐々に速度が落ちていく河川側の車両の外で魔力が高まる。

 

 ハッとしたアル達が窓の外を見ると、彼らのよく知る三ツ足鴉が魔力を発していた。

 

「翡翠!? どうしたっ!」

 

 アルが人のいない席へ急いで窓を開けると、

 

「カアーッ! カアカア――ッ!」

 

 夜天翡翠は必死に何かを伝えようとバサバサと羽ばたいて見せる。

 

「何が……まさか!」

 

「アルクス!?」

 

 アルは仰天するディートを差し置いて、窓枠をがっしり掴んだまま車両の外へ身を踊らせた。

 

 そして夜天翡翠が示す方角――後方にぐいっと身体を翻し、飛び込んできた光景に目を見開く。

 

「アル! どうしたの!?」

 

 バッと車両内に戻ってきた彼は一刻の猶予もないと、問うてくる凛華とすぐ近くにいる仲間達、そして青褪めている乗務員達へ、差し迫った危機を告げた。

 

「後方から六頭立ての幌馬車が二台近付いてきてる。十中八九、敵だ」

 

「「「な、あ……!?」」」

 

 乗務員らが顔を土気色にまで悪くする。

 

「口封じ……ってとこかしら?」

 

 さすがに落ち着いている凛華がそう言うと、

 

「いや、そんな雰囲気じゃなかった。そもそもこっちの車両に口封じをするほどの目撃者はいなかったはずだ。もっと賊に近い……たぶん目標の確保ついでに小銭稼ぎでもするつもりだったんだろう」

 

 アルは憶測を口にする。

 

「最っ低だね」

 

 賊の小銭稼ぎ――つまりは略奪だ。金品の強奪だけならまだマシだが、それだけで済むとは考えにくい。

 

 エーラは冷たい声で吐き捨てた。

 

「チッ、状況がどんどん悪くなってやがる……!」

 

 マルクはイライラを隠しもしない。発する魔力に剣呑さが混じってきた。

 

「アルクス、どうすんだ? すまねえ……オレにはこの状況をどうにかする策が思いつかねえ。けど指示なら何だって、幾らだって聞く。だから頼む。指示をくれ。このままじゃレイチェルが……」

 

 ディートは悲壮な顔で薙刀をグググッと握り締めてアルに頼み込む。

 

 己の不甲斐なさに怒りと情けなさで爆発しそうだ。

 

 握り締めた拳は真っ白になっていた。

 

「……わかってる」

 

 アルは深く頷きつつ思考を巡らせる。

 

 ――どうする、どうする? どうすれば良い?

 

 ――先頭に追い付くだけなら……三等車より後ろを、いや乗客の命を切り捨ててしまえば良い。

 

 だがそれが良策なはずがない。否、そうじゃない。

 

 ――あってたまるか! 父さんみたいになるんだろ……!?

 

 ――よく考えろ大馬鹿野郎!

 

 ギリッと歯を食い縛ったアルは自身の脳裏に浮かんだ案を蹴り飛ばした。

 

 ――乗客を移動させて連結部を……――いや、次の便はどうなる? 止まった車両にぶち当たれば最悪脱線事故が起こるかもしれない。

 

 ――遠距離から賊への対処を……ダメだ。どんどん速度が落ちてるのにそんな悠長な真似してたらラウラ達に追いつけなくなる。

 

 ――そもそもどうやって加速させる? 俺一人が蒼炎を噴き出したところで、この質量をどうにかできるとは思えない。

 

 ――質量……『念動術』を車両全体にかければ……――ダメだ。負荷が重すぎる。後ろの賊はその間に乗り込んでくる。

 

 汗を垂らして黙り込むアルを見た面々は緊張の色を強めた。

 

 それほど事態が切羽詰まっているのだ。

 

「…………」

 

 普段はほとんど考える時間をかけないアルが顔色を悪くして沈黙している。

 

 先頭で仲間が襲撃を受けていることも思考に負担(プレッシャー)をかけていた。

 

 そこで凛華がおもむろに口を開く。

 

「ねえ、ひと車両にはどれくらいの人数なら乗れるの?」

 

「え、ええと定員数はこの車両が百名で、展望車両ならぎゅうぎゅう詰めで百六十名、四等車と五等車が百二十名ずつだけど、どうしてそんなことを……?」

 

 乗務員は顔色を失くしたまま呟くように答えた。

 

「アル、少し落ち着きなさい。焦り過ぎよ。あの三人なら大丈夫。あたし達と一緒に戦ってきたのよ。そこまでヤワじゃないわ。いっぺんに全部考えないで、今は追いつくことと後ろから来る敵を最優先に考えなさい」

 

 凛華は乗務員の問いかけを無視して、冷や汗を流すアルの頬を、冷気を纏わせた両手で包む。

 

 直ぐにハッとしたアルは、

 

「……ごめん、少し慌ててた。そうだ、一つずつでいい。落ち着け」

 

 呼気を吐きつつ「まずは後ろの賊、次に加速……」とぶつぶつ呟きだした。

 

「こっちの車両に乗客を移すのはダメなの? どの車両も満員じゃなかったし、無理矢理押し込んで連結部を切り離すの」

 

 凛華は平静を取り戻した彼の瞳を覗き込んで案を出す。

 

「俺もそれは一瞬考えたけど、残った車両と次の便が衝突したら…………いや、待てよ。凛華の言う通りかもしれない」

 

 アルの瞳に強い眼光が宿った。

 

 窮地にあって諦めないその光は、何度となく仲間達を導いてきた凛華達の道標(みちしるべ)

 

 アルが絶対に手離さないとっておきの切り札(勇気)の顕れ。

 

「ふふ、やっぱりあんたはこうでなくちゃね」

 

 凛華は好いた男にしか向けない魅力的な微笑を浮かべる。

 

「ありがと凛華。おかげで案が浮かんだ。これならいけるかもしれない。いや……何が何でもやり遂げてみせる」

 

 そう宣言したアルから俄に覇気のようなものがぶわりと広がった。

 

 凛華が不敵に笑み、エーラが嬉しそうに頷き、乗務員達が息を呑む。

 

「いつでも良いぜ、アル」

 

 彼の威風に冷静さを取り戻したマルクが拳を打ち合わせ、

 

「よっしゃ、やってやんよ!」

 

 ディートも気合いを見せた。

 

「ふぅ~……よし、指示を出すぞ! 俺達は今から三等車と展望車両に乗客を全員移して、連結部を切り離す! それと同時に車両も加速させる! 先頭(まえ)に追いつくぞ!」

 

「「「「応ッ!!」」」」

 

 アルの号令に4人が声を揃えて応じる。

 

「ま、待ってください! しかし、そうしたら残った車両が次の便とぶつかって大事故が……!」

 

「大丈夫です。それについても考えてます。それより、手伝って貰いたいことがあります」

 

 乗務員が言い募るがアルは些かも動じていなかった。

 

 その態度から仲間達は確信を得る。

 

 アルは現況を全てどうにかしてみせるつもりなのだと。

 

「て、手伝って貰いたいこと?」

 

「少し黙ってましょうよ、三等級武芸者ですよ?」

 

 三等級というのはやはりそれなりだと見てもらえるのだろう。乗務員の内の一人がもう一人を抑えにかかった。

 

「助かります。人道に外れたことは言いませんから安心して下さい。――今からすぐに動くぞ。まずはマルクだ」

 

「おうよ」

 

「これを」

 

 鋭い眼光を向ける幼馴染にマルクが返事を返すと、アルはカッと『釈葉の魔眼』を開き、刀印を結んだ右手をクルクルと描いて魔術を紡ぐ。

 

「こいつは? 『念動術』の第一術式っぽいが」

 

 術式を受け取って維持するマルクにアルは頷いた。

 

「それで合ってる。ただしその術式は()()()()()()()()()()()()()()()()()()。対象はこの車両に限定。マルクには加速を任せる。

 

 そこの扉から前を見て進行方向――()()()沿()()()()()()()()()()()()()いくんだ。減速が加速に変わるまでは一定で、そこからは徐々に増加効果を上げていってくれ。負荷が相当掛かると思うけど、やれるな?」

 

 つまり、魔導機関の真似事をしろということだ。

 

「ああ、任せとけ」

 

 しかしマルクは術式を維持したまま即答した。

 

 こんなに強い目をしているときのアルは、無茶は言っても無理難題なことは決してさせない。それだけ信頼している。

 

 だが全幅の信頼を置いているのはマルクだけじゃない。

 

 アルとてこの幼馴染を心底信頼している。

 

「じゃあ今すぐにでも始めてくれ。任せた」

 

「応よ」

 

 マルクがサッと乗客を避けて扉へ走っていく。

 

「次はエーラ。エーラはマルクの補助だ。風の精霊に頼んで空気抵抗を少しでも減らしてくれ。それだけで減速の具合も加速度も変わってくる」

 

「わかった! ボクにしかやれないことだね!」

 

 エーラは「気合充分っ!」と鮮緑に目を輝かせた。

 

「それともう一つ。この列車は連結部が溶けてる。二等車に追いついたときは――」

 

「ボクの【精霊感応】(魔法)で車両同士を繋ぐんだね?」

 

 こちらの意図を先読みまでしてみせる。

 

「ああ。たぶん衝突するだろうからこれ着てて。頼んだよ」

 

 アルは頼もしい返事を寄越した彼女に、袖付きポンチョ風にした龍鱗布を着せる。

 

「わはっ、ありがとうアル! 行ってくる!」

 

 エーラは龍鱗布を確かめるや、軽い足取りでタタッと駆けていく。

 

 その時、車両に軽い振動が走った。

 

 マルクが術を起動させたのだろう。

 

「ディートと乗務員の方には、乗客の先導をお願いしたい。三等車と展望車両にぎゅうぎゅう詰めで良いから全員押し込んでくれ」

 

「「「は、はいっ」」」

 

 すっかりアルの威風に呑まれた乗務員達がコクコクと首を縦に振る。

 

「運びゃ良いんだな?」

 

「ああ、最初は俺達も手伝うけど車両が空になったら手伝えない。とにかく移動を急がせてくれ。目標はひと車両に一分だ」

 

 確認するように問うディートへアルは首肯を返した。

 

「い、一分……」

 

 乗務員達が顔色を更に悪くする。

 

「ゴネてきたらどうする?」

 

 ディートは冷静だ。すでに何分も経っているのだ。寧ろ遅すぎる気さえしてくる。

 

「ぶん殴ってでも、投げてでも良いから移してくれ。聞き分けが無いようなら気絶させて構わない」

 

 アルは些か物騒な返答を返した。

 

 非常事態だ。ゴチャゴチャ言ってる暇はない。

 

 邪魔なら蹴り飛ばして叩き込む。そんな表情をしていた。

 

「了解だ。他にやることはあるか?」

 

「通路の真ん中は極力空けるようにしてくれ。それと、先頭(まえ)に追いついたら一気に駆け込む」

 

 言いたいことはわかるな? と、アルが続けると、

 

「応! やってやるぜ!」

 

 ディートは薙刀の石突を床面にがつんっと叩きつけて了承し、「あんたら、さっさと行くぞ!」と駆け出した。

 

 乗務員達も慌ててついていく。

 

「で、あたし達は? 後ろの賊とやり合うの?」

 

 残った凛華が訊ねると、アルはカチカチカチッと『八針封刻紋』を5針解いて”灰髪”になりつつ首を横に振る。

 

「いや、やらない。連中には空の四等車と五等車を届けてやろう」

 

「う、んと? 連結部を切り離してそのままってこと?」

 

 それならあたしも乗客の誘導で良くなかったかしら? と凛華が訊ねる。

 

 しかし、次いで吐かれた彼の言葉に彼女は青く透き通った瞳を真ん丸に開くことになった。

 

「いいや。()()()()()鉄屑をみんな纏めてお見舞いするのさ。ざっと車両二つ分ね」

 

 やや尖った牙を剥き、アルが物騒に笑う。

 

「そう。そういうこと。悪くないわ……やられっぱなしは癪だもの。目にもの見せてあげましょ!」

 

 刹那、眼をぱちぱちさせていた凛華も、直ぐに鬼歯を見せつけるように好戦的な笑みを浮かべた。

 

 大概鬱憤(フラストレーション)が溜まっていたのだ。

 

 顔も知らぬ賊共に思う存分吐き出させてもらおう。

 

 これで次に来る魔導列車が衝突事故を起こす危険にも対応策を出したことになる。

 

「翡翠!」

 

「カアッ!」

 

「翡翠は先に行ってラウラ達の援護をしてやってくれ! 俺達もすぐに追いつく! 無茶はするなよ!」

 

「カアカアッ!」

 

 窓の外に身を乗り出してアルが叫ぶと、三ツ足鴉は「はーいっ!」と言うが如くひと鳴きしてバヒュッと飛び去って行く。

 

「俺達も動こう。状況開始だ!」

 

「ええ! やってやるわよ!」

 

 こうして不意打ちを食らった状況からようやく抜け出したアル達5人は、反撃の狼煙を上げて動き始める。

 

 それは時間帯で言えば、一等車のラウラ、ソーニャ、レイチェルの三人が襲撃者連中――非登録の傭兵団を率いる頭領シメオンが”異能者”であると断定した頃合いであった。

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