日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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「小説家になろう」に最新話を、「カクヨム」にて同作を章ごとに、こちらへは定期的に更新していく予定です。


16話 逆襲の巨腕

 渓谷を疾走する魔導列車。

 

 二等車と三等車を行き来する為の扉は開け放たれている。

 

 本来であればこんな風に視界が広いはずもなく、風がブオオッと勢いよく流れ込んでくることもない。

 

 その扉の前に立つマルクガルムは刀印を構え、掌大ほどにまで小さくなってしまった二等車の後部を見据えていた。

 

 魔導機関によって生み出された莫大なエネルギーは、そのエネルギーに較べれば極々微細な波動を放っている。

 

 その波動が生体魔力感知を妨げてしまうのだが、前を走る先頭車両からは明らかに昂った魔力を感知できた。

 

 これが何を指し示すのか理解できるマルクガルムは、焦りと苛立ちをない交ぜにして吐き捨てる。

 

「くそったれが……!」

 

 感知できたのはよく知る少女達――ラウラとソーニャ、そして彼女らに較べれば微量ながらもレイチェルの魔力。

 

 つまりあちらは襲撃に遭っていて戦闘中だということ。

 

 襲撃者は十中八九、(くだん)の傭兵だろう。

 

 否定できる要素の少なさがマルクの焦燥を煽る。

 

 ――進行方向へ向けて重力を発生させる、だったな。

 

 心中で呟きつつ、マルクは視線を右手に落とした。

 

 刀印に巻き付いているのは、発動中でも手動(マニュアル)で重力の加減と方向を調節できるようにアルクスが改造した『念動術』の術式。

 

 マルクは吹き付けてくる風が弱まっていくのを感じ、キッと前を見据える。

 

 ――絶対(ぜってえ)追いつく。

 

 あのアルが強靭な肉体を持つ人狼()に『負荷が相当かかる』と言って託したのだ。

 

 つまりそれほどきついのだろう。

 

「だから何だってな!」

 

 刀印を二等車の後部へ向けて一声吼えたマルクは術を発動させる。

 

 ああ見えて最もアルの使用頻度が高い『念動術』の質量軽減効果について、マルクはかつて質問したことがあった。

 

『なあアル、重力ってなんだ?』と。

 

 まだまだ幼かった頃のアルはそう訊ねられて散々頭を悩ませた挙句、こう回答した。

 

『えぇっとね、うんと~……ああぁっとねぇ、引き付ける力のことだよ。うん、あんまり詳しく説明できないけどそんな感じ。今ぼくたちの立ってる大地も見えてないだけで、実はわく星の中心に向かって引っぱられてるんだ。おもしろいでしょ~?』と。

 

 そこから惑星とは何か? だとか、普段使ってる『念動術』はどんな術理をしてるのか? だとかを語り合った記憶がある。

 

 ゆえにマルクは先頭車両へ吸い込まれるようなイメージで魔術を行使した。

 

 しかし――

 

「ぐっ!? お、重っ、てえぇ……ッ!」

 

 差し向けたはずの刀印――人差し指と中指が術の反動で捻じれる。

 

 ぶるぶると腕が震え、指を真っ直ぐに伸ばすことすら難しい。

 

 無理もなかった。

 

 魔術とは魔力を用いて理を歪ませる()()

 

 アル風に言うと『物理現象を捻じ曲げる』技。

 

 術式に魔力を流したさえすれば、必ず十全な効果を発揮するというわけではない。

 

 『気刃の術』が良い例だ。あれはれっきとした魔術。

 

 しかし、本来魔術に不必要な闘気を消費し続ける。

 

 それと同様にこの改造『念動術』も負荷がかかってしまう。

 

 具体的に言えば、今マルクのいる三等車にかかっている慣性の法則を打ち消すのに必要なエネルギーの何万分の一かは反動として肩代わりさせられたような負荷がかかるのだ。

 

「ぐ、んぎ、ぎぎ……ッ!」

 

 しかし、三等車を含めた四車両分の鉄箱の減速を打ち消し、更には加速させなければならない。

 

 おまけに乗客も乗っている。

 

 ――人数は百人か、二百人か、それ以上か。

 

「ぐ、ぐぐっ……! 後ろから押せって、言われるよりは、マシだよな……っ!」

 

 マルクは歯を食い縛り、血管が浮き出まくっている右腕に左手を添えた。

 

 やるしかないのだ。

 

 先頭の車両に追いつくかどうかも乗客の命運もマルクにかかっているのだから。

 

 魔術自体は機能している。

 

 現に失速具合はかなり和らいでいた。

 

 しかし、それでもスピードが落ちるのを少々抑え込んでいるというだけ。

 

 ここから加速しなければならないのだ。

 

「ち……ッ!」

 

 マルクは舌打ちと共に両腕を【部分変化】させ、ごつくなった狼腕で術式を維持し続ける。

 

 戦闘を見越して魔力消費を抑えるつもりだったが、そうも言ってられなくなった。

 

「あんだけの人数を抱えるにゃ細過ぎる腕だぜ、畜生が」

 

 と、独り言ちる。己が頼りないことこの上ない。

 

「マルク!」

 

「エーラか、アル達は?」

 

 そこへ真紅の龍鱗布を纏ったシルフィエーラが駆けてきた。

 

「皆で四等車の方に向かってる! ボクはマルクの補助だよ!」

 

「そいつは助かるぜ。つっても補助ってどうすんだ? 同じ術を使うのか?」

 

「ううん、こうするのさ! 精霊さん達、お願い!」

 

 エーラは鮮緑に瞳を輝かせ、弓を置きつつヒョイっと扉の外に身を乗り出すと【精霊感応(魔法)】を使って風の精を喚ぶ。

 

 すると荒れ狂って流れ込んでいた風が急にヒュオオオオッ! と意思を持っているかのように動きを変え始めた。

 

「っ! さすがは森人だ! かなり楽になった!」

 

 ――これならいける!

 

 マルクは驚愕に眼を見開き、ググッと刀印を伸ばしきって魔力を流し込む。

 

 術式がキン! と瞬き、減速の勢いが大きく削がれていく。

 

 この速度域だからこそ森人族の凄まじさがより顕著になったと言えよう。

 

 しかし、エーラはフッと笑って、

 

「それだけじゃ終わらないのがボクだよ! さぁ、皆動いて動いて!」

 

 風に乳白色の金髪を遊ばせながら片手を突き出しつつ握り込んだ。

 

 すると、三等車の前方に(くちばし)を象った風の障壁が紡ぎだされていく。

 

 アルがその場にいたら新幹線の()を連想しただろう。

 

 寄り集まった風は今や可視化できるほどだ。

 

「マジかよ……! すげえぜエーラ!」

 

 刹那、絶句したマルクは我に返るや否や快哉の声を上げる。

 

「でしょでしょ! さっ、車体への衝撃はボクと精霊で逃がすからマルクは踏ん張って!」

 

 エーラは『妖精の()』を輝かせてマルクを激励した。

 

 ――待っててよ、三人とも!

 

「応よ!!」

 

 不安を押し殺して目の前に集中するエーラを見てマルクは吼える。

 

「ど、どうなってるんだ……?」

 

「速度が、落ちなくなった?」

 

 その時、乗客達が完全に減速をやめた車両に困惑の声を上げた。

 

 アルの指示が聞こえていた前方の乗客達は、

 

「魔族のあんちゃん、頑張ってくれよ!」

 

「嬢ちゃんも落ちんなよ! 俺らも案内とか協力すっからな!」

 

 と激励してくれる。

 

「ああ!」

 

「ありがとう!」

 

 マルクとエーラは視線を前に固定しつつ、

 

「こんな状況だが――」

 

「うん、悪くないね!」

 

 二人してニッと笑みを浮かべた。

 

「ご乗車のお客様に告げます! 現在二等車との連結部が賊によって破壊され、非常事態に陥っております! また、後方より賊と見られる集団が接近中です!」

 

 その時、車内アナウンスが鳴り響く。

 

 どうやらこういった魔導機構は生きているようだ。

 

 三等車の乗客達は仕切りのついた指定席とは言え、思いきり前方は見えているので比較的状況を理解できているようだったが、後方の賊は寝耳に水だったようで血の気が引いた顔になる者やギョッとした者達でざわついた。

 

「ですが! 三等級の武芸者方がこの状況を打開すべく既に動いております! これより乗務員の指示に従い、冷静に行動してください!

 

 まずは三等車のお客様方に願います! これより四等車と五等車のお客様を前方二車両――つまり三等車と展望車両への案内を開始します! お立ちになられているお客様は席に戻り、他の方が乗り込めるよう空間を空けて下さい! 非常事態です! 迅速な行動をお願い致します!」

 

「さっき走っていった武芸者達が、そうなのか? まだ子供だったじゃないか……」

 

「な、なんとかなるの? 本当に?」

 

「うるせえぞおめえら! 今その仲間のあんちゃん達が前で頑張ってんだよ!」

 

「文句言ってる暇があったら黙って席詰めろってんだ!」

 

「そうよ! それに強そうな魔族だったじゃない! 指示訊きなさいよ!」

 

 アナウンスの声に乗客達の不安の声や怒声が響く。

 

「次に四等車と五等車のお客様方へ願います! 既に他の乗務員が案内へと向かっていますが、落ち着いて行動してください! 武芸者の方々は決して『取り残すな』と仰いました! 我々も絶対に見捨てません! しかし時間もあまり残されておりません! ですのでどうか! どうか協力して前の車両へ!」 

 

 乗務員の指示――というより半ば懇願だったが、その声音は乗客達の意識を少しは冷静にさせたらしい。

 

 後方の車両でざわめきがうねるように聞こえてきた。

 

「動き出したな」

 

「うん、ボクらにかかってるよ」

 

「わかってるさ!」

 

 頷き合ったマルクとエーラはキッと前方を見据える。

 

 

 ☆ ★ ☆

 

 

 同刻、展望車両に緊急用放送魔導具があると知って乗務員への指示を出し終えたアルと凛華は五等車へ向けて走っていた。

 

 四等車と五等車は指定席と自由席の違いはあるものの、二等車や三等車とは違って邪魔な衝立や壁がない。

 

 中央の通路にいる乗客達を押しのけながら進んでいると、アナウンスが流れ始める。

 

「減速……――しなくなったわよ!」

 

 進行方向と同じ方向に流れる景色を見た凛華が微細な変化に気付いた。

 

「マルクとエーラが上手くやってくれてるみたいだ。俺達も急ぐぞ!」

 

「ええ!」

 

 ”灰髪”を揺らして振り返ったアルがそう言うと、凛華は決然とした様子で力強く頷く。

 

 四等車の乗客達は愕然としている者がほとんど。

 

 機関車と切り離され、後方から賊が来ていると言われれば誰だってそうなるだろう。

 

 アルと凛華が乗客達を押しのけて五等車の扉を潜ると、そこには先行していた乗務員とディートフリートがいた。

 

「ですから、我々が案内を!」

 

「家内は身重なんだぞ! 子供だっている!」

 

「賊ってどういうことよ!? なんで気付かなかったわけ!?」

 

「た、助けてくれ! 頼む!」

 

 五等車では泡を食った乗客達が乗務員に掴みかかっている。

 

「やってる場合かよ……!」

 

 アルはギリッと歯を食い縛って吐き捨てた。

 

「民度、最悪ね」

 

 凛華も冰のように冷めたい視線を向けている。

 

「てめえら、放送聞こえなかったのか!? 案内しようと思ってこの人達は来てんだよ! ぐちゃぐちゃ言ってねえでさっさと移動しやがれ!」

 

 ディートは青筋を浮かべて怒声を上げていた。

 

 今にも薙刀に手をかけそうになっている。

 

 レイチェルが一等車に乗っているのだ。彼の怒りも焦りも非常に妥当なものだった。

 

「な、なんだと! 放送にあった武芸者ってお前か!? まだガキじゃないか!」

 

「そうだ! 三等級だって嘘だったのか!?」

 

「はぁ!? 騙してたっての!?」

 

「てめえらな……!」

 

 ディートが中年男性の胸倉を引っ掴む。

 

 あまりの怒りで言葉すら出てこないようだ。

 

 乗務員は必死で叫んでいる。

 

 しかし状況はちっとも好転しない。

 

 何人かは素直に従おうとしているようだが、乗客数十名の中でもごく少数。

 

 飛び交う罵声に呑まれて動けないでいるのだ。

 

「助ける気、失せるわね」

 

 これが人の本性だというのだろうか?

 

 ――だとしたら幻滅ね。アルの爪の垢でも煎じて飲ませたいわ。

 

 冷めていく己を自覚しつつ凛華は呟く。

 

 その時、五等車に振動が走った。乗客達は気付いていない。

 

 しかし、何かにハッとしたアルは、

 

「ディート! その馬鹿を伏せさせろ!」

 

 右手に魔力を集中させつつ叫ぶ。

 

 彼の高まった魔力に驚異的な速度で反応したディートが胸倉を掴んでいた男を引き倒し、自身もしゃがむのと、五等車の後部扉に()()()()斧がガシャンと叩きつけられたのはほぼ同時。

 

「通路の連中、そこどいてろっ!」

 

 アルはあえて魔力を乗せて声を発しつつ、蒼炎の槍を大きく振りかぶってぶん投げる。

 

「ひ、ひいっ!?」

 

「な、なにっ?」

 

 乗客達が叩きつけられた魔力に悲鳴を上げつつ、倒れ込むように伏せた。

 

 その頭上を轟――! と、翔んでいった蒼炎槍が五等車の後部扉をぶち破って、

 

「ぐべぁっ!?」

 

 ()()()()()()()()野卑な顔つきの男をドゴオン! と、吹き飛ばす。

 

「チッ、武芸者が乗ってやがった! おい! 適当に散らせ!」

 

 幌馬車に乗り込んでいた傭兵共が五等車に取りついて侵入しようとしていたのだ。

 

「どけ! さっさと移動しろ!」

 

 アルは風のように中央通路を駆け、飛来する『火炎槍』もどきのような魔術を両手の紅籠手でパパァンと弾き逸らした。

 

 闘気を込められるこの籠手があればこの程度アルには容易い。

 

 逸らされた『火炎槍』もどきがガシャン! と、窓を突き破ってあらぬ方向に飛んでいく。

 

「ひっ!?」

 

「うわぁっ!?」

 

 乗客達が頭を抱えて悲鳴を上げる。

 

「ああ……!?」

 

「んなバカな……!?」

 

 一方で、想定外の対処に傭兵数名が間抜け面を晒す。

 

「乗ってくんじゃないわよ!」

 

「無賃乗車は頂けないね!」

 

 トォン! と隣に飛んできた凛華と、アルは即座に冰と蒼炎をぶっ放した。

 

 どうせ壊すのだからと遠慮の欠片もない。

 

 やや、どころか明らかに過剰な反撃に轟音が五等車を揺らす。

 

「う、わ……ぁ!?」

 

「あ……ひ……!?」

 

 傭兵共は悲鳴を上げる暇もなく吹き飛ばされたらしい。

 

 後部扉を中心に穴がぽっかり開けていた。

 

 乗客達が無言で恐れ慄くなか、アルは龍眼を発動しながら振り向いてこう告げる。

 

「大人しく展望車両に行け。抵抗するなら蹴り飛ばす。騒いだらぶっ飛ばす」

 

 そして蒼炎を天井にボウ、ボウ、ボウッ! と、撃ち放った。

 

 苛立ちからなのか、平素より口調も荒い。

 

「ひっ……!」

 

「な、なんで俺がこんな目に……」

 

「い、急いで! あっ、し、静かに急ぐの……!」

 

 あっけなく鉄製の車体を破り抜けていった蒼炎を見ていた乗客達がようやく動き出す。

 

「すまねえアルクス。助かったぜ」

 

「申し訳ありません。お手を煩わせてしまって」

 

 ディートと乗務員がすまなさそうな顔をした。

 

「いや、手っ取り早い手段を使っただけだよ。四等車の方はどうなってますか?」

 

「少しずつ動き出しているようです」

 

「良かった。なら急がせてください」

 

「承知しました」

 

 アルがそう言うと乗務員は何度も力強く頷いて駆け出す。

 

 どうやら乗り込んできた傭兵を撃退したのは思わぬデモンストレーションになったようだ。

 

 彼からは恐怖以外の感情が見て取れた。

 

「オレも誘導に戻る」

 

「ああ、頼む」

 

 ディートはくるりと振り向くと、足腰の弱そうな乗客達へ駆け寄っていく。

 

 心中では反省していた。

 

 パニック状態の乗客達に最も効果的な手段は今アルがやったことだろう。

 

 しかし、簡単にやっているように見えてもあれだけの威力の属性魔力弾はまだディートには撃てない。

 

 よしんば放てたとしても魔力が足りなくなる。

 

 この後に戦闘が待っている可能性が高いのだ。

 

 思い付きはしても、あの手段は取れなかった。

 

「おいアンタ、大丈夫か? オレがおぶってやる」

 

「す、すまないね君」

 

「助かるよ」

 

 老齢の女性と人の良さそうな顔の中年男性に声を掛けて、ディートはよっこらしょっと女性を背負う。

 

 ――後悔も懺悔も後、だったな。今は動け。

 

 そうやって己を叱咤していると、

 

「お、おい君」

 

 成人したてのような男女が声を掛けてきた。

 

 胸には認識票がぶら下がっている。武芸者だろう。

 

「なんだ? 悪ぃんだけど今手が離せねえ」

 

「それは見てわかる。僕らも同業者なんだ。その、手伝わせてくれ。何をしたら良い?」

 

「私、その人背負うの変わるよ。たぶん他にもやらなきゃいけないことあるんでしょ? 手伝う」

 

 ディートは思ってもみなかった提案を受け、彼らの胸元へ視線をやった。

 

 ――六等(兵士)級か。

 

「んじゃ誘導の手伝い頼んでいいか? アルクス――あいつはこのままじゃ先頭(まえ)に追いつけねえからって四等車以降を切り離すつもりなんだ。その為に今、三等車と展望車両に客を詰めてる」

 

「き、切り離す。なるほど」

 

「……さ、さすがは三等級。任せて。誘導くらいならできるから」

 

 やや引いたような返しをする男女に老齢の女性を任せたディートは、

 

「じゃあ頼んだ!」

 

 と声を掛けて駆け出す。

 

 やることはまだまだあるのだ。

 

「少しだけ速度が上がった……? 急がないと」

 

 一方、後部の穴から後方を確認していたアルは、傭兵共の乗っていると思わしき幌馬車と車両の距離が開いていることに気付いた。

 

 本来なら軽くなったはずの幌馬車は速度を上げるはずだが、アルと凛華の苛烈な反撃を見たせいで乗り込めないでいるらしい。

 

 その間に速度が上がり始めたようだ。

 

 しかし、機関車側に辿り着くにはまだまだ遅すぎる。

 

「アル、これくらいの厚さなら問題なく斬り裂けるわよ」

 

 アルが天井に空けた穴から凛華がひょいっと降りてきた。

 

「良かった」

 

「どうするの? 二人で斬りまくる?」

 

 言っていることは物騒に過ぎるが、小首を傾げている様は美鬼という他ない凛華にアルは首を横に振る。

 

「後ろから展望車両にまで走りつつ斬り抜ける。初動で俺が全体を斬り刻む。その後を凛華がズタズタにしながら駆けてくれ。『夢幻(むげん)』である程度固めてくれると助かる」

 

「『夢幻』、使って良いのね?」

 

 凛華はウキウキとした様子で問うた。

 

 『夢幻』とは威力があり過ぎて普段は使えない凛華の独自剣技だ。

 

「むしろ肝だよ。破片一つ一つに『念動術』は掛けられないから」

 

「え、車両(これ)を『念動術』でぶつけるつもりなの?」

 

 尾重剣を抜きつつ、凛華が確認する。

 

 五等車にはもうほとんど乗客は残っていない。

 

「ああ。ちょっと考えてることがある」

 

「何するかはわかんないけど、了解よ。こっちは任せてちょうだい」

 

 凛華はアッサリと承諾する。

 

 こういう時に輝きを強める緋色の瞳は彼女にとって勝利の象徴だ。

 

「うん。あ、土台は大雑把で良いよ」

 

「はいな」

 

 それから二分も経たない内に、五等車で待機しているアルと凛華へ開け放たれていた扉からディートの声が届いた。

 

「アルクスーっ! 誘導終わったぞーっ!」

 

 展望車両にいるディートの後ろには乗客達がぎゅうぎゅう詰めで乗っている。

 

 といっても展望車両は乗務員の控室と食料提供用のバックルームのようなものしかないので、余裕はまだありそうだ。

 

「もう誰も残ってないな!?」

 

「ない!」

 

「わかった! 少し下がらせといてくれ!」

 

「了解だ!」

 

「凛華、準備は?」

 

 ディートと乗客達が遠目から見守るなか、アルは凛華へ問うた。

 

「いつでも良いわよ!」

 

 【修羅桔梗(おにききょう)の相】を発動させた凛華が不敵に微笑む。

 

「上等!! ()くぞ! 『蒼炎気刃』!」

 

 アルも好戦的に微笑むと、空色の龍牙刀を右手で、刃尾刀を左の逆手で引き抜いて蒼炎を纏わせた。

 

 普段より刀身が1.5倍は長い。

 

 そのまま二刀とも脇構えにして、右足を前にして体勢をググッと低くしていく。

 

 ピタリと動きを止めて数秒――……次の瞬間、灼熱の剣気が爆発した。

 

「でぇあああああああああああああッ!!」

 

 ――――六道穿光流・火の型、風の型混成剣技『双爪裂刃衝(そうそうれつじんしょう)・蒼』。

 

 ドン! と踏み切って瞬時に最高速(トップスピード)へと至ったアルは、蒼炎の剣閃を四方八方に飛ばしながら(はし)る。

 

 『飛焔烈衝』と『蒼炎嵐舞』を掛け合わせた独自回転突撃剣技。

 

 回転しながら対象を選ばず剣閃を撒き散らすので燃費は凄まじく悪いが、『蒼炎羽織』を発動しながら戦うよりはマシだ。

 

 ――斬って斬って斬り刻む!

 

 轟ッ! 轟ッ! と、一振りごとに高圧縮・高出力の蒼炎が剣閃となって車内をズパズパッと奔り回る。

 

 アルが通り抜けるだけで座席が溶け、剣閃が車両を内部から穴だらけに変え、瞬く間に五等車と四等車は幽世の炎で満たされていった。

 

 五等車と四等車を繋ぐ扉など、ゴッソリ抉れている。

 

 ――まるで、龍巻じゃねえか……!

 

 ディートは瞬きもせずにその光景を見つめていた。

 

 まだあの域には到達できていない。まだ遠い。

 

 だが、それでも、と拳を握り締める。

 

 乗客達や先ほど手伝ってくれた男女の武芸者はあんぐりと口を開けていた。

 

「『流幻(りゅうげん)冰鬼刃』」

 

 凛華はアルの背中を見つつ、尾重剣を胸の前で掲げてお気に入りの魔術を発動。

 

「そろそろやるわよ、『夢幻』」

 

 続いた呼び声に反応した『冰鬼刃』が分厚く、長く伸びていく。

 

 これは凛華の独自剣技であり、魔術でもある。

 

 『夢幻ノ銀華』という凛華の独自を知ったアルが調整を加えて、戦闘中でも煩雑な術式操作を行わずとも即座に『冰鬼刃』の太さと長さをおよそ2倍にまで引き上げられるよう、改造していたのだ。

 

 改造した術式を受け取った日から三日は上機嫌さが隠せず、アルに甘々になったほど気に入っている。

 

「ん、充分」

 

 手元で尾重剣をぐるっと回せば、それだけで五等車の天井と床がバギャン……! と、断ち割れた。

 

 次いで、凛華が獅子吼。冰気の粒子を散らして趨る。

 

「はぁあああああああああああッ!!」

 

 直後、アルとは軸の違うツェシュタール流の回転剣技が炸裂した。

 

 べコン、ベコン! と金属がひしゃげる音。

 

 ヒョウ……! と冰気が奔る音が響き渡り、車内を覆っていた蒼い炎がふわりと消えていく。

 

 凛華は連結部と床面を重点的に斬り裂きながら疾走し、剣技を放ち終えたアルが待つ展望車両まで――短くなっていく『冰鬼刃』が剣身から消え去るまで振るった。

 

 背後で五等車がベキベキッと鈍い金属音を上げながらひしゃげていく。

 

 ――四等車も壊れたわね。

 

「凛華っ!」

 

 左手を伸ばすアルの手を握り返す――と同時、四等車の床がパックリと割れた。

 

 グイッと展望車両へ引っ張ってもらい、凛華は彼の胸に飛び込んだ。

 

「銀華、咲きなさい。ふぅ……まだ二倍はきついわね」

 

 凛華が呟くと、一気に二車両に霜が降りていく。

 

 メキャメキメキッ、バキベキベキッ! とひしゃげていく鉄屑が周囲のものを巻き込んで纏まっていくのを見て、

 

「上出来だ! あとは任せろ!」

 

 アルは彼女の腰をぎゅうっと引き寄せたまま、カッと『釈葉の魔眼』を開いた。

 

 見開かれた右の瞳に流星が墜ちていき、刀印に纏わりついている術式を映し出し、

 

「即興だけど……――『念動術・蜘蛛網(くもあみ)』!」

 

 そして、土壇場で『念動術・括束』の改造術式を起動した。

 

 ヒュパァッと刀印から蜘蛛の巣を模した糸がグシャグシャの車両の残骸に引っ付くと、すかさず掌を開き、バッと腕を上げる。

 

 途端、乗客達がざわめいた。

 

「やっぱすげぇわ、お前」

 

 ディートは呟く。

 

 二車両分の鉄屑が――ある程度は塊になっているとはいえ、全てが浮いていた。

 

「んぎぎ、ぎ……! ぐう……ッ!」

 

 しかし、アルに聞いている余裕はない。

 

 腕だけでなく額にまで浮いた血管がそれを物語っていた。

 

「だ、大丈夫?」

 

 抱き寄せられていることをようやく自覚して赤面した凛華が心配そうに問う。

 

「大っ、丈夫! あいつらに、お見舞いしてやらなきゃな……!」

 

 そう言ったアルの瞳が幌馬車二台を射貫いた。

 

 幌馬車の傭兵達は唖然としている者が半分、「お、おい!止めろ!やべえぞ!」と叫んでいる者が半分といったところだろうか。

 

 しかし、もうどうしようもないほどに遅い。

 

「『流転・収束』!」

 

 アルの凛とした声音が響くと共に、まばらに浮いていた鉄屑が集まっていき、巨大な鉄塊と化していく。

 

 (さなが)ら、しなりのある巨大な鉄の腕だ。

 

 傭兵共が絶望に顔を青褪めさせる。

 

 

「狙ってたんだろ? くれてやるよ、存分に受け取れ! だぁあああああああああッ!!」

 

 

 アルは咆哮を上げ、左から右に――つまり岩山側から崖方面へと、巨大な鉄の腕を振るった。

 

「お、おい! 止ま、止ま――……ぎゃああああああああああっ!?」

 

「う、う、う、うわああああああああああっ!?」

 

 阿鼻叫喚。卑しくも略奪を狙っていた傭兵共は、幌馬車ごと深い崖下へと落ちていく。

 

 直後、アルは振り抜いた状態で即座に術を解除した。

 

 巨大な鉄腕は唐突に制御を失い、ばらばらと散りながら崖へと落ちていく。

 

 これがアルの考え着いた二次被害も出来るだけ回避する策。崖下は河川だ。斬り刻まれた車両も沈んでいくだろう。

 

「はあっ、はぁっ、はっ……さすがにしんどかったけど、何とか、なった」

 

「う、うん……ね、ねぇアル? そのぉ、い、嫌じゃないんだけどね。ちょっと恥ずかしい……」

 

 アルが荒い呼気を吐きつつ言えば、完全に乙女の顔な凛華はつんつんと胸板をつついた。

 

「へっ? あ、ごめん」

 

 腕を離すとパッと離れる。顔が真っ赤だ。

 

「アルクス、とりあえずこっちは片付いたってことで良いよな?」

 

「ああ、残すのは本命――……おっとっと」

 

 ディートの確認にアルが頷きかけたところで、車両が急加速した。

 

「マルクが踏ん張ってるのね」

 

 そんな場合じゃなかった! という顔をした凜華も首を巡らせる。

 

「ああ、前に行こう! この調子ならすぐに追いつくぞ!」

 

「ええ!」

 

「おうよ!」

 

 アルが駆け出すと、凛華とディートも走り出した。

 

「本丸に行きます! 強い衝撃がかかるかもしれないので注意を!」

 

「わっ、わかりました!」

 

 乗務員への指示も忘れない。

 

 ――後ろの脅威は取り除いた。あとは……!

 

 緋色の眼光を強めながらアル達は駆ける。

 

 

 ☆ ★ ☆ 

 

 

 三等車の前方で術式を細かく調節しながら維持し続けていたマルクは、

 

「うおあっ!? っと、と! やっべ! あっぶねえぇ……!」

 

 いきなり消えた負荷につんのめって車両の外へ飛び出しかけた。

 

「ちょ、大丈夫!?」

 

「冷や汗掻いたぜ」

 

 エーラが「どっひゃあ、焦ったぁ」と言うと、マルクも「ふぃー」と息を吐く。

 

「あんちゃん、大丈夫か!?」

 

「おう、大丈夫だ」

 

 心配してくれる乗客に軽く返答していると、

 

「どうしたの? 術は?」

 

 エーラが問うた。

 

「そっちも問題ねえ。負荷が急に半分くらいになったから身体が前に行っちまっただけだ」

 

「負荷が? ってことはさっきのアルのでっかい魔力は――」

 

「上手くいったってことだろうな」

 

 車両を切り離すと言っていたからその分の負荷が消えたのだろう、と二人は迷いなく当たりをつける。

 

「じゃあ、すぐにでも戻ってくるってことだね!」

 

「ああ! 加速するぞ!」

 

「うん!」

 

 鮮緑に瞳を一層輝かせるエーラに頷いたマルクは術式を操作して重力を一気に増加した。

 

 先ほどよりも簡単に車両の速度が上がる。

 

 ――無事でいてくれよ……!

 

 灰紫の瞳には闘志と祈りを浮かんでいた。

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