日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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「小説家になろう」に最新話を、「カクヨム」にて同作を章ごとに、こちらへは定期的に更新していく予定です。


17話 絶望の侵蝕、もう一人の内通者

 分断された三等車以降の車両が、四両編成から()()編成に変わる少し前にまで時は遡る。

 

 機関車を含む一等車と二等車では、依然として戦闘は続いていた。

 

 戦える警備はすでに10人を切り、それ以外で戦力として数えられるのはラウラとソーニャ、レイチェルの武芸者3人とオスヴァルト・ディヒター伯爵だけ。

 

 対する傭兵は3分の1ほどの人数が削られた程度。

 

 守られている役者陣や虫の息で荒い呼吸を繰り返す重傷の警備が絶望するには充分だ。

 

 しかし、襲撃者共を束ねる頭領”異能者”シメオンの思惑通りにはいっていない。

 

 ここが車両内であったことなど言われてもわからないほど歪な空間となった一等車内でも、抵抗する者達が死力を尽くして食らいついているからだ。

 

 オスヴァルトの値の張りそうな上着には返り血が飛び散り、彼自身も細かな怪我を負っているが目は死んでいない。

 

 そのオスヴァルトの士気にあてられて、警備達は死兵も斯くやというほどに奮戦していた。

 

 そしてラウラ達3人も役者陣の直近で懸命に戦い続けている。

 

 迫りくる死の運命を蹴り飛ばすべく、弱気を互いに吹き消して、抗い続けていた。

 

 だが、戦いの趨勢は数で決まることの方が多い。

 

 文字通り一騎当千の(つわもの)が存在するこの世界においても、それを覆すには飛び抜けた実力者がいない限り不可能。

 

 それでもシメオンの望む勝利を得られていないのは、手下の傭兵共が手数を減らしているからだった。

 

 勝利はほぼ決まっているのにヘマをしてそこいらに転がっている間抜けと同じ末路を辿りたくない。

 

 どうせ勝つのだから、という浅薄な考えが透けて見えていた。

 

 そもそも真っ当な傭兵ではない。人殺しや犯罪に慣れた、ただのならず者。

 

 幾ら有利であっても死ぬ気の警備など相手をしたくないのだ。

 

 いつの間にか機関車側に移動していたシメオンは、苛立ちを隠す気もなく怒号を上げた。

 

「テメエら、いつまでやってやがる! 一気に動かすぞ!」

 

 指示と共に手をバン! と、床に叩きつける。

 

 その瞬間、役者陣のいた床が放射状にぐぅぅぅんっと伸びていく。方向はてんでバラバラだ。

 

「きゃあっ!?」

 

「うわあっ!!」

 

 無理矢理傭兵達の前に突き出される形となった役者陣が悲鳴を上げ、ラウラ達3人やオスヴァルト、警備達がしまった!という顔で眼を見開く。

 

 シメオンの”異能”は【()()()()()空間内部の形状変化】。

 

 魔力を代償に指定した範囲の空間を引き伸ばしたり縮めたりすることが可能だ。 

 

 おまけに変化は外部に一切の影響を及ぼさない為、外から見ても全くわからない。

 

 ただし、一度に変化させられる範囲はシメオンが認識した範囲のみで、形状も一度決めしまえば変化中の変更は無効。

 

 つまりシメオンは今、怯えて固まっている役者陣の床を指定して、星(なり)に動かしたのだ。

 

 狙いは非戦闘員の排除と人質による戦闘員の無効化。

 

 傭兵共がシメオンの狙いに気付き、酒焼けした下卑な声で快哉を叫んだ。

 

「ハハハッ! コイツぁいいや! さすが団長サマだぜ!」

 

「て、コトで大人しく捕まっちまいなァ!」

 

「オラこっちに来いや!」

 

 真に恐怖を怯えると人は竦んでしまう。ならず者共はそれをよく知っていた。

 

「ひっ……!?」

 

「や、やだ……っ!」

 

 怒声を浴びせられた役者陣は身を竦ませることもできない。

 

 男性役者は「ヤロウは要らねえ」とばかりに振り上げられた凶刃を前に呆然とし、女性陣は無造作に伸ばされた腕に身体を震わせる。

 

 共に黄ばんだ歯を見せる傭兵の前に突き付けられたクラウディアとカサンドラも目を見開いていた。

 

 

「そんなこと……――絶対にさせないっ!」

 

 

 しかしその時、ラウラはどこから出てきたのかと思うほどの大音声を発して、

 

「『蒼火撃・散華(さんげ)』!!」

 

 杖剣に並列展開させた5つの術式を一気に撃ち放つ。

 

 それぞれ射出方向を弄られた蒼炎がボウッ! と、拡散する矢のように翔んでいく。

 

「ギャアっ!?」

 

「づっ、アヂぃっ!」

 

「ギあづァッ!?」

 

 武器を振り上げていた傭兵共の一人が顔面を焼かれて崩れ落ち、更に最もラウラから近かった一人が声もなく喉を焼き貫かれて即死した。

 

 残りの三人も腕や肩、胸を蒼炎に呑まれて悲鳴を上げる。

 

「『天鼓招来・棘斂(きょくれん)』! はああああああああッ!!」

 

 ラウラの声に誰よりも早く反応したソーニャはパッと術式を組んで紫電を放ち、自身も気炎を上げて斬りかかった。

 

「あげやェっ!?」

 

「何なんだテメエは――……いぎぃっ!!」

 

 視認が難しいほど一点に収束した雷撃が女優の前でニヤついていた傭兵の目を灼き、近くのもう一人の腕がダビドフの打った魔剣によってザシュッと断ち斬られる。

 

「そこ!!」

 

 レイチェルはラウラとソーニャの手が及んでいない傭兵へ向けて回転式魔導機構銃をガァン! ガァン! ガァン! ガァン! と、連発した。

 

 ラウラとソーニャほど敵を確殺できる可能性が低いと踏んでいる為、狙ったのは腕や武器。

 

 正確な射撃が油断していた傭兵共を襲う。

 

「づうッ!」

 

「ちいっ、メンドくせえっ!」

 

 傭兵共は悪態をついて腕を引っ込め、取り落とした武器の代わりを腰から引き抜いた。

 

「続けえっ!」

 

「「「「おおおお――ッ!!」」」」

 

 ハッとしたオスヴァルトの号令で警備達が役者陣の前に駆け出していく。

 

「チイッ! おいテメエら! まずあのガキ共を始末しろ! 戦い慣れてやがる!」

 

 シメオンは確信を深めて指示を飛ばした。

 

 ――あの貴族よりアイツらの方が厄介だ。魔力も残り少ねえっつうのに、クソが。

 

 そして両手を床と壁につけて”異能”を発動させる。

 

 すると、元々少ない一等車内の座席と床の留め具が外れ、更に座席を乗せたまま床面が勢い良くぎゅううんっと動き始めた。

 

 咄嗟に警戒を示した三人が直接的でない攻撃に疑問符を浮かべた瞬間、ニヤリと笑ったシメオンは動かしていた床面を一気にギュン! と反転させる。

 

 床面に乗っていた豪華な長椅子(ソファ)は、慣性の法則に従ってレイチェルの方へ吹き飛んでいく。

 

「な、しまっ――……きゃあっ!」

 

 唐突な質量攻撃に反応が遅れたレイチェルは横っ飛びに回避しようとしたものの、左腕を巻き込まれて吹き飛ぶ。

 

 ごきゅ……という厭な音が己の左肩から鳴った気がした。

 

「レイチェルっ!」

 

「そォらあっ!」

 

「お嬢ちゃんはコッチらしいぜえ!?」

 

 ソーニャがレイチェルに意識を取られた瞬間、左右に展開したチンピラのような傭兵ともう一人が手斧と小剣を叩きつけてくる。

 

「ちっ! く、うっ!」

 

 咄嗟に手斧の刃と柄の隙間にガギンッ! と盾を挟み込み、直剣でギィン! と小剣を防ぐ。

 

 しかし、技術はソーニャに分配が上がっても体格差はどうしようもない。

 

 四等級武芸者と言っても、14歳の少女なのだ。

 

「ぐくっ!」

 

 力負けしているのを自覚して両手をクロスさせるようにいなしながら、バッとバックステップを踏んだ。

 

 しかしヂ……ッと何かが頬を掠める。

 

「うっ!? くそっ!」

 

 燃えるような感覚と痛み、そして視界を掠める真っ赤な飛沫から小剣で頬を裂かれたのだと気付き、ソーニャは歯噛みした。

 

 こういう場合はたとえ戦闘に支障のない傷だとしても相手が勢いづくのだ。

 

「オラオラどうしたぁ!?」

 

「所詮はガキだなァおい!」

 

 現に傭兵共は血を見て昂っているらしく、無茶苦茶に武器を振るってくる。

 

 ラウラとレイチェルの方に向かいたいがしつこく迫ってくる傭兵のせいで援護に行けない。

 

 しかしそれはラウラも同じだった。

 

 シメオンはラウラへの警戒を高めたらしく、床面に固定されている座席や棚の留め具をねじり切って順々に動かし、質量攻撃を行ってくる。

 

 目で追えるものの、背後や正面から座席や棚、時には壁に掛かっていた絵画があらゆる角度から飛んできていた。

 

 一つ一つしか動かせないという制約が逆にシメオン側を優勢に導いている。

 

 運動エネルギーを蓄え切る前に『蒼火撃』で調度品を撃ち抜くラウラだったが、質量のある調度品はまだまだある。

 

 時には死体までシメオンは飛ばしてきた。

 

「くっ、『蒼火――きゃあっ!?」

 

 ラウラが正面の座席を撃ち抜こうとしたところを後ろからすっ飛んできた笠置きに足を取られて転んでしまう。

 

 ジンジンとした鈍痛が膝裏を突き抜けた。

 

 ――正面は囮!?

 

「ヒハハハハハッ! キレーな顔してっけど残念! 殺せとよォ!」

 

「うっ!?」

 

 高笑いを浮かべた傭兵が無造作に突き下ろしてくる小剣を横倒しになった状態でラウラは無理矢理に身体を(よじ)って躱す。

 

 が、完全には避けきれなかったせいで額の右を朱髪と共に斬り裂かれてしまった。

 

「ギャハハハッ! 逃げんなよ!」

 

 万事休す。

 

「警備! 彼女らを死なせるな!」

 

 オスヴァルトも吹き飛んだレイチェルを助け起こしながら叫ぶ。

 

 ラウラがそれでも諦めずに杖剣を構えた瞬間、

 

「カア――ッ!!!」

 

 ラウラが敵を一人吹き飛ばしたときに割った窓から、黒い影が傭兵のこめかみに突撃した。

 

「ごオッ!? ――ギャア!? 目がァ!?」

 

 そのまま黒い影――三ツ足鴉は傭兵の目を嘴でくり抜いたらしく、悲鳴が上がる。

 

「翡翠っ!? 『鋲螺(びょうら)ノ蒼火撃』!」

 

 痛みで後ろずさった傭兵にラウラは驚愕の声を上げつつ、反射的に杖剣を敵の心臓へ向けて魔術を発動した。

 

「げっぼァっ……――えあッ?」

 

 薄汚れた鎧の胸部に出来た拳大の穴に傭兵は呆然とし、何が起こったのかもわからずに白目を剥いて頽れる。

 

「ありがとう翡翠!」

 

「カアッ! カァー……」

 

 立ち上がったラウラが喜色を浮かべて礼を言うと、夜天翡翠は「うん! でも血が」というように鳴いた。

 

「このくらい大丈夫です」

 

 ラウラは右眼にかかる血を拭った。が、止めどなく流れてくる。

 

 ――思ったより深い……危なかった。でも今は!

 

「翡翠、ソーニャの援護を!」

 

「カアカアッ!」

 

 一声鳴いた夜天翡翠はバヒュッと一気に加速した。

 

「うおっ!? なんだコイツ!」

 

 ソーニャの盾裏を目眩ましに利用して夜天翡翠が突撃する。

 

 この屋内で時速100km(キリ・メトロン)以上で飛翔できる魔獣は傭兵には新たな脅威だ。

 

 象徴的な三本足に普段は使うことのない鋭い爪を容赦なく向けてくる夜天翡翠に怯む傭兵。

 

「翡翠か、助かる! てぇあああッ!」

 

「グ……――か、はッ?」

 

 ソーニャは心強い味方の登場に喜びを露わにして、直剣で傭兵の喉を突き刺した。

 

「おいおい、んだよありゃ! ハナシ違えじゃねーか!」

 

「魔獣だと!?」

 

 チンピラのような傭兵が飛び退き、シメオンが驚愕する。

 

「合わせてくれ!」

 

「カアッ!」

 

 ソーニャは夜天翡翠へ一声かけて距離を取ったチンピラ傭兵から視線を外し、警備が守り切れてない俳優の前へ駆け出した。

 

「だああッ!」

 

「んぬおおお!?」

 

 わざと大振りで振られたソーニャの直剣を傭兵は何とか手斧で受け止める。

 

「は? ――ギィあああああっ!?」

 

 しかし、ビュオッ! と旋回していた夜天翡翠は傭兵の側頭部に回転しながら突撃した。

 

 空を飛べる鳥型の中でもどちらかと言えば大型である三ツ足鴉が嘴にその質量を乗せて突撃すればどうなるか?

 

 答えは簡単だ。

 

 人間の皮膚など呆気なく破られる。

 

 激痛で顔を押さえた傭兵に、ソーニャは「今だ!」と鍔迫り合い状態だった直剣の刃を滑らせた。

 

「ゲ――あパっ!?」

 

 そのまま首に叩きつけた剣を無理矢理動かして薙ぎ、喉を斬り裂く。

 

 ドクドクと血を流す傭兵は声にならない声を上げてドサリと崩れ落ちた。

 

 ソーニャはそちらは一顧だにせず、俳優の首根っこを掴んで中央に滑らせるように引き摺る。

 

 肩を押さえ、口の端から血を流すレイチェルと助け起こしたオスヴァルトが他の役者陣を引き戻し、ラウラは左眼を頼りに魔術を放ってどうにか他の役者を助け出していた。

 

「ソーニャ、無事!?」

 

「何とかな!」

 

 動かない左腕を庇うようにレイチェルが回転魔導機構銃を構え、ラウラが朱髪を揺らめかせて杖剣を構える。

 

 その前でソーニャが体勢を低くして盾を前面に出し、周囲を守るように夜天翡翠が旋回する。

 

「翡翠ちゃんのおかげで何とか態勢は整えられたけど……」

 

 レイチェルは冷や汗を垂らした。

 

 役者陣はギリギリ無事だが、警備はもう4人しか残っていない。

 

 文字通り身体を張って役者陣を守り通したのだ。

 

「使えねえ馬鹿共が」

 

 シメオンは失った部下の命など何とも思っていないらしく、悪態を吐き捨てる。

 

「シメオンの旦那ァ。もう使っちまおーや、奥の手ってやつをよ」

 

 チンピラ傭兵はシメオンの機嫌も気にせず提案した。

 

「……使いモンになるとは思わねえが、ま、やってみろ」

 

 意味の分からないやり取りにラウラ達が警戒態勢を取る。

 

「おい! いつまでテメエはそこにいやがんだ!? さっさと目標を連れてこい!」

 

 チンピラ傭兵が恫喝するような口調で叫んだ。

 

 明らかにラウラ達の方を向いている。

 

 ――まだ何かあるのか?

 

 ソーニャが視線を巡らせていると、思わぬところから声が上がった。

 

「う、う、動かないでっ!」

 

「え……?」

 

 声の出処はソーニャどころかラウラとレイチェルより更に後方。

 

 振り向いたラウラは思わず唖然とする。

 

「か、カサンドラ先輩……? どうして……」

 

「あんた何してんのよっ!?」

 

 首に突き付けられている()()()()()()()()にクラウディアがビクリとし、ディートリンデが衝撃を受けたような声を叩きつけた。

 

「う、うるさいっ! 動かないでっ!」

 

 悲鳴のような声で応じたのはカサンドラ――クラウディアの首に左手を回し、短剣をつきつけているのは彼女であった。

 

「ど、どうして……!?」

 

 レイチェルが思わぬ裏切りに呆然としていると、

 

「アッヒャヒャヒャヒャ! バカな連中だぜ! ソイツがずぅ~っと情報を流してた裏切者だってのによォ! 気付かねえでやんの!」

 

 チンピラ傭兵が笑い声を上げる。

 

 カサンドラはクラウディアは引っ張って壁際に背をつけた。

 

 ラウラ達を警戒したのだろう。

 

「くっ……」

 

 ソーニャが歯噛みする。とりあえず取り押さえようとしたのだが、遅かったようだ。

 

「そ、そんな……」

 

 クラウディアは目の前が真っ暗になったような気がした。

 

 親切な先輩で、今日だって幾度となく気遣ってくれた同僚が内通者?

 

「あんたが裏切者って……なんで!? 一緒にクラウディアを守ろうって言ってたじゃない! どういうこと!? どういうつもりなのよ!? カサンドラ!」

 

 ディートリンデは怒りに顔を染めて声を荒げる。

 

「う、うるさい……! リンデ先輩にはわかんないよ……! 看板女優でチヤホヤされてるリンデ先輩には、私の気持ちなんてわかんない!」

 

 短剣をクラウディアに突き付けたまま、カサンドラは泣きそうな顔で喚くように答えた。

 

「まさか、あんた……」

 

 ディートリンデはハッとする。

 

 カサンドラはディートリンデと同じく子役時代から劇団にいた。

 

 当然、子役が主演をすることはないが、それなりに大きな舞台にも出演している。

 

 だが、成人してから主演を飾るようになり、看板女優となったディートリンデと違って、カサンドラは出演演目はあるものの主演は一度としてない。

 

 実家の子爵家から逃げるように飛び出したクラウディアとて成人前から稽古はしていたが、まだまだ幼子と呼べる時分から稽古をしていたカサンドラやディートリンデとは芸歴が違う。

 

 要は嫉妬だ。それも考え得る限り最悪な形で発露してしまった。

 

「カサンドラ、その短剣を下ろして――」

 

「黙って!」

 

 オスヴァルトが口調を戻して優しく語り掛けたが、カサンドラは拒絶する。

 

 涙を浮かべる彼女にとってオスヴァルトは父のような存在であり、彼にとってもカサンドラは娘のような存在だ。

 

「旦那ァ、チャッチャッと回収しちまおうぜぇ」

 

「ああ、安い芝居なんざ見てられん」

 

 しかし、チンピラ傭兵とシメオンが無情にも”異能”でクラウディアとカサンドラを移動させようと動いた。

 

「ダメ! クラウディア! カサンドラ、その手を――」

 

 ディートリンデが機敏に反応し、腕を伸ばす。

 

「うるさいっ! 近づかないでっ!」

 

 カサンドラは短剣をディートリンデへ向け、怒りとも悲しみともつかない声を発した――瞬間。

 

 短剣が薄っすらと光って拳より一回り大きな炎が出現した。

 

「「「な……っ!?」」」

 

 ラウラ、ソーニャ、レイチェルが眼を見開いた。

 

「は……?」

 

 ディートリンデもぽかんとした表情で炎を見つめる。

 

「え……?」

 

 しかし、なぜか放ったはずのカサンドラまで唖然として炎を見ていた。

 

「リンデさんっ!!」

 

 炎がディートリンデの顔を焼く瞬間、飛び出してきたイグナーツが彼女を庇いつつ押し倒す。

 

「ぐああああ……!?」

 

「ううっ!? ……――イグナーツ!?」

 

 左腕を掠めた炎に苦悶の声を上げつつディートリンデが己を押し倒したイグナーツの方を見ると、髪には当たらなかったようだが、彼の顔の右半分は炎が直撃していたのか焼け爛れていた。

 

 主演俳優らしい男前な顔つきが苦悶に歪んでいる。

 

「イグナーツ!?」

 

 慌てて他の役者陣は不慣れな水属性魔力や氷を出そうとしゃがみ込んだ。

 

 カランと音が響く。

 

 ハッとしたラウラ達がそちらを見ると、カサンドラが痛々しいほどに目を見開いていた。 

 

「ち、ちがう……私、そんな気、そんなことができる剣なんて……私……」

 

 短剣の方はボロボロになっていた。

 

「……まさか()()()()()()()()……!?」

 

 レイチェルは炎を吐き出した短剣の柄尻から露出した擬似晶石に気付いて戦慄する。

 

 擬似晶石を用いた魔撃銃は随分前からもう生産されていない。

 

 だが、どう見ても似たような仕組みとしか思えない。

 

「”霊装”と――」

 

「同種のものだと!?」

 

 ラウラとソーニャはレイチェルの呟きを訊いて表情を険しくさせた。

 

「イイ男が台無しだなァおい、可哀そうによォ」

 

 チンピラ傭兵が煽った瞬間、シメオンが空間を変化させる。

 

「きゃっ! え、カサンドラ先輩……?」

 

 しかし、移動したのはカサンドラだけ。

 

 クラウディアはドンと背中を押されるようにして前に転んでいた。

 

 呆然自失としたカサンドラが手を離してしまったからか、それとも押したのか、彼女の表情からは何もわからない。

 

「はァ? 今更裏切者だけ要らねえっつうの」

 

 チンピラ傭兵は目の前に移動してきたカサンドラにイラッとしたような表情で手斧を振り上げる。

 

 ――この距離じゃ、狙えない!

 

 ラウラとレイチェルが杖剣と回転式魔導機構銃を構えたものの標的が被ったせいで歯を食い縛り、

 

 ――間に合うか!?

 

 ソーニャは咄嗟に走り出していた。

 

「カサンドラ!」

 

 しかしその瞬間オスヴァルトが風のように駆け、カサンドラを庇うように抱き寄せる。

 

 ほぼ同時に傭兵の手斧がオスヴァルトの背中に叩きつけられた。

 

「グッ、ぶ……!?」

 

「だん、ちょう……?」

 

 カサンドラはオスヴァルトから一瞬噴き出した血を見て、現実感を喪失したように呆ける。

 

「「「「オスヴァルト様!!」」」」

 

「「「「「団長っ!」」」」」

 

 悲痛な叫びが車内に響いた。

 

 ――まずい!

 

 ラウラが冷や汗を垂らす。あの傷はきっと深い。すぐに処置をしなければ命に関わる。

 

「バカな領主だ、裏切者を庇うなんぞ。フンッ、情けでもかけたか」

 

 シメオンが冷たく言い放ち、

 

「情婦だったんじゃねぇの?」

 

 チンピラ傭兵が嘲った。

 

「……劇団員は皆、血が繋がらずとも……私の、大事な子だ。貴様ら、無法者になど……やらん」

 

 オスヴァルトはズルズルとカサンドラを押しながら傭兵共に告げる。

 

「あっそ」

 

「さっさと殺せ」

 

 チンピラ傭兵が無感動に血塗れの手斧を振り上げ、シメオンが顎をしゃくって傭兵共に命令を下した。

 

「させるか!」

 

 ソーニャが駆け出すも人数差があり過ぎる。

 

 すぐに他の傭兵がシメオンの手によって移動させられて阻んだ。

 

「この位置じゃ――」

 

「狙えない!」

 

 ソーニャと同じく、杖剣と回転式魔導機構銃を構えて迂回するように走り出していたラウラとレイチェルの前に傭兵共が立ち塞がる。

 

 射線を切ろうとしているのだ。

 

「どきなさい!」

 

「どいて!」

 

「ハッ、もう遅えって!」

 

 チンピラ傭兵がニタニタ笑って手斧をオスヴァルトの首に叩き込もうとした。

 

 その瞬間であった。

 

 

 ドガシャァァァァアアアアン!!

 

 

 轟音と共に衝撃が車内を貫く。

 

「「きゃあっ!?」」

 

「うあっ!? なんだっ?」

 

 武芸者の少女達3人は思わずたたらを踏み、その他の役者陣や警護達が()()()()()()()ような感覚に膝をついた。

 

「ぬおっ!?」

 

「な、なんだってんだ!?」

 

「クソが、次から次へと!」

 

 傭兵共とシメオンは体勢を大きく崩され、困惑と怒りの声を上げる。

 

「カアカアッ! カァッ!!」

 

 だが、唯一夜天翡翠だけが興奮したように鳴く。

 

 ハッとしたラウラは二等車の方をバッと見た。

 

 ―――まさか!!

 

「どけ!」

 

「なっ、なん……――だギィッ!?」

 

「てめえらはお呼びじゃねえんだよ!」

 

「ぐぎゃあッ!?」

 

「この屑野郎共、道を空けやがれ!」

 

「いっギャあッ!?」

 

 ラウラとソーニャとレイチェルが顔を見合わせて希望の火を胸に灯す。

 

「なんだ? 何ギャーギャー言ってやが――」

 

 チンピラ傭兵がそう言った途端、ジュバアッと一等車の扉が()()()()()()

 

 現れたのは”灰髪”を揺らめかせ、緋色の瞳に強すぎる眼光を湛えた青年。

 

 その後ろにはワインレッドの髪を靡かせたガタイの良い青年と、薙刀を握り締めた青年がいる。

 

 タタタッと鬼人族の少女と森人族の少女がそこに続いた。

 

「アルさん……っ!」

 

「マルク!」

 

「ディーくん!」

 

 ラウラ達三人の心をジワジワと浸食していた絶望を一気に灼き払う希望の炎。

 

 ――やっぱり、来てくれた……!

 

「遅くなって悪かった」

 

 アルクスは三人へ労わるように語り掛け、

 

「後は任せろ」

 

 青筋を浮かべて傭兵共を睥睨した。

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