日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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「小説家になろう」に最新話を、「カクヨム」にて同作を章ごとに、こちらへは定期的に更新していく予定です。


18話 絶望祓う蒼き龍巻

 オスヴァルト・ディヒターは絶望に心を蝕まれていた。

 

 しかしそれは子役時代から可愛がっていた女優のカサンドラが内通者だったからでも、その彼女を庇って背中に傭兵の斧を貰ったせいでもない。

 

 普段から明るい彼女の心の裡を察してやれなかったのは己の落ち度だ。

 

 庇ったこと自体に後悔はない。

 

 ドクドクと血が流れる背中に再び凶刃の気配を感じた瞬間、時間が引き延ばされたように感じた。

 

 これが走馬灯か、とどこか冷静に受け取った彼は俯瞰的に状況を把握したのだ。

 

 自身が深手を負ったことで、戦闘が行える者は警備の4名と武芸者の少女3名の7名のみ。

 

 その全員が自分ほどではないが負傷していて、彼らに守られている可愛い役者達は顔から血の気が失せて驚愕している。

 

 対して己の背後で高笑いしているチンピラのような傭兵を含めても襲撃者達はまともに動ける者が少なくとも30名以上は残っていた。

 

 どう足掻いても詰みというやつだ。

 

 このままでは大事にしている役者達だけではなく、懸命に戦ってくれていた少女らまで見るも(おぞ)ましい目に遭わされてしまう。

 

 ――天使でも悪魔でも、構わぬ。消えかけの我が魂なら幾らでもくれてやる。だからどうか彼女らを……この状況を! この絶望を……!

 

 オスヴァルトが天へ祈りとも呪いともつかぬ魂の叫びを紡ぎ終えない内に、それは轟音と共にやってきた。

 

 

「遅くなって悪かった。後は任せろ」

 

 

 灰色の髪を揺らし、緋色の瞳を爛々と輝かせた、透き通った空色の刃を携えている青年。

 

 そして同年代と思しき彼の仲間達4名。

 

 鋼業都市を覆う陰謀を吹き晴らした年若い武芸者達だ。

 

 オスヴァルトの意識が時間を正しく認識し始めた。

 

 ――しかし、一体どうやって追いついてきた……?

 

 切り離された車両には当然ながら魔導機関など積まれていない。

 

 カサンドラを抱き締めたままオスヴァルトは呆けたような視線を向ける。

 

 否、その場の誰もが一等車の扉を灼き斬って入って来た闖入者に意識を奪われていた。

 

 

 

 そんな彼らからの注目を一切気に留めないアルクスは、素早く車内に視線を走らせた。

 

「どうなってんだこりゃ……?」

 

 左隣にいるディートフリートが当然の疑問を呈す。

 

 一等車内は車両内と言われてもわからないほどにその形状を歪に変わっていた。

 

 どう見ても線路の横幅に合わない飛び出し方をしている箇所もあれば、異様に天井が高くなっている部分もある。

 

「床も捻じれてやがる……。魔導具か?」

 

 人間態のマルクが呟くと、レイチェルが合流した仲間達に状況を説明すべく車両中央からシメオンを指さしながら叫んだ。

 

「ううん、あれはあいつの”異能”! 空間を好きに変えられるの!」

 

「レイチェルっ!! 無事か!?」

 

「うん、大丈夫っ……! ちょっと、安心した」

 

 ディートは幼馴染で相棒の少女が五体満足であることに心の底から安堵しつつ、彼女の庇っている左腕に視線を移す。

 

 どう見ても負傷しているし、彼女の服はかなり汚れている。口の端からは血が流れていた。

 

「……そうか。おいアルクス」

 

 ディートは顔を怒りに染めて臨時頭目の名を呼ぶ。

 

「……」

 

 彼が何を言いたいのか理解しているアルは、あえてすぐには答えず、視線を至る所に走らせていた。

 

 優先すべきは状況の把握だ。

 

 車両中央に役者陣。

 

 周囲には既に手遅れと思わしき警備が多数。

 

 重傷で動けそうにない警備がチラホラ。

 

 少数なのは文字通り命を賭して戦っていたからだろう。

 

 依頼人のオスヴァルトは少し離れたところでカサンドラを抱えたまま虫の息状態。

 

 クラウディアは無事なようだが顔面は蒼白で、イグナーツは顔面を火傷しているらしく、ディートリンデも左腕の袖が焼け焦げていた。

 

 そして役者陣を守っているラウラは額から流れる血で顔の3分の1は赤く染まり、ソーニャは多数の細かな傷と頬に大きな切り傷、レイチェルは吹き飛ばされたのかボロボロで左腕を庇っている。

 

 その周囲を傭兵共が取り囲み、機関車側の壁に手をついている男が”異能者”だそうだ。

 

 マルクガルムはソーニャの頬に目が行ったのか、ぶちキレた表情を隠しもしていない。

 

 アルのすぐ後ろにいた凛華とシルフィエーラも仲間を傷つけられた怒りと、ニヤついているチンピラ傭兵から敵の精神性を察してピリついている。

 

 その時、アルからずおおぉぉぉ……っと何かが発された。

 

 魔力も殺気も発していないのに、皮膚を灼かれるような感覚。

 

 マルクは左を、ディートは右を――つまり彼の方を見て察する。

 

 ――キレたな。

 

「アル、指示を」

 

 自身でも驚くほど低い声でマルクが言えば、

 

「凛華、エーラ。魔力は使い切って良い。怪我人の手当てを」

 

 淀みのない指示が飛ぶ。

 

「え、ええ了解よ」

 

「う、うんっ、任せてっ」

 

 鬼娘と耳長娘はコクコクと素直に頷いた。ここまで怒っているアルなど見たことがない。

 

「ラウラ達三人は護衛対象をこっちに誘導してくれ。警備の方も護衛を優先してください」

 

「は、はいっ!」

 

「承知した!」

 

「うん!」

 

 安心したような表情で三人の少女達が頷き、警備達がアルの威容に呑まれて首を縦に振る。

 

「俺達は三人の――」

 

「旦那ァ!!」

 

 アルがマルクとディートへの指示を終える前に、チンピラ傭兵がオスヴァルトを押しのけて駆け出しつつシメオンを呼んだ。

 

「おう、ソイツがアタマだ! 殺しちまえ!」

 

 シメオンは即座に応じると、ぎゅうううんっと床を引き伸ばす。

 

 その場にいた小剣を持っている傭兵とチンピラ傭兵、そして斧を持っている大柄な傭兵は慣れたように武器を構えて急加速した。

 

 これがこの傭兵達の最も得意な戦法だ。

 

 足運びや歩幅からは全く予想がつかない踏み込み速度による急襲。

 

 武芸に慣れた者ほどそのズレに惑わされ、気付いた時には致命の間合いに入られるという状況を生み出す――所謂、初見殺しだ。

 

「アルさんっ!」

 

「アル殿っ!」

 

 一秒足らずでアルの目の前に迫った三人の傭兵が斧、手斧、小剣を振りかぶった。

 

「バカがァ!」

 

「オラァッ! 死ねやァッ!」

 

「ふんんッ!!」

 

 刹那、得物を振り下ろす三人の傭兵と一陣の風が如く踏み込んだアルが交錯する。

 

 アルとすれ違ったと感じたチンピラ傭兵は手斧を片手に振り向こうとして、

 

「チッ、避けやがっ――……あ、れ?」

 

 そのまま捻じれるようにドサリと崩れ落ちた。

 

 なぜか視点が下がり、己の身体の胸から下が彼の視界に入り込む。

 

「……は? 斬られ、た……!?」

 

 そして愕然とした表情で呆気なく事切れた。

 

「なっ……あ?」

 

「は…………!?」

 

 真ん中にいたチンピラ傭兵が斬られたのだと気付いた小剣持ちの傭兵と斧持ちの傭兵は驚愕しつつ、己の手元に目をやって唖然とする。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 小剣と斧がガランッと床に落ちる。

 

 アルが半円の弧を描くような太刀筋でチンピラ傭兵の胴と傭兵二人の手首を、纏めて斬っていたのだ。

 

 実力差に呆然とする傭兵二人の鼻先には、両腕を【部分変化】させたマルクと薙刀を大上段に構えるディート。

 

 哀れな傭兵二人が目を見開くと同時、怒れる人狼族と人間の青年は咆哮した。

 

「おぉぉおおおおおおおおッ!!」

 

「でぇりゃあああああああッ!!」

 

 ビリビリと窓硝子を揺らすほどの大音声が車内に響き渡る。

 

 次の瞬間――大柄な傭兵が狼爪によって太い首や胴をバラバラに斬り裂かれ、小剣持ちの傭兵が頭蓋を真ん中から斬り砕かれ、脳漿を飛び散らせながら倒れ込んだ。

 

 傭兵共がしぃ……んと呆気に取られて沈黙し、オスヴァルトを始めとした役者陣と警備らは目を見開いて呆然とする。

 

「俺達は三人の道を作る――……って言おうと思ったけど……やめだ」

 

 アルはぼそっと呟いた。

 

 次いで、普段はブワッと渦を巻いて撒き散らされるはずの魔力が、轟々と()()()()()()()

 

 凛華、エーラ、マルクはその魔力の様子に過去の記憶を呼び起こされる。

 

 ――暴走した(あの)ときの炎に似てる?

 

 だが、彼らの驚愕を置き去りにしたアルは()()()()()()()()瞳孔を龍眼に細め、

 

 

「マルク!! ディート!! 踏み(にじ)るぞ!!!!」

 

 

 咆哮するや否や、龍牙刀を閃かせて突喊した。

 

 二人が常ならぬ彼に意識を取られたのはほんの一瞬。

 

 ――考えんのは後だ!

 

「ハッ、そうこなくちゃな!!」

 

「応! てめえら覚悟しやがれ!!」

 

 ドン! と低く突撃したアルに一拍遅れてマルクとディートが駆け出す。

 

「て、テメエら、殺せ! ソイツらを暴れさせんな!」

 

 シメオンは半ば声を裏返らせて叫んだ。

 

 しかし、三人の傭兵(同僚)を目前で斬り捨てた衝撃が抜けきらないのか動きが鈍い。

 

「”異能”に分断、奇襲まで仕掛けといて一般人一人攫えなかった連中が、俺を()れるわけ()()()()!!」

 

 怒りの形相を湛えた()()()吼える。

 

「うわ、あァッ!」

 

 一投足で距離を詰められた傭兵は泡を食って、必死に小剣を掲げた。

 

 そこに突き込まれる龍牙刀。ギャリィィィッと火花が散る。

 

 傭兵は咄嗟にホッとしたが、安心するにはあまりにも早過ぎた。

 

 アルは防がれたことなど一顧だにせず間合いを詰め、鍔迫り合っている刃をギャリィッと滑らせながら柄尻を傭兵の顔面に叩き込む。

 

「ぉガッ!?」

 

 そのまま左手に『蒼炎羽織』を展開して龍爪に纏わせ、ジュ……ボギャア! と、傭兵の首筋に突き刺した。

 

「ギぃ、カ……ッ!?」

 

 即死する傭兵。アルは左手を引き抜くことなくバキバキッと首の骨を握り込み、ぶうん……っと別の傭兵へと投げつける。

 

「どわァッ――げっ、バッ!?」

 

 死体をぶん投げられて傭兵が体勢を崩したところにアルは走り込み、大上段から龍牙刀を振り下ろした。

 

 死体ごと斬り捨てられた傭兵が目を見開きながら崩れ落ちる。

 

「ち、畜生があッ!!」

 

 シメオンに無理矢理移動させられたらしい傭兵が柄の短い棍棒をアルに向かって横薙ぎに繰り出した。

 

 しかし――

 

(っそ)いんだよ!」

 

 アルは棍棒が振り抜かれる前に龍牙刀に左手を添えるや、懐へと一気にバッと跳び込む。

 

 そのまま傭兵の胴に空色の刃を押し付け、半回転しながらズ……バァッ! と、勢いよく斬り捨てた。

 

「こ、このバケモノォッ!」

 

 傭兵の一人が顔を引き攣らせ、何やら懐から取り出した短剣からボウッと炎を撃ち出す。

 

 アルは左手でその火炎をバシッと受け止め、そのまま撃ってきた傭兵の胸へ掌底を叩きつけた。

 

「ゴッ……――ア、ヂぃ!?」

 

「こんなしょっぱい炎が魔族(おれ)に効くか。なめんな」

 

 次の瞬間、アルはお返しとばかりに左手から蒼炎を噴き出す。

 

 

 ドガァンッッ!!!

 

 

 上半身を消し炭にされた傭兵は一言も言う暇すら与えてもらえずに肉塊と化した。

 

 爆発の余波が一等車を揺らす。

 

 傭兵どころか車両内の全員が思わずたたらを踏んだ。

 

 しかし、アルは止まらない。

 

 タンッと跳び上がるや否や背中と足からボッ! と蒼炎を噴き出してクルクルと回転し、役者陣の近くにいた傭兵へ跳び上段回し蹴りをヒュボッ! と放つ。

 

「うえボッ!?」

 

 闘気を用い、蒼炎による加速までつけられた蹴りは首を折るのに充分な威力を有していたらしく、ゴキッという何かが割れたような音と共に、傭兵は床に叩きつけられた。

 

「ひイッ!? な、なァ俺が悪かった! だから――あッ!?」

 

 金縁の瞳孔に睨まれた傭兵の一人が命乞いをしたものの、アルは右手に逆手持ちした龍牙刀で無造作に首を刎ね飛ばす。

 

「楽だからってだけで奪う側に回って好き放題してきたんだろ。今更虫の良いことばっか言ってんなよ。殺してやるから地獄で詫びろ」

 

 傭兵の命乞いはアルの激情に火を注いだだけだったらしく、魔力が轟! と更に立ち昇っていく。

 

 絶望する側がほんの1分で入れ替わった。

 

 牢獄と化した車内で傭兵共は恐怖に呑まれていく。

 

 

 

 マルクはどんっと踏み込み、

 

「どおりゃあッ!」

 

 ジャキッ! と伸ばした狼爪で傭兵の心臓を貫いた。

 

「ごッぼ……ッ!」

 

 一等車に合流すべく魔力を大量に消費した所為で【部分変化】しか使えないが、脚や腕を変化させれば充分に対応できる。

 

 人数はまだ傭兵の方が上とは言え、怒り心頭に発したマルクは止められない。

 

 ――それ以上にアルだ。ここまでブチキレたアイツは初めて見る。

 

 今もアルは敵に突っ込んで龍牙刀を縦横無尽に振るっている。

 

 ――だが、どう見てもいつもの戦い方じゃねえ。

 

 アルが最も得意とするのは手数で押す攻撃特化型。

 

 しかし、これは違う。

 

 敵の反撃を紙一重で躱す――などという思考がない。一方的に攻撃タイミングを被せて斬り捨てている。

 

 龍爪だって普段は使わないし、右手での逆手持ちもそうそうしない。

 

 そして……あの怪力。

 

 ――……ちっと焦ったが、暴走してるってわけじゃねえ、のか。

 

「お、オラ死ねッ死ねえッ!」

 

「うるせえ邪魔だっつうんだ! どけ!」

 

「ほゲッ!?」

 

 マルクは小剣を振るってくる傭兵の顔面を蹴り砕きながら、一旦アルは大丈夫だと判断して狼爪を振るい、狼脚を活かして跳ねるように駆けまわる。

 

「ソーニャ!」

 

「マルク! 助かったぞ!」

 

 役者陣を誘導しようとして小競り合いを繰り広げていたソーニャと傭兵の横合いに飛び込んできたマルクは、敵の脇腹を蹴り破りざま声を掛けた。

 

「無事か!?」

 

 すでにイグナーツとオスヴァルトは警備によって引き摺って行かれたらしく、凛華とエーラの下で治療を受けている。

 

 ソーニャは力強く頷きつつ、

 

「大怪我はしてない! それよりアル殿は大丈夫なのか!? 口調も随分荒っぽいぞ!」

 

 逆に問い返してくる。

 

「あー……たぶんな!」

 

「たぶん!?」

 

 素っ頓狂な声が返ってくる。

 

 マルクから見てあのアルはおそらく暴走しているというわけではない。

 

 ならば他にやるべきことがある。

 

人間態(なまみ)じゃ追えねえんだよ! それよか他の重傷者を運べ! 道は俺が通す!」

 

「……そうだな! わかった、頼むぞ!」

 

 逡巡は一瞬、ソーニャは頷いた。

 

「任せな!」

 

 マルクが珍しく狼腕と狼脚のみを構えたところで、

 

「もっ、もういい! ソイツには構うな! 人質だ! 人質を取れ!」

 

 シメオンが叫んでバンッと”異能”を発動させる。

 

「きゃあっ!?」

 

「うわぁっ!」

 

 その瞬間、役者と倒れている警備を乗せた床が四方八方に伸びた。

 

「ちっ!」

 

「厄介な!」

 

 マルクとソーニャが歯噛みする。

 

「へッ、バカ正直に()り合う必要もねェよなァっ!」

 

「そ、そうさ人質取っちまえばヤツらだって!」

 

 傭兵共がシメオンの命令によって何とか体裁を取り戻して護衛対象へと掴みかかろうとした。

 

 アルは機敏に反応し、駆け抜けながら逆手持ちした龍牙刀を振るっているが残っていた護衛対象は散り散りになってしまっている。

 

 幾ら急いでもアル側は勢いで押しているだけで人数差はそう簡単には覆らないし、たった一人でも捕まった時点で詰み(アウト)

 

 ――人手が足りねえ……!

 

 マルクが駆けながら心中で呻くと同時、

 

 

「アルさん! 『龍蒼華』!!」

 

 

 ラウラは凛とした声で想い人の名を呼び、()()()()()()魔術を放った。

 

 蒼炎が彼岸花の如くブワッ! と花開いて敵ではなく彼へと集中する。

 

「「なっ!?」」

 

「ちょ、ちょっと!」

 

「ええっ!?」

 

 これにはマルクとソーニャだけではなく、凛華やエーラ、敵方である傭兵でさえ度肝を抜かれた。

 

 それは猶予がないなか、決定的な詰みを回避すべく咄嗟にラウラが閃いた渾身の一手。

 

 ――お願い、伝わって!

 

 不安と希望に揺れる琥珀色の瞳と刹那見つめ合ったアルは、パッと『龍蒼華』へ向かって身を躍らせると、

 

「受け取っ……たッ!!」

 

 緋色の眼光をギラリと輝かせて、龍牙刀を複雑な軌道で閃かせる。

 

 次の瞬間、アルへと収束していた『龍蒼華』を構成する一つ一つの蒼炎のベクトルが急転、()()()()ボボボボボボボッ! と飛翔していく。

 

 ラウラによって放たれた無数の蒼炎の花弁を、アルが魔力を流した龍牙刀であらゆる方向へ受け流して四散させたのだ。

 

 以心伝心とそれに応えるだけの技量がなければ不可能な離れ技。

 

「は……!? ぎゃあッ!?」

 

「なヂァッ!?」

 

「ありえね――えあ゛づァッ!」

 

 正確に受け流された蒼炎が傭兵共を襲う。

 

「マルク! ディート!」

 

 すかさず発されたアルの鋭い声にマルクはさも愉快そうに笑みを浮かべて応じた。

 

「応よ! ハハッ! 凄えじゃねえか、ラウラ!」

 

「当然だ! 私の姉だぞ!」

 

 ソーニャも勇ましい声と共に直剣を振りかぶる。

 

「どおおりゃあッ!」

 

「たああああああッ!」

 

 蒼炎を浴びて怯む傭兵共を”狼騎士”と”姫騎士”が狼爪と刃を閃かせ、打ち払っていく。

 

 ――あれは、あん時の……やっぱ凄え。けどあれに追いつくって決めてんだよ!!

 

 だからこそ、ディートは裂帛の気合いを込めて吼えた。

 

「死にてえヤツから前に出やがれ! オレが、オレらが叩っ斬ってやる! でぇえりゃぁあああああッ!」

 

 五等級武芸者とは思えないほどの威を靡かせて、ディートは己の半身たる薙刀をゴオオッ! とぶん回す。

 

「アヅぅ――ぎえっ!?」

 

 よく砥がれた広刃の餌食となった傭兵が断末魔を上げて倒れ伏した。

 

 気合いだけでも並んでやる。

 

 そんな想いが伝わったのか、

 

「ディーくん! 援護するから走って!!」

 

 レイチェルが回転式魔導機構銃をガァン! ガァン! ガァン! と連発する。

 

「応! 任せろ!」

 

 爛々と眼を輝かせたディートが薙刀片手に旋風の如く暴れ回り、レイチェルの放つ術式弾が傭兵共を精確に射貫いていく。

 

 

 

 『治癒術』を凜華に掛けてもらい、癒薬帯を貼られて何とか意識を保っていたオスヴァルトは眼前の光景に眼を見開いていた。

 

 勢いを吹き返した武芸者達が破竹の勢いで敵を駆逐していく。

 

 今や劣勢なのは傭兵共の方だ。

 

 ――閣下は、正しかった。

 

 集会で鋼業都市の件を聞いた時は武芸者の話よりむしろ、長年この国に間諜が潜んでいたという事実に意識が向いてしまっていたが、それを解決した若者達がここまでの傑物だとは予想だにしてなかった。

 

 特に彼――”鬼火”が怒り猛るたびに仲間達が呼応し、龍巻の如く敵だけをズタズタに引き裂いていく。

 

「とんでもない子達が守ってくれてたんすね。あいつらとは役者が違うっすよ」

 

 オスヴァルトの隣で壁に背を預けるようにして座り込むイグナーツがあえて軽口を叩いた。

 

 こんなときだからこそ、という顔だ。

 

 その顔の右半分は「絶対に元に戻してみせるからね!」とエーラに貼られた癒薬帯で覆われ、涙目のディートリンデが腕にしがみついている。

 

 彼女自身は軽傷だったようで、軽く左腕を手当てしてもらっただけで済んだらしい。

 

「ええ、そのようね。あの連中は触れてしまったのよ――龍の逆鱗に」

 

 オスヴァルトは『治癒術』による疲労感を押し留めつつ、口調を劇団長のものに戻す。

 

 戦いの趨勢は決まりつつあった。

 

「ね、ねぇエーラ。アル、大丈夫かしら? 口調も荒いし、あんなアル見たことないわよ。それに眼だって……」

 

 テキパキと『治癒術』を扱い、足を寸断されている警備の一人へ癒薬帯を巻いていた凜華は心中をザワつかせ続ける好い男の様子を見て、幼馴染の耳長娘へ問う。

 

 アルの瞳孔を包む金色(こんじき)の縁。

 

 あれはかつてアルが暴走した際にも見られていた現象だ。

 

 心配にならないわけがなかった。

 

 しかし、エーラは難しい顔をしつつも鬼娘へ意外な回答を寄越す。

 

「うぅ〜ん、たぶん大丈夫だと思う」

 

 そう言ってエーラはエーラで腕を失った警備へ「これでよし!」と癒薬帯を巻きつけ終えた。

 

「大丈夫って……なんでわかるのよ? 何か聞いてるの?」

 

 凜華はアルに己を失って欲しくないのだ。敏感にもなる。

 

「ううん、聞いてないよ。でも大丈夫な気がする」

 

 エーラは戦っているアルへ視線をチラリと向け、再確認したのか自信を持って答えた。

 

「どうして?」

 

「んぅ〜とね……今のアルからは、凜華とかマルクが戦ってる時と似たような感じがするんだ」

 

「あたしやマルクと似てる感じ?」

 

 いまいち要領が掴めない凜華は小首を傾げる。

 

「うん。ほら、森人族(ボク)は戦闘民族じゃないでしょ? だからなんとなくわかるの。いつものアルは、どっちかと言えばボク寄りの戦い方をしてる。でも今は凜華やマルク寄りの戦い方になってるんだと思う。ボクにはそう見えるよ」

 

 エーラは鋭敏な感覚で感じたままを口にした。

 

 アルは普段から理性的な戦い方をしている。

 

 やっていることこそ派手だが、剣士という枠組みから外れたことはない。

 

 今の彼は違う。

 

 言うなれば『剣士アルクス』ではなく、『アルクスという半龍人』とでも表現すべきだとエーラは言う。

 

「え、じゃあ龍人族の本能で戦ってるってこと? それマズいんじゃないの?」

 

 大変じゃない! と凜華が立ち上がりかける。

 

 しかし、エーラは首をふりふり止めた。

 

「うーん、えっとね本能だけって感じじゃないかな。あ、そうだ。鋼業都市で戦ってた時、あの楼閣から飛び出してきた時のアルに近いと思う」

 

「あの時の……言われてみれば近い、のかしら」

 

 凜華は暴れ回るアルを見て「それなら一応大丈夫? で良いのか?」という顔で座り直す。

 

「うん、たぶん。もしおかしくなってたらボクらで――」

 

「ええ、その時はあたし達で戻すわよ」

 

 耳長娘と鬼娘はそう言って結論を出した。

 

 

 

 もうすぐこの馬鹿げた騒動にも幕が降りる。

 

 この場にいる全員――敵も味方も関係なしに察していた。

 

 傭兵が一人、また一人と加速度的に減っていく。

 

 最終的に残った一人の首を、

 

「てめえで最後だ! おりゃあッ!!」

 

 ディートが刎ねた。

 

 その場の全員が息をつく。

 

 血に塗れ、焼け焦げ、ボロボロになった戦闘の跡が一等車内を染めている。

 

 今や綺麗に残っている場所を探す方が難しい。

 

 ――いや……待て、まだだ!

 

 はたと気付いたソーニャは目的の人物を探そうと視線を慌ただしく動かす。

 

「ソーニャ?」

 

 マルクの問いかけに答える余裕もない。

 

 その様子を見てハッとしたラウラとレイチェルも視線を巡らせる。

 

「レイチェル?」

 

 アル達が合流して本格的な賊討伐の流れになってからはそこまで目立つ動きをしていなかった。

 

 ゆえに、アルやマルク達は気付けなかったのだ。

 

 傭兵共の頭領をしていた"異能者"がいないことに。

 

 その男が持っている"異能"が潜伏という一点においては破格な性能をしていることに。

 

「げゃはははっ! 油断したな、クソガキ共が!」

 

 声の発生源はアルやマルク達ですら遠い位置――つまり護衛対象であるクラウディアの近くの内壁から。

 

 ()()()()()()()()シメオンが快哉を上げながらクラウディアへと腕を伸ばす。

 

「クラウディアっ!」

 

「ひ……いやあっ!」

 

「もう遅えよ!」

 

 だが、シメオンの思い通りにはいかなかった。

 

「クラウディアさんっ!」

 

 いち早くシメオンの狙いを看破したラウラが飛び出し、彼女と入れ替わるように無理矢理引っ張ったのだ。

 

「あ……っ!」

 

 クラウディアが引っ張られた勢いのままこける。

 

 ラウラは彼女の身代わりとしてシメオンに首を掴まれてしまった。

 

 ”異能者”シメオンは苦い顔で舌打ちをしつつ、

 

「チッ、クソが。まぁいい。テメェら動くんじゃねえぞ! 仲間のキレーなツラを傷つけられたくねえだろ!?」

 

 勝ち誇ったような顔で鉤状両刃剣(ケペシュ)をラウラの首筋に当てた。

 

 もう仕事はどうでも良い。

 

 誤算に次ぐ誤算で報酬は貰えなくなってしまった。こき使っていた手下も皆死んだ。

 

 だが自分は生きている。 

 

 この"異能"を手に入れたあの日のように逃げ延びて再起を図れば良いだけだ、とシメオンはほくそ笑んだ。

 

「ラウラっ!?」

 

 ソーニャの悲痛な声が車内に響く。

 

「ぎっひひ、はははっ! ラウラちゃんが傷つけられたくなけりゃあ道を開けやがれ! ほれどうした! さっさとしねえかっ!」

 

 シメオンが興奮したように口角の泡を飛ばして叫ぶ。

 

 昂ったシメオンが押しつけた刃によって薄っすらとラウラの首から血が流れた。

 

 ……カ、チ…………ッ!

 

 凛華とエーラが青と緑の眼を驚愕で真ん丸にする。

 

 ――やべえっ! あの馬鹿、()()()()()()()()

 

 それと同時にマルクが冷や汗を垂らした瞬間、

 

 

「おい……何してんだ()()()!!」

 

 

 白髪に近くなったアルが嚇怒に顔を染めて猛り吼える。

 

 轟ォォッ! と、地獄の劫火も斯くやと言うほどの魔力が彼を中心に爆発し、車内の窓硝子が粉々にがしゃあんっと砕け散った。

 

「アルさん……!」

 

 ラウラはマズい事態に陥っていることを自覚していながらも嬉しくなってしまう。

 

 少し傷つけられただけでこれほど怒ってくれるなど思ってもみなかった。

 

 反対に、シメオンは勝ち誇っていた表情など消え失せて顔色を真っ青にしていた。

 

 ――マズった……!

 

 己が間違いなく死線を越えてしまったと自覚する。

 

 "異能"に頼ったところで彼の実力では眼の前の青年を斬り伏せることなど出来ない。

 

 それはシメオン自身がよくわかっている。

 

 しかし今更引けない。

 

 だからこそ震える手で、懐から切り札を取り出して突きつけた。

 

「こ、コイツを爆発させるぞ! 近寄るんじゃねえッ!!」

 

 掌大の丸い金属球。アル達はそれに見覚えがある。

 

「爆弾……っ!? そんなものまで!?」

 

 レイチェルは愕然として歯噛みした。

 

 あの金属球は魔力を少し込めるだけで起爆可能な爆弾だ。

 

 威力こそかつての大戦時より劣るとは言え、列車内で爆発させればただでは済まない。

 

 しかしアルは完全に頭にキているらしく、

 

「そんな度胸も無いのに強がってんじゃねえよ! 悔しかったら爆発させてみろ! どこまでもみっともねえ屑野郎が!」

 

 青筋を浮かべてシメオンを罵った。

 

「フ、フザケやがって!」

 

 爆弾にも一切怯んでいないアルにシメオンは(おのの)く。

 

「なぁお前さ、拾った"異能(オモチャ)"とチャチな爆弾(ガラクタ)握り締めて何がしてえんだよ? もうお前の負けだ。分かり切ってんだろ、とっとと諦めろ。似合いのブタ箱が待ってんぜ」

 

 更に追撃とばかりに悪態が飛んだ。

 

 激情に彩られた顔と冷めた視線がシメオンの心胆を寒からしめる。

 

「う、うるせえッ! やってやらァッ! 死ねやクソ武芸者がッ!」

 

 シメオンは震える手で金属球に魔力を送り込み、幾何学模様に走るソレをアルへ投げつけた。

 

 オスヴァルト達が眼を剥く。

 

 だがアルはイラッときた表情で龍牙刀を構え、

 

「こっちはいい加減! 見飽きてるってんだよ!!」

 

 憤った声を発しつつ片手で逆袈裟に斬り上げた。

 

 轟ッ! と剣閃が奔り抜け、陽炎のような魔力が迸る。

 

 直後、キィンっという小気味の良い金属音と何かを(つんざ)くような轟音が鳴り響き、衝撃が車内を揺らした。

 

「ヒイイッ……!?」

 

 身を竦ませたシメオンが恐る恐る眼を上げて見たのは、半分に断ち割られて落ちている爆弾。

 

 そしてグシャグシャにひしゃげて吹き飛んでいる()()()()()()だった。

 

 怒りのあまりアルの魔力が乗った一撃が屋根の後方を半ばから引き千切ってしまったのだ。

 

 役者陣もポカンと口を開ける。

 

 オスヴァルトはその光景に伝承に存在する龍の鉤爪を連想した。

 

「返せよ。そいつはお前みたいな屑が触れていい女じゃない」

 

「っ!」

 

 ラウラはこんな状況だと言うのに歓喜で口元が綻びかけ――慌てて何とか抑え込む。

 

 一方、龍眼に睨まれたシメオンはすっかり動転して喚いた。

 

「そっ、その剣だ!」

 

「あ?」

 

 怒髪天を衝いているアルが訊き返す。

 

「その剣は魔導具なんだろ!? このガキとソイツを引き換え――」

 

「持ってけ、()()だ」

 

 シメオンが言い切る前にアルは龍牙刀を鞘に納めてブン! と投げた。

 

 ”鬼火”の一党の面々が目を見開く。

 

 最も大事にしている刀を敵に渡すなんて予想もつかなかったのだ。

 

 シメオンは慌てて鉤状両刃剣(ケペシュ)を投げ捨て、紅桜色の鞘を右手でキャッチした。

 

「っと、へへ……コイツがありゃ――んなっ!?」

 

 思わず視線を下に落とした瞬間、アルは腰に差しているもう一振りの刀――刃尾刀を左手で逆手に引き抜きながら一気に間合いを詰めていた。

 

「て、テメエ! ――い、あッヂいッ!」

 

 シメオンは咄嗟に右手だけで龍牙刀を引き抜こうとして、熱した鉄のような尋常でない熱さに掌をジュウ!と()()()()取り落とす。

 

「『蒼炎気刃』! だから()()だって言ったろ」

 

 アルは冷たく吐き捨てながら刃尾刀でシメオンの左腕を肘から斬り落とす。

 

「ぎいゃあああああ!?」

 

 シメオンが痛みに悲鳴を上げる。

 

 アルは刃尾刀を逆手持ちした状態でグイッとラウラを引き寄せ、倒れかけていた龍牙刀の柄を右手でパシッと握るとひゅい……んっと下から上に弧を描くように一閃した。

 

犯罪者(オマエ)なんぞに俺の大事なものを何一つ奪わせてたまるかよ。薄汚れた手で触れてくれんな」

 

 ラウラを胸に抱き寄せたまま、両腕と両足を失って倒れていくシメオンに言い放つ。

 

「あ、が、あ、あああああッ! お、おれの足ぃ! 腕がァ!」

 

「「うるっせえ」」

 

「あぎッ!?」

 

 シメオンが半狂乱で喚き声を上げるも、すかさず間合いを詰めたマルクとディートが蹴り飛ばして気絶させた。

 

「これでこの馬鹿騒ぎもホントに仕舞いだな」

 

 アルがひと息つく。

 

「……は、はいっ。そうですねっ」

 

 ラウラは抱き寄せられたままコクコクと勢いよく頷いた。

 

 だが、顔は上げない。上げられない。心臓がトクトクとうるさくてそれどころではないし、彼の顔を直視できない。

 

 直視すればそのまま抱き着いて、口付け(キス)してしまいそうだった。

 

 嬉しくないわけがなかった。

 

 他でもない想い人本人が、人質に取られた己を助け出し、”大事なもの”とまで言い切ってくれたのだから。

 

「怪我は大丈夫か?」

 

 心配になったアルが問うと、

 

「えっ? へ? あ、だ、大丈夫ですよっ!」

 

 ラウラは即答する。しかしやはり顔は上げない。

 

「大丈夫そうだな。ふぅぅ……あ、おーいソーニャ。怪我治すからこっち来いよー」

 

「うむ。あ、いや、やめとく」

 

 苦笑を溢したマルクがソーニャを呼ぶと、彼女は素直に頷きかけ、ハッとして首を横に振った。

 

「んぁ? やめとくってお前……あ、また匂いがどうとかって話か? 臭くねえっつってんだろ。ほれ、顔出せ。痕残っちまったらどうすんだよ」

 

「む、むぅ~……じゃあ、その、頼む」

 

 渋々といった具合と好きな男に気にかけてもらえる嬉しさで複雑な乙女心を発揮しつつ、ソーニャは彼に『治癒術』をかけてもらう。

 

「ラウラいいなぁ」

 

 ボクも頑張ったのに~。とエーラが言うと、

 

「そうね、アルも問題ないみたい。安心したわ」

 

 凛華は澄ましてそう答えた。

 

 その反応に「うん?」と耳長娘は鋭く耳をピクピクさせた。

 

「ねぇ凛華、アルと何かあった?」

 

 今の返しにどこか余裕を含んでいるように感じたのだ。

 

「えっ? べっ、別になにもないわよ? ホントよ?」

 

「今の絶対ウソだよ! もう、アルに聞く! さっきのことも聞かなきゃなんないし!」

 

「あっ、ちょ、ちょっと待ちなさいエーラ!」

 

 エーラと凛華がアル達の下へ駆け出す。

 

「レイチェル、肩嵌めるぞ?」

 

「うん、ありがとディーくん」

 

 次いでコキュッという小気味の良い音と「んんっ!」というレイチェルの声がディートの耳朶を打った。

 

「これで良し。動くか?」

 

「う~んと……うん! ちゃんと動くっ!」

 

 軽く肩を回したレイチェルがそう言って微笑むと、

 

「そっか。はぁ~~~~……なんかようやく安心した」

 

 ディートはようやく身体に入っていた力を抜く。

 

「わたしもディーくんの顔見てやっと安心したよ」

 

 レイチェルもホッとしたような顔を見せた。

 

 ずっと戦いっぱなしだったせいで身体が重い。

 

 疲れが急に実感を伴って襲ってくる。

 

「ああ、だな」

 

「少しは戦えるようになったかな?」

 

「なった……と思いてぇな。ま、先がまだまだ長いことだけはわかったぜ」

 

「ふふ、そうだね。でもこうやって少しずつ積み上げていこ? わたしとディーくんならきっとアルクスくん達に並べるよ」

 

「おう、オレもそう思ってたとこ」

 

 ディートとレイチェルはそんな言葉を交わして笑い合う。

 

 

 

 ようやく終わったのだ。

 

 灼き祓われた絶望とじわじわ湧いてくる生きているという実感と喜び。

 

 オスヴァルトはそれらを噛み締めてクラウディアの肩を優しく叩く。

 

 クラウディアはようやく恐怖から解放されたのか止めどなく流れ落ちる涙を拭いもせずにさめざめと泣いていた。

 

 多数の穴が開いた一等車内に風が流れ込んでくる。

 

 先ほどより暖かい風は渓谷を抜けたことを証明していた。

 

 あと一時間もしない内に帝都駅に到着することだろう。

 

 

 

 こうして子爵家三女を誘拐する為だけに魔導列車を狙った未曾有の襲撃事件は終焉を迎えることとなるのであった。

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