日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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「小説家になろう」に最新話を、「カクヨム」にて同作を章ごとに、こちらへは定期的に更新していく予定です。


19話 龍の本能、女優の涙

 時刻は昼過ぎ。

 

 すっかり午後の陽射しが差す青空の下、魔導列車が線路をひた走っている。

 

 この調子で走ればあと一時間もしない内に帝都に辿り着くはずだ。

 

 だが七両編成であるはずの列車の様子は、今ばかりは平時と大きく異なっていた。

 

 まず車両数が二つほど足りない。四等車と五等車がないのだ。

 

 次に一等車の屋根が半ばほどから消え、窓が全て割れている。

 

 そのうえ二等車と三等車の間は無数に絡みつき、張り巡らされた木の根によって少々危なっかしく繋がれていた。

 

 襲撃に遭い、立ち向かった痕跡だ。

 

 その魔導列車の一等車内にはかなり強い風が流れ込んできている。

 

 時速90km(キリ・メトロン)近い速度で走っているのに窓が全て割れているからだろう。

 

 髪は否応なく乱れ、服はバタバタとはためいているものの、車内にいる乗客達はそれどころではないらしく少しも気にした様子は見えない。

 

 疲れ切っているようだが、どこか安堵したような表情をしている者がほとんどだった。

 

 それも致し方ないことだろう。

 

 つい先ほど、乗客の一人を誘拐すべく襲撃して来た傭兵共を打ち倒したばかりなのだから。

 

「アナタ達、本当にありがとう。心から感謝するわ。鬼人族のお嬢さんには特にお礼を言わせてちょうだい。アナタの『治癒術』がなければ、今頃ワタシは生死をさ迷っていたところよ」

 

 依頼人であるオスヴァルト・ディヒターは改めて凛華に感謝を述べる。

 

 いまだ斧を叩き込まれた背中は痛むものの、出血は止まっているし臓器や骨の損傷もなかったのか快復に向かっていた。

 

「ありがとうございます。本当に、なんとお礼を言えば……。この御恩はきっと忘れません」

 

 ようやく落ち着いてきたクラウディアも涙の跡を拭いながら頭を下げる。

 

「いいえ、それが仕事だもの。むしろ助けられなかった警備の人には申し訳ないわ」

 

 アルクスの隣にいた凛華は美しく整っている顔を曇らせて殊勝な言葉を返した。

 

 重傷を負っていた警備が5名ほどいたのだが、2人は間に合わなかったのだ。

 

 今までは、少なくとも目の前で傷ついた人々ならば何だかんだ助けることができたが今回は手遅れだった。

 

「そうだね……ボクもちょっと悔しいよ」

 

 シルフィエーラも眉尻を下げている。役者陣こそ死人はいない。

 

 しかし今まともに動ける警備は4名。絶対安静で横にされている者が3名。

 

 残りは襲撃者達との戦闘で死亡。

 

 薬品で連結部を切り離したという内通者もドサクサに紛れて殺されていた。

 

 死因は刃物による刺殺。警備の者が携行しているのは鉄鋼製の打撃棍のみ。

 

 つまり口封じなのか、切り捨てられたのかは不明だが間違いなく消されたのだ。

 

「俺達は物語に出てくる英雄じゃないんだ。できないことだってあるさ。……とりあえず警備の人だけでも弔う準備をしよう」

 

 『治癒』し終えてラウラの額と首から優しく手を離しながらアルが自罰的にそう言うと、

 

「すまない、君達。ありがとう」

 

「あいつらの分まで礼を言うよ」

 

 足や腕を失くした警備達が哀しみを湛えた顔で頭を下げてくる。

 

 死んだのは役者陣を守ろうと奮闘し、凶刃に斃れることとなった彼らの同僚だ。

 

 それが仕事だったとは言え、悲しくないわけがない。

 

「そう、ね。ワタシの家名に懸けてきちんと弔うと約束するわ」

 

 オスヴァルトも神妙な顔つきで頷いた。

 

「ええ。ま、それはそれとして……三人とも、よく持ち堪えてたな。おかげで最悪の事態は避けられたよ。頑張ったな、ラウラ。さっきの『龍蒼華』も良い判断だった」

 

 アルは金色に縁取られた瞳孔のまま、ソーニャとレイチェルにふにゃりと微笑みかけ、ラウラの頬をふにふにと撫でる。

 

 生き残ったのならばまずはその事実を喜ばなければならない。

 

 それが生者の特権であり、精神を保つ為に絶対的に必要なことだ。

 

 でなければ人は壊れてしまう。

 

「ふぇ……え、あ、は、はいっ! し、信じてましたから!」

 

 ラウラは顔を真っ赤にして首をブンブンと縦に振った。

 

 ついさっき抱き寄せられたこともあって気恥ずかしいやら、嬉しいやら舞い上がっている自分を抑えるのに必死だ。

 

 心臓がトクトクと跳ね回っている。

 

「うむ、私もマルク達なら必ず追いついてくると信じていたからな」

 

 ソーニャは胸甲を軽く叩いて誇らしそうに、また姉の様子を可笑しそうに笑った。

 

 右の頬には癒薬帯が貼られている。ついさっきマルクガルムに処置してもらっていた。

 

「そのマルクが頑張ってくれたからな」

 

 アルがそう言うと、

 

「まーなー。おかげで魔力がすっからかん。体もだりぃぜ」

 

 マルクは肩を竦める。

 

「カァー!」

 

 そこへひゅーっと飛んできた三ツ足鴉がアルの肩へ止まって「ぼくもがんばったー!」と言いたげに鳴いた。ちなみに雌である。

 

「おっと、翡翠も援護間に合ったんだろ? よくやったぞー、怪我はないか?」

 

「カア~」

 

 ないらしい。

 

「あ、そ、そうでしたっ! 翡翠が助けてくれたんです! 翡翠、あの時はありがとう。本当に助かりました」

 

 まだまだ耳まで赤いラウラがソーニャからの茶化すような視線を誤魔化すように夜天翡翠へ語り掛けた。

 

「うむ、助かったぞ」

 

 ソーニャも姉から視線を外してうんうんと頷く。

 

「カアカァ~~」

 

 夜天翡翠は首をクリクリさせて「どういたしましてー」と言うように鳴いた。

 

「ふふっ、わたしもディーくんのこと信じて戦ってたんだよ」

 

 レイチェルは嬉しそうに隣のディートフリートへ微笑む。

 

「おう、オレも信じてた。けど気が気じゃなかったから……やっぱ疲れたぜ。レイチェルの顔見たら安心して力抜けちまった」

 

 ホッとした顔でディートがそう言うと、レイチェルは軽く頬を染めて殊更嬉しそうに笑った。

 

 そこでエーラが「ぶうっ」とむくれてアルの裾を引っ張る。

 

「ボクだって頑張ったもん」

 

「はははっ、わかってるよ。ありがとエーラ」

 

 アルは耳長娘に無邪気な笑みを向けて乳白色を帯びた金髪を撫でつつ汚れている手や頬を拭ってやった。

 

「え、えっと……うん、まぁねっ!」

 

 エーラは思いもよらなかったアルの反応にきゅうっと大人しくなってしまう。

 

 ――なんか、変!

 

 三人娘の胸中に同じ感想が浮かんだ。

 

 普段のアルと微妙に違う。

 

 感情表現が素直過ぎるというか、悪く言うとスケコマシ感が増したというか。

 

「ん~……? ねぇアル、あんたちょっと」

 

 変よ? と言い掛けた凛華の横髪が風で乱れているのを見たアルは、

 

「ん? どした?」

 

 と言いながらさりげなく髪を耳にかけてやった。

 

「ちょ、ちょっと! やっぱ今のあんた少し変よ? 瞳孔の縁も金色になったままだし!」

 

 人前でそんなことをされるのに慣れていない凛華が顔を赤らめる。

 

「そ、そうですね。少しいつもと違うというか」

 

「うん、危ない感じはないけどさ」

 

 ラウラとエーラもおかしいと言った。

 

「うむ。そうだな」

 

 ”鬼火”の一党の女性陣の中で唯一平静を保っているソーニャも同意する。

 

 普段から三人娘には甘いアルだがここまで直接的ではない。

 

「控えめに言って、女っ誑しのクズっぽくなってんぞ」

 

 マルクが歯に衣着せず所感を述べると、

 

「ちっとも控えてないだろそれ」

 

 アルはツッコミを入れつつ「んー?」と顎に手をやって首を捻る。

 

 そして「あ」と気付いて、

 

「そうだった。まだ切り替えに慣れてなくてさ、ごめんごめん。すぐ戻す。すぅ~っ、はぁ~……すぅ~っ、はぁ~……」

 

 ゆっくりと深呼吸し始めた。

 

 するとアルの瞳孔を縁取っていた金色の光がスウッと消えていき、心なし普段より尖っていた牙や爪も丸みを帯びていく。

 

「戻った」

 

「見りゃわかる。で、あの状態は何だったんだよ?」

 

 何も聞いてねえぞ、とマルクは咎めるような口調で問うた。

 

「敵ぶん投げたり、蹴っ飛ばしたりやたらと乱暴だった。てっきりオレはキレてんだと思ってたぜ」

 

 ディートもそんな風に評す。

 

 隣――というより追いかけるようにして戦っていたので、この二人はアルが普段と違うことはよくわかっていた。

 

 もっとも、ディートの方はそこまでアルの戦い方を知る機会がなかったし、鋼業都市での印象的な一幕も見ていたのでそんな感じなんだなと思っていたところで、どうやら違ったらしいと気付いたのだが。

 

「まだ実戦でやるつもりはなかったんだけど、頭に血が上っちゃって」

 

 アルは少々恥ずかしそうに後ろ髪を掻いた。

 

 しかしジトッとした目を向ける三人娘は、

 

「「答えになってない」」

 

「です」

 

 一斉に鋭いツッコミを入れる。

 

「わかってるからそんな視線向けないで。落ち着かないよ」

 

 アルは苦笑した。見目の良い美少女達だからこそ胡乱げな視線が余計に刺さる。

 

「それで、結局何だったのだ? あの瞳や口調は」

 

 ソーニャはアルがいつも通りに戻ったらしいことを確認しつつ訊ねた。

 

「本能だよ。抑えてた龍人族の闘争本能を少しだけ解いて……っていうか向き合ったらああなった」

 

 アルは少し考え込んで答える。

 

 どうやら望んでいた形ではなかったらしい。

 

 アルが行ったのは、自身に流れる龍人族の血を活性化させる”闘争本能の限定解放”。

 

 戦闘民族であるマルクや凛華は常にそれを全開状態で戦っている。

 

 ゆえにアルの見立てでは本気の殺し合いになれば、二人が平然と使いこなしている強烈な生存本能と闘争本能が使えない自分の負け。

 

 一歩劣るだろうと判断していた。

 

 エーラは戦闘民族ではないにしても純粋な森人族。

 

 彼女は彼女で自然との調和という非常に強力な手を持っているし、えげつない手段を使おうと思えば幾らでも使える。

 

 膨大な魔力を持っているだけのアルではやはり劣ってしまう。

 

 魔術は得意な方とはいえ、三人のような自身の特性を活かした強みがない。

 

 龍血を己で封じているのだから当たり前だ。

 

 しかし、それでは足りないのだと鋼業都市での戦いで痛感させられた。

 

 だからここ最近は鍛錬の時間はずっと見取り稽古に徹してマルクと凛華を観察して結論を出したのだ。

 

 本能まで抑えていてはいずれどうしようもなくなる。

 

 どうにか半龍人(おのれ)に流れる血と対話すべきなのだと。

 

 龍牙刀の刀身が空色に変化したのは、アルがその答えの取っ掛かりを見出した翌日のことであった。

 

「龍人族って戦闘民族なんですよね? 本能って……大丈夫なんですか?」

 

 ラウラの不安も当然だろう。

 

 アルは『八針封刻紋』 を施して龍人の血そのものを封印しているという話だったはずだ。

 

 自らその封を解くような真似をしたというのだから心配にもなる。

 

 凛華は怒ったらしく青筋をピキッと浮かべた。

 

 やっぱりちっとも大人しくしないこの阿呆男をどうしてくれようか。

 

 そんな文言がありありと顔に書いてある。

 

「や、待った! でも解放したのは二割くらいで! 『封刻紋』と同じで段階的にしか試してないし!」

 

 アルはあわわと急いで言い訳を並べ立てた。

 

「でも急になんでそんなこと試したのさ? 大丈夫そうだとは思ったけど」

 

 エーラは比較的冷静だ。

 

「え? あ、そりゃあれだよ。ほら、龍牙刀の色が変わっただろ? 四針でコイツも抜けるようになったし、少しは成長できてるのかもなぁと思って。いつまでも封印しっぱなしにしててもしょうがないしね」

 

 アルはのほほんと返答を寄越した。

 

 その返答は5人にとって理解自体はできる。

 

 しかし、だ。

 

「せめて言うなり、俺らの前で試しとくなりしろよな。ぶっつけ本番でいきなりやるんじゃねえ」

 

 マルクは手厳しい言葉を投げつけた。

 

 兎角突っ込みがちで、ズンズン突っ走るアルに面と向かってこういうことを言うのはマルクくらいだ。

 

 己の役目だいう自負すら彼にはある。

 

「返す言葉もないや」

 

「反省しろっつってんだ。焦っただろうが」

 

「悪かったよ、ごめん。俺もそんな気はさらさらなかったんだけど、あの連中が思ってたより下衆っぽかったもんだから、ついついカッとなっちゃって」

 

 珍しく本当に反省しているらしい。

 

「……ったくお前ってやつは。次やったら俺の前に凛華からぶっ飛ばされるぞ」

 

 マルクはこのくらいにしてやることにした。

 

 なぜならあの時のアルの気持ちが痛いほどわかるから。

 

 仲間(ソーニャ)が傷ついているのを見たマルクも血管が破裂しそうなほどに激怒していたのだ。

 

「それは勘弁、骨折じゃ済まないよ。猛省します」

 

「……あんた達良い度胸ね」

 

 凜華が眦をヒクつかせてスッと尾重剣に手をかける。

 

「「冗談だって」」

 

 アルとマルクは同時に両手を上げて降参した。

 

「はぁ、まったく。それでその”闘争本能の解放”は上手くいったの? 剣気は出てなかったわよ?」

 

 凜華が訊ねるとアルは首を横にゆるゆると振る。

 

「成功じゃないのか?」

 

 ソーニャはキョトンとして問うた。

 

「ぶっちゃけしっくり来てないね。元々龍人族は武器使わないからさ。血を優先すれば剣が疎かになって、剣を優先すれば血――本能が鈍くなっちゃうんだよ。マルクと凜華の稽古を見て自分なりに試してみたけど、まだまだモノにできてなかった」

 

 課題は多い、というようにアルは肩を竦める。

 

「あの口調は? ディーくんみたいに荒かったけど」

 

 レイチェルがそう言うとディートは少々ショックを受けたような顔をした。

 

「オレの口調って荒いのか? いや、上品じゃねえとは思うけどよ」

 

「わたしは慣れてるから。それにディーくんが『僕』って言ってた頃から知ってるもん」

 

「わかったレイチェル。その話はもうしなくていい」

 

「武芸者になるって決めてから今の口調になったもんね」

 

「小っ恥ずかしいからやめてくれ」

 

「ふふっ」

 

 楽しそうなレイチェルと恥ずかしそうにするディート。

 

 アルは魔導技士への質問に答えるべく口を開いた。

 

「解放してる時は暴れ馬に乗ってるみたいな感覚で、感情とか振り切れちゃってたんだよ。欲に忠実……って言うとまた違うけど、攻め寄りな思考になっちゃってるっていうか」

 

 言語化は難しいなぁ、と言いたげにアルが説明すると、

 

「攻め寄りっていうか超攻撃特化って感じだったよ。凜華っぽかったもん、不遜な感じとか」

 

 エーラがそんな風に述べる。

 

「ねぇエーラ、あんたも喧嘩売ってんの?」

 

 凜華がとうとう冷気を垂れ流し始める。

 

「参考にしたからね」

 

 いけしゃあしゃあとアルはのたまった。

 

「あんた達一回そこに直んなさいな。シバいてやるわ」

 

 青い瞳を爛々と燃やす凜華を「どうどう」と二人で落ち着かせる。

 

 そこで何かを思い出したらしい凛華が「あっ!」と声を上げる。

 

「アル! あんた『鍵』なしで『封刻紋』開けちゃってたじゃない! あれどうなってんのよ!?」

 

「あ! そうじゃん! ボクらめっちゃびっくりしたんだから!」

 

 凛華とエーラの言葉にマルクを始めとした残りの面子がギョッとした。

 

 よく見ればアルの髪はほぼ白髪と呼べるくらいの色合いになっている。

 

 明らかに”灰髪”ではない。

 

 しかしアルにとってはひと月近く前に判明したことだ。

 

「あー……その、原因がわかんないし、心配させたくなくて言い出せなかったんだ。ごめん。ルドルフと戦った時に勝手にひと針戻っててさ。最初は勘違いだと思ってたんだけど、そうじゃなかった。たぶん感情が昂り過ぎると、ひと針だけど戻るみたい」

 

 アルはバツの悪そうな顔でそう言った。

 

 前世の自分(長月)と何度も話して結論を出したことである。

 

「それ大丈夫なのかよ?」

 

 マルクが問うた。責めるというより驚きの方が強かった。

 

「うん。『封刻紋』自体は問題なく今も機能してる。何度も確認したし、そこは間違いない」

 

 アルは真剣な顔で頷く。

 

 その様子にマルク達は察した。きっと不安になってずっと一人で悩んでいたのだろう、と。

 

「アルさんが強くなったことと関係あるんでしょうか?」

 

「たぶん、あるんだと思う。隠れ里にいた頃より強くなった自覚はあるし。今のところは最大でも五針しか解かないようにしてるからひと針戻るくらいじゃ問題は起こらないよ」

 

 心配そうなラウラにアルは安心させるように微笑みかけた。

 

「ちゃんと言いなさいよ」

 

「そうだよ! 悩んでたんでしょ?」

 

 凛華とエーラはプリプリ怒っている。

 

「うん、ごめん。今度から言うよ」

 

 アルは素直に謝った。

 

「悪い方にだけ考えるのは良くないぞ、アル殿。それこそ”闘争本能の解放”ができるようになったように、封印そのものが必要なくなる日が近付いたのかもしれん」

 

 ソーニャが冷静に意見を述べる。

 

「だな。ま、これも次はちゃんと言えよ。少なくとも俺には言う機会幾らでもあるだろ」

 

「そだね。そうしときゃ良かった。その話は一旦置いといて、ひとまず俺達も動こうか」

 

 マルクにアルが頷き、”鬼火”の一党と『紅蓮の疾風』は動き出した。

 

 怪我をしている警備を座席に寝かせ、遺体の瞼を閉じてやりつつ丁寧に並べて回る。

 

 傭兵共の死体はそのままだ。片付ける気にもなれなかった。

 

「私も手伝う。そのくらいさせて欲しい」

 

 イグナーツについていたディートリンデは唇を引き結んでそう言って、ビクつきつつも動き出す。

 

 それに釣られて他の役者陣も手伝い始めた。

 

 警備やオスヴァルト、アル達は「そんなことはしなくていい。きついだろう」と止めたのだが役者陣からすれば、どんなに惨い遺体でも自分達の前で命を張って守り通してくれた者達だ。

 

 恐ろしいし、背筋を這い上がる怖気は止まらない。

 

 それでも、差し迫る死から守ってくれた人達に少しでも恩を返したいという思いが彼らを突き動かしている。

 

 警備の者達は、涙目で動く彼らに目礼したのだった。

 

 そんな役者陣の中で、へたり込んだまま動けない者が一人。

 

 傭兵共と内通していたカサンドラだ。

 

 彼女は糸の切れた操り人形のように呆けている。

 

 痛ましくて見ていられず、オスヴァルトは語り掛けた。

 

「カサンドラ……」

 

「わた、しは……皆を裏切って、そのせいで団長まで……」

 

 みるみる内にカサンドラの瞳に涙が溢れてくる。

 

 どうしてあんなことをしてしまったのか、後悔と自責の念が彼女を苛んでいた。

 

 カサンドラはポツリと呟くようにアルへ呼びかける。

 

「……武芸者さん」

 

「なんです?」

 

 ラウラ達から事情を聞いたアルは感情を感じさせない声で返事をした。

 

「私を、斬って下さい……私も、あなたに斬られるべき人間なんです」

 

 か細くも意を決したような声でカサンドラは言う。

 

「カサンドラ先輩……」

 

「カサンドラさん」

 

「あなた……」

 

 クラウディアとイグナーツ、ディートリンデが目を見開きつつ、心中を察したのか悲しそうな視線を向けた。

 

「一つ、聞いても良いですか?」

 

 アルは問う。

 

「なん、でしょうか?」

 

「あなたを内通者として引き込んだ者はあの中にいましたか?」

 

 目線をゆっくりと上げたカサンドラにアルは傭兵共の死体を指さした。

 

「……いいえ。私はただ、あの警備の人に合図を送れって……。あの短剣も送られてきて……それと、当日はあの傭兵の指示を聞くようにって」

 

「じゃあ面識はなかったんですか?」

 

「……はい」

 

「どうして内通者になったんですか? 何があったんです?」

 

「今となっては、わかりません……。最初は、『いつも応援してる』って稽古の間にお昼を食べに行った食堂で声を掛けられて……」

 

「男ですか? 女ですか?」

 

「女性、でした。私、主演やったことなくてあんまり目立たったことなかったから、嬉しくて……『ありがとう』って」

 

「それからその女とは?」

 

「ちょくちょく会うようになって……その人、仕事で色々悩み抱えてるって。その悩みが私の悩んでることと似たような悩みだったから、すぐに仲良くなったんです」

 

「……それで?」

 

「色々お互いの悩みを打ち明けたら、『どうせなら鬱憤を晴らしてみない?』って……ほんのイタズラだって」

 

「……それでどうしたんです?」

 

「ただの想像だって、最初は思ってたんです……でもその人、やたらと私に親切で、話を聞いてる内に気付いたら内通者として動くことが凄く軽く感じて……。どうして、私あんなこと……」

 

 カサンドラが涙を流し続ける。

 

「そうですか」

 

 アルは龍牙刀を引き抜いた。

 

 オスヴァルトを始めとした役者陣が目を見開く。

 

「ちょ、ちょっと”鬼火”さん!」

 

「待ってください」

 

 慌ててオスヴァルトが引き留めようとするのを、ラウラが腕を引いて止めた。

 

 カサンドラは透き通るような空色の刀身を見つめ、

 

「……よく、斬れそうですね。英雄譚に出てくる、剣みたい」

 

 と呟く。

 

「ええ、俺の一番の武器です」

 

 アルはそう言って轟! と、一文字に薙いだ。

 

「ま、待って!」

 

 オスヴァルトの制止する声が届くも、遅すぎる。

 

 しかし、カサンドラの首が落ちることはなく、また刃が最後まで振り抜かれることはなかった。

 

 なぜなら――……

 

「クラウ、ディア? どうして?」

 

 クラウディアがカサンドラを庇うように抱き着いていたからだ。

 

「私にとってカサンドラ先輩はいつも場を明るくしてくれる先輩なんです。私が劇団に入ったときも『貴族の娘に辛い稽古が熟せるわけがない』って陰口を叩かれたり、常識知らずだったから最初は浮いてました。

 でもカサンドラ先輩は『気にしてちゃダメだよ』って、『新しい仲間だね。稽古はきついけど一緒に頑張ろう!』って言ってくれたんです。

 

 覚えてますか? あの言葉に当時の私はすごく救われたんです。だから一回くらい裏切られたって私は気にしません。あの時救われた分、今度は私がカサンドラ先輩を救ってみせます。

 だから、死なないでください。死のうとしないでください。まだ私、先輩と名前付きの役で共演してないじゃないですか」

 

 威圧感を放つ龍牙刀を前に震えながらもクラウディアはカサンドラに語り掛ける。

 

「私……は……」

 

「カサンドラさん、俺は処刑人でも兵士でも、ましてや英雄でもない。ただの武芸者です。あなたを裁くことはできない。あるいはあなたが、さっき俺が斬った悪党のように悪意を振り撒く人なら……迷いなく、請われることもなく、すでに斬ってたのかもしれません。

 

 ですが、優先護衛対象(クラウディアさん)から身を挺して守られているあなたは、とてもそんな人には見えない。きっと斬られるべき人じゃないんだと俺は思います。だから斬りません。俺の剣は奪わせない為、守る為に振るうと決めてるんです」

 

 アルはそう言って龍牙刀を紅桜色の鞘にスッと納めた。

 

「あ、あ、わた、しっ……ごめんなさい、クラウディアっ! ごめんっ、ごめんなさい、団長っ、皆っ……ごめんなさい……っ!」

 

 カサンドラは泣き崩れてクラウディアにしがみつく。

 

 そこへディートリンデが飛び込むように駆けて行った。

 

「バカね、もう。悩みなら聞いてあげたのに……! もうこのおバカ!」

 

「ごめんなさい、リンデさんっ! 腕、怪我させて、イグナーツ君もごめん……! 顔、火傷させちゃって、ごめんなさい……っ!!」

 

「何言ってんすか! 森人族のお嬢さんに治してもらってるから大丈夫っすよ! 痕が残りそうなら実家に治療代金ねだるんで! なんせ僕、良いとこ出ですから!」

 

 ぐすぐす謝り続けるカサンドラにイグナーツは右半分を覆われた顔で爽やかに笑ってみせる。

 

「この、ボンボンっ! それと、庇ってくれてありがとね。カッコ良かったわよ」

 

「なんかリンデさんがしおらしいのちょっと怖いです」

 

「なんですってぇ!? もっぺん言ってみなさいよ!」

 

「もう戻った!? やっぱさっきのリンデさんでお願いします!」

 

 わーぎゃーと騒ぎ始めた主演役者達。

 

 オスヴァルトは涙を一つ溢してアルへ向き直った。

 

「”鬼火”さん、ありがとう。最初から斬るつもりなんてなかったのね?」

 

「ええ。人殺しなんて反吐が出るほど嫌いですから」

 

 アルはそう言いつつ肩を竦め、

 

「それより、カサンドラさんを内通者に仕立て上げたらしい女。非合法の傭兵組合の手の者と考えた方が良さそうですね」

 

 眉を顰めた。

 

「そうね。何か薬でも使って判断力を鈍らせたのかしら?」

 

 オスヴァルトもカサンドラの言葉が引っ掛かっていたらしい。

 

 内通者になることへの罪悪感が軽かったとカサンドラは言っていた。

 

 報酬があるわけでも、脅迫したわけでもないのに成人しているカサンドラを丸め込んだ手腕。

 

 とても真っ当な手段とは思えない。もしくは天才的な詐欺師の才でもあるのか。

 

「もしくは、そこで氷漬けになってるド三流みたいに”異能”を使ったのかもしれません」

 

 アルは四肢を切断され、凛華の冰でガチガチに固められたシメオンを見る。

 

「だとしたら厄介極まりないわね。本業が忙しくなりそうよ」

 

 オスヴァルトがそう言うと、アルは気の毒そうな顔を返した。

 

 そこに三人娘が突撃してくる。

 

「アルー、今のカッコ良かったねぇ」

 

「カァー!」

 

「翡翠も褒めてるわよ?」

 

「泣いてる人斬るなんて寝覚めが悪い真似できないよ」

 

「アルさんらしいです」

 

「お、乗務員と機関車側で連絡ついたみてえだな」

 

「そのようだ。しかし、四等車と五等車を斬り刻んで谷底に落としたとは……なぁ、後で莫大な請求が来たりしないだろうな?」

 

「「よせ、ソーニャ。考えないようにしてるんだから」」

 

「オレらにも来んのかな?」

 

「ディーくん、その時は王国にでも逃げよう」

 

「それしかねえな」

 

「もしそうなったら全部ほっぽり出して俺達も逃げよう」

 

「「「「さんせーい」」」」

 

「ぷっ! ふふっ」

 

「支払うという選択肢はないのだな……まぁ、私もないが」

 

 すっかりいつもの調子に戻った”鬼火”の一党と『紅蓮の疾風』がしょうもない言葉を交わし合う。

 

 ――彼らがいなければ今頃は……。

 

 オスヴァルトは心中で何度目かわからない感謝を述べた。

 

 勇敢な警備は失ってしまったが、結果として役者陣は誰一人欠けていない。

 

 乗客にも死者はおろか重傷者すらいないそうだ。

 

 間違いなくこの年若い武芸者達の奮闘がなければ実現しえない結末だったであろう。

 

 

 

 慌ただしく動き回る乗務員達や、事情を知らずに巻き込まれ、騒ぎの収束を感じ取ってザワめく乗客達、そして襲撃を収めた二党とオスヴァルトを含める護衛対象を乗せた魔導列車は、それから程なくして目的地である帝都駅へとようやく辿り着くのであった。

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