日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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「小説家になろう」に最新話を、「カクヨム」にて同作を章ごとに、こちらへは定期的に更新していく予定です。


断章14  斬影の蒼き灼剣

 芸術都市〈トルバドールプラッツ〉にもそろそろ本格的な冬が訪れようとしていた。

 

 今は12月の中旬。

 

 帝国南部でも比較的北の方に位置する〈トルバドールプラッツ〉はラービュラント大森林に近いこともあって、冷たい風がひゅうひゅうと吹いてくる。

 

 そろそろ新年を迎えるということで住民達の中にはどうにも弛緩した雰囲気が漂っていた。

 

 オスヴァルト・ディヒター率いる劇団の専用劇場前。

 

「ディヒター卿、此度は御招き頂いて感謝します」

 

 アルクスの叔父トビアス・シルトは自分より10歳以上年上の瀟洒な雰囲気を漂わせた男性へ礼を告げる。

 

 同じ伯爵位を頂いていても年季が一回りは違う。

 

 年上への礼儀を知らぬトビアスではなかった。

 

「うちの者達が強く熱望していてな。むしろ感謝したいのはこちらだ。ところでシルト卿、そちらの御婦人方は……? 只ならぬ強者の気配はするが」

 

 若々しいトビアスの後ろには冬の装いに身を包んだ彼の妻リディアと娘イリス。

 

 無論、オスヴァルトの言う御婦人方とはその二人のことではない。

 

 かと言ってトビアス達の護衛についてくれている6名の武芸者のことでもない。

 

 イリスと仲が良いのか、彼女の肩に手を置いている銀髪の麗人とその隣にいる艶やかな黒髪を靡かせた、これまた麗人と呼べる女性二人のことを言っているのだ。

 

 オスヴァルトの見立てではどちらも魔族だ。

 

 散らしてはいるようだが並々ならぬ魔力を発している。

 

「ああ、今回ディヒター卿の御招きを受けた時点でお呼びした当家の客人です」

 

 少々背筋を正したオスヴァルトの問いかけにトビアスは穏やかな笑みを浮かべて答えた。

 

 すると紫がかった黒髪の麗人が軽く会釈をして先に口を開く。

 

「お初にお目にかかる。儂はヴィオレッタと云う――お気づきの通り魔族じゃ。此度は弟子と教え子達が恩を受けたということで礼を言いに参った次第での」

 

 次に銀髪の麗人が、

 

「お初にお目にかかります。トリシャと言います。息子と友人の子供達がお世話になったそうで。あっ、私も魔族――龍人族です」

 

 と挨拶をした。

 

 ――龍人族!?

 

 オスヴァルトはその挨拶にこれでもかと言うほど目を見開く。

 

 彼にとって龍を連想する若者は一人しかいない。

 

「もしや、その弟子と息子というのは”鬼火”さん――いえ、”鬼火”殿のことでしょうか?」

 

 つまりは”鬼火”の一党を率いていた”灰髪”に変わる青年のことだ。

 

 オスヴァルトどころか劇団員達の記憶にも新しく、印象も深い妖異な雰囲気をした若い武芸者。

 

 よくよく見ればトリシャと呼ばれた女性と顔立ちがよく似ている。

 

「わぁ、アルってば本当に”鬼火”って言われてるのねぇ」

 

 トリシャはかつて自分も”銀焔”と呼ばれていたこともあって「やっぱり親子ねぇ」と言うようにしみじみと感想を溢した。

 

「そのようじゃの。オスヴァルト殿の言う通りアルクスは儂の弟子、そしてこのトリシャの息子じゃよ」

 

「なんと……! であれば、礼を言わねばならぬのはこちらの方です。彼らがいなければ今頃私が冥府にいたことは確実。恩を受けたなどと、私は帝都で彼らの物件探しを手伝った程度で――」

 

「それでも恩は恩じゃよ、オスヴァルト殿。流れ者の自分達では到底借りられそうもない物件を、貴殿の口添えのおかげで驚くほどすんなり借りられた、と手紙に記してあったでな。あやつらに代わり礼を言わせてもらおう」

 

 言い募るオスヴァルトを押し留めてヴィオレッタは感謝を告げる。

 

「いえ、そんな。私の命だけでなく大勢を救った彼らから礼を言われるなど」

 

 恐縮頻りのオスヴァルト。

 

 助け舟を出すべくトビアスは話題を転換させることにした。

 

「そのアルクス君達は……やはり来ていないのですか?」

 

「ぬ、ああ、うむ。少々忙しいとかで丁寧に断りの手紙が届いたぞ」

 

 心底残念そうにオスヴァルトが答えると、

 

「そうですか。それは残念です」

 

 トビアスも苦笑いを返したものの、おそらく理由はきっとそれだけではなかろうと見ていた。

 

 ――これは来ないだろうなぁ、アルクス君達は。

 

 その理由は現在イリスが持っている上等な質の厚紙に印刷されている内容に起因している。

 

 そこに載っているのは今回オスヴァルトが招待した舞台の演目について、力強い文章と写真が描かれていた。

 

 要は演劇のチラシだ。

 

 魔導写影器によって撮られた俳優は白く染められた髪にどこかで見たことのある反っている剣を持ち、彼の胸元にはこれまたどこかで見た朱い髪の女優が頭を預けるようにしてデカデカと載っている。

 

 知っている人が見れば即座にアルとラウラを連想するであろう。

 

 ちなみに俳優の方はイグナーツ、女優の方はディートリンデである。

 

 今回オスヴァルトにトビアス達が招待された理由がこれだ。

 

 

 

 半年ほど前に起きた魔導列車襲撃事件――前代未聞の事件となった件の襲撃について。

 

 その真相と解決に導いた武芸者の活躍を、一般人向けにわかりやすくした現代英雄劇として実際に被害に遭った劇団員達がやるというある意味貴重(レア)な芝居をするのだ。

 

 脚本は狙われた当事者であるクラウディア。

 

 彼女はどうやら”鬼火”の一党に痛く感銘を受けたらしく、帝都での公演を終えると半月ほどで脚本を書き上げてオスヴァルトに提出してきた。

 

 当時のオスヴァルトは驚愕に目を剥いたものである。

 

 精神的外傷(トラウマ)になっていそうな出来事を自ら掘り起こしてくるなどとは思ってもみなかったのだ。

 

 おまけに劇団員達もやたらと乗り気。

 

 特に一等車に乗っていた者達は全員が「やりたい」と言って聞かなかった。

 

 そこでオスヴァルトは決断した。

 

 事件の規模からどうせ好き勝手に新聞や週刊誌、月刊誌に長期間取り沙汰されるのだからこちらからバラしてやろうじゃないか、と。

 

 勿論、現代劇なので細かな部分や伝えるには難しい部分はぼかすが、極力真実をそのままに演じようということで話は纏まった。

 

 それから更に半月と少し。

 

 劇団員達は当時魔導列車の乗務員をしていた者へ取材しに行ったり、クラウディアにとって初脚本ということで拙いところを修正したりと忙しない日々を乗り越えて脚本は上がることとなった。

 

 それから更に3か月。

 

 劇団員達は、主演に決まったイグナーツが「彼らの活躍をそんじょそこらの演出で表現したくない」と主張したので、手探り状態でアルの言っていた演劇に重きを置いた殺陣を作りながら稽古漬けの日々を送ることになった。

 

 そして今日がその初公演日。

 

 また、当然ながらこの事件について南部貴族で集会が開かれた際、パトリツィア・シュミット侯爵がオスヴァルトへ「かの”鬼火”はトビアス・シルト伯爵の甥御だぞ」と教えた為に今回トビアス達は招待されたのである。

 

 また招かれたトビアスはトビアスで「さすがにこれは呼ばないとね」ということで、ヴィオレッタとトリシャを招いたのだ。

 

 本当は他の魔族組の両親達も呼びたかったのだがあまり目立ち過ぎるのも考え物だろうということで今回はこの二人だけである。

 

「楽しみですわね! 兄様達があの事件でどう活躍したのかが見れるのですから!」

 

 イリスはかなりワクワクしていた。

 

 なにせあの6人の活躍が舞台化されたのだ。楽しみに決まっている。

 

「くく、そうじゃのう」

 

 ヴィオレッタは悪戯好きっぽい笑みを浮かべてイリスの頭を撫でた。

 

 間違いなくアル達は気恥ずかしいという理由で断ったのだろうことは想像に難くない。

 

「うわぁ……まじか」などと言っているアルの姿が目に浮かぶというものだ。

 

 尚、実際には「「げえっ……!?」」(アル、マルクのハモり)である。

 

 ちなみにこれをアルの中から見ていた長月は「ぶはははははっ! おま、このポスター、”スター〇ォーズ エピソード2 クローンの攻撃”かよ! あははははっ!」とゲラゲラ笑っていたそうな。

 

 また主演のアルクス役をイグナーツ、ラウラ役をディートリンデ。

 

 そしてクラウディア役がなんとあのカサンドラ、更にカサンドラ役がクラウディアとなっている。

 

 カサンドラは当時、襲撃事件の取り調べを受けることになったのだが、やはりアルやオスヴァルトの見立て通り外法によって内通者に仕立て上げられていたらしく、自身を裏切者として貶めた女について不自然なほど記憶に欠落があった。

 

 ゆえに彼女も被害者としてお咎めを受けなかったのである。

 

 それでも罪悪感に駆られたカサンドラは意を決して劇団を抜けようと試みたのだが、オスヴァルトやクラウディアの懸命な説得があって今も劇団役者として活動している。

 

 今回の演目は彼女の復帰作でもあるのだ。

 

 

 * * *

 

 

 貴賓席は舞台の正面2階にあり、今回はシルト家の若夫婦と長女、魔族の二人及び護衛の『黒鉄の旋風』6名の計11名で貸切だ。

 

 生まれたばかりのシルト家の長男はシルト家の先代夫婦ランドルフとメリッサが面倒を見てくれている。

 

「さっきはああ言ってましたが、アルクス君達はたぶん忙しくなくても来なかったでしょうね」

 

 リディアはクスクスと笑った。彼女とてアル達のことはよく知っている。

 

「うん、そうだと思うよ」

 

 頷くトビアス。

 

「なぜですの? いらしたら良かったのに」

 

 イリスは残念そうだ。

 

「ふふ、恥ずかしいのよ。まさかお芝居になるだなんて思ってもみなかったでしょうしね」

 

 トリシャは上機嫌でイリスのチョコレート色の髪を撫でた。

 

「じゃろうな。あやつらは、ただでさえ終わったことはポイッと投げ捨てる癖があるからのう。まさか拾い集められて物語にされるなぞ夢にも思っとらんかったのじゃろうよ」

 

「手紙にも書いてなかったものね」

 

「『元気です、帝都につきました』としか書いておらんかった。あれでは報告書じゃ、まったく」

 

「ほんにどうしてくれようかのう、あやつらは」とヴィオレッタが結べば、トリシャも困ったように溜息をつく。

 

 護衛についていた『黒鉄の旋風』は苦笑いするしかない。

 

 つい先日、只ならぬどころか絶対勝てそうもないこの二名がシルト領の領主屋敷にやって来たときはギョッとしたものだ。

 

 更にアルの師と母であると聞いたときはその若さと美貌に顎が外れんばかりに驚いた。

 

 凛華とシルフィエーラがアルの母は美人だと言っていたがこれほどとは思ってもみなかったのである。

 

 驚愕から立ち直ったプリムラやハンナ、エマが一番に行ったことは、二人に若さと美貌を保つ秘訣を熱心に聞き込んだことであるというのは言うまでもないことであろう。

 

 尚、アルの平時の性格があんななのも納得したとのことだ。

 

「あら、暗くなりましたよ」

 

「そろそろ始まるみたいだね」

 

「おお!いよいよですわね!」

 

「お芝居なんて昔に一回見たくらいかしらねぇ。確か実際に起こったことをほとんどそのままやるのよね?」

 

「そう聞いておるよ。狙われた令嬢本人が脚本を手掛けたそうじゃ」

 

「凄いのねぇ。役者魂ってやつかしら?」

 

「うむ。きっとそうなのじゃろう。あやつらの活躍が知れる良い機会じゃ」

 

「帰ったら水葵達にしっかり伝えなきゃね」

 

「勿論じゃ」

 

 そんな会話に興じている内に舞台の幕は上がったのだった。

 

 

 * * *

 

 

 ”灰髪”になったらしいアルクス――劇中では『イルリヒト』役のイグナーツは凛華役らしき黒髪の女性を胸に抱き寄せ、首筋に血管を浮き上がらせて大音声を発する。

 

「無辜の民を狙う賊共よ! 貴様らの欲しがっていたモノをくれてやる!」

 

 そう言うと魔術を発動させた。

 

「万象を引き寄せる魔力の『蜘蛛網』よ! 我が意に応え、悪を打ち払う、巨人の腕を今ここに!」

 

 氷によって纏まっていた細かな鉄屑の塊が浮き上がってガチャガチャと集まっていき、巨大な鉄の腕を象っていく。

 

 勿論、小道具ではあるし、後ろでは演出専門の術師達が必死に本当の魔術を用いている。

 

 それでも舞台の8割を占める巨大な腕は観客達に思わず「おお……!」「わぁ……!」と感嘆の声を上げさせた。

 

 苦し気な声を上げつつイグナーツ――否、『イルリヒト』は獅子吼する。

 

「卑しき賊共よ! 存分に受け取るが良い! うぉおおおおおおおおお――っ!」

 

 『拡声の術』が組み込まれている小型音響装置(マイク)のスイッチをあえて切り、迫真の雄叫びを上げるイルリヒト。

 

 ビリビリと鼓膜を打つ魂の叫びに観客達が息を呑む。

 

「「「ぎゃああああっ!!?」」」

 

 馬車で追ってくる如何にも汚らしい賊共が、観客の頭上を通ってブウン! と薙ぎ払われた”巨人の腕”によって吹っ飛んでいく。

 

 観客達が迫力と展開に歓声を上げた。これが実際にあったというのだから熱も上がろうというもの。

 

「さぁ、仲間を! シュネー嬢を! 救いに行こう!」

 

「ええ! 急ぎましょう!」

 

 そして走り出す二人。

 

 場面が転換する。

 

 三等車の先頭では獣の腕を持つ青年――マルクガルム役と、耳の尖った森人少女――シルフィエーラ役の二人が髪を乱れさせる強風を気にした様子もなく、必死になって分断された列車の先頭へ追い付こうと魔術を操っていた。

 

「ぐ、くう~っ……!? お、重いっ!!」

 

 車両四つと乗客全員をその腕一つに引き受けた獣腕の青年はギチギチと歯を食い縛る。

 

 しかし、キッと前を見据えて気炎を上げた。

 

「けど、まだだ! 俺達に諦めるなんて選択肢はない!」

 

「うん! その通りだよ! 絶対助けてみせるんだから!」

 

「はっ!? 軽くなったぞ!」

 

「イルリヒトがやったんだ!」

 

「俺達も気合い入れなきゃな!」

 

「うん!」

 

 まずい状況に陥っているなかでも希望を捨てない武芸者達を乗せた車両が徐々に、徐々に加速していく。

 

 思わず拳を握り込む観客達。

 

 そこで前半――午前の部は終わった。

 

 

 * * *

 

 

 興奮冷めやらぬ観客達が「はぁ……!」と息をつき、顔を見合わせてザワザワと喋り出す。

 

「あれがマジで起こったんだろ? やっべえな……!」

 

「すっごい演出……! 悲鳴上げかけちゃったよ」

 

「俺さ、実はあの列車乗ってたんだ。四等車に」

 

「ええっ!? うそ、じゃあイルリヒトの活躍を――」

 

「見てた。本物はあれよりももっとこう、呑み込まれるような雰囲気があったぜ。四等車と五等車をあっという間に切り刻んで、そんでもってあのデッカい腕でグワッとクソったれ共を谷底に叩き込んだんだ。 

 

 けど、あの役者達も凄えよ。特徴をよく捉えてるし、あの気迫もまるで本物だ。観に来て良かったぜ。 こっからは俺らじゃ知りようがねえからな」

 

「にしてもまさか魔導具切ってあんなに声が通るなんて……って、あ、そっか。 あの役者さん達にとっては恩人だから――」

 

「たぶんそうなんだろうな。いつもだって良い芝居するけど、今回は気合いが全然違う」

 

「とりあえず、後半も楽しみだね!」

 

「だなぁ!」

 

 用を足しに行く者、同席している者と熱心に話し込む者で溢れている。

 

 

 

 そんな観客達を階下に見ながらトリシャはふぅっと息をついた。

 

「今のお芝居って凄いのね! って思ったけど、あれアル達が本当にやったことなのよね? 危ないことばっかりしないでもらいたいんだけど。ていうか大丈夫だったの? 列車斬っちゃって。借金とかないわよね?」

 

 まさか列車を斬って谷底に落としたなんて露も知らなかったので衝撃が大きい。

 

「あったら今頃帝都におらんじゃろうな」

 

 そう返しつつヴィオレッタも渋い顔をしている。

 

 素晴らしい芝居であることは疑いようもない。

 

 そこに一切の世辞が要らぬことは確かだ。

 

 しかし弟子や教え子達がやったと聞くと途端に「なんちゅう危ないことに首を突っ込んどるんだ」と微妙な気持ちになる。

 

「凄いですわカッコいいですわ流石ですわ!」

 

 イリスは従兄達の活躍を大迫力で見せてもらえて大興奮だ。

 

「鋼業都市でも大概だったんだけどねぇ」

 

 駆け寄ってきたイリスの頭を撫でつつ森人弓術士プリムラが言うと、

 

「乗客達の証言を元にしているのだろう? セリフ回しは多少改変されているようだが、戦闘中のアルクスなら似たようなことは確かに言いそうだ」

 

 森人剣士ケリアはうんうんと頷いた。

 

 穏やかに見えてアルは戦いとなると好戦的になるし、役割として挑発的な言動を時折取るのだ。

 

「僕の甥っ子は凄いだろう? って素直に言えたら良かったんだけどね」

 

 むしろあの役者がアルであって欲しかったものだ。

 

 帝国での保護者を自負しているトビアスが叔父としてそう言うと、

 

「そうですねぇ。ですがあの勇気こそがアルクス君達の強さでしょう? あのイルリヒト役の方はきっと面識があるのでしょうね。多数の乗客達の命を前に葛藤しているところもよく表現されてますよ」

 

 リディアが優しく夫の肘を叩く。

 

 一般的な英雄譚では、どこまでも強く、どこまでも前向きな、自信に溢れる英雄を表現することが多い。

 

 しかし今回の芝居では、英雄役であるイルリヒト達が実在する人であることを示す為なのか、言葉を荒げたり、扉に拳を叩きつけたりと焦りや葛藤をよく表現していた。

 

 だからこそ観客達には決意や勇気がより一層伝わり、実感が湧くのだ。

 

 かつて存在した英雄(超人)の物語ではなく、等身大の人(英雄)が成し遂げた偉業なのだと。

 

「にしてもどんな術使ったのかしら? 列車って空の車両一つだけでもめちゃくちゃ重たいでしょ?」

 

「さぁ、なんか新しい魔術でも開発したんじゃね?」

 

 『黒鉄の旋風』副頭目ハンナが頭目兼恋人のレーゲンと首を捻る。

 

「そうではなかろう。十中八九、『念動術』じゃよ」

 

 答えたのはヴィオレッタだった。

 

「「「「「「『念動術』!?」」」」」」

 

 『黒鉄の旋風』の面々が驚愕する。声こそ上げなかったがシルト家の3人も「へ?」と口を開けている。

 

 トリシャだけは「あー……なるほどねぇ」と納得した。

 

「『念動術』ってそんなに強力な術でしたの?」

 

 イリスが問いかける。彼女にとって『念動術』とは、細かい調整が効きやすい初歩的な術だ。

 

「使い方によってはの。単純明快であるからこそ応用の幅が広いのじゃ。特にアルは一番最初に覚えた『念動術』を多用する癖があるからのう。そして『念動術』の第一術式は重力に作用する術式――大方、炎を噴き出すだけでは足らぬと見て、弄った術式をマルクに預けて車両の加速に用いさせたのじゃろうて。

 

 あとは確か……『蜘蛛網』と言うておったかの? あれも儂が荷運びを面倒臭がって作った『念動術・括束』を咄嗟に改造して術式対象を細分化させたと見て間違いあるまいよ。その後、ギュっとひと纏めにして、殴るついでに捨てたのじゃろうな」

 

 アルの師だけあって何をやったのかほぼ見当がついているらしい。

 

「ほぉほぉ! さすがは兄様の御師様ですわ! お見通しですのね!」

 

 イリスはキラキラした目をヴィオレッタに向けた。

 

 艶やかな黒髪の麗人はクスクス笑う。

 

「あやつは物理現象を起こすのではなく、自然法則そのものに干渉する術を好む傾向にあるでの。知っておると想像しやすいのじゃ」

 

「なんか随分手慣れてるわね。どれだけ面倒事に巻き込まれてるのかしら、あの子」

 

 トリシャはいっそ憮然とした顔だ。

 

「はぇ~芝居見ただけでわかるなんて、凄い人に教わってたんだねアルクス」

 

「ヴィオレッタ様相手ならあいつも形無しなんだなぁ」

 

 感じ入ったような様子の双子、エマとヨハン。

 

「あ、そうだ。レーゲン、先程の薙刀使い役と魔銃使い役がいただろう。あれが我らに憧れて武芸者になったディートフリートとレイチェルのことだぞ」

 

「気付いてるに決まってるだろ」

 

 ケリアがせっかく教えてやったのにという視線をレーゲンに送った。

 

「……な、何だよ」

 

「レーゲンはむしろそっちを楽しみに来たのよ?」

 

「そ、そんなわけねえだろ」

 

 しどろもどろなレーゲンを見てハンナが可笑しそうに笑う。

 

 そうこうしている内に後半が始まった。

 

 

 * * *

 

 

 後半はラウラ――『エッダ』役のディートリンデが騎士少女(ソーニャ役)の仲間と臨時で組んだ友人の魔導技士(レイチェル役)、そしてオスヴァルト役の線の細い男性と護衛をしている警備役の者達と共に必死で戦っているところから始まる。

 

 しかし、敵は”異能”使いの邪悪な男率いる多数のならず者。

 

 彼女らの奮闘空しく少しずつ警備が倒れていく。

 

「ハハハッ! 諦めなっ! おいてめえら! 面倒な小娘共を先にやっちまえ!」

 

 ”異能”使いが哄笑を上げ、戦えず怯えるだけの役者陣を守っている3人の少女達へならず者共が殺到した。

 

 直接襲われた者がシメオン役をしているだけあって凶悪そうな”異能”使い。

 

 少女達は”異能”使いとならず者共にとうとう手傷を負わせられてしまう。

 

 頭から血を流し、頬を斬り裂かれてフラつく少女達。

 

 それでも気丈に前を向き、彼女らは決して武器を手放さない。

 

 戦う意志を捨てない。

 

 観客達がゴクリと息を呑む。

 

「絶対に、守ってみせる!」

 

 凛とした声音でエッダが決意を発し、

 

「その通りだ! 数が多いだけの雑兵など我らの敵ではない!」

 

 ソーニャ役の女優も盾を掴んだまま吼えた。

 

「うん! 守り切る! きっと……!」

 

 仲間達が間に合ってくれるから。

 

 レイチェル役の女優も使えなくなった左腕を庇いつつ、銃をならず者共に向ける。

 

 それからは怒涛の展開だ。

 

 使い魔の魔獣がやってきたことで形勢を立て直す少女達。

 

 しかし、”異能”使いは役者陣の中に内通者を潜り込ませていたのだ。

 

 観客達が驚愕と息つく間もない展開に静まり返る。

 

 しかし裏切者は決して望んで内通者となったわけではなかった。

 

 そのせいで”異能”使いの思惑は未遂に終わり、怒りに駆られた”異能”使いは裏切者の女優を始末しようと大振りの剣を振り上げる。

 

 迫る絶望。間に合わないタイミング。観客達が手に口を当てて舞台を凝視する。

 

 しかし観客達が目を背けてしまいそうな絶望は訪れなかった。

 

 轟音と共にイルリヒト達がやってきたのだ。

 

 爛々と燃える瞳でイルリヒトが言い放つ。

 

「遅くなってすまない。後は俺達に任せろ!」

 

 観客達が「おお……!」と堪え切れぬ歓声を漏らした。

 

 獣腕の青年と薙刀を担いだ青年が隣で構え、イルリヒトはあくまでも冷静に仲間達に指示を下していく。

 

 しかしならず者共はどこまでも卑怯だった。

 

「今の内だ! やっちまえ!」

 

 ”異能”に背を押され、斧や剣を手に迫る3人のならず者共。

 

 しかし落ち着き払ったイルリヒトは見事な剣技で一閃。

 

 3人のならず者を一刀のもとに斬り伏せる。

 

「……」

 

 特徴的な刀の血を払ったイルリヒトは弱り切った役者陣、卑しいならず者、そして傷つけられた仲間達に視線を向けた。

 

 次の瞬間、舞台上に火柱の如き魔力が立ち昇る。

 

 無論、演出であるのだが彼の嚇怒を表現しているらしき、蒼い光を乱反射する竜巻に観客達は息を呑んだ。

 

 そしてイルリヒトは龍の如く吼えた。

 

「踏み躙るぞ!!」

 

「「応!!」」

 

 そこからはイルリヒト、獣腕の青年、薙刀使いの青年が雄叫びを上げ、見事な殺陣を披露してならず者共を圧倒していく。

 

 新しい表現方法に観客達は魅入られポーっと口を開けた。

 

「散々卑怯な手を使っておいて貴族令嬢一人攫えなかった連中に、俺が倒されるわけねえだろ!なめるな!!」

 

 舞台が始まった当初は穏やかなイルリヒトが発するにはあまりに荒々しい、彼の怒りを表現するには十二分な台詞。

 

 格が違う。まるでそう言いたげな戦いっぷりだ。

 

「お前で終わりだ!」

 

 薙刀使いが最後の一人を打ち倒す。

 

 しかし”異能”使いは手下を隠れ蓑にして潜んでいた。

 

「バカがぁっ!」

 

 すっかり余裕のなくなった”異能”使いが元貴族令嬢(シュネー)を人質に取ろうと腕を伸ばす。

 

 だが、エッダはそれを見逃さない。

 

「させない!」

 

 助け出す代わりに囚われ、彼女の首に突き付けられる野蛮な剣。

 

 観客達が何段あるのかと言いたくなるほど急転していく展開に静まり返る。

 

 そこで、ビリッ! と蒼い炎が幾筋も奔った。

 

 イルリヒトだ。彼は心底頭に来たようで、額に青筋を浮かべ、

 

「おい……! 仲間に何してんだてめえ!」

 

 大音声でどやしつける。

 

 それに呼応して爆発する蒼い光がバァン! と一等車の窓硝子を吹き飛ばした。

 

 水属性魔力で表現されたガラスが飛び散り、観客達が「うひゃあ!?」「おおっ!?……す、すげえ」と演出に息を呑む。

 

 怒髪天を衝き、白い髪を揺らめかせたイルリヒトに”異能”使いは怯え、爆弾を取り出した。

 

「こ、この爆弾を――」

 

「やってみろよ、みっともねえ屑野郎が!」

 

 吼え猛るイルリヒト。

 

「て、てめえっ!」

 

「拾った”異能”とちゃちな爆弾握り締めて何がしたんだよ? お前にゃ似合いのブタ箱が待ってんだ。 とっとと諦めろよ」

 

「う、うるせえ!! 死ねえっ!」

 

 投げつけられる爆弾。

 

「そんなもん……効くかってんだ!!」

 

 イルリヒトが怒声と共にスパッと斬り上げを放つ。

 

 その瞬間、彼の剣から”鬼火”が揺らめくが如く蒼い光が奔り抜け、一等車の屋根を吹き飛ばした。

 

 残っているのは伝承の龍に引き裂かれたようにしか見えない無残な痕跡。

 

 イルリヒトはそのまま、呆然とする”異能”使いとの間合いを詰め、刃を閃かせながら言い放つ。

 

「俺の大事なものは何一つお前には奪わせない。これでもう仕舞いだ」

 

 エッダを片手に抱き締め、切っ先は”異能”使いへ。

 

 戦いは終わった。

 

 魔導列車を狙った襲撃事件はこうして終焉を迎えたのだ。

 

 観客達が感じ入ったようにほうっと息をつく。

 

 そしてしばしの後、裏切者の役者がイルリヒトに介錯を頼む場面へと進んだ。

 

 裏切者の女優は壊れた人形のように「殺してくれ」と呟くように頼み込む。

 

 理由があろうとも自分は敵と内通していたのだ、と。

 

 表情を動かさぬイルリヒトは柄に手を掛け、反りのある剣を引き抜いた。

 

 そして無言で刃を振るうイルリヒト。

 

 観客達が緊張に身を強張らせる。

 

 しかし、その刃は裏切者を斬ることはなかった。裏切られた元貴族令嬢(シュネー)が庇ったのだ。

 

 動揺する裏切者の女優へ、イルリヒトは告げる。

 

「俺が振るうは弱き者から大事なものを奪わせぬ救世の刃。俺は貴女のことをよく知りません。ですが仲間に庇われてる貴女は、きっと斬られるべき人ではない。だから、斬りません」

 

 それを聞いて涙を溢しながら謝罪する裏切者の女優。

 

 止めどなく涙を流す彼女に観客達も目を潤ませた。

 

 元貴族令嬢(シュネー)も潤んだ瞳から涙を溢して彼女を抱き締める。

 

 そこで後半――つまりこの演目は終幕となるのであった。

 

 

 * * *

 

 

 ナレーションによるこれが半年ほど前に実際に起こった事件であることを説明され、舞台挨拶を終え、ようやく幕を下ろした劇場。

 

「演出、めちゃくちゃ凄かったよね? 私、悲鳴上げちゃった」

 

「ああ、それもすげえけど役者達の剣捌きもやたら凝ってたよな。見入ったぜありゃあ」

 

「ちょっと、どこかでボーッとしたいかも。まだ意識が劇場に残ってるみたい」

 

「それわかる! 喫茶店でも行く?」

 

「これ、本出てないの!? なんで!?」

 

「新聞読めっつってんじゃね?」

 

「新聞なんて読んでらんないわ! 物販行くわよ! 物申してくる!」

 

「ちょ、よせよせ! 物申すのはやめろ!」

 

 観客達は興奮冷めやらぬ様子で客席を出て行く。

 

 

 

 そんな喧騒が響くなか、貴賓席では――

 

「「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」」

 

 沈黙が場を支配していた。

 

 というのも観客達とは違ってアル達と浅い関係ではないせいで、様々な感情が巡り言葉が出てこなかったのだ。

 

「とりあえず……うん。少しはアルも女の子に興味を持ってくれてるみたいで安心ね」

 

 はふぅと息をつきながらトリシャが沈黙を破る。呑気なものだ。

 

「いや、そこじゃなかろ」

 

 当然のツッコミを入れるヴィオレッタ。

 

「兄様ってあんなに荒々しい言葉を使うことあるんですのね」

 

「イリス。それも違いますからね」

 

 知りませんでしたわぁ、という娘にリディアもツッコミを入れた。

 

「ラウラちゃんもソーニャちゃんもたくましくなり過ぎよ。今度会った時はうんと褒めてあげなくちゃ」

 

「そうねぇ、その時は美味しいお茶でも奢ってあげましょうよ。激戦ばっかりだもの」

 

 ハンナとプリムラは妹のように思っている人間の少女二人を褒めちぎる。

 

「凛華ちゃん達はもう置いとくとして、ラウラちゃんとソーニャちゃんまであっち側に行っちゃってない? 私らヤバくない? ねえ」

 

「よせやめろ、口に出すんじゃない。今冷や汗噴き出してんだから、肩も揺するんじゃない」

 

 頭を抱えるヨハンと肩を掴むエマは人間組の奮闘に大いに刺激を受けたようだ。

 

「新聞で写真見た時はえらい惨状だと思ってたけどよ」

 

「まさかアルクスの魔力でああなったとは思わなかったな。あれではまるっきり龍だぞ」

 

 レーゲンとケリアはそんな言葉を交わし合う。

 

 なまじ実際の写真を見ているせいでちっとも誇張じゃないことが理解できてしまった。

 

「出てった頃より強くなったのねぇ、お母さんは嬉しいわ」

 

「あの暴れっぷり……やはり血じゃのう」

 

 やはり呑気なトリシャにヴィオレッタがジトっとした目を向ける。

 

「ちょ、ちょっとヴィー! 私は列車の屋根吹っ飛ばしたことはないわよ!」

 

「当時はなかっただけじゃろ。その代わりに大地を抉っておったではないか」

 

 ヴィオレッタのツッコミは鋭い。

 

「昔の話よ」

 

 トリシャは素知らぬ顔でのたまった。

 

「そういうところがアルにしっかり受け継がれておるから手紙に書いてこんのじゃぞ」

 

「あ! そうよ、そっちはお説教ね。『少し面倒事はあったけど無事に帝都に入りました』って書いてたわよ。少しじゃないじゃないの」

 

 トリシャとヴィオレッタが「まったくあの子達は!」と言い合う。

 

 そこへオスヴァルトがやってきた。

 

 観客達の反応が良く、顔には上機嫌だと書いてある。

 

「ディヒター卿、世辞の類を抜きにしても大変素晴らしい芝居でした。特に演出の迫力は彼らを知る者としては懐かしいものを感じましたよ」

 

 サッと立ち上がったトビアスが感想を述べると、

 

「ありがとう、シルト卿。主演のイグナーツがなかなか納得せんでな。だが、突き詰めたおかげでこれほどの完成度になったのだろうと自負している」

 

 オスヴァルトは心底嬉しそうに笑った。

 

「アルクス君――じゃないイルリヒト役の青年のことですね。特徴を捉えた良い芝居だと思いましたが納得しなかった、とは?」

 

 不思議そうにトビアスは問う。

 

 戦闘している場面の気迫は、領軍を率いるトビアスから見ても本当の兵士のように鬼気迫るものがあった。

 

「なに、かの”鬼火”殿の気迫や彼が猛るごとに上がっていく士気、そしてそれらを纏める覇気。そういったものを直接見て肌で感じ取っただけに、『ああでもない、こうでもない。これじゃ足りない』と、ちっとも首を縦に振らなかったのだ」

 

 オスヴァルトはそう言って苦笑を溢す。

 

 トビアスは「ああ」と頷いた。

 

「叔父馬鹿ではありますが、アルクス君は将器たる資質を備えていると思っておりますので難しかったでしょうね」

 

「将器か。実際に戦いぶりを見た私には到底叔父馬鹿などとは思えぬよ。追いついてくれたと思ったら、あっという間に私達の絶望を灼き尽くしてしまったからな」

 

「灼き尽くす……なるほど。演目名の『斬影の蒼き灼剣』。影とは絶望のことでしたか」

 

 謎が解けたとばかりに納得するトビアス。

 

「その通り。卿は慧眼だな。ああ、良かったら役者達に挨拶して行かぬか? 縁者となればあやつらも喜ぼう」

 

「では是非に」

 

「うむ、案内しよう」

 

 こうしてトビアス達一行はアル達の活躍を熱演してくれた舞台役者達の下へ感謝を告げに行くのだった。

 

 尚、後に舞台を観たことを知らされたアル達は全員白目を剥くことになったそうな。

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