日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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「小説家になろう」に最新話を、「カクヨム」にて同作を章ごとに、こちらへは定期的に更新していく予定です。


断章15  『不知火』の家探し

 7月も中旬を前にして、”鬼火”の一党改め『不知火』は、ようやく魔導学院に通学する際の拠点となる家を内覧しに行くことにした。

 

 すでにアルクスを除いた5名によって3軒は目星をつけていたのだが、魔導列車襲撃事件の聴取、協会への詳細報告等でアルの予定がつかなかったせいで延び延びになっていたのだ。

 

 すでにすっかり日は昇っているものの、それは夏場がゆえだろう、午前もまだまだ早い時間。

 

 ヴァルトシュタットにて最初にラウラから請けていた長期護衛依頼の依頼票を提出し、正式な6人一党『不知火』として登録を済ませたアル達6人は、その足で不動産管理商会へと来ていた。

 

 2階建てのその建物は暗い濃色に染められた建材によって落ち付いた上品な雰囲気を醸している。

 

「では、こちらがその三軒の鍵になります。一度案内はしていますゆえ場所は御存じかと思います。ごゆるりと確認下さい」

 

「あ、はい。どうも……?」

 

 住所札つきの鍵を3つ手渡してきた商会の案内人に、アルは怪訝な顔を返す。

 

(こういうのって、案内の人ついてくるもんじゃなかったっけ?)

 

 少なくとも前世の自分(長月)がマンションの一室を借りた際は不動産会社の社員が連れて行ってくれたはずだ。

 

 そんな思いが顔に出ていたのだろう。

 

 丸眼鏡をかけた中年女性の商会員は如何にも穏やかそうな顔に柔らかい笑みを湛えた。

 

「身分証明のない方であれば通常は案内がつきますが、お客様方は三等級と四等級武芸者で構成された一党です。それにオスヴァルト閣下の口添えもございます。閣下と協会を疑うような無礼者は当商会にはおりませぬゆえ」

 

「えっと……そういうもの、なんですか?」

 

 どうにも『不知火』の6名にはない感覚だ。

 

 アル以外の5人はまだ「そんなもんか」という顔をしているが、当のアルは前世の記憶があるせいで困惑頻り、いっそ恥じ入るように問い返す。

 

「帝国で登録された武芸者で三等級以上の方であれば、協会への確認が済み次第、大抵は同じ対応を取らせて頂いております」

 

 空き家に盗まれるものを置いておくことはございませんし、と商会員が告げるとようやくアルは納得したのか「えと、じゃあお借りします」と鍵を受け取った。

 

「はい。鍵の返却は当日中となっております。当商会はこの時期夜の七時まで開いておりますのでそれまでにお願い致します」

 

「了解です。んじゃ、行こうか」

 

「ん」

 

「「はぁい」」

 

「学院から近い順、だったな」

 

「おう、帰りは乗り合いでも使えば良いんじゃね?」

 

「カァー」

 

 『不知火』の6名と1羽がサッと立ち上がって商会から出て行く。

 

 商会員の女性は背筋を伸ばして彼らを見送ると、隣にいた歳の近い同僚が「ねぇねぇ」と喋り掛けてきた。

 

「あんな若い子達が三等級って、何者かしら? 見目も随分良い子達だったし。あの頭目さんなんてもうちょっと大人になったら間違いなく女泣かせな男になるわよ」

 

 間違いない、と言わんばかりの同僚。

 

「それがね、何でも新人さんの優秀な一党らしいのよ」

 

「え? 新人さんなの? てっきり熟練だと思ったわ」

 

 とは云っても武芸者登録できる年齢からあの年齢になるまでは数年しかない。

 

「オスヴァルト様が来たでしょう? 大旦那様が大慌てで対応してたから私『どういったご用件だったんですか?』って聞いたのよ」

 

「そしたら?」

 

「『あの子達の身分はこっちで証明するから流れ者への対応は取らないで欲しい』ってオスヴァルト様直々にお願いに来たらしいのよ」

 

「えぇっ、直々に? お貴族様にそんなこと言わせるってよっぽどよ?」

 

「なんでも命の恩人なんだそうよ」

 

「命の恩人? ってあれ? オスヴァルト様の劇団って魔導列車でいらした時に賊に襲われたって話だったわよね?」

 

「そうそう、新聞に載ってたあの騒動」

 

「一等車の屋根が吹き飛んじゃってたやつね、確か護衛の武芸者二党が頑張って……え? じゃ、あの子達がその賊を討伐した武芸者ってこと? うっそぉ!」

 

「たぶん間違いないわ。大旦那様、あの頭目さんがいない時に来たあのお嬢ちゃん達をお貴族様用の部屋に案内してたもの」

 

「へえぇぇ~~、雰囲気あると思ってたけどそこまでとはねぇ」

 

「ねぇ~」

 

 凄い子達もいるのねぇ、と声を揃えてすっかり井戸端会議な雰囲気を醸し出す女性の商会員2人。

 

 直後、現商会長の品の良い「コホン」と云う軽い咳払いを聞き、弾かれたように仕事に戻るのだった。

 

 

 * * *

 

 

 時刻は午後1時過ぎ。

 

 『不知火』の6名と1羽はすでに学院の最寄り2軒の内覧は終えている。

 

 ターフェル魔導学院は中央区寄りの南区に聳え立っており、1軒目はそこから徒歩5分、2軒目は徒歩8分のところにひっそりと建てられていた。

 

 どちらも2階建て。部屋数は1人1部屋計算で1軒目は丁度全員分、2軒目は2部屋余りが出る代わりに1軒目よりそれぞれの壁が薄い。

 

 風呂とトイレはどちらも1階と2階に一つずつ。

 

 また1軒目は土足、2軒目は内靴に履き替えるタイプだ。

 

 如何にも懐の侘しい学生同士で金を出し合って住むような家だったが、2軒とも凛華とラウラ、ソーニャが目星をつけるくらいには小綺麗だった。

 

 ちなみに家賃は1軒目が月81,000ダーナ、2軒目が月83,000ダーナだ。

 

 『不知火』の6名は金額を知っても「ふぅん」という反応を返して商会長をひそかに安堵させたが、これは武芸者の金銭感覚が身についている弊害である。

 

 一般的に言えば、1万ダーナという金額は充分に高い。

 

 帝国における一日の最低賃金が40ダーナだと言えば理解も出来よう。

 

 しかし、1日数百ダーナの宿を取っている『不知火』の面々からすれば「やっぱり都会だから少し割高なのかしら?」程度で収まってしまう。

 

 つまるところ高位の武芸者とは、少なくとも市井の者からすればかなりの高給取りなのだ。

 

 そんな感覚のズレに気付いていない『不知火』の6名は現在、早めに昼食を摂り終えて今は3軒目――最も学院から距離のある家を内覧すべく移動中だ。

 

「そういえばアル殿」

 

「うん?」

 

「前世のアル殿がいた都会はこんな感じだったのか?」

 

 ソーニャの問いかけにはたと立ち止まったアルは周囲を見回した。

 

 間違いなく人は多い。だが、前世日本の密集度合いに較べれば大したことはない。

 

 と云っても日本が他国と比べても国土面積に対する人口が多過ぎるのだ。

 

 更に今アル達が歩いている通りは、舗装されていない。

 

 しかし踏み固められた土の上に大きめの砂利が敷いてあるし、アルが覚えている限りでは大通りは主線に立派な石畳が組まれ、その周りにはやはり黒っぽい砂利が敷いてあった。

 

「いや、全然違ったかな。建物はもっと高いのだらけだったし、道も土瀝青(コンクリート)だらけだったよ」

 

「土瀝青……確か希少だとかなんだとか聞いたことがあります。前世のアルさんがいた世界は豊かだったってことですか?」

 

 ラウラが可愛らしく小首を傾げる。彼女が言っているのはアスファルトのことだ。

 

 というのも土瀝青自体はこの世界にもあるのだ。

 

 ただし、いわゆる人工物である石油アスファルトはない。

 

 天然アスファルトのみ、しかも使われているのは極々一部だ。

 

 ゆえに日本の現代人よりもっと細かな区別がつかないのである。

 

「世界的にはどうだか知らないけど長月がいた国は豊か、だったはず……つってもどうなんだろう? 通信技術だとか電化製品はそれこそあっちの世界に行ったら五人には”魔法”とか魔術に見えるくらいには進歩してたけど、こっちの世界の豊かとはまた違うような」

 

 アルはぼけーっと虚空を眺めながら呟いた。

 

 比較しようにも条件が違いすぎるというものだ。

 

「そんなになの?」

 

 凛華が少しだけソワソワした様子で訊ねてくる。

 

「ここから数秒もかからずにトビアスさんと会話ができるような世界だよ」

 

「えっ、会話? それは凄……いのかしら? イマイチ想像つかないわ」

 

 むぅ? と凛華が首を捻る。

 

「その世界だったら隠れ里といつでも連絡が取れるってことさ。手紙でも、音声を保存しとくでもない、そのまま会話ができる」

 

「じゃ凄いじゃないの」

 

 ようやく想像のついた凛華は青い瞳を真ん丸にした。

 

「今考えればとんでもない世界かもね」

 

 アッサリと他人事のようにアルは頷く。

 

「でも魔力使わないんだよね? なんだっけ? でんりょく~……? だっけ?」

 

「そうそう」

 

 シルフィエーラが「合ってる?」と問いかけてアルが頷くと、

 

「え、魔力を使わないのか?」

 

「えっと? それ、どういうことでしょう?」

 

 ソーニャとラウラは血の繋がりはないにも関わらず似たような表情で訊ねてきた。

 

「前世のアルがいた世界には魔力も魔素も一切ねえんだよ。だろ?」

 

 マルクは人間の少女達の反応にかつての自分を思い返しつつアルへ視線を向ける。

 

「うん、ない。だから代わりに科学や化学技術が発展しまくってる世界だね」

 

「うんと、ええと?」

 

 ラウラは困惑してきた。

 

 今まで当たり前にあると思っていたものがない世界で築かれてきた文化と言われても、簡単に想像がつくはずもない。

 

「わかりやすく言うとこっちの魔力があっちの電力、こっちの魔導技術があっちの科学技術って感じかな。ただし、あっちの人間が直接電気を操る力を持ってるってわけじゃなくて、魔導具を使うみたく間接的に操ってるって感じだね。だからこっちでは当たり前でもあっちにはないものもあるし、逆にあっちでは当たり前でもこっちにはないものなんてザラにあるよ」

 

 アルはザックリまとめて述べた。

 

 如何せん身体も人格も別の頃に体験してきたことだ。詳しく説明しろと言われると困る。

 

「ふぅむ? 例えばどんなのがあるんだ?」

 

 ソーニャは具体例を問うた。百聞は一見に如かず、とはよく言ったものだ。

 

 とは云うものの()()はできないのだが。

 

「うぅん……あぁ、こっちでは当たり前の『治癒術』があっちにはないね。だからこないだ凛華とエーラが治療した警備の人達、あっちの世界だったら半分はもうあの世に行ってる」

 

 アルが至極当たり前といった具合でそう言うと、

 

「「えっ……」」

 

 ラウラとソーニャは愕然として目を見開いた。

 

「ついでに言うと師匠の特殊な『治癒術』がなかったら俺も死んでるか、生きてても左腕に障害が残ってただろうね」

 

 病気に関する研究がこちらでどれほどのものかは知らないが、こと外傷に関しては明らかにこちらの方が発展していると言える。

 

「そうだね。ヴィオ先生には感謝しなきゃ」

 

「いつだってしてるよ」

 

 乳白色の金の短髪を揺らすエーラにアルは肩を竦めた。

 

「ねぇ? じゃあ逆は? さっきの通信……」

 

「端末?」

 

「そうそれ。それ以外では何かあっちにしかないものってあるの?」

 

 興味が湧いたらしい凛華にアルは悩み、やがて答えを出す。

 

「幾らでもあるけど……う~ん、あ、それこそ乗り物は全然違うね。車もバイクもあっちでは当たり前だけど、こっちで個人用って言ったら馬車とかくらいしかないし」

 

「そんなに違うんですか? その車と、ばいく? っていうのは」

 

 ラウラが耳慣れぬ単語に不思議そうな顔をする。

 

「うん、あっちでも昔は馬車も馬も使ってたみたいだけど今はエンジン……――えーと、こっちで言う魔導機関みたいなのを積んで、自分で運転する乗り物が主流なんだよ。長月もバイクにはよく乗ってたし」

 

「魔導機関みたいなのを自分で動かすってなんか怖いねぇ」

 

 エーラの感想ももっともだろう。魔導列車の運転手はかなり上の要職だ。

 

「うん、だから国から発行される免許がいるんだよ。その代わり持ってれば魔導列車より速く移動できるけどね」

 

魔導列車(あれ)よか速いってすげえよなぁ。時速何km(キリ・メトロン)出るんだ、それ」

 

 馬脚要らずと称される人狼族のマルクは瞬間的になら魔導列車の速度を超えられないこともない。

 

 だがそれはあくまで一瞬だ。距離にして600m程度。

 

 その速度を維持したまま走り続けることなど到底できない。

 

「一般車両でも最高時速なら百八十kmくらいは出なかったっけ? 長月のバイクは大型だったから時速二九九kmまでは表示出てたし、てーかなんでそんな速度出してんだあいつ。死ぬぞ、ああいや死んだか。別の理由でだけど」

 

 アルが呆れたような声音を上げる。前世の己のことなので酷い言い草だ。

 

「に、にひゃく……? 危なくないのか?」

 

 想像もつかないが危険そうだ。と、ソーニャが慄きながら訊ねる。

 

「危ないに決まってるじゃん、ガワは金属だし。走る凶器だよ。だから制限速度が決まってたし、破れば捕まる。それでも年に何人も事故で死んじゃってたかな」

 

 少なくとも長月の記憶ではその年の交通事故による死者が一人も出なかったなんて奇跡は一度だって起こっていない。

 

 大体、当の長月自身もその車の事故で死んだのだ。

 

「恐ろしい世界ですね」

 

「まぁ、長月に言わせればでっかい魔獣がいるわ盗賊が平然と群れてるわ、斬った張ったが割と日常的なこっちの方が恐ろしいらしいけどね」

 

 そこは価値観の相違というやつなのだろう、と心中で独り言ちるアル。

 

「魔獣、いないのか?」

 

「魔獣どころか魔物も魔族も獣人族もいないよ。いるのは動物と人間だけ」

 

「ええっ、い、いないんですか?」

 

 妹とアルの交わす言葉にラウラは自分でも思ってもみないほどの動揺を示した。

 

「うん、いない。たぶん魔力のある世界とない世界で種族の進化過程が違ってるんだろうって結論になった」

 

 今となっては懐かしい議題である。

 

 異世界の話を聞いたヴィオレッタと幼いアルの達した推論だ。

 

「人間だけか……そんな世界ならこちらのように種族がどうのと諍いが起きたりはしないのかもな」

 

 良いか悪いかはわからんが、と言うソーニャにアルはゆるゆると首を振った。

 

「ところがどっこい。あっちではしょうもない争いだの差別だのが今も続いてるよ。簡単に言うとエーラとプリムラさんが肌の色が違うってだけで本気でいがみ合ってるようなもんだね。

 

 しかも差別された側を守る為にって名目でやたらと声のデカくて面倒な団体も雑草みたいにわらわら生えてきて加害者と被害者が入れ替わったり……。少なくとも人類ってもんが生まれて二千年以上は経ってるはずなのにね。心の底から阿呆臭い」

 

 どこ行ったって人ってのは変わりゃしないのかねぇ。と、アルがしみじみと呟く。

 

 龍鱗布を着流して遠くの空をぼーっと眺める彼のその言い様はあまりに気負いがなく、また堂に入り過ぎている為か、世を儚む厭世家か皮肉屋の詩人が吐き出す倦んだ独白を思わせた。

 

「ま、俺ら魔族だって絶滅寸前になるまで血みどろの戦争やってたんだ。とことんまで失敗しなきゃ学ばねえ生き物なんだろうよ。さ、黄昏てねえで行くぞアル。もう着くぜ」

 

 パンと乾いた音をさせて友の背を叩いたマルクが前方を指差す。

 

「おぉぅっ?」

 

 額に庇を作ってアルが覗けば、そこには先ほどの2軒とは風合いの違う家が建っていた。

 

 隣の家とは不自然にスペースが空いている。

 

「もしかしてあの川沿いのとこ? なかなか雰囲気あるじゃん。行こ行こ」

 

「カァー」

 

 アルが砂利をザッと蹴立てて走り出し、黒濡れ羽の三ツ足鴉もパッと飛び上がる。

 

「おい急に走り出すんじゃねえよ」

 

「あっと、そういや翡翠の止まり木も置いてやらなきゃだった」

 

「カァカァッ!」

 

「エーラに頼んだらいんじゃね?」

 

「どうせならこう……」

 

「お前やたらと意匠に拘る時あるけどよ、下手に凝り過ぎるとエーラから文句とツタが飛んでくるぞ」

 

「……やめとこっか。普通が一番だよね」

 

「カァ~」

 

 他愛無い言葉を交わす男共と使い魔を見やってエーラが口を開いた。

 

「こういう時マルクは上手いよねぇ。男同士のサッパリした感じでさ」

 

 少しだけ羨ましそうだ。

 

「うむ。アル殿らしくない物言いだったからな」

 

 あれで妙に気は利くのだ、とソーニャがマルクを褒める。

 

「私達もあちらとこちら、二つの世界を見るとあんな感想になるんでしょうか?」

 

 だとしたら人とはなんと救いのない生き物だろうか、ラウラはそう思った。

 

「さあ、たぶん少しあてられてるのよ。列車襲撃の下手人共、思ってた以上にクズの集まりだったから。でも小さかった頃、あっちの世界にもおもしろいものはいっぱいあったって、アイツは言ってたわ」

 

 聴取から帰ってきたアルとディートフリートのげんなりした顔を思い出して凛華は冷静な意見を述べ、

 

「さ、行きましょ。エーラが気に入った家なんでしょ?」

 

 颯爽と歩いて行く。

 

「あは。たぶん凛華は気に入るよ」

 

「ふぅむ。結局どんな世界か想像がつかなかったな」

 

「いつか聞いてみたいものですね、他の事についても」

 

 そう言いながら『不知火』の女性陣4名もアルとマルクの後を追うのだった。

 

 

 * * *

 

 

 内覧3軒目。

 

 こちらはかつて住宅兼宿場――『黄金(こがね)の荒熊亭』と似たような目的で使用されていた住居だったそうで、売りに出した武芸者の両親は子が多かったことから合縁奇縁を辿って店を畳む老店主からここを譲り受けたのだそうだ。

 

 その家の隣は見事に組まれた石塁の間を流れる川が涼やかな音色をさせて走り、また不自然に空いていたスペースは宿場時代には簡素な(うまや)があったらしい。

 

「へぇ~、良いじゃんここ。あ、ここ縁側みたくなってる。隣の川から涼しい風も来るし夏場は開けとくだけでも結構違いそうだな」

 

「カァ~」

 

「それに臭くない。もっと川特有の生臭さがあると思ってたけど」

 

 アルは縁側の戸を開いて川を覗き込む。

 

 川と云っても幅が100mも200mもあるわけではない。

 

 せいぜい長めに見積もっても20mといったところだろうか。

 

 下草や木々が生えているおかげなのか、ここだけ見ると隠れ里を思い出してアルは懐かしい気分になった。

 

「帝都の河川は物流に使われてるらしくてよ、頻繁に掃除してんだと。そこも岸んとこちょっと出っ張って杭打ってあんだろ?それに舟を繋いどくらしいぜ。つっても川が浅いから底の平たい小舟らしいんだけどな」

 

 マルクは案内してくれた商会員から教えてもらったことをアルに聞かせる。

 

「はぇ~……ベネチアのゴンドラって言うより江戸時代の川舟って感じかなぁ」

 

「なんだそりゃ?」

 

「前世の話さ。似たようなことやってたみたいだよ」

 

 アルはそう言って肩を竦めた。

 

「ふぅん。ああ、そういやここが宿だった頃は舟ここに留めて呑んでいく人なんかもいたって話だ」

 

「へぇ~。『荒熊亭』みたいに裏庭もあるみたいだし、なんでここだけ最初の二軒より一万以上も高いのかわかったよ」

 

「悪くねえだろ?」

 

「ぶっちゃけここ一択。土足じゃないのも、宿だったから風呂がでかいのも高評価だよ」

 

「お前ならそう言うだろうと思った。あとは、凛華達か」

 

「少なくとも凛華はこっち側だろう、よっと」

 

 そう言いつつ龍鱗布をバサッと靡かせながらアルは縁側に胡坐をかいた。

 

「あいつら二階の部屋見て回ってんだろ? わかんのか?」

 

 ドカリとマルクも座り込む。

 

「イスルギ家と似たような感じじゃん。最初の二軒なんて忘れてんじゃない?」

 

「あぁ……言われてみりゃあそうかもな」

 

「月のどっかで家賃を稼がなきゃなぁ」

 

「今の等級なら少なく見積もって二つ、多くても四つってとこか。休日のどっかに入れるしかねえか」

 

「そんな感じかな。学費は師匠が出してくれるって言うし、助かったよホント」

 

「ヴィオ先生いなかったらマジにやばかったな。月の半分はないにしても結構頻繁に依頼行かなきゃならないとこだったぜ」

 

 縁側で呑気に涼やかな風を楽しみつつ、完全に雑談に興じ始める野郎二人。

 

 二人の中ではもうここが最善だという認識に至っているので当然といえば当然だった。

 

 台所も広いし、部屋数も充分。

 

 数年暮らすことを考えれば一番良いのは間違いなくここだろう。

 

 そのまま夜天翡翠が川沿いに低く飛んでいるのを眺めつつ、「家具どうすんだ?」とか「俺ちょっと考える事あるんだけどさ」などと話していると、

 

「アルーーーーっ!」

 

 楽しそうな大音声が響き渡った。凛華の声だ。

 

 その直後、軽やかな足取りがアルとマルクの元へと辿り着いた。

 

「アル! ここにしましょ!」

 

 うきうき顔の凛華である。

 

「ほらな」

 

 チラッと顔を見合わせてアルが言うと、

 

「お見事。さすがだぜ」

 

 参った、参ったと云うようにマルクは両手を上げてみせた。

 

「鬼人族は極東の島国出身らしいからね。ビビッとくるのさ」

 

「どしたの? あたしの話? ――じゃない! あたしはここが良いわ!」

 

 アルとマルクの会話を遮るように凛華が主張する。

 

「わかった、わかった。直接目星をつけたエーラは良いとしてラウラとソーニャの意見は聞いた?」

 

「まだよ!」

 

「なんでそれ胸張って言えるんだコイツは」

 

「我が強いのは昔っからじゃん」

 

「ちょっとアル、どういう意味よ? っていうか話聞きなさいな!」

 

「聞いてるって! わかったって!」

 

 龍鱗布をぐいぐい引っ張る凛華と押し留めようとするアル、それを助けるでもなく眺めるマルクという構図が出来上がったところで、

 

「もぉ~、凛華ぁ~? さっさと行っちゃって、無軌道暴走列車はアルだけで充分だよぉ」

 

 困り顔のエーラが顔を出した。

 

 しかし、言われた当人としては甚だ遺憾である。

 

「そっくりそのまま普段のエーラに返すよ」

 

「なんだとぉ~」

 

 エーラが迅速な動きではっしとアルに掴みかかる。

 

「わ、ちょ待ったエーラまで引っ張んないで!」

 

 ラウラとソーニャはすっかり慣れたやり取りを遠くで聞きながら部屋を見て終わり、苦笑しながら騒ぎ声の元までやってきた。

 

「すっかり寛いでるな。まだ内覧だぞ、四人とも」

 

 義妹の呆れ声。

 

 ラウラも同意しようとして、その光景に一瞬目を奪われていた。

 

 縁側に座り込んでああだこうだと他愛もない言い争いをしている彼らに、どこか温かな郷愁のようなものを感じたからだ。

 

 自分も彼らの仲間であるという事実が、なぜだか妙に心地よかった。

 

「あ、そうだ。この家はどう? ここが良いって凛華が駄々捏ねてるんだけど、ぶっちゃけ俺も賛成でさ。ラウラとソーニャの意見は?」

 

 アルは二人を振り返って問う。

 

「私は賛成だぞ。家賃は少し高いが広いし壁も薄くない。上から見た川も涼し気だった。靴を脱ぐのは……まぁいずれ慣れるだろう」

 

 ソーニャがそう告げたことで凛華とエーラが余計に騒がしくなった。

 

「ラウラは!?」

 

「賛成だよねっ?」

 

「圧掛けるのやめい」

 

 と、マルクが冷静にツッコミを入れる。

 

「二人がやるともはや脅迫だよ」

 

 と、アルに至っては失礼極まりない。

 

「「なにをぅ!」」

 

 ワーギャー言い出す魔族組にクスリとラウラは笑みを溢して口を開いた。 

 

「ええ、賛成です。というか私もここが良いです。家って感じの温かい雰囲気で、皆で住めば楽しそうです」

 

 そのラウラのわくわくしてそうな笑顔と発言に毒気を抜かれて目をパチクリする魔族組。

 

 アルは逸早く立ち直り、ニッコリ笑って一言。

 

「そんじゃ、満場一致ってことでこの家にけってーい!」

 

「「よっしゃー!」」

 

「「おー」」

 

「はいっ!」

 

「カァカア!」

 

 一斉に拳を突き上げ、直後皆で笑い出した『不知火』6名と1羽はその後、善は急げとばかりに管理商会へと赴くのであった。

 

 

 

 〈ターフェル魔導学院〉から徒歩15分。帝都南区の川沿い。

 

 かつて『()掛け宿』と呼ばれていた2階建ての家がこの土地における『不知火』の拠点となっていくのである。

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