日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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ここでは初投稿になります。読んで頂ければありがたい限りです。



また「小説家になろう。」と「カクヨム」にて同作を2~3日に1度連載投稿しております。


こちらへは定期的にある程度纏めて更新していく予定です。


14話 三つ子の魂…いくつまで? (アルクス7歳の春)

 剣の師匠イスルギ・八重蔵が稽古に重剣(じゅうけん)を持ち込んだ日から一週間ほどが経った。結局『戦化粧』を使った状態の凛華がようやく振り回せるほどの重剣は、アルクスには持ち上げるだけで精一杯のとても扱える代物ではなかった。

 

 アルにとっては”魔法”の強力さを痛感した思い出である。八重蔵もあれ以来重剣を持ってきていない。まずは”魔法”抜きでということなのだろう。

 

 凛華はどうやら重剣に何かを感じたらしく時折家では触っているそうだ。アルは心の余裕を取り戻してはいるものの、やはりその後も実りのない自分に情けなさを感じていた。

 

 

 

 そんな鬱屈しかける日々を過ごしていたある日のこと。新緑の香りと朝の澄んだ空気が入り混じり、いよいよ春の本格的な訪れを感じさせる頃だ。

 

 この日アルは母トリシャと魔術の師であるヴィオレッタに連れられて、父の墓参りへと足を運んでいた。

 

 南門から伸びる一本道は相変わらず共同墓地にのみ続いている。生い茂り始めた草木を眺めつつアルは軽く息をついた。2年前に通ったときほど息も上がらなくなってきた気がする。

 

 ちなみに去年は風邪をひいていたためそれどころではなく、母だけがさっと行って墓掃除をしてすばやく帰ってきた。

 

 ヴィオレッタは周囲を警戒しつつアルへ話しかける。

 

「以前よりだいぶ体力もついてきたようじゃの。どうじゃ?課外授業でもやるか?」

 

 子供の足では墓地まで遠い。2年ほど前は話さなければならないことがあったため時間も潰れたが今回は特にそんなこともない。研究室か訓練場ばかりでは息も詰まろうと思いそんな提案をしたのだ。

 

「やりますっ」

 

 威勢が良い弟子の返答。ヴィオレッタは機嫌を良くしつつ、何を教えようかと考えた末にまずは弟子側の疑問や質問を訊いてみることにした。

 

「では始めるとしようかの。トリシャもおるし大抵のことは教えられるぞ?何ぞ疑問に思ったことを言ってみよ」

 

「お母さんも龍人のことなら大体答えてあげられるわよ~」

 

 トリシャも花を入れた桶を片手にのんびりと言う。

 

 アルはしばしの間「んんー」と顎に指を当てて考え、思考がまとまったのか「よしっ」と言うとすぐさま師と母に訊ねた。

 

「ぼくのよく使う『風切刃』って風の”属性変化”だけじゃできないものなんですか?師匠の『念動術』とかとはカテゴリ――分類?がちがうと思うんですけど」

 

「ほぉ、いきなり良い質問じゃ」

 

 アルの質問はヴィオレッタのお眼鏡に適うものだったらしい。

 

「それでは答えようかのぅ。率直に言えば可能じゃ。『風切刃』の術式は、風を生み出し、刃型に固定、投射という3つで構成されておる。鍵語も至って簡潔じゃ。やろうと思えば属性魔力を放つだけでも問題なく出来よう」

 

「じゃあわざわざ術式に起こす理由はなんなんでしょう?」

 

 アルは即座に口を挟む。わざわざ術式を描かせて練習させたのはどうしてなのか?

 

 理論的な話は昔から嫌いだったトリシャは片手ながら聞き役と警護役を務めてくれるらしい。

 

「うむ。それはの・・・”魔法”も属性魔力も必要とせず、風の刃という現象を作り出せるからじゃ」

 

 ヴィオレッタは微笑みながら回答を口にした。

 

「っ!じゃあ適性の低い属性でも魔術が扱えれば似たような結果が生み出せるってことですか?」

 

 アルは驚きつつも勢い込んで訊ねる。

 

「うむ、そうじゃ。その様子じゃと答えはわかっておったようじゃな。それに――」

 

「魔術が廃れてない理由もそこらへんが関係してるんですか?」

 

「その通りじゃ、アル。豊富な魔力を持つ我々魔族でも魔術を使う理由。それは、大昔の魔族が生活の為に魔術を生み出したからじゃ」

 

「生活のために・・・?」

 

 どういうことだろう?いまいちピンとこないアルは首を傾げた。ヴィオレッタは苦笑しながら説明を続けていく。

 

「そうじゃ。民族同士で馬鹿な戦ばかりをしておったせいじゃよ。

 

 自分の種族は全員同じ属性がまともに扱えぬ。じゃが下手によその種族に借りも作れぬ。ではどうしようかと様々な試行錯誤の末に生まれた”技術”。それが”魔術”じゃ。当時からどの適性にも恵まれておる人間には必要なく、そもそも魔力が少なかった獣人族には縁がないものじゃ」

 

「あ・・・そか。昔は戦ばっかりだったんだっけ?やっぱり戦争っていろんな技術が生み出されるんだなぁ」

 

 妙に大人びた意見を言うアル。

 

「前世の世界でもそうじゃったのか?」

 

心当たりのあることと言えばそれだ。ヴィオレッタは迷わず問うた。

 

「はい。便利なものはだいたい戦争で使われた技術が使われてたりそれが発展してきたものが多いみたいです」

 

 航空技術や通信技術然り。アルが咄嗟に思い浮かべたものは現在の日本ではなくてはならない便利なものばかりだ。

 

「戦と技術の進歩が人の歴史とはのう。どの世界でも似たようなものとは世知辛い世の中じゃ・・・・。

 

 ま、そこは一旦置いておくとしようかの。術理の説明じゃ。

 

 属性魔力は己の魔力を直接変化させておるが、魔術は世界の理に則った物理現象を利用して同じ現象を作り出す。『風切刃』で言えば、その場にある空気を圧縮し風を作り出しておるのじゃ。ここまで言うておることはわかるか?」

 

 紙がないため頭に焼き付けるようにアルは覚えて頷く。

 

「はい。魔術はその場依存というか現象依存というか、とにかく工程をつくって結果をつくるんですね?あれ?じゃあ『念動術』は・・・?」

 

 頭のメモを読み上げるように言う弟子にヴィオレッタは訂正を入れた。

 

「惜しいの。魔術は理――アル風に言えば物理現象を()()()()()のじゃ。『念動術』は最たる例じゃな」

 

「捻じ曲げる・・・手間を加えるんじゃなくて―――えと、あ。干渉するんですね?」

 

 アル自身自覚はないが基本的な考え方は前世からのもの。理詰めで発展した世界のものだ。モノの考え方としては正しいし魔術も突き詰めれば理詰めではある。それでもほんの少しこの世界の考え方とはズレがある。

 

 修正するついでに、疑問をこの機に聞いてしまおうとアルは考え、さらに質問を繰り出した。

 

「師匠、じゃあ術式を無属性魔力じゃなくて属性魔力()()()で起動したらどうなるんですか?」

 

 属性魔力は半分以上は現象と言ってもいい。アルの炎杭など術式にぶつけた時点で霧散するだろうことは予想できる。鍵語という規則に従って魔素を並べた集合体が術式なのだから。

 

 では属性を持ちつつ、魔力の性質もある()()()はどうなのか?

 

「またまた面白い着眼点じゃな。正解は起動せぬ、じゃ。なぜなら世界の理とは、術式を通して何にも染まっておらぬ魔力――つまり無属性魔力のみを通貨としておるからじゃ」

 

「へぇ~・・・意外です」

 

 アルは率直な感想を漏らした。同規模、同属性魔力をぶつけ合わせれば規模が二乗化するのなら、術式に属性魔力もどきを流したら何か起こるんじゃないかと考えていたのだ。

 

「じゃろ?研究者たちの中でもいろいろ推測が論文となっておるよ。明確な解答は―――まぁ女神にでも聞かぬ限りわからぬじゃろうがな」

 

 そんな風に質疑応答を繰り返すうちに共同墓地の入り口がみえてきた。

 

「そろそろ着くわよ~?あんたたちほんとに魔術談議が好きねぇ」

 

 トリシャが呆れたような口調で師弟へ振り返る。

 

 アルは2年ぶりだがその時と何ら変わらない、どこかひそやかだが爽やかな風が吹き抜ける明るい墓地が3人を歓迎していた。

 

 

***

 

 

 恙なく墓参りと掃除を済ませた後、3人は帰る前に少し休もうと墓地の隅に建てられている屋外休憩所に寄ることにした。ヴィオレッタは他にも挨拶しなければならない人たちがいる、と言って今はいない。

 

 くぴくぴ水を飲んでいたアルはふと墓地の奥に規則的に並んでいる4本の石柱に目が行った。緩やかな三角錐型で形そのものもきれいに整えられている。そこにヴィオレッタが向かって行ってるように見えた。

 

 あれはなんだろう?以前は気付かなかった。そう思い口を開く。

 

「母さん、あれなに?」

 

「ん?ああ、あれは慰霊碑よ」

 

 アルの指し示す方を見てトリシャは即答した。

 

「慰霊碑?お墓に眠ってるのとは違う人たちなの?」

 

 素朴な疑問を返すアルに、トリシャは懐かしむような表情を浮かべる。

 

「そうよ。お墓に眠ってる人たちは亡くなったとき、遺体が残ってたり回収された人たちなの。あの慰霊碑は里を建てるとき、開拓中に魔獣に食べられちゃったり、移住する人たちを魔獣や聖国の追手共から命懸けで守って亡くなったりで遺体がちゃんと見つからなった人たちなのよ」

 

「・・・そうなんだ」

 

 遺体も残らないほどとはどれほど酷い状況だったのだろう。アルには予想もつかない。

 

「そう。名前くらいしか残してあげられなかったってヴィーが哀しそうにしてたわ」

 

「お花は?」

 

 父のものしか母は持っていなかったように思い問うてみる。

 

「ヴィーが供えてくれてるわ、あの人達もお母さんたちの恩人だからね」

 

 今度は寂しげな表情を浮かべながら母は教えてくれた。

 

 知り合いでもいたのだろうか?いや、きっと大勢いたんだ。

 

「そっか・・・ぼくも覚えとく」

 

 そう言ってじっと慰霊碑を目に焼き付けるように言うアル。

 

「ええ、それがいいわね」

 

 トリシャは息子の頭を撫でながら頷いた。慰霊碑の前に佇むヴィーの背中はやはり物悲しさと申し訳なさを滲ませた気配を漂わせていた。

 

 

***

 

 

 墓参りを済ませて戻ってきたアルは昼食を摂ると、終わらせていなかった日課の操魔核の鍛錬を行いに訓練場にやってきた。

 

 普段は朝方行うためどこでも構わないが、今はもう昼過ぎだ。場所を考えなくては。ぽかぽかと暖かな日差しは食後の昼寝を誘ってくるが、アルは誘惑を捻じ伏せて水をひねり出す作業に入る。

 

 顔をひと流しできるくらいの水量から多少増えたとはいえやはり少ない。水を出し、すぐさま炎弾と呼んでも差し支えない速度を持った火球を空にぶっ放していった。

 

 

 一時的な魔力枯渇状態に陥ったアルはいつも通りへたり込む。その肩を元気の良い透き通った声が勢いよく叩いた。

 

「やあアル!今日は遅いんだね」

 

「や、エーラ。朝お墓行ってたんだよ」

 

 尖った耳に小麦色の肌、乳白色を帯びた金の短髪をした元気の良い美少女。エーラことシルフィエーラ・ローリエだ。枝同士が縒り合わせてある杖を担いでいる。彼女の背丈より頭2つは長い。

 

「できたの?」

 

「そ!いつまでも練習用じゃカッコ悪いからね!」

 

 アルの問いにエーラはゴキゲンで笑った。このゴツゴツした杖に見えるものは森人族専用の弓だ。

 

 

 彼らの弓は他の魔族や獣人族、人間が扱うものとはまったく違う。特別製と言ってもいい。各人で相性の良い木を選んで自分専用に作るのだ。

 

 2〜3種類の木々を組み合わせた特殊な弓には森人が『精霊感応』で()()()した植物の精霊が宿る。樹から切り離された枝に本来精霊が宿ることはないが、森人の“魔法”があれば可能だ。他種族から見れば離れ業である。

 

 エーラの持っている弓は北の狩猟場に連れて行ってもらって選んだ梓と竹で作られたものだ。竹を取りに行くのは少々骨が折れたが、天を衝くように真っ直ぐ伸びた竹とエーラの相性が良かったことと娘のお願いに弱い父ラファルのお陰で無事に取って来れた。

 

 その後、母と姉に手伝って貰いながらエーラは自身の弓を完成させたのだ。

 

「自分専用ってかっこいいよねぇ。弦張って見せて」

 

「もっちろん!そのために来たんだから!」

 

 アルの頼みに快く返事をしたエーラは弓をグイッとたわませて弦を張った。美しいと形容できる上部のしなりをした弓を見て、アルは前世の和弓を連想する。

 

 次いでエーラは素焼きされた皿のようなものを差し出してきた。

 

「これテキトーなとこに置いて」

 

 弓の練習に使う的だ。差し出した本人は右手に薬指と小指が空いているグローブのようなもの――弓懸(ゆがけ)をいそいそ付けていた。この弓懸は前世の日本のものと違って人差し指と中指も分かれている。親指から数えて中指までの第一関節部を分厚く固めてあるものだ。

 

「りょーかい」

 

 アルはすぐさま訓練場の端―――矢を放っても人の当たらない位置に皿を立てかけに行く。

 

「じゃあやるよー」

 

 そう言ったエーラの手にはその辺から拾った枝が握られている。葉がつきっぱなしだ。

 

「ほいっと」

 

 エーラが魔力を流した瞬間――――枝がピンと伸び、続いてギュルギュルと螺旋を描いて捻じれていき、みるみるうちに矢じりと矢筈が形成される。最後にくっつきっぱなしの葉が矢羽根のように規則正しい並びへと変わった。

 

 

 枝矢を握ったエーラはいつもとは別人のように真剣な顔つきで的を見る。

 

 左手に握った弓を構え、淀みない動きで矢を番え弦を引いた。顔より後ろに弦を引いたエーラの目が鮮やかな緑に変わる。『妖精の目』だ。

 

 数瞬凪を感じさせる沈黙の後―――エーラは矢を射った。カァンッという独特の弦音とともに放たれた矢はヒュイッと風切音をさせて、立てかけてある小皿目掛けて飛翔する。

 

 的の左側から斜めに放たれた矢は、草原に吹く風を乗りこなしてクイッと滑らかな曲線を描いて――――小皿のど真ん中を割り射抜いた。

 

「おおーーっ!おみごとっ!!」

 

 アルは手が痛くなるほどの拍手を響かせる。純粋に凄い。射形も非常に美しかった。

 

 エーラのもとへアルは「すごいすごい」と褒めながら駆け寄る。

 

「すごいよエーラ!かっこよかった!普段からそうなら尊敬するのに!」

 

 ただし余計な一言が混じっていた。

 

「ちょっとアル、それどーゆー意味かな?」

 

 即座に気づいたエーラはジトッとした眼をアルに向ける。

 

「えっ?あっ・・・ううん?すごいって言ったんだよ?」

 

 大嘘だ。

 

「まったくもう。ていうかまだ終わりじゃないからね?」

 

 バレバレなアルの嘘に呆れながらエーラはそう言って数枚小皿を渡した。

 

「今度は上に投げてみて。連続でいいから」

 

「えっ?投げるって――――あっ!うん、わかった!」

 

 もしやあれだろうか?クレー射撃みたいなことが弓で出来るのか?アルは感情に従って先程と同じくらいの場所に走っていって声をかける。

 

「このくらいでいーい?いくよー?準備できたー?」

 

「ちょっと待っててー!すぐ終わるからー!」

 

 そう叫ぶエーラの目がまた鮮緑に染まり、枝葉が矢に変わる。今度は小皿の数だけ用意して、弓懸を嵌めた右手の薬指と小指に一本挟み、残りは地面に突き刺しておいた。

 

 

 ここからが本番。森人が最高峰の弓術士であるとされる最大の所以。左手の弓がその形状を()()()

 

 弓そのものの長さが短くなる代わりに太くなっていく。握りがエーラの手にフィットするように変わり、弦が緩む。

 

 エーラはさっと弦を変えて弓の底部で弦をぐるぐる巻きながら張り直した。弓の形は上下対称のきれいな弧を描いている。洋弓のような形だ。

 

 『精霊感応』による弓尺や形状の変化と風を読んで百発百中、変幻自在の矢を射る弓術が森人族の真骨頂なのだ。

 

「ばっちり!さぁボクの練習の成果を見せてあげる!」

 

 エーラはそう叫んで弓を構えた。アルは返事を聞くか聞かないかという内に小皿を勢いよく上空へ投げる。見てみたい気持ちが迸ってしまったようだ。

 

 順々に投げたのは計6枚。最後の1枚に至っては風属性魔力を使ったためポォンと勢いよく飛んでいく。

 

 エーラは一瞬だけ視線で6枚の小皿を追いかけ、すぐさま矢継ぎ早に枝矢を放った。

 

 ヒュンヒュンヒュンと次々に放たれた矢は的への直撃コースとは言えない軌道を取っていたにも関わらず―――ある1本はくの字を描くように飛んで的を叩き割り、別の1本は地面を滑るように飛んでいると思いきや急上昇して的を粉々にしていく。全てが別々の軌道だ。

 

 極めつけはアルが大きく飛ばした小皿への一射。的の進行方向とは真逆に飛翔した矢は途中でグイッと折れ曲がるように向きを変え、その後どうやったのか的を追い落とした。これだけの曲芸技を難なくこなせるのが森人だ。その種族名は伊達ではない。

 

「・・・・・・すごい」

 

 アルの発することが出来たのはその一言のみだった。風を読んだり弓や枝を変えたのは”魔法”だが後は普通の技術だ。

 

 単なる技術でこんなことまで出来るのか。瞠目するアルにエーラが楽しげに声をかけた。

 

「どーだったアル!?ボクのこと見直したでしょ!」

 

「うんすごい・・・めちゃくちゃびっくりした」

 

 和弓モードとでも呼ぶ状態の練習は幾度か見たことはあったが、ちゃんと見るのは初めてだ。感嘆してしまうのも無理はない。

 

 そんなアルを見てエーラは心底嬉しそうにするのだった。

 

 

***

 

 

 その後エーラが今まで練習用に使っていた弓をアルに渡していっしょに練習しようと誘った。無論お遊びである。森人の弓術に敵うはずもない。

 

 アルも言われた通りにやってみるがやはり難しい。和弓に近しい形の弓だからこそ素人では矢を飛ばすことすら難しい。飛ぶには飛ぶがあらぬ方向にばかり飛ぶ。一本は地面に潜っていった。

 

「違うよアル。もっとしっかり角見を効かせないと。手の内もずれてるよ」

 

 遊びのはずなのにエーラの指導が非常に厳しい。つのみなど言われてもアルはろくに知らないのだ。

 

「親指痛くなってきた」

 

早々に泣き言を言い出す。

 

「こうだよ、こう」

 

 アルの手に弓を握らせてもう一度射るように促すエーラ。バビュッと鈍い弦音と共に矢がどこかに消えた。なんであんなとこに飛ぶんだろうか?

 

「親指の皮がジンジンしてきた」

 

再度泣き言を漏らすアル。手の平にマメは出来ても親指の皮をねじられる経験はない。

 

「さっきから痛いしか言ってないよアル」

 

「難しいよ、短くしたほうの貸して」

 

アルは音を上げつつエーラの弓を貸してくれと頼んだ。

 

「ダメだよ、弓柄は人に握らせるものじゃないんだから。せっかく丁寧に鹿革巻いてるのに」

 

 しかしエーラは貸さない。これは割と当然のことだ。人が使ったせいで巻きが緩んだり剥がれたりを嫌うのは前世の弓道経験者ならわかるというものだろう。

 

「ふぅ~・・・じゃあ休憩」

 

「もぉしょうがないなぁ」

 

座り込んだアルの隣にエーラも「よいしょ」と座る。

 

「でもすごかったねぇ、エーラの弓術」

 

「あははっ、そうでしょ?ボクらの特技だからね!」

 

「いいなぁ。何が見えててあんなとこに矢を撃ってるのかわかんなかったもん」

 

 胸を張るエーラにアルはそう言った。まっすぐ飛ばせばいいじゃないかと思ったが、いつの間にか的のすぐそばまで来ているのだ。

 

「矢は射るって言うんだよ。何が見えてるかは・・・うぅんわかんないなぁ」

 

「わかんないの?」

 

「うぅ~ん。風の精霊は見えてるけど、矢を射る場所は感覚かなぁ」

 

「感覚かぁ」

 

 アバウトな回答だがたぶん本当にそういう感覚なのだろう。アルが納得しかけたとき、エーラがこう発言した。

 

「お父さんは森人の魂に根付いてるものだとか言ってたけどよくわかんないよね~」

 

「・・・・魂」

 

 アルははたと動きを止める。何かが頭を掠めた。待てよ・・・?

 

「うん?アルどしたの?お父さんの言ったことは深く考えなくてもいいよ?魂とかわかんないもんね」

 

 訝しむエーラを置いてアルの脳には濁流のように前世の記憶がフラッシュバックしていく。

 

―――――そうだった。

 

「それだよ!」

 

 紅い瞳に強い輝きを灯したアルはエーラの両手を掴み喜びを表現する。

 

「わっ!?何さ急に?てか、ち、ちかいよアル。ねえ」

 

 母親譲りのきれいな顔立ちにいつぞや見た燦然と輝いている紅い瞳。アルに慣れているエーラでも動揺して顔が赤くなった。

 

「エーラありがと!思い出したよ!なんで気づかなかったんだろ!」

 

 そう言うやいなやアルはエーラの手を離し走り出す。

 

「あっ!ちょっとアル!」

 

「ごめん、また今度!」

 

 ついていけないエーラにアルは一声返して八重蔵の下へひた走った。悩みを解決できるかもしれない。

 

 

 記憶の濁流に呼び起こされたのは――――前世の自分が幼い頃から剣道をやっていたという記憶だったからだ。

 

 三つ子の魂百まで。転生した場合はどうなのか?アルはその答えを得る為に一目散に駆けていく。

 




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