日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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ここでは初投稿になります。読んで頂ければありがたい限りです。



また「小説家になろう。」と「カクヨム」にて同作を2~3日に1度連載投稿しております。


こちらへは定期的にある程度纏めて更新していく予定です。


15話 六道穿光流 (アルクス7歳の春)

 アルクスはイスルギ家へ向けて全速力で走っていた。それと言うのもここ最近―――というか半年近く頭を悩ませていた懸案事項をシルフィエーラとのやりとりで解決できるかもしれないという糸口を見つけた――否、思い出したからだ。

 

 前世の自分は幼い時分から中学生くらいまで剣道をやっていた。なんとなく親から『何か運動でも』と勧められてやり始めただけだったが仲の良い友人ができたり運動の楽しさを知ったりと存外楽しくやっていたようだ。

 

 これが苦い記憶ならアルの印象にも強く残っていたのだろうが、いかんせん喜楽の感情というものはあっという間に記憶から流れ去るもの。すっかり忘れ去っていた。

 

 稽古でも思いつかなかったのは八重蔵の用意する武具が前世で言うところの西洋武器に分類されるものばかりだったことに加え、アル自身前世の人格を引き継いでいなかったせいだ。

 

 元が刀を扱うためのものから来ている剣道とどう見ても和製武具でない剣を扱うためのツェシュタール流では振り方から体捌きまでまるで違う。やればやるほど違和感が顕在化していき、どうにも馴染まない感覚が強くなってしまった。

 

 三つ子の魂百までとは言い得て妙だ。まさか転生後までとは思ってもみなかったがアルは半ば確信を抱いていた。きっと解決できるはず、と。

 

 

 ドンドンとイスルギ家の門戸を叩き、アルは八重蔵に呼びかける。

 

「先生、八重蔵先生いますか!?」

 

 出てきたのは凛華の母、水葵だ。

 

「あら、アルクスちゃん?急いでどうしたの?」

 

「葵おねえさんこんにちは!八重蔵先生はいらっしゃいますか?」

 

 里のルールをしっかり守りつつもアルは勢い込んで水葵に訊ねる。

 

「あの人なら鍛冶場よ。キースさんのとこに用があるって」

 

「わかったありがと!」

 

 聞いた途端アルは鍛冶場に向かって走り出した。十中八九自分の武器だろう。申し訳なさが背中を押してくる。息を切らせながらアルは鍛冶場に飛び込んだ。

 

「いらっしゃい。おうアル坊じゃねえか。どした?そんな急いで」

 

「ん?アルか。どうした?母ちゃんに鍋の修理でも頼まれたか?」

 

 鍛冶師キース・ペルメルと八重蔵がぜえぜえ言いながら鍛冶場に来たアルに不思議そうな顔を向けている。やはりいた。アルは荒い息を吐きながら頭を下げた。

 

「ううん。じゃない。いいえ、先生。ぼくに刀の扱い方、教えてください」

 

「刀だって?お前どこでそんなもん――」

 

 キースの反応とは対照的に八重蔵は静かにアルを見つめている。

 

「アル、とりあえずどうしてそう考えたのか説明してみな」

 

 次いで弟子へ促す。今までそんな申し出をしてきたことはなかった。だから剣の師として問うたのだ。何があったのか?と。

 

 アルはその視線を受け止めて語りだす。その眼には隠し切れない不安が滲んでいた。

 

 

 実際に振っていたのは反りのない竹刀ではあったが、刀を振るうための動きが根幹にあるであろう剣道を前世の自分がやっていたこと。

 

 幼年の頃からそれに触れてきたことで、おそらく心の――魂のどこか深くにそれが根付いてしまっているのではないか?それこそがツェシュタール流の動作と反発しあっているのではないか?もしそうだとすれば今抱えている己の悩みを解決できるかもしれないという考えに至ったこと。

 

 アルの説明は非常にたどたどしい。なんせ当事者ではない。それでも八重蔵とキースは大まかに理解することができた。

 

「なるほどな」

 

 八重蔵はそう呟きながらこれまでの稽古を思い出す。

 

 危ない場面であればあるほど弟子の動きは鈍っていた。恐怖に呑まれているのかと瞳を注視してみれば違う。反応出来ていないのかと思えばそれも違った。目に浮かんでいたのは迷いやもどかしさといった感情だった。

 

 今まで何が問題かわからなかったが、アルの魂に根を張っている何かと喧嘩していたせいだとすれば説明がつかないこともない。

 

 八重蔵は一拍置いて弟子に語りかけた。

 

「刀の扱い方は教えてやれる。ただしツェシュタール流みたいにすべて教えきれるわけじゃねえ。20年かけても秘奥に到達できなかったからな。それでもいいなら教えてやる」

 

「20年くらいなら前世でも――」

 

「違う。中伝になってから20年だ。だから俺に教えられるのはそこまで。それでも良いか?」

 

「・・・・」

 

 しばしの沈黙が師弟の間に流れる。

 

「・・それでもおねがいします」

 

 逡巡は一瞬、すぐにアルは頭を下げた。この時点ですでに凛華との差が大きくなっていることは自覚している。刀術は一縷の望みと言っても過言ではなかった。

 

「わかった。キース、刃引きした太刀と打刀を一振りずつ子供用で打ってくれ。って源治に伝えといてくれ」

 

「おうよ。んじゃ手伝いに回るとするか。打ち方は知っててもあいつみてえにゃ打てねえからな」

 

 キースは鷹揚に手を挙げる。

 

「頼んだ。まずは基本の動き方と型の稽古をしなきゃならねえ。木刀頼みにラファルんとこ行くぞ」

 

 鉱人鍛冶師へ一つ頷いた八重蔵は鍛冶場の開け放されている門戸をくぐっていった。

 

「キースおじさん、よろしくおねがいします」

 

 アルはペコリと頭を下げてタタッと後をついていく。

 

「ふぅ~・・・また忙しくなるな」

 

 こないだ重剣を打てと言われたら今度は刀だ。しかしアルの目が気になった。焦燥感と不安をないまぜにして溶かし込んだような目。キースは紫煙を吐き出して「ま、なるようになるさ」と呟きながら動き出した。

 

 

***

 

 

 基本的に型の練習は木剣などの木製、実際にぶつかり合う地稽古は刃引きされた金属製武器を使うのが魔族では一般的だ。

 

 

 幾分日が長くなってきた隠れ里を夕焼けが朱く染めている。木刀をラファルに頼み、八重蔵と別れた帰りがけのこと。

 

 言い知れぬ寂寥感を感じる里を手持ち無沙汰にぶらついていたアルは聞き覚えのある声に足を止めた。

 

「ぜあっ!だあっ!」

 

「動きが荒い。静かに、素早く、的確に。これを心掛けろ」

 

「おう!でぇやあっ!」

 

「直線的過ぎる。そんなんじゃ簡単に読まれるぞ」

 

 よく知る幼馴染の声が訓練場の方から聞こえてくる。アルはふらっとそちらに足を向けた。

 

 

 西門を抜けてすぐのところから声は上がっていた。対峙していたのはマルクガルム・イェーガーとその父マモン。よく似たワインレッドの体毛と髪は夕日でいつもより明るい色に見える。マルクは人狼に、マモンは人間態のままだ。

 

「うおおっ!」

 

 マルクが狼爪を構えてマモンに突進した。

 

 人狼の脚力による爆発的な突進は龍眼もどきを使っていないアルには視界を掠める程度にしか見えない。

 

「迷いがないのは良いことだが読まれやすいと言ったろう」

 

 しかし人間態のマモンには見えているのか焦りを一切感じない。するりとマルクの貫手を半身になって躱し、突進の勢いを利用するように足を引っ掛けた。

 

 「うおっ!?」

 

 スザ―――――ッと草むらに転ばされたマルクはすぐに跳ね起きる。

 

 そこにマモンが左脚でシュシュッと蹴りを入れた。足でジャブでも打っているような鋭く、速い蹴りだ。

 

「っぐ!?」

 

 慌てて跳び上がって避けるマルク。

 

「すぐに空へ逃げるな。そこは一番自由が効かん」

 

 マモンは冷静にそう告げて弧を描くような蹴りを右足で放った。

 

―――――ドガッ!

 

「うげぇっ!」

 

 人狼の子供がうめき声を出しながら吹き飛ばされる。が、今度はどうにか蹴られた勢いを利用して体勢を立て直した。

 

 稽古をつけてやっている父親となんとか食らいつこうと遠慮なしに向かっていく息子。やっていることは闘いだが、アルの眼にはなんとなく楽しそうに見える。

 

 

 そんな父子をぼんやり眺めていると横合いから声が掛かった。

 

「アルくん。久しぶりじゃないか」

 

 ハッとしたアルはそちらを向いて挨拶をする。

 

「マチルダおねえさん、アドルフィーナもこんにちは」

 

 アルを興味深々で見つめる赤ん坊とその赤ん坊を抱いた女性がニコリと笑いかけてきた。

 

 肩越しまで伸びた波打つ明るい茶髪にマルクと同じ灰紫の瞳をにこやかに細める中性的な顔立ちの女性。マチルダ・イェーガー。抱えられた赤ん坊の名はアドルフィーナ・イェーガー。マルクの母と妹だ。

 

「マルクはなんで急に、」

 

 あんな鍛錬を?そう訊ねたアルにマチルダはくすくす笑った。

 

「どうもうちのおチビちゃんに影響を受けたみたいだよ。ねぇ、おチビちゃん?」

 

 マチルダは赤ん坊――アドルフィーナのお腹を軽くワシワシしながらそう答えて、

 

「男の子は成長が早くてやんなるねぇ。かわいい時期なんてあっという間でさ。お母さんって呼べって言っても母ちゃんって呼ぶし」

 

 赤ん坊(アドルフィーナ)へかアルへかわからないことを言う。しかし夫と子供を見る視線は母性を感じさせる暖かなものだ。アルに返せたのは「そうなんだ」という言葉だけだった。

 

 

 マモンとマルクは今度は至近距離での肉弾戦に移ったらしい。激しい乱打を浴びせるマルクを涼しい顔をしたマモンがすべて捌き、お返しの掌底をマルクが必死に身体を丸めながら避けている。

 

 今のアルにはその拳が見えないほど速い。龍眼もどきを使ってみる。見えるようにはなったが、マモンの巧みな拳捌きはアルの想像を超えていた。

 

 

 マルクの貫手や爪を小指で逸らしながら打ち返していたのだ。拳を打つ、躱すをそれぞれ1動作だと考えた場合、指で逸らしながら打ち返すのは1.5動作分。つまり動作を短縮している。そんな真似を平然と行える相手にマルクはよく食らいついていた。

 

 飛び跳ねるような蹴りを繰り出すが躱されて、そのまま足首を掴まれて勢いよく投げ飛ばされる。無理矢理バク転を行わされるように飛ばされてもマルクは空中で何とかバランスを立て直して着地した。

 

 そして即座に腕をクロスさせる。追撃を予想したのだろう。そこにマモンの蹴りがちょんっと当たったかと思いきや、次の瞬間「ぐほぉっ!」と背中を蹴られて吹き飛ばされた。

 

 マモンはマルクの腕を軽く蹴ることで意識を前面に向け、飛び越えながら踵で背中を叩いていた。

 

「・・・はげしいですね」

 

 アルの感想は当たり障りのないものになってしまう。マチルダは戦っている2人を見据えて微笑む。

 

「おチビちゃんを見て人狼の戦い方を教えてくれってマルクが頼んでね。それで張り切ってるのさ、あの人。ま、でも最後のはちょっとやり過ぎかもねぇ」

 

 経緯を説明しながらマチルダは笑みを深めた。どうやら息子の心の成長もマチルダにとっては嬉しいらしい。

 

「まったく、こんなうちから男どもを骨抜きにしちゃうなんて。おチビちゃんはきっと魔性の女になるねぇ」

 

 アドルフィーナの鼻をつんつんしながらマチルダは上機嫌に言う。

 

「だぁ?」

 

 マルクの妹は母へ手を伸ばしてキャッキャッと楽しそうに笑った。

 

 

 夫と息子を娘と眺める母親――穏やかな家族の団欒をしばし見つめていたアルは龍眼もどきを解いてマチルダに声をかける。

 

「マチルダおねえさん、ぼく帰ります。マルクとマモンおじさんによろしく」

 

「うん?帰っちゃうのかい?マルク呼ぼうか?」

 

 息子の友人が来ているのだから挨拶くらいさせようと思ったマチルダであったが、「ううん。大丈夫です」とアルは首を横に振った。

 

「そう?うーん、わかった。またねアルくん」

 

 マチルダはあえて普段通りに返す。しかしアルの瞳にどことなく沈んだ印象を感じている。間違いなくいつも通りの息子の親友ではない。

 

「はい、また」

 

 そう言ってアルは踵を返した。なんとなく母の顔が見たい。しかしそれ以上に己の心に伸し掛かってくる不安を振り払えないでいた。そんなアルを心配したような表情でマチルダは見送る。

 

 

 帰りの道中、アルの思考は固まったままだった。

 

―――――――皆が進んでるのに、ぼくだけ前に進めてない。

 

 心中で自分に吐いた言葉が頭をグルグルと渦巻き、そればかりが思考を支配している。

 

 

 

その夜、アルは初めて悪夢を見た。

 

 

 ***

 

 

 里の南西の端、そこには板場と呼ばれる屋外に屋根と板を張っただけの空間が広がっている。広さは高校の体育館ほど。いわゆる屋外道場というやつだ。ここは主に型稽古や雨天時の鍛錬などを行う場所だ。

 

 ラービュラント大森林に隠れ里がある以上、絶対に必要な鍛錬の場。それが板場だ。

 

 

 あれから3日後、アルと八重蔵は板場で向かい合っていた。それぞれの手には()()が握られている。八重蔵が咳払いをして口を開いた。

 

「よし、じゃあまずはお前に教える流派の名だ。六道穿光流(りくどうせんこうりゅう)という。極東の島国にいる鬼人族が編み出した流派でな」

 

「六道、穿光流・・・」

 

「いかつい名前だろ?俺たち鬼人族の祖先がそこ出身らしくてな。昔海を渡って何十年かいたんだよ」

 

「やっぱり鬼人族はこの大陸発祥じゃないんですね」

 

 きっとその島国とやらは異世界の日本のような場所だろう。どう考えてもイスルギ家の面々は和名だ。

 

「そうらしい。まぁ確かにこっちじゃ八重蔵なんて名前そんなないわな」

 

 弟子の返答に八重蔵は大きく頷く。祖先と言っても遠い遠い昔の祖先だ。八重蔵はこの大陸出身である。

 

「イスルギの方もです。石に動くですよね?」

 

「漢字知ってんのか。鬼人族くらいしか使わねえと思ってたぜ」

 

 ヴィオレッタでさえその島国が鬼人族発祥の地であることは知っていても漢字までは読めなかったのに。

 

「前世のぼくが住んでた国ってたぶんその極東の島国に当たる場所だとおもいます。名前に馴染みがありすぎるし・・・ていうか漢字もやっぱりあるんですね。大陸だって前世とは全然違う言葉使ってるのに」

 

 語学において前世の知識が役に立ったのは勉強の仕方だけだった。いっそその島国に生まれてれば楽できたろうに。

 

「まじか・・・まぁいつか行ってみろ。言葉はなんか知らんがちゃんと伝わるし、六道穿光流を極める上でも行かなきゃならねえだろうし」

 

「やっぱり中伝と奥伝では違うんですか?」

 

 アルは八重蔵の神妙な様子が気になって問う。奥伝にやたらと拘っているように感じた。

 

「違う。六道穿光流同士なら向かい合った瞬間に負けるのがわかる。つってもそれはツェシュタール流も変わらねえけどな。

 

 奥伝ってのはそのくらい重みが違う。お前も、間違っても奥伝持ちに喧嘩売ったりすんなよ?」

 

「うったんですか?」

 

「売った、まだ血の気が多い頃に。ボコボコにされた」

 

 なんとなくこの人はそんな人だろうと思っていたが当たっていたらしい。

 

 

 アルの独白が伝わったのか八重蔵はゴホンと咳払いをして六道穿光流について語り始める。

 

「六道穿光流ってのはさっきも言った俺らの祖先が魔獣相手に生み出した流派だ。あぁ・・・あっちでは妖獣だったか。

 

 当時暴れてたその妖獣が死体なら何にでも憑りつくやつだったそうだ。寄生された死体は”黄泉返り”なんて呼ばれてたらしいんだが―――まぁとにかく混迷の時代だったらしい。そんなおかしな世にあっても正しく悪しきを裂き貫く光、とかなんとかそんな意味合いで付けられた流派名だそうだ。ここまではいいな?」

 

 頷く弟子を確認して八重蔵は本題に入った。

 

「とりあえず型についてだが、六道穿光流には八つしかねえ。この八つを自分なりに解釈して派生技やそれに近しいものをその場で閃いて戦うのがこの流派だ」

 

 型とは普通もっと多いものだ。ツェシュタール流然り、前世の柔剣術しかり。

 

「・・・少ない、ですね」

 

 アルもツェシュタール流を知っているだけに驚く。

 

「だから難しいんだよ。火・水・土・風・氷・雷・光・闇、この八つに沿う型がそれぞれ一つずつ。単純明快だろ?型通りに動けて半人前、型が象徴してる属性を自分なりに解釈出来て半人前よりちょい上。

 

 そこから六道穿光流の理念を理解し、己の中に見た何かを剣技で表現できて1人前ってとこだ」

 

 定義が曖昧だ。

 

「哲学、みたいですね」

 

 アルの感想もこの一言に尽きた。極力理論に徹して生み出された魔術とは対極の概念だろう。不安が増していく。ダメだったら・・・どうすれば良いのだろうか?アルにはもう手札などない。

 

「何かを極めるなんて往々にしてそんなもんさ。剣なんざその最たる例だろうよ」

 

 八重蔵はそんな返答を寄越して視線を外す。

 

 何かを見ているのか思い返しているのか。間違いないのはアルに見えていないものが見えているということ。

 

 アルがそんな風に察したところで、ここ最近の幼馴染たちがフラッシュバックした。思わず口をつぐんでしまう。

 

――――――皆にも見えるようになるのかな。

 

 そう思ったが最後、思考が急速に沈んでいく。押し寄せて塗り潰そうとしてくる感情の波。あの悪夢を見たときと同じ焦燥感と苛立ち、そして孤独感。

 

 

 アルはギリッと歯を食い縛り、ぎゅうっと木刀を握りしめた。どこか懐かしい感覚。この妙にしっくりくるもの()でもダメなら―――。

 

「アル?どうした?」

 

 八重蔵の声にアルは反応を示さない。すでに自分の意識に深く潜っていた。

 

 

◇◆◇

 

 

 周りのみんなは確実に前へと進み始めている。凛華、シルフィエーラ、マルクガルム。彼らが何を目指しているのかは知らない。けれど彼らの手助けができるような自分でありたい。並び立てるような自分でいたい。取り残されたくない。

 

 父ユリウスのような優しさを―――そしてそれを押し通すだけの力が欲しい。

 

 魔術だって本気でやり始めたのはそう思ってからだ。ここ最近は停滞気味だと自覚もある。ここからは根気がいる。

 

 更に言えばこの世界は前世のように平和ではない。命の危険という意味ではこの世界の方がきっと多い。父だってそれで命を落としている。

 

 里にいると忘れてしまうが自分は半分人間、半分龍人。振りかかる火の粉はきっと普通の魔族より多い。里を出たりすれば尚更だろう。それならやれることや出来ることはやっておくべきだ。自分に危険が迫ったとき、一人だとは限らない。誰かを巻き込むことだって可能性としてはあり得る。

 

 そういう意味で言えば、八重蔵にツェシュタール流を教わり始めた時点で無理にでも順応すべきだった。しかしどうしてもできなかった。自分の性質を掴む段階にすら達していない。

 

 その八重蔵とて適当に教えるつもりならそのままツェシュタール流を教え続けただろう。でも違う。向いてないとハッキリ言われた。それはおそらく、いや間違いなく本気で鍛えてくれようとしているからだ。

 

 周囲の恵まれた環境で自分すらわからないまま遊び感覚でいる。いつかそれに足を掬われる。そんな後悔はしたくない。

 

 師や母、友人に恥じないだけの自分でありたいのだ。

 

 

◇◆◇

 

 

 八重蔵の呼び掛けにアルはようやく反応した。先程から思考の海に身を投げ出していたアルを心配して八重蔵は呼び続けていたのだ。

 

「ごめんなさい。考えごとしてました」

 

「おぉびっくりしたぞ。大丈夫か?」

 

「はい。先生、六道穿光流どこまでいけるかわかりませんけどいつか奥伝まで辿り着いてみせます。だから全部教えて下さい。よろしくお願いします」

 

 改めてアルは頭を下げる。半年前は凛華と一緒だった。それ以来世話をかけっぱなしなのに決して見放したりしない剣の師へもう一度頼み直すべきだと思ったのだ。

 

「急にどうし――――」

 

 突然の宣言に八重蔵は戸惑い、その瞳を見て口を噤む。いつか親友に―――ユリウスに宣言した時と同じ強い輝きを宿した紅い瞳。

 

 八重蔵はなんとなく弟子の心中を察した。ずっと心の重しになっていたのだろう。周りと自分との差。進みたくとも進めないもどかしさや苛立ち。八重蔵とて経験がある。それこそ六道穿光流を修めようとしているときは常にその感情と向き合ってきた。

 

――――自分で弱気を捻じ伏せやがったか。それでこそユリウス(あいつ)の息子だ。

 

 八重蔵は唇の端を吊り上げて不敵に笑う。

 

「ああ。任せろ。少なくともこの里内で3本の指に入るくらいの剣士になれるよう徹底的に鍛えてやる。音ぇ上げるんじゃねえぞ?」

 

「はいっ!」

 

 ニカッと笑って頷いたアルの瞳はチラと見ただけでもわかるほど強い眼光を湛えていた。




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