日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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ここでは初投稿になります。読んで頂ければありがたい限りです。



また「小説家になろう。」と「カクヨム」にて同作を2~3日に1度連載投稿しております。


こちらへは定期的にある程度纏めて更新していく予定です。


20話 消えた双子と真の脅威 (アルクス12歳の冬)

 アルクスが人虎族という新たな居住者たちと問題を起こし、一応の解決を見て数日。このまま少しずつ馴染めればいいと思っていた矢先、まだ幼い子供たちから凶報が齎されてしまった。

 

 一緒に遊んでいたはずの人虎族の子供がいないというのだ。マルクガルムの妹アドルフィーナからその報せを聞いたアルと幼馴染3人は顔を青褪めさせた。

 

 里の巡回(見習い)任務始まって以来の事件。しかも怪我などではない。行方不明だ。

 

 

 努めて冷静に振舞おうとアルは問う。

 

「フィーナ、いつから子供たちはいない?本当に二人?」

 

 しかしアルの焦りはしっかりとアドルフィーナに伝わったらしい。幼い顔を固くして頷いた。

 

「うん。なかよくなった子たちとかくれんぼして遊んでたの。それで、もう暗いしおなか空いたから帰ろってことになって。そしたらあの子たちがいないって誰かが。わたしたちも探してるけど全然いないの」

 

 幼いなりに筋道の通った話をしてくれたアドルフィーナをマルクに抱えさせ、残りの子供たちを集める。

 

「まずフィーナ達を帰そう。椿兄に報告したら武器持ってその二人を探しに簡易狩猟場へ行く。いい?フィーナ、確認だけど遊んでたのは訓練場でだけなんだよね?」

 

「うんっ!里の中と柵越えちゃだめって言われてたからこのへんだけ!」

 

「よし、ありがとフィーナ。じゃあみんなついて来て」

 

「・・でも」

 

「まだ二人が・・」

 

 アルはすぐさま残っている子供たちを先導しようとしたが、その中の人虎族たちは伏し目がちだ。動きも鈍い。

 

 気持ちはわかる。よく知っている同族がいなくなったのだ。心配だろうし探しにだって行きたいだろう。しかし―――――。

 

「あんたたちがここにいたら探しに行けないの。その二人を探しにあんたたちまで出てったりして他の子もいなくなったらどうする気?あたしの言ってること、わかるわよね?」

 

「探さないとは言ってないよ。でももうすぐ暗くなる。土地勘のない君らやまだ魔獣と闘う術を持たない里の子たちをここに置いていくのはボクらにとって心配事を増やす種になるんだよ。代わりにボクらが捜すから。今は言うことを聞いて?ね?」

 

 凛華とシルフィエーラがすかさずそんな風に言う。前者は厳しく、後者は柔らかく。

 

「・・・うん、わかった」

 

「エリオットとアニカ、双子なの・・」

 

「みつけてください」

 

「おねがい、します」

 

 人虎の子供たちは目を見合わせ、ややあってからぺこっと頭を下げた。

 

「エリオットとアニカか。覚えたぜ、まぁ任しときな」

 

 マルクがアドルフィーナを抱えながら胸をトンと叩く。

 

「うん。任せてくれ。さあ、そうと決まればぐずぐずしてられない。さっさと帰ろうみんな」

 

 話がまとまったのを見てとったアルはすぐに里の方へ子供たちを先導し始めた。

 

 

 

***

 

 

 

 西門についたアルたちはすぐに門の守衛をやっていた紅椿に事情を伝えていく。

 

「椿兄、人虎の子供二人がいなくなった。訓練場の方で遊んでる内にいなくなったらしい。俺たちはすぐ狩猟場の方に行くから、子供たちお願い。いなくなったのはエリオットとアニカっていう双子らしい。伝えておいて」

 

「一応訓練場内も一通り見てから行くよ」

 

 アルとエーラの真剣みを帯びた声音に紅椿は驚きを露わにした。見習いとはいえ今は任務中。それが真実であると瞬時に悟った紅椿はすぐに冷静になり、上官として4人へ指示を出す。

 

「わかった。今いる子供たちの方は任せて。誰かが探しに抜け出した、なんてことにならないようにしておく。いなくなった子供の名前と種族も了解。君たちの捜索活動にしても了解だ。ただし、危ないと思ったり時間がかかり過ぎてると思ったら一度戻って報告すること。いいね?僕はヴィオレッタ様や他の大人達に報告して指示を仰ぐよ」

 

「わかった、行ってくるわ」

 

 凛華の声に同じく3人は頷きつつ、装備を確かめる。一応すぐ外に行けるよう服や靴は防寒仕様だが、アルと凛華は武器が訓練用だ。変えてこなければ。

 

 さっさと西門横の詰め所に入り、打刀と重剣を引っ掴む。エーラも矢筒と鏃が尖っている狩猟用の矢を提げてきた。森人は枝を矢に変えられるが、重くならない程度の矢弾ならばあった方が良いに決まっている。

 

 準備を済ませた3人は身体をほぐしているマルクを呼び、紅椿に「行ってくる」と一声かけて西門を抜けた。目の間に広がっているのは真っ暗な夜闇だ。日はすっかり暮れ切ってしまっている。それでもアルたちは少しの迷いもなく前へ踏み出していった。

 

 

 紅椿は4人が真っ黒な闇に呑まれていくのを見てじんわりとした不安を覚える。厭な予感がひしひしする。簡易狩猟場は彼らの庭のようなものなのに。下手の考えなんとやらだ。紅椿は厭な考えをぶんぶんと振り払って子供たちの手を引き、里の中央広場へと向かうのだった。

 

 

 ☆★☆

 

 

 一通り訓練場を巡っていたアルたち4人はその西南西部に位置する小山の裏にいた。アルが照らした光の先には頑丈そうな金網にすげ替えられている途中の木柵―――その一部に穴が空いている。どうやら作業の途中で割れてしまったものらしい。その穴は残念なことに幼い子供が通るには充分なほどの大きさをしていた。

 

「こんなのちょっと前までなかったよね?」

 

 エーラの問いに凛華とアルが答える。

 

「ほとんど毎日訓練場にいるけどなかったはず」

 

「作り替えてる途中で木の方が耐えられなくなったのね」

 

「マルク、匂いは?」

 

 『人狼化』していたマルクは確信があるらしい口調で告げた。

 

「人虎の子供たちがさせてんのと似てる匂いが二人分。ここ通ったんだろうな」

 

「じゃあやっぱり狩猟場の方なのね」

 

 凛華が肩に担いでいる重剣に手をかける。今の凛華の主武器は直剣ではなくこちらだ。

 

「この時期は・・・牙猪がこっちの方まで来る」

 

 マルクは思い出すように言った。自分たちは牙猪を脅威に感じることもない。成体でも大人の胸ほどもあれば随分大きいと言われるような魔獣だ。

 

「”魔法”が使えるなら幼体くらい倒せないこともないけど――」

 

 牙猪の突進力とその牙は”変異型”の”魔法”を使わない者たちからすればそこそこ脅威になる。エーラたちより年上の青年たちの中にもうっかり油断して腕の骨を折られたなどという話は年に一度は聞くものだ。

 

「さっきの子たちと同い歳くらいなら十中八九使えないわ」

 

 凛華は断定した、というよりそう仮定すべきだ。そんな言い方をした。

 

「それに幼体はほぼ成体――親と一緒にいる。急ごう」

 

 アルはそう言って奥へ飛ばした光を追うように穴を潜る。3人も一つ頷いて続いて行くのだった。

 

 

***

 

 

 4人は光源をそこかしこに飛ばしながら人虎族の双子――エリオットとアニカを探しているのだが一向に見つからない。あまり大声を発するのも余計な魔獣を呼びそうで憚られる。捜索は遅々として進んでいなかった。

 

「マルク、匂いはどう?」

 

「無理だ。魔獣の匂いも普段ここで狩りしてるやつらの匂いが濃すぎて紛れちまってる。足跡も似たようなもんだ。二人と直接会ってりゃまだ違ったんだろうけどな」

 

 マルクは首を横に振って、一度人間態に戻った。匂いで辿れない以上魔力の消耗を抑えるべきだと判断したのだろう。

 

「エーラはどう?『精霊感応』は?」

 

 水を向けられたエーラも首を横に振る。

 

「ごめん、ボクまだ精霊の記憶を覗くのはできないんだ。フィリアお姉ちゃんでもまだなくらい。話を聞ける範囲も狭すぎるよ」

 

「そっか、わかった。俺と凛華じゃ人探しは向いてないし・・・」

 

「そうね・・・あ、魔力感知は?」

 

「さっきから探ってるけど、マルクと似たような感じで難しい。あのくらいの年じゃ魔獣とか木とかの残滓の方が強いから。・・・エリオットとアニカの行動を予測した方がいい気がする」

 

 直接探る手段がない以上それしかない。アルの結論に3人も難しい顔をしつつ頷いた。

 

「まず、狩猟場に抜けてどこに行くか」

 

 とアルが言えば、

 

「かくれんぼしてたって言ってたからやっぱりどこか隠れやすい場所に行ったんじゃない?」

 

 とエーラが返し、

 

「そりゃあ、そうだろうけどよ。パッと隠れられそうな場所はもう探したし声もかけてみたろ?」

 

 と、マルクが更に言葉を重ねる。

 

「そうよね・・・・・・ふぅ。まだ今日は降ってないけど雪だって・・・・雪?・・・雪・・・氷―――あ!そうよ水よ!」

 

 息をついた凛華はポツポツ呟いた後にわかに騒ぎ出した。

 

「凛華?」

 

 どうした?とアルが問う。

 

「きっと喉が渇いて川に行ったのよ。あそこを抜けた先の場所からなら少し遠くにある川の音が響いてくることあるでしょ?遊んでる途中で喉が渇いて、音のした方に行ってみたっていう可能性はどう?」

 

 凛華は勢い込んで説明した。残りの3人はしばし黙考する。冬場でも遊んでいれば喉は渇く。水音がしてそっちに行ってみようとしたという仮説は有り得なくなかった。

 

「あるかもな。冬だし余計な音も少ない」

 

 マルクは一理あると答える。エーラもうんうんと頷いた。アルも似たような表情だ。というよりそれくらいしかヒントがない。行ってみる価値はあるだろう。

 

「とりあえず小川の方まで行こう!」

 

 洋弓型の弓をさっと担ぎ直してエーラが先頭を歩き出す。

 

「マルク、小川についたら匂いの方頼める?」

 

 アルはエーラのそばに光球を飛ばしながら訊ねた。

 

「おう、任せとけって―――――おいおいまじか・・・・」

 

 マルクは返事をしている最中に視界を掠めた白い花弁に釣られ上を見上げる。アルもそれを見て顔を引きつらせた。

 

「最悪ね・・・思ってたより早かったわ」

 

 ちらちらと雪が降り始めたのだ。時期と時間的に途中で止むようなものではない。タイムリミットが大幅に縮んでしまったことを全員が悟った。マルクの鼻も効く距離が短くなっていくし、視界も足場も悪くなっていく。何より体温が奪われて余計に体力が削られる。双子の体力も気になる。

 

「急ごう」

 

 アルは首に巻いていた防寒布をきつく締め直して足を速めていく。4人は無言で小川へ急行した。

 

 

***

 

 

 小川についたアルたちにとって朗報だったのは手がかりがあったことだ。ただし手がかりを得ているはずの4人の顔色は更に優れない色へと変わっていた。発見したのは人型の小さな足跡と牙猪の足跡、そしてマルクが嗅ぎ分けた血の匂いだったのだ。

 

「大怪我じゃねえ。せいぜい転んだ、くらいのはずだ。その証拠に血の匂いはしても血痕がねえ」

 

 つまり最悪の事態には至っていない。それでも状況は良くはない。牙猪の足跡はアルもよく知る成体のものだ。あいつらは雑食だ。

 

「追える?」

 

 鋭いアルの問いかけにマルクは頷いて「まだ追える!こっちだ!」と走り出した。

 

 

 そのすぐ後ろをアルと凛華、エーラが走っていく。マルクは時々立ち止まって匂いを失うまいと急いだ。

 

 アルと凛華はそのたびに折れた枝や牙猪がつけたと思わしき木の傷跡を確認して表情を引き締める。餌が少ない冬季だからしつこく追い回しているようだ。

 

 エーラは子供が見えないかひらりと樹に跳び乗って上から探している。

 

「相当走ってるわねその双子」

 

 凛華はそう溢す。双子は無軌道に逃げてはまた走る、を繰り返して牙猪から逃れようとしている。

 

 しかし、ここまで深くまで行ってしまってはヴィオレッタ達が設定している狩猟限界線を越えてしまう。帯で樹々同士を結んでいるだけであるため、必死に走っている子供には見えていないかもしれない。そもそもこんな狩猟場深くまで、あのくらいの歳の子どもは連れて行ってもらえないし行かないように言われている。限界線の先はアルたちですら行ったことがない。

 

 さっきまで黙っていたマルクが口を開いた。

 

「なあ・・・限界線を越えちまってたら―――どうする?」

 

 一度戻るか?

 

 その問いにアルは真っ先にかぶりを振る。

 

「捜索隊とまたここに来るのは時間がかかり過ぎる。雪も結構キツくなってきた。俺たちでしんどいなら子供はもっとしんどいし怪我だってしてる。だから戻らない。越えてても俺は先に行く。場所だけ教えてくれ」

 

 地に積もり始めた雪が真っ暗だった森に仄かな明るさを与え始めていた。そこに紅く強い輝きを放つ瞳が浮いている。

 

 アルの強い眼差しがマルクへと刺さっていた。

 

――――いっしょに来る必要はない。

 

 紅瞳はそう言っている。ここで引き返しても文句ひとつ言わないことはマルクには理解できた。昔から変なところで肝が据わっている親友だ。

 

 だからこそマルクはハンッと鼻で笑った。

 

「馬鹿言うな。行くに決まってる。お前が探すより俺が見つける方が早えしな」

 

 アルとマルクが『お前たちはそうなったら里に報告を頼む』と言おうと振り向く。しかし凛華とエーラは、

 

「さっ、決まったところで行くわよ」

 

「緊急用だけどさっき傷薬になる植物も採れたよ」

 

 自分たちが行くのは決定事項だという顔をしていた。なんでいちいち確認とってんの?という顔だ。

 

「・・・なんでこいつらはこんなに我が強えんだ?」

 

「昔っからじゃん。治んないよたぶん」

 

 マルクはぼやき、アルは苦笑した。

 

 

***

 

 

 マルクの予想通りエリオットとアニカは狩猟場の限界線を越えていた。匂いがそこより先の方でしているし、限界線に張られていた赤い帯は千切れていた。牙猪は二人を追っていったようだ。どこに寝床を作っていたのか。いや今はそんなことはどうでもいい。

 

 アルとマルクがかつて鳥を狩っていた場所はいわば()()。ここらへんまで来れば樹の背も随分と高いし景観が全く違う。見知らぬ森に入った気分だ。

 

「まだ先?」

 

「みたいだ」

 

「急がないと、だいぶ冷えてるはずよ」

 

「体あっためるような植物はこの時期、大体埋まっちゃってるんだよね」

 

 4人はそんなことを話しながら限界線を越え、そこそこの距離を早歩きで踏破する。訓練場の柵から小川くらいまで歩いた、背の高い樹々のなかでもまだ低いものが植生している場所だ。きっと日中はここいらに日が差し込むのだろう。でなければここいらの木の背が低いはずがない。

 

 アルがそんなことを考えていたときだ。マルクが立ち止まった。

 

「マルク?」

 

「匂いが消えた」

 

 突然のマルクの発言に凛華とエーラもギョッとする。

 

「えっ?」

 

「どういうこと?」

 

「この先から匂いが一切しねえ。ここで止まってる。でも血の匂いが濃くなったわけじゃねえ。足跡もちゃんと二人分・・・いや、片方は普通だけどもう片方は・・・変わってる。・・・・地面を蹴り飛ばしてる?」

 

 地面を?アルは言われた地面をよく見てみた。()()()()足跡が低い樹に向かって飛んでいる。

 

 ―――――あの木にこんなところから跳び移った?

 

 子供が飛ぶには距離があり過ぎる。よく見れば樹の方も皮が少しめくれていた。そこでハッとする。

 

 ―――――追われている途中で片方の”魔法”が発現した?わけのわからないままもう片方を抱えて跳んだとしたら・・・。

 

 アルは痕跡を目で辿っていき、ある樹で目を止めた。中ほどに(うろ)のある背は低くて太い樹だ。

 

 どことなく前世の松を彷彿とさせる木へアルは駆け寄る。松に似ているがそれより幹も太いし滑りやすそうだ。皮が剥がれたばかり。ということは――――。

 

 3人はアルの挙動の変化に気付いた。視線で追う。

 

「エリオット、アニカ中にいるか?君らを探しに来た。今からそっちに行くけど爪は向けないでくれよ」

 

 そう呼びかけたアルは捻じれた幹やフシを使って登っていった。

 

「エリオット、アニカいるか?」

 

「だ、だれ?」

 

 (うろ)には人虎の姿をした誰かを庇うように男の子が立っている。オレンジっぽい髪色。後ろの人虎の毛皮も似たような色だ。

 

 アルは自分がよく見えるよう光源を浮かばせた。

 

「君がエリオット?後ろの”魔法”を使ってるのがアニカ?」

 

「あっ・・・あのときの」

 

 エリオットと思わしき男の子はアルに見覚えがあるのかそんな風に口走る。きっとカミル相手に大暴れしていたのを覚えていたのだろう。アルは改めて自己紹介した。

 

「隠れ里のアルクスだ。かくれんぼの途中でいなくなったから探してくれって頼まれてきた。里に帰ろう」

 

 そして手を伸ばす。男の子―――エリオットは「はぁぁぁ・・・」と大きく息をついて膝をついた。後ろのアニカも涙目だったが助けが来たことを理解できたらしい。

 

「アル」

 

 マルクがぬうっと洞の入り口に現れたが、アルが無警戒だったためどちらも一瞬びくりとはしたが悲鳴は上げなかった。

 

「とりあえず降りようか」

 

 アルの声にアニカがおずおずと声を上げる。

 

「・・・服、やぶれちゃった」

 

「ああ、それで人虎のままなのか。とりあえずこれ着てな」

 

 アルは自分の首に巻いていた防寒布(マフラー)を手渡した。中学生と小学1年生くらいの体格差だ。覆うくらいなら問題ない。降りたら凛華とエーラにも何か貰えばいい。

 

「ありがと」

 

 礼を述べて人間態に戻ったアニカはエリオットと双子と言うだけあって似ているがやはり女の子なのだろう。どこか目に人懐っこさがある。

 

 アルとマルクが双子を降ろしたところで凛華とエーラが寄ってきた。

 

「どっちが怪我してるの?とりあえず手当てするから」

 

 手を挙げたエリオットはやはり転んでいたらしく膝小僧から血が流れている。エーラは手早く水で洗い流し即興の治療薬を塗布した。

 

「ひ―――いっったぁっ!」

 

 エリオットは悲鳴を上げた。

 

「これでよしっ!」

 

 そこに凛華が氷で杯を作り、さっと水を入れて渡す。

 

「寒いだろうけど飲んどきなさい。冬でも汗はかくし、飲んどかないと動けないわよ」

 

 差し出された水をエリオットとアニカは素直にぐびぐびと音を立てて飲んだ。喉がカラカラになっていたらしい。あれだけ走れば当然だ。アルたち4人は安心したように顔を見合せる。

 

 ―――最悪の事態は避けられてよかった。

 

 口には出していないが全員が同じ気持ちだった。

 

 

 

 双子が落ち着くまで待ったアルたちはアニカに凛華が羽織っていた外掛けをエリオットにマルクが『人狼化』するたびに脱いでいた上着をかぶせて帰路に着く。

 

「でもよかったね、”魔法”が丁度良く発現してさ。そんなにしつこい牙猪だったの?」

 

 歩き始めて少ししてエーラがアニカに訊ねた。その問いを聞いたアニカは驚いた顔をする。エリオットも同様だ。

 

「えっ?おねえちゃんたち・・・・あれ、みてないの?」

 

「うん?」

 

「え?」

 

「ん?」

 

「ちょっと待った。あれって?」

 

 

 ズザザザザッザザザザザザザザアアアアアアア――――――――・・・・

 

 

 そんな音と共に()()()()()

 

 全体的に蜥蜴のような体躯に四本足。しかし爬虫類を思わせる縦長の瞳孔にギョロリとした大きな目、何より蜥蜴と違うのはその顔だ。鰐のように長く、軽く閉じ合わされていても牙がうっすらと見える。

 

 腹這いのクセに全高はアルの首元まであり、赤黒い染みのついた限界線に使われている赤帯が顎の端からはみ出ていた。限界線を千切った牙猪を食べたらしい。

 

 エリオットが呆然として呟く。

 

「こいつが急に出てきて――――」

 

「逃げるぞっ!!」

 

 アルはそれを遮って叫んでエリオットをマルクへ。凛華はアニカをエーラに投げ渡す。鰐のような蜥蜴のような魔獣が足を使わず蛇のように体躯をよじってザアアアアアっと突っ込んできた。口をグパアッと大きく開く。尖った歯と臼歯まで見えた。

 

「アル!?」

 

「凛華っ!?」

 

「二人を木の上まで上げろ!!」

 

 アルと凛華が先んじて感じ取ったのは殺気。アニカが咄嗟に木の上に登ったのは功を奏した、であるならばとアルは叫んだのだ。

 

 叫んだ分一拍遅れたが凛華が『戦化粧』を発動させながら重剣を引き抜いて、アルの前に滑り込む。迫りくる(あぎと)の進路をズラすようにガアンッと張った。そこに龍眼もどきを発動させたアルが咄嗟に出せる最大の炎弾をぶち込んで再度叫ぶ。

 

「木の上を伝って走れっ!!」

 

 吹き飛ばされた鰐型魔獣は炎を消すようにその場でグネグネ転がり、数秒後ズシンっと最初の腹這いの状態に戻った。鱗は煤けていたが―――――

 

「無傷!?俺たちも逃げるぞ凛華!」

 

「わかってる!」

 

 アルが得意な炎弾をモロに食らってあれだ。牙猪なんかとは格が違う。先行してエリオットを抱えながら突っ走る『人狼化』したマルクと『精霊感応』を使って樹々の間に足場を渡してアニカと走っているエーラを確認して、剣士2人は走り出した。

 

 アルは逃げ掛けの駄賃に、今度は(いかずち)魔獣(ヤツ)の目に、炎弾を地面にぶち込んで走る。山火事なんて気にしちゃいられない。

 

 それでもザザザアアアーーーッと後方から音がする。大して効いてないか、避けられたのだと大して拘泥もしない。後ろも振り返らずアルと凛華は風のように突っ走っていく。

 

 こうして命懸けの逃避行が始まった。

 

 

 ☆★☆

 

 

 時間は少し巻き戻り、アルたちが簡易狩猟場の限界線を越える頃。隠れ里にいる巡回部隊と里長であるヴィオレッタは協議の結果、捜索隊を結成してラービュラント大森林の西部へ向かわせることにした。

 

 しかしながらアル達4人がいまだ帰ってきていないため手掛かりの有無や捜索する方面も大雑把にしか検討がつけられていない状況だ。

 

 この雪では無暗に探し回っても人員と時間を浪費するだけとなってしまう。4人が出立してすでに2時間半強。狩猟場をくまなく探すにしてももうそろそろ帰ってきても良い頃合いだ。しかしその4人と子供2人は依然として雪の降る里外の闇中。時間だけが過ぎていく。

 

 

 エリオットとアニカの両親も捜索隊に参加したがった。しかし2人共とてもじゃないが精鋭たる里の部隊についていけると思えない。それでも何とか連れて行ってくれと頼み込む父親の方だけを連れていくことにした。

 

 土地勘もない場で匂いのみを頼りにするというのも神経を使うし、人虎の中でもそこまで戦闘が得意ではない方だと聞いたが、彼の憔悴した顔を見れば着いてくるなとも言えなかったのだ。

 

「それにしたって遅過ぎる。まさかあいつら限界線を・・」

 

 八重蔵はうろうろと落ち着かない。正直ヴィオレッタも同じ気持ちだがこれでも指導者だ。ぐっと堪えて落ち着くよう促す。

 

「落ち着くのじゃ。不安がっても状況は変わらぬ。捜索しようにも手がかり一つない。訓練場の方の捜索はどうか?」

 

「終わってます。でもそれらしき人影や手がかりは何も・・・」

 

 訓練場を捜索していた者たちの代表がそう答えた。

 

 双子が抜け出し、4人が無理矢理通った柵にできた穴は()()()()()()()()()ほんの小さな歪みでしかない。雪で視界も悪い中、まさかこんな場所を通るわけがないと気付けなかったのだ。

 

「あと20分待ってもあやつらが帰らぬのであれば捜索隊全員で狩猟場に向かう。当然儂も行く。それまでに全員出立の準備を整えよ。体も冷えておるはずじゃ、毛布と食料、飲み物の手配もじゃ。儂らとて冷えすぎれば行軍に支障が出る」

 

 ヴィオレッタは指導者としての判断を下す。捜索隊は準備していた背嚢に更に追加の毛布や食料を詰め込んでいき、他の者はギリギリまで暖かい飲み物を彼らに手渡し続ける。

 

「ヴィー、私も行くわ」

 

 そこへトリシャが宣言した。断固とした態度に既に龍眼も発動させている。彼女が愛してやまない息子がいない。抑えが効いているだけマシな方だ。

 

「わかっておる。里の守りは他の者に任すつもりじゃ」

 

「くそっ!早く帰って来いよあいつら」

 

 八重蔵は苛立ちを隠す事無く歩き回る。ヴィオレッタもトリシャも同じ気持ちだ。凛華の母である水葵やエーラの母シルファリス、マルクの母マチルダも心配そうな顔を隠せていない。

 

 シルフィエーラの父ラファルやマルクの父マモンは無言で目を閉じて、じっとしている。彼らも捜索隊に志願した。その姿は待っているようにも、祈っているようにも見える。ヴィオレッタもまた腕を組んでじっと待っていた。ほんの些細な声すら聞き逃さぬように、と。

 

 

 

 しかし結局、20分経っても待ち人6人は帰ってこなかった。

 

 ちょうどアルたちが鰐型魔獣と接敵したタイミングだ。帰れるはずもない。しかし里の者たちにはわからない。

 

 

「出立する!狩猟場を皮切りにラービュラント大森林西部へ向かう!ついてこい!」

 

 

 張り上げたヴィオレッタの声に捜索隊は「応ッ!!」と鬨の声を上げ、厳然と進みだした。




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