日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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ここでは初投稿になります。読んで頂ければありがたい限りです。



また「小説家になろう。」と「カクヨム」にて同作を2~3日に1度連載投稿しております。


こちらへは定期的にある程度纏めて更新していく予定です。


25話 龍血と闘気 (アルクス12歳の冬)

 あれから数日が経過した。

 

 

 自我を失い肉体を大きく損傷しながら暴れたアルクスは現在、自宅にて療養中だ。麻酔効果を強めたヴィオレッタの独自術式で眠ったまでは良かったが、魔力の枯渇状態が丸2日続いたせいで傷の治りが遅く、今も意識が戻っていない。

 

 『治癒術』は対象者の魔力に働きかけて肉体を活性化させるものであるため、枯渇状態のアルにはほとんど効かったのだ。

 

 癒薬帯だらけのまま癒院で2日を過ごし、ようやく自宅に戻ってこれた。

 

 それからは時折呻くアルを母のトリシャが任務を休んで甲斐甲斐しく看病している。

 

 入院して2日、『治癒術』が効き始めて今日で4日目だ。

 

 骨折は治っていないが、外傷のほとんどは消えかけている。アルの部屋には規則正しい寝息だけが聞こえていた。

 

「アル、まだ目覚まさないのかなぁ。もう五日だよ?」

 

「怪我は快方に向かい出したから安静にしてれば大丈夫ってヴィオ様は言ってたけど」

 

「姿が変化してたでしょう?あれが相当な負担だったんじゃないかってヴィーは言ってたわ。でもきっと大丈夫よ。毎日こんな可愛い子達にお見舞い来てもらってるんだもの。すぐに目を覚ましてくれるわ」

 

 寝っぱなしのアルに不安が募ってきたシルフィエーラと凛華をトリシャは穏やかに宥める。

 

 マルクガルムは「アルなら絶対大丈夫だ」と言って、それを証明するかのように見舞いに来る回数が少ない。来てもパッと挨拶してサッと帰る。男同士特有の距離感だ。湿っぽさを嫌う。

 

 そんなことをトリシャがつらつら考えていると部屋の戸が開いた。

 

「あ、こんにちはヴィオ様」

 

「こんにちは」

 

 噂をすれば影。見舞いに現れたのはヴィオレッタだった。気づいた凛華とエーラがぺこっと頭を下げる。艶やか黒髪に紫紺のドレスを着た――つまりいつもの姿のヴィオレッタは寝台で眠り続けているアルへチラリと視線を向けた。

 

「あらヴィー、来たのに気づかなかったわ。お茶いるでしょ?淹れて来るから掛けてて。あ、凛華ちゃんとエーラちゃんもいる?」

 

 そう言ってパタパタと居間へ向かうトリシャ。

 

「すまぬな。有難く貰うとしよう」

 

「ボク手伝うよ」

 

「そう?ありがとね」

 

 森人は植物関連なら大抵普通の人より熟せる。お茶も例外ではない。エーラはトリシャの後へ続いた。

 

 寝ているアルを除けば部屋にはヴィオレッタと凛華の2人しかいない。別に緊張する間柄でもないが今回は少々違った。

 

「凛華よ、だいぶ不安そうじゃな」

 

 ヴィオレッタが伏し目がちな凛華に声を掛ける。

 

「アルは起きたら元に戻ってると思いますか?」

 

 凛華はアルから視線を外すと気になっていたことを訊ねた。

 

 そこが最も不安なのだ。起きたアルは普段のアルなのか、それとも―――――。

 

「元には戻っておるじゃろう。じゃが――――」

 

 そう続けるヴィオレッタに青い瞳の持ち主は引き継ぐように口を開く。

 

「またあんな風になりやすくなったりする・・・・ですか?」

 

 ヴィオレッタは少々驚いて鬼人族の少女へ視線を向けた。青い瞳が不安に揺れている。

 

「なぜ、そう思ったのじゃ?儂はこやつの怪我を治すときに血を視たから気づけたのじゃが」

 

 アルの血は以前と変わっていた。

 

 含まれる魔力の多さは変わらない。しかし以前はもっと人間に近い特徴の血だった。それが今は人間とも魔族ともつかない、ヴィオレッタでさえ視たことのないものへと変化している。

 

「なんとなく、です。最初にあんな眼になったときは呼びかけたらすぐ元に戻ってたけど、あの時は最初からそこを()()()()っていうか、いつものアルはもういなくなってたっていうか・・・・」

 

 最初とは、人虎族のカミルを手酷く痛めつけたときのことだろう。その状態から始まらず、もっと進んだ状態から始まっていたということか。

 

「・・・”成れば、あとは成り果てるのみ”」

 

「へ?えっと、それは?」

 

 口をついて出たヴィオレッタの格言に凛華が首を傾げる。

 

「極東に住んでおる鬼人たちの言い伝えとして残っておる言葉じゃ。アルの変化もそれに近い話かもしれぬと思ってのう」

 

 自分たちの種族に伝わる言葉と聞いて凛華は青い瞳をくりくりとさせた。聞いたことはない。

 

「あたしたちの?」

 

 ”成り果てる”とは何だか嫌な感じだ。凛華は続きを待つ。

 

「うむ。鬼人族の始まりの者――起源とも呼べる者は、その昔戦場(いくさば)で戦功を積み重ねた勇猛な()()じゃったそうな。

 

 初めは血族や友の為に争っておった。その者は強かった。じゃが、周りは違う。死ぬ者もおれば生き残る者もおったそうじゃ。

 

 そうして戦い続ける内に血族は絶え、長く連れ添った友は死に、最後は己一人となってしもうた。それでもそやつは止まらなんだ。

 

 戦う理由なぞない。じゃというのに来る日も来る日も戦いに明け暮れた。敵を見れば斬り捨て、戦場があればいつ何時だろうが飛び込んでいく。

 

 そうやって敵の血と己の死に場所を求めて彷徨い歩き、終いには敵だけでなく味方からも恐れられ―――――最期には裏切られた。

 

 それでもそやつは死なず、死にきれず。敵も味方も斬り捨てて、彷徨い歩いたのじゃ。そやつの血か返り血かもわからぬほど血に塗れて凶刃を振るうその者を戦場に現れる幽鬼(オニ)と皆が恐れた。

 

 幽鬼と呼ばれたそやつは斬って、殺して、戦場を渡り続け・・・・ある時気づいたのじゃ―――――己の額に生える一本の角に。

 

 これが鬼人族たちの起源だそうじゃ。現地で聞いたのじゃが凄い迫力での。そやつが残したものと言われておるのがさっきの言葉じゃ」

 

「なんだか・・・血塗れなご先祖様ですね。物騒だし」

 

「・・・うむ。儂は数日前のこやつを見てその話を思い出してしまったのじゃよ」

 

 凛華の感想にヴィオレッタは静かに返した。

 

「っ!!」

 

 凛華は目を見開く。銀髪を赤く染めたアルの姿と見知らぬ先祖が二重《カブ》った。

 

 艶やかな黒髪の麗人はなおも冷静に語る。

 

「成り果ててしまうかは儂らにはわからぬ。今のもあくまで推測じゃ。しかし汝の話から()()易くなっておる可能性は低くない―――というか寧ろ高いじゃろう。こやつの血が人間寄りのモノから別のモノへ変わっておったのは確かじゃからのう」

 

 その語り口は不安を煽るでもなく、楽観するでもない。事実を淡々と述べていた。

 

「・・・・」

 

 凛華はぎゅうっとアルの左手を握る。そんなのは嫌だった。もう二度とあんな風になって欲しくない。

 

 ほんの少し沈黙が場を支配したところで―――――何の前触れもなくアルの瞳がパッと開いた。

 

「「!!」」

 

 2人が驚いているのをキョトンとした顔で見ながらアルは身を起こす。

 

「いっつつ・・・凛華?手握ってどしたの?」

 

 砕けている左肩付近に痛みが走ったのだろう。顔を顰めて痛がりつつ凛華へ問うた。

 

 その瞳は闇色の部分など少しもなかったが変化は見られる。アルとよく一緒にいる凛華とヴィオレッタだからこそすぐにわかった変化だ。

 

 虹彩の色が変わっていた。明度の高い紅ではなく、より深みの増した真紅へと。

 

「起きたのねアル!」

 

 寝起きもあってポヤっとしているアルに凛華は端正な顔を喜色満面に輝かせる。

 

「うん。あれ?凛華、手大丈夫なの?皮剥けてなか――――わっぷ!?いっ!!いたたたっ!!ま、待って肩たぶん折れてるから!いたいいたい!」

 

 起きたアルがいつもの様子を見せていることに感極まった凛華が飛びつくように抱きついてきた。普段なら少々恥ずかしがるであろうアルだが、今は生憎とそんな余裕がない。

 

 鎖骨と肩付近は砕けたままで、肋骨もやられている。筋肉と密着している肋骨は息を吸うだけでもひきつれを起こして痛覚を刺激する。いくら凛華が軽かろうと激痛が走るのだ。

 

「「アルっ!!」」

 

 凛華の喜ぶ声とアルの騒ぐ声を聞きつけたトリシャとエーラは茶をこぼさぬよう最大限急いで戸を開けた。その先には瞳の色が少し変わったくらいでいつものアルが悲鳴を上げている。

 

 トリシャとエーラの目に薄っすらと涙が浮かんだ。

 

 ――――良かった。いつものアルだ。

 

 ダッと駆け寄ったエーラはそのままの勢いでバッとアルの右側に飛びつき、トリシャは3人ごとぎゅうっと抱きしめる。悲鳴が更に上がった。

 

「いだだだだっ!師匠!助けてください!」

 

 ヴィオレッタは愛弟子へ様々な感情をないまぜにした表情をすると、一つ息を吐いて口を開く。

 

「幸せ者じゃのうアル。心配させた罰じゃ、もちっと苦しむが良かろう。このばか弟子め」

 

 艶然とした笑顔を少々意地の悪い形で彩ってそう告げた。

 

「師匠っ!?」

 

 無体な師の通告を受けたアルの悲鳴が更に響いていく。ヴィオレッタは涼し気な顔でその様子を眺めるのだった。

 

 

***

 

 

 抱き着いていた3人が落ち着き、アルにもう一度『治癒術』を掛け直したヴィオレッタが口を開く。

 

「ごほん。では―――――――」

 

「アルお腹空いてるでしょ?お母さんちょっとご飯作ってくるから。みんなも食べるでしょ?作っちゃうから待ってて」

 

 トリシャは手をポンと打つや否やパタパタと駆け出していった。

 

 息子がようやく目覚め、不安だった部分も一応大丈夫そうだ。これが母親として嬉しくないわけがない。

 

 ヴィオレッタとて気持ちはわかる。トリシャのいない間の親代わりくらいには思っているのだから。

 

 ―――――しかしのっけから話の腰を折るんじゃない。

 

 そんな視線を向けるがトリシャは既に扉の外。不満げな表情のヴィオレッタはアルへと問うた。

 

「まったくあやつは・・・・それで?アルよ。身体に異常はないか?」

 

「ここらへんがめちゃくちゃに痛いです」

 

 即答しつつ左肩や肋骨の上をさするアル。すっかり忘れて飛びついた凛華とエーラが目をサッと逸らした。

 

 ―――――それはそうかもしれないが違う。そうじゃない。

 

 ピクピクとこめかみを引きつらせたヴィオレッタがアルの頭をガシッと掴む。

 

「汝ら親子は気を抜いたら真面目になれぬ病か何かなのか?儂も抱きしめてやろうか?ん?ほっとしたのは儂も同じじゃしな。ぎゅっとしてやろう」

 

「いっ、いや大丈夫です!ごめんなさい!これ以上は痛めつけられたくないです」

 

 アルは顔を青褪めさせつつぶんぶん首を振った。拒否する弟子にムッときたヴィオレッタはそのままヒョイっと膝に置く。後ろから軽く抱きしめながら、問診を開始した。

 

 借りてきた猫のように大人しくなったアルは骨折箇所を軽く庇う。癒薬帯などで軽く固定はされているがそれだけだ。なんと脆い鎧だろうか。

 

「それで、どうもないかの?」

 

「え?はい、たぶん?師匠たちが倒してくれたんでしょう?あの魔獣。じゃなかったらこんな軽傷で済んでないだろうし」

 

 抱きかかえられているのに早くも慣れたアルは呑気にそう返した。

 

 あの時のアルを最初から見ていた凛華とエーラはアルの言葉を聞いて「やっぱり」という表情を浮かべる。だがヴィオレッタは驚愕した。

 

 ――――まさか初めから意識がなかった?

 

「むっ?いや待つのじゃアル。汝はどこまで憶えておる?」

 

 ヴィオレッタはやや急いで訊ねる。

 

「どこまで?えーと・・・肩刺されて、全滅しそうだから3人を逃がそうと思って、残ってた魔力を全部龍気に変えたところ?です。

 

 1匹だけでも道連れにしようと思って―――――――ってあれ?戦った記憶がない?え?まさか・・・魔力切れで倒れた?じゃあ3人はどうやって――――――」

 

 記憶がないことに困惑するアル。

 

「落ちつくのじゃ。汝は魔力切れで倒れたわけではない」

 

 ヴィオレッタは弟子の銀髪を撫でて宥める。

 

「でも戦った憶えは―――――」

 

「儂らは確かに汝らを助けに行った。じゃが間に合わなかったのじゃ。あの高位魔獣―――刃鱗土竜の成体、雌雄の2頭を倒したのは汝じゃよ、アル。儂らが追いついたときに見たのは汝の屠った雄土竜の死体と雌土竜の残骸じゃ」

 

「え・・・残、骸?」

 

 アルの言葉を遮ってヴィオレッタが告げた。アルの表情が困惑を通り越して不安に変わる。

 

 自分が倒したと言われてもそんな記憶はまったくと言っていいほどなかった。師の言い方も引っ掛かる。

 

 ”残骸”。普通に倒してもそんな言い方はしない。精々屍骸とか遺骸だろう。

 

「何が・・・・あったんですか?」

 

 不安に揺れる真紅の瞳にヴィオレッタと直接その戦闘を見ていた凛華とエーラは全てを語って聞かせた。

 

 多少ショックを受けるだろうが、隠しておくより正直に言うことを選んだのだ。アルの心のために。

 

 

***

 

 

 話を聞き終えたアルは愕然としていた。戻ってきたトリシャがヴィオレッタと位置を代わり、慰めるように頭を撫でている。しかし今のアルは落ち着けない。

 

「あのときに聞こえたのは――――」

 

 最後に憶えているのはあの鼓動だ。アルが思考の海に身を投じかけたとき―――。

 

「こんちはーす。お、アルやっと起きたか!」

 

 マルクがガチャと戸を開けて入ってきた。後ろには助けた人虎族の双子エリオットとアニカもいる。見舞いに来た2人とバッタリ会ったマルクが連れだってきたのだ。

 

 弾かれたように顔を上げたアルは、マルクに問う。もっと他人の目で見た情報が欲しかった。

 

「マルク!俺、敵が誰かもわからずに暴れたって――――でも憶えてなくて」

 

「やっぱそうか。どう見ても普段のお前じゃなかったからな。でも、んー・・・うん。だからって別の誰かっていうわけでもない気はしたぜ?

 

 アルから余裕とか思いやりとかそういうもんと、最後に理性を全部引っこ抜いたらあんな感じになんのかなって。俺にはお前が闘争本能だけで動いてるっぽく見えてた」

 

 マルクは戦闘民族である人狼として感想を述べる。『人狼化』していなくてもこういうのには敏感だ。

 

 あの時のアルは闘うこと以外全てを捨てていた。そんな感じがしたと語る。それに反応したのはヴィオレッタだ。

 

「闘争本能・・・だとすれば―――――アルよ」

 

 ヴィオレッタの呼び掛けにアルはのろのろと視線を向ける。母や幼馴染たちを傷つけかけたと知って真紅の瞳は曇っていた。

 

「儂らが教えなかったのが不味かった。今まで特に問題もなく過ごせておったからすっかり忘れておったのじゃ。”魔法”が完全な形にならない程度じゃと思っておった」

 

 口火を切るヴィオレッタをアルはじっと見つめる。

 

 今でこそ”魔法”が使えないことは特に気にしていないが羨んだことは何度もある。それとは関係があることなのだろうか?

 

「闘気の説明が不十分じゃった。闘気とは体内を巡る魔力を燃焼させたもの。やり方と理論は前に話したはずじゃ。覚えておるじゃろう?

 

 じゃが、効果については表面的なものしか話しておらなんだ。じゃが儂ら純粋な魔族からすれば不都合がないせいで伝え忘れておったことが一つあった。

 

 それは――――”魔法”が本能によって喚び起こされるものに対し、”闘気”が()()()()()()()()()()ものであるということじゃ。

 

 儂ら魔族には戦闘民族が多数存在しておる。マルクや凛華、そして汝の母トリシャ、ここにおる中でも半数がそうじゃ。

 

 凛華の『戦化粧』は亜種ではあれど3人とも変異型の”魔法”を使う。そして変異型”魔法”を使う者は大半が強烈な闘争本能と生存本能を持つ戦闘民族なのじゃ。

 

 儂の推測を話そうアル。汝はおそらく龍人の血に呑み込まれたのじゃ、その強烈な本能に。

 

 すまんかった。伝えておくべきじゃった」

 

「・・・・・」

 

 一気に言い切ったヴィオレッタにアルは沈黙する。

 

 ―――――血に呑まれた?半分が人間だから、龍人の本能を抑えきれなかったということか?

 

 あのとき、死ぬかもしれないと考えて残りの魔力を全て龍気に変換した。

 

 ―――――あれがトリガーになったのか。

 

 母がぎゅっとアルの腹を抱きしめる。謝っているようにも、心配しているようにも、不安を感じているようにも感じる弱々しい力だった。

 

 アルは目を瞑ってゆっくりと息を吸い、母の腕に手を置く。龍人の血を拒むような気持ちなど、一切ない。人間の血についても同様だ。

 

「・・・・・龍人の本能に、吞まれない方法はありますか?」

 

 目を開けたアルは真っ直ぐに師を見据える。真紅の瞳は強い光を宿していた。

 

 踏ん張って前へ進もうとする意思。事実を受け止め、後ろ向きの感情を理性と勇気でいなして前へ前へと望む心。

 

 ヴィオレッタはフッと笑う。それでこそ愛弟子(アル)だ。

 

「わからぬ。汝の中に元々あるものじゃ、血も本能も。ユリウスは真の強さを持った男じゃったが、肉体そのものは戦闘民族のそれに比べれば劣ってしまう。アルもそれは理解しておるじゃろう?

 

 それに対抗するための鍛え方は儂らにはすまぬが――――わからぬ。対処療法、場当たりな対処しか今のところ思いつかぬ。

 

 龍気を使うときは少量に、具体的には身体の一部に纏わせるくらいに抑えよ。残有魔力をすべて変換したことと極限状態がアレを引き起こしたと見て間違いないじゃろうからな。

 

 師として、里長として命ずる。解決策が見つかるまでは龍気の連続使用及び多用は禁止じゃ」

 

 ヴィオレッタは師として初めてアルに何かを禁じた。アルは噛み締めるように頷く。

 

「身体が一度覚えてしまっておる。以前より成り易くなっておるはずじゃ。何か変だと思えばすぐにやめるのじゃぞ?」

 

「はい」

 

 ヴィオレッタは更に注意しておくべき点も告げた。

 

 ―――――しかしなんとも酷だ。”魔法”も使えず、闘気すら十全に使うことを許されない。

 

 それでも殊勝な顔のいじらしい弟子を師として何かないかと見る。そして「あっ」と指を弾いてアルの顔を指した。

 

「今の汝は人間寄りとも魔族寄りとも言えぬ。じゃが、間違いなく龍人の本能の影響が出ておるはずじゃ。もしかすれば”魔法”は使えなくとも龍眼くらいならトリシャと同じものになっておるかもしれぬぞ?」

 

「えっ、ほんとに!?」

 

 希望が出てきたとうきうきし始めるアルをトリシャは良かったと軽く頭を撫でる。息子に拒絶されなかったことも、その息子に少しでも希望が見えたことも母としては喜ばしいことだった。

 

「うむ。龍眼なら闘気も使わぬし、せっかくじゃからやってみるが良い」

 

「はい!―――――ぅん?なんか・・・ま、いいや。やってみます」

 

 なんとなく右眼に違和感を感じつつもアルはいつもの感覚で龍眼を発動する。

 

「母さん?師匠?これ、どうなってる?なんか右眼の感覚だけいつもと違うんだけど――――」

 

 呼び掛けたアルの眼を見て、周囲は静まり返っていた。

 

「アル、あなた―――」

 

 トリシャは息子の眼を見て複雑な表情を浮べる。

 

 アルの右眼は虹彩が一回り程広がり、縦長に細くなった瞳孔へ向けて放射状の青白い光が幾筋も収束していた。

 

「・・・綺麗ね」

 

「でもそれどうなってんだ?」

 

「わかんないけどきれい!」

 

 凛華とマルク、エーラは口々に感想を述べる。真面目そうな話だったため、今まで口を挟んでいなかったエリオットとアニカもアルの右眼を見てはしゃぎだした。

 

「きれーい」

 

「流れ星がたくさんすいこまれてるみたい」

 

「え?流れ星?どういうこと?」

 

 当のアルにはわからない。

 

「待っておれ、見せよう。『水鏡(みかがみ)』」

 

 ヴィオレッタが魔術で水の鏡を作り出そうとパッと術式を使った瞬間だった。

 

「うっ!―――あ、あれ?右眼が、見えなくなった」

 

「えっ!大丈夫!?」

 

 トリシャは息子の瞳を慌てて見てまた驚く。右眼が光を失っていた。流れていた光は止まり、うっすら光っていた真紅の瞳は暗くなっている。

 

 アルの視界も右側が真っ暗なものへ変わっていた。動かしている感覚はあるのに見えない。3分の2ほどになった視界とその違和感がなんだか気持ちが悪い。

 

「見えないって・・・アル大丈夫なの?」

 

「左は見えてるの?」

 

 凛華とエーラはアルの右眼の前で手を振ったりしているが見えていないようだ。

 

 ヴィオレッタは弟子の様子からその右眼の正体について確信を得る。これでも長年生きている魔導研究者だ。

 

「・・・龍眼は()()()から完全な龍眼になっておる。おそらく爪の方は『龍体化』ができぬから変わらぬじゃろうが、これで魔力も視覚で追えるはずじゃ」

 

「そうね。でもヴィー、右眼の方はやっぱり――――」

 

「うむ。トリシャの見立て通りじゃろう。アルよ、本当に死ぬつもりで魔力を使いおったな?―――――汝のそれは”魔眼”じゃ。効果はおそらく魔術に関する何かじゃろう」

 

 弟子を叱るような表情でヴィオレッタは結論を述べた。




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