日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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ここでは初投稿になります。読んで頂ければありがたい限りです。



また「小説家になろう。」と「カクヨム」にて同作を2~3日に1度連載投稿しております。


現在両サイトにて投稿されているものとこちらに投稿するものは少々文体が違う場合があります。


こちらへは定期的にある程度纏めて更新していく予定です。



36話 頭目決め最終戦!鬼娘の奇策 (虹耀暦1286年7月:アルクス14歳)

 ラービュラント大森林にある隠れ里、そこから少々離れたところにある武闘場には現在多くの住民たちが集まっていた。というのも2日前から住民たちのよく知る少年少女たちが年齢に見合わぬ実力を遺憾なく発揮して激しい戦闘を繰り広げているからだ。

 

 また老若男女問わず熱狂しているのは、これまでこういったお祭り騒ぎの出来るイベントがなかったというのも一因ではあるが、魔族には戦闘民族が多いというのが主な要因だ。

 

 4人が知恵と技量を巧みに駆使して遠慮なくぶつかり合う。3日目ともなると里の仕事に行かなければならない者たちは涙を呑み、観戦者たちは酒とアテを持って家族連れで来ていた。

 

 

 アルクスと凛華はそんな観客たちがひしめく観客席の一角に並んで座っていた。2日間とも1戦目から戦っていたアルだったが、今日は2戦目。ついでにいえばこの3日間での最終戦でもある。

 

 3連勝も懸かっているのに加え、右隣にいる母トリシャの激励によって少々重めなプレッシャーも感じていた。しかし弱気になっているわけではない。

 

 その左隣にいる凛華は負けられないと息巻いていた。昨日のシルフィエーラとの仕合では負けてしまったのだ。

 

 遠距離戦に徹したエーラとなんとか近寄らんとする凛華の一進一退の攻防。結果としてエーラの強弓から放たれる剛矢が凛華の体力を着実に削ぎ落としていき、最終的に重剣と直剣のどちらも弾き飛ばした。

 

 それでも諦めず徹底抗戦の構えを見せた凛華であったが武器と身体を植物に巻き上げられてしまっては取り返そうにも動けず、また脱け出しても勝ち目もなかった。

 

 それがかなり悔しかったらしい。初日以上に青い目を爛々とさせている。さながら鬼火だ。

 

 

 だからと言って負けてやる道理もない。修める流派は違えど同じ門下生。言葉少なな凛華に焚きつけられたアルは寧ろ闘志を漲らせていた。

 

「始まるみたいよ、二人とも」

 

 凛華の母、水葵が娘の左隣から呼びかける。アルと凛華は顔を上げ、武闘場に視線をやった。遠くに見えるマルクガルムも手前にいるエーラも自分たちと似たような好戦的な表情を浮かべている。

 

「はじめえいっ!」

 

 ヴィオレッタの合図で森人と人狼がそれぞれ武闘場へバッと飛び込んだ。一段と盛り上がる観戦者たちの声援。アルと凛華は成り行きをじっと見守っていた。

 

 

***

 

 

 1戦目が終わった。マルクの辛勝だ。ボロボロなのはマルクの方で、エーラは指から血が出ているくらいだ。マルクの鼻がエーラを捉えて追い回す展開。だが、エーラはエーラでその形になると読んでいたらしい。

 

 罠を仕掛け、樹々の間に網を張り、死角から遠慮なしに霊気混じりの矢をぶち当て、植物たちに『錬想顕現(れんそうけんげん)』で象らせた棍棒や拳で迎撃していたが、マルクは歯を食い縛って耐え抜き、根性で勝利をもぎ取った。

 

「二人ともお疲れ。勝ったはずなのにマルクの方がボロボロだね」

 

「うるせえ、俺が一番わかってるっつーの。あー、よかった。どうにか三連敗にはならずに済んだ」

 

 アルの冷やかしを憮然と受け止めるマルク。そこにエーラもやってきた。

 

「あーあ、負けちゃったぁ。やっぱ悔しいなぁ」

 

「指は大丈夫なの?」

 

「うん!途中で弓懸が破れちゃっただけだから」

 

 凛華の労いに問題ないと返すエーラの弓懸(ゆがけ)は親指と人差し指の溝部分を中心に擦り切れて破れていた。指が擦れていたのは、それでも弦を引き続けたからだ。

 

「結局一勝二敗か。だぁぁ~・・・悔しいわ」

 

「ボクだってそうだよ。さっきだっていけると思ったのにさ」

 

「俺にも意地ってもんがあるんだよ」

 

 言い合うエーラとマルク。模擬仕合を全て終えたせいかその顔に緊張感や闘志は残っていない。

 

「じゃ、最後の試合行ってくるから応援してて」

 

 アルは立ち上がってそう言った。凛華も静かに席を立つ。武闘場の整備にもう少しかかるだろうが、身体を温めておくつもりだ。

 

 そんな剣士たちにエーラは視線を注ぐ。いつもの彼らの稽古は何度も見てきているが、雰囲気が違う。剣気と呼べば良いのだろうか?圧迫感が鎬を削っていた。

 

 剣士同士にしかわからない独特の空気。エーラは少々嫉妬を感じながら声をかける。

 

「どっちも応援してるからがんばってね!」

 

「いっそ三連勝してこいって言いたい気分もあるけど、連勝を止めてやれとも思う。どっちも頑張れよ」

 

 からからと快活に笑うマルクとニコニコしているエーラに手を振って、アルと凛華は闘技場の方へ向かった。森人たちが急いで武闘場を整えている。

 

 アルと凛華がそれぞれの開始地点に別れようとしているところへ八重蔵が現れた。2人を待っていたらしい。

 

「ようお前ら、気合は充分って感じだな。とやかく言う気はねえが、師として一言だけ言っとこうと思ってよ」

 

 そう区切った後、楽しそうにこう続ける。

 

「全力でやってこい。お前らの成長、見させてもらうぜ」

 

「「はいっ!」」

 

 ニッと笑って見せる八重蔵に六道穿光流とツェシュタール流の剣士はそれぞれ威勢よく応えるのだった。

 

 

***

 

 

 整え直された武闘場の前にアルは佇んでいた。ヴィオレッタの合図ももうすぐかかるだろう。今は凛華の姿も離れた対面にいて見えない。

 

 ふっと短い呼気を吐く。エーラやマルクのように凛華も何か用意しているだろう。間違いない。その場で対応してみせるしかない。

 

 正直なことを言えば、アルとて隠し玉は考えていた。しかし結局用意していない。なぜなら考えつく案すべてが微妙だったからだ。

 

 ”魔法”が使えないというわかりやすい弱点があるのは己のみ。ここを突けば勝てるなんていう弱点はあの3人にはない。

 

 用意しておいた術式を組む間に隙を突かれるか、出しどころを間違えて決定的な隙を晒すか。脳内シミュレートの結果、そんな未来しか見えなかったのだ。

 

 しかし今は、不安である。なんでもいいから作っとけば良かったと後悔していた。

 

「皆よ、最後の仕合じゃ!同門同士の一騎討ち、アルクス対凛華じゃ!アルクスには三連勝が懸かっておるし、凛華には二勝が懸かっておる!先ほどのような熱い闘いとなることは間違いなかろう!さて二人とも準備は・・・・万端のようじゃな。

 

 では最終戦、はじめえいっ!!!」

 

 ヴィオレッタの号令と共に剣士たちが飛び出す。歓声がひと際高く上がった。

 

 後悔に苛まれていた意識を蹴り飛ばすように切り替えたアルは、武闘場の中心部へ向かって軽めに駆け出す。凛華が外周から責めてくるような気はまったくもってしなかったが、警戒しておいて損はない。

 

 特に何も起こらないまま中心付近まで来たところで、

 

 ドゴオオオンッ――――!

 

 と地面が弾け飛ぶような轟音と振動が響いてきた。しばし固まっていたアルはやがてニッと笑い、

 

「乗った!」

 

 と声を上げて音の発生源へ脇目も振らずに駆ける。

 

 アルが音の発生源――――武闘場の中心部へ辿り着くと凛華が腕を組んで待っていた。どうやら最初からここ目掛けて一直線に突っ走ってきたようだ。

 

「待った?」

 

「大して待ってないわ」

 

「なら良かった」

 

「よくわかったわね?」

 

「そりゃわかるさ」

 

 アルは苦笑を返す。まどろっこしいから正々堂々やろう。そんな凛華のメッセージは正しく受け取れていたようだ。

 

 凛華は嬉しそうに不敵な笑みを浮かべた。

 

「そっ。じゃあ準備はできてるわね?」

 

 そう言って背中に担いでいた重剣をずらすように引き抜く。それに合わせて凛華の白い肌に独特の模様が浮かび上がってきた。『戦化粧』だ。青い瞳の上に薄青紫のアイシャドウがスッと引かれ、唇に薄紅が差す。

 

「できてるよ」

 

 アルは答えながら『八針封刻紋』をカチカチと解除した。青黒い髪が一気に暗い灰髪へと変化し、緋色の瞳が凛華を見据える。

 

「勝たせてもらうわよ、アル」

 

 鬼人少女の肌と同じく白かった二本角の先端が淡い露草色に変化し、同色の華が額に咲いた。

 

「それはこっちの台詞。三連勝はもらうよ」

 

 アルの右眼の龍眼に青白い流星群が流れ込んでいく。『釈葉(しゃくよう)の魔眼』。次いでアルは微かな金属音をさせて鯉口を切った。

 

「させるもんですか」

 

 美鬼の瞳に金環が浮かび、『修羅桔梗(おにききょう)の相』が完成する。

 

 ”魔法”が発動しきると凛華はすかさずアルに向けて疾駆した。

 

 バッガンッ―――!!

 

 アルが太刀を引き抜きながら紙一重で身を逸らすのとほぼ同時に振り下ろされた重剣が地面を砕く。アルも慣れたものだ。すぐさま太刀を右に薙いだ。巻き上がった土砂など意にも介さない。

 

 太刀に反応した凛華は右足を一歩下げる反動を利用して左足で重剣を蹴り上げる。重剣が浮いたと見るやいなや急速反転、深く落とした体勢から間合いを詰めながら回転切りを放った。

 

「だあッ!!」

 

 ツェシュタール流大剣術『交叉輪舞(こうさりんぶ)』。相手の攻撃を誘発して最速のカウンターを放つ技。ツェシュタール流の大剣術にはこうした重量と間合い(リーチ)を利用したカウンター技や出鼻を挫く剣技が多い。

 

「ちっ」

 

 アルはやむなく重剣の剣身に鍔を引っ掛けるようにして斬撃だけをいなし、衝撃は自ら後方へ跳ぶことで最小限に留めた。そこへ冰針が飛来する。

 

 龍眼を発動しているアルは最小限の動きだけで避けつつ、ドン!と一気に前へ踏み込んだ。左後ろへ太刀を流して脇構えをとり、一投足で凛華との距離を潰す。

 

 そして重剣の間合いに飛び込むやいなや蒼炎弾をボウッ!と吐いた。

 

 凛華は誘いに乗らず、落ち着いてグルングルンと重剣を回して蒼炎弾を消し飛ばす。蒼炎で一瞬だけ見えなくなっていたアルが完全に姿を眩ましていた。

 

 ―――――真下!

 

 直感に従って凛華は手元で重剣を回転、刃先が下に向くとすぐに地面へ突き立てる。そこに一気に間合いを詰めていたアルが突喊しながら剣技を放った。

 

「はッ!」

 

 六道穿光流『雲居裂(くもいさ)き』。中伝に至っているからこそ基礎の型を必要としないアルの独自剣技(オリジナル)

 

 伸びあがりつつ放たれる天まで斬り裂かんとする左逆袈裟の体重を乗せた斬り上げ。

 

 それでも重剣なら防げると判断した凛華はアルの眼を見て己の間違いに気づいた。

 

「『蒼炎気刃(そうえんきじん)』ッ!!」

 

 太刀が重剣にぶつかる直前にアルが叫ぶ。

 

 ガアアアン―――ッ!

 

 金属同士を打ち鳴らす轟音が周囲に衝撃波をまき散らしながら響き渡った。重剣に防がれると判断したアルが太刀に闘気と蒼炎を纏わせたのだ。

 

「く、うっ・・・!?」 

 

 凛華は重剣ごとザザアーーーッと溝を残しながら後方に弾き飛ばされる。魔術に精通しているアルならではの早技だ。

 

 ―――――見誤った。

 

 そう考えた凛華へ向けてアルは太刀を大きく振りかぶる。余計な魔力を無駄なく使うつもりなのか、そのまま太刀を振り下ろした。『飛焔烈衝(ひえんれっしょう)・蒼』。轟々と溢れていた蒼炎が(やじり)と化して凛華へ飛翔する。

 

 凛華は蒼の剣閃をキッと真っ向から見据えた。すぐさま重剣に鬼気を流し込み、

 

「てぇあああああッ!」

 

 軸足をダン!と踏みしめ空間ごと引き裂くように薙ぎ払う。

 

 以前使っていたツェシュタール流大剣技『鉄砕覇斬』を昇華させた剣技。

 

 ツェシュタール流大剣術『鋼砕覇斬(こうさいはざん)』。

 

 その割に直截的というか安直な剣術名はあまり凛華の好みではないが。

 

 ゴウ―――ッ!

 

 『飛焔烈衝・蒼』は一刀の下にかき消されたがアルは一顧だにせず、太刀を構えてタンッ!と軽い足音をさせて加速する。凛華は重剣を両手で構え、正面から迎え撃った。

 

 

***

 

 

 そこからは周囲を巻き込んでの乱戦となった。アルが放つ高速の剣技と蒼炎、魔術が地を焼き、吹き飛ばし、森を穿つ。

 

 そして凛華の撃ち放つ冰や太刀を弾き飛ばす衝撃波を含んだ剣技の数々は周囲を凍てつかせ、地を砕き、木々をなぎ倒していく。

 

 精緻な技巧と並外れた威力。そのどちらもが光る激しい衝突は観戦席の外の森にすら波動を伝播し、鳥獣たちは我先にと逃げ去る。

 

 観戦していた住民たちは目を剥いていた。

 

 彼らが見ている『連血水鏡(れんけつすいきょう)』では今も武闘場内を火花が散り、蒼炎が爆発し、冰輪が地を奔っている。

 

 すでに10分以上はこの調子だ。とても14歳同士の闘いには見えない。

 

 周囲はもうボロボロで、あちこちの地面が割れて冰が張り付いていたり、炭化した木々が転がっていた。

 

 アルと凛華はハイペースで体力と魔力を消費する戦闘を続けているが、膠着状態――――実力が拮抗しているせいでどちらも有効打を与えられていない。

 

 アルの素早い動きとそれを上回る剣速。加えて『釈葉の魔眼』と龍眼のおかげで反応速度も常軌を逸している。

 

 そのせいで視認しづらい攻撃を仕掛けつつ凛華の攻撃もうまく捌いていた。

 

 魔術と魔力の扱いにかけては凛華より格段に上なこともあって、急場しのぎの受け流しには闘気まで活用している。

 

 凛華は凛華でアルほど速くは動けないがそこは『戦化粧(いくさげしょう)』がある。

 

 特に『修羅桔梗(おにききょう)の相』は戦闘特化、馬力も反応速度もアルから見ても異常と言えた。

 

 押し切れたと思ってもピクリとも動かないことなどザラ。そもそも簡単にアルの太刀を受け止めようとしない。

 

 躱せるものは躱し、いなせるものはいなすと同時に反撃をしっかり仕掛けてくる。

 

 アルは内心の焦りをおくびにも出さず思考していた。

 

 ―――――千日手だ。

 

 手詰まりを自覚していたところで、凛華が急に動きを変えた。

 

 ―――――先手を取られた!

 

 心中で舌打ちしつつ下手な手を打たないよう注視する。凛華はこちらへ冰柱(つらら)を撃ち出すように左掌を向けてきた。

 

 ―――――冰、じゃない?

 

 そこには何かが渦巻いている。思わずアルは『魔眼』で直視して、

 

「なんっ!?ぐっ!うぁっ!?――――――しまった!」

 

 悲鳴のような声を上げた。アルの右目が光を失う。一時的な失明(エラー)だ。

 

 凛華がアルへ向けていたのは魔術。それも新術などではない。様々な鍵語を()()―――つまり立体的に詰め込んだ塊だったのだ。

 

 通常の術式はそんな描き方をしない。

 

 アルの『封刻紋』ですら、重ねてはあるが立体に膨らむほどの鍵語量はない。

 

 鋭い頭痛と共に見えた断片的な情報からありったけの鍵語をぐちゃぐちゃのごった煮の如く束ねたものだと理解できた。

 

 つまりこれは――――。

 

「はぁっ、はぁ・・・やっぱり引っかかったわね!」

 

 アルの攻撃をたびたび受け止めて体力的に辛くなっていた凛華は快哉の声を上げる。この術式は対アル専用の切り札(ジョーカー)だった。

 

 意味も知らない鍵語を様式も拾い上げて一纏めにした出来損ない(ジャンク)

 

 『時明しの魔眼』を持つヴィオレッタには何の意味もないだろうが、アルの『釈葉の魔眼』にはきっと効果がある。

 

 このためにヴィオレッタから借りた辞書のように分厚い鍵語表から咄嗟に描ける鍵語をひたすら拾い出したのだ。

 

「でぇやあッ!!」

 

 凛華は間髪入れずにアルの暗くなった緋色の右眼側――――死角から一気に近づいて重剣を振るった。

 

「ぐぅっ!?ぅああっ!」

 

 一瞬の動揺。その隙に肉薄した凛華の重剣はアルを強かに殴り飛ばす。刃こそ防ぎはしたものの芯に響く有効打だった。

 

 凛華は少々ザワついている心中を押し隠して後を追う。

 

 ちなみに観戦者たちがこれに文句をつけるようなことはない。相手の弱点を突くのは勝負なら正道。そこを履き違えた者から死んでいく。

 

 アルとて凛華に明確な弱点があったなら問答無用で突いていただろう。

 

 ゴロゴロと転がって泥をひっかぶっていたアルは勝負を諦める気はないのか、跳ね起きると蒼炎の短剣を飛ばす。

 

 しかし狙いが少しズレているのか、3本中1本しか凛華への直撃弾はなく、残りは至近弾だ。

 

 凛華は直撃コースにある蒼炎短剣だけを掻き消して、己に喝を入れるように叫んだ。

 

「諦めなさい、アル!すぐに終わらせてあげるわ!『冰気槍刃(ひょうきそうじん)』!」

 

 重剣が冰を纏い一回り太く変化する。マルクと違いアルの使う『気刃の術』をそのまま使っただけ。

 

 凛華は眼にグッと力を入れて『冰気槍刃』が発動した重剣を担ぎ、ドン!と泥を撥ね上げながらアルへ迫った。

 

「まだ、だよっ!」

 

 アルの左瞳が緋色に輝く。太刀をガッと咥え蒼炎弾と雷撃を両手で連射した。

 

「無駄よっ!」

 

 それでも凛華が魔眼側に避けるたび、一々タイミングがズレる。失明状態に慣れてきてはいても凛華の動きを追えるほどではない。

 

 ほとんど気配任せに放たれた蒼炎弾と雷撃は先ほどまでの正確なそれに較べると数段劣っていた。

 

 凛華は『冰気槍刃』で属性魔力を消し飛ばしながら、アルの死角から振りかぶる。

 

「『蒼炎気刃』ッ!!」

 

 それでもアルはさすがだった。気配を読み、凛華の思考を読み、口からパッと太刀を離し的確に凛華の一撃を防ぐ。だが凛華は渾身の力を込めて振っているのだ。

 

 いくら『蒼炎気刃』を使っても衝撃は逃しきれず吹き飛ばされた。水切りした石のように撥ね転がり、煤泥まみれになりながらアルが起き上がる。

 

 完全に先ほどまでの拮抗が崩れていた。

 

 

***

 

 

 ズッザアアアアアアアッ――――――!

 

 またアルが吹き飛ばされた。あれからアルがブッ飛ばされ、起き上がって来たのは通算で5度目。凛華は正直に言えば辛い。

 

 首筋に刃を当てて勝敗を決しようとしても、それだけは絶対に嫌なのかアルはギリギリで躱して太刀を振るい、蒼炎を放ってくる。

 

 凛華にだって余裕はないのだ。こうしている間にも魔力も体力もどんどん目減りしている。

 

「もう、やめてアル。降参しなさい」

 

「ハァ、ハァ・・・・やだね。やっと勝つ道を見つけたんだ」

 

「・・・・・」

 

 意固地になっているようには見えない。緋色の瞳は泥だらけのアルの中で唯一輝いている。このアルはよく知っている。

 

 まだ紅い瞳をしていた頃はこんな目をしていた彼のおかげで自分たちは生き延びた。

 

 凛華は奥歯をグッと噛みしめて宣言する。

 

「・・・・・わかった、次で決めるわ」

 

「ふぅ、ふぅ・・・・『蒼炎気刃』」

 

 刀身に指を沿わせ魔術を発動するアル。普段よりその蒼炎が太い、刀身が見えないほどだ。あちらも全力だと判断した凛華は、バンッと踏み切り、間合いを急速に詰める。

 

 今度は蒼炎が飛んでこない?凛華が疑問を浮かべた瞬間、轟ッ!と蒼炎弾をアルが吐き出した。凛華の上半身ほどもある巨大な蒼炎だ。

 

「ちいッ!」

 

 凛華は舌打ちしながら迫る蒼炎を叩き斬って、アルの死角から太刀を吹き飛ばすように左薙ぐ。

 

 刹那、『蒼炎気刃』と『冰気槍刃』が衝突。拮抗するも程なくして重剣が押し勝ち、アルの得物を弾き飛ばした。しかしアルの動きは止まらない。重剣を持つ凛華の右腕を取ろうと腕を伸ばしてくる。

 

「この・・・っ!」

 

 ―――――もう殴って眠らせるしかない!

 

 凛華はそう決断し、突き込むように差し出した重剣をアルの死角から顔目掛けて振り抜く。これしかなかったがこれ以上無闇に傷つけたくはなかった。

 

 その瞬間、アルの瞳がギラリと光る。完璧なタイミングで振るわれる重剣を捉えているかのように、頭を低くして紙一重で躱した。

 

「なっ!?」

 

 驚く凛華の懐にアルが飛び込む。次いで振り抜いた凛華の両手首に触れ、軽く雷を流した。

 

「うっ!」

 

 痺れて重剣を取り落とた凛華は飛び退こうとするが動けない。

 

 なぜなら己の首筋にアルが右手で逆手持ちした太刀を添えていたからだ。

 

 左手の方は凛華の直剣の柄を押さえている。

 

 ―――――太刀ならさっき弾き飛ばしたはず。

 

「ふぅ、ふぅっ・・・俺の勝ちだよ、凛華」

 

「う・・・どうして、あんた、太刀は」

 

「こう泥だらけだとわかんなかったでしょ?」

 

 そう言われて凛華は弾き飛ばしたと思っていたものに目をやる。泥まみれになっているのは朱色の何か。

 

「鞘・・・・?まさか、すり替えたの?」

 

「うん」

 

 アルはギリギリで蒼炎弾を放ちながら太刀を背中に押しやり、鞘とすり替えたのだ。そして即座に魔力をほとんど込めた『蒼炎気刃』を鞘に発動させた。

 

 アルの独自魔術だからこそ出来る曲芸のような技。

 

「じゃあ、一瞬で弾き飛ばされたのも」

 

「うん、わざと」

 

 あまりに抵抗がなければ怪しまれるとわかっていたため、極々僅かな一瞬―――それこそ極厚の蒼炎気刃の刀身を覗かれるギリギリで自ら手を離して油断を誘った。

 

「って・・・待ってよ。右眼は?なんで・・・?もう見えてるの?」

 

 凛華の頭には疑問が満たされている。アルの魔眼は失明すると一時間は最低でも復帰にかかるはずだ。そう思って間近で見るアルの右眼はまだ暗い。

 

「まだ見えない。あれだよ」

 

 凛華の斜め後方を目で指すアルに言われるがまま視線だけ移動させる。そこには途中で薙ぎ倒されている木々の根元や陰に『水鏡(みかがみ)』が3つほど張り付けられていた。

 

 ―――――あれで死角を?

 

「ぶっ飛ばされながら『水鏡』を置いてたの・・・・?」

 

「うん。3回目くらいからね」

 

「・・・あたし、騙されてた?」

 

「いやそれ、こっちの台詞だよ。失明狙いとか、なんてこと考えるんだほんと。てか俺の勝ちでいい?いい加減腕疲れたよ」

 

「え?」

 

 言われて気づいた。アルは傷つけないようにしてくれているが、凛華の喉元には刃が当てられていた。

 

 途端に悔しいようなほっとしたような複雑な感情に襲われる。

 

「・・・・・あたしの、負けよ」

 

 やがて絞り出すように口を開いた。

 

「だあぁぁーーーーしんどかったぁ」

 

 その途端脱力して座り込むアル。凛華もぺたんと座り込んだ。疲れがどっと押し寄せてくる。

 

 『戦化粧』も解除し、ぽーっとする凛華にアルがニカッと笑いかけてきた。

 

「三連勝!凛華たち相手に!」

 

 緋色の瞳をキラキラさせて誇らしげに笑うアルに何を感じたのか、しばらく呆けていた凛華だったがややあってポツリと呟く。

 

「やっぱあんたの瞳は紅が似合うわ」

 

「急に何さ?まあこのままってのもアレだし、しばらく待っててよ。ちゃんといつか見せたげるからさ」

 

「・・・ほんとに?」

 

「うん、約束」

 

 そう言ってアルは『封刻紋』を閉め直す。そこにヴィオレッタの声が聞こえてきた。

 

「勝者アルクス!二人とも熱戦じゃったのう。凛華の知恵には儂も驚いたわい。アルも最後まで投げなかったのう。儂でも騙されたぞ?どちらにせよ良い勝負じゃった!皆拍手!――はもうしておるの。とりあえず二人ともリリー行きじゃ、戻っておいで」

 

 何とも締まらないMCに脱力していた2人は立ち上がり、

 

「戻ろっか」

 

「そうね」

 

 それぞれ武器を拾い直して歩きだす。

 

「ねえ、鞘曲がっちゃったんだけど」

 

「あたしを騙すからよ」

 

 並んでそんな会話をしながら、ところどころ躓くアルを凛華がフォローして観戦席まで戻るのだった。

 

 

***

 

 

 武闘場から出てきた2人に住民もとい観戦していた者たちは大盛り上がりだった。曰く、「凛華がアルを罠に嵌めたときは見事だった」とか、「あの場面で諦めなかったのは立派だった」とかそれ以前の闘いは「激戦ながら決して力押しではなく鍛錬を積み上げた成果を感じられた」だとか。

 

 もみくちゃにされながら出てきた2人を母たちとエーラやマルクが出迎える。

 

「頑張ったわねぇ~。凛華もアルクスちゃんも凄かったわよ」

 

「もう冷や冷やしっぱなしだったわよ。見てるこっちまで騙すなんて悪い子ね」

 

「ホントだよ!怪我は大丈夫?二人ともリリーさんとこ行こ?」

 

「お疲れさん。やるじゃねえかよアル。マジに三連勝しちまうとはな」

 

 口々に労いの言葉をかけながら迎えてくれる4人に、アルと凛華は顔を見合わせどちらからともなく笑みを溢した。なんとなくほっとしたのだ。しんどい仕合だった。凛華は精神的に、アルは肉体的に。

 

 長いようで短かった頭目決めが終わりを迎える。観戦していた者たちにとってもアルたち4人にとっても思い出に残る3日間となった。

 

 

☆★☆

 

 

 そんな6人を八重蔵は少し離れたところから見ていた。

 

「行かんのか?娘と弟子だろう?」

 

 後ろから声を掛けてきたのはマモンだ。

 

「ん。ああ、後でな。というかお前もだろ」

 

「もう労ったさ。誇らしいものだ。お前はどうしたんだ?」

 

 マモンは息子の仕合後、常になく興奮した様子で散々褒め千切っていた。マルクが「もう勘弁してくれ!」と本気で頼むほどに。

 

 それに比べてこの友人はどうしたというのか?

 

「いや、えれぇ愉快な気分でな。あいつらの成長が嬉しいのさ。ちゃんと仕合、見てたか?」

 

「見ていたとも」

 

「あいつら、すっげえだろ?」

 

「ああ、凄かったさ。だからこそわからん。なぜ行かんのだ?」

 

 そこまで嬉しそうな顔をしておいて褒めないとはどういうことだ?疑問を呈すマモンに八重蔵は口を開く。

 

「だからこそだよ。俺のガキの頃なんざ、あいつらとっくに超えてやがる。お前んとこのマルクもラファルんとこのシルフィエーラもな。

 

 このまま行きゃあ四人とも俺らなんざメじゃねえくらい成長する気がしてんだ。だから、ここで満足させちまったらダメなんじゃねえか、止まっちまうんじゃねえかって思ってよ」

 

「・・・・・なるほどな」

 

「今行ったら確実に褒めちまう。そりゃもうこれ以上ねえってくらいに。けどそれであいつらの歩みは止めたくねえんだ。だからこうして、もちっと落ち着くまで待ってんのよ」

 

 理解できた。こいつも自分たちと同類だ。マモンは八重蔵同様ドカッと腰を下ろした。

 

「ふぅむ・・・俺はもう褒めてしまったからな。どうしたものか」

 

「旅立つ前に”深化”を見せといたらいいんじゃねえか?それ見てりゃあマルクは止まらねえだろう」

 

「”深化”か・・・早い気もするが考えておこう」

 

「おう、そうしな。はぁ・・・にしてもユリウスの野郎はちゃんと見てたのかねえ?」

 

 八重蔵の言葉にマモンは「そうだな」と頷く。叶うことなら父親たちで集まって子供の自慢をしながら応援したかった。この場にいないのが悔やまれる。

 

「・・・報告に行けばよかろう。俺も同行する」

 

「おっ、いいねえ。酒持ってって語り尽くしてやろうぜ。アイツと一緒で諦めが悪くて、最後まで勝負を投げなかった息子のことをよ」

 

「フッ、そうだな。あれには俺も騙された」

 

「俺もだよ、まったく」

 

 あの距離じゃアルの魔術行使を追えない。何よりヴィオレッタの使い魔越しじゃわかるわけないだろうというのが正直な感想だ。

 

 八重蔵が落ち着くまで2人の父親はユリウスの墓前で報告することを語り合い続けた。武闘場の中を駆け抜ける風が2人を巻き上げるように吹いてくる。

 

 それは熱戦が繰り広げられた闘技場を通って来たはずなのに、どこか心地の良い爽やかさを感じる涼風であった。




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