また「小説家になろう。」と「カクヨム」にて同作を2~3日に1度連載投稿しております。
現在両サイトにて投稿されているものとこちらに投稿するものは少々文体が違う場合があります。
こちらへは定期的にある程度纏めて更新していく予定です。
頭目決めが行われてから半月ほど経った日の早朝、隠れ里の中央広場にはアルクス、凛華、シルフィエーラ、マルクガルムが出郷準備を整えて待機していた。
必要なものを背嚢に詰めて準備を終えたと報告したところ、広場で待っているようにとのお達しが来たのだ。
両親やそれこそ里長であるヴィオレッタに挨拶をして出て行こうとしていた4人は素直に了解した。
「ヴィオ先生のことだから見送りだと思ってたんだけど、違ったのかな?お父さんもお姉ちゃんもソワソワしてたし、てっきりそうだと思ってたよ」
首を傾げるエーラにマルクとアルは頷く。
「合ってると思うぞ?」
「うん、それに俺と凛華の新しい剣もまだ受け取ってないし」
「あれからすぐに頼んだから流石にもう打ち終わっててもおかしくないわよね?」
「そのはずなんだけどなぁ」
2人は頭目決めが終わってすぐ刀鍛冶の源治と鍛冶師のキースにそれぞれ刀と重剣を頼んでいた。
というのも最後に打ってもらったのは2年と少し前。ギリギリ子供の使う尺で打ってもらったものを使っていたからだ。
成長期であり、簡単に里に戻る手段がなくなるこれからを思えば武器を新調するのは当たり前だった。
刀にしても重剣にしてもそこいらの店売りのもので事足りる気もしないし、何よりも命を預ける道具への信頼性は高くなければならない。
だから今のアルと凛華は背嚢こそ背負っているものの無手だ。
使っていた太刀と重剣、凛華が
トリシャも水葵も思い出として取っておくとのことだ。
ちなみにマルクはそもそも無手であるし、エーラも頭目決めまで使っていた弓では足りないということで、今度は家族総出で作った弓を肩に引っ掛けている。
以前のものよりも長尺で、色合いも更に暗い。今回は元々使っていた梓と真竹に紫檀も入れた3種類の樹で織り造られた複合弓だ。
4人が里を出ようにも出られないという話をしながら待っていると、トリシャをはじめとしたそれぞれの家人に、里長であるヴィオレッタ、鍛冶師2人と蜘蛛人族の小町、人虎族の面々たちまでぞろぞろと集まってきた。
―――――随分多いなぁ。
アルの率直な感想だ。師と親兄弟、鍛冶師2名はわかるとして残りは一体?
合流するとトリシャが真っ先に口を開く。
「もう集まってたのね。ホント早いわね~」
名残惜しむようにぴったりと寄り添ってくる母。
「母さん、見送りはわかるけどなんでこんなにいっぱい?」
特に嫌がるでもない様子のアルが訊ねた。
「お前さん方、新しい剣頼んでたろ?」
その問いにはいつもの如く葉巻をふかすキースが答える。
「源治おじさんとキースおじさんの方はわかるわよ」
残りのメンツがよくわからないと凛華。アルもその通りと頷いた。
「ま、いろいろあるんだ。ほれ、先におめえさんらの新装備だ。気になっとったろう?今まで打った中でも三本に入るくらいの出来になったでな。キースの打った重剣も滅多にないシロモンになっとる」
そう言って巨鬼族の鍛冶師、源治が四振りの剣を手渡してくる。よくよく見なくてもわかる。
前より一回りほど大きく、太く、長くなった重剣と直剣、そして二振りの刀。重剣と直剣を凛華が取り、アルが残りを受け取った。
アルは受け取ってすぐ掲げるように二振りを見る。
一振りは艶やかな黒蝋色の鞘に、鍔から反ったような打刀だ。
反りがそこまで深くなく、刃長はアルがひしゃげさせたものより断然長い。
それでもなんだか懐かしい気分になる。
「そいつに使ってあるのは前の太刀と同じ刃鱗土竜の素材だが、ちっとばかし違う」
「違うってどういうこと?」
トリシャが気を使って下がり、アルは打刀を抜いてみた。音もなくスルリと抜けた刀身は鈍色に照り返している。
鱗のような肌の地鉄に波打つような
「そいつにはこっちの直剣と同じで鋼と魔銀鉱石、そんでもって
源治の言葉に凛華も直剣を抜いてみる。武骨な装飾の鉄鞘から抜かれた直剣はアルの打刀と同じ鈍い光を照り返していた。
剣身だけなら一般的な直剣に見えるが鍔に当たる部分が最小限になり、剣身そのものも一般的なソレより幅が少々広く、皮革の巻かれたグリップも妙に平たい。
柄尻は小さめの輪になっていて紐なんかなら通せそうだ。
アルの前世、かつての中国にあった直刀と直剣が融合したような剣だった。
「刃尾まだあったの?てっきり何かに使ったのかと思ってた」
「んなことするか。お前さんらが苦労して狩ったやつだぜ?一番いい素材を適当に使うわけねえだろ。満場一致でお前さんらに還元しようって話になったんだよ。ほれ、エーラ嬢ちゃん用に小剣も打っといたからな」
「わはっ!いいの!?ありがと!」
凛華の感想にそんなことを言いつつ、エーラに小剣を手渡すキース。素直に喜んだエーラは剣士2人を倣って剣を引き抜いてみる。
さほど幅は広くない短いものだが戦闘で振るっても問題なさそうな厚みをしていた。切っ先の形状からしてどちらかと言えば刺突向きだ。
エーラはすぐに満足したのか、いそいそと後ろ腰につけた。
下手に柄が突き出ると弓を引くのに邪魔だったがかなり気の利いた尺だ。あまり膨らまないのも気に入った。
「俺は?」
マルクが問う。
「お前さんに渡しても正直使うか微妙だったからな。作業用の短剣は作ったが、要るか?」
「要るよ、仲間外れはやめてくれよ」
「そんなつもりはねえけどよ。自前の爪があるやつに剣渡してもなぁと思ってな」
「『部分変化』はできるけど細かい作業のたびに”魔法”使うって不便だし、ありがたく貰っとく」
「そうか?まぁそんじゃ貰ってくれ。手入れは欠かすなよ?」
「剣士二人に教わるよ」
マルクとキースの会話を聞きながらアルと凛華はそれぞれバランスを見たり軽く振ってみたり抜いてみたりと試してみた。
一通り満足いったのか、どちらからともなく鍛冶師たちに頭を下げる。
「ありがとう。これなら問題ないわ」
「うん、大丈夫そう。ありがとう」
だが、鍛冶師たちの返答は予期しないものだった。
「何言ってる。まだ本命を見てねえだろう」
「そうだ。おめえさん方、せっかちはいかんぞ」
キースも源治も本命はもっと凄いんだぞと言わんばかりだ。
「太刀も同じ素材じゃないの?」
「それが違うのさ。ま、とりあえず抜いてみな」
アルは打刀を鞘に納め、言われた通りに抜く前に太刀を見てみる。
紅っぽい塗りの鞘をした反りの強い太刀。刃長はこの感じならおよそ85~90
以前のものよりも長いし、反りも更に深く、重量も厚みも増している。鞘を彩る紅はその色調の中でも少々明るい、
鞘を打突武器として使うことも見越して、打刀と同じく鉄拵えの丈夫な仕様にしてある。
とことん実戦向きなのか縁頭に飾りっけはなく、鞘尻は打突の威力を上げるためか、更に別の金属で覆われていた。
加えて白い帯紐が一本通してある。
どうやら佩用ではなく腰に差して、抜けないようなら紐を使って抜くような仕様にしたらしい。
極東―――発祥地の方ではこれより飾りも多いだろうし太刀拵えもあったりするのだろうが、馬に乗らないし乗れないアルに向かないとオミットされたのだろう。
実際打刀から始めたアルはどうにも佩くというのが面倒臭くて、太刀でも腰に差してそのまま使っていた。
―――――打刀もあるし二本差しで構わないな。
そこまで心中でつらつらと所見を述べたアルだったが、そういえば抜けと言われたなと思い、太刀に手をかけいつものように鯉口を切ろうとして、
「んっ?」
と紅桜塗の鞘を見返した。
―――――抜けない。
「ん?んん?あれ?固《かった》くて・・・全然抜けない。
「うぅ~む、やはりそうなってしもうたか・・・・・じゃあ『封刻紋』を解いて抜いてみてくれんか?」
「『封刻紋』を?わかった」
源治の言葉に疑問符を浮かべながらもカチカチと5針戻すアル。灰髪になった状態で太刀を一気に引き抜いてみると―――――――、
「んおっ?抜けた・・・」
アッサリと抜けた。さっきまでの抵抗は何だったのかと言うほど軽い手応えだ。
抜けた刀身はもう一方と同じく鎬造り、美しい中直刃に地鉄は細かく沸え立つ小糠《こぬか》肌。打刀より少々明るい色合いをしている。
一瞬刀身に見惚れたアルだったが違う違うと首を横に振った。
―――――どういう原理?
「あぁ~・・・おめえさんでもそうなるか」
「これ、どういうこと?」
疑問を投げかける緋色の瞳へ、源治が答える。
「ワシとキースが打ったのは魔剣と妖刀での。そら魔銀鉱石に生物由来の素材を使っとるんだからそうなんだがの。どうもそいつはその中でもだいぶ気難しいタチの妖刀になっとるようだ。打ったワシでさえ鞘に納めてからは一回も抜けんかった」
「え?魔剣に妖刀?・・・は、まぁこの際置いとくとして何で打ったらそうなっちゃったの?」
「私の牙よ」
「なるほど、母さんの――――へっ?」
「そ、お母さんの牙を素材にしたのよ」
「え?って違うよ母さん、聞き取れなかったんじゃなくて・・・どういうこと?」
耳を疑ったアルに言い直すトリシャ。慌てて母の口元に目をやるが歯はしっかりある。そもそも牙と言っても2本くらいのはずだ、この刀身を打つだけの量にはとても足りないだろう。
―――――鰐やサメのような歯でもあるまいし。
「”変異型”は生え変わりがあるんじゃよ。だいぶ前に教えた話じゃし、『龍体化』が使えぬアルが覚えておらんのも無理はなかろう」
視覚情報と考察の齟齬にアルが固まっていると見かねたヴィオレッタが説明した。
「そうなのよ、鱗と牙は数年で生え変わるの。言ってなかったかしら?」
「知らなかった」
「俺昔、季節が変わったら毛が抜けたりするって言わなかったっけ?」
「龍人族もそうだなんて思ってなかったんだよ」
マルクに首を横に振ったアルはそんな風に答える。とんと覚えがない。
―――――蛇の脱皮みたいなものだろうか?あれ?蛇って成体でも脱皮するんだっけ?
思考がズレ始めたアルに源治が話を戻すべく口を開いた。
「トリシャが抜けた牙を大事に持っとって、『使ってくれ』と持ち込んで来おっての。強い魔族の牙と魔銀鉱石、最後に鋼、その三つを材料にしたらかなりの秀作に打ち上がった―――までは良かったんだけども、打ったワシでも抜けん代物になっとる。たぶんそれ抜けるのはおめえさんか母ちゃん本人だけだろうの」
トリシャがいつかきっと子供を守ってくれるようと保管していたそれを大量放出して打ったという太刀。元がかなりの強者であるため、それを鋳溶かして打たれた太刀も最初からかなりの癖がついてしまったらしい。
「俺でも『封刻紋』解除しなきゃ抜けないんだけど」
「たぶん足りとらんのだろう」
「それって龍気?魔力?技量?」
「その全部と見とる」
「いきなり課題が増えた・・・?」
なんだか母から認められていないような気持になりしょぼんと肩を落とすアルをトリシャがぽんぽんと慰めながらフォローを入れようとしたが、源治の方が早かった。
「しょうがなかろうよ、打ったヤツ拒否する太刀だからの」
なんて言い様だろうか。トリシャが融通の利かないやつみたいに聞こえる。
「護り刀って言うじゃない。そういうやつよ」
少々ムキになったトリシャがフォローというか反論を述べる。強者の風格などそこにはない。
「咄嗟に抜けん刀を護身刀とは言わん」
「大丈夫よ。アルならすぐにでもブンブン振り回せるようになるわ」
「期待が重いよ、母さん」
―――――この髪色になるまで鯉口すら切れない妖刀。
アルはジッと刀身を見る。扱い熟すにはかなりの修練と時間を要するだろう。そんな気がする。というかそんな気しかしない。
当分は『封刻紋』を解除して抜く他ないだろう。
特大の課題を突き付けられた気分になったアルを見ながら凛華は手元の重剣に目を落とした。
鞘ではなく、いくつもの革帯で構成され引っ掛けて重量を分散させるような剣帯に重剣が吊られている。
前の重剣もこうであったが、支える革帯の本数が2本ほど増えていた。
凛華はそれごと重剣をいつものように担いで、後ろ手にパチンと革帯を1本外しながら引き抜いてみる。
どこにも干渉することなく重剣はスルリと抜けた。
引き抜いた剣身を視界に収めた凛華は思わずほぅと息をつく。
―――――きれい。
先程から見えてはいたが、非常に美しい出来だ。
盾のように分厚い中心部、鍛えに鍛えられて触れるだけでもスパッと切れそうな剣先と刃先。そしてズシリと返してくる重量は威力を保証してくれているような感覚を与えていた。
以前使っていたものより長く、重い。柄の長さだけでも1.2倍ほどには伸びているのに持っている感触からしてバランスは変わっていない。剣尺にさえ気をつければすぐに馴染むだろう。
「凄い」
そう呟いた凛華にキースが誇るように喋りはじめた。
「どうだ?いい出来だろ?そいつに使われてんのは刃尾だけじゃねえんだぜ」
「それはなんとなくわかるけど・・・」
以前の重剣は陶磁器のような質感をしていたが、これは違う。地鉄は黒鋼のような色合いで、傾けると微妙に照り返してくる色が変わるのだ。
まるで爬虫類の尻尾のようだった。刃尾で作った直剣はこうではなかった、と頭を捻る凛華に耐え切れなくなったキースが答えを口にする。
「そいつは魔銀鉱石に刃尾と槍尾を鋳熔かして鍛えたもんさ」
「槍尾まで?アルが折ったやつ見つけたの?」
「おうよ。あれも結局骨の一部だけが灼け焦げてただけだったからな。穂先の部分は綺麗なもんだったぜ。使ったらそんな感じになってな。立派な魔剣だぜ?」
「それもわかるわ・・・・・ありがとう、キースおじさん」
自分たちにとっての転機、切欠とも言える魔獣がこうして手元で武器になっているというのはなかなか形容し難い気分ではある。
―――――だが悪くはない。
そう思った凛華は素直に頭を下げるのだった。
アルも源治に礼を言いいながら腰帯に二本差しにする。するとキースがこちらを向いた。
「アル坊、こいつも持って行きな」
「これ、短剣?」
キースが渡してきたのは何の変哲もない刃の大ぶりな短剣だ。柄尻の模様をどこかで見た気がする。そう思っているとトリシャが口を開いた。
「お父さんの長剣、お母さんが頼んで
アルはハッとする。
―――――そうだ、いつも居間においてあった折れた長剣。
父の形見だと言っていたものだ。改めて視線を手元の短剣に向ける。
使い込まれた柄には新しく皮革が巻き直されていたり手が入っているが、柄尻や鍔など装飾品はあえて元のものを綺麗に整えてあるらしい。
「・・・ありがと、母さん。キースおじさんも。見守っててもらうよ」
「うん、そうなさい」
「おうよ」
神妙な表情を浮かべるアルをトリシャは撫でながら短剣を見る。
―――――お願いね。
母はそう言ったような気がした。
「短剣としてもちゃんと使えるから安心していいぜ。元がしっかりした造りのもんだったからな。あ、でも術を付与して投げたりはすんなよ?鋼は鋼だからな」
「わかってるよ。すぐ投げるみたいな言い方しなくても」
口を尖らせるアル。しかしそんな主張ができる筋合いはない。
「お前勝てると思ったら主武器すら投げ捨てるだろうが」
キースは容赦なく言い放った。
「ふぐっ」
「お母さんも見てたわよそれ。マルクちゃんと戦った時も自分から捨ててたじゃないの」
「ぐふっ」
そこにヴィオレッタからの追い打ちが届く。
「撃ち出せると言うとるのに属性魔力の短剣と杭もすーぐ投げるじゃろ。実剣を持たせたらそのくらいはしそうじゃ」
「ううっ・・・いや、しません。父さんの剣は投げませんて」
しらーっとした目を向ける大人たちに冷や汗を掻くアルであった。
武器のお披露目にだいぶ時間がかかった為か蜘蛛人族の小町が焦れたようにトリシャにへみ寄ってくる。
「ね~え~、まだぁ?別れを惜しむのはわかるけれど、私の仕事も見てほしいわぁ」
「あ、ごめんね小町。さっ、アルたちにはまだ餞別があるのよ?」
「え、まだあるの?」
「そりゃあ本来ならまだまだお母さんたちの庇護下にいるはずの子供たちが里を出るのよ?これでもかって持たせるのが普通の親心なんだから。わかってちょうだいな」
「嫌がってるわけじゃないけどさ」
そう返すアルと3人は頷いた。それを見ていた小町がササっと4人の前に出てくる。
うきうきと楽しそうな様子からして、きっと服とかそういったものをくれるのだろう。
「んふふ~、じゃあエーラちゃんから渡そうかしら?さ、前出てきて~」
「なぁに?新しい服?」
「その通り!これよぉ~」
そういって小町がエーラに渡したのは頭巾《フード》のついた深い緑褐色の
「わぁ、軽っ!軽いねこれ」
「そうでしょ~?軽いけれど防刃性、防水性もしっかりあるのよぉ」
「へえっ!凄いねっ!あ、どうかなみんな?似合う?」
振り向いてエーラが軽く回る。ふわふわと漂うケープを纏う可憐な美少女の幼馴染にアルは素直に頷いた。
「うん、似合う」
「妖精みたいね?」
「そうだね。妖精みたい」
凛華の誘導尋問に矢張り素直に頷くアル。エーラは「うっ」と呻き、
「ま、まあ似合うなら良いかな、うん」
軽く頬を火照らせた。凛華はその様子を見てニマニマ笑う。後で仕返しが来るとは露ほども思っていない辺りが非常に彼女らしい。
「んふふぅ~。もう一つはこれ、胸当てよぉ。弓扱うなら持ってないとねえ」
「ありがと。こっちも防刃性あるの?」
「もちろんよぉ~。防具の意味も兼ねてるんだからぁ~」
「そっか、お母さんたちもありがとう!」
誰がそんなものを頼んだのか?当然わかるエーラはニコニコとした笑みを母と父へ向けた。
「次はマルクちゃんね~」
「俺にもあったのか」
「そりゃあ、あるでしょうよぉ」
「でも俺人狼じゃん」
「『人狼化』してもすぐに破れないような服作ってあげてるの私たちなのよぉ?」
「そりゃ知ってるし感謝だってしてるけどさ」
「なぁんか理屈っぽいのねぇ。ほら、渡すから着ちゃってぇ?」
そう言って小町がタンクトップのような
「小町ねえちゃんさ、これぴったりだけど『人狼化』できる?」
「やってみたらわかるわぁ」
小町に言われるがままほいっと『人狼化』するマルク。普段のマルク―――というか人狼族の戦士たちは変化しても問題ないようなゆとりのある服を着る。ぴったりとした服は破けるので着ないことの方が多い。
だからこそマルクは問うたのだが、驚くべきことが起こっていた。
「おお!これ、全然きつくねえ!」
変化した体躯に合わせて胴具が伸びている。分割されていた部分は広がるように腹筋型にスライドしていた。
「これが蜘蛛人族のワザってやつさぁ~。人狼族の毛皮は頑丈だけどやっぱり危ないからねぇ、急所の集まってる胴体の守りを固めたのさぁ。ついでに言うと胴は刃鱗土竜の鱗と鋼でできてるよぉ」
「まじか、あいつの鱗だったのかこれ。ん、じゃあこれ着てたらアルの『魔核突き』受けても問題ねえってことか?」
「『妖殻貫《ようかくぬ》き』だって言ってるだろ」
事あるごとに剣技名を―――使ったのは鞘だが、毎度間違えるマルクに即座にツッコミを入れるアル。2人のやり取りを見つつ、小町は「次ぃ~」と声を掛ける。
「凛華ちゃ~ん?」
「はいはい、あたしもエーラみたいなの?あんまりヒラヒラしてると振り辛いんだけど」
またあの子はっ!という水葵を押さえる八重蔵を尻目に小町はほいと手渡した。
「ありがと・・・えーと、これどうなってるのかしら?なんか肩っぽいところごわごわしてるんだけど」
面倒になった凛華がバッと開いたのは、
「凛華ちゃんのは上着にしたのよ~。防刃・防水性はエーラちゃんと同じで、他にも袂に小さなモノなら出し入れできるように軽く閉じてるわぁ」
そう言って小町は短裾羽織を凛華に着せる。最初から閉じきることは想定していないのか、内側から軽く紐がついていた。
「んー・・・動きは邪魔しそうにないわね。袖も意外とヒラつかないみたいだし。でもこれ真ん中開いちゃってるわよ?」
肩回りや袖は合っているのに前を閉じる丈だけ足りていない。前に足り過ぎていても邪魔だが、これは布地が足りてないのではないか?凛華の疑問に小町はふるふると首を横に振った。
「凛華ちゃんの戦い方見てわざとそうしたのよぉ~。真ん中はその大っきな剣があるから問題ないでしょお?でも袖口とか肩とか結構掠ってたからねぇ」
「あ、そういうこと。ちゃんと防具なのね。んー・・・どうかしら?」
そう言って袖口を持ってくるっと振り向く美しい鬼娘。今度はエーラが楽しむ番だった。
「ねえアル。凛華すごく似合ってるよね?」
その一言にハッとした凛華は慌てて口を開く。
「あ、やっぱりいいわ。小町ねえさ――――」
「うん、凛華は美人だからね。似合ってる」
さっさと切り上げようと小町に礼を言おうとするも、アルがうんうんと頷く方が早かった。少しも照れていない。まるでそれが常識だとでも言うかのような顔をしている。
エーラは凛華へしたり顔を向けた。
「さっきの仕草もかわいかったよね?」
「狙ってないのが余計にかわいかったね」
アルの誉め言葉に凛華はぐぐっと奥歯を噛みしめる。耳が赤い。エーラの復讐大成功である。
「小町ねえさん、その、ありがとう。気に入ったわ」
「んふふぅ~」
ご機嫌な小町から離れた凛華は、
「エーラ、あんたねえ」
すぐさまエーラへと突っかかった。しかしエーラも負けていない。
「お互い様だもん。でも嬉しかったでしょ?ボクに感謝してもいいよ?」
凛華は「くぅ・・・!」と悔しがりつつ、いまだ赤い耳に風を送りながらぼそりと呟く。
「覚えてなさいよ」
「あははっ」
「いや相打ちだろお前ら」
マルクの冷静なツッコミは無視された。アルは自分のは何だろうとわくわくしているためほとんど聞いちゃいない。
「最後ぉ、アルちゃん」
「あーい」
「アルちゃんには服じゃないのよねえ」
「でも小町姐さんは仕立て屋さんでしょ?防具なら鍛冶師だし」
「そうよぉ、だから服じゃなくて
「・・・・織布?」
「これよぉ」
そう言って小町は真紅の――アルの本来の瞳のような色に染め抜かれたターバンくらいの長さの織布を渡す。触ってみると想像よりもサラサラした滑らかな感触をしていた。
「防寒布?手触りは良いけど」
「
「龍鱗布・・・・まさか」
「当たりぃ~」
もしかしてという予想をもってアルは母へ視線を向ける。トリシャはにっこり頷いてこちらへやってきた。
「鱗も生え変わるの?」
「そうよ、魔獣とかの鱗と違って『
「でもこれ触った感触、布だよ?」
「そこは私の卓越した技術よぉ~」
小町がえへんと胸を張る。
「感謝してるって」
「トリシャの鱗はほんとに融通利かなくて大変だったのよねぇ~」
「ちょ、牙に続いてあんたまで!」
「冗談よぉ~、ただ丈が長すぎて苦労したのは本当よぉ?」
「しょうがないじゃない、これくらいないとアルを守れないもの」
「ふぅ~、親ばかねぇ。まあいっかぁ・・・・・アルちゃん、他の三人も。それは私たち蜘蛛人族の『
今んとこ最初からよく動くのはマルクちゃんのだね、そういう風に仕立てたから。不明なのがアルちゃんのだね、龍人族の鱗を織ったことはないから」
少々真面目な態度で小町がそう告げた。4人はきょとんとして、その後「えっ?」という顔を見せる。
「蜘蛛人族の『撚糸』は本来魔力を通せば自由自在に動くのじゃ。それを織り込んでおるのじゃから頑丈なだけなぞというショボい特徴では終わらぬぞ?」
ヴィオレッタの言葉を聞いて「まじか!」という顔をした4人。
アルなど早速とばかりに龍鱗布へ魔力をどばーっと流し始めた。が、どうやら思ったように動かすには慣れが要るらしい。
龍鱗布がアルの顔にヒュバッとへばりつく。
モゴモゴやっているアルを見て、少しずつ試そうと残りの3人は悟ったのだった。
***
隠れ里の東門、とうとうこの時がやってきてしまった。それぞれの親兄弟たちは別れを惜しんでいる。
凛華に何か言ってなぜか理不尽な逆襲を受ける兄の紅椿、シルファリスとシルフィリアが抱き着いているせいでエーラを抱き締められないラファル、ぐすぐすしたままマルクから離れないマチルダと割と淡泊なアドルフィーナ。三者三様だ。
アルは昨日トリシャと訪ねてきたヴィオレッタに散々別れを惜しまれたので小ざっぱりした様子でそれらを眺めていた。
ヴィオレッタがアルへと問う。
「アルよ、
「『頭目になったんだろ?今までお前を守ってくれてた人たちとは離れちまう。だからお前の判断一つで仲間を危険に晒す可能性もあるってことを頭から絶対に外すんじゃねえ。気合入れてけ、兄弟。それと何が起こっても自己犠牲なんぞまじでやめとけ』って昨日の夜言われました」
「そうか・・・・儂の言いたいことをほとんど言われてしもうたのう。しかし自己犠牲で死んだ者が自己犠牲を否定するとはの」
「そこに関しては何か俺の見てない記憶があるのかもしれません。死んでた間の記憶とか」
弟子の返答にふむと顎に手をやるヴィオレッタ。そこにさっきもいた人虎族の族長ベルクトといつもの双子エリオットとアニカ、そしてなぜかカミルとニナが歩いてきた。
「おはようございます」
「ああ。本当にもう出て行くのだな」
ベルクトが静かに訊ねてくる。
「はい」
アルは首肯した。
「そうか、すまないが少し時間をくれないか?」
「?はい」
時間?と疑問符を浮かべたアルの前にカミルとニナが進み出て来た。
―――――なんだ、喧嘩か?今更お礼参りか?最後にぼこぼこにしてやろうってやつだろうか?
一応謝罪に行ったことなどすっかり忘れて警戒するアルは次の瞬間、毒気を抜かれた。
「その、今まで悪い―――いや、すまなかった」
「あの、ごめんなさい」
「え?」
アルは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。そういえば謝りに行ったとき、2人はベルクトから無理矢理頭を下げさせられていたような気がする。アルはなんとなくその記憶を思い返し――――警戒心を働かせた。
―――――この二人、己が気づいていない内にまた何かやったのだろうか?
「俺たち・・・その、お前らは恵まれてるからあんなに強いんだって思ってて・・・だから今まで心から謝れなかった。でもお前らは里出るって言うし、次に戻るのはいつになるかもわからないって聞いて」
「その・・・悪かったよ。武闘場のあの闘い見て、”魔法”を使ってる相手と生身でやり合って勝ったアンタ見て、『恵まれてるだけじゃ無理だ』ってようやくわかった。あの三人が自分を罵倒されたみたいに本気でブチギレてたのもアンタの努力を知ってたからだってわかったんだよ。歯牙にもかけられてなかったのも、ようやく実感した」
「あ、ああ・・・うん。そう、なんだ」
微妙に気まずいアル。疑ってかかったせいでばつが悪い。
「だから、すまなかった。親父さんのことも聞いた。許してくれとは―――」
「いや。いや、許すよ。それに俺もあの時は心から謝ったわけじゃなかった。だからごめん。血に呑まれかけた片鱗だったんだろうけど、やっぱり言い訳だと思う。やりすぎた。もっと魔族流に1対1の決闘でもやれば良かった。カッとなってごめん。その・・・今更だけどニナとか顔大丈夫だった?」
「え、うん。里長様が治してくれたから。あ、言ってなかった。ごめん、悪かったよ」
「うん」
「「「・・・」」」
しばし居心地の悪い沈黙が続く。そこに母から逃げてきたマルクがやってきた。
「ん?」
微妙な雰囲気を敏感に察知したマルクはやがて「はっはーん」と頷いて喋り出す。口調がどこか露悪的だ。
「ようやく和解したのかよ。おいカミルだったな?お前、このままでいるつもりか?」
「え・・・?どういう意味だ?」
困惑するカミル。ニナも似たような表情を向けている。
「俺たちは自慢じゃないが、里でも優秀って言われてる」
「恵まれてたのは本当だし、努力も本物だけどさ」
合いの手を入れたアルだったが話をどこに持っていきたいのかさっぱりわからいない。
「で、お前たちは?元移民の改心したチンピラのまんまで終わんのかよ?って聞いてんだ。戻ってきた俺たちは間違いなくまた成長してるぜ?溝広げられて悔しくねえのかよ?」
アルはそこで察した。マルクは彼らに発破をかけたいらしい。
「それは・・・俺たちだって今は真面目に―――」
「うん」
カミルとニナはどうにも煮え切らない回答を寄越す。
「頑張ってるっつうんなら俺らが戻って来たときに決闘しようぜ。今よりもマシになってんだろ?それともなんだ?エリオットやアニカに負けてがっかりさせてくれんのか?」
明らかな挑発だ。だが、マルクの真意は伝わったらしい。カミルとニナの目に強い光が宿りだす。
「俺たちだって成長する。いや、してみせる。決闘上等だ。戻ってきたら俺たちの強さを教えてやる」
「そうさ、今に見てるんだね」
「ハッ!上等だ」
マルクがニヤリと笑った。カミルとニナもフッと笑っている。
カミルは次いでアルの方にも視線を飛ばしてきた。
「アルクス、お前もだ。戻ってきたらその強さ、俺にちゃんと教えてくれ。そのつもりなんだろう?」
その言葉になんとなく嬉しくなったアルは、力強く首肯する。
「わかった。そのときはきっちり勝ってみせる」
「楽しみにしておく」
「ああ」
それで会話は終わった。カミルとニナはどうやらすっきりしたらしく、ヴィオレッタとトリシャに場所を譲るように下がっていく。
双子の方はどうやらアドルフィーナといっしょに凛華やエーラの元へ別れの挨拶を済ませに行っているようだ。
ふと見れば、ベルクトが目で謝意を伝えてきたが、アルとマルクは顔を見合わせ首を横に振る。礼は必要なかった。
ようやく彼らと友人になれそうだと思えたから遊ぶ約束を取り付けただけなのだ。気を使ったわけでは、決してない。ベルクトはフッと笑い、それでも謝意を伝えて下がっていく。
そこに双子とアドルフィーナを連れたエーラと凛華がやってきた。
「アルクスにいちゃん元気でね」
「マルクおにいちゃんも」
エリオットがアルに抱き着き、アニカが2人に手を振る。
「アルにい元気でね、お兄ちゃんは、うん」
アドルフィーナは兄に対して非常に淡泊だった。凛華化が頭を過る2人。
「うんってなんだフィーナ。しばらく会えないんだぞ?」
「とか言ってすぐ戻ってきそうなんだもん」
「さすがにねえって」
やっぱり淡泊なアドルフィーナを抱え上げたマルクが、アルに声を掛ける。
「アル」
「うん、行こうか」
「よーし!」
「いよいよ出発ね」
全員がやる気を漲らせたことで大人たちも気付いた。ヴィオレッタは4人へ問う。
「行くのか?」
「「「「はい!」」」」
「うん、じゃが待て」
ずっこけかけるアルたち。いきなり止めるなと言いたい。
「汝ら儂にどうやって手紙を送るつもりじゃ?」
それは里を出る条件の一つだ。別に誰も忘れていたわけじゃない。
「紙と筆はある」
「俺も」
「エーラが植物に頼むんじゃないの?」
「ええっ!?ムリだよ、そんな遠くまでは!」
「じゃあ弓で飛ばすの?」
「いやそんなに長い距離飛ばないから!大体『幻惑の術』かかってるのにどこに射るってのさ!?」
「こう、斜め上の方向を狙ってさ」
「いや飛ばないから!よしんば飛んだとしても里に矢を振らせることになっちゃうじゃん!!」
他愛のないというか他人任せな内容の会話を交わす4人にヴィオレッタがタメ息をついた。
「そんなことじゃろうと思った。待っておれ」
そう言うとピイィィィ―――――!と口笛を吹く。
なんだろう?と思っている4人の元へ胸元だけが紫羽の真っ黒い濡れ羽をした目立つ鴉が降りてきた。
そして首に龍鱗布を巻きつけているアルの肩へと止まる。
「鴉?あれ足が三本・・・・これって八咫烏―――」
「そやつは儂が最近使い魔にした三ツ足鴉じゃ。怪我をしておるところを保護しての。まだ幼いがそやつに手紙を持たせると良い。儂との血の繋がりを辿って来れるはずじゃ。名は汝らでつけるが良いじゃろうの」
「へええっ!使い魔ってこういうのなんだ!」
「賢そうね」
「ほんとだな」
「ありがとうございます師匠」
「「あっ、ヴィオ先生ありがとうございます!」」
「ありがとうございます先生」
くりくりと頸と目を動かす三ツ足鴉。かなり大人しい性格に見える。
ひとしきり使い魔という見慣れないものに対しての所見を述べていた4人は、誰ともなく顔を見合わせた。
―――――じゃあ、そろそろ行こうか。
頷き合わせた4人は見送りに来てくれている住民たちへ顔を向ける。彼らもこちらを見ていた。その表情は様々に彩られている。
アルは頭目としての初仕事を行うべく口を開いた。
「見送りありがとうございます!じゃっ、行ってきます!!また会いましょう!!」
簡潔に過ぎる言葉だ。しかし気合と高揚が伝わる潔い挨拶として住民たちは受け取った。
「「「行ってきまーす!」」」
「手紙出すのよー?」
「気をつけてねー!!」
「元気でねー!」
「辛くなったら帰ってきていいんだからね~」
「頑張るんじゃぞー」
「「はーい」」
「「おーう」」
こうしてアルクス、凛華、シルフィエーラ、マルクガルムはまだ見ぬ冒険へと旅立って行った。振り返らず、ただ前へ、前へと歩いていく。後に大陸を大きく揺るがす彼らの旅路は、こうして始まったのだった。
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