日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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ここでは初投稿になります。読んで頂ければありがたい限りです。

また「小説家になろう。」と「カクヨム」にて同作を2~3日に1度連載投稿しております。

こちらへは定期的にある程度纏めて更新していく予定です。


3話 ヴィオレッタの初授業~魔力と魔術~

 アルクス・シルト・ルミナスの師匠――ヴィオレッタは魔術の権威だ。

 

 その名は関わり合いの少ない人間達にすら轟いているほどで、余所(よそ)では”大魔導”と称されているらしい。

 

 ある事件をきっかけに、庇護を求めた魔族達を種族の関係なしに保護しようと決意し、まだ戦えぬ子の多い種族や争いを厭う絶滅寸前の種族が安心して生活できるように、と数年の歳月をかけて現在の隠れ里を建造。

 

 里が今のカタチになったのは、ほんの6年前のことである。

 

 当時の魔族達はヴィオレッタを里長として奉じ、里のど真ん中に威厳のある巨大な城のような家を建てようとしたが当人から猛烈な反対を受けた。

 

 曰く、「そんなもの建てる暇があったら他の住民の家を建てろ」とのこと。至極真っ当な反応である。

 

 それから紆余曲折あって、里の北端に研究室と中庭を備えたこじんまりとした家を建てることになった。

 

 ちなみに、中庭は枯山水の如く岩と砂利だけで構成されているが、これは他種族達から贈られた感謝の証である。

 

 

 

 朝早くから妙に張り切る若々しい母トリシャに起こされたアルクスは、半分ほどしか開かぬ瞼をくしくしと擦りながら朝食を摂り、師であるヴィオレッタの家へと向かった。

 

 里の南端から北端まで一直線とはいえ、子供の足ではそこそこ掛かるが、そこは慣れたものだ。

 

 朝から活動している大人達に「おはよーございますっ」と挨拶したり、年上のお兄さんお姉さん達から「どこ行ってるの?」と訊かれ、「ししょーのおうち!」と返して、「そんじゃ連れてってやるよ」などと肩車をしてもらったりしている内にいつの間にか辿り着いていた。

 

「ししょ~、おはよぉございまぁーす」

 

 間延びした声でトンテントン、と不規則にヴィオレッタの家の戸を叩く。

 

「おお、アル。おはよう。ずいぶん早かったのぅ」

 

 普段はもう少し遅めに起床するヴィオレッタであったが、こちらも張り切っているようで、あまり間を置かずに弟子を出迎えた。

 

「かあさんがやたらと張りきってたんです」

 

「そうじゃろうて」

 

「言うんじゃなかったぁ」

 

 何のことかといえば無論、昨日アルの明かした転生話である。明かしたというか思い出すや否や、何も考えずにバラしたのだが。

 

 あの後、熱意を滾らせた母と己に今世では事故なんかで死なないようすべてを叩き込む、と宣言されたときの弟子の顔は、どちらかと言えば迷惑そうであった。

 

 と、ヴィオレッタは思い出して妖艶にクスッと微笑む。自身のさせていた魔力感知の訓練が5歳児にはきついであろうことなど百も承知だ。

 

 ゆえに、「これ以上厳しいのはやだなー」とうんざり顔を隠しもしないアルに腹を立てることもなく、寧ろ楽しそうに、そのぷっくりとした頬をふにふに抓んだ。

 

「もう少し、物は考えて言わねばのぅ」

 

「ししょーとかあさんに言えないヒミツならいらないです」

 

 幼い弟子の言葉はヴィオレッタへの信頼を表すものだ。母と同じくらいに慕ってくれているらしい。

 

「ふふっ、嬉しいことを言うてくれるのぅ。ああ、そうじゃ、(なれ)のご近所さんや幼馴染達には昨夜、儂からしっかり説明しておいたから安心せい」

 

 上機嫌になったヴィオレッタがアルの頬を優しく抓んだまま、弟子の仄かな心配事を片付けたことを告げる。

 

「ありがとーございます」

 

「うむ。ではお入り、今日から魔術の授業じゃ」

 

 そして、まだまだ小っちゃな弟子の手を引いて研究室の方へと足を向けた。

 

「んぁ~、むぅ~、よぉーしっ」

 

 アルは母譲りの青白い銀髪を勢いよくぶんぶんと振って、眠気を飛ばす。

 

 近所の同年代達に何をどう言うべきか、実を言うと迷っていた。

 

「言ったら関係性が変わっちゃうのかなぁ」とか、「子どもって案外ザンコクだし」とか、前世の記憶から得た知識で小さな不安に苛まれていたのだ。

 

 その憂いは出来得る限り、この紫紺髪の美人な師匠が払ってくれたらしい。

 

 あとはなるようになるさ。そう思って意識を切り替える。

 

 ――今は念願の魔術だ!

 

「くふふ、目が冴えてきたようで何よりじゃ。では本日より魔術、及び魔法についての講義を座学と実践形式で行う。覚えることは多いじゃろうが、身にならぬことはせぬゆえ頑張るのじゃぞ?」

 

「はいっ!」

 

 こちらもまた母譲りの紅い瞳をくりっとさせたアルを見て、ヴィオレッタは艶然と微笑むのだった。

 

 

 ~・~・~・~

 

 

 研究室に移動したアルとヴィオレッタは、机を挟むように向かい合って木椅子に腰掛けている。

 

 アルは写帳を前にヴィオレッタに貰った万年筆のような太めのペンを握り込んでそわそわ、わくわくしていた。

 

 余談だが――ペンはそのまま万年筆と同じような構造で、写帳(ノート)の方は衣類のついでに作られた植物性の紙を綴じたものだ。

 

「それでは質問してみようかの。アルよ、魔力とは何じゃ?」

 

「えーと、そこらじゅうにただよってる魔素をぼくたちの体で変換したもの、です?」

 

「その通り。自然界や大気中に含まれている魔素を、我々魔族だけでなく人間・獣人族は勿論のこと、すべての生物が己の身体を用いて変換したもの。それが魔力じゃ。生物と言うた通り、そこいらの木にすら魔力は存在する。ではその魔素を魔力へ変換するための体の器官とは、どこじゃと思う?」

 

「へっ? きかん? うーん、えぇっと、ここらへん?」

 

 アルはなんとなしのイメージで「なんとなく心臓とか、肺とかかなぁ」と自身の薄い胸全体を筆の尻でくるくると示した。

 

 ヴィオレッタは概ね正解だと言いたげに頷き、正確な解答を教える。

 

「正解は心臓じゃ。心臓には血液を循環させる機能とは別に、魔素を魔力へと変換し続ける機能を持っておる」

 

「しんぞうかぁ。ってあれ? し()()()()?」

 

「左様。儂らの心臓は今も魔素を魔力へと変換し続けておる」

 

「えっ、でもひとりひとりの魔力の量ってちがうんですよね? 変換しつづけられるんなら魔力量とか言わないんじゃ?」

 

「それを魔力の保有可能量、もしくはもっと簡潔に魔力量、保有量と呼ぶのじゃよ」

 

「じゃあ、そのほゆう可能量を超えたらどうなるんですか?」

 

「肉体の表面に存在する気門から出てゆくことになるのう。そして出ていった魔力は少しずつ、長い時をかけて魔素へと還るのじゃ。ちなみに、その溢れ出ておる魔力を感知する技術を”生体魔力感知”と呼び、単純に魔力の有無や多寡を感じ取る魔力感知の派生とされておる」

 

「どうしよ……結構ふくざつ」

 

 写帳を取っている弟子はあどけない顔をしかめていた。

 

 ヴィオレッタは『やはり前世の記憶を持っていても五歳児には難しかったか』と、顎に手をやる。

 

 その歳にしては言葉をよく知っているし、多少難しい言い回しをしても問題なく意味は通った。

 

 しかし、だからと言って未知の知識をすんなり吸収できるか? と、言われればまた別なのだろう。

 

 そう判断して少しばかり速度を落とそうと決める。

 

「今のが我々のいる世界の魔力そのものについての前提じゃ。ああ、それと主に魔素変換機能を受け持つ心臓の特定部位を操魔核(そうまかく)と呼ぶ」

 

「えーと、操魔核(そうまかく)っと」

 

 アルは写帳に追加で名称を書き加えながら、前世の記憶で垣間見たゲームや漫画に出てくるMP(マジックポイント)などの概念と現実が大きく乖離していることを悟った。

 

 早々に認識を改めなければ。

 

 そりゃそうだ。宿屋や家で寝たら全回復、薬を飲んだら回復、それまでは一定値のまま戻らないなんて現実にあるわけがないじゃないか。

 

 ――寝惚けてる場合じゃない。

 

 むむぅっと眉間に皺を寄せて写帳を取るアルに、ヴィオレッタは容赦のかけらもなく今日の本題に入ることにした。

 

 速度は落とすにしても、これを教えなければ話が進まない。

 

「では本題の魔術について講義しようかの」

 

「!!」

 

 途端に「待ってました!」と言わんばかりにわくわくした表情を隠さないアルの紅い瞳は、期待にキラキラと輝いている。

 

 そんな弟子を楽し気に眺めたヴィオレッタが核心を告げる。

 

「魔術とはの――……魔力を媒介にして世界の理を歪ませ、己が望んだ現象を引き起こす”技術”じゃ。そして魔力の他に必須なものが魔術鍵語(まじゅつけんご)と術式になる。

 

 一般的には(くう)へ描く術式と、魔力伝導率の高い金属、または魔力同調率の高い血や墨を利用する刻印術式などがあるのう。それと、望んだ現象を正確に引き起こせるだけの想像力も必要じゃな」

 

 ところどころ弟子の板書ならぬ聴書を待ちつつも、一気に言い切った。

 

 アルはもうすでに何枚目かになる写帳(ノート)へ師匠の教えを一言一句書き留める。こうでもしなければ速度に追いつけない。

 

 そして書き留めたものをじいっと読み込んだ後、おもむろに口を開いた。

 

「ししょー。えいしょー術式とかなんか、そういう感じのってないんですか?」

 

「む? 前世にそんなものがあったのか? 魔術や魔力は存在せんと言っておったではないか」

 

「あ、いえ、そんざいは間違いなくしてないです。でもフィクション……えーっと、あっ、創作にはそういうのがあったんです」

 

「創作……なるほどのぅ、存在せぬとしてもそういったものを空想はしておったのじゃな? 実に興味深い世界じゃ。おっと、詠唱術式じゃったな。ずばり答えて言うなら、無うなってしもうたんじゃよ」

 

「なくなった? んと、なんだっけ、そだ。失伝したとか、伝説的なあつかい――」

 

「違う違う、使い勝手が悪すぎて廃れていったのじゃ。敵の前でやれば術の効果がバレバレで対策は容易じゃし、そもそも詠唱する声に一定の魔力を乗せ続けなければまっとうに起動できぬ。ある種の曲芸技みたいなものでのぅ……――ぶっちゃけ変わり者の趣味の域じゃな。

 

 口に砂でも投げつけられれば、咳き込んで目も当てられぬ結果になるし、声を出さねば魔術が使えぬなど、不便も良いとこじゃろ? それなら魔力を込めた雄叫びの方が断然実用的なのじゃよ。そんなこんなで、今や神事や祭事といったときにしか使われぬし、それも形骸化しておるから術が発動すること自体が稀じゃ。お祈り程度の扱いじゃな」

 

「えぇ~……」

 

「ああ、術の名前を叫んだり、唱えたりはあるぞ? そっちは主に、正確な術式行使の補助や補強になったりするからのう。ま、儂のような魔導師は術式をわざわざ一から書かずとも、術式を完全に把握しておるから、術名を唱えれば術式がスッと出てきてサクッと行使できたりするんじゃがの。それ用に最適化しておく必要はあるが、威力や効果がバラけんで済む。そっちは真言(しんごん)術式というヤツじゃ」

 

 初めてのヴィオレッタ師匠による魔術講義は、アルの持つ前世のイメージを早々にぶち壊した。

 

 もっとイメージ頼りなのかと思えばきちんとした理論があり、しかし想像力も必須なのだと言う。

 

 端的に言って興味が尽きない。アルはさっさと前世の魔術や魔法へのイメージをすべて脳内のゴミ箱に叩き込んで、師匠の授業に集中することにした。

 

 切り替えの早さには自信があるのだ。

 

 そんな熱心な弟子の様子に内心で笑みを浮かべたヴィオレッタは時計に目をやる。

 

「む、もう昼か。アルや、残りの講義は昼餉を食べてからにしよう。午後は魔法についてじゃ」

 

 いつの間にか時計の針は正午を示している。

 

「はいっ!」

 

 眠気の欠片すら感じさせないアルの元気いっぱいな声が研究室に響くのだった。




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