日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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ここでは初投稿になります。読んで頂ければありがたい限りです。


また「小説家になろう。」と「カクヨム」にて同作を2~3日に1度連載投稿しております。


現在両サイトにて投稿されているものとこちらに投稿するものは少々文体が違う場合があります。


こちらへは定期的にある程度纏めて更新していく予定です。


9話 帝国辺境の街ヴァルトシュタット (虹耀暦1286年9月:アルクス14歳)

 共和国最西端の田舎街、旧街道へ続くその門前には騎士の胸甲をつけた者たちが屯していた。

 

 その中でも一番豪奢なものを身につけた騎士が他の騎士たちへ声を荒げている。

 

「連中はどうした!ガキ二人連れてくるのにどれだけかかれば気が済むつもりだ!?ああ!?」

 

 男の怒声は他の者たちの肩をビクッと竦めさせた。

 

「そ、それが連絡もつかず・・・報告に来た者もおりません。いまだ作戦行動中かと」

 

「作戦行動中だぁ!?ふざけるな!貴様ら神殿騎士はそんな腑抜けの集まりだったのか!?」

 

 大荒れの上司に胃を痛くする騎士はビッと姿勢を正す。

 

「も、申し訳ありません!すぐに捜索隊を準備させます!」

 

 そう言うと駆け出した。一刻も早くここから逃げたい、そんな心中を表すかのそうな迅速さだ。

 

「早く行ってこい!この俺が何故こんな木っ端任務に・・・・!」

 

 失って久しい左目がじくじくと痛み出したような気がして男は苛立ちを露わにした。この目を失ったのはもう15年は前だ。

 

 癒者には傷そのものは生死に関わることはないが光が戻ることは二度とないだろうと言われている。その古傷が痛んだような気がしてならず、ぐじぐじと乱雑に押さえつけた。

 

 ―――いつからこんなにケチがついたのか―――。

 

 最近はそればかりが頭を掠める。聖騎士だった己の序列が一つ下がり、神殿騎士の取り纏め役(神殿騎士長)である準聖騎士程度に納まり続けていることに不満と怒りを誘発されて乱暴に葉巻を咥えた。

 

 聖騎士時代から嗜好品として吸っていた魔導薬の効果も何もないただの葉巻だ。紫煙を思い切り吐き出すも苛立ちは収まらず、口をついて出たのはまたもや悪態だった。

 

「使えない畜生共が・・・!」

 

 周囲の騎士たちはひそひそと声を潜めて言葉を交わす。

 

「なぁ、あいつらまさか()()()()の最中じゃ―――」

 

「まさか。相手は子供、しかもあの強情なシェーンベルグの娘だぞ。そんなことになれば無理矢理にでも自ら命を絶つだろ。そうなればやつらの首だけじゃ済まん」

 

「さすがに有り得んか」

 

「何やってるんだ全く」

 

「こっちに火の粉が飛ぶ。予備隊とは言え小隊長がついて行ってここまで頼りにならんとは」

 

「さっさと戻りたいぜ、この街の連中俺たちに良い顔しやがらねえからな」

 

「こっちは神殿騎士だというのに尽く歯向かってきやがって。ハン、さすがはド田舎街だ」

 

 そんなことを言っている間に先ほどの騎士―――副官が10数名を引き連れてやってきた。

 

「捜索隊の準備整いました!」

 

 左目を失っている豪奢な騎士胸甲―――ひと昔の聖騎士鎧、最新式があるからとお情けでもらったソレを着込んだ男へと報告する。

 

「・・・早く行け」

 

「はっ!出立致します!」

 

 唸るように命令を下す男に副官は胸甲を左手で叩く略礼を執り、これ以上罵声を浴びない為にも急いで馬へと跨った。

 

「捜索隊、出るぞ!」

 

 ガチャガチャと鎧同士の擦れる音、次いで馬たちがドドッと走り出す。

 

「・・・畜生が」

 

 隻眼の男はもう一度同じ悪態をついた。葉巻も残り少ない。

 

 これの手持品《ストック》が切れる前に戻ってこなければ連中に罰を与えてやる。そう心に誓いながら。

 

 先行していたはずの予備隊―――捕獲部隊の捜索隊が出されたのは、奇しくもアルクスたち6名と1羽が帝国の最初の街へと移動を開始した朝方であった。

 

 

 ***

 

 

 そんなやり取りなど露も知らないアルクス、凛華、シルフィエーラ、マルクガルムの魔族4名と三ツ足鴉の夜天翡翠、そしてラウラ・シェーンベルグ、ソーニャ・アインホルンの人間2名を乗せた『陸舟(おかぶね)』は草原を快走していた。

 

 もはや『陸舟』と言うより『陸(そり)』の様相を呈しているが気に留める者はいない。

 

 先頭2人は多少忙しそうだが、速度としては時速70km(キリ・メトロン)ほどしか出ていない。

 

 前世でバイクに乗っていた記憶を追体験しているアルからすれば何となく既視感を覚える速度であり、高速道路を走るのに較べればコースも決まっていて転倒の恐れもなく、車が急に横合いから車線変更してくることもないのでかなり余裕がある。

 

 凛華やエーラ、マルクの3人も元々『陸舟』に乗っていたし、何より普段から鍛えまくっている。最初の10分ほどで慣れた。

 

 慣れていない2人が大変だ。ラウラとソーニャは馬の経験こそあれど、ここまで低い視点での疾走は経験がないし、こんな速度域(スピード)は知らない。

 

 鎧を全身に着こんでいるソーニャはまだいい。自重もあるし、『陸舟』の座席と座席の間に足を突っ張っている。

 

 しかしラウラはそうもいかない。つけているのは軽鎧―――短胸甲で軽いし、振動がないというわけでもない。

 

 勢いを消さない為に軽い起伏を凛華が造ったりしているし、適宜アルがぶっ放すのだ。

 

 そのたびにふわっと軽く浮き、ぎゅうっと手すりを掴んでいた。既に20分ほどは目の前の手すりにしがみついている。

 

「あ、悪い。気づかなかった」

 

 いつ来るかわからない振動にぷるぷるしてきた腕を押さえたところで、アルが龍鱗布を飛ばした。

 

 使用頻度が思いの外多いせいでだいぶ馴染んできたそれはシュルシュルと伸びてラウラの肩と腰を押さえるシートベルトのような形へ変わる。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 座席に括り付けられたことで、ほっとしつつ男性が着用しているものを渡されたことなどなかった令嬢(ラウラ)は照れを多分に含む、はにかんだような笑みをアルへ向けた。

 

 なんてことはないと手を振って応えるアル。

 

「便利だなそれ。愚問なんだろうけどよ、魔力持つのか?」

 

 するとマルクがそんなことを訊ねてきた。龍鱗布は完全にアルの手元から離れている。どうやら魔力だけを送っているらしいことはわかった。

 

「術式の維持に使う魔力は減ってるからこのくらいなら問題ないよ」

 

 アルは余裕のある返事を返す。

 

 『陸舟』には現在スケート靴のような(ブレード)が舟底に展開されていた。その部分を集中的に直すくらいにしか魔力を流す必要がないので大森林にいた頃より楽になっている。

 

 たまに舟体のサイドが擦れるがその程度なら豊富な魔力を持つアルにとっては何の障害もないので、今更母の鱗で編まれた龍鱗布を至近距離で扱うくらい寝ていても出来るというものだ。

 

「なるほどな・・・あいつらが妬きそうだ」

 

 マルクはアルに聞こえないように呟き、次いで少女騎士の方へ声をかける。

 

「おいソーニャ、そんなに足踏ん張ってたら疲れちまうぞ」

 

「わかってはいるのだが、どうにもこの速度に慣れなくてな。手綱もないし」

 

 難しい顔を向けるソーニャ。

 

「ずっと加速してるわけでもねえし、お前自体は軽くても鎧はそこそこ重いはずだろ。足を上げろとは言わねえけど力は抜いてみな、大丈夫だから」

 

「うむ・・・・お、本当だ。ふぅ~、やはり慣れないと疲れるものだな」

 

 マルクの言葉に素直に力を抜いてみたソーニャは良かったと息をついた。

 

 このまま走っていれば降りる頃には足が突っ張ってしまっているところだ。そこにマルクが続ける。

 

「まぁな。あー・・・あとよ、髪をまとめたりしてもらえると助かる」

 

 えっ?と見てみればソーニャの栗色の髪は流れてマルクの鼻先にまでちょいちょいとかかっていた。ちなみにラウラの髪はそこまで長くない。ウェーブがかった髪を伸ばすと面倒だと言うことでエーラほど短髪ではないが肩にかかるくらいの長さで切り揃えている。

 

 反してソーニャの髪は長い。凛華とそう変わらない長髪だ。それが風になびいてずっとマルクの鼻をくすぐっていたのだ。

 

「す、すまん!」

 

 ソーニャは慌てて謝りながら隣のラウラから手渡された紐で無理矢理くくり、肩に流して押さえつける。

 

「悪ぃな」

 

「・・・その、すまん」

 

 ほっと息をついたソーニャはハッとした。次いで赤面しながらマルクへ問う。

 

「あの・・・臭くなかっただろうか?」

 

「は?いや、くすぐったかっただけだぞ」

 

「そ、そうか」

 

 マルクはキョトンとした顔をする。胸を撫で下ろすソーニャをラウラはくすくすと微笑ましそうに笑うのだった。

 

 

 ***

 

 

 それから1時間ほど経った頃だろうか、凛華からもうすぐ魔力が半分ほどまで尽きると報告を受けたアルに夜天翡翠の鳴き声が届いた。

 

 敵か!?と思ったが三ツ足鴉の声に焦りはない。だとすれば答えは一つ。

 

「減速する!掴まってろ!」

 

 アルは号令をかけながらマルクに天幕を投げ渡し、術式を座席に叩きつける。するとマルクの丁度後ろ―――舟尾に土柱が立った。

 

「よっと」

 

 マルクはそこに背を預け、両手に天幕の端を持って掲げるように後ろへ流す。天幕はバタバタしていたが一拍して風を掴んだのか、バサアッと一気に広がった。

 

 両腕に負荷がかかったがそこは人狼。さっさと『人狼化』して踏んばると『陸舟』が減速していく。

 

 要はパラシュートだ、力業だがこれくらいなら人狼の負担には成り得ない。

 

 アルはアルで更に術式へ魔力を込め、舟底の刃の終端部分に鋲を造る。ザッという音がガリガリと冰を削る音に変わっていった。

 

 『陸舟』が急速に速度を失っていく。凛華も半分という限界(リミット)ぎりぎりまで魔力を使い、ワザと坂を生成した。

 

 しばしの間ガリガリと冰を削り砕く音が続いていたが、やがてズズーッと引っ掻くような音へ変わり、最後に『陸舟』が停止する。

 

「ふぅっ。お疲れ、みんな」

 

 アルの労いに一瞬だけ雰囲気が弛緩した。

 

「街に着いたよ」

 

 次いで紡がれた言葉で一党の面々は周囲を見回す。しがみついたり、冰を出したり、踏ん張ったり大変だったせいで周りに気を配れなかった4人は草の高さよりずっと高い目の前の壁に気付かなかった。

 

 エーラだけは『精霊感応』を使っていたため気付いている。

 

「ほ、本当についた・・・?」

 

 ソーニャは『陸舟』からふらふらと降りながら壁を見上げた。

 

「ついてます・・・ね」

 

 ラウラは龍鱗布を回収してもらって降りる。まだ昼前くらいだろう。とんでもない速度で移動していた証明を目の当たりにしてぽかんとしていた。

 

「疲れたわ」

 

「ボクも~」

 

「お疲れ、2人とも」

 

「ちょっとだるいわ、休ませてちょうだい」

 

「その予定だよ」

 

「無茶させた分の埋め合わせもしないとねぇ、アル。自分だけ随分余裕そうだったもんねぇ?」

 

「わかったわかった」

 

 体力的にと言うより神経を使い精神的に疲れた鬼娘と耳長娘の文句を受け止めながらアルは背嚢を浮かせて降り立つ。足の感覚が変だ。

 

 街は隠れ里ほど大規模ではないがネーベルドルフよりは広く見える。

 

 ―――――とりあえずの目標は達成だな。

 

 内心でホッとするアルだった。

 

 

 ***

 

 

 背嚢を担ぎ直し、吹き飛んだ荷物や装備がないか点検したアルたち一行は街道沿いに数百m離れたところに見える街を目指して歩いていた。さすがに『陸舟』で乗り付けるわけにもいかなかったし、周囲の確認も必要だったからだ。

 

「ありがと、翡翠」

 

 左肩に止まった夜天翡翠の首元を撫でながらアルが礼を言う。

 

「カァ」

 

 歩き始めてすぐ、自分達の来た道や周囲を索敵してもらっていたのだ。

 

 冰のコースは『精霊感応』を使ったエーラが植物たちに覆い隠してもらっているとは言え、確認は必要だ。

 

 特に問題なさそうだと判断した夜天翡翠が戻ってきたことで安心できた彼らは街道を歩いていく。その表情には不安と隠し切れない好奇心が浮かんでいた。

 

 街門は関所のような石造りの簡素だが堅牢そうな建物がある。

 

 平屋ほどの大きさもないが、一応ここは国境に位置する街だ。案内の兵士に誘導されるがまま一党はその建物へと入った。

 

 入ってすぐに事務机とそれらしき文官を確認する。傍らには槍を持った兵士。胸甲ではなく鎧だ。金属製ではなく革のような素材でできている。魔獣の素材だろうか。

 

 アルがそこまで確認したところで文官らしき初老の男性が訊ねてきた。

 

「ん?見たところ二名は魔族のようだが、どういう組み合わせかね?」

 

「いえ、人間二名に魔族四名です」

 

 アルは即座に訂正する。頭目が己であることを意識づけるように一歩だけ前に出ることも忘れない。

 

 ハッキリとした主張に文官らしき男性も視線をアルへと向けた。

 

「四名・・・君とそこの青年も魔族か?」

 

「ええ、そうです」

 

「・・・ふむ。入国理由は?」

 

「帝都の学院試験を受けに」

 

「学院・・・というとターフェル魔導学院かね?」

 

「ええ」

 

「なるほど。魔族は人間の持つ身分証を持っていないだろうから入国費用は多少かかるが良いかね?」

 

 身分証がない者を通すだけ温情だろう。相手が魔族である以上そうするしかないとも言えるが、前世であれば一発アウトだ。

 

「承知の上です」

 

「それなら問題ないだろう。では魔族四名分は仮入国証を作るとして、人間二名と言っていたがその二名に身分証は?」

 

 視線を向けられたラウラが自信なさげに懐から手帳のようなものを取り出す。パスポートのようなものだ。

 

「あ、その、あります」

 

「私も」

 

 受け取った文官―――入国審査官は2人分の手帳へサッと目を通し、途中でピタリと動きを止めた。

 

「・・・・・共和国のご令嬢がなぜこんな場所に?」

 

 共和国人の入国規制は行っていない。しかしこちらで言えば貴族令嬢に相当する人物が人間の護衛をつけず、魔族と共にいることに驚いたのだ。

 

 しかし審査官も百戦錬磨の軍人だ。あくまでも審査の体は崩さず訊ねる。

 

「いろいろとありまして、そちらについては上の方々へ報告する予定でおります」

 

「そ、そうか。それならば問題ないだろう。魔族四名、彼らは護衛かね?」

 

「はい。危ないところを助けて頂き、歳も近く実力もある方々でしたので是非護衛にと頼んだのです」

 

「実力も・・・ふむ。ならば君たち、武芸者証を持っては―――」

 

「いません。この街で作れますか?」

 

 審査官の質問が終わる前にアルは質問を投げかけた。

 

「勿論だ。ここは武芸都市ウィルデリッタルトも治めておられる方の領地だからな。協会がなければすぐにでも作れと言われるだろうさ」

 

 ハハハと穏やかな笑い声を上げる初老の入国審査官。

 

「武芸者になるには協会へ行けばいいんですか?」

 

「うん、そうだな。武芸者協会へ赴き、そこで登録申請を行う。その後、等級試験を受け、その結果によって認識票を受け取る。武芸者と名乗れるのはそこからだ。君たち魔族は我々の人間の身分証もないし、あるだけでも都市間の移動に係る費用が軽減される。取っておくと良い」

 

 アルの畏まった態度とラウラへの態度から審査官は対応を真摯なものへ変えた。まっとうだと判断してもらえたようだ。

 

 ラウラとソーニャ以外で知っている人間は神殿騎士たちしかいないアルたち魔族組は複雑な顔を浮かべる。国が違えばと言うやつだ、慣れるより他ない。

 

「忠告ありがとうございます。その予定です」

 

「うむ、励むと良い。そこで仮入国証をもらって入ってくれ。ではようこそ、自然豊かな街ヴァルトシュタットへ」

 

 歓迎の言葉を掛けた審査官へますます妙な表情を浮かべた一党はそれでも頭を下げた。

 

 審査官が6名を通し、次の者を呼ぼうとするとアルが小走りでやってくる。傍らの兵士が槍を構えようとするのを制した初老の審査官は訊ねた。

 

「まだ何かあるのかね?」

 

「ご迷惑は承知ですが頼みがあります」

 

「頼み、かね?ふむ、金銭ならご令嬢がたが―――」

 

「いえ、お金じゃありません。僕らがここにいる間、もし聖国の者が来たら教えてほしいんです」

 

「聖国だと?」

 

 アルの返答に驚く審査官。ここ最近かの国の者が来たことはない。しかしどうやらこの青年は来る可能性があると考えているようだ。

 

「はい、教えてもらえるだけでいいんです」

 

 その言葉に初老の文官はある答えを導き出した。田舎街でもここは国境だ。色んな噂や情報は入ってくる。

 

 ―――――追われているのか?

 

「お願いします」

 

 頭を下げるアルに面接官は口髭を弄りながら答える。

 

「我々としてもかの国による強引な布教にはほとほと困っていてな。故にここ最近は規制をかけている。もし来るようなことがあれば騒ぎになるだろう」

 

 入国記録をみだりに明かすことは出来ないが、極力騒いでやる。

 

「わかりました。ありがとうございます」

 

 正確に意味を取ったアルはスッと頭を下げた。その瞳を審査官はしばし見つめ、

 

「君は・・・・いや、何でもない。行って良いぞ」

 

 言葉を紡ぎかけてやめた。アルは少々不思議そうな顔をしながら退出していく。

 

 するとそれまで黙っていた兵士が上司へと声をかけた。

 

「どうかされましたか?」

 

「いや・・・古い知り合いに似ていたような気がしてね」

 

 特にあの強い輝きを宿した瞳に。

 

「かつてのお知り合いの縁者では?」

 

「ははは、彼は魔族だと言うしさすがにないだろう。さ、感傷的になるのもやめよう、昼食が待っている」

 

 パンと軽く手を叩き、休憩の札をかけさせる。

 

「今日は何がおすすめだろうか?」

 

「訊いてはおりませんが、きっと腸詰と酢漬けでしょう」

 

 帝国流の冗句を交えつつ彼らは付近の食堂へと向かうのだった。

 

 

***

 

 

 先に出てもらっていたアルは5人の元へ合流した。目の前には人の行き交う通りがある。

 

 ほとんどが人間のようだが、時折魔族らしき魔力の多さを感じる者もいた。思わずぼーっと眺めていたアルはマルクの問いで意識を引き戻される。

 

「そんで、とうとう街、えーとヴァルトシュタット?に入ったわけだが。これからの予定は?」

 

 きっと考えているだろうと予想しての質問だ。

 

「まずは宿を探す。次にソーニャの武器を買いに鍛冶屋か武器屋へ。次に食事。終わったら武芸者協会へ行って登録。たぶんすぐ出来ないだろうから今日はそんなとこだな」

 

「わかったわ、じゃさっさと宿見つけて武器見に行くわよ」

 

「ごはんと協会もぉ~」

 

 凛華とエーラのじゃれ合いを見ながら街を練り歩く。昼は書き入れ時なのか露店もチラホラ出ていてそこそこ賑わっていた。

 

「私たちのいた街より活気があるな」

 

「そうなのか?」

 

 ソーニャの感想にマルクが反応する。てっきり人間の街はこんな感じだと思っていた。

 

「活気があると言うより長閑というのが相応しい街でしたからね」

 

 ラウラの説明にそういうのもあるのかという顔でマルクは頷く。アルからすればそれでもやはり小規模に感じてしまう。前世の記憶を見たせいだろう。

 

 しょぼいとは思わないし建物なんかコンクリートばかりのものよりこちらの方が彩りも鮮やかで温かみを感じて好ましいが、規模だけはどうしようもない。

 

 ちょっと行ったら街の反対側まで抜けてしまいそうだ。特に歩き慣れているアルたちからすれば尚更だろう。

 

「ひとまず宿泊できる場所を探そうか」

 

 頭目の一声に一党の面々は頷いてきょろきょろと視線を彷徨わせる。

 

 探し始めて5分もしない内に宿らしき場所は見つかった。というのも3軒ほどしかなかったのだ。元々辺境の街ということもあり、食堂も兼ねた宿が2軒。もう1軒は高級宿らしい雰囲気だ。どこぞのお偉いさんなどはこういったところに泊まるのだろう。

 

 一党は最初に見つけた愛想の良さそうな女主人が経営している店の方へ向かうことにした。

 

「いらっしゃい!おや、魔族のお客さんとは珍しい!六人かい?」

 

 見た目はあどけなさの残る青年たちだが装備は物々しい。太刀と刀、大振りの短剣を提げたアルに、重剣を背に直剣を腰に提げている凛華、弓と細身の短剣を装備しているエーラに、分割鎧のようなものを着込んだ筋骨隆々のマルク、おまけに胸甲をつけた少女2人に片方は大きめの盾を担いでいる。

 

 昼間から飲んだくれたり、食事に来ていた住人たちが変に冷やかすのも危険過ぎると大人しいが女主人は愛想よく出迎えた。

 

「女性四名に男性二名、隣でなくてもいいので近い部屋はありますか?」

 

 スッと通るアルの声に、機嫌よく女主人は答える。

 

「中部屋と小部屋が一つずつ向かい合わせであるよ。小部屋って言っても寝台はちゃんと二つ着いてるからそこは安心して大丈夫さ」

 

「ならそこをお願いします。先払いですか?」

 

「そうさ、一泊で明日の朝餉まで。食事は要るか要らないかで料金も違うよ。あ、食事は余計に頼んだ分は都度払って貰うからね」

 

 女主人の指す場所に料金表らしきものが黒板に書いてあった。泊り客用の献立《メニュー》まできちんと書いてある。結構親切な店のようだ。

 

「食事は―――」

 

「ここで摂っていいと思うぞ。古い食材の匂いがしねえ」

 

「おや、あんたも魔族だったのかい!」

 

「まあな」

 

「じゃあ食事もお願いします」

 

 マルクに驚く女主人にアルはそう言って金を取り出そうとするとラウラが先に出してきた。

 

「依頼中ですから経費はこちら持ちですよ」

 

「ん、まだ依頼は出してないだろ?いいのか?」

 

「ええ」

 

「じゃあ頼む」

 

「任せてください」

 

 やっと役に立てると生き生きしながら金を払うラウラを見ながらアルは呟く。

 

「なんかヒモになった気分」

 

「甲斐性ないわね」

 

 バッサリと容赦のない凛華。

 

「言い方」

 

 アルはすかさずツッコんだ。そもそも同じ境遇だろうに。

 

「とりあえず、背嚢とか置いてくればいいのかな?」

 

 エーラが問うてくる。どこか急いていた。

 

「そうだね」

 

「そのあとごはん」

 

「わかってるから」

 

 腹が空いているからだ。予定で言えば武器を買わないことには飯にありつけない。正直言えば先に食事を摂ってもいいだろうとは思うが、この街が完全に安心できる場所とは限らない。

 

 武器を持っているだけでも窃盗などの犯罪対策にもなるし、いつまでも盾だけではソーニャも心もとないだろう。それは理解していても訴えることだけはやめないエーラだった。

 

 

 鍵を貰って来たラウラと5人はそのまま受付の横にある階段を上って部屋の前へと辿り着く。

 

 それぞれ男部屋、女部屋の鍵を開けて中を覗くと、小綺麗な寝台に備え付けの脇卓《サイドテーブル》がついていた。

 

「当たり?」

 

「じゃねえか?」

 

 アルとマルクは背嚢を適当にどさっと置いてさっさと部屋の外に出る。出てきた女性陣は姦しく話していた。

 

「結構きれいだったね!」

 

「そうね。父さんは宿選びは大事だって言ってたけどそうでもないのかしら?」

 

「たまたま当たりだったんだと思いますよ?酷いところは酷いと聞きますし」

 

「私兵たちもそう言ってたな。寝台に虫が湧いてた時は本気で主人に剣を向けかけたとか」

 

「ソーニャ!?今からごはんなのに何言ってるの!?」

 

「武器屋よ、エーラ。あんたこそ何言ってるのよ」

 

 非難の声を上げるエーラと冷静にツッコむ凛華。

 

「露店で何か買ってあげるから武器見に行くよ」

 

 アルは腹が減って錯乱しているエーラを宥めながら降りていく。

 

「えっほんと!?やたっ!」

 

 途端に元気になる耳長娘。凛華はそんな2人に唇を尖らせた。

 

「エーラにだけ甘くない?あたしもさっき頑張ってたんだけど?」

 

「凛華も買ってあげるって」

 

「野郎どもいくわよ!」

 

 言質は取ったぞと言わんばかりに張り切りだした鬼娘。こちらもしっかり腹は空いていたらしい。

 

「現金なやつら」

 

 マルクの呟きもいつものことだ。

 

「楽しそうですね。お金、こちらで出しましょうか?」

 

「いいよ、必要経費じゃないし。外聞も悪いし」

 

「ふふっ」

 

 苦々しい顔を浮かべながら拒否するアルにラウラはくすりと微笑む。

 

「なぁ、野郎は二人しかいないと思うのだが」

 

「細かいこたぁ気にすんな、ほれ行くぞ」

 

「あ、うむ。そうだな」

 

 凛華の発言が気にかかっていたらしいソーニャの背をぱんぱんと軽く叩いてマルクは先を促した。

 

 わちゃわちゃと会話を繰り広げながら6人は女主人に聞いた武器屋もとい鍛冶屋のある場所へと向かう。勿論、露店で何かしら買うことも忘れていない。

 

 

 こうして6人と1羽に増えた一党は武芸者協会の発祥地ウィルデリッタルト、そこから50kmほど外れた辺境の街ヴァルトシュタットへと辿り着いた。

 

 彼らはこの街から武芸者として歩み出していく。




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