日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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ここでは初投稿になります。読んで頂ければありがたい限りです。


また「小説家になろう。」と「カクヨム」にて同作を2~3日に1度連載投稿しております。


現在両サイトにて投稿されているものとこちらに投稿するものは少々文体が違う場合があります。


こちらへは定期的にある程度纏めて更新していく予定です。


12話 武芸者になった夜 (虹耀暦1286年9月:アルクス14歳)

 アルクスたちの滞在する宿、その一階は酒場になっている。吞みに来る地元住民から宿泊客までが一堂に会するこの酒場は雑然とした雰囲気を醸しつつも家庭的な暖かさの感じる評判の良い宿だ。

 

 それもひとえにここの女主人の人徳と気風がそうさせているのだろう。

 

 雇い人と共に自らもコマドリのようにせわしなく卓と厨房を行き来し、愛想と料理を振る舞う。母のように慕う客もいれば親しい友人のように接する客もいる。

 

 旦那がいたのか、それともまた別の経緯があるのか、アルクスたちに知りようはないが、どちらにせよ女主人の切り盛りのおかげで繁盛していることは紛れもない事実であった。

 

 

 時刻は夜7時過ぎ。アルたち6人一党と等級審査の折に知り合うこととなった『黒鉄(くろがね)旋風(せんぷう)』、そして鉱人鍛冶師ダビドフ・ラークは大きめの卓を囲んでいた。

 

 肉付き肋骨(スペアリブ)にかぶりついたアルに『黒鉄の旋風』の副頭目でハンナと名乗った女性剣士が声を潜めながら訊ねる。

 

「じゃあ半魔族って”魔法”が使えないの?」

 

「ムグムグ、他の半魔族を知らないから何とも」

 

 ガツガツと食事を平らげているアルの返答は気負いのないものだった。がっついているくせに下品に見えないのは顔のせいもあるだろう。

 

 『黒鉄の旋風』の頭目であるレーゲンは「得なやつ」と呟く。

 

「まさか半龍人だったとは思わなかったよ」

 

「そうねぇ。ていうかそれで頭目やれてるってどんだけ稽古積んできたのよ」

 

 森人のカップルがそんなことを言ってきた。それぞれ男の方がケリア、女の方がプリムラというらしい。

 

 彼らの言葉は、魔族が基本的に実力を認めた相手か明らかに秀でた何かを持っていないと決してその下にはつかない習性染みた共通認識があるからだ。

 

 レーゲンとて一端の使い手としてこの2人に認められているからこそ『黒鉄の旋風』の頭目をやれている。

 

「五歳くらいから魔術やってるわよね?」

 

「そんくらいじゃなかったかな」

 

 なぜか凛華が誇らしげな顔で確認をとれば、今度はぐらぐらした焼石器に入った煮込みに挑んでいたアルはおざなりな返答を寄越した。

 

「五歳って・・・そりゃあの行使速度も頷けるよ」

 

「ほんとに。何が起こったのか最初わかんなかったし」

 

 剣と槍に揃いの盾を持った男女――彼らは兄がヨハン、妹がエマの双子だ。現在素敵な交際相手を探している最中とのこと。揃いの盾は武芸者の両親からの贈り物である。

 

「そんなことよりラウラの剣、あれってなんなの?ダビドフさん」

 

「本当に自分のことは頓着しねえなコイツ。てか俺かい」

 

 アルの問いに冷えた麦酒を呑んでいたダビドフがジロリとした目を向けた。

 

「専門家でしょ?どう?」

 

 プロとして見てどうなのか?アルの言葉にはその武器に信頼が置けるのかという意味も含まれている。

 

 ソーニャのものとは別にもう一振りを打つ必要はあるのかとアルは聞いているのだ。

 

「ラウラ嬢ちゃんのそいつぁ剣の機能と魔導触媒の効果を持った複合武器ってヤツさ。杖剣とか呼ぶんだったか」

 

「はい、実用的な家宝として父に渡されたんです。ソーニャの盾と私の剣は」

 

 ラウラはそう補足した。豪快に骨付き肉を齧っていたマルクガルムが反応する。

 

「んじゃ盾にも何かあんのか?」

 

「いや、ただ頑丈なだけだ。魔銀鉱石と何かの魔獣の素材を使ってると聞いた」

 

 ソーニャは少々自慢げだ。

 

「なんかって?」

 

「そこまでは私も知らん」

 

 少女騎士は堂々としている。マルクは半眼になった。

 

「テキトーなやつだなぁ。でも、そういうことなら無くしたのが剣で良かったな、落っことしたんだろ?」

 

「うむ、そうだな。盾だったらこうして食事などできていない。間違いなく喉を通っていなかっただろう」

 

 マルクとソーニャの会話を横目にダビドフは話を戻す。

 

「ま、そういう複合武器ってのは下手なヤツが作れば剣にも触媒にもならねえ屑鉄に成り下がるんだが、そいつは相当手間がかかってる。おそらく金もな。俺の目で見ても良い仕事だぜ?」

 

 ―――――鉱人のお墨付きがあるなら大丈夫か。

 

「ならいいや。あ、触媒としての原理は―――」

 

「それこそ俺が知るわけねえだろ」

 

 学術的な興味を魅かれたアルだったがダビドフは鍛冶師だ。専門外の知識だとないと素っ気なく答えて紫煙を燻らせた。

 

「そっか。ごめんラウラ、あとでその剣見せてもらってもいい?」

 

「ええ。今見せても問題ありませんよ?」

 

 可愛らしく小首を傾げるラウラへアルは手を振り振り返答する。

 

「今視ると失明しそうだからいいよ」

 

「「失明?」」

 

 平素では聞き慣れない表現をしたアルにラウラとソーニャがオウム返しに問うた。

 

「「「・・・あっ」」」

 

 言ってなかったし、なんなら見せたこともなかったことを失念していたアルと凛華。マルクは覚えていたが、自然と口に出された言葉に違和感を感じなかったため気付くのが遅れた。

 

「まぁた余計な事言ってる~」

 

 アルの失言にシルフィエーラがうりうりと頬を突いてくる。楽し気な耳長娘にぷいっと顔を背けてアルは母譲りの整った顔を更に澄ました。

 

「今のは忘れて。それで、ダビドフさん。剣ってどれくらいで仕上がりますか?」

 

 冷静を装うアルが滞在期間を決めとかなきゃなと鉱人鍛冶師へ訊ねるも、

 

「おう、一党の仲間には話しとくべきなんじゃねえか?」

 

 と言ってくる。そこにレーゲンやハンナが乗っかってきた。

 

「そうだぞ?共有しとくってのは大事なことだ」

 

「そうよ、気になるじゃ―――んんっ、信頼って大事なのよ」

 

 ―――――本音漏れてるぞ、おい。

 

 ツッコみたくなったアルだが面倒だと思い直す。ここらへんが雑なのも母譲りだ。

 

「魔眼持ちなんだよ、ほら」

 

 そう言って『釈葉の魔眼』をラウラとソーニャへ向ける。青白い流星が押し広がった右瞳へ流れ込んでいた。

 

「わあっ・・・綺麗」

 

「初めて見たが魔眼とはこんな風なものだったのだな」

 

 ぎょっとしたのはダビドフたちだ。この歳で魔眼を持っているなんて修羅場を潜ってなきゃまず有り得ない。そもそもが珍しい(レアな)代物なのだ。

 

「うおぉ、マジか。初めて見た」

 

「綺麗なもんなのね」

 

 息は潜めているものの身を乗り出して口々に感想を言う『黒鉄の旋風』の面々。それが鬱陶しかったのかアルはさっさと戻した。

 

「半龍人な上に魔眼保持者かよ。いや、半魔族だからか?苦労したんだなぁ」

 

 ダビドフは複雑な面持ちで酒杯を煽る。何か変な想像をしたのだろう。アルとしてはむしろ恵まれていると思っている。

 

「努力はしたけど苦労はしてないよ」

 

 だからこそあっけらかんとした顔で否定した。

 

 今度は蒸麦餅(パン)を闘気で纏った取分け包丁(ナイフ)でサクサクと割り、中に炙焼猪(ローストボア)と野菜、下味のついた茹潰し芋(マッシュポテト)を挟んでバリバリ言わせながら咀嚼する。

 

「あ、それボクもやる」

 

「ん」

 

 はいと向けられた蒸麦餅(パン)をスッと割ってやった。エーラは楽しそうに具材を挟んでいく。メインは腸詰にしたらしい。

 

 隣を見れば凛華もアルと似たようなことをしていたが、少し大きかったらしい。真ん中から半分に切って隣のラウラへ手渡す。

 

 渡された当のラウラは魔眼の効果が気になるものの聞かないのが常識(マナー)なので気もそぞろだ。

 

「飯時に平然と闘気使うなよ」

 

「だって便利だし」

 

 その返答にダビドフは今度こそ呆れた。

 

「あれ闘気かよ。妙に切れ味いいなと思ったぜ」

 

 双子の片割れは気づかなかったらしい。特にアルは魔力が多い。その分余剰魔力も多く、普段は『八針封刻紋』に吸われていても尚人間よりははるかに多い。

 

 魔力が動いた気はしても闘気だとまではわからなかったらしい。そもそも人間からすれば闘気はどうしても後がないときに使う切り札のイメージが強いのだ。まさかそんなしょうもないことで使うとは思わない。

 

「っておい!お前ら闘気使わなかったな、なんだ舐めてたのか?」

 

 少々怒りを見せるレーゲンにアルは平然と答える。

 

「使われたら闘気も使っていいってことにしてました。あんまり手の内見せるわけにもいかないし、レーゲンさんたちが良い人かどうかもわかんなかったですし」

 

 当然と言えば当然。自分の持ってる(カード)をひけらかすような真似は馬鹿のやること。

 

 レーゲンは言葉に詰まる。『黒鉄の旋風』にいる森人カップルも最初はそうだったし、自身も闘気は使わなかった。しかし――――

 

「そら、まぁ、確かにそうかもしれんが・・・・って待てよ、『も』?」

 

 アルの言い方が引っ掛かる。こいつ()まさか・・・・。

 

「はい。凛華とエーラ、それとマルクには手札を全部晒さないように言ってました。使うなら相手が予想しやすそうなものか、相手がやってきたことをって。

 

 逆にラウラとソーニャには手札を全部見せて技術とか考え方を盗んで来いって指示してました」

 

 レーゲン含め6人とも愕然とした。完全に教材扱いだ。力試しをしているつもりがこちらが測定器扱いされていた。

 

「やっぱお前さんそんなこと考えてやがったか」

 

 短い間にアルの性格を理解していたたダビドフだけがしたり顔で頷いている。

 

「基準を知りたかったんですよ、のんびりしてるわけにもいきませんし」

 

 アルの瞳に真剣な光が見えた。何かを秘めている眼だ。

 

「支部長と話してた件か?」

 

 レーゲンが問う。『黒鉄の旋風』の面々も中身までは知らないがアルたちがかなり真剣な様子で話していたのは知っているし、その後元武芸者の厳つい支部長が街の取纏役の下へ走っていったのも知っている。

 

 重要案件なのは間違いない。そしておそらくそれはラウラとソーニャに関係があるはずだということまで予想はついていた。

 

 この魔族4人と人間の少女2人には余りに実力差があり過ぎる。普通は一緒にいない組み合わせなのだ。

 

 アルは軽く頭を下げて答えた。

 

「はい。不快にさせたならすみません。でも舐めてはいませんよ、最初から」

 

 アルはアルでレーゲンが手加減はしないと言ってきた時点で厄介だと認識している。

 

 いくら成長期とは言えまだ子供だ。もっと見くびってくると読んでいたアルの予想を大きく裏切ってくれた。

 

 しばしアルとレーゲンの視線が交錯する。互いの肚を読み合うようなチリリッとした雰囲気。思わずラウラは硬直した。

 

 睨み合う時間が少しの間続き、レーゲンはフッと肩から力を抜く。

 

「はぁ・・・不快とまでは思ってねえよ。勝ったクセしていい気になるわけでもねえし、馬鹿にしてきたりもねえしな」

 

「ありがとうございます」

 

「はっ、よせよせ。ところでよ、魔力って鍛えれば鍛えるほど量も質も上がるってなぁ、マジか?」

 

 睨み合いが終わり、ほっとしていたラウラは突然の話題変更に動揺した。

 

 ―――――急に、何を?

 

「ええ、本当です。人間の魔力増強法までは知りませんけどこっちと変わらないんじゃないですかね?」

 

 アルは真意を探るようにレーゲンを見る。

 

「てぇと、使い切るやつか?」

 

「ええ」

 

 悪戯小僧のような表情でニヤリと笑うレーゲン。アルはなるほどと理解した。悪意がないとはいえ誤解されるような感じの悪いやり方に対して武芸者流の落とし前をつけようという肚らしい。

 

 ―――――頭目同士のけじめってやつだ、乗っておく方がいいだろう。

 

 アルの目を見て、頭もキレやがると内心思いながらレーゲンは会話を続けた。

 

「でもよ、俺らがその方法でやると―――」

 

「効率が悪いんでしょう?全属性に適性があるから」

 

「そうなんだよな。何かいい案はないかね?」

 

 結局のところ魔力の量というのは継戦能力にも戦術にも直結する万能資源だ。増やしたいと思うのは当然だろう。

 

 レーゲンはその案―――魔族の知恵を出せばチャラにしようと言っているのだ。武芸者同士のけじめにしてもかなり軽いものだろう。

 

「それならこれあげますよ」

 

 アルは紙布巾(ナプキン)にさらりと術式を描いて手渡す。

 

「・・・・これ、独自魔術か?そんなもんまで作れんのかよ」

 

 パッと見ておかしな術式だとわかるそれを確認したレーゲンの目は探るようでもあり、呆れているようでもあった。この術式は既存の体系にはないはずだ。

 

「多芸でしょ?」

 

 そう言いながらアルはほんの一瞬だけ『釈葉の魔眼』を発動させた。

 

 レーゲンはハッとする。

 

 ―――――()()()の能力か。

 

 独自《オリジナル》を渡して能力のヒントまで教えてやったんだからこの件については一切合切黙ってろよ?というアルからの意思表示。

 

 レーゲンは術式を眺めながら素直に呑むことにした。彼らが何かの渦中にいることは間違いないだろうし、敵に回すには強力過ぎる。

 

 こういう手合いは筋を通せば通し返してくれると経験則で知っていた。

 

「そういうことにしといてやる。んで、コレ使うとどうなるんだ?」

 

 紙布巾(ナプキン)の内容についてレーゲンが問えば、

 

「魔力がもの凄い勢いで吸われます。ほっとくと魔族でもキツいですよ」

 

 アルはスルッと答える。元々初期型の『気刃の術』に組み込まれていた術式だ。えげつない勢いで魔力を外へ吸い出す効果がある。

 

「・・・ったく、用意が良いな」

 

「元から使う予定でしたしね」

 

 アルはそう言いながらラウラとソーニャをチラリと見た。それでレーゲンも納得する。ただ守る気はないらしい。

 

「んじゃありがたく貰っとくぜ、後輩」

 

「ええ、これからもよろしくです。先輩」

 

 頭目同士がっしりと握手を交わす。交渉成立だ。

 

 

 その様子を残り5名は見ていた。

 

「決まったみてえだな」

 

「そうね」

 

「いい人たちっぽいね、ほんとに」

 

 魔族組3名はアルをよく知っているので、ふ~んという表情だ。実を言えば隠れ里でも幾度となく見た光景である。

 

 あそこまでの真剣さはなかったが、欲しい素材だの道具だの、ちょろまかしたりせずにあんな風に正々堂々と交渉してもぎ取っていた。

 

 ―――――きっと大人は大変だったろう。

 

 自分たちのことは綺麗に棚上げしてそんな思いに馳せている。ちなみに一番被害に遭っていたのは凛華の兄、紅椿世代の者たちだ。

 

 ラウラはそんな彼らと2人の頭目を見つめ続けていた。何かを決意するように。

 

 

 ***

 

 

 その後、散々食べて呑んで盛り上がった先輩一党と後輩一党、そして鍛冶師1名は解散した。

 

「これから頑張るのよぉ~、こうはいたちぃ~」

 

 へべれけになった女性剣士ハンナを抱えた『黒鉄の旋風』頭目レーゲンはシャンとした様子で、挨拶がてらに先輩としての言葉を贈る。

 

「じゃあな。言うまでもねえだろうが、依頼はきちんと細部まで読むこと。協会で精査されててもたまに酷いのが混ざってたりするからな」

 

 シャンとしているのは背筋だけだった。もうその話は4度目である。

 

「そんじゃな、坊主ども。二日見てくれりゃあいいのが打てっからよ」

 

 真に酒に強い鉱人鍛冶師ダビドフ・ラークはそう言って紫煙をぷかぷかさせ工房へと帰って行った。

 

 

 苦笑しながら手を振るアルたち6人の胸には武芸者の認識票が下がっている。

 

 結局レーゲンたちが微に入り細を穿った仕合結果を報告したことで、アル、凛華、エーラ、マルクの4人は個人として四等級武芸者として登録され、ラウラ・シェーンベルグ及びソーニャ・アインホルンは七等級と判断された。

 

 数年の鍛錬だけでここまでの等級に上がれているのは彼女らが、いつ聖国の魔の手が伸びてくるかわからないという焦燥感で大真面目に取り組んでいたからだ。

 

 

 ちなみに何の鍛錬も行っていない平均的な人間の子供12歳ほどが十等級、誰に師事することもなく成長した人間16~18歳で九等級、帝国の新兵訓練を受け始めた者がおよそ16~18歳くらいで八等級である。

 

 魔術を使えることや装備も加味される為、彼女らの七等級は非常に妥当な結果だ。これでもそこいらの武装したチンピラ数人程度なら脅えこそすれ対処は可能である。

 

 逆にアルたち4人は装備を差っ引いても四等級の枠に収まりきれていない。神殿騎士30人相手に4人で立ち向かえる四等級などそうそういない。

 

 しかし、そこは協会の規則があるのでアルたちも特に文句をつけることはなかった。

 

 また大抵の魔族は五等級、六等級から始まる。”魔法”が使える時点で人間の尺度で言えば並の戦闘力ではない。どちらかと言えばそういう場合人格を見られるのだが、4人はそこもクリアしていた。

 

 

 その結果として一党の等級は四等級4人がいるということで六等級である。彼らの胸には透き通る海のような色の薄い水宝玉《アクアマリン》を基礎に、アルたち4人のは銅板が、ラウラとソーニャのは血のように赤い柘榴石《ガーネット》板が埋め込まれた認識票がぶら下がっている。

 

 これは等級を一目で判断するために生まれた武芸者協会の知恵だ。

 

 手間がかかり希少な素材ほど上の等級、壊れても大量加工が可能なものを下の等級にして区分している。

 

 下から木、雪石、紫石英(アメジスト)柘榴石(ガーネット)水宝玉(アクアマリン)黒鉄(くろがね)(ブロンズ)(シルバー)(ゴールド)白金(プラチナ)の順だ。宝石の類は魔術の素材としても染料としてもよく使われているのでアルの前世ほどには価値がない。魔銀鉱石の方が余程高値であるという背景もあったりする。

 

 そして個人等級の乗ったメインとなる認識票が横4cm(ケント・メトロン)、幅2.2cm、厚さ0.8cmで角が丸くなっているものを、固定の一党を組むとその一党としての等級を表す素材で一回り大きな基板をつけるのだ。

 

 アルを例に出すなら水宝石(アクアマリン)()()に加工された銅板が入っているので、個人等級四の一党等級六となる。

 

 加えて臨時の一党を組む場合は、帝国内ではきちんと申請が必要であり、重視されるのは当然ながら個人等級だ。で、あるので固定の一党を組まない流れの武芸者は一党を組んでいる武芸者より一回り認識票が小さい。

 

 

 こうして6人は晴れて武芸者となったのであった。

 

 

 ***

 

 

 その夜のこと。アルは夜天翡翠に裏面を真っ黒に塗りつぶした手紙を持たせた。理由はもちろん、ラービュラント大森林からおよそ30km(キリ・メトロン)に位置するネーベルドルフへと手紙を届ける為だ。

 

 おそらく神殿騎士がうろついているだろうからネーベルドルフから出ない方が良いという内容をしたため、三ツ足鴉の真ん中の脚へ括り付ける。

 

「頼んだよ。二日間はここにいる。それ以降は北東の方に向かうと思うけど、魔力で追えるね?」

 

「カアッ!」

 

「よし、じゃあ頼んだ。騎士じゃなくても人には見られないように、それと翡翠自身も気を付けるんだよ」

 

「カアー!」

 

 夜天翡翠はアルの手に頭をこすりつけ、窓から飛び立っていく。

 

「ふう。俺も寝よう」

 

 アルはそれを見届けて、眠っているマルクの隣の寝台へと体を潜り込ませた。

 

 

 夜も更けた頃。アルは無意識に目を開いた。その事実に意識を急速に覚醒させる。

 

 ―――――なんだ?なんで目を覚ました?

 

 無意識に何かを感じ取ったと判断したアルはジッと身動ぎをせず、気配と魔力を探った。そして気づく。

 

 向かいの女性部屋から感じる気配が一つ足りない。

 

 ―――――ラウラがいない?

 

 アルは音を立てないように寝台からストッと降り、龍鱗布と父の形見の短剣だけを腰につけて部屋を出た。刀を振り回すにはここは狭すぎる。

 

 静まり返った廊下をそろりそろりと警戒しながら動いている内にラウラの魔力を感知した。

 

 ―――――上だ。

 

 アルは音を立てないように階段を上がり、逆手に持った大振りの短剣をぎゅっと握り締め、開放されているらしい屋上の戸を開いた。

 

 ラウラが一人で夜空を眺めている。アルは念入りに周囲を探り、何もないことを確認してホッとしつつ声をかけることにした。

 

「ほっ・・・・ラウラ、どうした?ていうか焦らせないでくれると助かるんだけど」

 

 ラウラはビクッとして恐る恐る振り返り息を吐く。

 

「はぁぁ~~っ・・・・もうびっくりしましたよ」

 

「こっちの台詞だよ」

 

「ふふっ、すいません。祈ってたんです」

 

 ラウラはたおやかな笑みを向けてきたが、月に照らされた琥珀色の瞳は真剣だった。

 

「祈ってたって?誰に?」

 

「女神様にです」

 

「女神に?なんで?」

 

 生まれてこの方、神になぞ祈ったことがないアルは困惑した表情を浮かべて問う。

 

「私たちを守ってくれた方々をどうか天界へと連れて行って下さるように、と」

 

 天界―――こちらの世界の天国。この2日間は濃密だった為すっかり忘れていたが、彼女らは親しい人々を失ったばかりだ。アルはそれに気付いて気まずそうな顔を見せた。

 

「・・・・そっか、その・・・配慮が足りなかった。ごめん」

 

「いえ、守って下さいましたから。それどころではなかったというのもずっと見てたので知ってます」

 

 ラウラは鮮やかな朱髪を揺らすように首を振る。

 

「そんなに余裕なさそうだった?」

 

「抜き身の刃をずっと懐に隠しているような雰囲気でした」

 

「言い得て妙かもね」

 

 気恥ずかしいが、ラウラの言う通りだった。ここ2日の神経の張り詰め方はアルにとっても負担になっている。

 

 神殿騎士と戦った日でさえ結局動けるほどに疲れが抜けたら目が覚めてしまったくらいだ。

 

 眠りがあんなに浅いというのは魔獣がうようよいるラービュラント大森林でも経験がない。

 

 ―――――気を抜けるときは抜かないと駄目になるな。

 

 アルがそう思っていると、

 

「まだ先の事になるでしょうけど・・・・私たちも強くなってみせますから」

 

 ラウラは唐突にそう言った。アルはまじまじと彼女を見つめる。ラウラの瞳には決意が輝きとして表れている。

 

 胸に手を当てて祈っていると思ったが、そうではなかったのだ。

 

 彼女が握り締めているのは今日―――いや、もう昨日に貰った武芸者の認識票。それを握り込んでいた。

 

 ラウラは祈っていただけではない。誓っていたのだ、何としても逃げて生き延びると。彼らの思いも行いも絶対無駄にはしない、と。

 

「・・・・そっか。うん、今後は仲間としてよろしく。でも鍛錬中は厳しくするからそのつもりでね」

 

「・・・・はいっ!」

 

 ラウラは一瞬ぽかんとしたが、次いで顔を紅潮させて晴れやかな笑顔を浮かべる。 

 

 星空の下、歳相応な少女の心からの笑みは非常に魅力的だった。

 

 ラウラに毒気を抜かれたアルは疲れを感じて屋上の柵へ体を寄り掛からせる。神経的な疲労を感じているのに身体は覚醒状態だ。あの緊張感がいけない。

 

「なんか目が冴えちゃったよ」

 

「ふふふっ。すいません、アルクスさん。つき合いましょうか?」

 

 何が楽しいのかラウラがそんなことを言ってくる。アルは厚意に甘えることにした。

 

「じゃあもうちょっとつき合って。もう少ししたら眠くなるだろうから」

 

「ええ、いいですよ?」

 

「ラウラのせいなのになんか上からだなぁ・・・」

 

「あはっ。それにしても、意外とここは風が通るんですね」

 

「それじゃ寒いだろ?貸すよ」

 

「んわっ、あ、ありがとうございます・・・あぁ~暖かいですね、これ」

 

「そんな薄着で出てくるからだよ。夏だって夜は冷えるんだから」

 

「共和国にいた頃は夜もそこまで寒くありませんでしたよ?外に出るようなことはありませんでしたけど」

 

「夜、外に出たことないんならそうだろうさ」

 

 半龍人の青年と人間の少女はそれからしばしの間、穏やかな会話にふける。月の輝きはそんな2人を優しく照らしていた。

 

 

 翌朝、ラウラが返し忘れた龍鱗布を見つけて凛華とエーラが何やら騒いでいたが、階下で食事に夢中のアルには聞こえていない。

 

 ソーニャは顔を赤くして騒ぎに参加するかしまいか悩み、マルクはバッチリ聞こえていたが我関せずを貫いていた。藪をつつい鬼を出したくなかったのだ。




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