日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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ここでは初投稿になります。読んで頂ければありがたい限りです。


また「小説家になろう。」と「カクヨム」にて同作を2~3日に1度連載投稿しております。


現在両サイトにて投稿されているものとこちらに投稿するものは少々文体が違う場合があります。


こちらへは定期的にある程度纏めて更新していく予定です。


13話 鬼教官アルクス (虹耀暦1286年9月:アルクス14歳)

 ネーベルドルフへの手紙を夜天翡翠に託した翌日。アルクスたち一党は現在、協会支部の訓練場にいる。

 

 水宝石(アクアマリン)の縁に銅の認識票―――四等級を示す証を首元に提げた魔族4人と同じく水宝石の縁に柘榴石(ガーネット)の認識票――七等級証を提げた人間の少女2人は朝食を摂ると、翌々日までの宿代を女主人へ払い、すぐにヴァルトシュタット支部へと向かった。

 

 

 朝から訓練に努めていた他の武芸者たちの視線が集まっている。アルたちの知らぬことだが、四等級と言うのは中堅以上の実力者と見做される等級だ。

 

 年若い者達が提げていればぎょっとはされなくとも「えっ?まじかよ」くらいの反応はされる。

 

 帝国内の法では、協会支部の等級審査を胡麻化したり賄賂を使って実力不相応な等級に引き上げてもらったりしたことが発覚すれば向こう20年は協会のブラックリストに名が刻まれ、認識票は発行できず、またその支部の上層部ごとそっくりクビだ。酷いときは支部ごと取り潰されることもある。

 

 このヴァルトシュタット支部の支部長は元武芸者。これらの要素からアルたち6人の等級審査に不正は一切ないのだろうと察せられる。

 

 そもそも見る者が魔族組を見れば、ひと目でわかると言うものだ。漂っているのが既に武人の雰囲気なのだから。注目もされよう。

 

 

 アルはオホンと咳払いを一つして、朱髪に琥珀色の瞳をした少女ラウラ・シェーンベルグと栗色の髪に萌黄色の瞳の騎士少女ソーニャ・アインホルンへ口を開いた。

 

「今日明日は訓練にする。依頼は受けず、二人の立ち回りの確認、それと少しでも地力を上げる時間に充てるつもりだ。圧倒的に時間が足りないからな」

 

 すると青いラインの入った胸甲をつけたソーニャが生真面目に手を上げて問うてくる。

 

 義祖父の私兵に稽古をつけてもらっていた時の癖だろうか?

 

「アル殿、私は兜はいらないのだろうか?」

 

 ソーニャの言葉にアルは頷いた。

 

(いくさ)なら、たぶん要る。けど襲撃に備えるなら邪魔だ。だから髪は適当に纏めててくれ」

 

 これはアルが昨日この街の鉱人鍛冶師ダビドフに借りて兜を被ってみて出した結論だ。

 

 正面切ってやり合うなら不意討ちや流れ弾防止で間違いなくあった方が良いだろう。

 

 しかしどこから来るかわからない襲撃者に備えるなら邪魔でしかない。

 

 視界が狭まり、耳が覆われ、髪の毛が押さえつけられる。全て気配の察知には必要な要素だ。

 

 広い視野で敵や違和感を捉え、流れてくる風やその他の外的刺激を耳や頭皮で感じ取る。兜を被るとそれらが途端に膜ができたよう薄まってしまう。加えて首に負荷がかかり続ける。

 

 だからアルは要らないと判断した。

 

「うん、了解した。実を言うと私もあまり被り慣れてないんだ」

 

「この歳で被り慣れてるのもどうかと思うよ。よし、それじゃ地力を上げる訓練を始めようか」

 

「地力を上げる、というのは具体的にどうするのでしょうか?」

 

 ラウラが顎に人差指をやって小首を傾げる。

 

「操魔核を鍛えるんだ。まずはこの術式を使って、その後は定型術式を扱ってもらう。属性魔力でもいいんだけど、そっちはきちんと教えるのに時間かかるからね」

 

 そう言ってアルは昨夜『黒鉄(くろがね)の旋風』の頭目レーゲンへ渡したものと同じ術式を見せた。

 

「これって昨日の―――」

 

「うん。レーゲンさんに渡したのと同じ術式だよ」

 

「魔力を吸うというやつか」

 

「そう。魔力は戦闘において重要な要素。俺自身もっとあったらって何度も思ったことがあるし、たとえ追い詰められてても使える手札が増える。地道だけど効果的だよ。”魔法”をまともに使えない俺が言うんだから間違いない」

 

 アルの言葉を聞いていた後ろの凛華やシルフィエーラ、マルクガルムがうんうんと頷いている。

 

 彼らにとってはむしろ”魔法”が強力だからこそ足りなくて口惜しいと思った場面が多々あった。アルの龍血が暴走した遠因でもある。

 

 実感を伴った彼らの首肯にラウラとソーニャはそういうものなのかという顔を見せた。

 

「剣の方はどうするべきなんだろうか?凛華に学ぶべきだろうか?」

 

「教えてもらったのがツェシュタール流なら凛華に聞くといい、中伝までは修めてるから。でもソーニャのは違うだろ?ついでに言うと俺が教えても的外れなものになると思う」

 

 アルの六道穿光流はそもそも盾持ちの剣士には向いていない。そちらの指導にアルは口出ししないと決めていた。

 

「えーと・・・私が教わっていたのは確か帝国剣術ではあるが直剣の一刀流以外はないと聞いた」

 

 帝国を二分するツェシュタールともう一つの流派。その流派は普通の直剣以外は使わない。アルが確認のため軽く視線をやると凛華は首を横に振った。

 

 ―――――もう一つの方か。

 

「なら俺たちに教えられることはない。その流派の基本を繰り返した方が確実だ」

 

「うむ、承知した。今更変えろと言われても難しくてな」

 

「それはないよ。下策も下策だからね」

 

 ソーニャが少々胸を撫で下ろすような仕草をとった。そこまで不器用ではないが一度学び始めた身体の動きを修正するのはかなりの時間と労力がかかる。

 

 達人級ならまだしも、そうでないソーニャからすれば軽く不安を覚えていたのでアルの指導方針は素直にありがたかった。

 

「私はどうしましょう?」

 

「ラウラはあんまり振ってなかったからなぁ、武器も特殊だし。ちょっともっかい借りていい?」

 

「どうぞ」

 

 アルはラウラの杖剣を軽く握る。昨日の食後、杖剣としての術理を『釈葉の魔眼』で見せてもらおうとしたが、発動させた瞬間に失明した(エラーを起こした)

 

 結局、放出魔力を増幅させるということしか聞いていない。

 

 薄く、細いが細剣(レイピア)とは違う身幅、『黒鉄の旋風』にいる女性剣士ハンナが持っている幅広直剣(バックソード)のように簡素(シンプル)護拳(ナックルガード)、普通の直剣より刃尺も長い。

 

 アルはヒュンヒュンと振ってみた。

 

「取り回しやすさ重視って感じかな?凛華、合ってる?」

 

「んー・・・そうね、たぶんその考えで間違ってないわ。あたしには軽すぎるけどこれで魔術を使うなら疲れにくくていいんじゃない?」

 

 ラウラに許可を取った凛華も軽く振って確かめ、アルの意見を肯定した。

 

「とりあえずラウラは基本的な振り方だけ練習で後はまた次の時に考えよう。現状俺と凛華の剣術は杖剣に合わないだろうから、それっぽいものが見つかるまで保留で。杖剣を使った魔術の訓練を優先する」

 

「わかりました。どんな訓練をするんでしょうか?」

 

 今までやっていたのは属性魔力を剣先から撃ち出すだけだった。

 

「最初は杖剣で術を起動する感覚を覚える訓練。慣れたらそれを当たり前にして行使速度を上げる訓練。とりあえずの目標は慣れることにしとこう」

 

「なるほど・・・・頑張ります」

 

 数舜考え込んだラウラはアルの言うことを正しく呑み込んだのか、ふんすと荒い鼻息を吐く。やる気は充分らしい。

 

 ソーニャもそんな血の繋がらない姉に引っ張られるように気合を入れるのだった。

 

 

 ***

 

 

 時刻は正午を回った頃。協会支部の建物内に併設されている食堂兼酒場。

 

 ここは武芸者や協会職員がよく利用する、安くて多くて旨いが売りの食事処だ。協会から原価で肉を買いつけ、酒代で利益を出す。そんな風な商売をする店である。

 

 たまに依頼者と武芸者が相談している様子も見られるこの場所に、アルたち6人はいた。他の武芸者たちや職員は少々遠巻きに座っている。

 

「食っとかねえと保たねえぞ」

 

 猪肉と赤茄子(トマト)麺料理(ボロネーゼ風パスタ)を口にしていたマルクがそんなことを言った。

 

 隣で座っているというより突っ伏しているソーニャは「うっ」と体を起こして蒸麦餅(パン)をモソモソしながら

 

「わかっている」

 

 と疲れた様子で呟いた。

 

 向かいにいるラウラも身を起こしてちびちびと(スプーン)で豆を口へ運ぶ。優しい味だ。

 

「キツいものですね・・・」

 

「うむ・・・舐めていた」

 

 アルの訓練はハッキリ言ってスパルタだった。怒鳴ったり頭ごなしに何か言うようなことはまったくないが、とにかく時間に無駄を与えない。

 

 これが終わればあれ、あれが終わればそれ。休憩はあるがダラダラ座り込んでいられる時間などない。

 

 永遠に輪廻《ループ》し続ける訓練メニューに体力も精神力もやられた2人は食欲もなくげっそりとしてしまった。それだけ本気だということだけは伝わっているので音を上げられないところが更に辛い。

 

 

 初めにアルの渡してきた術式から魔力をカラッカラに()()()()

 

 そしてギリギリまで魔力を回復すると、今度は講義のような形でどんどん魔術を使わされる。

 

 帝国や王国で主流の『火炎槍(かえんそう)』、『風切刃(ふうせつじん)』、『障岩壁(しょうがんへき)』、『雷閃花(らいせんか)』、『水衝弾(すいしょうだん)』を互いに撃ち合って消し合い続けるという訓練だ。

 

 魔力が尽きた時点で手を上げ、またギリギリ回復するまで待って術を撃ち合う。

 

 手本はアルが紙に描いたものを渡してくれたのでそれを見ながらひたすら魔術を使い続けた。

 

 止まっていいのは魔力が尽きたときと1時間半ごとにある休憩のときだけ。

 

 危なかったら自分が止めるからタイミングを合わせなくていいと指導され、出来上がった術式をどんどん撃っていく。杖剣も盾もなし。回避はありだが極力消すようにと言われたので素直にやり続けた。

 

 おかげで消し損ねた互いの術が当たる瞬間もあったが、その都度アルが土くれを両者の前に生み出すので致命傷や大怪我だけは避けられる。

 

 しかしあえて完璧には守ってくれない。そのため失敗すれば軽い怪我をするのだ。指先を切るだとか衝撃に肩を殴られるだとか。

 

 おかげで最初の1時間半で2人とも5つの定型術式を覚えてしまった。

 

 紙なんぞ見てる暇があるか!という精神状態の両者。年頃の娘らしくない様子で息を荒げて魔術を撃つことに専念していた。

 

 訓練の効果は上々だ。少なくともラウラとソーニャは魔力がなくなる寸前の疲労感を嫌と言うほど経験してアルの言う地力を上げる為に魔力の根源たる操魔核を鍛えるという意義を体で理解できたし、魔術を使う感覚も身についたのだから。

 

 

 なお、ラウラとソーニャの訓練を傍から見ていた他の武芸者たちはそのスパルタっぷりにドン引きしていた、魔族組だけはこんなもんじゃねえの?という顔をしていたが。

 

 

 そんな鬼教官アルクスは現在ラウラの隣に座り、ぼおっと天井を見上げながら匙を咥えている。考え事をしているらしい。

 

「アル、行儀悪いわよ」

 

「んー・・・」

 

 左隣にいた凛華から注意されても上の空だ。

 

「午後の訓練のこと考えてるんだよね?」

 

「・・・うん」

 

 斜め向かいにいるエーラに気のない返事を寄越す。

 

「ま、まだ何か別のがあるんですか?」

 

「なん、だと・・・」

 

 既にヘトヘトのラウラとソーニャは元々大きな目を更に見開いた。

 

「午後は別のに変えるんだろ。さっきのはあくまで基礎だからな、お前らが飽きると思ってんじゃねえの?」

 

 マルクは麺料理(パスタ)を食べ終え、食後のスモモ(デザート)を齧りつつそんなことを言う。

 

 途端に愕然とするラウラとソーニャ。

 

 ―――――あれが地味だと?何十発どころじゃない数の魔術を撃ち合ったというのに?

 

「アルさん!?飽きてませんよ!」

 

 ラウラがたまらずアルの肩をグイっと掴んで揺さぶった。呼び方の変化があったことに凛華とエーラはピクリと反応したが見守ることにする。今朝も騒いだばかりだ。

 

 すると上の空であったアルがピクッと反応した。

 

「こんにちは、先輩方」

 

 アルたちの背後から見知った6人一党『黒鉄の旋風』が寄ってきていたのだ。

 

「よお。見なくてもわかるってとことん人間離れしてやがるな、お前ら」

 

 三等級の一党『黒鉄の旋風』頭目である三等級武芸者レーゲンは呆れたとでも言わんばかりだ。

 

「そんなわけないじゃない、アルとマルクだけよ」

 

 すかさず凛華はそう返す。

 

「安心したわ」

 

 レーゲンの仲間である三等級の女性剣士ハンナがにこやかに手を振った。昨日そこそこ親密になった親切な先輩武芸者たちの副頭目である。

 

 アルは振り向きつつ、

 

「剣士ですから」

 

 ニヤリとしてみせた。

 

「私も剣士なんだけど?生意気ねえ、この子」

 

「あんたあたしに喧嘩売ってんの?」

 

 ハンナと凛華に両頬を引っ張られるアル。しかし気にした様子はない。母トリシャや魔術の師ヴィオレッタ、そして一党の魔族組《凛華とエーラ》からされ慣れている。大人しくないガキンチョだったからだ。今も然して変わっていないが。

 

 頬を左右に広げられたアルはそのままレーゲンに問う。

 

「レーヒェンひゃん、ぶへーしゃひでったいひちゅよーなものってなんでしゅか?」

 

「なんて?」

 

 思わず訊き返したレーゲンに、

 

「武芸者に絶対必要なモノだって」

 

 エーラが代弁した。

 

「なんでわかるんだよ・・・・あー・・・なんだろうな?強さなんか言い出したら登録したての俺なんかクソ雑魚だったしなぁ」

 

 すぐ隣の卓へ座って頭を悩ませるレーゲンは傍にいた双子へ問う。

 

「ヨハンとエマのご両親、武芸者だったんだろ?なんか言ってたか?」

 

「俺ら?うーん、親父はなんか言ってたっけ?」

 

「さあ?面倒なお話はヨハンに任せてたもん」

 

「やっぱりかこのアマ」

 

 揃いの盾を持った剣士と槍士の双子はそんな風に言い合いつつ頭を捻った。絶対必要と言われたら困る。

 

「そもそもいきなりどうしてそんなことを気にする?今更だろう」

 

 森人の男性武芸者ケリアの疑問に恋人である森人の女性武芸者プリムラが肩をつついた。

 

「四等級が七等級を厳しく鍛えてるってさっき他の武芸者たちがヒソヒソやってたでしょ?アルクス君がラウラちゃんたちを鍛えてたんじゃない?」

 

「ああ、そういうことか」

 

「手早く何か覚えさせるって方法は取らなかったのか?急いでるんだろ?」

 

 レーゲンがそう訊ねると、

 

「今日だけでもう五つ魔術を覚えました・・・・」

 

 ラウラが疲れた様子で答える。

 

 は?という視線がアルへと向いたが当の本人はどこ吹く風だ。

 

「充分じゃないの?」

 

 頬を放して問いかけてくるハンナ。

 

「じゃないです。相手が相手ですし」

 

 アルは即答する。

 

「そっかぁ。う~ん」

 

 その回答ぶりで『黒鉄の旋風』は事態の()()()()()()()()を理解した。しばし顎に手をちょんちょんと当てていたハンナが声を上げる。

 

「あっ!そうよ体力よ!私が昔剣習ってたとこで言われたことあるわ。いくら強い戦士でも走れない奴は生き残れない、どっかで死神に追いつかれるって」

 

「おお、なるほど!」

 

 ハンナの言葉にアルは手をポンと打ち、

 

「えーと、じゃあ――――」

 

「アルさん?」

 

「大体決まった。マルク、午後は手伝って」

 

 午後の訓練メニューを決まったのか、マルクへ声をかけた。

 

「ん、俺か?いいぜ」

 

「何をさせられるんだろうか・・・」

 

 安請け合いをするマルク。ラウラとソーニャは不安だ。

 

 ―――――今度はどんな訓練だろうか?きついんだろうか?きついんだろうなぁ・・・。

 

「余計なこと言っちゃったかしら?」

 

「どっちにしてもきつくない訓練は訓練にならないし、アルは加減できるから大丈夫だよ」

 

 エーラはハンナへ問題ないと返す。『治癒術』を使って2人の細かな傷を治していたが本当にまずい怪我は一切なかった。それでなくともアルを信用している。

 

 ラウラとソーニャにはそんなエーラの言葉がやや非情なものに聞こえるのだった。

 

「なぁ、アルクス。俺らも今日は依頼ねえしその訓練とやら、見ててもいいか?」

 

「全然構いませんよ」

 

 興味をそそられたレーゲンが伺うとアルは首を縦に振る。

 

 ケリアとプリムラの稽古は見たことがあるレーゲンだが彼らのはちっとも参考にならなかった。

 

 変なところに射った矢が的に命中するところなど見たところでわからんし、人体の動きを無視した速度で風のように舞うなど人間には到底無理だ、ということしかわからなかった。

 

 きっとアルたちが見たとてエーラくらいにしか理解できないだろう。

 

「じゃあ、そうだな・・・うん、一時半からね。あと四十分はあるから休憩しといて」

 

「うぅ~・・・はい」

 

「・・・承知した」

 

「ねえねえアル、あたしも稽古したいんだけど」

 

 凛華が龍鱗布をくいくい引っ張ってそんなことを言う。顔だけは澄ましているがアルにはわかる。甘えているのだ。

 

 ―――――しょうがないなぁ。

 

「ラウラとソーニャの訓練が終わったらでいい?八時まではあそこ空いてるらしいし」

 

 アルはなんだかんだ凛華やエーラに甘い。

 

「いいのっ?じゃあ待ってるわね!」

 

 輝くような笑顔を見せる凛華にハンナとプリムラは「はっはーん」という表情で顔を見合わせる。『黒鉄の旋風』の女性陣で気付かなかったのはエマだけであった。

 

 

 ***

 

 

 午後1時半。訓練場には先ほどの3人にマルクが追加した形で再度訓練が再開されようとしていた。

 

 『黒鉄の旋風』の6人は邪魔にならない場所でその光景を眺めている。ちなみに凛華とエーラも見学である。

 

 一党として戦う場合のラウラとソーニャの詳細な戦闘能力を把握しておくようアルに言われているからだ。

 

「午後はラウラとソーニャ、それぞれ別れて訓練してもらう。まずソーニャ」

 

「うむ」

 

「ソーニャはマルクと組んで稽古だ。昨日の感じから言えばソーニャは意外と思考が多い。それ自体は悪いことじゃない。ただ戦うより全然良い。でもやりたいこととか考えがありそうなのはわかるけど、身体が思考に追いつけてない」

 

「むぅ、確かに。自分の思うような動きは出来ていないな」

 

「攻撃にも防御にも思考を割いてるし、目で見て反応するから一歩遅れてる。だからとことん察知能力を上げて思考を減らす訓練をしていくことにした。理想は防御か回避を決断すれば自然とそう動いてた、くらいになること」

 

「なるほど。言いたいことはわかるぞ」

 

 防御に割く思考の単純化とその思考に追いつけるほどの身体づくり、そして敵の動きを察知する先読み能力、アルはそこを鍛えようと言っているのだ。

 

 特にソーニャはラウラを守る最後の勘所だ。取捨選択を間違えるわけにはいかない。

 

「そこで、これから『人狼化』したマルクが攻撃し続ける。盾で受ける、逸らす、避けるをその都度判断しながら戦ってくれ。当然反撃はありだけど、生半可な攻撃ならしない方がいい。マルク相手には命取りになるぞ。

 

 マルクの全力を防げるのは、”魔法”と尾重剣がある凛華だけだ。俺とエーラはまずマトモに()()()()。それだけ威力があるから注意するように」

 

 アルが言い終えるとマルクがゆらりと『人狼化』した。ソーニャはゴクリと唾を呑んで、

 

「わかった、よろしく頼むマルク」

 

 と気合を入れる。

 

「おう、よろしくな」

 

 とマルクは気軽に返しているが茶化すような雰囲気はない。仲間の訓練を遊び半分でやるような馬鹿ではないのだ。

 

「あ、マルクは爪と魔術は使用禁止。段階的に速度と威力を上げてくれ、耐えられるギリギリを上回るように。それと怪我したらすぐにエーラのとこに連れてってくれ」

 

「了解だ、任せろ」

 

 人狼などこんな辺境の街で見たことのある武芸者はいない。他の武芸者たちは少し、いやかなり遠巻きでマルクと少女騎士を見ていた。

 

「準備は?」

 

「出来てるぞ、よろしく頼む」

 

「うーし、そんじゃ行くか!」

 

 その言葉と同時にマルクが飛び出す。尋常ではない脚力だ。瞬発力なら野生の虎さえ優に超える。ソーニャにはブレたように見えた。

 

「っ!?くっ!」

 

 咄嗟に左手の盾を構えて身を固めるが、マルクはまっすぐ殴り込むような真似はしない。

 

 タアンッ!と軌道を途中で変え、盾の奥側―――ソーニャの左隣に現れた。

 

「なっ!?」

 

 ソーニャには瞬間移動したように見えたことだろう。マルクは盾を()()()()()一気に詰め寄ったのだ。

 

「くうっ!?」

 

 慌ててソーニャが盾を向ける。マルクはそれを()()()拳で殴りつけた。

 

 ガアンッ――――!!!!

 

「ぐっうぅぅ・・・・!」

 

 衝突音と共にソーニャが訓練場の土を削り取りながら弾き飛ばされる。

 

「まともに受けたら折れるぞ」

 

 マルクは静かに告げた。

 

「・・・・・なるほど、アル殿が言ったことが分かった」

 

 受けた左手どころか肩ごと左半身を捥がれたように痺れている。

 

 ―――――受けるか、逸らすか、避けるか。察知能力以外にも判断力と盾の扱いまで訓練に組み込んでいるとは。

 

 ソーニャは舌を巻いた。今のを続けられれば少なくとも近い内に感覚も芽生えるだろう。それくらいには危機感を感じている。

 

「腕はもう動かせるな?」

 

 どうやらマルクは加減具合をきちんと把握しているようだ。

 

「ああ。続きを頼む」

 

「はっ、やっぱ根性あるな」

 

 マルクが体勢を落とす。

 

「二度目だな、そう言って貰えるのは!」

 

 ソーニャの盾とマルクの拳が激突した。

 

 

 動きだした人狼と少女騎士からアルは口を開きながら視線を戻す。

 

「ラウラは俺と訓練だ」

 

「あの、ソーニャは大丈夫でしょうか?」

 

 不安そうなラウラへアルは頷いてみせた。

 

「大丈夫だよ、あれでもまだ緩いしわかりやすい」

 

「あれで、ですか?」

 

「人狼は狩人だから、本来ならもっと気配を薄められる。それに普段のマルクはもっと速いし、予備動作も少ないよ」

 

 その言葉にラウラは直近のマルクを思い出す。目にも止まらぬ速さで騎士の鎧を貫いていた。それでようやく理解する。あれはかなり優しい指導なのだろう、と。

 

「わかりました。それで、私はどんな訓練なのでしょうか?」

 

 アルは一つ頷いて説明を始めた。ただ愚直に訓練し続けるより趣旨を理解している方が身につきやすいからだ。

 

「ラウラは最後衛で戦ってもらう。相手があの連中な以上ラウラに手を掛けられた時点でこっちは詰むからね」

 

「はい、理解しています」

 

「敵の数を減らさなきゃどうしようもないから俺は遊撃として前に出るし、マルクは敵を押し止めることもできれば駆け回ることもできる。凛華は敵陣に大穴を開ける為にたぶん派手に動くだろうし、エーラは弓で下がりがちだと思われるけど”魔法”があるから案外いろいろ動き回る。

 

 そうなると問題があって、細かい指示ができないし戦況がとにかくわかりにくいんだ。頭目として方針は最初に言うけど、分が悪くなったとき判断が遅れるのは致命的だろ?」

 

「理解できてます」

 

 ラウラは頷く。

 

「だからラウラには俯瞰的に全体を見て、細かい戦況報告だったり俺たちの死角を潰していって欲しい。もっと言うと本陣であるラウラが前線を操作して欲しいんだよ。その為の魔術、そしてその護衛がソーニャ」

 

「そういうことですか・・・・」

 

 形が見えてきたと同時にラウラは自分にかかる責任の重大さも理解した。思わず眉間に皺を寄せる。

 

「短距離で言葉を伝える魔術を今創ってる途中だけど難航しててね。いずれはそれで伝達を行いながら戦っていく形にする予定ではいるよ。今の説明で質問とかは?」

 

「・・・いえ、ありません」

 

 ラウラは難しそうな顔をするが同時に心に火も点いた。アルが本気で一党の仲間として2人を扱うつもりだと理解できたからだ。

 

「うん。その為に必要なのは視野の広さと正確な状況分析能力、そして対処能力だと思うんだ。最悪対処だけはこっちに投げて貰えばいいんだけど他二つはそうもいかない」

 

「確かにそうですね」

 

 こくこくと首肯するラウラにアルは安堵しながら、

 

「だからこれから属性魔力の火、風、雷の球を色んな方向から撃ち出す。ラウラはそれを避けるか消して回ること。これが午後の訓練だよ。消すときは属性魔力でも魔術でも構わない」

 

 訓練内容を告げた。

 

「消すか避けるか、でいいんですね?」

 

「うん、追尾弾も撃てるっちゃ撃てるんだけどそれはもうちょっとしてからね。あ、魔力の感知は出来るよね?」

 

「一応は。生体魔力感知?でしたか。あちらはまだ曖昧な部分もありますけど」

 

「わかった、そっちはおいおい教えるよ。感覚が掴めれば探知も楽だしね」

 

「わかりました」

 

「よし、じゃあ準備はできてる?」

 

「はいっ!」

 

 杖剣を引き抜くラウラ。アルはそこから距離をとって、

 

「じゃあ始めるよー」

 

 と声を投げかける。

 

「お願いしますっ!」

 

 ラウラは気合も充分と杖剣を右手に構えた。

 

 それを見たアルは両掌をくるりと上に向ける。すると石ころサイズの火球がボッと、雷球がパチッと、風球がヒュッとアルの周囲に浮いた。()()()()1()0()()だ。

 

「・・・嘘でしょ」

 

 ラウラが瞠目して呟くと同時に属性魔力球が独立して動き出す。”特質変化”で弄った水風船のような属性魔力だ。ふわふわ漂っているかと思えば鋭角に動いているものもある。

 

 そして所定の位置についたものからどんどんラウラへと襲い掛かった。

 

 ヴィオレッタの得意技だ。実戦では掴んで投げるのが癖になってしまっているアルにも出来ないことはない。

 

「くっ!?」

 

 火球を数個まとめて打ち消したが、残っている魔力球の数は多い上に速度はまちまち。速いのも遅いのも混ぜこぜ、角度もバラバラ、対処できる量じゃない。

 

 慌てて着弾箇所(ポイント)から逃れると、雷球が落ちてきて地面で小さく爆ぜた。

 

 ―――――真上にもあった!?

 

 驚愕したラウラはグルリと周囲に視線を走らせる。見れば彼女の周囲を全方位から取り囲むように魔力球が浮いていた。

 

 ラウラは今度こそ青褪める。そして走り出した。神経を尖らせ、魔力を感知し、目を回しそうなほど視線を巡らせる。

 

 ―――――簡単そうだなんて思った自分がバカだった!

 

 そんな気持ちで心中が埋め尽くされたラウラは懸命に杖剣を振るい魔力球を叩き落とす。

 

 しかしアルは追加の魔力球をどんどん出していく。きっちり常に30個、属性魔力球は間断なくラウラへと殺到する。

 

 

 ひょいひょいと指先を動かして魔力球を操るアルと駆けながら杖剣を振るい続けるラウラ。

 

 声にならないラウラの悲鳴が訓練場に木霊し続けていた。

 

 

 ☆★☆

 

 

 アルとマルクによるしごきを見学していた『黒鉄の旋風』。レーゲンが苦い顔で呟く。

 

「相当きちぃぞあれ」

 

「見たらわかるわよ」

 

 言葉を返すハンナの顔色も悪い。ヨハンとエマの双子などもっと悪い。さっきから人狼の拳や蹴りがスレスレで盾に阻まれている。

 

 ―――――加減はしているのだろうが、盾にぶつかってあんな音をさせる攻撃は受けたくない。

 

 なまじ盾を扱っているだけに想像してしまって背筋に冷たいものが流れ落ちていた。

 

「魔力の扱いが上手すぎる」

 

 森人のケリアが唸る。あれくらいの数の魔力球を出すのはまだいいとしても独立させて動かすのはまた別の技術だ。膨大な研鑽がなければああも滑らかには動かせないだろう。

 

「五歳から魔術を学んでたって言ってたけど、どんだけ努力したの?当たってもほんとに軽い怪我しかしないように調整もしてるわよね?」

 

 プリムラが所見を述べた。アルの属性魔力なら昨日見た蒼炎の短剣がある。あれに内包されていた魔力に較べればちっとも魔力が籠っていない。それはつまり威力の調節も片手間に行えているということ。

 

「ふふん。凄いのよアルは」

 

 凛華が誇らしげに言うが、『黒鉄の旋風』の面々はそうだろうなとしか言えない。

 

 そもそも実力の高い純魔族たちを束ねている半魔族の頭目だ。その時点で色々とおかしい。

 

「魔術も闘気も使えるしね~」

 

 能天気なエーラの言葉に面々はそうだったと思い出す。

 

 すると急にアルが術式を展開した。弾速の速い『水衝弾』だ。

 

 ラウラはハッとしてスレスレで躱す。

 

「うん、ちゃんと見えてる。ちょっと休憩しようか」

 

 アルがそう言うとラウラはへたり込んだ。

 

「私が言った体力をつけるっていうのも取り入れてるのね」

 

「やっぱ余計な一言だったんじゃねえか?」

 

「かもしんないわ」

 

 ハンナとレーゲンはそう言い合って彼らを眺める。

 

 いつの間にかソーニャも休憩になっていたらしく2人ははぁはぁと息も荒く座っていた。きついだろう。対照的にアルとマルクは汗一つ掻いていない。

 

 凛華とエーラは『黒鉄の旋風』の近くからいつの間にかいなくなっていた。

 

 見ればラウラとソーニャに飲み物と手拭い(タオル)を手渡している。

 

「良い一党になりそうね」

 

「だな、鍛錬はしんどそうだが」

 

「あの強さの理由が分かったわ」

 

「我らもやろうか。うかうかしていると抜かされるぞ」

 

「そうしよ。私らは同じ四等級だし。既に抜かれてる気がするけど」

 

「それを言うなよな。気が滅入ってくるぜ」

 

 アルたちの特訓は図らずも『黒鉄の旋風』を含めた武芸者たちの意欲(モチベーション)を大きく上げることに貢献していた。

 

 

 休憩を終えたあともラウラとソーニャの2人は歯を食い縛って訓練に勤しむ。

 

 アルたちの仲間として相応しくありたいが為、そして何としても生き延びる為に。

 

 

 その晩のことだ。事態は緩やかに動き出す。




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