日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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ここでは初投稿になります。読んで頂ければありがたい限りです。


また「小説家になろう。」と「カクヨム」にて同作を2~3日に1度連載投稿しております。


現在両サイトにて投稿されているものとこちらに投稿するものは少々文体が違う場合があります。


こちらへは定期的にある程度纏めて更新していく予定です。


14話 迫る神殿騎士の影 (虹耀暦1286年9月:アルクス14歳)

 ラウラ・シェーンベルグとソーニャ・アインホルンに稽古をつけ始めた初日の夜。時刻は現在午後の7時半、場所はアルクスたちの宿の一階の酒場だ。

 

 ラウラとソーニャは重たい体を引きずりながら食事だけは摂っておかないと、とここいらに流れる深い川で捕られた虹鱒(レインボートラウト)まぶし焼き(ムニエル)をパクついている。

 

 結局ラウラとソーニャは5時半過ぎまで訓練を続けた。悲鳴は上げたが音は上げない。

 

 走り回り、剣を振り回し、盾を構えて踏ん張り続けた。休憩を挟んでいるにしてもよく4時間も耐えられたものだと『黒鉄(くろがね)の旋風』は感心するほどの根性(ガッツ)だ。

 

「やっぱあの『治癒術』が効いてたのかね?」

 

 アルたちと同じ食卓(テーブル)についていたレーゲンが黙々と食事をしている少女2人を眺めながら訊ねる。

 

 帝国問わず『治癒術』は癒者がかけるものという認識が人間には強い。人体構造の複雑さと行使する難易度が敬遠される所以だ。

 

 ところ変わって魔族から見れば魔力操作の難しい魔術のひとつ。こういった価値観の違いは魔力量に起因する。

 

 レーゲンはシルフィエーラが休憩のたびにラウラとソーニャに『治癒術』を掛けて回っていたおかげなのかと疑問に思ったらしい。

 

「あれはあくまで細かい怪我の治癒と筋肉痛とかの軽減です。むしろ『治癒術』は掛ける側も掛けられる側も疲れますよ」

 

 自然治癒を高める―――つまり自己回復能力を底上げする『治癒術』はその分栄養(カロリー)を消費する。その上で身体が勝手に治ろうとするのだ―――相応の消耗や消費はあっても回復は絶対に有り得ない。

 

「んじゃあ―――」

 

「二人の気合ですね。俺自身、二時間くらいでやめようかなと思ってましたし」

 

「なるほどな・・・」

 

 それだけ切羽詰まっている状況ということだ。アルの返答にレーゲンはなんとなく察する。

 

「それよか、あんたらよあんたら!」

 

『黒鉄の旋風』の副頭目で女性剣士のハンナがアルと凛華に指を突き付けて叫んだ。

 

「あたしたち?何が?」

 

 話を振られると思ってなかったらしい凛華がアルの隣でその整った顔に疑問符を浮かべる。

 

「『何が?』じゃないわ!あんたらの稽古よ!」

 

 ちなみにアルは薄々察していた。なぜなら周りの武芸者たちはもっと、こう、安全そうな稽古をしていたからだ。

 

「属性魔力のドカ撃ちに魔術、おまけに”魔法”を使った実剣での超接近戦!稽古であそこまでやる馬鹿いないわ!」

 

 ハンナは気炎を上げる。

 

「俺は”魔法”使ってません」

 

「黙らっしゃい!」

 

 アルの揚げ足を取るような反論をハンナは卓をドンと叩いて黙らせた。

 

「俺とやり合った時より明らかにちゃんとやってたよな?」

 

 レーゲンの言葉にアルはそっぽを向く。

 

 ちゃんとやっていなかったのではない。こちらの手札をあまり見せたくなかったのだ。

 

「でもあれ全力じゃないわよ」

 

「はぁ!?」

 

 アルが『修羅桔梗(おにききょう)の相』は見せるなと言っていたので凛華は『戦化粧』でも最初に覚える『無垢の相』で稽古をしていた。アルも『八針(はっしん)封刻紋』は解いていない。

 

「そだね。いつもより大味だったもん」

 

 エーラがそう言うと『黒鉄の旋風』の面々がそちらを向いた。向くと言っても凛華の反対側の隣――結局アルの隣にいるだけだが。

 

「まだ上があるの?」

 

 恐る恐る槍士の女性エマが訊ねる。正直に言えば大味と言われたあの稽古でも自分では敵わない戦闘能力が伺えた。

 

 審査の時手を抜かれていたのは知っていたがあそこまで強いとなるともう手の出しようがない。

 

「そりゃこいつら今日は闘気使ってねえし」

 

 マルクガルムは平然と答えた。凛華とアルの稽古は何でもありの闘いだ。

 

 闘気も使うし『気刃の術』だって今回は封印していたのだから全力でないと言うのは単なる事実に過ぎない。

 

「普段からポンポン使ってるっぽいところはやっぱり魔族なんだなって思うぜ。妙な感じだ」

 

「レーゲン、言っておくが魔族でも闘気をそんな風に使えるのは一定の強さと認められた者だけだ。それ以外が下手にやれば負担だけ高くて最悪身体を壊す」

 

 森人のケリアがレーゲンを窘めた。魔族だからと何でもかんでも出来るわけではない。

 

「確かに。私なんてそこまで闘気使わないわよ?使い道少ないんだもん」

 

 そこにプリムラが援護を入れる。

 

「矢に乗せちゃえばいいじゃん」

 

 しかしエーラがアッサリ返した。闘気―――エーラの場合は霊気だが、それを乗せた矢は貫通力が増すし、簡単に弾かれない。

 

 わざわざ『燐晄(りんこう)』を使わなくとも今のエーラにはそのくらい軽い。

 

「本気で言ってる?同類だと思ってたのにエーラまでそっち側だったの?」

 

 プリムラは信じらんないという顔でエーラを見た。小麦色の肌をした森人は偉そうに胸を張って、

 

「ボクはこれでも頭目決めの仕合で凛華に勝ってるんだよ?」

 

 と主張する。

 

 えっ!?という驚愕を顔に貼り付ける『黒鉄の旋風』。アルたちが記憶に残している勝敗はこの時のものくらいだ。

 

「こらあんま調子乗らないの。ま、あたしはマルクに勝ってるけどね」

 

 その言葉に再度驚愕する面々。森人の恋人たちですら驚いた。なんせ人狼の毛皮は並大抵の強度ではない。そしてマルクは決して弱いとは言えない。

 

 つまり凛華はあの分厚い人狼の毛皮を貫くだけの力を持っているということ。

 

「結局お前も言ってんじゃねえか。俺はエーラに勝った」

 

『黒鉄の旋風』はマルクの言葉でこの一党内の魔族組に明確な序列がない理由を悟った。三竦みだったからだ。

 

 強さの格付けを行いたがる魔族がどうして?と思いつつも仲の良い者同士だからかと勝手に納得していたがそこはそこできちんとケジメをつけていたらしい。

 

 そこでレーゲンがハタと気付く。

 

「じゃあ・・・アルクスは?」

 

 ラウラやソーニャも関心はあるらしい。アルに視線を向けた。

 

 アルは「ふむ」と顎に手をやって考え込むような仕草を取り、散々勿体つけた挙句ポツリと漏らす。

 

「・・・ひみつ」

 

 そしてシーッと唇の前に指を翳した。

 

「おいふざけんな」

 

 すかさずレーゲンがツッコミを入れる。

 

 そこからはやいのやいのと酒が入った大人たちと少年少女たちの取り留めもなく、毒にも薬にもならないやり取りが展開されるのであった。

 

 

 ***

 

 

 さて旨い夕餉も済ませたし寝るかとアルたちの一党と『黒鉄の旋風』が別れようとしていた頃だ。

 

 ドタドタと男性が2名、店内に入ってアルたちに目をやるとすぐに捲し立ててくる。

 

「ここにいたか!緊急だ!」

 

 よく見れば武芸者協会ヴァルトシュタット支部の支部長と初老の入国審査だった。

 

 アルは弾かれたように立ち上がり何があったという鋭い目を向ける。

 

「ここじゃなんだ。少し離れたところでいいか?」

 

 と支部長が問えば、

 

「問題ありません。皆行こう」

 

 アルは一党を引き連れてさっさと動き出した。

 

「なぁ、俺らも聞いてもいいか?支部長がいる以上お前らが犯罪に絡んでるわけじゃねえんだろ?俺らもそろそろ依頼を受けて外に出る。何かあるんなら教えちゃくんねえか?」

 

 しかしレーゲンが引き留める。さっきまで酒を呑んでいた男の目じゃない。

 

 支部長はそちらで判断しろという仕草をアルに送る。アルはラウラに視線を飛ばし、レーゲンと睨み合うように視線を交わした。

 

 しばしの沈黙。ラウラが頷くと同時、アルは鋭く注意を入れる。

 

「わかりました。でも他言無用で、必要以上の詮索はなしですよ」

 

「ああ。それで構わねえ」

 

「支部の方に行くぞ。この時間なら職員もほとんど帰り支度をしてる頃だろう」

 

 支部長の言葉にアルたちは頷いて動き出した。

 

 

***

 

 

 協会支部の建物内、一部照明が落とされた食堂の角にアルクスたち6人が座り、その向かいに硬そうな黒い顎髭を蓄えた支部長、そして白髪の混じり始めた入国審査官が座る。

 

 『黒鉄の旋風』は傍の卓に分かれて座った。何も興味本位で首を突っ込んだわけじゃない。可愛げのある後輩たちが心配だったのだ。

 

「アルクス君だったね?」

 

「はい」

 

「君の言う通り聖国の者がここに入国しようとした。先ほど門を閉めようとしたときだ」

 

 その言葉にアルたち4人から殺気が極々薄く漏れ、ラウラとソーニャは聖国という言葉に身を固くする。

 

「もうですか。通してはないんですよね?」

 

「うむ、当然だ。入れるわけもない」

 

「当たりをつけて来ましたか?」

 

 アルの淡々とした質問に数瞬、審査官は考え込むような顔をした。

 

「・・・確信はできないがここくらいだろう、そんな顔をしていた。自慢にもならないがここは辺境の田舎街だ。あの方角からそちらのお嬢さん方の足で来れるのはこの街くらいではないかね?」

 

「確かに」

 

 つまり神殿騎士の本隊とも呼ぶべき連中は証拠があってこの街だと確信しているのではなく、物理的に可能だろうという予測の下ここまで辿り着いたということ。

 

「具体的にはどういう対応を?」

 

「お嬢さん方と違って証明書もないうえに武装した他国の人間を何名も簡単に入れるほど帝国は不用心ではないからな。

 

 丁重に追い返した。しかし『入るためなら武装を捨ててもいい』と言ってきたので、『では鎧も全て預けろ』と言ったら烈火の如く怒り狂ってな。とにかく帝国の法で入国は不可として追い返したよ」

 

 その言葉にホッとするラウラとソーニャ。凛華とエーラがその肩にそれぞれ手を置いて軽くさすってやった。

 

 アルは更に質問を続ける。

 

「人数はどれくらいでしたか?」

 

「わからん。こちらに来たのは二名だけだった。他の門にも来たらしいが先に情報を伝えておいたから許可を出した者はおらん。そちらも二名だったそうだから最低でも六名はいる。いずれも上の立場の者の雰囲気ではなかったと見ていい。こちらに来た者も入れてな」

 

 騒ぐと言ってくれていたがアルたちの宿と門は離れているので気付けなったらしい。

 

「どう出てくると思われますか?」

 

「まず街に無理矢理入ることはないだろう。この街は大きくないとは言え村とは違う。我々軍人もいれば武芸者もいる。そして何より帝国領だ。下手なことをすれば戦争になりかねん。それはあちらも願い下げのはず。となれば―――――」

 

「街の外で待ち伏せされてる可能性がある」

 

 アルは呟くように審査官の言葉を引き取った。この街ではないと引き返す可能性は少ない。というかほぼないだろう。

 

 ラウラとソーニャが共和国に出戻りする可能性が低いことはあちらの方こそ理解しているはずだ。

 

「最悪の場合はそうだろう」

 

 重々しく審査官が首肯する。次に支部長が口を開いた。

 

「今朝、武芸都市ウィルデリッタルトの方へ早馬を回した。共和国の御令嬢が助けを求めて、依頼してきたとな。着くのは今頃か、遅くとも明日の朝には着いているだろう」

 

「ありがとうございます。でも来るかどうかもわからない救援を待つ気はありません」

 

 アルはそう返す。支部長は目を見開いて言い募った。

 

「いや、しかし武芸都市の領主様は人心に溢れる方でだな――――」

 

「俺たちの前に現れた神殿騎士は三十三名。全員が騎兵。それが本隊ではないと聞きました」

 

 支部長の言葉をアルは静かにねじ伏せる。

 

「「「「「「っ!?」」」」」」」

 

 『黒鉄の旋風』の面々たちは想像以上の規模に愕然とした。

 

 ―――――三十三名も・・・・待て、じゃあこいつらをその連中から逃げ延びたって言うのか?

 

「それ以上が襲ってくる、と?」

 

 冷静な初老の男は問う。

 

「そう仮定してます」

 

 アルの声は淡々としている。どこの軍隊だってそうだが、本隊の方が大抵は数が多い。

 

「その騎士たちが五十名を超えた時点でこちらの常駐人員を越える」

 

「・・・まじかよ」

 

 ヴァルトシュタットの協会を預かる男は呻いた。

 

「それと、そいつらが大量の物資を持っていると思えません。ラウラたちが共和国の最西端にある街から逃げてきて、今日を入れても三日。当てずっぽうでここまで辿り着くのに潜伏できるほどの物資を積んできたとは考えにくい」

 

 アルの言葉に今度は審査官が呻く。その街がどこにあるか知っていたからだ。

 

 全身鎧の騎士を乗せた馬がここまで大量の物資を持って移動して来るのであればしっかりとした証拠がいるはず。

 

 消去法で出した目的地に潜伏期間用の物資など持って来ているわけがない。

 

 そして、手持ちの備蓄がなくなれば―――――。

 

「・・・・・野盗の真似事をしだすのも時間の問題か」

 

 ここは他国。そして人間とは残酷な生き物だ。良心の呵責が痛まない相手ならなんだって出来る。

 

 審査官は歳の分だけその事実をよくよく理解していた。支部長も『黒鉄の旋風』も苦り切った顔をしている。

 

 聖国のとは言わないが落ちぶれてそうなった武芸者を見たことがあった。

 

「だから俺たちはさっさと尻尾撒いて逃げます。出立した次の日くらいから、それらしい連中がウィルデリッタルトの方へ行ったとでも噂を流して貰えればそれで構いません。大都市なら流石に連中も手が出しづらいはずです」

 

 アルは淡々と告げた。極力被害を出さない為にラウラやソーニャ、そして幼馴染たちと一緒に考えていたことだ。

 

「待てよ、お前ら。そんな真似は――――」

 

「依頼者の希望です」

 

 レーゲンの老婆心をアルは切って捨てる。

 

「依頼者って・・・」

 

 ハンナの言葉にラウラが口を開いた。

 

「私です。共和国交易都市ヴァリスフォルムが藩主、ノーマン・シェーンベルグの娘ラウラ・シェーンベルグ。それが私の名です」

 

 その堂々たる名乗りに知らなかった面々が驚愕する。アルも少々驚いたが黙っておいた。

 

「逃げて来たってのは―――」

 

「父ノーマンへの人質と聖国へ恭順する洗脳教育を施す学院へ連れて行かれそうになる前に国を出たのです。連絡を受けて」

 

 淀みのない口調でラウラは言う。『黒鉄の旋風』は二の句が継げない。

 

 良いとこのお嬢さんくらいには品があったが、まさか本物の貴族令嬢に値するとまでは思わなかったのだ。

 

「元居た田舎街の方々にも、こちらの方々にも親切にしてもらいました。そんな方々が酷い目に遭うのはもう二度と見たくありません。でも私が捕らえられればヴァリスフォルムの人々にも聖国の手が広がってしまう。だから、これは自己犠牲でも諦めでもない()()()()()()なんです」

 

「「「「・・・・・」」」」

 

 事情や覚悟を初めて知った人間には何も言えない。そこにアルが付け加える。

 

「たとえウィルデリッタルトの領主とやらが救援を出してくれたとしても、そこまでアテにもする気も実はありません。

 

 俺が見た人間はあなた方くらいで残りは殺した神殿騎士共だけ。後者の方が人数は多い。見てもいない相手(人間)に背を預けられるほど俺は人が出来ちゃいません」

 

 その言葉は衝撃をもって食堂の一角を駆け巡った。

 

 ―――――神殿騎士を殺した、だと?

 

 アルの隣にいる魔族組も人間組も顔色一つ変えずに平然としている。それは事実だということ、そしてそれだけの覚悟を既に持っているということを示していた。

 

 支部長をはじめとしたこの街の人間には言葉が見つからない。

 

『黒鉄の旋風』の面々はラウラとソーニャの特訓時に見せた根性に合点がいった。

 

 そんな事情があるのなら、自分たちも戦えるようにならなければと思うのは当然だ。

 

 誰かが深い吐息を漏らす。

 

「情報ありがとうございます、本当に助かりました。俺たちは明日まで滞在して明後日の朝早くに出ます。50km(キリ・メトロン)くらいなら一日頑張れば着きますから」

 

 アルの決然とした表情はすでに覆せないと悟らせるに充分なモノだ。赤褐色の瞳に宿っている強い光が反論を潰す。すくっと立ち上がるアル。

 

「・・・・馬の当てとかあるのか?」

 

 それでもレーゲンは食い下がることを選んだ。

 

「ありません。貸してくれるところとかあるんでしょうか?」

 

 アルは素直に訊ねる。正直なところ、この逃避に『陸舟(おかぶね)』は不向きだ。

 

 追われている最中まで魔力を消費し続けるという点も、多くの人間の目に触れるという点でも。

 

「ある。乗合は遅いからちゃんとしたの借りて行け。お前らなら六頭立ての幌馬車でも借りればその日の内にはウィルデリッタルトには着く」

 

「六頭の幌馬車ですね、ありがとうございます」

 

「魔導荷台がありゃあな」

 

「何ですそれ?」

 

「疑似晶石をはめ込んである荷台よ。それならもっと速度も出せるの」

 

 ハンナの言葉にアルは左眼だけを閉じた。『釈葉の魔眼』を積極的に使い出してから癖になった仕草。

 

 魔眼を発動しないまましばし考え込む。

 

 ―――――荷台の重量を全て軽減させるとおそらく車内はグチャグチャになる。重心は必要だが、馬が何も感じないくらいには軽くした方がいい。ぶっつけ本番にはなるだろうがそこらへんの調整は得意分野だ。

 

「たぶんやれそうです、情報感謝します。思いつきませんでした」

 

「やれるって―――結構計算とか複雑って聞いたことあるけど」

 

「軽くするだけなら誰でも出来ますし()がありますから。五人共、ちょっと座ってくれ」

 

 一党の仲間に呼びかける。何をするのか察した魔族組が座り、次いできょとんとしながらラウラとソーニャも座った。

 

 ―――――ここの椅子は長椅子だ、練習には丁度いい。

 

 アルは右腕をひょいと上に動かす。『念動術』を正しく掛けられた長椅子は5()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけ重力を相殺してふわっと浮いた。

 

「掴まっててくれ、マルク端っこ頼むよ」

 

 アルは長椅子の手すりを持ち軽く引っ張る。

 

「わわっ」

 

 途端に上下左右が狂い出しそうになり5人は落ちそうになったが、()()()に当たるマルクがソーニャを抱き留めつつ踏ん張って、残りの面子は背もたれにしがみついた。

 

「ま、マルク!?」

 

「どうするの?」

 

()()()()()()()

 

 凛華の声を聞きつつアルは質量軽減効果を緩めていく。長椅子のみの重量分だけを残し、第二術式を切った。

 

 スウッと長椅子が床に降りてくる。アルはその状態のままグイッと引っ張った。ズズーと長椅子が床を引き摺られる。

 

「どう?アル、できてる?」

 

 訊ねたエーラにアルは頷いた。長椅子はとても5人が乗っているとは思えないほど軽くなっている。

 

 ―――――これで馬も多少は楽になる。

 

 『念動術』ならアルの十八番である。『釈葉の魔眼』がなくとも質量軽減効果を弄るくらいお茶の子さいさいだ。

 

 「よし」と呟くアルに、長椅子を引っ張ってみたハンナは呆れたような声を出した。

 

「これを明後日、荷台に掛けようってわけね?」

 

「はい」

 

「呆れたわ。『念動術』の術式を弄るだなんて。ていうか既存のと違うじゃないの」

 

 少々学のあるハンナがそう指摘した。いつも一緒にいる魔族組や慣れてきたラウラやソーニャはあまり驚きもないが、発動している魔術の術式を弄るのは高等技術だ。

 

 魔導師級でもなければ普通は術式を起動し直す。ついでに補足すれば術式ひとつを弄るのにも莫大な時間を使うのが常識である。当然分解したりもしない。

 

 だからこそ必ず一定の効果を上げられる定型術式というものの利便性は計り知れないのだ。

 

「そいつは既存の術式なんてほとんど使わねえぞ。水出すときくらいだ」

 

 顔を真っ赤にしたソーニャから離れたマルクがのんびりと言えば、

 

「どうかしてるんじゃない?」

 

 とハンナが返した。なんだコイツという目だ。

 

「剣、天井に貼り付けますよ」

 

「ちょっとやめなさいよ、謝るから」

 

 あんまりな物言いにカチンとしたアルはハンナが佩いている幅広直剣(バックソード)へと指を向けるのだった。

 

 

 アルたちに迫る聖国の影は刻一刻と迫ってきている。ラウラは仲間たちを見ながら表情を引き締め直した。

 

 ―――――彼らの為にも、自分たちの為にも絶対に生き延びる。

 

 彼女の強い意思に少女騎士(ソーニャ)も頷く。

 

 ―――――もう誰も、死なせてなるものか。

 

 こうしてヴァルトシュタットの夜は更けていった。




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