日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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ここでは初投稿になります。読んで頂ければありがたい限りです。


また「小説家になろう。」と「カクヨム」にて同作を2~3日に1度連載投稿しております。


現在両サイトにて投稿されているものとこちらに投稿するものは少々文体が違う場合があります。


こちらへは定期的にある程度纏めて更新していく予定です。


16話 ひと時の平穏、這い寄る影 (虹耀暦1286年9月:アルクス14歳)

 アルクスたちが泊まっている宿の3階―――つまりは屋上。ここは展望スペースとして開放されている。今は早朝の6時なので肌寒い。とはいえ夏場だ。数十分前に日は出ている。

 

 そんな薄ら明るい屋上に設置されている木の長椅子(ベンチ)の上に、青白い光がぼんやりと漂っていた。『釈葉の魔眼』を発動させたアルだ。

 

 右眼だけが開いている。大振りの短剣(ダガー)を腰に差し、あとは龍鱗布を首に巻いているのみのその様子は思索に耽っているようにも精神修行をしているようにも見えるだろう。

 

 

 魂の内面世界で前世の自分(長月)と語り合ったアルは、その後一度目覚め、もう一度眠りについた。

 

 しかしその眠りが浅かったせいか朝5時を回る頃にはすっかり目も冴え、こうして屋上からの風景を眺めていたのだ。

 

 『釈葉の魔眼』を発動しているのはただの癖だ。何かを考えていたわけではない。

 

 強いて言うなら、漠然とした争いの気配に対抗するための(すべ)を取り留めもなく考え続けていただけである。

 

 

 昨日の話では街に入ろうとした聖国の者は6人いたという。この街の門は4つ。

 

 武芸都市ウィルデリッタルト方面の街道以外から入ろうとしたとのことらしいが、連中が現在潜んでいるのはどこらへんなのか?

 

 恐らく旧街道方面が最も見張りは薄いだろう。追加の追手が来るかもしれないのにラウラたちがそちらへ戻る可能性はかなり低く、また騎士の死体が見つかったと仮定すれば尚更戻る方面へ出てくるようなことはない。

 

 あちら(聖国のやつら)はそう予測しているはず。ぶっちゃけ大当たりだ。

 

 

 帝国領は多少の距離はあれど西隣がラービュラント大森林に接していると言っても過言ではない。

 

 そしてどこの国境とも接していないヴァルトシュタット(この街)は四方を自然に囲まれている。

 

 つまり国境に壁が築かれているわけでもないため、街を通らなければ付近にはいくらでも侵入し放題だということ。街道以外特に整備されていない自然ばかりの為、やる者がほとんどいないというだけで。

 

 

 神殿騎士の本隊とも呼べる連中はアルたち―――正確に言えばラウラとソーニャの進路を読んで配置されていると考えるのが妥当。つまりはウィルデリッタルト方面の街道を最警戒していると思って間違いないだろう。

 

 これを欺くのは至難の業だ。6頭立ての幌馬車が目立たないわけがない。かと言って誰かに囮をやってもらうという手は非人道的過ぎる。

 

 野盗の真似事までしてくるかもしれない連中の目に留まるように動いてくれ、など誰に頼めようか。そもそもラウラも望んでいない。

 

 かといって自分たちの頭数を割るのはもっとマズいだろう。あちらの方が圧倒的に人数が多いはずなのだから、これ以上こちらの人員を減らすのは下策中の下策だ。

 

 

 結局はいつ、どうやって、ここを出るかだ。武芸都市の救援とやらも正直なところ望み薄。行けば保護はしてくれるかもしれないがわざわざ来てくれるとは思えない。

 

 そしてその間、神殿騎士たちはこの街の周囲を張っている。そうなれば被害が出るのも時間の問題。

 

 誰への被害か?決まっている。そんな連中のことなど露も知らない人々へのだ。

 

 ―――――くそったれめ。

 

 表情こそ変えないもののアルは苦虫を噛み潰したような胸中で虚空を眺め続けていた。

 

 

 そこへよく通る女子たちの声が掛かけられる。

 

「アルさん?」

 

「こんなとこにいたの?」

 

「あんたちゃんと寝たの?」

 

 アルが首を向ければラウラとシルフィエーラ、凛華がいた。

 

 ―――――なんでここに?

 

 そう思いながら空を見て気付く。先程より随分と日が高い。きっと時間になっても自分がいなかったから探しに来たんだろうとアルは申し訳ない気持ちになった。

 

「三人とも、おはよ」

 

「いつからいたのよ?」

 

 凛華の目は明らかにアルを心配している。

 

「さっきだよ」

 

「嘘だね、マルクが起きたときにはいなかったって言ってたもん」

 

 エーラがそう断定してきたのでアルは肩を竦めた。

 

「マルクが起きるちょっと前だよ」

 

「本当ですか?」

 

「時間は、見てなかったかな」

 

「どれくらいいたんです?」

 

「ぼーっとしてたから覚えてない」

 

 そんな返しをするアルへラウラは視線を向け続ける。彼女は不安なのだ。

 

 昨夜、騎士たちがこの街に訪れたと聞いてもアルは淡々とした態度を崩さずにいた、問題ないとでも言うように。

 

 そんな姿が父ノーマン・シェーンベルグと重なっていた。

 

「・・・五時過ぎくらいからだよ」

 

 琥珀色の視線に耐え切れなくなったアルは観念して正直に口を割る。

 

「もう八時前よ。アル、どうしたのかちゃんと言いなさい」

 

 ―――――そんなに時間が経ったのか。少し考え事をしていたくらいのつもりだったのに。

 

 凛華の揺れる瞳がアルに突き刺さっていた。

 

「・・・・・」

 

「アル」

 

 エーラにしても厳しい目をしている。アルは吐息を一つ溢して白状することにした。前世の自分(長月)に言われたことをやってみようと思ったのだ。

 

「この二、三日で色んなことがあったろ?」

 

「うん」

 

「そうね」

 

「・・・」

 

 3人の美少女たちは、思い思いに振り返って肯定する。

 

「それでちょっと悩んでたんだよ。投げ出すくらいなら最初から手は貸してない。だから諦めたりするつもりはない。

 

 でも、だからって安易に人を殺していいのか?とか。自分の決断で幼馴染たちに人殺しをさせていいのか?とか。

 

 想定より知能の高そうな連中が追いかけて来てるけど俺の判断は合ってたのか?

 

 ヴァルトシュタットは通り抜けて武芸都市まで一気に行くべきじゃなかったか?とかさ。そんなことを考えてたらどんどんしんどくなってきて・・・だから、ぼーっとしてた」

 

 アルの吐露は3人に少なからず衝撃を与えた。

 

 ―――――自分たちに手を汚させてしまったことをそこまで気に病んでいたのか。

 

 凛華とエーラは動揺する。結局あの神殿騎士たちをほとんど屠ったのはアルだ。それでも一人で苦悩していたという事実に凛華とエーラは胸が苦しくなった。

 

 ラウラは出会ったときから飄然と一党を率いていたアルにそんな内面があったと知り、自分でもわからないくらい困惑している。それと同時にストンと納得も出来た。

 

 自分たちに詰め込んでいくように訓練をさせて少しでも戦力増強を図ろうとしていたのは・・・・・不安だったからだ。

 

 やれることは全部やっておこうとしていたからだったのだ。

 

 

 凛華はゆっくりとアルの隣へ座り、

 

「知らなかったわ。ちゃんと言いなさいよ。聞いてあげるから」

 

 と声をかける。

 

「だから、言ってみたんだよ。愚痴は仲間にするもんだって言われたしね」

 

「誰に?」

 

 きょとんとした顔でエーラが問うてくる。

 

もう一人の自分(長月)に」

 

 アルの回答に凛華とエーラは納得した。

 

「良いこと言うじゃない、前世のあんたも」

 

「だね。今度から溜め込むのはなしだよ」

 

「・・・・わかった、言うよ。はぁぁ~、八時って聞いたらお腹空いてきた。ご飯いこう」

 

 立ち上がったアルが『釈葉の魔眼』を閉じて最後に屋上を振り返った。

 

 ―――――ぼーっとするには悪くない場所だった。

 

 そこへおずおずとラウラが声を掛けてくる。どこか申し訳なさそうな声音だ。

 

「あのぅ・・・前世の自分ってどういうことでしょうか?」

 

「「あっ」」

 

「あーあ、アルも凛華もおっちょこちょいだなぁ」

 

 ラウラは教えてくれると嬉しいなぁという表情でそわそわとこちらへ視線を向けていた。衝撃を上書きしてしまったらしい。

 

 たらぁーっと冷や汗を垂らす凛華を横目に、アルはしょうがないとラウラへ転生者であること(隠れ里公認の秘密)を教えるのだった。ラウラが驚愕したのは言うまでもない。

 

 その後、屋上の扉付近で様子見(のぞき見)をしていたマルクガルムとソーニャにも聞かれてしまっていたことが判明し、わくわくした表情の少女騎士にも話す羽目になってしまった。

 

 ちなみに呆れ顔のマルクからは「もう少しウジウジしてたら張り倒されてたぜ」とありがたい言葉も頂戴するアルであった。

 

 

 ***

 

 

 その後階下へ降りて朝食を摂っていたアルたちの下へ使い魔の三ツ足鴉が帰って来た。今度はネーベルドルフの長シモン・レーラーからの手紙を携えている。

 

 凛華とエーラは夜天翡翠を労いながら可愛がり、アルとマルクもまた傷一つ負っていない夜天翡翠の姿に胸を撫で下ろした。

 

 

 シモンからの手紙にはネーベルドルフの書簡とアルが持たせた手紙を隠れ里の方には送っておいた旨と忠告に感謝する旨が綴られている。

 

 ―――――これで気がかりが一つ減った。

 

「お疲れさま。何か食べるだろう?」

 

「カアー」

 

 自分の食べていた腸詰や葉野菜を与えながら羽毛を撫でる。

 

「翡翠、食べながらで良いから聞いてくれ。明日の朝、ここを出る。万全の状態にしておいてくれ」

 

「クァ?カァー」

 

「ちゃんと休んでおくんだぞ」

 

「カアッ!」

 

 夜天翡翠は素直にひと鳴き返事をして、満腹になったらバサッと飛び立っていった。きっと街のどこかで眠るのだろう。

 

 

***

 

 

 朝食を終えた一行は幌馬車を借りる手筈を整える為『黒鉄の旋風』に聞いた商会へと立ち寄ることにした。

 

 どうやら街同士で情報網(ネットワーク)を持っている大規模な商会らしく、目的地であるウィルデリッタルトの同商会へ返せばいいそうだ。

 

 

 それから6人一党はようやく準備も終わったとヴァルトシュタット支部の建物へと向かうことにした。今日もラウラとソーニャの訓練はやる予定だ。

 

 

 ***

 

 

 夕方6時前昨日と同じ訓練を終えた6人は鍛冶屋を営んでいる鉱人ダビドフ・ラークのもとを訪れていた。ちなみに今日の凛華とアルの稽古は一応なしにした、大事を取ってというやつだ。

 

 

 ラウラとソーニャはたった1日で起こった自分たちの変化に驚いた。

 

 最初に魔術の打ち消し合いをした時点でラウラとソーニャは相手の成長に瞠目する。当然ながら一朝一夕で魔力の総量が増えたりするわけではない。

 

 しかし魔力の操作や感覚については違ったようで、ある程度のコツのようなものを掴めていたらしい。

 

 物量作戦だと言わんばかりに魔力を扱い続ける反復練習のおかげで、5つの定型術式のみなら一般魔術師程度には扱えるようになっており、また魔力に対する反応、攻撃に対する反応速度も昨日の訓練開始時に較べれば天と地ほどの差が開いていた。

 

 おまけに休憩のたび差し挟まれるエーラの『治癒術』。これによって傷ついた筋繊維が短時間の筋肉痛と共に彼女らの身体を修復と補強を繰り返し、作り替えていたのだ。

 

 ラウラはアルの魔力球を避けた際、明らかに動きやすくなった身体に目を瞠り、ソーニャはマルクの攻撃を受け流したときの己の膂力に半ば呆気にとられることになった。

 

 勿論ラウラとソーニャが本気のマルクやアルに対応できるほどの筋力や反応速度を得たというわけではない。

 

 短時間の内に修復と強化が行われた結果、2人の身体が劇的な速度で戦うための身体、その雛型のようなものが出来上がったというだけだ。

 

 アルがとことん能率と効率を突き詰めて考えた訓練メニューの成果である。

 

 これは彼女らにとっては大きな一歩だ。アルとて半分は龍人族の血が流れている。

 

 2人の戦闘民族に問答無用で叩き込まれる戦闘勘や動き方はラウラとソーニャにとってみれば垂涎物の知識や技術。

 

 その極々一部でも自分たちの血肉となっているという()()は彼女らを更に発奮させた。

 

 

 6人がダビドフの鍛冶工房へ入るとすぐに声が掛かる。

 

「よお、待ってたぜ」

 

 ダビドフその人は工房に設置されている縁台に座って紫煙を燻らせていた。

 

「出来ているのですね!?」

 

 畏まったソーニャがあわあわとしながらダビドフへ近寄る。その様子に鉱人鍛冶師は可笑しそうに笑った。

 

「出来てるからそう慌てんなよ。にしても二日で随分見違えたなぁ」

 

 優れた鍛冶師は剣士の力量を見極められる。

 

 ―――――剣頼みに来た時とはほぼ別人だなこりゃ。

 

 ダビドフはアッサリとラウラとソーニャの成長ぶりを見抜いた。素人に毛が生えた程度の剣士をどれだけ厳しく鍛えればこんな年若い新兵のようにできるのやら。

 

「そうだろうか?確かに少しは実感もあるのだが」

 

 手をぐーぱーさせながら照れ臭そうに言うソーニャ。そんなことを言いながらも立てかけてある剣に目が行っている。

 

 ―――――あれか?あれなのか?

 

「そうソワソワすんなってえのに。ほれ、こいつがお前さんの剣だ」

 

 あまり勿体ぶるのもどうかと思ったダビドフはソーニャの胸甲に入っているラインと同じ青色の鞘をした剣を手渡してやった。

 

「お、おおっ・・・!これが私の・・・・!」

 

 剣身も抜かず捧げ持つソーニャを微笑ましく見ていたアルが頼む。

 

「ダビドフさん、説明をお願い」

 

 その言葉にダビドフはニヤリと笑った。

 

「流石に心得てんな。よしっ、じゃあ始めんぞ」

 

「始める?」

 

 何のことだ?と問うソーニャへ凛華が答える。

 

「剣の説明よ。これがなきゃどこまで振っていいかわかんないでしょう?それに―――」

 

「俺ら鉱人の鍛冶師ってのは丹精込めて打った武器の解説を入れて手渡すのが好きなんだよ。人間の鍛冶師は知らんが鉱人がそこまでするのは大抵満足のいく仕事をしたときだから覚えとくといいぜ」

 

 凛華の言葉を引き継いだダビドフがそう言った。つまりこの剣はダビドフがいい仕事をしたと思えるほどのものだということ。

 

 ソーニャは嬉しさを顔全体で表現しながら腰を折る。

 

「感謝する!早速その解説をお願いしたい!」

 

「ここまで喜ばれりゃあ悪い気はしねえな。んじゃ説明するぞ。

 

 まず素材だが、こいつぁ魔銀鉱石と鋼鉄、それと武芸者協会から仕入れた魔力の多い魔獣の枝角だ。わかりにくいが魔剣ってやつだな。つってもそこのアルクスの坊主たちの持ってるようなもんとは違え。こいつらのは多分もっと上の魔獣のなんかを使ってるだろううからな。

 

 さすがに協会の手持ちにもなかったから嬢ちゃんの望みに合いそうな硬度と支部で坊主から言われたように魔力の通りが良い素材にした」

 

「魔剣だったのか!!鉱人族の打った剣というだけでも充分ありがたいものなのに!」

 

「ふぅん、続きいいわよ」

 

 感涙の涙すら流しそうなソーニャと、早く先を言えという凛華は見事に対照的だ。

 

 習性や嗜好を理解しているのと共感するのはまた別だという最たる例である。

 

「ふむ、魔剣か。それで?」

 

 アルの対応は非常に事務的だ。一党の仲間が持つ装備の性能(スペック)を脳内に書き留めているので真面目腐った顔をしている。

 

「お前さんら、嬢ちゃんの反応がマジに正しいモンなんだからな?・・・ゴホン、でだ。嬢ちゃん、剣を抜きな」

 

「こ、こうか?」

 

 緊張気味に引き抜かれた剣身は凛華の持つ直剣に似ているようで少々違った。

 

 凛華の物とそう長さは変わらないが重量は軽い。身幅が広く真っ直ぐな直剣で一般的な剣の形状とは反対に、切っ先に向かうほど太くなっていた。

 

 幅広になっていく剣身には太めの樋が1本刻まれている。おそらくこれが軽量化と柔軟性を剣に与えているのだ。

 

 また大きな円盤状の十字鍔がついており、そこと繋がっている護拳(ナックルガード)はラウラの杖剣についているものと似ている。というより似せてくれたようだ。

 

 ちなみに青く染めてある革を張った金属製の鞘は、ダビドフの妻が拵えたものだ。

 

 夫婦揃って鍛冶工房を営むラーク夫妻の見栄え担当の仕事も見事の一言であった。

 

「そいつは凛華嬢ちゃんの直剣とそう長さは変わらねえが軽い。受け流す為の柔軟性に重点を置いてるからな。

 

 逆に斬るときはそいつの長さと切っ先の重みで鉄鎧くらいなら嬢ちゃんの腕でも凹ませるくらいはワケねえし、刃筋が立ってりゃ斬り裂ける。

 

 取り回しやすい護る剣が望みだったろ?その通りになってるはずだから、ちっとそこで振ってみな。盾も構えてな」

 

「美しい―――あっ、うむ、わかった」

 

 木目のような模様を持つ銀色の剣身に見惚れていたソーニャは我に返り、いそいそと歩いて行く。工房の隣にある空き地には人型の巻き藁が適当に置いてあった。

 

「ふふっ、嬉しそうですね」

 

 血の繋がらない妹が浮足立っている様子が可笑しかったのかラウラがくすくす笑っている。

 

「だな。見てられねえなまったく」

 

 そう言ってマルクがそちらへと向かった。落ち着かせに行ったマルクを見つつラウラはダビドフへ目を向ける。

 

「それで、お幾らになりますか?」

 

 ソーニャの反応に満足していたダビドフは紫煙を吐きながら指でピッと金額を示した。ラウラが目を見開く。

 

「あの・・・魔剣なんですよね?それじゃ安過ぎるのでは?」

 

 安くて当然だ。ダビドフの提示した金額は数打ちの直剣の値段なのだから。

 

 特注(オーダーメイド)で特殊形状の魔剣など、これでは桁が足りていない。戸惑うラウラへダビドフはニヤリと笑ってみせる。

 

「出世払いってやつさ。ソーニャの嬢ちゃん、たった二日で新兵くらいの剣士になってやがった。ラウラの嬢ちゃん、お前さんも雰囲気がちっと変わってるぜ?

 

 そんな将来有望なやつらの一人が俺の打った武器を振るう。いつか、どこで打たれた剣か聞かれることもあんだろ。そうすりゃうちの客足が増えてここで貰う金よりもっと金が入る。

 

 だからあの剣はその金額でいい。気に食わねえなら落ち着けるようになってからまた払いに来い、土産話と一緒にな」

 

 ダビドフは『黒鉄の旋風』よりも早く、アルから事情を聞いていた。魔族の誼ってやつだ。

 

 聖国から逃れる人間の少女たちとそんな彼女らを守って旅をするというアルたち魔族。

 

 その話を聞いたダビドフは急に吹き流れ始めた爽快な風を感じた。これはその礼と彼らへの応援(エール)だ。

 

「はい・・・!また、来ますから!」

 

 この鉱人鍛冶師はめげずに頑張れよと言ってくれている。正しくラウラは察して暖かい気持ちになり、気合を込めて応じた。ダビドフはへっとイタズラ気に笑う。

 

「ダビドフ殿ぉ!凄く振りやすい!ありがとう!!」

 

 喜色満面のソーニャがぶんぶんと手を振っていた。お気に召したようだ。ラウラが財布から出した金をきっかり提示額分だけ受け取ってソーニャへ応える。

 

「そいつぁ良いが、あんまはしゃいで振り回すんじゃねえぞー!」

 

「うむ!感謝するぞ!ラウラ、ほら見てくれ!」

 

 ソーニャが嬉しそうに姉を呼んだ。はいはいという顔をしたラウラが向かって行く。あれでは姉妹と言うより母と娘だろう。

 

「はしゃいでんなぁ」

 

 苦笑するダビドフへ、

 

「ほんとに良かったの?」

 

 アルが訊ねた。無論、金額のことだ。

 

「良いのさ。ちょっと前にも言ったろ?鉱人鍛冶師ってのは持て囃されるって。そんでな、腕も無けりゃ目もねえ。けど金だけは持ってるって奴もこの田舎街に来たりすんのよ」

 

「あぁー・・・」

 

 ―――――つまりそこで踏んだくってるから金に困ってないということか。

 

「意外と強かだね、ダビドフおじさん」

 

 エーラは楽しそうだ。悪戯好きの血が騒いだのだろうか?

 

「振りもしねえ剣なんぞ柄と鞘だけついてりゃいいんだよ。俺らの打つモンは斬るため、使うためのモンだ。飾っとくなら細工職人にでも声かけりゃあいいのさ」

 

 とは言うもののダビドフとて(ライン)は弁えている。素材と金まで渡されればどんな酷いなまくら剣士だろうが打ってやる。

 

 だがそうでない偉そうな連中には適当な数打ちにそれっぽい装飾をつけてぼったくることにしていた。

 

「ま、いいんじゃない?わざと折れるように打つ鉱人はいないし」

 

 凛華が肩を竦めながらそんなことを言う。結局見る目のない奴が悪いのだ。特に鉱人の打つ武器は実用一辺倒なものがほとんど。箔をつけるために求めるものではない。

 

「そこは当然だ。鉄に申し訳ねえからな」

 

 胸を張るダビドフにアルはわざとらしく胸を撫で下ろして見せた。

 

「ふぅっ、それならいっか。危うく憲兵に突き出すとこだった」

 

「おぉいアルクス、ちっとばっか冗談キツいぜ」

 

 はっはっはと笑うダビドフにアルも笑い出し、凛華とエーラもクスクス笑みを溢す。愚痴や悩みを打ち明けたアルが久々に心から快活に笑っているのを見て妙に嬉しい2人だった。

 

 

 事件が起こったのはダビドフの鍛冶工房を出てすぐのことだ。アルたち6人は否応なく追手の存在を意識することになる。




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