日輪の半龍人   作:倉田 創藍

67 / 158
ここでは初投稿になります。読んで頂ければありがたい限りです。


また「小説家になろう。」と「カクヨム」にて同作を2~3日に1度連載投稿しております。


現在両サイトにて投稿されているものとこちらに投稿するものは少々文体が違う場合があります。


こちらへは定期的にある程度纏めて更新していく予定です。


17話 神殿騎士の凶行とラウラの決断 (虹耀暦1286年9月:アルクス14歳)

 日も完全に暮れた頃―――これから夕食や呑みに出歩こうという住民たちが増えてくる時間帯だ。

 

 普段ならガヤガヤと賑わうヴァルトシュタットを今日だけは別の騒がしさが支配していた。

 

 共和国の田舎街へと伸びる旧街道は街の南西方面の門から続いている。そことは正反対に位置する東方面の門がざわめきに包まれている。

 

 

 鉱人鍛冶師ダビドフ・ラークの工房を出たアルクスたち6人一党は何の騒ぎだと何の気なしに近寄っていった。

 

 すぐに騒ぎの根源が判明する。そこまで広い街でもない。東門には門兵や衛兵たちに担ぎ上げられている全身傷だらけの若い男がいた。

 

 整備されている石畳に赤黒い染みが伸びている。掠れたような跡が門の外まで続いていた。

 

 アルの隣にいたマルクガルムは鼻に皺を寄せて唸る。

 

「マルク?」

 

「魔獣の仕業じゃねえぞあれ。獣の臭いがしねえし、金臭さが強すぎる」

 

 その一言でアルたちはピンと来た。よもやこのタイミングで偶然ということはないだろう。

 

「まさか―――」

 

「聖国の連中だ」

 

 ラウラの言葉を待たずアルは下手人を断定した。まず間違いない。

 

「昨日の今日で襲ったっての!?」

 

「サイッテーだね」

 

 鬼歯を剥き出しに怒りを表す凛華と感情を感じさせない硬い声音で吐き捨てるシルフィエーラ。

 

「そんな・・・」

 

 ラウラは口元を押さえて言葉もなく立ち尽くす。

 

「騎士の風上にも置けんクズ共め!」

 

 ソーニャは萌黄色の瞳に怒りを灯した。

 

 

 バタバタと走る音がアルたちの後ろから聞こえてきたかと思えば聞き覚えのある声が運ばれている男へ呼びかけている。

 

「ギード!?おい、ギード!!」

 

 三等級の一党『黒鉄の旋風』、その頭目であるレーゲンだった。

 

「何があった!?」

 

 担いでいる門兵へ問えば、

 

「こちらも発見したばかりだ。そこの草むらから声が聞こえたので警戒しながら近づいたら彼が倒れていた。周りには血が点々と落ちているし、我々も慌てて癒者のところへ向かうところなのだ」

 

 首を横に振って応える。本当にそれ以上の情報は知らないようだ。

 

「こんな時間からどこに行って―――」

 

 レーゲンの仲間である女性剣士ハンナは心配するような非難するようなどちらともつかない声音だが、門兵は再度首を横に振った。

 

「違う、私が対応したから覚えている。彼は昼前この門から出た。周囲に魔導薬の材料があるから採りに行く、と。なかなか帰ってこないから別の門から戻ったのだと思っていたが・・・」

 

 そこまで聞いたアルはラウラとエーラへ伝言を託す。

 

「支部長を呼んできてくれ」

 

「うん、ボクらと関係ありそうだもんね。ラウラ行くよ・・・・・ラウラ!」

 

「・・・あっ、は、はい!行ってきます!」

 

 ハッとしたラウラがエーラの後を追って走って行く。

 

「すまんアル殿、ラウラが心配だ。私も行っていいだろうか?」

 

「うん、頼む」

 

「承知した」

 

 ソーニャはややフラついているラウラを心配して駆けだした。

 

 

 不安げな顔の住民たちが「おい、薬師のとこの倅じゃねえか。どうしたんだ?」「魔獣か?」「癒者今呼んでるからな!」と騒いでいるのを押し退けるようにしてアルは進む。

 

 兵たちは担架を持ってきたらしい。レーゲンたちと大して歳も変わらなそうな傷だらけの男性はそちらへと移されている最中だ。

 

 血に塗れすぎて怪我がどんな具合かアルにはよく見えない。

 

「畜生っ・・・!ここいらにそんな危険な魔獣はいねえはずだろ!?賊だってここいらを根城にするような馬鹿はいねえ!」

 

 ド田舎なくせに武芸都市の領地、安いシノギでデカいリスクを抱える愚かな盗賊などいやしない。

 

「知らないわ、たまに大移動する魔獣もいるから絶対じゃないのは知ってるでしょ。たまたま来た賊かもしれないし、とにかく落ち着いて」

 

 荒ぶるレーゲンをハンナが諫めた。

 

「こいつがそんな危ねえとこに行くわけっ・・・・・すまねえ」

 

 怒りを向ける相手が違う。レーゲンは熱くなった頭を振ってハンナに謝った。

 

「いいのよ、とりあえず彼を連れて行きましょ」

 

「ああ」

 

「我々も手伝う」

 

 門兵の代わりに街内の巡回をしていた衛兵の一人が担架の片側を持ち上げる。もう一人は彼のボロボロの上着や拾い集められていた残骸を拾い上げ、集まっていた他の兵たちは住民たちに道を開けさせていた。

 

「すまねえ、助かる」

 

 レーゲンは素直に感謝しつつ、担架の足側を持ち上げる。早く癒者のところへ行かなければ。

 

 ハンナは彼らを見ながらポツリと呟く。

 

「本当にどうなってるの?ここらへんで賊か魔獣かもわかんないような怪我をするなんて・・・」

 

 その後ろからマルクが急に現れた。

 

「賊っつーかあのクソッタレ共だよ」

 

「十中八九ね」

 

 アルも援護を入れる。

 

「アンタたちどこから!?って待って、その連中ってもしかして」

 

「聖国のヤツらよ」

 

 凛華の言葉にハンナは愕然とした。しかし断定は危険だと踏みとどまって3人に言い聞かせてみせる。

 

「昨日の今日よ?有り得るの?」

 

 冷静な意見だ。しかしマルクは首を横に振る。

 

「獣の臭いがしなかった」

 

「でも―――」

 

「ここらへんで急に、偶然、賊が湧いたって可能性と神殿騎士の連中が賊の真似事をしてる可能性、どっちが高いと思いますか?」

 

 アルはやや詰問するように問うた。ハンナは「うっ」と詰まり、渋々認める。

 

「そりゃあ・・・後者だろうけど」

 

「だったらそう考えておいて損はないはずです。兎に角、俺らも癒者のところへ連れてって下さい。あの人の話が聞きたいです」

 

 アルは有無を言わせぬ口調で告げた。自分たちの進退、そして生命に関わる情報だ。5人分のそれを背負っているアルの眼光は鋭い。

 

「わ、わかったわ。こっちよ」

 

 ハンナの先導の下、支部長を連れ来たエーラとラウラ、ソーニャたちと途中で合流し、アルたちは癒院へと向かった。

 

 

 ***

 

 

 ヴァルトシュタットの街はそう広くない。周辺の自然も豊かで長閑な場所が多い為、広い敷地の癒院が一つだけ存在している。

 

 施術室へと辿り着いた6人とハンナ、支部長の姿を見てレーゲンは怪訝な顔をした。

 

「なんでお前らが?」

 

「それがね、」

 

「神殿騎士の仕業だと思ったからです」

 

 レーゲンの問いにハンナとアルは同時に答え始めたが、後者の発言の方がレーゲンの注意を引いた。

 

「神殿騎士だと?」

 

「はい。その人から獣の臭いがほとんどしないそうです」

 

 臭いと聞いて、レーゲンはアルの隣にいたマルクへ視線を向ける。人狼族の青年は首肯した。

 

「だからってよ、」

 

 聖国の連中とは限らねえだろ?とそんなレーゲンの視線を受け止めたアルはハンナがビクリとするほど強い眼光を帯びた視線を返す。

 

「だから、聞きに来たんです。何があったのか。気に入らないなら殴ってもらっても結構です。でも後にして下さい」

 

 その赤褐色の瞳にレーゲンは瞠目した。アルの背負うもの、そしてなぜ半魔族の彼に平然と戦闘民族の魔族が仲間として下についているのかを垣間見た気分だ。

 

 いくら仲が良かろうが人狼族や鬼人族といった戦闘民族の系譜は、形だけでも簡単に人の下にはつかない。

 

「・・・いや、そうだな。叩き起こして聞くべきだろうな」

 

 レーゲンは怪我人をすぐに起こすというアルの案に乗った。どちらにしろ詳細不明の危険がヴァルトシュタット周辺に潜んでいる。早いとこ情報を得るというのは間違いではない。

 

「すいません」

 

「構わねえよ。先生、どうだい?」

 

「酷いもんだね、それにそこの彼が言うように魔獣に襲われたわけじゃないねこれは。刀傷と何か硬いものによる殴打痕がそこかしこ」

 

 先生と呼ばれた中年の癒者はそう溢す。『治癒術』をかけようにも傷口を綺麗にしておかなければ余計な雑菌を体内に混入させることになってしまう。

 

「・・・・そうかい」

 

 レーゲンは術をかける前のギードを見つつ辛うじて返す。アルの言葉が真実味を帯び始めた。支部長も苦り切った顔を浮かべている。

 

「これ使って」

 

 エーラは癒薬帯を癒者へ渡した。持っていたがなかなか使わないし、一応使用期限がある。新しい分は宿の背嚢に入れてるし、古い分はここで使って貰おうと考えたのだ。

 

「森人の癒薬帯か。助かるよ、『治癒術』だけじゃ足りなかったところだ」

 

「すまねえな」

 

「いいよ」

 

 暗緑色の包帯を受け取った癒者とレーゲンが礼を述べる。植物の専門家が作っているのだから人間が作るよりは断然効能が高い。

 

「すまんが俺は先に軍の方に行ってくる。住民を外に出さん方が良いだろうからな」

 

 そう言うと支部長は癒院を出て行った。封鎖しておかなければ被害が増えるだろう。

 

「お願いします」

 

 ラウラが消え入りそうな声で頭を下げる。

 

 ―――――自分たちがここへ逃げ込んだせいだ。

 

 嫌でもそう考えさせられていた。

 

「気にしちゃダメよ、ラウラ。やったのは十中八九ヤツらでしょ、あんたが気に病む理由にはならないわよ」

 

 凛華の瞳が真っ直ぐ射貫いてくる。そうだ、結局ここまで酷いことをしたのは自分たちではない。しかし、遠因は間違いなく自分たち。

 

 頷いては見せたもののラウラの憂いは晴れなかった。

 

 

 ***

 

 

 時刻は夜9時を回った頃、治療を施された男性―――ギードは病室の寝台に寝かされていた。

 

 病室には武芸者協会ヴァルトシュタット支部長と『黒鉄の旋風』、そしてアルたち6名がいる。

 

 レーゲンとハンナ以外の4人も話を聞いたらしく、癒院の方へと駆け込んできた。彼らもギードとは親交があったようだ。

 

 聞けばレーゲンとギードはここ、ヴァルトシュタット出身で歳も近いこともあり仲のいい友人らしい。

 

 レーゲンが武芸者登録をした頃、ギードも実家の薬屋で修業をし始めたらしく、今では仕事の愚痴なんかを溢し合って酒を酌み交わす仲間だと聞いた。

 

 寝ているギードの鼻へとレーゲンが蒸留酒を近づける。ギードは癒薬帯だらけの顔を歪ませ、ゆっくりと目を開いた。

 

「よう、起きたか?」

 

「レー・・・ゲン?はっ、そうっ!?っつう~~~~っ!?」

 

 ハッとしたギードは飛び起きようとして身体中に走る激痛で悶える。癒薬帯からはいまだ血が滲んでいた。

 

「動くなよ。大怪我してんだぜ」

 

「助かった、のか・・・?」

 

 ギードはどうにか自分の置かれている状況を把握しようとしている。

 

「ああ、門のとこに倒れてんのを門兵が見つけてな。連れて来てくれたんだよ」

 

「そうか・・・ん、彼らは、それに、その二人は――」

 

 そこでギードは気付いた。『黒鉄の旋風』はわかるが彼らは誰だろうか?

 

 支部で見たことのある新顔だった気がする。そしてその朱い髪と栗色の髪の少女たちはアイツらの言っていた――――――。

 

 ギードの視線を受けたレーゲンは、辛そうな友人の姿に怒りがふつふつと湧き上がってくるのを抑えながら教えてやる。

 

「ああ、いろいろあってな。悪いなギード、怪我人を長いこと起こしとくつもりもねえから単刀直入に聞く。何があった?」

 

 その質問にギードは詰まりながらも語り始めた。

 

「荷台を引いて、薬の材料を取りに行ったら、急に殴り倒されて、気付いたら、鎧を着た、連中の前に引き摺りだされてた・・・どっか、天幕の中だ」

 

「・・・鎧」

 

 明るい茶髪の少女騎士―――ソーニャの呟きが耳に届く。ギードは首肯しようとして痛みに呻き、口だけ動かすことにした。

 

「ああ。銀のなかに赤い派手なのが、一人いた。そいつが、朱髪と、茶髪の・・・身分が、高そうな少女は、この街にいるか?って。

 

 支部に、魔導薬を・・・卸す、ときに見かけたことが、あったけど・・・そいつらが厭な、雰囲気、してたから・・・知らねえって、言ったら痛めつけられて、すまねえ・・・・・いるって、言っちまった」

 

 ギードは思わず悔しくなって朱髪の少女―――ラウラへ謝る。

 

「謝罪なんて・・・私たちのせいなんです。ごめんなさい」

 

「いや・・・なんか、事情があるん、だろ?アイツら・・・お貴族様の、護衛って感じも、なかったし」

 

 泣きそうな顔で謝るラウラにギードは首をぎこちなく横に振った。貴族令嬢のお忍び旅行を連れ戻しに来た奴らにしては物騒だし、何より街に入れない時点で怪しさ満点だ。

 

「・・・他に何か聞かれましたか?」

 

 そこにそれまで静かにしていたアルが声を掛けた。

 

 ―――――重要なのはそこだ。どこまで情報が洩れているか。

 

 痛々しい姿のギードにアルは心を鬼にして問い質す。

 

「あ・・・・他に誰か、いたか?って。けど俺は、あそ、こに薬卸してるだけ、で何も、知らねえ。そう、言ったのに、答えろって、また、殴られたり、背中、斬られたり」

 

 ギードの証言に奥歯をグッと噛み締めてアルは確認を取る。

 

「じゃあ何も答えてないんですね?」

 

「あ、ああ」

 

 ギードは肯定した。そもそも知らない。近くにこの青黒い髪の青年がいたのは見たような気がするが、商品を卸しに行くだけなので詳しいことなど一切知らないのだ。

 

「それじゃどうやって帰って来たんだ?」

 

 今度は支部長が訊ねる。それだけボロボロに痛めつけられてどうやって戻って来たのか?運ばれたのだとしたら目撃者はいないか?

 

 後日詳しい調書は取られるだろうが、共和国の令嬢に関連するものなら早く聞いておかなければならない。彼らは明日にはもうこの街を立つのだから。

 

「れんちゅ、うが俺、を残して、どっか行っ、た、んだ。だから這っ、て逃げて、きた」

 

 ギードは痛みがぶり返して来たらしく呂律が回らなくなっている。

 

「・・・そうですか、ありがとうございます。怪我してるのにすいませんでした」

 

 アルは質問を打ち切った。聞きたいことは聞けたしこれ以上は見ていられない。

 

「気に、すんな」

 

「ごめんなさい。治療代くらいしか払えませんけど、お金はお癒者様の方へ渡しておきますから」

 

 ラウラに出来るのはそのくらいだ。忸怩たる思いを抱えた表情でそう言えば、

 

「ありが、とうよ」

 

 ギードは口を歪ませるように笑いかけた。事情があることがわかれば充分だ。それに自分は結局話してしまったのだ。

 

 治療代まで貰うのは気が引けたが、それで彼女らの心が少しでも軽くなるのであればと、ありがたく頂戴することにする。

 

「ギード、充分だ。ありがとよ、もう寝てろ」

 

 レーゲンが掛布を直してやってそう告げれば、

 

「あ、あ。おやす、み」

 

 と漏らしてギードはすぐに眠りについた。限界だったようだ。

 

「支部長、移動しましょう」

 

 寝入ったギードを確認すると即座にアルが淡々と告げて病室を出て行く。

 

「ちょ、ちょっとアンタね!」

 

「少し淡泊過ぎじゃ」

 

 ――――ゾ ク リ――――!

 

「ぃっ!?」

 

「ぁっ!?」

 

 苦言を呈しかけたハンナと槍士のエマは揃って冷や水を浴びせかけられたように背筋を泡立たせた。

 

 アルから漏れ出した魔力と殺気が尋常ではなかったからだ。

 

 チラリと見えたその横顔は静かな怒気を孕んでいた。それだけなら理解できる。

 

 しかしこの暴風のような魔力は知らない。病室を呑み込む渦のようだ。そして殺気。冷たい白刃を思わせる殺意が首筋をそわつかせる。

 

 アルの青黒い髪は屋内だというのに魔力でゆらりと浮き、揺らめいていた。怒髪天を衝くとはこのことだろう。

 

「さ、行くわよ」

 

「うん!」

 

 凛華とエーラはアルに寄り添うようにさっさと出て行く。

 

「相当キてんなありゃ。ほらラウラとソーニャも行くぞ」

 

「・・・はっ、はい!」

 

「ああ!」

 

 魔族組でもあそこまでキレたアルは見たことはない。カッとしているなら咎めたが、あの尋常でない殺気はそれとは違う。

 

 似たようなものを知っている。ネーベルドルフで刃鱗土竜と殺り合ったときのものだ。

 

 あの時に較べれば数倍強烈だが、まだアルは冷静だと付き合いの長い魔族組にはわかる。

 

 ――――――聖国の連中相手にもう遠慮は要らない。

 

 それどころか彼らの怒りに炎を灯し、昂った魔力が荒れ狂っていた。

 

 

 ラウラとソーニャはアルの魔力の波動に刺激され、同じく昂っている。怒っている彼になぜかゾッとせず、安心すらしてしまった。

 

 出会ったとき神殿騎士相手に大立ち回りをしていたときですら、彼はあんな表情見せていない。あそこまで怒った彼()が本気で殺戮に走ったらどうなるのか。

 

 頼もしさを覚えると同時に2人は肚を括った。

 

 ―――――ここでウジウジしていても始まらない。今は自分に出来ること、やるべきことを。

 

 そう考えて駆けだした。

 

 

 新人一党を見ていた支部長はポツリと溢す。

 

「ラウラ嬢とソーニャ嬢は幸運だな。あんな連中が味方してくれるんだから」

 

 アルを中心にして暴風のような魔力が場を支配していた。ギードはその中でも眠っている。怪我が相当深刻だったのだろう。

 

 感知できた―――というかモロに浴びた支部長と『黒鉄の旋風』は約2名を除いてすっかり呑まれてしまった。

 

「ガキの殺気かよ、あれが」

 

 まったくと呟くレーゲン。アルから漏れ出した濃密な殺気にすっかり頭が冷えていた。

 

「も、もうびっくりしたわ」

 

「こわかったよぅ・・・」

 

 涙目のハンナと半泣きのエマはぶぅと膨れて文句を言う。アルを咎めようとして物理的に近かったのだ。圧し潰されそうな魔力にビビっていた。

 

「アルクスの魔力はとんでもないな。龍人族の血を引いているというだけではああはならん」

 

「ね。エーラもそっち側だったみたいだし、凄い新人が後輩になったものね」

 

 森人のケリアとプリムラはそう評する。彼らだけは漏れ出した魔力に驚きこそしたものの呑まれるようなことはなく、素直に感心していた。

 

「ていうかあれが俺と同じ四等級かよ。冗談だろ?」

 

 ヨハンは勘弁してくれと嘆く。

 

「むしろ聖国のクソ共が可哀そうに思えてきたぜ」

 

 龍の逆鱗に触れたのだから。

 

 支部長はそう締め括って病室を出るのだった。

 

 

 ***

 

 

 午後10時を回って宿に戻ったアルたち6人は食事を忘れていたことを思い出した。まだ酒を呑んでいる者はいるが、食事の提供はある程度でやめるのが普通だ。

 

 一応と頼み込んでみたところ女主人は快く温め直したものを出してくれた。

 

 6人は感謝しつつ黙々と食事を摂る。話は後だ。食器同士が軽く当たる音や衣擦れの音のみが食堂に響いた。

 

 

 食事を終えた6人は先に食器を下げ、再度礼を言ってから卓に戻っていく。

 

 明日の詳細を詰め直さなければならない。アルから漏れていた殺気も今はおさまっていた。

 

「で、どうすんだ?潰すか?」

 

 マルクの端的な問いにアルは首を横に振る。

 

「いや、方針そのものは変えない。けど目の前に出てくるなら容赦はしない」

 

 きっぱりと言い切るアルの覚悟は今朝悩んでいた者とは思えないほど固い。

 

「んと、具体的な移動手段は?幌馬車のまま?」

 

 首を傾げるエーラにアルは最終目標を告げる。

 

「うん。極力軽量化させて突っ走る。目標は武芸都市ウィルデリッタルトに入ってそこの領主館だか何だかにラウラとソーニャを辿り着かせること。

 

 神殿騎士が帝国の人間を攻撃した以上こっちには大義名分もあるし、どっちにしても連中は不法侵入者。

 

 ただの賊でも聖国の騎士でも過ごされる理由はない」

 

「なるほどね。でも追ってくるかしら?」

 

 警戒して近寄らない可能性もあるんじゃない?そう訊ねる凛華。

 

 アルは即座に否定した。

 

「来るよ」

 

「どうしてわかるのでしょうか?」

 

 ラウラはそう問わずにはいられない。アルの発言は先ほどからやたらと断定的だ。

 

「ギードさんが見過ごされてたから」

 

「どういうことだろうか?」

 

 わからないという顔で視線を向けるソーニャにアルは説いた。

 

「連中の天幕内から這って逃げたんなら血の跡がついてたはずだ、門のとこにあったみたいな跡が。いなくなったからって歩くよりも遅い人間が馬を持ってる連中に見つからないわけないだろ?」

 

「だから、」

 

「あえて見逃したんだ。ラウラとソーニャがそれを見て慌てて飛び出してくるって踏んで」

 

 そうかという顔でソーニャの紡いだ言葉をアルが引き取る。

 

「卑劣な連中め」

 

「それは知ってたよ」

 

「だがよ?だったら待つって手もあるんじゃねえか?」

 

 マルクの発言はウィルデリッタルトからの救援を待ってみるのはどうかという意味だ。

 

「確実じゃない。書状を届けるのに早馬で半日かかるみたいだし。それに、今は門からの外出は出来なくなってる。

 

 連絡が届くのに時間がかかればかかるほど連中が増える可能性もあるし、そもそも書状が届くとも限らない」

 

 今いる神殿騎士が全部とは言い切れないのだ。奴らに連絡手段があった場合、人員が補充される可能性がある。それに対してこちらの頭数は変わらない。

 

 たった一日で何の関係もない人間を痛めつけた連中が街を襲わないという確証もなければ手紙がウィルデリッタルトの領主に辿り着く保証もない。

 

「はぁん、なるほどな。()()()()()行こうってか?」

 

 マルクはアルの発言から正しく意味を取った。わざと目立って逃げ切ってやる算段なのだ。

 

「そういうこと。連中の狙いはあくまでラウラとソーニャ。ならそれを利用して一網打尽にしてもらう。それくらいはウィルデリッタルトの領主とやらに働いてもらう」

 

 使えるものは何でも使う。疎まれようが知ったことか。

 

 アルの顔にはそう書いてあった。完全に吹っ切れた幼馴染にマルクは豪快な笑みを見せる。

 

「了解だ、任せろよ」

 

 マルク以外も頷いている。結局取れる手は少ない。持ちうる手を全て使うしかないだろう。

 

 そう決意していたところで凛華がふとギードの発言を思い出した。

 

「そう言えば赤い派手なのがいたって言ってたわね」

 

 エーラは頷いて憶測を立てる。

 

「指揮官か、聖騎士ってやつなのかな?」

 

「聖騎士の方に近いかも。俺が斬り殺したやつも指揮官っぽかったけど、羽飾りくらいしかしてなかったし」

 

「聖騎士か・・・わけわかんねえ力とか遺物?とか言うのを使うんだったっけか」

 

 マルクがそう言うとソーニャが頷いた。

 

「ああ、そう言われている。彼らには序列があってそれぞれが”異能”を持っているそうだ」

 

「”異能”?」

 

 思わず訊き返すアル。するとラウラが答えた。

 

「ええ。その者しか扱えない女神に宿して貰った力だとか精霊の力だとか、そんな風に言われてます。聖遺物を扱う者もいるという噂もあります」

 

「厄介そうだな」

 

 よくわからない力という不特定要素(イレギュラー)は戦闘においては致命的だ。魔族組の顔が険しくなる。

 

「とりあえず正面衝突はなしって方針は間違ってなさそうね」

 

 凛華の発言に全員が頷いた。

 

 するとそこへ、

 

「やっぱりいたな。邪魔させてもらうぜ」

 

 と『黒鉄の旋風』の6人がやってきた。

 

「どうしたんです?」

 

 アルが問えば、彼らの後ろから

 

「護衛依頼の臨時枠が空いてないかラウラ嬢に聞きに来たんだ」

 

 と、支部長が答える。

 

「臨時枠、ですか?」

 

 ラウラは疑問符を浮かべた。

 

「ああ。簡単に言やあラウラ嬢の護衛依頼は指名依頼だ。だがそこに臨時でこいつら分の枠を追加できないかと思ってな。場所はウィルデリッタルトまで」

 

「レーゲンさん、いいんですか?」

 

 アルはその意図を読み取って訊ねる。彼らは危険を承知で手を貸してくれようとしているのだ。

 

 レーゲンは肩を竦めた。

 

「連中がいたら依頼にも出られないし、今の俺らの拠点は武芸都市でね。帰るにも帰られないからついでにと思ってよ」

 

「報酬は武芸都市についたあとの食事一食分。どう?」

 

 ハンナはラウラへ問う。食事代などたかが知れている。

 

 ―――――微々たる報酬で命を懸けるつもりか?

 

 ソーニャは目を見開いた。

 

「勿論臨時だからな、指揮権はそちらの頭目(アルクス)にある」

 

 支部長が追撃するように利点を述べる。要ははした金で人員だけ増えるということだ。

 

 ラウラは迷うように視線をさ迷わせ、最終的にアルを見た。

 

 ―――――どうしたら良いでしょうか?

 

「ラウラが決めてくれ・・・いや、決めるべきなんだと思う」

 

 アルは視線の意味を理解した上でそう告げる。依頼者はラウラでアルたちは依頼を受ける側だからなどという表面上の理由ではない。

 

 一時的にとは言え、無関係の帝国人を自身のゴタゴタに巻き込むことになる。

 

 彼らと手を取って前に進むか、巻き込まないで何とかするか。

 

 ラウラはしばし考え込んだ後、『黒鉄の旋風』へ頭を深く下げた。

 

「では、お願いします。ただし支部長さんの言う通り、指揮権はすべてアルさんに預けて下さい」

 

 ラウラには彼らの気持ちが痛いほどわかる。親しい人を傷つけられた怒りや悲しみ。だから請けてもらうことにした。

 

 そしてこれは、何よりアルたちの為だ。彼らは強い。だが、自分たちお荷物を背負うには人数が少ない。

 

 きっと無茶をする、特にアルは。それがわかっているが故の決断だった。

 

「おう、勿論だ。よろしくな」

 

「ええ、よろしくお願いします。じゃあ早速翌朝の段取りについて指示があります」

 

 レーゲンは苦笑しながら出て行ったときのアルの雰囲気が元に戻っていることを確認して、こっそり安堵した。

 

「いきなりかよ」

 

「ええ、人手が足りないと思ってたんです。これなら、連中に一泡吹かせられる」

 

 アルが好戦的な笑みを浮かべてレーゲンを見る。

 

 そんなアルを見てラウラはホッとしながら窓の外をに目をやった。一昨日まで綺麗に見えていた月は、鳴りを潜め、分厚い雲がかかっている。

 

 これが自分たちの行く末を暗示するものか、()()の未来を示したものか、今のラウラにはわからなかった。




評価や応援等頂くと非常にうれしいです!
感想も受け付けておりますので是非ともよろしくお願い致します。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。