日輪の半龍人   作:倉田 創藍

69 / 158
ここでは初投稿になります。読んで頂ければありがたい限りです。


また「小説家になろう。」と「カクヨム」にて同作を2~3日に1度連載投稿しております。


現在両サイトにて投稿されているものとこちらに投稿するものは少々文体が違う場合があります。


こちらへは定期的にある程度纏めて更新していく予定です。


19話 狂い出す盤面 (虹耀暦1286年9月:アルクス14歳)

 ヴァルトシュタットを最後に出た『黒鉄の旋風』の頭目レーゲンと女性剣士ハンナが、ラウラとソーニャの捕縛のため直接動いていた準聖騎士ディーノ・グレコ、そして彼が率いる神殿騎士たちに追いついたの午前8時を過ぎた頃だった。

 

 街からおよそ20km(キリ・メトロン)地点。

 

「見えてきた!」

 

 隣を駆けるハンナの声に頷いたレーゲンは不審に思っていた。これまで走って来た街道に転がっていた神殿騎士の死体が()()()()()

 

 その答えは騎馬の列を見ればすぐにわかった。事実、数があまり減っていなかったのだ。

 

「あいつらが・・・倒しあぐねてるだと?」

 

 俄かには信じられない。個人で三等級武芸者のレーゲンをいとも容易く追い詰めたアルクスとその仲間たち、ラウラとソーニャ以外は基本的に強者だ。

 

 そこはどう考えても間違いない。しかしその彼らが追い縋っている神殿騎士たちを仕留めきれずにいた。

 

「何がどうなってるの?」

 

 ハンナの呟きはレーゲンの心情とピタリと一致している。

 

「とにかく急ぐぞ!」

 

 レーゲンは馬を加速させた。どこぞに潜んでいた位置からずっと走ってきている彼らの馬よりこちらの馬の方が体力は残っている。

 

「ええ!」

 

 ハンナも抜剣して追従した。作戦が暗礁に乗り上げつつあるのを感じ取り、次善の策へと意識を切り替えていく。

 

 次善の策。上手くいかなかったときの保険。自分たちにはその役割もあるのだから。

 

 

 ☆★☆

 

 

 銃弾も斯くやという速度で迫る土塊にアルは舌打ちを一つして風を放った。追手との差は少し前からかなり詰められてしまっている。幌馬車(こちら)の尻と先頭の追手との間には3馬身差もない。

 

 剣を掲げた神殿騎士たちはそこから土を圧縮した弾丸や風を放ち、弓を持っている者たちは絶えず矢を射かけてきている。

 

 ―――――ヤツらの剣・・・・・ラウラの杖剣と似たようなものかと思えばどうも効果が違うようだ。

 

 バタバタと靡く幌が鬱陶しい。既に幌の後ろ半分は破れて、千切れ飛んでいた。

 

「くっ、このままじゃヤベえぞ!?」

 

「わかってるわよ!」

 

「余裕ないから泣き言はあと!」

 

 御者を務める『黒鉄の旋風』の剣士ヨハンの悲鳴に似た叫びへ凛華とシルフィエーラが怒鳴り返す。

 

 双子の妹であるエマは槍を適当なところに引っ掛けて盾を構えていた。ヨハンの守りだ。

 

 その隣にはソーニャがダビドフに打ってもらった剣を置いてラウラの近くで盾を構えている。そのラウラは纏まって飛んできた矢を『雷閃花(らいせんか)』で果敢に打ち落としていた。

 

 しかしラウラは人間だ。幾ら魔力増幅効果を持つ杖剣があっても、それは放出時に術式や属性魔力に作用するというだけでラウラ自身の魔力が増えるわけではない。

 

 ――――――この調子だと魔力が保たない。

 

 数が違い過ぎるのだ。前回とは追手の人数も違えば、こちらへの油断もほとんど感じられない。

 

 そしてアルたちが焦っている最大の理由。それは、追手が減らないこと。原因は――――――。

 

「あの先頭の奴どうにかしねえとこっちのが通らねえぞ!」

 

 マルクの言う通り、先頭を走る首元の赤い胸甲をつけた騎士がこちらの攻撃をとことん防ぐ――――いや、握りつぶすせいだ。

 

 アルはもう一度、蒼炎弾をゴウッと吐き出す。こちらに飛んできていた矢弾をほとんど焼きって直進する直径3m越えの巨大な蒼炎は()()()()()()()()にドオッと防がれ、そのまま握り潰された。

 

「くっそ!」

 

 苛立たし気に悪態をつきながら『釈葉の魔眼』を発動させたアルは視線を巡らせる。

 

 しかしある一点を見かけた瞬間脳を突き刺すような頭痛を感じて本能的に瞳を閉じた。

 

 ―――――あれは一発アウトな(失明する)やつだ。奴の右腕、あれはきっと・・・・

 

「魔導具か!」

 

 忌々し気に吐き捨てる。頭痛を感じたのは見えない手ではなく、あの騎士のつけている小手を視ようとした瞬間。

 

「魔導具・・・ってことはアイツが聖騎士ってやつか!」

 

「話に聞く限りならっ!」

 

 ラウラはマルクに頷きつつ『水衝弾(すいしょうだん)』を斜め上空へと放つ。放出魔力の増大効果を与える杖剣によってアルの蒼炎弾級の水塊が矢を打ち払った。

 

「しつっこいわよ!」

 

 凛華が放った冰柱が見えない”右手”によって砕かれ、

 

「もう、邪魔!」

 

 エーラが速射した矢は手の甲で防ぐように中空に刺さる。

 

 ―――――やはりあれ(見えない右手)が問題だ。

 

 アルがたまらず『八針封刻紋(はっしんふうこくもん)』を解除しようと左胸に手を当てたところで、

 

「アル殿!あれを!後方だ!」

 

 ソーニャの声が響いた。最後尾の方へ視線を向けると、見知った2人―――レーゲンとハンナが後ろから騎士を屠りながら駆けている。

 

「間に合ってくれたか!」

 

 アルと同時に彼らを見つけたマルクが喝采を上げた。

 

「おぉ~、レーゲン信じてたぜぇ」

 

「情けない声上げない!」

 

 喜びの声を上げるヨハンにエマが喝を入れる。

 

 慌てたのは神殿騎士たちだ。個人三等級の武芸者というのは伊達ではない。

 

「うおおおおおっ!!」

 

 レーゲンは最後尾付近の騎士の合間を縫うように走り抜けながら思い切り大刀を振り抜く。

 

 斬馬刀の役割も果たせるほど長く、重量のある大刀は騎士たちの首や馬脚、肩口、胴を斬り落とした。

 

 そのすぐ後ろをハンナが駆け、レーゲンが屠った方とは逆側の騎士達を斬り裂く。目に首、膝裏、足首など鎧の隙間を的確に突き、貫いていく。

 

「なんだあいつらは!?」

 

 先頭にいた聖騎士と思わしき男―――ディーノも異変に気付いたようだ。後ろを振り向いて指示を飛ばす。

 

「馬鹿共が!散開して叩け!その程度の数に何をやられてやがる!」

 

「「「「はっ!」」」」

 

 後方にいた神殿騎士たちが慌てて、矢印を作るように列を開いていく。レーゲンとハンナそれぞれを各個に潰すつもりらしい。

 

 しかし―――――――。

 

「やっと見えたっ!!」

 

「馬鹿はお前だ」

 

 エーラとアルが同時に口を開く。拳大に凝縮された蒼炎弾5発とエーラが一気に速射した矢が8本放たれた。

 

 ”見えない右手”は巨大だが、広がった騎兵を守るほどには大きくない。

 

「チッ」

 

 慌てて射出点に近い根元を防ごうとしたディーノが手を伸ばすも、

 

「お前はこれでも防いでろ」

 

「こっちよ馬鹿騎士」

 

 マルクが雷撃を、凛華が冰槍を放つ。ディーノは己に殺到した属性魔力を防ぐため、咄嗟に己の前へ”右手”を突き出した。ドドドオッと冰雷が炸裂する。

 

 その間にアルの蒼炎弾がハンナの周囲にいた騎士に着弾してド派手に爆発した。轟々と燃え盛る蒼炎は馬も騎士も丸呑みにして灼き尽くしていく。

 

「ぎゃああああッ!」

 

「熱いッ熱いッィィィィ!」

 

「たす―――ク、ハッ」

 

「助かるわ!」

 

 ハンナは呆気にとられた騎士の隙を突いて幅広直剣(バックソード)で首元を斬り裂いた。

 

 今度はエーラがバヒュウッと放った矢があらぬ方向からカクンと向きを変え、レーゲンの周囲にいた騎士たちの目や首元に刺さる。

 

「ぐげえっ!?」

 

「がああああッ!」

 

「いぎっ!?」

 

「どこか―――あっ?」

 

「ありがとよ、嬢ちゃん」

 

 レーゲンは急な攻撃に呻いて慌てる彼らを大刀の二振りで刈り取った。

 

「クソ共がぁっ!」

 

 キレたのはディーノだ。あの武芸者らしき2人が現れてから一気に20名近くを失った。圧倒的な数の優位が崩れようとしている。

 

 

 この好機を逃さぬとばかりにエーラは風を呼んで真上へと矢を放つ。先程までは迎撃で手一杯でそんな余裕がなかった。

 

 ―――――今の内に!

 

 『妖精の目』が鮮緑に輝く。真上から降ってきた矢が騎士たちの目前でパアンッと弾けた。

 

「ぐああッ!」

 

「目が!俺の目があッ!」

 

 騎士たちの猟犬を思わせる甲冑兜(ヘルム)の隙間に砕けた木片や屑が入り込み、目や呼吸器にダメージを与える。中には噎せ返り、落馬する者までいた。

 

「一気に殺るぞ!」

 

「わかってるわ!」

 

 激痛に苦しむ敵に向けてレーゲンとハンナが一直線に馬を駆って、斬り倒していく。眼や呼吸が十全に機能しない鎧騎士などただの木偶も同然だ。レーゲンとハンナが物言わぬ骸を量産していく。

 

「調子に乗りやがって!」

 

 武芸者2人に怒りを露わにしたディーノが直接仕掛けようと背後を向きかけたが、

 

「お前はこっちだって言ってるだろ」

 

 冷えたアルの声が届いた。ハッとするディーノ。視線を慌てて戻せば、そこには極大の蒼炎弾が迫っていた。慌てて”見えない右手”を翳す。

 

「畜生!クソ魔族がっ!」

 

 なんとか防ぎ切り、お返しとばかりにディーノが剣から弾丸のように土塊を吐き出した。しかしアルは蒼炎を噴射して全てを熔かす。そのとき―――――。

 

「カアッ!カアカアッ!」

 

 上空にいる夜天翡翠が声を上げた。なんだと見上げたマルクは呻きつつ叫ぶ。

 

「やべえ!後ろにまだいやがった!」

 

 その声にアルとディーノは奇しくも同時に意識を後方へ飛ばした。そして前者はマルク同様呻き、後者は喜色に溢れた声を上げる。

 

「まだいたのか・・・!」

 

「よォしっ!よくやったぞ貴様ら!」

 

 そこにいたのはディーノが新街道方面に向かわせた神殿騎士50名だった。彼らは報告の為に旧街道を辿ってヴァルトシュタット周辺に待機していた4名と合流し、すぐさまこちらへと向かってきたのだ。

 

 先行していたディーノたちに追いつくにはそこそこ急がなければならなかったが戦闘中の彼らは速度が緩んでいた。アルも迎撃に注力するため、止むを得ず質量軽減術式を切らざるを得なかったのが響いている。

 

「最悪だぜ、畜生」

 

 マルクが呟き、

 

「どうするの!?」

 

 とエマが叫び、

 

「あのままじゃレーゲンたちが!」

 

 ヨハンが声を上げた。

 

「・・・・・」

 

 アルは一瞬沈黙し、脳が沸騰しそうなほど思考する。

 

「幌を全部外す。手伝ってくれ」

 

 ややあってアルはそう告げた。どういうことかわからないがとりあえず動き出す凛華とマルク。エーラも参加しようとしたところでアルが止める。

 

「エーラは準備を。二人の道を作る」

 

「準備って?」

 

「植物たちに頼んでここまでの道を作ってもらってくれ。今ならまだ、間に合う」

 

「うん!わかった!!」

 

 即答したエーラが風に頼んで周辺からそこいらの植物の根や種子を集めてもらい始めた。

 

「ソーニャとラウラは警戒を最大限に。幌がなくなる」

 

「わかりました!」

 

「承知!」

 

 何をするかはわからないがラウラとソーニャは頷いて見せる。

 

 きっと何か策があるのだ、そう信じて。

 

「翡翠!二人のところへ行け!先導するんだ!」

 

「カアッ!」

 

 夜天翡翠が勢いよくレーゲンの下へ飛んでいく。あの二人はもう追加の騎士たちに気付いているだろう。

 

 ―――――攻撃を仕掛けられる前にこちらに合流させなければ。

 

「外したわよ!」

 

 凛華にアルは頷き、マルクへ指示を出す。

 

「マルクはデカい雷撃の準備。合図したらド真ん中に撃ってくれ」

 

「任せろ!」

 

 バチイッと雷を両手に纏わせたマルクを見ながら、幌を適当にくしゃくしゃに畳んだ。

 

「ラウラはこれに水を。水浸しにしてくれ」

 

「はい!」

 

 ラウラは籠の底を水浸しにする勢いで幌を濡らす。元々撥水性の高い幌布だが、それでも濡れているかいないかは大きく違う。

 

「凛華、俺が投げたら出来るだけ広がったときに一気に凍らせてくれ。分厚く頼む」

 

「それなら得意よ!任せなさい!」

 

 凛華の返事を聞きながらアルは幌布に己の魔力をたっぷりと注ぎ込んだ。幌に充分魔力が行き渡ったと見るや確認を取る。

 

「準備はっ?」

 

「出来てる!」

 

「問題ねえ!」

 

「いつでもいけるわよ!」

 

 返答を聞いたアルは、濡れて重くなった幌を投げる体勢を取りながら合図を出した。

 

「マルク!雷撃!」

 

「おらよおっ!」

 

 バチイッと空気を(つんざ)く音を立て、青白い雷光が放たれる。その速度に慌てたディーノが”見えない右手”を掲げて防いだ。

 

「エーラは矢を!街道のド真ん中だ!」

 

「行っくよー!」 

 

 エーラが上空に矢をヒュヒュヒュヒュッと放つ。都合4射、普段とは違って捻じくれの目立つ節だらけの矢だ。

 

 アルは間髪入れず幌を広がるように投げる。濡れた幌布が街道に放り出された。

 

「凛華!」

 

「ここ!」

 

 凛華は極力幌が広がったタイミングを見極めて凍らせる。ゴツゴツと歪に凍った幌布は10cm(ケント・メトロン)ほどの厚みはあった。冰鬼人だから出来ることだ。

 

 アルはすぐさま魔術を起動させる。

 

「吹っ・・・飛べえっ!」

 

 冰壁と化した幌に『念動術』がかかり、騎兵たちの中心を貫くように飛んだ。

 

 ただの『念動術』ではなく、アル独自に弄った『念動術』だ。

 

 ()()()()を弄られた冰壁は見た目の重量とはアンバランスな速度で、歪なバウンドをガンガンと繰り返して転がっていく。

 

「ひぎゃアッ!?」

 

 真ん前にいた騎士の一人が圧し潰され、不規則なバウンドが馬脚を折った。

 

「お、わッ!?」

 

「散開っ!散開しろぉっ!」

 

 慌てて叫ぶ騎士たちが左右に分かれ、中心を空けたところにエーラの矢がカカカカンッと順々に落ちていく。そしてその矢がギュルリと開いた。種や根、ツルで出来たスロープだ。

 

「カアッ!!」

 

「あれを通れってんだな!?」

 

「行くわよ!」

 

 レーゲンとハンナは夜天翡翠の誘導に従って急いで馬を駆る。

 

「行かせるか!」

 

「邪魔すんじゃねえ!」

 

 邪魔しに来た騎士を先頭のレーゲンが大刀を振るって阻止。そこでエーラの作った細道の策となっていた根が蠢いて、ギュバアッと棘へ変化した。

 

 これには騎士より馬が慌てる。泡を食って細道から遠ざかっていく。

 

「くそっ、霊装を―――」

 

「馬鹿!同士討ちする気か!」

 

 そんな会話が繰り広げられている間にレーゲンとハンナは全速力で馬で抜け馬車の真後ろに躍り出た。

 

「このッ!舐めるな!」

 

 ディーノが”見えない右手”を発動させるが、レーゲンとハンナは範囲外から逃れるようにあえて左右に馬を別れさせ、ぞれぞれ幌馬車に近づく。

 

「邪魔すんなよ!」

 

 風の刃や土塊を出しながらディーノが襲い来るがマルクが雷撃を放ち防御させた。その間にレーゲンが飛び移ってくる。

 

「助かったぜ!」

 

 しかしハンナはそうもいかなかった。

 

「この害虫共が!」

 

 一気に馬を加速させたディーノが右手を振るったのだ。幌馬車の右後ろから飛び移ろうとしていたハンナの馬が後ろ脚を砕かれ、彼女は体勢を崩す。

 

 ディーノは右手を振るい終えた姿勢でニヤリと嗤った。

 

「ハンナッ!?」

 

 悲痛な声をレーゲンが上げ、誰もが目を見開き絶望する。彼の伸ばした手は虚空を掴み、彼女の手が空しく空を切る―――――――瞬間。

 

 馬車の外へと影が飛び出した。

 

「アル!?」

 

 馬車から飛び出したアルがハンナの手を掴み、代われと言わんばかりに引っ張って投げ込んだ。

 

 反動でアルは後方へ飛んでいく。これではもう戻りようがない。

 

 ―――――龍鱗布ですら届かない。

 

「止まるな!!」

 

「アル!!」

 

 アルは思考を切り替えつつ、叫ぶと同時に龍鱗布を膨らませ風を掴む。ブワッと膨れた龍鱗布に流される風を受け止めさせ、アルはクルリと身体を反転させた。

 

 そのまま空中で刃尾刀の鯉口を切り、

 

「『蒼炎気刃』!」

 

と着地と同時に回転技を放つ。

 

 六道穿光流、火・風の型混成技『蒼炎嵐舞(そうえんらんぶ)』。

 

 着地の勢いを下半身に溜め込んで身体を右回転させながら突喊。

 

 蒼炎を纏う弾丸と化したアルにディーノは思わず目を見開いて”見えない右手”を翳す。

 

 螺旋を描く蒼い弾丸は”右手”の甲を斬り裂き、逸れた勢いで後ろにいた神殿騎士数名と馬を灼き斬った。

 

 轟々と燃える蒼炎とアルの殺気に馬が怯えて竦む。

 

「・・・・・貴様だけは殺しておいた方が良いらしいな」

 

 ディーノは斬り裂かれた”右手”を見て、低く唸った。騎兵たちが取り囲んでくる。

 

 しかしアルは決意の表情を浮かべたまま、

 

「やってみろ」

 

 と言い残して蒼炎弾を一つ吐き、『葉隠(はがく)れ』に移行した。

 

「チッ、殺せ!ソイツが魔族の連中の頭だ!」

 

 蒼炎弾を防いだディーノが部下へ指示を飛ばす。

 

「どこに行った―――あァっ?」

 

「くそっ!殺られ――ぇぇあがっ!?」

 

 アルは目眩ましをした上で馬上にいる騎士の首を斬り裂きながら疾走した。

 

 目立つ『蒼炎気刃』をさっさと解除し、抜き身の刃尾刀を体にピタリと寄せて騎士共の死角から死角へ。

 

 腱を断ち、首筋を刺し、馬の腹を裂き、落馬した者を突き殺し、視線が合った者の目を奪って駆け抜ける。街道が一瞬で阿鼻叫喚の地獄と化した。

 

「ちょこまかと!」

 

「ディーノ様!?」

 

「待っ―――!」

 

 ディーノは暗殺者と化したアルによって血飛沫が上がったところへ勢いよく”右手”を薙ぎ払う。

 

 仲間の神殿騎士たちなどお構いなしの凶行にアルは目を剥き、直撃を受けた。

 

「ぐ、うっ!」

 

 吹き飛ばされたアルがゴロゴロと転がっていく。今のでディーノの近くにいた神殿騎士たちは全滅だ。だが、ディーノにとってみれば些事。尊い犠牲というヤツだ。

 

「見つけたぞぉ、害虫」

 

「お前、正気か?」

 

 起き上がったアルが口を拭いながらそう言うと、

 

「何がだ?ああ、こいつらのことか。こんな使えない連中、手駒にもならん」

 

 ディーノはくぐもった嗤い声を漏らす。

 

「ふうん・・・・・あんた、しょうもない奴だな」

 

 アルのつまらなそうな一言にディーノは動きを止めた。かつて同じことを言った者がいたのだ。そしてそいつに左目を奪われた。

 

「貴様は殺す」

 

 怒りを滲ませたディーノとアルの下へ後方から来ていた50名と見張り4名を加えた神殿騎士たちが辿り着く。

 

「ディーノ様!こいつは――」

 

「小娘の護衛をやってた魔族の頭だ。目標は先にいる、十名残して先に行け。任務優先だ。コイツを片付けたらこちらもすぐに向かう」

 

「はっ、あ、いえしかし―――――」

 

「ああ?」

 

 戻って来た本来の副官の顔には疑問や意見が浮かんでいたがディーノは黙殺した。

 

 ―――――コイツのこの顔が気に食わない。

 

「いえ、承知致しました」

 

 馬に乗った神殿騎士44名が少々離れたところにいたアルに目を遣りつつも駆け出す。

 

 ―――――残った10名でこのガキを潰す。

 

「じゃあ貴様ら、こいつを殺し―――っ!?」

 

 ディーノは慌てて剣を引き抜いて防いだ。アルは口上など待つつもりもなく、刃尾刀を閃かせて斬りかかっていたのだ。

 

 こいつが指揮官ならここで倒しておけば後は楽になる。奇しくもアルとディーノの意見は一致している。

 

「『蒼炎気刃』!」

 

 ディーノの剣が蒼炎を纏った刃尾刀によって熔断された。

 

「こっちの霊装を!貴様らグズグズするな!」

 

「「「はっ!」」」

 

 ディーノは霊装剣を捨て、ブウンッと”右腕”を振るう。ガリガリと地面ごと捲り上げる”右手”にアルはおおよその見当をつけて駆け抜けた。

 

 そこへ神殿騎士たちから援護が飛んでくる。相手は魔族―――殺していい相手なら遠慮はいらないとばかりに拳大の岩が射出され、風の刃が幾重にも放たれた。

 

 しかしそこはアル、ディーノを見ないように『釈葉の魔眼』を小まめに発動させ術や属性魔力を見切って同士討ちを狙う。

 

「このガキが!」

 

「薄汚い魔族め!」

 

 アルは一番感情の制御が利かなそうな騎士へと駆けた。その騎士は近づいてきたアルへ怒りのままに剣を向ける。

 

「こんのォ!」

 

「ばっ、お前待―――がっ!?」

 

 寸前で避けたアルの後方にいた一人に拳大の岩石弾を直撃した。首が後ろへガクンと仰け反り落馬していく。

 

「な、しまっ―――かっ、は!」

 

 誤射してしまったことで我に返った騎士の下へアルは一気に駆け、跳び上がりながら刃尾刀を喉元へ突き込んだ。

 

 ―――――これで2人・・・・・残り8名とアイツだ。

 

 数えたアルの下へ”右手”が振り下ろされる。

 

 グシャアッと見る影もなく潰れた馬と騎士に見向きもせず、アルはそちら――ディーノの方へ疾走した。

 

 ―――――やはりアイツを殺らなければ動きがとり辛い。霊装とやらがない今奴にあるのは”右手”だけ。先にアイツだ。

 

 後ろから8名が魔術や属性魔力を撃ってきているが蛇行するようにアルは躱し、間合いに入った瞬間一気に突きを放つ。

 

 その速さは大して剣が上手くないディーノには速過ぎた。しかしディーノはプライドを穢されたような気がして、ブチ切れながら気合と共に叫ぶ。

 

「舐めるなよ害虫風情があッ!!」

 

 そして”()()”を握り込み、突き上げるように振り上げた。ディーノの予想より速くアルは距離を潰していたが、それでも刃尾刀より”左手”の間合いの方が長い。

 

「ぐっ!?ぶあっ!?」

 

 無警戒のところへ勢いよく突き上げ(アッパー)を貰ったアルは腹部を強かに殴られ、口から血か胃液なのかわからないものを出しながら身体を浮かされる。

 

 ―――――左手も、魔導具かっ!?

 

「さっさと死ね、クソ魔族が!」

 

 ディーノは今度こそ”右手”を握り込んで振り抜いた。

 

「がッ――――!?」

 

 見えない拳に殴られたアルは吹き飛ばされ、バウンドしながら街道沿いの河へと叩き込まれていく。

 

「お見事です、ディーノ様」

 

「あれじゃ生きてるかわからん。チッ、時間を食った。行くぞ」

 

 神殿騎士のおべっかを聞きつつ、苦々しい顔でディーノが指示を下した。

 

 ―――――殺し切れたかわからない。

 

 殺し切れなかったとしたら、奴はこちらの手札を知ってしまったことになる。

 

 ディーノの嵌めている小手は聖霊装と言い、右手は『巨神の(かいな)』、左手は『月朧(つきおぼろ)の手』と呼ばれるものだ。

 

 『巨神の腕』は魔力を込めて振ることで見えにくい魔力の巨大な腕が出てくる効果を持ち、巨神と呼ばれるほどの腕力を得られる。強力な武器だ。

 

 そして『月朧の手』は使用者の腕力分しか力を発揮しない代わりに『巨神の腕』と違って揺らぎすら見えない魔力の手を発現させる。

 

 どちらも見られてしまっては始末するしかないが、あの流れが速そうな河に落ちた以上追いかけるのも難しい。

 

 ディーノはアルが溺死していることを祈りつつ神殿騎士たちと共に任務へと戻っていくのだった。

 

 

 ☆★☆

 

 

 幌のなくなった馬車を走らせていた凛華たち9人はどうしても拭えい切れない気落ちした雰囲気に沈んでいた。

 

 ―――――追手はまだ来るだろう、このままではマズい。

 

「あいつなら大丈夫だ、簡単にくたばるような奴じゃない」

 

 そう言ったマルクに凛華はゆるゆるとだが頷く。

 

「・・・・わかってるわよ。大丈夫よ・・・アルなら」

 

 自分に言い聞かせるような凛華の言葉はハンナを刺激した。

 

「ごめんなさい・・・私のせいで」

 

「ハンナのせいじゃない。アルならどうにか出来たかもしれないから行ったんだよ、絶対。勝ち目がない戦いなんて、アルはしないもん」

 

 エーラはハンナを慰めつつ、やはり自分に言い聞かせている。レーゲンは柱を失ってしまったかもしれない一党に言葉もない。

 

 ―――――自分が行くべきだった、自分の仲間なのだから。頭の中はそれだけが巡っていた。

 

「ラウラ」

 

「大丈夫です・・・」

 

 彼女らほど気丈に振舞えないラウラにソーニャは痛まし気な視線を向ける。彼はラウラの中で大きな存在になり始めていた。

 

 今はそれがなくなって2人で逃げていた時のような気弱さが戻ってきている。ソーニャとて心情は似たようなものだ。

 

 ―――――なくなってしまった。どうにかなりそうな、そんな感覚が。

 

「カアッ!」

 

 夜天翡翠の鳴き声で全員が現実に引き戻される。バッと後ろを向けば10騎ほど少なくなった増援の騎士たちが見えた。

 

「・・・沈んでられないわよ!」

 

「うん!アルが戻って来たとき叱られないようにね!」

 

 パンと頬を張った凛華とグッと力を入れたエーラが立ち上がって迎撃準備を開始する。

 

「だな。防御は俺に任せろ」

 

 マルクがゆらあっと『人狼化』した。今日初めての”魔法”だ。

 

 迎撃で小器用に魔術や属性魔力を駆使していたアルがいない。ならば自分が身体を張って防ぐしかないだろうと判断したのだ。

 

 既に質量軽減術式はなく、マルクは人狼化し、レーゲンとハンナも乗っている。つまり重量は減っているどころか増えていた。追いつかれるのは必至だ。

 

「・・・ラウラ」

 

「っ!・・・やります!私も!」

 

 ソーニャの呼び掛けにラウラがバチィンッと己の頬を張り飛ばす。

 

 ―――――誰の為に皆が頑張ってくれているのか、思い出せ!

 

 気合を入れ、痛みで涙目になりつつも杖剣をしっかりと構えた。

 

「強えな、くそ。俺も全力だ!まとめて薙ぎ倒してやらあ!」

 

 レーゲンは喝を入れ、ハンナを見る。

 

「そう、そうよね。謝るのは後!不甲斐ない真似見せるわけにはいかないわよね!」

 

 奥歯をギリっと噛み締めたハンナも幅広直剣(バックソード)を引き抜いて構えた。

 

「ヨハンは御者、エマはその護衛に。多分、今からが一番辛えぞ」

 

「おう、任せな」

 

「こっちも余裕があれば迎撃くらいするからね」

 

 レーゲンがアルなら、と思考をなぞって指示を出す。双子は威勢よく頷いた。

 

 この数分後、神殿騎士44名とその後方から追い上げてくる準聖騎士と8名の騎士たちが彼らへと殺到することになる。




評価や応援等頂くと非常にうれしいです!
感想も受け付けておりますので是非ともよろしくお願い致します。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。