日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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ここでは初投稿になります。読んで頂ければありがたい限りです。

また「小説家になろう。」と「カクヨム」にて同作を2~3日に1度連載投稿しております。

こちらへは定期的にある程度纏めて更新していく予定です。


5話 鬼娘と耳長娘

 初めての魔術と魔法の講義を受け終え、師ヴィオレッタの家を出たアルクスは、里を茜色に染め上げる夕焼けを眺めながら家路へとついていた。

 

 母であるトリシャは任務(しごと)で里の外。

 

 今朝方、「夕飯はお隣に任せてあるから時間になったらそこで食べさせてもらうのよ?」と忙しそうに出かける準備をしながら言っていた。

 

 あまり遅くなっても隣に迷惑だろう。

 

 幼い頭でそう考え、写帳(ノート)を家に置いたら()ぐに隣の家を訪ねることにした。

 

 相伴に預からせてもらうのだから、手伝いの一つもするのが筋というものだろう。

 

 アルの自宅の西隣にある家は4人暮らしの平屋。母と子の2人暮らしなルミナス家より当然、家自体は大きい。

 

 またアルがその隣家にどこか和風な雰囲気を感じるのは、前世の記憶を追体験したからこそだろう。

 

 昨日とは受ける印象の違うその戸を叩こうとしたところで、アルは背後から声をかけられた。

 

「あれっ? アル! アルも夕ごはんはここに行けって言われたの?」

 

 児童特有ながらも人狼族の友人マルクガルムより甲高く、透き通った声。

 

 アルは声のする方を振り返り、幼馴染の少女の姿を認めて頷いた。

 

「や、エーラ。かあさんが夕飯は頼んであるからって」

 

 浅黒い小麦色の肌に乳白色を帯びた金の短髪。

 

 新緑を思わせる緑色の瞳をクリクリさせた、尖り耳の可愛らしい少女。

 

 彼女はシルフィエーラ・ローリエ。森人族だ。

 

「わたしもいっしょ! 今日はおとうさんもおかあさんもおしごとなんだー。おねえちゃんも見習いのおしごとでいないの」

 

「ふぅん。でもはやくない?」

 

 周囲を見渡したアルが訊いた。夕暮れ時とは言え夕飯にはまだまだ早い時間帯だ。

 

「おてつだいしようと思って!」

 

「そんじゃぼくといっしょだね」

 

「ねー」

 

 ニコニコと元気いっぱいな幼馴染を見つつ、アルは隣家の戸をトントントンと叩き直した。

 

 すぐに戸が開く。

 

 出迎えるように戸を開けたのは、アルとよくつるむ幼馴染組で最後の一人。

 

 鬼人族のイスルギ・凛華(りんか)だ。

 

 ヴィオレッタとはまた違った艶のある黒髪を後ろに流し、鬼人らしく額には二本角がちょこんと伸びている。

 

 青い瞳は澄んでいて、シルフィエーラの天真爛漫な可愛らしさとは別種の可愛い少女だ。

 

 しかし、それは見た目だけ。傍目には薄幸の美少女でも幼馴染組4人の中では最も気が強い。

 

 今はどこか怒っているような表情をアルに向け、玄関前で仁王立ちしていた。

 

「凛華~、きーたよっ! あさぶり~」

 

 そんな表情を見ても一切気にも留めないシルフィエーラがぴょんぴょんと跳ねるように、

 

「おじゃましまーす」

 

 アルも森人の幼馴染に倣ったところで、

 

「ちょっとまちなさい」

 

 凛華がその腕をパシッと掴んで止めた。

 

 氷を思わせるキツめな青い瞳がアルを射抜いている。

 

(何か怒らせるようなことしたっけ?)

 

 身に覚えがない。

 

「えっ? いや、あの、夕飯のしたく手伝おうとおもって――」

 

「しってる。ちょっときて。エーラも」

 

 言い訳めいたことを言うアルを遮って、凛華はそのまま手を引いた。

 

「え~わたしもぉ?」

 

「そーよ」

 

 凛華がシルフィエーラへ視線をジロリとやる。

 

 青い視線は何かを訴えかけているように見えるが、

 

「あとで良くない? おなかすいてきちゃった」

 

 シルフィエーラはどこ吹く風で主張した。

 

「良くない。がまんなさい」

 

 凛華がにべもなく返す。

 

 なんとなく用件を察していそうなシルフィエーラとまったく検討もついていないアルは、イスルギ家の裏手に連行されていくのだった。

 

 

 

 ルミナス家とイスルギ家の隙間――かくれんぼのときによく使う場所に2人を着れて来た凛華が早速とばかりに口を開く。

 

「ヴィオ様に話はきいたわ。いつ気づいたの? てんせいしゃって」

 

「いつって、昨日だよ? 頭打ってすぐ」

 

 より詳細に言えば、魔力感知訓練のためにヴィオレッタが配置した風に無意識で同規模の風を発現させたらしく、ぽぉんっと弾かれて頭を強打した後である。

 

「そ。じゃあそれまでそんな記憶はぜんぜんなかったの?」

 

「そうだよ? なんで?」

 

 アルは首をコテンと傾げた。質問の意図が分からない。

 

「前にあんたが昼寝してたとき聞いたことない言葉を寝言でしゃべってたからよ」

 

「えっ? うそ?」

 

 凛華の返答はアルの思ってもみないものだった。前世の記憶を追体験したのは昨日のはず。

 

「わたしそれ知らないよ」

 

 そんなことあったっけ? と、シルフィエーラが首を傾げる。

 

「エーラはかべにはりついて寝てたわ」

 

「そんなことしてないもん」

 

「してたわ。で、どーなの?」

 

「うー……ん? いや、やっぱりちゃんと思い出したのは昨日だよ。ねごとは……よくわかんないや」

 

 考えた末に回答をほっぽり出すアルをじいっと観察していた凛華は、呑気な銀髪の幼馴染の表情から、それがきっと真実なのだろうと結論付け――……最も訊ねたかったことを問うことにした。

 

「そ。そっちはもういいわ。それで……アルはアルのまま、なのよね? あたしたちの知らないアルになったとかじゃあ、ないのよね?」

 

 凛華の問いかけに、シルフィエーラも表情を真剣なモノに変える。

 

 確認する機会を伺おうとあえて彼女なりに能天気にふるまっていたが、まだるっこしいことを嫌った凛華がアルへ直球で訊ねてくれた。

 

 どことも知らない異世界からやってきた別人ではなく、ヴィオレッタの言う通り、自分達と共に過ごしてきた幼馴染のアルクスのままなのか。

 

 彼女ら2人にとって重要なのはそこだ。

 

 青と緑の鮮やかな瞳が、紅い瞳を真ん丸にしているアルへと注がれる。

 

 固唾を呑んでこちらを見つめる幼馴染の少女らに、アルは凛華が怒っているように見えたワケを理解した。

 

 きっと2人は不安だったのだ。

 

 恐い、と言い換えても良いかもしれない。

 

 ある日知り合いの中身が変わったかもしれないと言われれば、誰だって恐れを抱いて当然だ。

 

 不安に揺れる青い瞳と、射貫くようにまっすぐな緑の瞳を真っ直ぐ見返し、アルは口を開いた。

 

「うん。いろいろ思い出したことはあるけど、ぼくはぼくのまま。二人の知ってるアルクス・シルト・ルミナスのままだよ」

 

「「ほ……っ」」

 

 堂々と答えるアルに凛華とシルフィエーラはどちらからともなく吐息を漏らし、安堵したような笑みを浮かべる。

 

「マルクもだけど、そんなに不安だったの? しんぱい性だなぁ」

 

 そんな2人へ、アルは他人事のようにそんなことをのたまった。

 

 すでに折り合いをつけているためか1人だけ呑気なものだ。

 

「こいつ……どうしてくれようかしら?」

 

「まーまー。ヴィオ様のいった通りでよかった~、でいいじゃん?」

 

 一転してイラッとする凛華を、シルフィエーラがほっとした笑みを浮かべたまま宥めすかす。

 

「お腹すいたし、はやく凛華の家いこ」

 

 終わったーとばかりにさっさとイスルギ家へ向かおうとするアルへ、たまらず凛華が噛みついた。

 

「まちなさいよこのもんだい児」

 

「だれがもんだい児!? いっつもつばき兄に噛みついてる凛華に言われたくないよ!」

 

「なんですって!?」

 

「ひとごとみたいな顔してるけどエーラもだからね」

 

「ええっ? なんで~? わたしは違うもん、凛華だけだもん」

 

「あんたたちいい度胸ね」

 

「おーい、三人ともごはんだよー。なにしてるんだい?」

 

 わーわー騒ぎ始めた三人に、前方から凛華の兄である紅椿が夕飯だと告げに来た。

 

 はじめのピリピリした凛華や不自然に明るかったシルフィエーラはすっかりいつもの調子だ。

 

 とりあえず一番仲の良い幼馴染たちは受け入れてくれた。

 

 アルはひそかに胸を撫で下ろすのであった。

 

 

 * * *

 

 

 イスルギ家で夕飯を食べた帰り、凛華の父である一本角の鬼人族イスルギ・八重蔵(やえぞう)は着流しのような服をだらしなく着て、酒瓶片手にアルを呼び止めた。

 

「アル。マモンのやつがもう言ったっつってたが、何かウダウダ悩みそうなことがあったらちゃんと言いに来んだぞ?」

 

 どう見たって無頼漢に絡まれる子どもの画だが、凛華に似たキツい目つきの中に優しさがあることをアルはよく知っている。

 

「やえぞうおじさん、どうしてみんなそんなにぼくのこと気にかけてくれるの?」

 

 昼からずっと抱いていたアルの疑問だ。

 

 師や母はまだわかる。が、他の大人達が()()()()()

 

「…………」

 

 八重蔵は一瞬閉口した。

 

 紅い瞳に浮かんでいるのは幼いなりに生まれた疑問なのだろう。

 

 銀髪の少年の眼に知性を感じ、八重蔵は答えてやることにした。

 

「お前の親父――ユリウスの遺言でな。トリシャと生まれてくる子供のことを頼むってな」

 

「死んだとうさんが? ねぇとうさんは……人間だったん、だよね?」

 

 母が龍人、父が人間。だから自分は半龍人。アルが知ってるのはそれだけ。

 

「おうよ。それがどうかしたか?」

 

「あの、どうしてとうさんは死んじゃったの? やえぞうおじさん、なにか知ってる?」

 

 アルはユリウスに、父に会ったことがない――どころか顔すら知らない。

 

 月に1度、母トリシャが父のものと思われるヒビの入った盾と折れた直剣の手入れをしていること以外は何も知らない。

 

 母が父を大切に想っているのは見ていればわかる。

 

 だからこそ、死因は聞けずじまいだった。

 

「知ってるとも。遺言を託されたのは俺だからな」

 

 八重蔵は苦しそうな表情を一瞬だけ浮かべて、ゆっくりと答える。

 

 割れた盾に折れた剣、それらから薄々感じていたことをアルは思い切って訊ねてみることにした。

 

「もしかして、とうさんは……殺された?」

 

「……ああ、そうだ」

 

「だれに?」

 

「知ってどうする?」

 

「おぼえとく。おぼえといて、あとは……わかんない」

 

「……そうかい」

 

「魔族の、里にいない種族?」

 

 母から父を奪ったのは。

 

 考えられそうな可能性を挙げたアルに、八重蔵は虚空を憎々しげに睨めつけながら唸るように溢《こぼ》す。

 

 

「お前の親父を、ユリウスを殺したのはあいつと同じ人間だ」

 

 

 もうすっかり日は暮れ、夏だと云うにも関わらず辺りは寒々しい闇に包まれていた。




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