日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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ここでは初投稿になります。読んで頂ければありがたい限りです。


また「小説家になろう。」と「カクヨム」にて同作を2~3日に1度連載投稿しております。


現在両サイトにて投稿されているものとこちらに投稿するものは少々文体が違う場合があります。


こちらへは定期的にある程度纏めて更新していく予定です。


20話 龍の逆鱗、絡み合う運命の糸 (虹耀暦1286年9月:アルクス14歳)

 先行して街を出た森人のケリアとプリムラは神殿騎士30名を引き連れ、ラービュラント最森林のほんの()()にいた。

 

 周囲には樹木たちが鬱蒼と生え、そこかしこに神殿騎士たちの死体が転がっている。

 

「これで全部かしら?」

 

 問うてくるプリムラにケリアは頷いた。

 

「そのようだ。精霊たちももう残りはいないと言ってる」

 

 誘い込んですぐのこと。手始めに最後尾を走っていた神殿騎士2名が垂れ下がっていたツタに首を絡めとられ、藻掻く間もなく顔を覆われ、最終的に窒息死した。声一つ上がらない。

 

 路面の悪さに悪戦苦闘していた他の騎士たちは気付くのが遅れ、気付いた時には抜け出せないところにまで入り込んでいた。

 

 ケリアとプリムラはその後も『精霊感応』を用いて少しずつ誘き出しては足を絡めとり、時には根で出来た落し穴に嵌め、首を吊っていく。

 

 静かに、そして素早く行われていく森の執行に騎士たちは恐れおののき炎術などを放つが、人の手が入っていない瑞々しい樹木がちっぽけな炎で炎上するようなことはない。

 

 プリムラが繊細な”魔法”で水気の多い植物を動かし、炎を受け止め、それを放った騎士へと一斉に枝やツタを襲い掛からせ、絞め殺しながら地面に引きずり込む。森が正しく牙を剥いたのだ。

 

 一人、また一人と仲間を失い最後は半狂乱になった騎士の一人にケリアが刃を突き込み、呆気ない幕切れとなった。多少の時間はかかれどもケリアとプリムラには掠り傷一つない。

 

 こうして聖国所属の総勢30名にも及ぶ精鋭部隊は深く暗い森に呑まれることとなった。

 

「急いで合流しないとね」

 

「ああ、戦況を確かめなければ」

 

 2人の森人は乗って来た馬にひらりと跨る。同胞であるシルフィエーラのいる一党と『黒鉄の旋風』が武芸都市ウィルデリッタルトへと移動しながら戦闘中のはずだ。

 

 急がなければならない。街道を走って余計な連中と出くわしても面倒だ。2人は樹木たちに道を空けてもらいながら馬を走らせる。

 

 森を祖とする代行者たちは一陣の風となって飛ぶように疾り抜けて行った。

 

 丁度、アルクスが準聖騎士ディーノの”見えない右手”―――『巨神の(かいな)』に殴り飛ばされ、河に叩き込まれた頃のことである。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 とてつもない衝撃と痛みが左半身を襲ったことは覚えている。ほわほわとした変な感覚で寝惚け眼を開いたアルクスは周囲を見渡した。

 

 ―――――ここは・・・ああ、そうか。内面世界だ。けどなんかおかしい。妙に視線が高い。

 

 そう思ったところでこの部屋の主である前世の自分、長月が見えないことに気付いた。

 

 ―――――あれ?どこいるんだろう?

 

 そう思ったところで目の焦点が合う。長月はアルクスの胸倉を掴み上げていた。

 

「兄弟!てめえ何寝こけてやがる!!」

 

「えっ・・・?」

 

 ―――――急に、何を?

 

 意識がぼやけているアルへ長月は怒り心頭で更に高く持ち上げる。

 

「お前どうしてここにいるのか覚えてねえのか!?寝惚けてねえでさっさと思い出せ!そんでさっさと戻れ!あの野郎はたぶん追っかけて行っちまったぞ!!」

 

 長月はバチンバチンとアルの頬を張った。アルは痛みに呻きながら急速に意識がハッキリしてくるのを感じ、

 

「いっ、痛っ、痛いっ!ま、待った思い出した!やばい!!」

 

 そして青褪める。今の状況を正しく思い出したのだ。

 

 あの聖騎士の左手に殴られ、その後右腕で殴られて吹き飛ばされた。アイツは間違いなく仲間の下へ向かったはずだ。

 

 ―――――こんなことしてる場合じゃない!

 

「やっと起きたか!ほれ、さっさと行ってこい!」

 

 長月は胸を撫で下ろしながらアルを天井へ叩きつけるように持ち上げる。

 

 いつもそこから意識が昇って行っているからやっているのだろうが、アルの頭にたん瘤が出来そうな勢いだ、精神体のような状態でたん瘤ができるかは不明だが。

 

「ああ!ちょ、痛っ、えーと、えーと痛っ・・・!よし、戻れる!じゃあまた!」

 

「おう!さっさと追いついて倒してこい!」

 

「うん、ありがとう!」

 

 長月の応援《エール》を受け取りながらアルはスルリと天井を抜けて行った。意識が急速に浮上していく。

 

 ―――――負けられない!

 

 アルは決意も新たに現実へと戻って行った。

 

 

 ☆★☆

 

 

 とうとう追いつかれた。幌のなくなった六頭立ての馬車に神殿騎士たちの増援部隊が追いついてきたのだ。

 

「そこっ!」

 

 追手を見ながらエーラが矢を2本速射する。街道の両端に刺さった矢同士が急速にツタと根を伸ばして絡み合い、ビインッと張った。ワイヤートラップのようなものだ。

 

 騎馬の脚に棘付きのツタが絡み、騎士が体勢を崩す。

 

「吹っ飛びなさい!」

 

「『雷閃花(らいせんか)』!」

 

 そこへ凛華の冰槍が突き刺さり数人を纏めて薙ぎ倒し、ラウラの杖剣を通した樹状の稲妻が青白いスパークを放ちながら騎士胸甲を焼き尽くした。

 

「キリがねえ!」

 

 向こうも余裕がないのか必死だ。『人狼化』しているマルクガルムは飛んできた魔術に雷撃を放ち、迫る矢を己の身体で受け止めていた。

 

 人狼の毛皮は魔力を通せば鋼鉄すら防ぐ。盾役として踏ん張っているが先の見えない防戦に精神の方が先に参りそうだった。

 

「ちっ、この野郎ッ!」

 

 馬車の横合いに追いついた騎士へ大刀を叩き込みながら『黒鉄の旋風』の頭目レーゲンが毒づく。

 

 ―――――このままじゃ保たない。

 

「邪魔よ!」

 

 同じく『黒鉄の旋風』の女性剣士ハンナが『風切刃(ふうせつじん)』を反対側の横合いへと放った。

 

 その隣にいた騎士が刃のような風を放つがハンナの代わりに前へ出たソーニャが盾でガインッと防ぎ、

 

「『火炎槍』ッ!」

 

 ラウラが容赦なくその顔面へ真っ赤な槍を飛ばす。騎士は甲冑兜を押さえながら落馬していった。

 

「助かったわ!」

 

「いえ!」

 

「防ぐのなら任せてくれ!」

 

 結局自分を狙って飛んでくる攻撃だけは大して強力じゃないと割り切ったラウラが他の仲間の盾役をソーニャに頼んだため、彼女はこうして補助役として立ち回っている。

 

 

 レーゲンはいい連携だと内心で褒めたがそれ以上に彼らが抱えている焦燥感に気づいていた。空いた穴がデカ過ぎるのだ。

 

 支柱(アルクス)がいなくなってしまったせいで彼らの拍子(リズム)があまりにも()()()()

 

 無意識に矢継ぎ早な攻撃を仕掛けるせいで彼らにしては精度が低い。現に追手の数がそこまで減っていなかった。

 

 これでは長く保たず、一気に瓦解する可能性すらある。

 

 そのとき上空の夜天翡翠が警告を発した。

 

「カアッ!」

 

「翡翠どうしたの!?」

 

 エーラが弾かれたように上を向けば三ツ足鴉は何かを警告するように再度鳴く。

 

「カァカアッ!」

 

「あいつはっ!」

 

 凛華は追手の後方に辿り着いた騎士を見て気付いた。首元が赤い派手な胸甲―――準聖騎士ディーノ・グレコだ。後ろには数名の騎士たちもいた。

 

「アルクスは!?」

 

「いねえ!」

 

 レーゲンが思わず発した問いにマルクが風を放ちながら返す。

 

 ―――――あの騎士が出て来たら状況がもっと悪くなる。

 

 アルはこちらに戻ってきておらず、あちらには聖騎士と思わしき男が戻った。

 

 趨勢が決してしまったような気分に思わずレーゲンとハンナは歯噛みする。御者とその護衛をしている双子も表情を引き攣らせる。

 

「まだだ!」

 

 マルクが咆哮任せの雷撃を放った。

 

「てめえら情けねえ顔してんじゃねえぞ!」

 

 それはレーゲンとハンナへと向けられた言葉だ。ハッとした『黒鉄の旋風』は他の面々を見遣る。

 

 凛華が冰槍を放ち、路面を凍結させている。これをやると魔力が一気に目減りしていくが、今はそんなことは言っていられない状況だ。

 

 エーラはとにかく矢数を増やした。矢筒に残っていた全てを放つつもりで速射する。

 

 敵からの攻撃が集中しているせいで本領が発揮できない。『燐晄』を使う暇すらないがそれでも数は打てる。普段は朗らかな表情をキリッとさせてとにかく矢を放っていた。

 

 ラウラは破壊力の高そうな『火炎槍』、『雷閃花』、『風切刃』をドカ撃ちし始める。ここが正念場だ。引き結んだ唇には決意が見て取れた。

 

 ソーニャは『障岩壁(しょうがんへき)』を街道に置きまくっている。魔力を全て使い果たすかもしれないが気にした様子はない。

 

「・・・くそったれ!やるぞ!」

 

 レーゲンは慌てて同じように魔術を撃ち始める。

 

「ええ!情けない先輩でごめんなさいね!」

 

 ハンナも続いた。一番得意な『風切刃』の連発。いくら三等級武芸者でもこの勢いで撃ち続ければ10分と保たない。それが言い訳にならないことは重々承知しているが、等級はつい最近上がったばかりだと言いたい気分だった。

 

 

 先に追わせた部下たちの下へ追いついたディーノは怒涛の勢いで繰り出される魔術や属性魔力の応酬に白けた表情を向ける。

 

 ―――――面倒だ。

 

 そう感じ、前方へ駆けながら指示を出した。

 

「連結霊装術式、用意ッ!!」

 

「お、お待ち下さい!あの中には目標が―――」

 

 泡を食った副官が馬を調整してこちらへとやってくる。

 

 ―――――相変わらず喧しい奴だ。

 

 ディーノは使えない副官を殴り飛ばしそうになる己を抑えて口を開いた。

 

「だからだろうが。そうなれば間違いなくあのお邪魔虫共が盾になってくれる」

 

「しかし!」

 

「やかましいぞ!治療の準備くらいしてるだろうが!多少の損傷くらいで喚くな!」

 

 怪我を負っていようと捕まえてしまえばこちらのもの。周り(護衛)は要らんと告げるディーノへ副官は肩を縮み上がらせて頷く。

 

「し、承知しました」

 

「俺の合図で放て、いいな?属性は炎だ」

 

「はっ!連結霊装術式、用意!属性、炎!」

 

 ようやく納得した副官がディーノの命令を復唱した。神殿騎士たちは戸惑うことなく霊装―――支給されている剣や弓を掲げる。

 

 霊装に散りばめるように配置されていた精霊の雫―――炎晶石が輝き、刻まれていた術式じみたナニカが浮き出してくる。

 

 この構築速度と魔晶石の融合こそが神殿騎士の強みだ。

 

 彼らの持つ霊装は前世で言えば小銃のような役割であり、この連結霊装術式というのは戦車砲による迫撃のようなものである。

 

 撃ち出す物が砲弾ではなく魔晶石を利用した属性魔力であるため、貫通力は戦車砲の方が上だが、被害規模はこちらの方が上だ。

 

「用意、完了致しました!」

 

「合図を待て!」

 

「はっ!」

 

 副官の言葉に頷いたディーノは先頭へと馬をやった。

 

 

 突如として出現した騎士たちの構える術式。怖気を感じた馬車の面々が焦りから声を上げる。何せ一瞬距離を離したとは言え、躱せるほどの距離はない。

 

「なんだあの術式!」

 

「わからねえ!帝国の軍事術式とは見た目が違え!」

 

 マルクの言葉にレーゲンが叫び返す。そのとき、豪奢な鎧をつけた騎士が先頭に躍り出てた。

 

「聖騎士!」

 

 ハンナの反応に右腕を見せつけながらディーノは彼らにとって衝撃的な言葉を叫ぶ。

 

「準聖騎士だ!貴様らの大将は俺の”右手”で殴り飛ばしてやった!今頃河底だろうぜ!」

 

「「「なっ――――!?」」」

 

「「てめえ!」」

 

「貴っ様あっ!」

 

 一瞬の空白。誰もが迎撃を忘れた。ディーノはその瞬間を見逃さない。

 

 一気に馬車の左側面へと駆け寄りながら、『巨神の腕』を豪快に振るう。

 

「しまっ―――!」

 

 バキバキイッという音をさせ馬車の左()()()が千切れ飛んだ。 

 

 車軸と車輪は金属製だが、聖霊装である『巨神の腕』には些末な障害。

 

「くっ、うあああっ――――!」

 

「うわああっ―――!」

 

「「「きゃあああっ!」」」

 

「ちっくしょおっ!」

 

 一つくらいなら車輪がなくとも走れるが、左側の全てがないとなるとどうしようもない。

 

 |均衡(バランス)を失った馬車はガガガガガッと凄まじい音を立てて滑っていく。

 

 横転しないだけマシだったが車内―――駕籠を襲った衝撃は並ではなかった。ガクガク、ガンガンと上下左右の至る所から衝撃に襲われるせいでマルクですら立てないほどだ。

 

「ぐ、うっ、くそっ!」

 

「構えええいっ!!」

 

 朦朧とするマルクの耳にディーノの声が届く。ハッとしてフラつきながら目を上げれば神殿騎士たちの構えた大きな一つの術式が見えた。

 

 ―――――マズい!

 

 立ち上がり、周囲を見れば車内から飛び出てしまった者はいなかったらしい。街道傍の河に落ちた者もいない。しかし安心している場合じゃない。

 

 エマは兄ヨハンを守って気絶していた。ラウラは頭を押さえながら立ち上がり、巨大な術式と騎士たちを目にして絶望する。あれが虚仮脅しなわけがない。

 

 ヨハンが妹を守るように盾を構えた。レーゲンとハンナもエマを守るつもりで並ぶ。

 

 平衡感覚を失いかけていたラウラの前にソーニャが歯を食い縛って立った。腰を落とし、盾を構えている。

 

 ラウラは杖剣を握り締め、ありったけの魔力を滾らせる。

 

「最期まで、一緒です」

 

「ああ」

 

「・・・ボクも、情けない真似したくないしね」

 

「ええ・・・そうね」

 

 頭から血を流しているエーラが風をゴオッと巻き起こし、ペッと血を吐き捨てた凛華が尾重剣に冰を纏わせ、砕けた駕籠の地面にそのまま突き立てた。全員がラウラを守るように立っている。

 

「踏ん張れよ」

 

 マルクは一番前で身体をグッと丸め、魔気を発動した。

 

 

 ディーノは彼らを見て愉悦の表情を浮かべる。

 

 ―――――ようやくだ。ようやくこの害虫共を踏み潰し、ゴミのような任務から解放される。嬉しい限りだ。

 

「放てええええええッ!!」

 

「「「「「「「「「『精霊の浄火』!!」」」」」」」」」」

 

 ディーノの号令の下、神殿騎士たちが連結霊装術式を解き放つ。

 

 全てを焼き尽くさんとする巨大な火箭が駕籠にいた9名へ迸った。

 

 

 ☆★☆

 

 

 武芸都市ウィルデリッタルトを出発したトビアス率いる領軍と武芸者5名は響いてくる戦闘音を聞いて、急いでいた。これが共和国令嬢の騒動にまつわるものである可能性は非常に高い。

 

「トビアス様!!」

 

 馬に乗っていた指揮官が叫ぶ。そちらを見たトビアスは目を見開いた。壊れた馬車とそこに向かって展開されている巨大な術式。

 

「あの大規模術式は、聖国の―――!」

 

 遠目に見えるほど巨大で独特な術式。帝国の軍事術式とは大きく異なっている。

 

 ―――――そしてあの胸甲、間違いない。

 

「まずい!急げ!!」

 

 トビアスは目を覆いたくなる現実から目を逸らさず馬を駆けさせた。

 

 領軍もそれに続く。しかし・・・・・。

 

 ―――――ダメだ、遠過ぎる!

 

 間に合ったとて40名を超える騎士たちが放つ術式など、防ぐにも相応の準備がいる。

 

「よせっ!やめろおおおっ!!」

 

 トビアスたちの数百m先で火箭が放たれた。

 

 

 ☆★☆

 

 

 神殿騎士を森の中から追っていたケリアとプリムラもその光景を目にしていた。

 

「あれは―――!?」

 

 ケリアは剣を構え街道に飛び出しながら急ぐ。河幅はそう狭くなかったため精霊に頼んで跳んでもらった。

 

「矢を!」

 

 プリムラが矢を構えるも一人二人倒したところであの巨大な魔術は止まりそうにない。

 

「レーゲン・・・!間に合ってくれ!!」

 

「お願い当たって!」

 

 馬を飛ばすケリアと矢を射掛けたプリムラの願い空しく火箭が放たれた。2人の目には炎が迫っていく様子がやけにゆっくりと見える。

 

 ―――――よせ!やめてくれ!

 

 森人の声にならない悲鳴へ応えてくれる騎士は一人もいなかった。

 

 

 ☆★☆

 

 

 ドゴオオォッーーーー!

 

 放たれた巨大な火箭がマルクたちに迫る。ディーノが哄笑を上げているのが見えた。

 

 人狼の闘気―――魔気で全身を覆いグッと構えたマルクや、同じく『戦化粧』を用いて尾重剣を構えた凛華は衝撃に備え、エーラも風を前面に展開し、ソーニャは己の不甲斐なさを恥じ入りながらも盾を構えて踏ん張っている。

 

 ラウラは自分たちを呑み込む炎を眺めていた。

 

 ―――――ここで終わりたくない。けど、打つ手がない。ごめんなさい、あなた方を巻き込んでしまって。

 

 そう心中で謝ることしかできない。

 

 

 しかし、幾ら待っても火箭がマルクたちに到達することはなかった。

 

 

 あまりに一瞬で焼き尽くされて知覚出来なかったというだけで、自分たちは既に死んでしまっているんじゃないだろうか?

 

 頭が変になったような気分で目を開いた凛華たちの目に飛び込んできたのは、青黒い髪のよく知る青年。

 

 巨大な火箭が全身を蒼炎で纏った青年に刺さっている。否、そうではない。青年が受け止めているのだ。

 

 そのせいで大半の勢いを落とされたのか火箭は動かない。

 

「だあっ!」

 

 呼気と共に青年が腕を振る。バウッという衝撃音と共に巨大な火箭は上空へと()()()()しまった。

 

 騎士たちが度肝を抜かれ、駕籠の中の面々が瞠目するなか、青年―――アルクスは振り返って口を開く。いつものように。

 

「遅くなってごめん。皆、無事か?」

 

「アル!遅いわよ、もう・・・!」

 

「良かったよぉ・・・」

 

「生きてたんならそう言えってんだ馬鹿野郎!」

 

 涙目の凛華とふにゃりと表情の崩れたエーラがアルに縋りついた。マルクが軽く怒声を浴びせる。

 

「連絡手段なんてなかったんだからしょうがないだろ。これでも急いだんだから」

 

「アル、さん・・・・本当に、良かった」

 

「アル殿、良かった・・・信じてたぞ」

 

「ただいま、だいぶ酷い状況らしいね」

 

「それよか、呑気してる場合かよ?」

 

 レーゲンの言葉にアルは問題ないと頷いた。

 

 普段通りのアルの表情に魔族組の拍子(リズム)が一気に変わる。

 

 焦燥感を帯びていたのが嘘のように、好戦的な雰囲気へと。

 

「貴様・・・!」

 

 哄笑を上げそこなったディーノが憎々し気な視線をアルに向ける。しかしアルの表情は涼しいものだった。

 

「殺し損なったな、馬鹿騎士」

 

 フッと挑発するアル。

 

「今度こそ殺してやるよ!」

 

 激情に駆られたディーノがいきり立つ。しかしアルの目は静かだ。

 

 それが一気に殺意を孕む。吹き散らされた魔力と殺気に神殿騎士たちが怯えを見せた。自分たちが何に手を出したのか、事ここに至って初めて気づく。

 

 

「・・・殺してやる?履き違えるなよ。それは、()()()台詞だ」

 

 

 その言葉と共にアルは左手を胸に当てた。凛華はその動作にウキウキとした表情で尾重剣を担ぎ、エーラは楽し気に笑う。マルクは人狼のままニイッと笑みを深くした。

 

 ―――――状況は大して変わってない。どうして笑えるんだろう?

 

 ラウラとソーニャの疑問はすぐに解けることになる。

 

 アルは後ろを見ながら()()に指示を出した。

 

「凛華、エーラ、マルク、本気で暴れるぞ。あの馬鹿騎士だけは俺が()る。ラウラはレーゲンさんたちの護衛と援護、ソーニャはラウラの護衛」

 

「「「応!」」」

 

「はっ、はい!」

 

「しょ、承知した!」

 

「俺らはそっちに参加しなくていいのか?」

 

 そう訊ねるレーゲンにアルは頷く。

 

「大丈夫です。エマさんの方、見ててあげてください」

 

「おう、了解だ」

 

 ―――――これは護衛依頼。指揮を執るのはアルクスだ。きっと何かあるんだろう。

 

 絶望的な状況なのにレーゲンはそんな予感でワクワクしていた。

 

 

 ―――カチカチカチッ―――。

 

 

 時計の針を回したような音が響く。

 

 ―――――何の音だろうか?

 

 すぐにラウラとソーニャは音の正体を理解した。

 

 アルだ。アルの姿が変わっていた。

 

 『八針封刻紋』を6段階目―――2時まで戻したことでアルの髪が白っぽい灰色に、瞳が緋色になっている。

 

「髪と、瞳が・・・?」

 

「アル殿・・・?」

 

 ラウラとソーニャは驚いてポカンとした。

 

「これでも元の色じゃないけどね」

 

 アルはそう言いながら龍眼を発動する。細くなった瞳孔にまたも彼女らは驚いた。

 

 彼女らの驚愕を置き去りにしたアルは()()()を引き抜き、ディーノへと向ける。凛華とマルクがその両隣につき、エーラが一歩下がった。

 

「ここで因縁を断ち斬るぞ!状況、開始!!」

 

 号令をかけると同時にアルはドンッと爆発的な勢いで飛び出す。

 

 マルクが咄嗟に追いつけないほどの速さで突喊したアルを見た凛華は、嬉しそうに『修羅桔梗(おにききょう)の相』を発動させ、尾重剣を担いで駆け出した。

 

 同じようにマルクも疾走する。

 

「げ、迎撃を!」

 

 ディーノの号令に神殿騎士たちがなんとか霊装を構えた。しかしアルたちの魔力に気圧されて動きが鈍い。そこへ、

 

 

「ぐぅぅぅぅっ・・・・ガ ア ア ア ア ア ア ア ア ア アッ!!!」

 

 

 アルが咆哮を叩きつけた。

 

「なんっ――!?」

 

「ぅぎいっ―――!?」

 

 アルを迎え討とうとした騎士の耳や目、鼻から血が噴き出す。アルの鍛えられた魔力が込められている遠吼え―――龍の咆哮は至近距離にいた者の耳を悉く潰し、後方にいた者ですら一瞬フラつかせた。

 

 そこに凛華とマルクが殺到する。

 

「やるわね!!『流幻冰鬼刃(りゅうげんひょうきじん)』ッ!!」

 

 喜色満面の凛華が鬼気を冰へ変換させた尾重剣で容赦なく馬ごと凍らせ、砕き裂いていく。鬼歯を剥き出しにした美少女が華麗に敵を屠っていく姿は鬼神を連想させた。

 

「俺もやれそうだなさっきの―――おっと、『雷光裂爪』ッ!」

 

 戦闘狂い(バカ)2人の後を追いながらマルクが飛び出す。魔気を雷へ変換させた凶爪は騎士の胸甲を呆気なく貫き、首を灼き落とし、霊装ごと熔かし裂いた。

 

「なんなんだあいつらは!?」

 

「くそっ、目標だけでも!」

 

 そんなことを言った騎士に光の矢が突き刺さる。というより頭部を消し飛ばした。

 

「やらせるわけないじゃん」

 

 エーラだ。大暴れしているアルたちの後方から『燐晄一矢(りんこういっし)』を放ちまくっている。

 

 強弓型で放たれた矢はマグナム弾の如く、騎士の身体を抉るように消し飛ばしていた。

 

「あ、あいつを止めろ!」

 

 アルたちに敵わないと見たのか騎士3名がエーラへ向かう。しかし地に着いた森人がそんな自棄な攻勢に押されるわけもない。

 

 『錬想顕現』で象らせた拳で寄ってきた騎士を殴り飛ばし、ポオンッと上空へ弾いてもらいながら華麗な宙返り(バックフリップ)を決めて

 

「『燐晄一矢・三連』」

 

 矢を放つ。霊気が光へ変換され、キィンッという音がしたかと思えば、騎士たちの頭を甲冑兜ごと真上から灼き貫いていた。ほとんど跡形も残っていない。

 

 50名はいたはずの神殿騎士が急激な勢いで減っていく。

 

 その光景にレーゲンとハンナは思わず見入ってしまっていた。

 

 ―――――なんだ、これは?

 

「凄いですね」

 

 ラウラは半ば呆けている。さっきから敵が全然こちらへ来ない。魔術を放とうにも彼らが速過ぎて余計なことをしそうだ。

 

「うむ。以前助けてくれた時は実力を隠していたのだな」

 

 ソーニャも同じく頷いた。知らない技ばかりだ。あのときは自分たちへも警戒していたのだろう。

 

 ヨハンなど口をぽっかりと開けている。そこへガサリと音がして剣を向ければ森人のケリアとプリムラだった。どうやらあの場から回り込んできたらしい。

 

「邪魔になりそうで」

 

 苦笑いを浮かべるプリムラはどこか悔しそうだ。

 

「エーラのあれはなんなのだ?魔術か?」

 

 ケリアの言葉にラウラとソーニャは肩を竦めるしかない。知らないのだ。

 

「『錬想顕現』まで。私があの頃にはまだ使えてなかったわよ」

 

「ああ。私もだ。それにしても―――」

 

「強過ぎよ」

 

 プリムラが恋人の言葉を引き取る。

 

 戦場全体をとんでもない速度で駆け巡って牙と爪を振るう人狼(マルク)に、舞うたびに血飛沫を量産する美鬼(凛華)、あらゆる角度から対象を灼き貫く光の矢を放ちまくる同胞(エーラ)

 

 3人とも単騎で充分なほど強い。

 

 しかし極めつけはアルだった。

 

 猛烈な勢いで敵へ肉薄し、鬼火を纏った刀を振るって首を刈り、鎧を引き裂くように暴れて回る。

 

 あとに残っているのは蒼炎に吞まれた哀れな死体だけ。

 

 何より、アルが暴れれば暴れるほど他の3人の士気が上がっていく。

 

 ―――龍の逆鱗に触れたのだから―――。

 

 支部長の言葉がレーゲンたちの脳裏を掠める。それが間違いではなかったことを確信しながら、魔族組の本領を眺めることとなった。

 

 そんな彼らの下へディーノがこっそりと近付く。あの虐殺から何とか抜け出してここまで辿り着いていたのだ。

 

 ―――――結局あいつらは小娘を捕らえれば何も出来やしない。神殿騎士の連中(部下)には悪いが囮になってもらおう。

 

 暗い嗤いを浮かべ射程に入るや否や聖霊装を発動させた。しかし――――。

 

「見逃すわけないだろ」

 

 『巨神の腕』で生み出された”見えない右手”はアルの『蒼炎気刃』を発動させた龍牙刀に斬り落とされた。

 

「ぐっ、この害虫があっ!」

 

 再度ブンと振り回された”右手”をアルは斬り裂く。ディーノは慌てて『月朧の手』で生み出された不可視の”左手”を突き出した。

 

「無駄だよ」

 

 アルは一閃。”左手”すら斬り裂いた。龍眼は魔力を可視化する。自然界の魔素やただの魔力ならともかく、これだけしっかり象られれば唯の伸びる腕でしかない。

 

「く、クソ餓鬼があああぁっ!!」

 

 逆上したディーノは属性魔力―――炎、風、雷を放つ。

 

 こんなところで躓いてたまるか。

 

 こんなところで自分の経歴(キャリア)が終わるなど有り得ない。

 

 こんな害虫に邪魔されるなど許されていいわけがない!

 

 その思いを乗せた魔力弾はアルからすれば温いの一言に尽きた。避けもせず、全てを斬って捨てる。

 

「諦めろ」

 

 無情な一言を放ち、そのまま魔力弾の中を駆け抜けた。

 

 ―――――終わらせる。

 

 ギョッとしたディーノは脂汗を浮かせながら『巨神の腕』を起動する。がアルは読んでいた。

 

 龍牙刀を上段に担ぎ、体勢を低くして躱す。薙ぎ払われた”右手”と龍牙刀が火花を散らした。アルは勢いを全く落とさずに間合いを詰め、龍鱗刀を振り下ろす。

 

 ―――六道穿光流・火の型『焔燐裂破』。一太刀に込めて叩き斬る唐竹割。

 

 ディーノは野性的本能で避けようとしたが、それでも間に合わず、右肘から先を寸断された。

 

「ギャアアアアっ!?このッ!クソがっ!死ねッ!死ねええっ!」

 

 痛みと屈辱で半狂乱になったディーノは左の小手にもう一つ仕込まれていた薄刃の短剣(ナイフ)を射出させて振り回す。

 

 『焔燐裂破』は次の一撃をまるで考えていない剣技。隙を晒していたアルの頬へシュッと短剣が掠った。途端にアルの視界が右半分が暗く落ちる。

 

 この短剣も聖霊装だ。効果も斬った周囲を麻痺させるだけと大したことはない。しかしディーノが持っている最後の切り札として活躍したことは多い。今もそうだ。

 

 ディーノは狂喜して、憎き害虫へと叫びながらナイフを叩きつけんと振り上げる。

 

 ―――――至近距離、こっちの方が速い!

 

「カカカッ!馬鹿がぁ!死ねえっ!」

 

 しかしアルは龍牙刀を左手に持たせ、後ろ腰に差していた大振りの短剣を右の逆手で引き抜き、逆にディーノの懐へ飛び込みながら喉元へ突き入れた。

 

「コッ、カハッ・・・!」

 

「こっちの失明には慣れてる」

 

 ディーノはアルの眼光と短剣を突き入れられた光景に過去の記憶を刺激される。左眼を奪ったあの時の剣。

 

「ぞッ、ぞのげッ―――ンぎッ!?」

 

 ディーノが何かを言い終わる前に、アルは短剣を奥までガッと突き込んで引き抜いた。

 

 準聖騎士の首からブシュウと血が一瞬噴き出て、ドクドクと流れ出す。

 

 その光景を見ていたレーゲンが

 

「なんとかだな」

 

 と呟いた。ディーノが接近していたことにアルのおかげで気付き、しっかりと距離を取っていた。

 

 アルが凛華たちの方へ視線をやれば、残りの一人を片付けるところだった。

 

 ―――――やっと終わった。

 

 トドメを刺されようとしていたのは、アルたちに知る由もないがディーノに疎まれていた副官である。

 

「ヒイイッ!」

 

 凛華が尾重剣を振り下ろそうとした、そのときだ。

 

 

「待ってくれ!!」

 

 

 声が響いた。

 

 ―――――誰だ?

 

 アルは龍牙刀を右手に構えさせ、短剣(ダガー)を左手で逆手に持つ。

 

 凛華がピクリと止まり、マルクは代わりに副官の首元を掴んで引き摺っていく。当然アルの下にだ。

 

 ラウラとソーニャもアルの後ろへと移動した。待てと言った男の後ろには兵士らしい連中がいる。騎士たちより多い。

 

「増援か」

 

 鋭く見つめるアルに若々しい中年の男性―――トビアスが首を振って告げる。

 

「いいや、僕は武芸都市ウィルデリッタルトの領主だよ。共和国のご令嬢二名の救出任務で来た。その神殿騎士は帝国への不法侵入と許可のない軍事行動、その二点で拘束させてもらいたい」

 

 ラウラは不安そうにアルの裾を掴んだ。アルはレーゲンへと視線を向ける。

 

 ―――――こいつは本物か?

 

 視線を向けられたレーゲンは頷いた。

 

「ああ、トビアス様だ。本物だよ」

 

「どうして出てくる?他国の人間だろう?」

 

 本物だとわかっても尚、アルの視線は厳しい。

 

「共和国の交易都市、ノーマン殿といえば我ら帝国と志を共にする方だ。その娘である二人を助けようとするのが不自然かな?」

 

 あくまでにこやかにトビアスは告げる。

 

 ―――――食えないヤツだ。

 

 アルは疑問をぶつけることにした。

 

「神輿にでもしようって腹じゃないのか?」

 

「それは絶対にないよ。彼女らを担ぎ上げる理由がない。帝国で魔族を拒否する者はいないからね」

 

 落ち着いて欲しいという仕草をするトビアスに、

 

「国内とは言ってない」

 

 アルは引かない。トビアスはアルの頭の回転にやや舌を巻きながらも、やはり否定する。

 

「共和国で何かさせようって気もないよ。保護するだけだ」

 

「それであんたらの利益はどこにある?」

 

 まどろっこしくなったアルがそう問うた。結局はそこだ。ぶわりとアルの魔力が広がる。

 

 先程の戦闘ではそこまで使っていない。

 

 ―――――コイツを灼いて、後ろの馬車でも奪って逃げるか?

 

 トビアスは尋常ならざる魔力と殺気を感じて瞠目する。

 

 実はだいぶ前からいたのだが、戦闘に入る余地がないため待機していた。

 

 彼らも気が立っているだろうと思って落ち着かせようとしたのだが、これでは完全に裏目だ。

 

「ノーマン殿とは父が知り合いなんだ。娘たちを保護したと報告できれば安心させられるだろう?」

 

 そう言ってみるがアルの殺気は緩まないどころかだんだんと強まってきている。

 

 ―――――彼、僕を殺すところまで想定に入れてるね。

 

 トビアスは心中で溢した。魔族基準で測ればトビアスはそこまで強くない。それはトビアスにも理解できている。戦えば負けるのは必至だ。

 

「理由として弱い。知り合い云々もどうとでも言える。守った仲間が下らないことに巻き込まれるようなら俺はここで暴れても構わない」

 

 その言葉でアルの隣に来たマルクや凛華が再度”魔法”を発動させた。魔力の嵐が吹き付けてくる。

 

 トビアスはさすがに汗を垂らし、

 

「本当なんだ。君たちがラウラ嬢とソーニャ嬢から離れるような措置は取らないから、信じてほしい」

 

 と言う。領軍の兵士たちは失礼な魔族の青年たちに憤りすら感じていたが、魔力の暴風を叩きつけられて黙った。格が違い過ぎる。

 

「信用はしない。が、剣は納める」

 

 アルは不承不承といった様子で血を振り、龍牙刀を納めた。他の仲間たちもそれぞれ戦闘状態を解除する。

 

 大振りの短剣も血を振るって納めている途中でトビアスが声を掛け、

 

「ふう、助かるよ。それにしても君らは―――――」

 

 途中で止まった。

 

 なんだ?と視線を上げればトビアスの目がアルの腰の短剣に向いている。

 

「何か?」

 

 半分敵意すら混じっているアルの声に今度はトビアスが鋭い声を上げた。

 

「君、その剣はどうした?」

 

「質問の意味が分からない」

 

 アルはまた龍牙刀へ手を掛ける。

 

 ―――――なんなんだコイツは?もう斬るか?

 

 龍人の血を封印していないせいでやや物騒な思考になっているアルに、尚もトビアスは詰問した。

 

「その剣だ。どこで手に入れた?」

 

「父の形見を磨り上げてもらった。父がどこで手に入れたかは知らん。寄るな、斬るぞ」

 

 アルは答えつつ、神経が過敏になっているのを自覚する。最後の一言は凛華とエーラをギョッとさせた。

 

 アルならまず言わないことだ。これは良くない。

 

「父・・・だって?君の父の名は?」

 

「ユリウス・シルト」

 

 トビアスは愕然とする。

 

 ―――――それは、()()()だ。

 

「・・・・そんな、じゃあ君は―――って待ってくれ!形見と言ったのか?君の父上は―――」

 

「俺が生まれる前に死んだ、聖騎士と神殿騎士を道連れに。もういいか?」

 

 なんでコイツにそんなこと言う必要があるんだとでも言いたげにアルは答える。

 

「アル、戻した方がいいわよ」

 

「うん、ちょっと言葉が荒れてる」

 

 何となく事情を察し、見かねた凛華とエーラがアルを押さえにかかった。

 

 アルも自覚はあったが、不安要素が強いせいで閉じられないのだ。しばし考える。

 

 ―――――目の前の男は狼狽しているだけで害意を見せてこない。大丈夫なはずだ。

 

 己にそう言い聞かせて『八針封刻紋』を閉じた。

 

 ラウラとソーニャからすれば見慣れた青黒い髪と赤褐色の瞳、龍眼も人間と同じものに戻る。

 

 トビアスはそのアルの姿―――というかその眼に驚愕を禁じ得なかった。顔立ちは少しだけだが、その目が兄とそっくりだったからだ。

 

 トビアスは何度か深呼吸を繰り返す。アルは奇妙なものを見るような視線を向けていた。

 

 やがて武芸都市領主は緊張気味に口を開く。

 

「ラウラ嬢とソーニャ嬢共々、武芸都市は君らを歓迎しよう。それと君たち六名は領主館へ滞在すると良い」

 

「領主館?監視でも―――」

 

 やはり怪しい奴だったかと警戒心を露わにするアルの言葉を遮ってトビアスが告げた。

 

「君は、僕の甥だ。話を聞きたいんだ、兄上のことで」

 

「は・・・・・?」

 

 ―――――甥?兄上?

 

 トビアスの言葉はさしものアルでも頭を真っ白にするほどの衝撃を与えた。

 

 

 呆けるアルの隣で妙なことになったなぁと思う魔族組と、とりあえず大丈夫なのかしら?という表情を浮かべるラウラとソーニャ。

 

 しかし最も衝撃を受けていたのはレーゲンたち『黒鉄の旋風』であった。




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