日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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ここでは初投稿になります。読んで頂ければありがたい限りです。


また「小説家になろう。」と「カクヨム」にて同作を2~3日に1度連載投稿しております。


現在両サイトにて投稿されているものとこちらに投稿するものは少々文体が違う場合があります。


こちらへは定期的にある程度纏めて更新していく予定です。


21話 トビアス・シルトとアルクス (虹耀暦1286年9月:アルクス14歳)

 アルクスたち6人は結局、領軍の率いてきた護送車に乗せてもらう運びとなった。

 

 護送車と言っても囚人護送車ではない。武芸都市ウィルデリッタルトの現領主トビアス・シルトがラウラ・シェーンベルグとソーニャ・アインホルンの保護と護衛の為に用意していたものだ。

 

 鋼鉄製の飾り気のない籠で、無駄な意匠を凝らしていない堅実な造りをしている。堅牢性と防錆性を主に高めているそうだ。

 

 

 領軍は非常にゆったりとしたペースで街道を北上している。と、いうのも現在の天気は雨。

 

 アルがトビアスの申し出をとりあえず受け入れてすぐにザーザーと降り出した。

 

 神殿騎士たちの連結霊装術式で撃ち出された火箭を上空へ弾いてしまったせいで、唯でさえ分厚い雲に覆われていた空は堪えきれなくなったように雨を溢し始めたのだ。

 

 それゆえ濡れた街道を急がせても良いことはないと、低速で都市へとんぼ返りしている最中である。

 

 護送車の中には現在6名がいた。アルを除いた5名とトビアス・シルトその人だ。

 

 トビアスはおもむろに口を開いた。

 

「嫌われちゃってる、のかな?」

 

「『信用はしない』、あいつはそう言った。俺らもそこは履き違えてねえ」

 

 斜め前にいるマルクガルム・イェーガーだと名乗った青年の返答にトビアスは肩を落とす。

 

 最後の最後までアルはこの護送車に乗り込むことを渋った。この護送車内はコの字を描くように座席がついている。

 

 奥に護衛をつけず非武装のトビアスが座り、そこから最も離れた席にラウラとソーニャを配置させなければ乗らない、とアルは言い切った。

 

 手負いの獣染みたアルの態度にトビアスは面食らったものだ。

 

 ―――――()()だと名乗ってもここまで信用されないとは。

 

「アルさん、大丈夫でしょうか?その、」

 

 ラウラの不安げな言葉にマルクは難しい表情を浮かべる。

 

「・・・しょうがねえんじゃねえか?『黒鉄の旋風』には森人がいた。ヴァルトシュタットにも鉱人がいた。ここには人間しかいねえ。ピリつくのもわかる」

 

 マルクの言葉は半分ほど的を射ていた。尚その『黒鉄の旋風』の6名は現在領軍と共に来ていた武芸者に知り合いがいたらしく、彼らの馬車に乗っている。

 

 1名だけ生き残った―――というか生き残らされた神殿騎士は簀巻きにされて厳重な監視の下貨物車で移送中だ。

 

「彼―――アルと呼んでいる青年はいつもこうなのかい?」

 

 アルはいまだに名乗っていない。

 

「いえ、むしろ一番落ち着いているのがアル殿です」

 

 ソーニャの回答に一党の面々も頷いた。

 

 ―――――ということはやはり警戒されているのか。

 

 トビアスはそこそこの精神的損傷(ダメージ)を隠せない。

 

「あいつの決定が俺らの行動方針を決める。だから慎重にならざるを得ない。あんたじゃなくても同じ態度だった、はずだ」

 

 そんな彼にマルクは慰めるように言った。信用はしないが邪険にするつもりはない、少なくとも自分は。

 

 マルクの真意に感謝しつつトビアスは少しだけ持ち直す。

 

「そう言って貰えると助かるよ」

 

 そんな会話を戻すようにシルフィエーラが難しい顔で口を開いた。

 

「でも今のアル、ちょっとおかしいよ」

 

 凛華もそう思っていたのか、首肯する。

 

「そうね、アルにしてはピリピリし過ぎてるわ。殺気が消せてないもの」

 

「やっぱり六針解除しちゃったからかな?」

 

「それかも、いつも五針だったものね」

 

 感じていた違和感の正体に気付いたエーラがそう言うと凛華も「あっ」という顔をした。

 

「あのう、その『針』って何でしょうか?アルさんの髪と瞳の色が変わったことと関係あるのはわかるんですけど」

 

 ラウラはアルを昔から知る2人の会話に「ここ!」と混ざる。視覚的にも状況的にもかなりの衝撃(インパクト)だったのでずっと気になっていたのだ。

 

「うん?あ、そういえばあんたたちの前では一回も解いたことなかったわね」

 

 凛華がそう言うと首をコクコクと縦に振るラウラ。

 

「元々アルは銀髪で、目はきれーな紅なんだよ」

 

 とエーラが教えるが、それが説明になっていないことは当人たちも理解している。すぐに凛華が続きを話し出した。

 

「龍血を封じてるのよ、おばさま―――あいつのお母さんの種族の血を段階的にね。さっきはそれを解いてたから元の色に戻りかけてたの」

 

「えっ、龍人族の血を封じてるってなんでそんな―――」

 

 ―――――お母様と仲が悪いのだろうか?

 

 ラウラはソーニャと目を見合わせる。そんな2人の考えをエーラは首を横に振って否定した。

 

「昔、暴走しちゃったからだよ。二年前くらいかな?刃鱗土竜とやり合った時に本能のままに大暴れしちゃったからって自分で封じたの」

 

「じっ――――」

 

 トビアスは驚愕の声を上げかけ、抑える。刃鱗土竜とは高位魔獣と呼ばれる強力な魔獣だ。

 

 ―――――そんなのと2年前に?

 

「アル殿自身でか?」

 

 ソーニャはうん?と考え込む。

 

 ―――――普通なら誰かに封印を施してもらうとかじゃなかろうか?

 

「アルが創ったのよ」

 

「あぁ、なるほど。流石だな」

 

 凛華の端的な答えで納得した。彼には『魔眼』がある。その難易度を知らない為かソーニャはすんなりと納得した。

 

 ラウラはさすがに理解しているのか目をまん丸にして驚く。トビアスも同様だ。

 

 ―――――あの戦闘で実力の高さは理解していたが魔術まで熟すとは。

 

「お母様と仲が悪いわけではないんですよね?」

 

「うん、仲はむしろ良いよ。ただ一度暴走したら、しやすくなっちゃって。それで稽古もできなくなっちゃったんだ。それでアルが怒って封印したの」

 

 エーラはあっけらかんと言った。

 

人狼()鬼人(凛華)と同じで龍人族は魔族の中でも戦闘民族に分類されるんだよ。その強すぎる闘争本能に人間の血じゃ耐えられなかった、らしい。だから今のアルは人間と変わらねえんだ」

 

 マルクの補足説明は人間組の3名を瞠目させる。

 

 トビアスはその彼が戦闘民族である純魔族たちを率いていることに、ラウラとソーニャは黒髪のアルが自分たちとほぼ変わらない存在であることに。

 

「・・・ほぼ人間でもあれだけ戦えるんですね。そう言えばあの大規模な術式も黒髪のまま弾いちゃってましたし」

 

 だからこそラウラは希望を持った。龍人の血があるから半魔族でも強いのかと思っていたが正確には違うらしい。

 

「アルに生半可な炎は効かないわよ、闘気も出てたし。一時期は龍焔まで使ってたんだから。あーあ、せっかく紅っぽい目に戻ってたのに」

 

 凛華はつまんないとでも言いたげだ。

 

「ねー。やっぱりアルは紅いのが似合うよねえ」

 

 エーラも不満顔である。ラウラは見てみたいなぁと夢想する。

 

 少ししか見れなかったが灰髪緋目でも似合っていた。

 

「でも結局、六針解除したのはなんでだろ?」

 

 エーラの疑問には凛華も首を傾げる。

 

「そうよねぇ。あの準聖騎士とかいう奴、龍眼が使えるアルには大して脅威でもないのに」

 

 5針解除すれば、つまり3時まで戻せば充分倒せたはずなのだ。

 

 そんな2人をマルクは呆れたように見る。

 

「はぁ?お前ら、わからないのかよ?」

 

「え?知ってるの?」

 

「あんたなんで知ってるのよ?」

 

「いやそりゃ――――」

 

 マルクがそう言い掛けた時、アルが護送車の後方にのみ設置されている扉を開いて戻って来た。

 

 雨でびしょ濡れだが赤褐色の瞳には妙に強過ぎる光が宿っている。

 

「アルどこ行ってたの?びしょ濡れじゃない」

 

「ん、『黒鉄の旋風』に食糧の余りを貰いに」

 

 そう言ったアルの懐には食糧らしきものが葉に包まれていた。森人のケリアやプリムラに貰って来たらしい。

 

「僕の渡したものは―――」

 

「頂いておきます」

 

 素っ気ないアルの言葉にトビアスはやはりショックを受ける。渡した物資さえ使う気にならないらしい。処分したと言わないだけまだマシだが。実際背嚢にはその物資分の膨らみが見える。

 

「清潔な布も貰ってきた。エーラ」

 

「なあに?へっ!?」

 

 アルはサッとエーラの前に片膝をついて側頭部から出ていた血を拭いながら『治癒術』を発動させた。

 

 魔力を同調させる必要がある術だがアルや繊細なエーラにはそこまで難しくない。

 

「ちょ、ちょっとアル。自分で掛けられるよ」

 

「頭は難しいだろ。じっとしてて」

 

 恥ずかしがるエーラに有無を言わせず、アルはエーラの頭に手を当てて『治癒術』を施す。

 

「後で少しでもおかしかったら言うんだよ。頭は繊細だから」

 

「う、うん・・・」

 

 珍しく言葉も少なで顔の赤いエーラ。次いでアルは隣の凛華へと顔を向けた。

 

「あたしはそんなに怪我してないわ」

 

 胸を張る凛華を無視して、アルはその頬をむぎゅっと優しく挟む。そのまま『治癒術』をかけ始めた。

 

「顔、少し傷ついてるだろ。口も切ってたはず。動かない」

 

 こうでもしなければ嫌がって治療を受けない可能性がある。凛華はみるみる内に顔を真っ赤にさせた。

 

「他は?どっか打ったりしたとこは?」

 

 アルは至って真剣な顔で問う。

 

「~~っ!?大丈夫!もう大丈夫だから!」

 

 頬を挟まれたままブンブン首を振る凛華だがアルはジトッとした視線を向けた。

 

「手は?あ、やっぱり。ていうかエーラもだよ。手は?」

 

 気付かなかったと凛華の手を清潔な布で拭いながら治癒し、エーラの手も弽を外してやりながら治す。

 

 エーラはもう耳を真っ赤にして俯いてしまっていた。

 

「て、てかあんたの頬っぺた!そっちもでしょ!?」

 

 頬を赤らめた凛華にそう言われ、アルは己の頬を軽く触る。掠ってすぐに視界を潰されたが、あれからすぐに視力が回復してしまったため気にも留めてなかった。

 

 そんなのあったなと適当な返答を返す。

 

「あぁ、唾つけときゃ治るよ。それよか貰ってきた食糧、食べとこう」

 

 相変わらず自分には雑だ。『治癒術』を使う様子もなく、一党の面々に貰ってきた食糧を配っていく。

 

 マルクはまだちょっと照れの残っている凛華とエーラにわかったか?という目を向けた。「何?文句あるの?」という視線を返す2人。

 

 変なとこで鈍いんだよなとマルクはため息をついて端的に教えてやった。

 

「怒ってたんだよ」

 

「「っあ!」」

 

 その言葉で気になっていた理由の答えを察した鬼娘と耳長娘は黙り込む。が、フニャフニャとにやけた口元は隠せていない。

 

「何が?」

 

「何でもねえよ」

 

 脈絡のないマルクの言葉にアルはキョトンとした顔を向ける。マルクは大したことはないというように手を振った。

 

「そう?ラウラとソーニャは?怪我とか」

 

 じゃあいいかとアルは後方の2人へ声を掛ける。

 

「な、ないです!・・・守ってくれましたから」

 

 ラウラは凛華とエーラの治療を見ていた為か赤面していたが、最後の方ははにかんで答えた。これでも良いとこの令嬢である。アルの行動に乙女心が疼いていた。

 

「こちらもない。アル殿も食べた方が良いぞ」

 

 ソーニャはアルの表情が張り詰められている方に意識が向いているのか食事を摂るべきだと進言する。

 

「そっか。うん、そうしようかな」

 

 アルはそう言ってマルクの隣へ座り、片手でパクつき出した。黒蒸麦餅(黒パン)で薫製肉を挟んだ携帯食糧(サンドイッチ)だ。

 

 しかし言葉の柔らかさとは裏腹にもう片方の手は常に武器に掛けられるようにしている。龍鱗布も濡れている筈なのに妙に揺らめいていた。

 

 トビアスはアルの対応に徹底的な警戒を見て取る。ついでに彼と周囲の関係性もある程度把握した。

 

 ―――――少なくともあの鬼人族と森人族の少女たちは鬼門だ。彼女らに何かあれば彼は迷うことなく()()()()()だろう。

 

 トビアスは慎重に口を開く。何せ初動を間違えている、甥に余計な神経を使わせたくもなかった。

 

「挨拶がまだだったね。僕はトビアス。トビアス・シルトだ。君の叔父に当たる、と思う・・・十中八九」

 

「アルクス・シルト・ルミナスです」

 

 アルの挨拶は端的。それ以上言う気もない。そんな心の声すら聞こえてきそうだ。

 

「そうか。ルミナスというのは―――」

 

「母の姓です」

 

「そうなんだね。君の母上というのは―――すまない、聞こえてしまった。龍人族なんだね?」

 

「そうです」

 

 やはりアルは警戒している。急に叔父だと名乗ればそうもなろうが、もう少し会話をして欲しいところだ。

 

「つまり君は半魔族、なんだね?」

 

「半龍人です」

 

「そうか。兄上も凄いものだ。いまだ魔族と結婚した者は帝国にもいない」

 

 しみじみとした様子のトビアスにアルは疑問をぶつけることにした。

 

「どうして父が貴方の兄だとわかったんです?短剣を見てましたが」

 

「ああ、それは、あー・・・・見せてもらってもいいかい?」

 

 ―――――現物を見せて説明するしかないが、触らせてくれるかどうか。

 

 トビアスは思い切って訊ねた。

 

「・・・どうぞ」

 

 しばし逡巡したのちアルは大振りの短剣(ダガー)となった元長剣を見せる。が、鞘と鍔をまとめてがっしりと掴んだままだ。抜かせる気はサラサラないらしい。

 

 おまけに左手で刃尾刀の鯉口を切っていた。凛華はギョッとして立ち上がりアルの方へ寄った。

 

「アル、流石に失礼よ。あたしたちがいるから大丈夫。ていうか髪濡れっぱなしじゃないの。拭きなさい」

 

「髪は後でいい」

 

 にべもなく返すアルの視線は短剣に注がれている。そんな風に言いつつも一応凛華の言を聞いたのか刃尾刀をスッと完全に納めた。

 

 トビアスは抜刀寸前状態だったと知り、冷や汗を流しつつもあえて無視して説明する。

 

「ここだよ。武芸者になると言った兄に父が贈ったんだ。うちの紋章が彫られてる。盾の上の方にも同じのがあった筈だよ。家を背負うわけじゃないから大きく彫り込めなかったんだけど、剣には出来るからね」

 

 そう言ってトビアスは太めに作られている柄頭の部分を指す。

 

 そこには多少黒ずみの残る紋章と言われればそうとも見えるようなものが彫りこまれていた。トビアスが身に着けている軍服の袖元についているものと似ている。

 

「盾は割れてるからわかりません・・・ん?贈られた?帝国は次男が跡継ぎなんですか?」

 

 アルは紋章を確認するとすぐに短剣を引っ込めながら問うた。

 

 父が武芸者だったことしか知らなかったが貴族だったとしたらそうなった経緯がわからない。

 

「ああ、いや、違うんだ。うちだけだね。ウィルデリッタルトは武芸者発祥の地って言うのは知ってる?――――そうか。うちは武芸者って呼ばれた亡国の騎士が家格を貰った形で貴族入りしたんだ。

 

 そのせいなのか、困ったことに、うちの家では数代に一人は必ず武芸者に成りたがって家を飛び出す者が現れるんだよ。

 

 僕の祖父も領主だったけど次男でね。聞けば長男と長女は揃って武芸者になったらしいし、兄も昔からそんな感じでね。こりゃあ跡を継がんだろうってことで父も母も反対するより快く送り出すことにしたらしいよ」

 

 トビアスの説明にアルはなるほど、と呟いた。一応その説明で筋は通る。

 

「では反対されることもなかったから、アルさんのお父様はその剣を贈られたのですか?」

 

 話を聞いていたラウラがそう問えば、

 

「そうだね。そもそも武芸者として成り立った家だし、帝国の武芸者は上に行けば行くほど誇りある職業として見て貰える。駄目だっていう理由もほとんどなかったんだよ。

 

 僕も応援してた。ウィルデリッタルト周辺で活動しててね。たまに土産話を持って帰って来てたりしたんだ」

 

 トビアスは頷いて楽しそうに答えた。兄弟仲は良かったようだ。

 

「でも途中で帰ってこなくなった、と?」

 

 マルクが今度は訊ねる。

 

「ああ、僕が結婚するちょっと前くらいからかな。よくある武者修行だろうかとは家族とも話してたんだけど5年も音沙汰がなくなってからは流石に心配してね。

 

 方々に捜索を頼んだんだけど音沙汰なし。結局15年、いや17年くらい音信不通さ。どこかで死んでしまったんだとしたら、葬儀くらい上げたいし生きてるんなら顔を出して欲しい。

 

 そう思っていたところへ君が現れた。兄の剣を持ち、兄の目と瓜二つな君がね」

 

「・・・・」

 

 アルは沈黙した。その話が真実だとすれば母トリシャへ報告すべきだろう。なにせ父ユリウスは魔族の隠れ里にある墓地で眠っている。知らないのは両者共にとって不憫過ぎた。

 

 アルはトビアスの視線を感じながらしばし黙考し、意見が固まったのかゆっくりと口を開く。

 

「その話が真実なら、何とか故郷に便りを出してみます。父はあそこに眠ってますから」

 

 トビアスはしみじみとした気分で頷く。

 

 ―――――『眠っている』、か。本当に死んでしまったのだな、兄上よ。

 

「ありがとう。その時は頼むよ。兄に何があったのかも領主館についてからでいいよ。二度手間だろうしね」

 

 警戒しながらもそう言ってくれたこともそうだが、何より仲間への態度からしてきっと本来は優しいのだろう。その裏返しだとすればアルの態度も頷ける。

 

「わかりました」

 

 神妙そうにアルは答える。複雑な心境だ。その葛藤が伝わってきたのか、凛華とエーラは心配そうにアルを見つめていた。

 

 

 トビアスとアルの会話が終わったことを悟ったマルクは合流してからずっと聞きたかったことを訊ねる。

 

「アル、あの準聖騎士に河に落とされたとか聞いて俺たちゃ焦ってたんだぞ。どうやって追いついたんだ?」

 

 その問いにアルはあっけらかんと答えた。

 

「どうもこうも。あの”右手”でぶん殴られて落とされたから、意識が戻ってすぐ河を伝って来たんだよ」

 

 衝撃が一同に走る。あの金属製の馬車の車輪すら引き千切った”右手”で殴られたということが真実だったこと、それで意識を失ってしまっていたこと、河を伝ってきたこと、そのどれもが衝撃的事実として護送車内を駆け抜けた。

 

 すぐさま凛華が飛びついてアルを心配する。

 

「あれに殴られたのホントだったの?大丈夫なの?あんた人に治癒かけてる場合じゃないじゃない!」

 

「空中にいたとこを吹っ飛んだだけだよ。気絶したのだってそれでなのか河に叩きつけられたからなのかわかんないし」

 

 平然と言うアルの隣にいつの間にかエーラがペタペタと触って異常がないか調べていた。マルクは席を奪われたものの事態が事態だけに大人しく反対に座っている。

 

「大丈夫だって。気絶してたのもそんなに長くはないと思うし」

 

「河ってヴァルトシュタット方面に流れていましたよね?どうやって昇ったのですか?」

 

 ラウラがエーラの隣に来て訊ねた。

 

「自分に『念動術』の第一術式を切り出して掛けたんだよ。水中だったから重力方向と加速度を思いっきり弄ってね。地上じゃ障害物に当たっただけで大怪我するから使えない手だよ。まあ河もまっすぐじゃなかったからやっぱりオススメしないけどさ」

 

 アルは一応生徒的な立ち位置にいるラウラへ術理を説く。

 

「なるほど・・・ってじゃあ打ち身だらけじゃないですか!」

 

 ラウラはアルの言葉を噛み砕いて理解したのちに慌てた。

 

「え?あぁ、そうだった、忘れてた。治しとこう」

 

 戦えないのは困るとアルが『治癒術』を使おうとしてたところで、エーラが

 

「貸して!」

 

 と腕を取って袖を捲くる。アルの両腕は青痣や切り傷だらけだった。

 

「うっ・・・ひどい」

 

 ラウラは思わず呻く。マルクも渋い顔をした。

 

「馬鹿アル、痛いはずでしょこんなの!」

 

 凛華はアルを叱りつける。

 

「戦ってたから忘れてたんだと思う」

 

 きっとアドレナリンのせいだろう。先程まで本当に何も感じなかったが言われて痛んできた気がする。

 

 しかし術を描こうとしたところで凛華が止めた。

 

「ひとまず動くのをやめなさい。あたしも治癒かけるから」

 

「え?あ、うん。ありがとう」

 

 どこかとぼけたような反応のアルに凛華はプリプリつつも身体全体へと術を掛け始める。

 

「まったく!」

 

「ホントだよ!ボクらの治してる場合じゃないでしょ?」

 

「ごめん、それどころじゃなかったんだよ」

 

 追いつくことに必死で頭から抜け落ちていたようだ。

 

「アル殿が一番重傷ではないか」

 

 術を掛けてもらうがままのアルにソーニャが咎めるような口調で言った。

 

「そうらしいね」

 

 軽く笑って返事をしたアルを凛華とエーラ、そしてラウラまでもが厳しく叱りつける。

 

 マルクはなんとなく違和感を感じていた。アルは確かに自分に対しては雑だ。しかし今のような怪我は戦闘が続くことを考えてすぐに治すのだ。

 

 稽古中でもそれは変わらないし何よりそれくらいの魔力を渋るほどしょぼい魔力量じゃない。

 

 ―――――だとすれば、痛みを感じていない・・・・・いや、痛みが遠かった?

 

 注意しておかなければと心中に書き留めておくマルクだった。

 

 

***

 

 

 そうこうする内に護送車と領軍の一団は武骨で巨大な門を通り抜けた。

 

 目的地に辿り着いたらしい。トビアスは小窓から御者台へ何事か告げ、一度止めてもらった。

 

「父に伝言を頼む。共和国の令嬢二名は無事に保護した、と。それと領主館に客人六名分の客室と、彼らと食事が出来るよう手配も頼む」

 

 駆け寄って来た雨具を着用している騎手へそう告げると再度御者へ走り出すよう指示を出す。先に領主代行へ伝令を遣ったのだ。

 

 そして座り直したトビアスは芝居がかった仕草で両腕を広げる。

 

「ようこそ武芸者発祥の地ウィルデリッタルトへ。六人共歓迎するよ。このまま領主館に向かってるし、聖国の連中なんかに手は出させやしない。しっかり休んでくれ」

 

 アルたちは小窓から見える景色に、ようやくひと心地着いたような気分になったのだった。




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