日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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ここでは初投稿になります。読んで頂ければありがたい限りです。


また「小説家になろう。」と「カクヨム」にて同作を2~3日に1度連載投稿しております。


現在両サイトにて投稿されているものとこちらに投稿するものは少々文体が違う場合があります。


こちらへは定期的にある程度纏めて更新していく予定です。


23話 祖父ランドルフと従妹イリス (虹耀暦1286年9月:アルクス14歳)

 アルクス一行は『黒鉄の旋風』の協力もあって、無事に聖国の追手を退け、武芸都市ウィルデリッタルトを治めるシルト家の領主館に辿り着いた。

 

 しかし到着したその日。様子のおかしかった頭目のアルは過労で倒れてしまい、シルト家の者たちとの交流は現在先延ばし状態となっている。

 

 またこの領主館に彼らが招かれたのは、保護対象であったラウラ・シェーンベルグとソーニャ・アインホルンも勿論大きな一因ではあるが、最も主な要因はその倒れているアルだ。シルト家を出た長男の忘れ形見。

 

 シルト家の家長との話し合いで挨拶は彼が快復してからだという結論も出たため、マルクガルムたち5人はアルに宛がわれている寝室と同じ客室棟でゆっくり休む流れとなった。

 

 彼らだって相応に疲労は溜め込んでいる。トビアスたちの厚意をありがたく受けることにしたのだった。

 

 

***

 

 

 アルクスが目を覚ましたのは、倒れてから一日半ほど過ぎた早朝の6時過ぎだ。

 

「・・・ん・・・あれ?ここ、は?」

 

 何やら妙に落ち着くような匂いを感じ、いまだ半覚醒状態。しかし己の発した言葉で急速に意識が覚醒した。

 

 ガバッと身を起こしたアルは妙に寝心地の良い寝台を飛び出そうとして気づく。

 

「凛華?エーラも・・・どういう状況?」

 

 薄い毛布のようなものを跳ね除ければそこには凛華とシルフィエーラが寝ていた。

 

 なかなか目を覚まさないアルの看病をしながら眠気に負けて入り込んだのだが、そんな事情は知る由もない。寄り添って寝ていたらしいことだけは理解した。

 

 彼女らがただ眠っているだけだと確認したアルはとりあえず毛布を掛け直して寝台を降りる。

 

「不用心だなぁ、もう」

 

 案外騒がしかったはずの自分に気付かずスヤスヤと眠っている2人を眺めてそう呟き、刃尾刀と龍牙刀、そして大振りの短剣が置かれているのを確認してほっと息をつく。龍鱗布も丁寧に畳まれて客用卓に置かれていた。背嚢もちゃんとある。

 

 三振りの刀身までしっかり確認して装備し直したアルに龍鱗布がしゅるりと首に纏わりついた。

 

 ―――――これもこのひと月と少しでだいぶ馴染んできたな。

 

 そんなことを思いつつアルは宛がわれていた部屋の戸をゆっくりと開けて外に出てみる。

 

 ―――――どうやらここは3階のようだ。

 

 アルが出てきた部屋の両隣には部屋が一つずつある。右側の部屋はアルの寝ていた部屋よりも広いようだ。扉から壁までがやたらと長い。

 

 左隣のもう一室は階段が近く、アルのいた部屋とほぼ同じに見える。

 

 その三部屋と階段を挟んだ先に狭そうな二部屋があった。

 

 また廊下自体大して広くはないが窓枠や壁に上品な細工が施してある。その意匠に、朧げに残っている記憶にある領主館の内装と通じるものを感じ、ここが領主館であることを察した。

 

 窓からは晴れた空と白っぽい太陽光が差し込んでいる。今は朝らしい。とにかく最優先は仲間の確認だ。アルは気配と魔力を探る。反応はすぐにあった。

 

 広い一室の方にはラウラとソーニャの気配、もう片方にマルクの魔力を感じる。人狼の彼の気配は酷く薄い。

 

 狭そうな部屋からは全く気配を感じなかった。一応先に見ておこうと近付いたアルは刻んであるマークを見てそこが手洗場兼シャワー室だと察する。丁度いいやと部屋に入って身なりを整えた。

 

 

***

 

 

 スッキリしたアルはマルクの魔力を感じた部屋の扉を躊躇いなく開けた。そこには一つしかない寝台でマルクが潜むような寝息を立てて眠っている。

 

 状況がわからないアルは申し訳なく思いつつも親友の肩を揺すった。

 

「マルク、おいマルク」

 

「んあぁ?アルか。目ぇ覚ましたみたいだな。世話掛けやがって、ばっきゃろう」

 

 目を開けたマルクは開口一番そんなことを言ってくる。

 

「朝から随分な挨拶だなぁ。俺、どうなったの?」

 

 アルは軽く返しながら親友に問えば、

 

「ここ着いてすぐぶっ倒れたんだよ」

 

 との返答を貰った。

 

「倒れた?」

 

 キョトンとするアル。

 

 ―――――相当疲労を溜めてやがったらしい。

 

 マルクは半眼で睨む。

 

「覚えてねえのか?外に行くっつって客間から出たんだよ。少ししたら真っ青なお前抱えた凛華とエーラが戻って来た。ここついて今日が三日目。お前は丸一日以上寝てたんだよ」

 

「客間に案内されてから、記憶がない。そんなに寝てた?」

 

 客間に通されてトビアスが出て行ったところでアルの記憶は途切れていた。気付いたらここだ。

 

 備え付けの椅子に座りながらアルはもう一度記憶を掘り起こしてみるが、客間から出て行った記憶はやはりない、というかあそこらへんの記憶が酷く曖昧だ。

 

「一回も目ぇ覚まさなかったぞ」

 

「そっか。ま、世話掛けたね」

 

 ―――――ハードだったしなぁ。

 

 アルは能天気な声でのたまう。どうやら普段のアルに戻ったらしい。マルクは少々安堵しながら、

 

「頭休めてなかったんだろ?」

 

 ズバリと倒れた原因を言い当てた。

 

「あー・・・寝てはいたよ」

 

「・・・・」

 

 アルの返答にマルクはギロリと視線を向ける。

 

 ―――――寝てたのは知ってるが、()()()()()何してた?

 

 そう問うてくる視線にアルは降参とばかりに手を上げた。

 

「いや、その、いろいろ不安だったから丁度いいと思って長月と案を出し合ったりしてたんだよ」

 

 前世の自分との対話部屋で連日会議をしていたらしい。

 

 ―――――あれは結局脳を使ってるって話になったんだろうが。

 

 咎めるような視線を向けてマルクはアルの診断結果を教えてやる。

 

「癒者は過労だとよ、身体の損傷もそこそこ」

 

「そう言われれば昨日・・・じゃないのか一昨日よりは身体が軽い気がする」

 

 顎に手をやりながらほう!と言わんばかりの顔をするアル。

 

「『気がする』じゃねえよ。あいつの”右手”、やっぱキツかったんじゃねえか」

 

 ”見えない右手”、準聖騎士が使っていた小手が出現させていたものだ。

 

 昨日トビアスから聖霊装と呼ばれる聖国の()()があることを訊いた。

 

 ―――――そんなものの直撃を受けて、平気なわけないだろう。

 

「あの時はあんまり痛みを感じてなかったんだよ」

 

 アルは肩を竦める。どうやらそれ自体は本当らしい。

 

「疲れすぎて麻痺ってたんだろうが。そうなる前に休めよ、大馬鹿野郎」

 

「返す言葉もないね」

 

「反省しろっつってんだ」

 

 他人事のようにのほほんと受け流すアル。

 

 ―――――ああ、いつものこいつだ。

 

 マルクは安心半分呆れ半分でツッコミを入れた。

 

「努力するよ」

 

「しねえ奴の言い方してんじゃねえ」

 

「それで、ここは?」

 

 アルは適当に受け流して情報の収集に努める。何せここがどこかも把握していない。

 

 過労で倒れた件はどうせ仲間たちから後でお叱りを受けるだろうし今は忘れることにした。

 

「ったく・・・領主館の客室棟だよ」

 

 マルクが溜め息交じりにそう返す。

 

「客室棟?じゃあ本棟とは繋がってないのか」

 

「建物自体微妙に隙間がある。防犯の為に一階からしか通じてねえんだと」

 

「なるほど、まぁいいや。んじゃ、寝てていいよ。丸一日寝てたってことは身体が鈍ってるだろうし、ちょっと動かしてくる」

 

 そこまで聞いたアルは充分だと会話を打ち切って立ち上がった。慌てたのはマルクだ。

 

「おい、ちょっと待てよ。俺も行く」

 

 マルクは今更アルの性格を思い出す。

 

 ―――――こいつが落ち着いてるのは態度だけだ。

 

「えぇ?今から準備するんだろ?俺待つの嫌いだからいいよ」

 

 素っ気なく後ろ手を振るアル。

 

「俺の支度なんざすぐ終わるだろうが、ちっと待ってろよ」

 

「しょうがないなぁ、じゃあ階下《した》で待ってるよ」

 

 アルは面倒そうな表情で部屋を出て行った。ここで待つという選択肢はないらしい。

 

「元気になったらなったで落ち着かねえやつだなぁ」

 

 マルクは元に戻ったアルを追い、急いで身支度を整えるのだった。

 

 

 ***

 

 

 階下に降りたアルに大きめの影が差す。うん?と見上げてみれば三ツ足鴉が旋回していた。

 

「なんだ翡翠か。ひすーい、おーい」

 

 適当に呼び掛けるアルに、

 

「カアッ!」

 

 とすぐさま反応して鳴いた夜天翡翠が勢いよく降りてくる。バサバサと羽ばたかせた使い魔は定位置―――アルの左肩に止まった。

 

「おはよ」

 

「カアー」

 

 アルは大事なもう一羽の仲間の艶やかな黒い羽毛を撫でる。夜天翡翠はされるがまま既に主人扱いしているアルへ羽をこすりつけるように身をすり寄せた。

 

「あはははっ、くすぐったい。ん、それにしてもマルク遅いなぁ。あそこ誰かいるっぽいし使っていいか聞きに行こうか」

 

 快活に笑いながら三ツ足鴉と戯れていたアルは唐突にそう言った。

 

 練兵場のような広場に2人立っている。

 

 ―――――あれは槍だろうか?

 

「カアッ!」

 

 夜天翡翠も行こう!と鳴いた。

 

「五分くらい待てねえのかお前は」

 

 アルはその声の主へ、

 

「あ、マルク待ってたよ」

 

 平然とのたまう。

 

「どの口が言ってんだ?ああ?走れってか?」

 

 アルはマルクの魔力に気付いてあんなことを言ったのだ。マルクの耳ならエーラほどではないが拾える。アル流の早く行こうぜ!だ。

 

「まーまー。で、あそこって使えるの?」

 

「半分はいつでも自由に使っていいらしい。領軍の訓練なんかもやってるらしいから残り半分は駄目だそうだ」

 

「もう行ってみた?」

 

「いや、昨日までは疲れを抜くことにしてたからな。凛華でさえ行ってねえはずっつーかあいつらはお前の部屋に入り浸ってたぞ」

 

「だろうね。起きたら隣で寝てたから予想は着くよ」

 

「はっ?寝落ちしたのかあいつら」

 

 マルクはさすがにギョッとする。おいおいと親友を見れば、

 

「不用心だろ?もうちょっと注意するよう言っとかないと」

 

 アルはそんなことを言った。朴念仁というかあえて蓋をしているアルの事情を察しているマルクに言えるのはこれだけだ。

 

「お前が言わなくてもあいつらは大丈夫だと思うぞ」

 

「え?なんで?」

 

「なんででもさ」

 

 あの鬼娘と耳長娘は想い人以外には意外と素っ気ない。昔からの友人であるマルクには仲の良い友人として砕けて接するが、それでも雰囲気に明確な違いがあるのだ。

 

 たった一人それを知らないアルは不思議そうに首を傾げるのだった。

 

 

***

 

 

 練兵場についたアルとマルク。そこにいた人物はアルたちより少々歳下の少女と壮年の男性だった。

 

 あちらも気付いたらしくこちらを振り向く。そして男性の方は目を見開いた。

 

「君は・・・!目が覚めたようで何よりだ」

 

 白髪の混じった黒髪の男性がアルへ話しかける。

 

「へ?癒者の方、ですか?」

 

「違うぜ、アル」

 

 マルクは知っているらしい。

 

「すいません、どなたでしょうか?」

 

 アルは誰何の声を上げた。

 

「ランドルフという。アルクス君、だね?」

 

「はい。ええと?」

 

 妙に緊張したランドルフという男性にアルは戸惑う。

 

 ―――――この空気は一体?

 

「トビアスの言っていたことがわかった。確かに君の目は息子に、ユリウスにそっくりだ」

 

「っ!じゃあ、あなたは・・・・」

 

 今度はアルが目を見開いた。父を息子と呼び、この都市の領主を呼び捨てに出来る人物。

 

「君の祖父に当たる、ランドルフ・シルトだ。と急に言われても反応しづらいだろう?」

 

「え、ええ、はい、まあ」

 

 他人行儀と言うより本当に困っているように見えるアルにランドルフは然もあらんと頷く。

 

 ランドルフ側にはユリウスの面影を感じることは出来てもアルクス側にそんなものはない。

 

 他人がいきなり自分の祖父や叔父だのと言ってきても戸惑う他ないだろう。

 

「君が起きたと言うことは彼らも含めて我々と顔を合わせて食事が摂れると言うことだ。そのときに是非とも話を聞かせてほしい」

 

「わ、わかりました」

 

 アルはやはり困り顔で返事を返す。そのとき、ランドルフと名乗った男性の後ろから少女が声を上げた。

 

「お爺様、その方々は何ですの?祖父とか聞こえましたけれど」

 

 興味津々でこちらを見る深い茶髪の少女がこちらを見ている。

 

 ソーニャの栗色の髪とは印象が異なり、癖のありそうな髪を適当に纏めていた。手には幅の広い穂先を持つ金属槍と小さめの丸盾を持っている。

 

「孫のイリスだ。イリス、後で説明するがお前の従兄に当たるアルクス君と彼の仲間のマルクガルム君だ」

 

 アルとマルクはよろしくと一言だけ挨拶をした。

 

 親戚という単語に反応したイリスはアルの前にぴょんと飛び出すように出てきて好奇心旺盛な様子で口を開く。

 

「イリス・シルトですわ!お父様が何やら慌ただしくしていたのはこの為でしたのね!」

 

「あ、ああ。いや寝てたから知らないんだけど、そうなんだね」

 

 珍しく困惑しきりのアルがそう答えれば、

 

「ふむふむ。従兄と言う割にはあまり似てませんのね?」

 

 イリスは返事も待たずにやいのやいのと矢継ぎ早に語り掛けてきた。

 

「それは俺に言われても」

 

 煮え切らないアルの返答。それすら聞いていないらしく、イリスは隣のマルクへ視線を向ける。

 

「そちらのマルクガルムさんでしたか。武器をお持ちでないようですけど魔族の方なんですの?」

 

「えっ?おう、そうだけど。てかそこのアルも魔族だぞ」

 

 さしものマルクも勢いに呑まれそうだ。

 

「えっ、アルクスさんは魔族なんですの?魔族の方は初めて見ましたわ!・・・・ふーむ、それにしてもマルクガルムさんもアルクスさんも見た目はあまり私たち人間と変わらないんですのね」

 

「そりゃ俺は人狼だからな。あとマルクでいい。言いにくそうだし」

 

 マルクはそう答えた。アルはいつの間にかマルクの後ろにいる。

 

「人狼!あの人狼族ですか!?一度”魔法”を見せてもらいたかったんですの!見せてもらってもよろしいでしょうか!?」

 

 機関銃のような勢いで捲し立ててくるイリスにマルクは圧されながらもきちんと答えていく。

 

 アルは『こりゃ面倒そうだ』と対応をマルクに任せたらしく、「いっちにー」などとわざらしく体操を行っていた。

 

 ―――――普段そんなに丁寧にやってねえだろ!

 

 マルクはツッコミたい気分でいっぱいだ。

 

「お、おう。ここにはアルと稽古しに来たから見せられるぞ」

 

「ほっほう!それは興味ありますわ!是非見させて頂きたいですわね!」

 

 イリスは鼻息も荒くマルクへ視線を向ける。ランドルフは後ろですまんと言うような仕草を取っていた。

 

 顔はちっとも似ていないが好奇心旺盛なのはどこぞの従兄とそっくりである。

 

「構わねえよ、なあ?アル」

 

「今更だし、いいんじゃない?」

 

 かなりの人数に戦いを見られた。ランドルフもこのイリスという少女も親戚なら殊更こちらの手をバラして回ることもあるまい。

 

 それにいつまでも手札を増やさないのも考え物だ。アルはそう判断して許可を出す。

 

「いいってよ。ちっと離れときな、魔力も使うから危ねえぞ」

 

「ええ、わかりましたわ!」

 

 イリスはそう言ってぴょんぴょんとランドルフの手を取って離れて行った。目は期待にキラキラと輝いている。今までは危ないからと遠くからしか見せてもらえなかったせいだ。

 

 これでもシルトの箱入り娘。憧れている武芸者同士による生の闘いを見てみたくてしょうがない。

 

 ランドルフはアルとマルクの闘いを見物することにした。聖国の神殿騎士150名以上を打ち倒したと言う彼らの実力をまだどこか疑っている自分がいたのだ。

 

 

 

 アルとマルクは軽く身体をほぐしながら対峙している。魔力の鍛錬からやりたかったがこうなった以上はしょうがない。

 

「アル、『封刻紋』を解いて良いぜ」

 

「えっ?でもさ」

 

「もう知られてるだろうよ」

 

「あー・・・ま、そうか。じゃそうする」

 

 マルクの発言にトビアスが報告してないはずもないかとアルは思考を切り替えた。

 

 『八針封刻紋』を解除して戦わなかったのは聖国の連中に情報を少しでも与えたくなかったからだ。一旦それも終わらせていいだろう。

 

 アルは心臓の位置に左手を翳す。カチカチカチッと針を回す音が聞こえた。と、同時に青黒かった髪が灰色に、赤褐色の虹彩が緋色に変化する。

 

 解いたのはいつも通り5針、3時までだ。

 

「おおっ!お爺様、従兄の髪色が変わりましたわ!」

 

「うむ、そうだな」

 

 割とデカい声でそう言うイリスとこれは知らなかったという顔のランドルフを無視して、アルは刃尾刀を引き抜いた。

 

 今度はマルクがゆらりと『人狼化』する。

 

「あれが人狼族の”魔法”ですか!かっこいいですわね!」

 

「うむ、勇ましい姿だな」

 

 いちいち反応するイリスとランドルフ。

 

「やりづれえけど、まぁいいか」

 

「だね」

 

 アルがそう言って龍眼を発動させた瞬間、マルクが練兵場の地面に浅い亀裂を作った。人狼の脚力で一気に飛び出したのだ。

 

「ハッ!」

 

 一気に間合いを詰めたマルクがアルの太ももを狙って蹴りを放つ。

 

 ボヒュッ!と言う風切り音をさせて迫る蹴りを、アルはひらりと半身になって躱し、避けた勢いを利用して斜めに斬り上げた。

 

 回避と反撃が連動している。アルが一番得意な闘い方だ。

 

 マルクはその斬り上げを安易に受けず、蹴りの勢いを利用してアルの横を抜け、足が着くや否や狼爪を素早く三連撃叩き込む。

 

 ヒュ・・・パパパァッ!と空間を引き裂くような音をさせて凶爪が迫るもアルは一歩も引かない。

 

 表情を変えず、初撃を紙一重で躱し、二撃目を峰で逸らし、三連撃目を柄尻で弾くと同時に反撃の一太刀を放った。最も得意とする低い体勢の逆袈裟斬り。

 

 マルクはそれに対して膝蹴りを放つ。

 

 ゴッ―――――!

 

 刃尾刀と人狼の膝がぶつかり合った。一瞬の膠着。アルは衝撃をぬるりと流し、すぐさま刃を閃かせる。

 

 しかしマルクも力押しで戦っているわけではない。受け流された瞬間、足をタンとついて狼爪を纏め、小さく細かい突きを放つ。人狼の膂力と人間染みた骨格で放たれる狼爪は、豪快に振るわれる爪よりも避けづらく貫通力が高い。

 

 それでもアルは引かない。独特の間合いと歩法で打点をズラし、時には鞘まで使って凌ぎ、躱しざまには必ず急所へ一太刀放り込んでくる。

 

 至近距離、どちらも必殺の間合いだ。狼爪と刃尾刀が幾度も火花を散らす。

 

 しかし均衡はすぐに崩れ、やはりというか軍配はマルクに上がった。元の膂力が違うのだ。

 

 マルクは体勢がズレたアルにボッ!と蹴りを放つ。アルは避けきれないと判断して跳躍。蹴りが入る瞬間、自ら錐揉みするように吹き飛ばされながら刃尾刀を振るった。

 

 ゴッ――!

 

「うぐっ!」

 

 ガンッ――!

 

「がっ!」

 

 左肩を蹴り飛ばされたアルと右頬をぶん殴られたマルクがそれぞれ出した音と声だ。マルクは踏ん張り、アルはズザアッと着地する。

 

「準備運動は終わり?」

 

「おう。そろそろ本気でいいぜ」

 

 ニッとアルが好戦的な笑みを浮かべてそう問うと、マルクはニヤリと笑った。実戦稽古はまだまだこれからだ。

 

 

 イリスは大興奮でその光景を見ている。

 

「お爺様!マルクさんも従兄も凄いですわ!」

 

「・・・・うむ、そうだな」

 

 ランドルフは頷いてみせた。

 

 魔族と言えば”魔法”を使った豪快な戦闘だと予想していたがまるで違う。彼らの稽古はその戦い方の先にあるものだ。

 

 技術と術理を理解した、頭脳も用いた戦闘だ。人狼の膂力で拳闘家のような戦い方をすればどうなるか、嫌でも理解させられる。

 

 また風切り音だけでも威力や貫通力の高さが伺えるそれをアル()は平然と受け流し、逸らし、反撃に転じていた。

 

 ―――――どんな胆力をしていたらあんな死地で剣を振るえるのか。

 

 ランドルフはそれと同時に疑問も覚える。

 

 ―――――確かに高い()()だが、神殿騎士を150名以上も下すには時間がかかり過ぎないか?

 

 見る人が見れば高水準だと理解できても彼らの闘いは大勢を打ち倒すそれではない。

 

 これはランドルフが年長者で、かつこの都市の領主だった経験もあるがゆえに感じたことだ。

 

 ―――――やはり『黒鉄の旋風』がほとんど倒したのではなかろうか?

 

 そう思ってしまう。

 

 しかし次の瞬間、その予測が見当外れだったと悟らされた。

 

「「っ!?」」

 

 アルとマルクの魔力が一気に膨れ上がったのだ。今までのは準備運動―――それが真実であるかのように。

 

 体内の魔力を戦闘状態に持っていったアルが目にも止まらぬ速さで蒼炎杭を投げる。

 

 マルクが軽く跳躍して躱した背後でドガアアンッ!と蒼炎が爆ぜた。その衝撃と爆風を利用して一気に迫ってきたマルクが、アルへ踵落としを叩きつけるべく脚を振り上げる。

 

「『蒼炎気刃』」

 

 アルは身幅の2倍ほどの蒼炎を刃尾刀に走らせて迎え討つように跳び上がって剣技を放った。

 

 六道穿光流、水の型・風の型混成技『流吹断(りゅうすいだん)騰車(のぼりぐるま)』。

 

 独楽のように上昇回転技を放つアルに、

 

「チッ、『雷光裂爪』」

 

 マルクは舌打ちと共に踵落としを中断、狼爪に纏わせた雷爪で剣技を受ける。ギャリイッ!という音とスパークが弾けた。

 

 アルとマルクは互いの攻撃で起こった衝撃に弾かれ、同時に属性魔力を遠慮なしにぶつける。

 

 アルの口から噴射される蒼炎とマルクが両手で放つ雷撃が練兵場の地面をガラスへと変えながら激突した。

 

 属性魔力のぶつかり合いは魔力を”魔法”に割く必要のないアルの方が有利だ。

 

 稲妻を掻き分けて蒼炎が押し切った、がマルクはそこにいない。

 

「っ!!」

 

 一瞬動きを止めたアルにマルクが後ろから雷爪で襲いかかった。アルの後ろをこうして取れるのは人狼であるマルクくらいだ。

 

 アルは『蒼炎気刃』を再度発動させ、どうにか地面へと受け流す。

 

 ガガガガッ!とマルクの狼爪が地面を大きく引き裂いた。

 

 お返しとばかりにアルが蒼炎を纏った刃尾刀で一文字斬りを放てば、マルクは崩れ落ちるように伏せ、その状態から足払いを返す。

 

 いちいち闘気を変換した高密度の属性魔力が交わされるので、地面に大穴や熔断された深い溝が残っていく。

 

「『裂咬掌(れっこうしょう)』ッ!!」

 

 アルは距離ができた途端、左手を握り込むように魔術を発動させた。『裂震牙』と定型術式『障岩壁』を用いて作った独自魔術。

 

 突如として地面からグバアッと出てきた岩の掌がマルクを握り潰さんと掴みかかる。

 

「こんなのまで作ってたのかよ!」

 

 マルクはスレスレで指の間を跳んで躱した。

 

「まあね!『裂咬掌・覆累(おおいがさね)』」

 

 ゴバゴバッと生み出された岩掌がマルクを叩き潰さんとドゴオッと落ちてくる。

 

「チ、イッ!」

 

 都合3つ生み出された岩掌が人狼の体勢をほんの少しだけ崩した。

 

 ――――ここだ!

 

 アルは消えたかと見紛うほどの速度で一直線に駆け、ヒュオッ!と片手平突きを入れるべく突喊する。しかし―――――、

 

「こ、のっ!なめんな!ウ オ オ オ オ オッ!」

 

「ぐぅっ!?」

 

 マルクは指向性を持たせた魔狼の咆哮を放った。アルがやっていたのを見て使えると覚えたものだ。

 

 単純な術理ゆえ簡単に真似できるが鍛えた上げた魔力でもなければ効果は出ない。

 

 土を巻き上げながら迫る咆哮に身を引くが、マルクはアルの移動速度を読んで広範囲にバラまいていた。

 

 綺麗《モロ》に直撃した(喰らった)アルは平衡感覚を失ってグラリとたたらを踏む。

 

「もらい!」

 

 そこへマルクが一足飛びに間合いを詰めた。

 

 後は雷爪を寸止めすればマルクの勝ち。アルはたまらず魔術名を叫ぶ。

 

「く、『蒼炎羽織(そうえんばおり)襲纏(かさねまとい)』!!」

 

 途端、轟々と燃え盛る蒼炎がアルを幾重にもぶわりと包み込んだ。マルクは目を見開く。

 

 ―――――これだ、あの大規模術式を弾き飛ばした術の正体。コイツ、『蒼炎気刃』を()()()やがった!

 

 マルクは経験から術を看破した。

 

 この『蒼炎羽織』はアル自身を刀身に見立てた術だ。つまり、闘気を全身に纏っているのと同じ。

 

 瞬間的に発動しなければアルでも魔力をドカ食いするが、これだけの闘気と高密度の属性魔力であればたとえ人狼の毛皮でも衝撃を伝えられる。

 

 殴るだけで騎士の胸甲を貫ければ楽だと考えて弄った術だった。

 

 ―――――本来の用途では使えていないが駄目な術ではなさそうだ。

 

 そう判断したアルはマルクの雷爪を()()()()()腹にドゴッと蹴りを叩き込む。

 

「ぐおっ!?」

 

 マルクは強烈な衝撃を受けて吹き飛んだ。ザザアアッと地面を滑りながら腹を押さえる。

 

 ―――――とうとう”魔法”を使ってる俺に武器以外で痛痒を与えやがった!

 

 マルクはワクワクを抑え切れずに笑みを浮かべ、アルはどうだ!と言わんばかりにニッと笑った。

 

 

 イリスは口をポカンと開けていたがハッと我に返り、

 

「おっ、お爺様!とんでもないですわよ、あの二人!」

 

 と隣の祖父を見上げる。しかし反応がない。よくよく見てみればランドルフもイリスと同じように呆けていた。

 

「お爺様!!」

 

「はっ、い、いかん!イリスの言う通りとんでもないな。というかあれで稽古なのか」

 

 長く生きてきたランドルフでも驚愕を隠せない。地味などと一瞬でも思った自分が浅はかだった。

 

 いまや練兵場の3分の1ほどがボロボロだ。自分たちの方へは危ないモノが飛んできてない。あの2人が冷静だという何よりの証左。

 

 そしてトビアスの言っていた強烈な殺気とやらが彼らの間にはない。本当に稽古でやっているのだ。実剣で稽古すると言うのがそもそも人間側では主流ではない。最悪でも刃引きくらいはする。

 

 彼らが神殿騎士を倒したのだという事実が心の底から理解できた。

 

 ―――――並の兵士にあれらの相手は無理だ。

 

 そんな彼らはまたぶつかり合っている。熱気が凄い。イリスがまた口を開けてしまった。

 

 貴族令嬢としてあまり良いことではないが、気持ちは痛いほどにわかる。

 

 ランドルフも再度吞まれるように彼らの闘いを見始めた。

 

 

 幾度かわからないほどに狼爪と刃尾刀が火花を、蒼炎と雷爪が放電(スパーク)を散らした瞬間、よく通る声が練兵場を駆け抜ける。

 

「こらーーっ!あんた病み上がりでしょうがあっ!!」

 

「アル!起き抜けに何やってるのっ!?」

 

「「あ、やべ」」

 

 怒り心頭の凛華とプンプン怒っているシルフィエーラがアルたちの下へ走ってきた。

 

 しまったと刀を納めたアルと人間態に戻ったマルクが顔を見合わせていたところへ2人が駆け寄りそのまま張り倒す。

 

「「ぐえっ」」

 

「言い分を聞いときましょうか?」

 

 メキッと拳を握り込む凛華。

 

「凄い魔力が動いてたけど元気になったんだねえ、アル。ボクたちがあれだけ心配してたのに起こしもしないで、よく外出て行けたねぇ?マルクもなんで止めなかったのかな?」

 

 ニコニコしているが明らかにぶちキレているエーラ。マルクは既に正座していた。

 

 ハッとしたアルも大人しく正座しておもむろに口を開く。

 

「おはよ。起こさなかったのは二人共気持ちよさそうに寝て・・・・」

 

「あぁん?」

 

「すいませんでした」

 

 駄目だった。

 

 ―――――言い分などサラサラ聞く気はないじゃないか。

 

 サッと頭を下げたアルに、凛華とエーラは顔を見合わせて「はあっ」と息を吐く。

 

「まったく。で、体調は?」

 

「もうばっちり。世話掛けたね」

 

 凛華の問いかけにお手数をお掛けしましたと返すアル。

 

「ん~?ホントにいつも通りっぽいね」

 

「うん。昨日、じゃなくて一昨日はちょっと余裕がなかったんだよ。もう大丈夫」

 

 のほほんとした雰囲気を敏感に感じ取ったエーラがアルに近寄って観察する。一昨日はきっと無意識に限界を感じ取っていから神経が過敏になっていたんだろう。

 

 そこへパタパタと駆けてくる音がする。ラウラとソーニャだ。

 

「アルさん、目を覚まされたんですね!」

 

「うん、心配かけたみたいでごめんね」

 

 嬉しそうに笑うラウラにアルは素直に謝った。体調管理も自己管理の内だ。まだまだ未熟だなと心中で溢す。

 

「大事ないようで安心したぞ、アル殿。しかし、この惨状は・・・?」

 

「「稽古で」」

 

 ソーニャの問いにアルとマルクは同時に答えた。

 

「なるほど。正座してるわけは理解できたぞ」

 

「カアッ!」

 

「あ、翡翠終わったよ。ご飯にしようか?」

 

 稽古が終わったのを察知した夜天翡翠が飛んできてアルの左肩に止まる。

 

「まあっ!その鴉は使い魔ですの!?」

 

 いつも通りに一党の会話になりかけたところへイリスが乱入してきた。

 

「君だあれ?」

 

 エーラがコテンと首を傾げて問うと、

 

「イリス・シルト、アルクス兄様の従妹ですわ!森人の方、で合ってますわよね?それで、その鴉は使い魔ですの?」

 

「シルフィエーラだよ、エーラって呼んで。この子はアルの師匠に貰った三ツ足鴉っていう種類の魔獣だよ。魔獣だけど賢いから襲ってきたりはしないけどね」

 

「初めて見ますわ!アルクス兄様、撫でてもよろしいかしら?」

 

「ん、いいよ」

 

「ありがとうですわ!お、おぉ~!あなた綺麗な色の羽してますわね」

 

「カアー」

 

「名前は夜天翡翠よ。翡翠って呼んであげて」

 

「翡翠さんですわね。憶えましたわ」

 

 好奇心旺盛な(イリス)を見ながら、ランドルフはなんとなく彼らの関係性を理解する。

 

 舵取りをしているのはアルのようだが、彼と仲間たちの関係は人間であるラウラとソーニャも含めてほとんど並列的だ。

 

 一昨日寝室に運び込まれたアルを見て沈んでいた彼女らが今は一気に華やいでいる。

 

 ―――――ようやく息子(ユリウス)の話が聞けるのか。

 

 和やかな彼らとは対照的に、ランドルフは緊張と不安を覚えるのだった。




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