日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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ここでは初投稿になります。読んで頂ければありがたい限りです。


また「小説家になろう。」と「カクヨム」にて同作を2~3日に1度連載投稿しております。


現在両サイトにて投稿されているものとこちらに投稿するものは少々文体が違う場合があります。


こちらへは定期的にある程度纏めて更新していく予定です。


24話 アルクスとシルト家 (虹耀暦1286年9月:アルクス14歳)

 アルクスとマルクガルムの稽古は怒れる凛華とシルフィエーラによって中断され、その後ランドルフの招きで全員が領主館本館で食事を摂る運びとなった。

 

 ランドルフが早い内に妻のメリッサやトビアス(息子)の妻リディアへ紹介しようと思ったからだ。

 

 誘われたアルは当初どうすべきなのか困惑を隠せず、珍しくおろおろしてしまった。

 

 敵意や警戒心を浮かべなかったのは心身が快復しきっていて余裕があったからだろう。

 

 一番心配していた凛華とエーラはその様子にようやっと胸を撫で下ろし、ラウラも彼女らと似たような表情を浮かべることとなった。

 

「アル殿、行くべきなのでは?貴殿の父上はランドルフ様の息子なのだろう?」

 

「あぁ・・・うん。そうだよ、たぶん」

 

 ソーニャの言に歯切れ悪く返すアル。

 

「お婆様もお母様も酷いことを言ったりするような人ではありませんから、行きましょう?お話聞きたいですわ。マルク様もアルクス兄様に何か言ってくださいまし」

 

 イリスは淡褐色(ヘーゼル)の瞳をクリクリさせた。

 

 先程の稽古はアルとマルクをいたく尊敬する切っ掛けになったらしい。なんとなく流していたが呼び方が変わっている。

 

「どうせ挨拶しなきゃだろ?らしくねえぞ」

 

 マルクはイリスに請われるがまま、そんな風に言った。

 

「うん。じゃあ、その・・・行きます」

 

 アルがそう言って渋々承諾するという一連の会話があったおかげで朝食からシルト家の面々との顔合わせが叶ったのだ。イリスのお手柄である。

 

 

 ちなみに領軍の兵の中には朝から鍛錬に出向いた者たちがいたのだが、アルとマルクの実戦稽古を瞬きもせず見学していた。

 

 アルとマルクの出した魔力の波動や高威力の属性魔力も一因だが、そもそもラウラたちの救出任務へ出向いた際に彼らの強さを目の当たりにしていたのだ。

 

 ボロボロになった練兵場の一角を見て何があったんだと問う同僚たちへ彼らは興奮冷めやらぬ様子で熱く語るのであった。

 

 

 ***

 

 

 領主館のシルト家の長い食卓についていたトビアスは現れた祖父と娘、そしてその後ろに続くアルたち6人を見て目を丸くし、同時に練兵場の方で響いていた轟音は彼らのものかと直感的に理解した。

 

「やあ、おはよう。目が覚めたみたいで何よりだよ」

 

 トビアスがアルへ声を掛けてみれば、

 

「ありがとうございます。ご迷惑をお掛けしました」

 

 と至って普通の回答が返ってくる。

 

 ―――――おやっ?自分は警戒されていたのではなかったか?

 

 トビアスがそう思ってアルの表情を見てみても、彼の顔には緊張こそ浮かんではいるが警戒心や敵意は微塵も感じられなかった。

 

 ―――――何があったんです?

 

 トビアスがそんな視線をランドルフに向けると、父は娘へと目を遣る。イリスはアルとマルクに尊敬の視線を送っていた。

 

 それでなんとなく察する。どうやら娘のおかげで彼も警戒を解いてくれたらしい、と。

 

 アルとしてもイリスからは一切の邪気を感じなかった為、警戒するだけ杞憂に終わるだろうと判断していた。神経を擦り減らすのは外敵相手だけで充分だ。

 

 そこへ落ち着いた女性の声がかかる。

 

「あなた、そちらのお客様方はどなたかしら?客棟の方にいらした方々でしょう?」

 

 トビアスの妻リディアだ。イリスより明るい茶髪と淡褐色の瞳。優し気な顔つきは活発そうな娘とは対照的な印象を与えている。

 

「ああ、彼らは―――」

 

「ユリウス・・・!?」

 

 トビアスが妻へアルたち6人を紹介しようとした時だ。その後ろから来た初老の女性が彼ら――というより『封刻紋』を締め直した青黒い髪のアルを見て愕然とした様子で呟いた。

 

「母上、落ち着いてください。彼らをここへ招いたのはその話もあったからなんです」

 

「メリッサ」

 

 トビアスは母メリッサへ席に着いてもらうよう促す。ランドルフは妻ならアルクスの顔を見て反応するだろうと思っていたのですぐさま肩に手を置いて席へ促した。

 

「え、ええ・・・そうね、落ち着きましょう。そこのあなたも急にごめんなさいね」

 

「あ、いえ・・・」

 

 ランドルフと違い白髪の混じっていない黒髪を揺らしてメリッサが謝罪すると、アルは心苦しそうな表情でたどたどしく返事をする。

 

 

 全員が席に着いたところでトビアスはシルト家当主として口を開いた。

 

「まず、母上やリディアの疑問を解決したいと思う。彼らは聖国の者に追われていた共和国のラウラ・シェーンベルグ嬢、ソーニャ・アインホルン嬢と、その護衛をしている武芸者の魔族達だ。すまない、六人とも自己紹介をいいかな?」

 

 その言葉に一人ずつ立ち上がって自己紹介をしていく。トビアスとランドルフの視線を受けたアルはあえて最後に回った。

 

「人狼族、マルクガルム・イェーガー」

 

「鬼人族のイスルギ・凛華」

 

「シルフィエーラ・ローリエ、森人族」

 

「共和国交易都市ヴァリスフォルムが藩主ノーマン・シェーンベルグの娘、ラウラ・シェーンベルグです」

 

「同じくノーマン様の養女、ソーニャ・アインホルンです」

 

 そして最後にアルが立ち上がり、深く息を吸う。

 

「この一党の頭目、アルクス・・・アルクス・シルト・ルミナス。半龍人です」

 

 そう言って後ろ腰に差していた大振りの短剣をゴトリと食卓に置いた。柄頭に刻んである紋章はシルト家のものだ。

 

 メリッサとリディアは頭を殴りつけられたような衝撃を受ける。

 

 眦が裂けそうなほど目を見開いたメリッサはランドルフの方へ視線を向けた。夫は重々しく頷く、その考えで合っていると。

 

「そ、その子は―――」

 

「・・・あなた、ユリウスの子なのね?」

 

 狼狽するリディアを遮ってメリッサが問うた。アルはこくりと頷く。

 

「えっ?え?ユリウスってお義兄様のことよね?」

 

 誰の子?と訊こうとしていたリディアは咄嗟に質問を変え、トビアスに確認した。

 

 会ったことはないが仲の良い兄弟で知られていたし、結婚後少ししてから夫が捜索願を出していたのも知っている。

 

「そうだよ、彼はユリウス―――兄上の忘れ形見だ」

 

 その言葉の意味を正確に理解したメリッサは思わず項垂れてしまった。

 

「お義母様!」

 

 見れば悲し気な目をアルへ向けている。予想はしていたが認めてなるものかと思っていた事実を突きつけられて脱力してしまったのだ。

 

「忘れ形見・・・・・あの子は、ユリウスはもう、この世にはいないのね?」

 

「はい。俺の生まれる少し前に」

 

 アルが答えるとメリッサは肩を震わせ、トビアスとランドルフは神妙な表情を浮かべる。

 

 ―――――彼は顔すら知らなかったのか。

 

「アルクス君、君の歳は?」

 

「十四です」

 

 その回答にユリウスの没したのが15年ほど前だとシルト家の面々は察した。

 

「どうして・・・亡くなったの?」

 

 メリッサの震えた声がトビアスとランドルフの最も聞きたかった質問を紡ぐ。

 

「魔族狩りを行っていた聖騎士と神殿騎士を相手に討ち死にしたと聞いています」

 

 アルの声はあくまでも淡々としていた。トビアスとランドルフが聖国への怒りが増大させる。 

 

 ―――――連中はどこまで・・・・・!

 

 そこに涼やかな声が届いた。

 

「アル、それじゃお父さんが負けたみたいじゃない。兄貴はあんたのお父さんがいなきゃ死んでたのよ?」

 

 二本角の生えた鬼人族、凛華だ。父の友人で兄の恩人をそんな簡単に言い表すのは不本意だったのだ。

 

 ―――――確かに言い足りなかった。

 

 アルとて父ユリウスを誇りに思うことはあっても恥に思った事など一度としてない。

 

「聖騎士一名を倒して、もう一名に重傷を負わせ、神殿騎士たちから魔族の村人たちを守り通して亡くなったそうです。里に戻れば父さんに助けられたって人、結構います。だから俺が半龍人でも除け者とかされずに可愛がってもらえたんです」

 

 その言葉に凛華とエーラ、マルクが反応する。

 

 ―――――そんな風に思ってたのか・・・・・。

 

 旅に出た理由もアルの口から聞いたことはなかったがなんとなく理解できてしまった。

 

 

 シルト家の面々はユリウスの死に様を誇ればいいのか悲しめばいいのかわからない。だが、やはり悲しみが強い。生きていて欲しかった。

 

「父さんたちが駆けつけたときはもうほとんど亡くなってたらしいけど、それでも折れた剣と砕けた盾を騎士共に向けてたって聞いたわ。父さん、お墓参りに行く前の日は大体そんな話してたわよ、もっと早く辿り着いてればって」

 

 凛華の言葉にアルは目を丸くする。八重蔵がたびたびユリウスの墓参りに向かうのは知っていたがそんなに湿っぽいことを言う姿はあまり想像できない。

 

「そうだったの?昔一回聞いただけだったし、母さんが哀しそうにするからその時の話は聞けなくてさ。母さんも直接見てたわけじゃないし」

 

 トビアスとランドルフはアルが長剣ではなく短剣を持っている理由を察した。折れたものをずっと大事に持っていて旅に出る息子へ磨り上げて渡したのだ、護剣として。

 

 メリッサが嗚咽を漏らす。みっともなくていいから生きていてほしかった。

 

 そんな気持ちがわかるのか、リディアがその背を優しく撫でた。

 

「うちの親父も言ってたぜ?あのとき自分が組んでれば、今頃一緒に酒を呑んでたろうってよ」

 

「マモンおじさんも?それも知らなかったよ」

 

「親父たちはお前の親父さんと仲良かったらしいからな。なんかあったら集まって墓で酒飲んでたぞ。そんでよく母ちゃんに怒られてた」

 

「想像つかないなぁ。父さん関連の思い出って母さんが月一でコレと盾磨きながら話してくれた昔話とか墓参りのことくらいだったし」

 

 アルとその仲間たちの言葉でとうとうランドルフも涙を堪え切れなくなる。トビアスの瞳にも涙が浮かんでいた。

 

 ラウラとソーニャはアルの背景を初めて聞いた新鮮さと、聖国に対するこの上ない怒りを感じていた。

 

「ずずっ・・・・兄上は帝国人としても、武芸者としても立派だったのだな」

 

 鼻水を啜りながらトビアスがそう言えば、

 

「里では英雄扱いされてたもの、当然よ。まあ知らないお馬鹿さんが煽ってアルにボコボコにされたけどね」

 

 と凛華が笑う。

 

「カミルとニナのことでしょ?アルが許したんだからもう許してあげようよ」

 

 エーラが苦笑した。

 

「別に今更怒ってないわよ?そんなこともあったわねってだけよ」

 

 凛華は魅力的な笑みを浮かべてクスクスと笑う。どうやら本当に思い出話をしただけのようだ。

 

 そこへシルト家の中で現在最も冷静な者がアルへ問う。

 

「ではアルクス兄様は伯父上のようになりたくて武芸者になったのですか?」

 

 イリスだ。アル同様ユリウスとの面識がなく、リディアほど感情移入できる立場でもないため、神妙な表情はしているが好奇心を押さえ込むほどではなかった。

 

 その言葉にシルト家の大人達はハッとする。片親で半魔族ながら故郷にしっかりと馴染んでいたはずの青年。

 

 それがどうして里を出ておまけに聖国と争っていたのか?何か里であったのだろうか?

 

 アルは苦笑いを浮かべた。

 

「父さんみたいにはなりたいよ。でも里を出たのはちょっとまた違うんだ」

 

「どういうことですの?」

 

「龍人族って魔族の中でも戦闘民族なんだよ。龍人の強すぎる闘争本能を父さんの、人間の血じゃ抑えきれなくて昔、森を吹っ飛ばしちゃったんだ」

 

 その言葉に魔族組が己の不甲斐なさを思い出して苦い顔を浮かべ、ラウラたちとシルト家人間組は純粋に驚く。

 

「吹っ飛ばした、ですの?」

 

「うん、高位魔獣と戦ってるときに大怪我しちゃってさ。その時に意識がなくなったんだけど記憶がない間、誰彼構わず大暴れしたみたいなんだよ」

 

「ではその罰で?」

 

 イリスが聞いちゃいけないことだったかなと恐る恐る問えば、アルは首を緩く横に振った。

 

「ううん。里の皆は優しかったよ。『大丈夫か?ちゃんと安静にして早く怪我治すんだぞ』ってさ」

 

「じゃあどうして出たんですの?わかりませんわ」

 

 キョトンとするイリスにアルはその時を振り返りながら当時一番頭を占めていた感情を言葉にする。

 

「誰からも怒られない、みんな優しいのが辛かったんだよ」

 

「「「!」」」

 

 魔族組が驚愕した。あれは隠れ里からすればアルを労わるのが当然だったが、当の本人は嫌だったのだ。

 

 アルの口から直接聞くのはこれが初めてだが、思いのほか衝撃が大きい。

 

「叱られたかったんですの?」

 

「文句を言って欲しかったんだよ。『なんてことしたんだ未熟者!』ってさ。それで、なんで怒られないんだろって考えたら父さんと母さんのおかげだって気付いてさ」

 

「それで、どうしたんですの?」

 

「父さんみたいに何もないところから魔族の皆に信用されて、受け入れてもらえるような人に外で成長したいって里長に願い出たんだよ。龍人の血をどうにか抑えてみせるからってさ」

 

 この経緯は大人組は勿論知っている。しかしマルクたちは知らなかった。

 

 アルが里を出たがっている。そしてそれに向けて準備をしている。聞いたのはそれだけだった。

 

 真相を知った魔族組3人は自分たちでもわからないほどショックを受けて声も出ない。

 

「血を抑える?」

 

 イリスは後半に興味を惹かれた。

 

「うん、俺は半龍人だけど龍血を封印して今はほとんど人間と変わらないんだ」

 

「そうなんですの?」

 

「うん、解除していくと元に戻っていくんだよ。さっき見たろ?」

 

「あの髪色が変わるやつですか?てっきり”魔法”だと思ってましたわ」

 

 灰髪に変わったアルの姿を思い出してイリスが言えば、

 

「軽く封印を解いただけだよ。解除したって俺は”魔法”使えないよ。龍眼くらいしか使えるものはないかな」

 

 とアルが返す。

 

「もう一回見たいですわ」

 

「・・・あの、私も見たいです」

 

 イリスにラウラが乗っかった。一昨日のかなり天気が悪いなか戦闘しているところしか見ていない。

 

 落ち着いた場所で見てみたいとラウラは思っていたのだ。

 

「うーん。まぁ、ラウラも言ってるしいいよ」

 

 そう言ってアルは心臓のうえに浮かぶ『八針封刻紋』を解く。あの時と同じ6針だ。少しの間ならここまで解いても影響はない。

 

「おおっ!綺麗な眼をしてますのね!」

 

「け、結構印象変わりますね・・・!」

 

 白っぽい灰髪に緋色の瞳へ変わったアルへイリスが歓声をあげた。なんかかっこいいくらいの感覚だ。

 

 ラウラは新鮮なアルの姿に少々ドギマギしてしまう。ここまで明るい色の瞳になると元の目力の強さがよりハッキリしてしまって視線を合わせづらい。

 

 シルト家の面々はその事情と変化した姿に目を瞠った。聞いたことのない話ばかりだ。

 

 半魔族に血の暴走、それを封印しているらしき魔術。そして意思の強さを体現したような眼、そこにユリウスの面影を見る。

 

 瞳の色こそ違うがやはり似ていた。

 

「アルの眼はもっと真紅に近いわよ。髪だって本当は銀色だし、そっちのが似合ってるのに」

 

 凛華が不満を垂れる。めっきり見なくなってしまってなんか口惜しいのだ。

 

「しょうがないじゃん。だから待っててって言ったろ?」

 

 アルは穏やかに凛華を宥めた。

 

「そうね、待っててあげるわ」

 

 凛華はアルにしか見せないとっておきの笑みを返す。

 

「ボクは龍眼が見たいなぁ、アル」

 

「はいはい、わかったよ」

 

 甘えるエーラにアルは苦笑した。確かにここ最近は龍眼を使っていない。一昨日とさっき使ったくらいだ。

 

「龍眼ってなんですの?」

 

「あの瞳孔が細くなる状態でしょうか?」

 

 ラウラとイリスがほぼ同時に問う。

 

「これだよ」

 

 緋色の瞳に浮いていた瞳孔がキュッと縦に細長いスリット状へ変化した。

 

「ほう!そうされると魔族っぽいですわね!」

 

 好奇心を最大限に発揮するイリス。

 

「これくらいしかできないんだけどね」

 

 ”魔法”の使えないアルがそう言うと、ラウラは龍眼を覗き込みながら訊ねる。

 

「なんか新鮮ですね。この状態は何ができるんでしょうか?」

 

「魔力が見えるんだよ」

 

「魔力?じゃあもしかして―――」

 

 ラウラが思い出したのは薄らぼんやり輪郭が見える何かをアルが斬り飛ばした瞬間だった。

 

「うん、あいつの”右腕”も”左手”も魔力で出来てたからバッチリ見えたよ」

 

「じゃあ斬ったのも?」

 

 今のラウラは強くなろうと努力しているところだ。自分があの追手たちとも互角に戦えればと思うこと頻りなので貪欲に質問を重ねた。

 

「そっちは魔術と闘気だよ。ラウラたちは今やっても魔力がすぐに底をつくだろうからおいおい教えるつもり。その時は専用の術式でも考えようか」

 

 アルは『封刻紋』を閉め直しながらそう答える。凛華とエーラは「戻すのがはやいー」と不満そうな顔をした。

 

 ラウラはアルやマルクたちが自分たちを当然のように仲間として扱ってくれていることを知っている。

 

「―――はいっ!」

 

 だからこそ嬉しくなって満面の笑みで返事をするのだった。

 

 

 そこへ立ち直ったトビアスが問いかける。

 

「ラウラ嬢から聞いてるけど、帝都を目指してるのはどうしてなんだい?」

 

 里を出た経緯は理解したが帝都に行く理由はわからない。

 

「ターフェル魔導学院への入学が里を出る条件だからです。武芸者になって戦闘に明け暮れたり危ない目に遭うくらいなら大人になるまでは魔族にとって一番安全な帝国にいる方がいいだろうっていう師匠、里長からの愛情です。まぁ一番ヤバい国とぶつかる羽目になりましたけど」

 

「な、るほど。じゃあ帝都に向けてすぐ立つのかい?」

 

 帝国伯爵家領主はアルの返答に帝国人としての誇りを刺激されながら今後の方針を訊ねた。アルは首を横に振る。

 

「とりあえずこの都市で路銀を稼ぐ予定です。当分は追われたりしないでしょうし、ラウラとソーニャにも強くなってもらう予定ですから。それに・・・いい加減ラウラの財布からほとんど払ってもらってる状況をどうにかしたいですし」

 

 アルはおどけたように言った。ヒモみたいだと思っていたので、多少自由な金を作っておこうと思っていたのだ。

 

「別に私は構いませんよ?」

 

 ニッコリと揶揄うように笑うラウラにアルも笑みを返しながら首を横に振っている。

 

 リディアとメリッサはラウラの表情に彼女本人ですら気付いていない淡い感情を感じ取った。

 

「トビアス」

 

 ランドルフが声を掛ける。些か鋭いその声音に呼び掛けられた本人は落ち着いて頷いた。

 

「承知しています。アルクス君、それなら君たち6人共この都市にいる間はうちの客室棟を使うと良い。宿代はいらないし食事も出るよ」

 

 トビアス―――というかシルト家の総意のようだ。メリッサも頷いているし、イリスは嬉しそうにはしゃいでいる。

 

「えっ、でもさすがに悪いですし・・・」

 

 アルは遠慮した。トビアスの言う通り、宿泊費や食費が馬鹿にならないのは理解しているが、そこまでされるのは貰い過ぎというものだ。

 

「僕らは君の親戚に当たるんだよ?それに母上や父上は君と話したいこともあるだろうし、君たちだけが得をするわけじゃあないんだ」

 

「・・・・え、ええと」

 

 トビアスの言葉にアルは迷う。己と話をするのが得という感覚がわからない。

 

 仲間に視線をやれば、構わないからアルが決めろという視線を送ってきた。

 

「ふむ、随分遠慮しているな。ではどうだ?ラウラ嬢とソーニャ嬢の鍛錬ついでにうちのイリスを鍛えてもらう、というのは。

 

 魔導学院へ行くのなら魔術に造詣があるだろう、秘奥や独自を教えろとは言わんから基礎的な技術なども教練して貰えれば食事代とも釣り合うのではないか?」

 

 ランドルフの言葉がアルの心をぐらりと揺らす。魔術の知識や考え方は個性が出やすい。

 

 師匠ヴィオレッタによる教育をアルはこれ以上ないほどに最高のものだと信じて疑わない。

 

 ―――――その基礎を教えるというのなら釣り合いも取れる、んじゃないか?

 

「え!?アルクス兄様や他の方々にいろいろ教えていただけるんですのっ?」

 

 元気良く反応したイリスがすでにワクワクした表情をしている。あのド派手な実戦稽古は彼女にとって鮮烈だった。

 

 アルは従妹の顔を見てしばし考え、もう一度仲間に視線をやり、そしてようやく答えを出す。

 

「わかりました、この都市に滞在している間その条件でお世話になります」

 

 そう言って頭を下げた。一党の5人もそれに倣って礼をする。

 

「「「「「(お)世話になります」」」」」

 

「ようこそ。これからよろしくね」

 

 トビアスは歓迎の意を返した。ランドルフやメリッサも頷いているし、リディアも賑やかになりそうだと6人へ笑みを向ける。

 

 もっとも喜んでいるのは当然イリスだ。一気に親戚の兄や姉が増えたのだ。それはもう生き生きしている。

 

「困ったことがあったら言うと良い」

 

 ランドルフの言葉に再度アルは頭を下げ、

 

「ありがとうございます。助かり、ま・・・・・」

 

 途中で言葉を止めた。

 

「うん?」

 

 ランドルフが訝しんでいると、

 

「いきなりでいいですか?」

 

 とアルが顔を上げて問う。

 

 ―――――始まったな。

 

 マルクは苦笑いを浮かべた。

 

 ―――――今度は何を言い出すのやら。

 

「おお、何だね?」

 

 もう一人いた孫の初の願いだ。好々爺のように微笑むランドルフ。

 

「ソーニャに盾の扱い方を教えてやって欲しいんです。父さんは盾の扱いが上手かったって聞いたんですけど、魔族は盾を使う人ほとんどいないし、俺も使わないから誰も教えられないんです」

 

 仲間の為だったようだ。少々残念に思いながらもアルの性格をまた一つ好ましく思うシルト家の大人たち。

 

「アル殿、さすがに畏れ多い気がするのだが」

 

「いいんじゃねえの?」

 

 ソーニャが、他国の貴族にそんなことを頼むなんてと遠慮すれば訓練相手のマルクが良い案じゃないかと口を挟む。

 

「しかしだな」

 

「防ぐにしても逸らすにしても手本があった方が良いのは当たり前だろ?俺の攻撃を捌くのだって今のままじゃ先で詰まる。そのくらいとっくにわかってるだろ」

 

 マルクの言葉にソーニャはむむうっと顎に手をやった。

 

 ―――――それはその通りだがしかし。

 

 ソーニャがそんな風に遠慮したところで、

 

「俺も一緒に頭下げてやっから頼んどこうぜ」

 

 とマルクが励ますような表情を浮かべる。ソーニャはチラリとマルクを一瞥して頭を下げた。

 

「そ、それならよろしくお願いしたい―――いや、お願いします」

 

「お願いします」

 

 ソーニャに続くようにマルクが堂に入った態度でスッと腰を折る。武人としての礼儀礼節を弁えている人狼にランドルフは深く頷いて応えた。

 

「うむ、頼まれた。任せてもらっていいぞ」

 

「良かったな」

 

「ありがたい」

 

 ポンポンと優しく肩を叩くマルクにソーニャは安堵したような笑みを浮かべる。

 

 その時アルの腹が鳴った。

 

「あ、そういえば丸一日食べてないんだっけ」

 

 特に恥ずかしがる様子もなく呟くアルへメリッサは柔らかい笑顔を向けた。

 

「お話が長くなってしまったものね」

 

「そうだね。さ、遅いけれど朝食にしよう」

 

 母の言葉を受けたトビアスが使用人たちを呼んで料理を食卓に運ぶように頼む。

 

 

 シルト家の面々とアルたち6人は程なくして運ばれてきた朝食を摂るのであった。

 

 普段の倍は賑やかでゆったりとした時間。ランドルフとメリッサの瞳にはうっすらと光るものが滲んでいた。




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