また「小説家になろう。」と「カクヨム」にて同作を2~3日に1度連載投稿しております。
現在両サイトにて投稿されているものとこちらに投稿するものは少々文体が違う場合があります。
こちらへは定期的にある程度纏めて更新していく予定です。
武芸都市ウィルデリッタルト。アルクスたち6人と1羽がこの地で武芸者として活動していたのは2週間ほど前まで、今は虹耀暦1287年の2月だ。
そろそろ別の都市に移動すると言い出した彼らをシルト家の面々は暖かく応援して送り出した。
この都市で3か月ほど活動した彼ら一党。順調に等級を上げ、新進気鋭の新人一党として名を馳せていた。まさに光陰矢の如し。
彼らがこの地にやって来たかと思えばいつの間にやら年末になり、年が明けるとすぐ魔導列車に乗って旅立っていった。
この魔導列車は主要都市間を結ぶ帝国の新しい交通網である。この列車の登場によって都市を結ぶ情報伝達、物資輸送など前とは比べ物にならないほど素早い。
開通してまだ10年と少しだが良い時代になったものだ。ランドルフなどはそう考えている。
イリスは彼らに懐いていたものだから旅立ちを応援はしても寂しげな表情は隠せなかった。笑顔で送り出したは良いものの数日は青色吐息で家臣たちを心配させたものだ。
それでも別れ際、彼らに優しく諭してもらったおかげで少しだけ精神的に成長し、またアルクス式魔術教育や戦闘法を学んだ結果、元々筋がいいと言われていた武芸の実力も大幅に上昇した。
そんな折だ、トビアスの妻リディアの妊娠が発覚したのは。すでに4か月ほどだと知ったシルト家の面々は目出たいことだと幸福な雰囲気に包まれていた。
そんなまだまだ寒いある日のこと。領主館の門前に一人の女性がいた。いつ現れたのかもわからない。
洒脱な紫紺のドレスローブに毛皮の防寒具、纏っているものと同じ艶やかな紫紺の長髪。瞳には隠し切れない知性を讃えている。御付きの者として野性味を感じさせる鬼人族の武人が立っていた。
只事ではないと警備の者が誰何すれば、一通の手紙を見せて領主に会いたいと言う。
同国内の貴族や単なる冷やかしであれば面会予約《アポ》を取れと追い返すところだが雰囲気がそうさせない。
勘の良い優秀な警備はその場で待ってもらうよう頼み、領主館へと走った。
魔族らしき女性と鬼人族の男性がやってきたと報告を受けたトビアスは差し出された手紙をサッと読み、慌てて外へと走る。
少々下腹部が膨らんだリディアやイリスは慌てている彼を不思議そうに見つめていた。
ややあってトビアスが客間ではなく家族のいる元に連れて来たのは、門前にいた紫紺色の髪を靡かせた妖艶な女性と一目見れば並ではない実力を持っているとわかる鬼人族の男性だ。
トビアスが緊張気味に問う。
「それで、あなた方は一体どういった理由で当家へ来られたのでしょうか?この手紙にはこれを持った魔族が行くはずだから警戒せず、どうか通してやってほしいというアルクス君の一文と彼の持っている短剣の紋章が印されていたのですが」
手紙を見せてトビアスが言えば、アルの字とそこに無理矢理押したような印があった。彼の短剣の柄頭に刻まれているシルトを表す紋章だ。
アルクスと聞いたイリスはぴょんと立ち上がって興味深そうに父へ問う。
「アルクス兄様たちのお知り合いですの?」
「うん、そうらしいんだけどそれ以上が書いてなくてね」
そんな親娘の会話を聞いた妖艶な女性が微笑んだ。
「お初にお目にかかる。儂の名はヴィオレッタという、姓もあるのじゃが長くての。この者は八重蔵、イスルギ・八重蔵じゃ」
艶やかな声で名乗りを聞いたシルト家の面々は後半の鬼人族の名前に聞き覚えを感じて視線を交わす。
「イスルギ?と申しますと」
「うちの娘が世話になったようで、礼を言わせてもらう」
低く通る声で凛華の父である八重蔵が頭を軽く下げた。自然体でも背筋が通っているおかげで矢鱈とサマになっている。
「凛華姉さまのお父様ですの?」
「おう、そうだぜ嬢ちゃん。うちのが世話になったみたいだな、無愛想で大変だったろう」
イリスが物怖じせずに問えば、八重蔵はニッと笑った。
「凛華姉さまの指導は厳しかったけれど普段は優しかったですわ!」
そんなことないと首をブンブン横に振るイリスを見た鬼人は快活な笑い声を漏らす。
「ははっ、そうかい。あいつは下の子だからな。可愛がれる妹が欲しかったのかもしれねえ」
そう言ってぽんぽんとイリスの頭を撫でた。その撫で方が凛華にそっくりだ。イリスは彼らが本当に親娘なんだという確信を得る。
「八重蔵よ、いきなり崩れておるぞ」
「おっと、すまねえ里長殿」
ヴィオレッタの言葉に八重蔵がパッと手を離して立ち上がった。
ランドルフはトビアスの代わりに問い直す。
「して、一体当家にどういった御用なのでしょうか?」
間違いなく自分を小童呼ばわりできるほどの人物だと看破して遜る。滲み出ている魔力が並だとか常だとかそんなもので表現できる次元にいない。
これほど深みを帯びている魔力は帝都にいるあの御仁からしか感じたことはなかった。
「おお、すまなんだ。我が愛弟子アルクスから手紙を貰っての。祖父母と叔父夫婦の世話になったがやはり貰い過ぎているから何か恩返しをしたいとな」
にこやかに笑うヴィオレッタがそう言えば、
「いえそんな・・・こちらは孫に会えただけでも」
ランドルフは謙遜する。本当に与え過ぎた感覚などない。楽しいひと時だった。
「聖国の連中相手への後処理もやってもらったと書いておる。そちらも申し訳ないと綴られておってのう」
「それこそ、ラウラ嬢を初めとしたアルクス君たちは連中の被害者ですから。帝国の貴族として我々が手を尽くすのは自然の摂理というものです」
トビアスはそう言った。これは魔族を友とする帝国の誇りなのだ。
ヴィオレッタはうんうんと頷き、気持ちの良い方々だと愛弟子から報告は受けていたが事実のようだと心中で溢す。
「うむ、それが帝国と言う国の在り方だとは理解しておるよ。じゃが世話になっておいて何もないというのもあまりに不甲斐ない。そう思ったのじゃろう。アルから提案があったのじゃ」
「提案、ですか?」
―――――どんな提案だろうか?
トビアスは頭を捻る。一番わかりやすいのは金銭だが、魔族はあまりそういった概念を用いない為さっぱり予想がつかない。
「左様。其方らを父ユリウスの墓参りに連れて行ってやってくれんか?という提案と言うよりお願いじゃな。儂の目で見て判断してもらって構わぬからという内容でのう」
「「「っ!?」」」
その言葉にランドルフやメリッサ、トビアスが驚愕に目を剥いた。魔族の里である以上自分たちが入れることはないだろうと思っていたのだ。
「アルたっての願いでの。『相対転移術式』の計算式まで、ほれこの通り手紙につけてきたのじゃよ」
ヴィオレッタはそう言って緻密な計算式がびっしり書かれている手紙の一部を見せる。
この計算式を送ってきた以上ヴィオレッタ直々に動いて欲しいという頼みだと彼女は判断した。そしてその読みは当たっている。
人間を里に入れることになる以上ヴィオレッタの目を通さないなど有り得ないという警戒心もしっかり感じ取れた。
この手紙を読んだヴィオレッタは愛弟子の心技の成長に嬉しくなったものだ。
ランドルフやメリッサ、リディアは『転移術式』という言葉に記憶を掘り起こす。魔力の消費が大きく、難易度が異常な魔術。目視範囲ならどこへでも跳べるが失敗すれば即死と同義なことになる、帝国でも使えるのはたった一人というとんでもない魔術。
「アルクス君、覚えてたのか・・・」
トビアスが思い出したのは護送車での会話だ。彼はどうにか連絡してみると言っていた。
しかし、話を聞いてみれば魔族狩りから同胞を守るための里だと聞いて自分たち人間がそこへ入れてもらえるなど望み薄だと思っていたのだ。
「よろしいのですか!?」
メリッサが勢い込んで訊ねる。お腹を痛めて産んだ最初の子であるユリウスの母としては願ってもないことだった。
「うむ。そこな身重の女性も含めて血族のみ許可したいと思っておる。儂らとてユリウスには恩があるし、トリシャ―――アルの母にも会ってみたいじゃろう?」
そう言われたシルト家の面々は顔を見合わせる。そうだった、ユリウスの妻にも会えるのだ。
「い、いつ出立でしょうかっ?馬車の準備などは?」
俄かに慌ただしく動こうとする家族を抑えてトビアスが訊ねた。
「うん?いつでも構わぬが夜はやめた方が良いのう。ああ、馬車は要らぬよ」
なんとなくアルの持つのんびりさを感じながら彼はヴィオレッタの言葉に首を捻る。
「どういうことでしょう?近いのですか?」
「ここから優に1,000
ヴィオレッタは首を横に振った。
「では長旅になるのでは?」
ランドルフが援護射撃のように訊ねる、まさかそんなことはないだろうと思いながら。しかしヴィオレッタはアッサリとそのまさかを口にした。
「跳ぶのじゃよ。愛弟子の計算式があるから儂らとて今朝方まで里におったくらいじゃし」
「『転移術』を扱えるのですか!?」
目を飛び出させん勢いでトビアスは驚愕する。魔族でもそうそう使えない半ば禁術扱いされているようなものだったと記憶していたが違うのだろうか?
「扱えねばここには来ておらぬよ。アルのおかげで研究が飛躍的に進歩してのう。今や儂の『転移術』は見えぬ場所でも行けるようになっておるのじゃよ」
紫紺の魔女が魔術講義と弟子自慢を並行させて胸を張った。
「その・・・安全性などは?」
申し訳なさそうにするトビアスにヴィオレッタは意外にも理解を示す。
「心配無用じゃ。というても身重なものがおると心配じゃろうしな・・・ううむ。あ、そうじゃ。これでよいかの?」
そう言って
ランドルフとトビアスは愕然とした。
「まさか、その眼は―――」
「『時明しの魔眼』と言う。『転移術』の知識を持っておる帝国人なら知っておると思ったのじゃがどうじゃろうか?」
ヴィオレッタのその
「大変失礼致しました。ご無礼をお許し下さい」
トビアスは即座に頭を下げる。さっきの懸案は釈迦に説法をするようなものだ。不快に思われて当然だろう。
しかしヴィオレッタは、
「良い良い、そう気にするでない。それで移動手段は転移で構わぬじゃろうか?」
とにこやかに問い直した。
知らぬことは罪ではないし、その程度のことで怒りを抱く者など所詮は大海を知らぬ未熟者だ。
「勿論です。すぐに支度してきますので、こちらでお寛ぎ下さい」
トビアスはそう言って踵を返し、家族もそれに続く。
―――――まだ午前の内だが急がねば!
一気にバタバタし始めた。
「里はここより寒いからのう。暖かい恰好をしておくのじゃよ」
優し気な視線でヴィオレッタは声をかける。そんな彼女へ今まで黙っていた八重蔵が口を開いた。
「里長殿よ、トリシャに言っとかなくて良かったんですかい?」
「あやつは綺麗好きじゃから大丈夫じゃろ。今日はユリウスの命日じゃし、待つようにだけは言っておるでの。今頃はユリウスの盾を磨いておる頃合いじゃろう」
「そういうことじゃねえんですが・・・・・まぁなるようになるか」
あっけらかんと言うヴィオレッタに八重蔵はため息をつく。
妻の水葵が何かあるときにおめかししているが、そういうの要るんじゃないの?という質問だったのだ。
まぁ文句を言われるのは自分ではない。さっさと思考の片隅に追いやる八重蔵であった。
***
ややあって準備を済ませたシルト家の5名がヴィオレッタと八重蔵の前に姿を現す。
「さて。ではぼちぼち行こうかの」
バッチリと帝国の礼装を着込んだ5名を見たヴィオレッタは「おや?」と一瞬頭を何かが掠めるが、まあ良いかと声を掛けた。
「はい、お願い致します。あの、目など閉じていなくてよろしいのですか?」
それは余計な情報を見る可能性があるのでは?というトビアスなりの気遣いである。
「構わぬよ。あぁ、じゃが里で見たものは他言無用で頼むぞ」
そういえば忘れてたと注意事項を述べるヴィオレッタ。
「それは勿論です。イリスもいいな?」
「勿論ですわ!」
イリスは元気よく答えた。これでも貴族令嬢、情報の秘匿についてはしっかり心得ている。
「うむ、ならば良いのじゃ。では行こうか」
ヴィオレッタはさらりとイリスの深みのある茶髪を撫で、術式を展開した。
この場にいる7名全員をパッと包み込む術式を見てトビアスたちは目を瞠る。魔術鍵語は滑るように動き回っていた。
見たこともない系統と素人目でもわかるほど精緻で美しい術式だ。
「すごいですわ・・・」
「くふふ、そうじゃろう」
悪戯っぽい笑みを浮かべたヴィオレッタはそう言って魔力を込める。
途端に術式が明滅する。次いで弾けるように広がった白光が7人を包み、一瞬の収縮の後、ひゅんっと小さくなって消え去る。
光が消えた場所には彼らのいた痕跡が残っているのみとなるのであった。
***
鼻歌を口ずさみながらユリウスの形見である盾を磨いていたアルの母トリシャは扉の叩く音に反応して声を投げかけた。
「はーい?どなたー?」
すると聞き知った声が扉越しに返ってくる。
「儂じゃ、トリシャ」
「あらヴィー、やーっと来たのね。お墓参り待ってたのよ。早く行きましょ」
盾を抱えたまま、ほいほーいっと戸を開ければそこにはヴィオレッタとその後ろに壮年の夫婦と若々しい中年の夫婦、そしてその子供と思わしき少女がいた。
ヴィオレッタ以外やたらとかっちりした格好だ。
「あら?えーと・・・ヴィー、後ろの方々はどなたかしら?」
大所帯に首を傾げるトリシャ。
「アルの祖父母と叔父夫婦と従妹じゃ」
さも当然という風に答えるヴィオレッタ。その一言でトリシャはピシッと動きを止めた。
―――――今、なんて?
「・・・・・待って。え?ねえ、じゃあその人たち」
「ユリウスの御父母と弟夫婦じゃな」
頭がこんがらがっているトリシャへヴィオレッタがわかりやすく教える。
「えええええええっ!ちょ、ちょっといきなり聞いてない、じゃない!待ってもらって、じゃない!えーと、入って待ってもらってて!準備してくるから!」
トリシャは驚愕の末、なんてこったい!と慌てて戸を開き、ヴィオレッタに来客の対応を任せ、ユリウスの盾を食卓に置いて急いで私室へと走った。
アルからの手紙で彼らの存在自体は知っている。しかし、だ。
―――――今日来るなんて聞いてないわよ!
と心中で悲鳴を上げる。
彼らの後ろで八重蔵がやっぱりこうなったなという顔をするのであった。
***
アルクスの生家、ルミナス家に通されたシルト家の面々はまずトリシャの銀髪、紅瞳といまだ健在の美貌と若さに驚いていた。
アルがあんな顔立ちなのも頷けるというものだ。
「わ、若いですね」
「あなた?」
トビアスの一言にリディアが冷たい視線を向ける。
―――――お腹にいる子は誰の子だと思ってるんだ?
そんな視線だった。
「いや、違うんだよ。アルクス君の歳を考えても若くてビックリしたんだ。どう見ても彼の母上なのはわかるし」
背筋に嫌な汗を掻きながら慌てて弁明するトビアス。これでもシルト家は全員が若々しいのだがトリシャやヴィオレッタは格が違う。
「と言うてもそちらのランドルフ殿より歳上じゃよ。あやつ、儂が知っておるだけでも百年くらいは暴れておったからのう」
ヴィオレッタはしみじみと言った。今の穏やかなトリシャになるまで随分かかったものだ。
「魔族の寿命とはやはり長いものですね」
長寿が多い魔族の性質を知っていてもトビアスは驚きを隠せない。
「あやつはあやつで強者じゃからのう。魔力の質も相応に深いのじゃよ」
魔力量がそう多くなくても質が深ければ寿命が長いというのはこの世界での常識だ。
ただ元々魔力量が多く、必然的に使う頻度が増える魔族の寿命が長くなりやすい。ヴィオレッタは迂遠な説明を行った。
過去大暴れしていたなど余り印象は良くないだろうと気を遣ったのだ。アポなしで面会はさせるが。
そんな会話をしているとトリシャが慌てて出てくる。
「お、お待たせしました。アル―――息子から聞いております。大変お世話になったそうで、私からもお礼を言わせて下さい。ありがとうございます。アルクスの母、トリシャと言います」
トリシャが銀髪を揺らして頭を下げれば、
「これはご丁寧に。私はユリウスの父、ランドルフ・シルト。こちらは妻のメリッサ・シルトです。こちらがユリウスの弟トビアス・シルトとその妻リディア・シルト。そして二人の娘であり、アルクス君の従妹に当たるイリス・シルトです」
ランドルフが礼を返しながら全員の紹介をした。
トリシャは義理の両親ということで畏まりながら、
「よろしくお願いします。結婚の挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。あまり森を出られず、ユリウス―――夫の方からも帝国の武芸者だとしか話を聞けていなかったもので」
と述べる。当時は魔族狩りも頻発していたし、アルが生まれて子育てをしながら帝国内を探すことなど到底できなかった。
ランドルフやメリッサ、トビアス、リディアはそこらへんの事情を慮る。
「いえ、こういう機会が来るとはこちらも思っていませんでしたので幸運でした。ところでこの盾は・・・?」
メリッサが挨拶を返しつつ問う。当時の世情的にも難しいことだったろうことは想像に難くない。それよりトリシャが持っていた盾が気になっていた。
丁寧に割れ目を継いである盾。これはやはり・・・・・。
「ユリウスの、夫の形見です」
トリシャは哀し気な顔でそう答えた。ユリウスの遺体を供養した後、救出された魔族たちが村の跡に戻ってかき集めてきてくれた盾だ。
同じく助けられたキースが継いでトリシャに持ってきた。盾としての機能は死んでいるが彼の形見だからと、感謝と謝罪を述べながら返してくれたのだ。
トリシャは静かにそれを説明した。
「そうでしたか・・・」
メリッサは盾を撫でながら涙を浮かべる。事情を聞いてはいたが遺品を見ると実感が湧いてしまう。トリシャも思い出したのか潤む目を擦っていた。
「思い出話も大事じゃが先に墓参りを済ませるとしようかの。この時期は日が短いからの」
ヴィオレッタはそう告げて外へ出る。一同はそれもそうだと外へ出ることとなった。
***
身重な女性を長々と歩かせるのもよろしくない。隠れ里の南門から伸びる共同墓地までの道に向かってヴィオレッタが魔術を発動させた。
「『陸舟』」
「それって、確かアルが考えた魔術よね?」
「そうじゃよ。簡潔で拡張性の高い魔術、さすがは儂の弟子じゃろう」
「私の息子でもあるんだけど?」
言い合う友人同士にイリスが口を挟む。
「アルクス兄様やっぱりすごいですわね!」
「イリスちゃんだったわね。アルは優しくしてくれた?元気にしてたかしら?」
「はい!
トリシャが優し気に問えば、イリスは力強く頷いた。
「良かったわ。抱え込み過ぎてないか心配だったから」
「あやつらは支え合っておる。大丈夫じゃ」
「そうね。準聖騎士と戦ったって聞いたときは心臓止まるかと思ったけど」
ユリウスのようなことになって欲しくないトリシャがアルからの手紙を読んで背筋を凍らせたことを思い返す。
「不甲斐なくて申し訳ない。駆けつけたときには戦闘中で手も出せないほど激化しておりまして」
トビアスが苦い顔でトリシャへ謝罪した。
「あ、いいえ。あの子たちの選択だったんでしょう。覚悟もないのに、そのラウラちゃん?たちに手を貸すような子たちじゃありませんから」
トビアスの謝罪をトリシャはやんわりと断る。戦うと決断したのはアルだ。誰のせいでもないし結局無事だ。これ以上のことはない。
肚を括っているトリシャの様子にユリウスの件を察したメリッサとリディアが語り掛ける。『陸舟』はゆっくりと進みだした。
***
共同墓地につくまで彼らは様々な話をした。
ユリウスと出会った頃の事や結婚するに至った流れ、アルの成長の思い出、どうして彼があの歳であそこまで鍛錬を積んでいるのかなど多岐に及んだ。
墓地についたトリシャとヴィオレッタは迷いなくユリウスの墓前へと向かう。シルト家の者たちは整然としながらも幻想的なその風景に見惚れつつ大人しく後ろを歩いた。
「ここじゃ」
そこにはユリウス・シルトと書かれた盾型の真っ白な墓石がある。
見れば供え物の数がひと際多い。酒や花束が周りを囲むように供えられていた。
「兄上・・・」
ユリウス・シルトと刻まれた下には、
―――多くの魔族を救い、真に魔族と手を取り合った者、ここに眠る―――
と彫り込まれている。
手入れを欠かした様子が見られないその墓石にメリッサとランドルフは頽れるように跪いた。
「ユリウスっ・・・!良かったっ、わねぇ。こんなに素敵な場所で、眠らせてもらえて。お母さん、心配してたのよ?でも、素敵なお嫁さんももらえて、あんな良い子も生まれて・・・・・・本当に、良かったわね」
メリッサは涙を溢しながら墓石を撫でる。声も囁くように細いが、最後は微笑んでみせた。ようやく会えたのだ。
「誇りに思うぞ、ユリウス・・・お前は自慢の息子だ。お前の息子アルクスも立派だぞ?しかしお前のように無理をしやすいように見える。ちゃんと見守っててやるのだぞ?」
ランドルフも大粒の涙を流しながら語り掛ける。帝国人としてこれ以上ないほど誇れる息子だ。その思いと哀しみがないまぜになってランドルフを襲っていた。
「兄上・・・・・・どうか安らかに」
トビアスは静かに祈る。この墓を見て悟った。兄が本当に人間として魔族の彼らに受け入れられていたこと、そして惜しまれて亡くなったことを。
そして同時に誓った。聖国に対して断固とした姿勢を取り、アルクスたちを生きている人間として見守り続けることを。固く、固く誓うのであった。
リディアが静かに祈る中、イリスが疑問の声を上げる。
「お墓にはユリウス・シルトと彫ってありますわよね?どうして兄様はアルクス・シルト・ルミナスですの?」
言われてみれば確かにそうだ。シルト家の者が思い、トリシャへ視線を向けると彼女はバツの悪そうに頬を掻いた。
するとヴィオレッタが代わりに応える。
「ユリウスとトリシャは姓をどうするかで揉めておったのじゃよ。ルミナスになろうとするユリウスとシルトになろうとするトリシャでの」
あのときはなかなか盛大な夫婦喧嘩であったと振り返るヴィオレッタ。
「だ、だって当時はユリウスが貴族の出とか知らなかったし」
指を合わせながらトリシャが弁明する。
「それでまあ一旦その問題は置いておこうとしておったのじゃよ。子供が生まれたらまた考え直そうとな」
「その前にユリウスが逝っちゃって、お墓どうするか聞かれてとりあえず元の名前にしたのよ。その後アルが生まれたときにユリウスがルミナス姓を名乗りたがってたなぁって・・・・でもシルトって名前も消したくなかったからアルクス・シルト・ルミナスにしたの」
そう言ってトリシャがユリウスの名前の後ろを撫でる。初めての子育てだとか転生者だとかアルのことですっかり墓の名前を変えるのを忘れていたと思い出したのだ。
トビアスたちは経緯を理解して複雑な心境だ。
トリシャがバタバタしていたであろうことは容易に想像がつく。きっと当時は大変だったろう。そのときに知っていれば、何か手伝えたかもしれない。そう思えてならなかった。
「私もトリシャ・シルト・ルミナスに改名したし、追加しとかないとね。入るかしら?」
「うちの職人たちなら問題なかろう」
そんな会話をヴィオレッタとトリシャが交わしていたところへ酒樽を担いだ八重蔵と人狼族のマモン、森人族のラファルがやってくる。
「汝ら、今年もか?」
ヴィオレッタはどこか呆れたような目で問うた。
「里長殿、年明け最初のユリウスの墓参りはこうする決まりなのだ」
とマモンが言う。その目は至って真剣だ。
「いろいろありましたからな。報告事項が多いのです」
ラファルも同様に頷いた。
「よっこらっせと」
ドンと酒樽を置く八重蔵。ユリウスの墓の真横だ。トビアスは状況を掴めず八重蔵へ訊ねる。
「どういう集まりなのですか?」
「ユリウスの墓参りは、年に一回だけ盛大にここで呑むんだよ」
「いや汝ら、年がら年中ユリウスの墓参りでは酒呑んどるじゃろ」
鋭いヴィオレッタのツッコミ。
「水葵に散々シバかれてたじゃないの」
呆れたトリシャの視線。
「わかってねえな。いつもは瓶。今日は樽だ」
そんなものを跳ね除けて八重蔵はのたまった。
「お酒呑むことに変わりはないじゃないの」
「良いんだよ、ユリウスと酒呑みに来てんだから。っと話が逸れちまった。年一でこうして酒盛りをしてんだ。最初は思い出話なんかをしてたんだが、ほらユリウスに似てアルはちっともジッとしてないだろ?
毎年色々やらかすからその報告会も兼ねてんのさ。今回は多いぞ。なんたってあいつらと神殿騎士共がぶつかったって聞いて俺が調査に行った苦労話なんかもあるからな」
そう言う八重蔵の目はユリウスへの親愛に満ちている。
「毎年やっておられるので?」
今度はランドルフが問う。
「おうよ、毎年だ。あんたらもどうだい?」
威勢よく返す八重蔵がユリウス用の酒杯に並々と酒を注いでコトリと置いた。手慣れたようにラファルが椅子と小さな卓を作り、マモンがツマミを置いていく。
ランドルフとトビアスは顔を見合わせ、その後互いの妻に視線を送った。ここまで親しまれているユリウスの話を知りたくなったのだ。
「構いません。私たちはトリシャさんにお話を伺いますから」
メリッサはそう言って微笑む。気持ちの整理がついてかなりスッキリした顔だ。
「そうか。では我々も参加させてもらいたい」
ランドルフとトビアスが進み出て言うと、
「大歓迎だ。こちらも礼が言いたくてな」
とマモンが返した。
「礼?」
「マルクの父、マモン・イェーガーという。息子が世話になった」
「マルク君の父君でしたか」
「そっちはシルフィエーラの親父だ」
「親父はよせ、老けて聞こえるだろう。シルフィエーラの父、ラファル・ローリエです。お見知りおきを」
「こちらこそ。そちらは父のランドルフ・シルト。私は兄上―――ユリウスの弟、トビアスと申します」
「よろしく」
「おーし、行き渡ったな。じゃあまずは献杯だ」
早くも酒杯を掲げ出す八重蔵と釣られるように酒杯を軽く掲げるランドルフとトビアス。
「もう始めちゃったわ」
トリシャがはあ、と呆れた。
「いつものことじゃ。さ、儂らは暖かいトリシャの家で茶でも呑もうか」
ヴィオレッタはメリッサとリディアへ呼びかけ、イリスの手を引く。そろそろ身体も冷えてくる頃だ。そのまま酒を入れた男共をほったらかしにして隠れ里へと戻っていった。
こうして男共は途中で合流したキースたちと更に盛り上がり、トリシャは義母と義妹、姪との絆を深める印象強い一日となった。
アルクスの恩返しは思いの外多くの絆を生み出し、いつの間にやら毎年の恒例行事となっていくのであった。
評価や応援等頂くと非常にうれしいです!
感想も受け付けておりますので是非ともよろしくお願い致します。