また「小説家になろう。」と「カクヨム」にて同作を2~3日に1度連載投稿しております。
現在両サイトにて投稿されているものとこちらに投稿するものは少々文体が違う場合があります。
こちらへは定期的にある程度纏めて更新していく予定です。
25話 一党、初めての依頼 (虹耀暦1286年9月:アルクス14歳)
9月も下旬を過ぎた頃、アルクス達6人は晴れて武芸者活動を開始するに至った。『黒鉄の旋風』の褒賞授与式が執り行われた翌日のことである。
武芸者活動を始めると言ってもあくせく働きまくるということはない。むしろかなりのスローペースで仕事を行うと決めた。
と、いうのもラウラ・シェーンベルグ及びソーニャ・アインホルンの捕縛が目的だったとは言え、聖国の侵略と取られてもおかしくない軍事行動とアル達は真っ向からぶつかって食い止めた立役者だ。
先輩武芸者同様褒賞金を貰って当然とトビアスが主張し、一人50万ダーナを4人に―――つまり計200万ダーナを与えることにした。
しかし、アルがラウラ達も神殿騎士達の動きを包み隠さずヴァルトシュタット支部長に伝え、最後は共に戦っていたし、そもそも護衛依頼の一環であると主張。
その協議の結果一人30万ダーナ、つまり総計180万ダーナを受け取ることになり、あまり金に困っていないのだ。
これから武芸者として金を稼ぐつもりのアル達にとって先立つものがあるのは当然良いことだが、それで向上心を無くして腐れてしまっては本末転倒である。
ついでに言えばラウラとソーニャの持参金が6人分の食い扶持で急速に減っていく危惧もしていたし、魔族組4人は金銭というものの感覚が手に馴染んでいない。
その感覚を身に着ける為にもあまり大きな金額を貰って変な金銭感覚を持ちたくなかったのだ。
ヴァルトシュタットにて、高級部位お買い得品と銘打たれた鹿肉串20本入り
アルは「一本5ダーナならこれって安いのかな?」と思っていたのだが、ラウラが「結構しますね」と言ったことで少なくない動揺を受けた。ところ変わればというやつである。
世界そのものが違うのだから価値観も違う。前世の金銭感覚はそれほどアテにならないと理解した一件であった。
こういった理由で必死に働く必要はないが、貯金を目減りさせない程度のペースで働くことにしたのだ。
ちなみに30万ダーナが大金だとわかった時点でアルは6人それぞれの帝国銀行口座を開設し、そこに預入れた。
当然アルの背嚢に入っていたそこそこの重みであったラウラとソーニャの大、中金貨もだ。トビアスのおかげで口座開設はスムーズに行われ、アルは胸を撫で下ろすのだった。
***
領主館からそう遠くない位置にある武芸者協会ウィルデリッタルト支部の建物はかなり大きく、また整然としている。
前世の役所のような風合いと言えばわかりやすいだろうか。そんな建物内に酒も出す食堂が置いてあるのだから当初アルは奇妙なものを見るような表情を浮かべることとなった。
「依頼の確認を致します」
ハキハキと喋る受付嬢の確認にアル達6人が頷く。いつも通り三ツ足鴉の夜天翡翠はアルの左肩には止まっている。
「ウィルデリッタルト郊外にて害獣あり、それらの駆逐及び農場の防衛が今回の依頼内容です。害獣は牙猪がほとんど、報酬は五〇〇ダーナ。魔族であるあなた方四人は四等級。少々退屈な依頼となってしまう可能性があり、また等級と釣り合う報酬ではありませんがよろしいでしょうか?」
「ええ、お願いします」
事務的な口調で告げられた依頼内容にアルは是と答えた。
いきなり高難度の依頼をやってヘマをするのも評価に響くし、ラウラとソーニャを鍛えるという意味でもこれが最善だ。
「ではこれをどうぞ。正直に言えば未実績の方が高難度を持ち込んでいたら止めようと思っていたのですが無用な心配だったようですね」
依頼書を手渡しながら受付嬢が初めて感情を表す。どうやら認識票から実力は理解していたようだが、それと実績があるかはまた別問題。
「一党としては六等級ですし」
そう返すアルに受付嬢はうんうんと頷いた。どうやら正解を言ったらしい。
「謙虚なことは良いことです。その心掛けを忘れずに頑張ってくださいね」
ニコリと笑って手を振る受付嬢に手を振り返しながらアル達6人は支部を出ていく。目指すは郊外の農場とやらだ。
***
ガタガタと尻の痛くなる乗合馬車に揺られて辿り着いた農場は、柵が壊され、畑はボコボコと掘り起こされていた。
「牙猪だな、間違いなく」
マルクがスンと鼻を鳴らして呟く。
「掘り返した跡もそれっぽいね~」
シルフィエーラは無残に食い散らかされた農作物と土の状態を見てそう言った。
「わかるものなのか?」
ソーニャが不思議そうに問うと、
「どこにでもいるもの。うちの里にもいたけど、魔族の里を荒らすほど馬鹿じゃないから畑には出なかったわね」
と凛華が答える。
「私達の訓練も兼ねてるんですよね?」
ラウラはアルの狙いをしっかり理解しているようだ。
「うん。魔獣相手はあんまり戦ったことないだろ?牙猪なら俺達がすぐに対処できるし丁度いいと思ってさ」
そこへ農場主と思わしき初老の夫婦が歩いて来た。敷地に入っているアル達に注意しようと思ったら、途中で違うと気付いたらしい。
「あんたら、依頼で来てくれた武芸者かね?」
と問うてくる。頭目のアルは背筋をスッと伸ばした。
「はい。六等級の一党、六名です。四等級が四名、七等級が二名で害獣退治の依頼に伺いました」
「あれま、四等級だって?おぉ、本当だ。おまけに魔族じゃあないか。こりゃ助かるよ。こないだ来た八等級の武芸者は牙猪共を追い散らしてはくれたんだが、すぐに戻って来ちゃってね。ご覧の有様さ」
アル達の認識票と依頼書を確認した農場主がそう言って畑を指す。魔族に忌避感がなく、頼もしいと言ってくるのは農場主が帝国人で魔族が魔獣を狩り慣れている傾向にあるからだ。
「普段から牙猪は出るんですか?」
「いんや、出ないから農場を作ったんだよ。それがなんでか森から降りてくるようになってね。切り拓いたりしたわけでもないのにってほとほと参ってたところだよ」
眉を八の字にさせた農場主と似たような表情を浮かべるその妻。アルは更に質問を重ねる。
「頻度はどのくらいでしょうか?依頼された以外に何か、他に対処とかされましたか?」
「ここ数日は毎夜さ。火を焚いてみたり、見かけたら土くれをぶつけてみたりしたんだが効果なしでね。一心不乱に畑の作物を食べ荒らしていくもんで困ってるんだよ」
「土くれって魔力の方?いや、ですか?」
マルクが農場主の言葉に鋭く反応した。
「うん?ああ、そうだよ」
「それも無視して荒らす、と?」
今度はエーラも問う。
「うん、昔はこれを何度も当てて追っ払ってたんだがもう慣れちゃったのかねぇ。見向きもしないよ」
「森の方へ帰るのよね?奥まで追ってみた?」
凛華が訊ねた。
「いやぁ、さすがにこの歳では怖くて無理だよ。ぶつかられたらそのまま餌になっちゃうし。でも毎日だしそこまで奥にはいないんじゃないかなぁ」
牙猪は雑食だ。抵抗できない獲物がいれば体重を乗せた牙で刺し殺して食べるし動物の死体が落ちていれば躊躇なく食べる。
「森の奥に何かいるな」
アルは断言するように呟いた。
「えっ?繁殖期とかではなく、ですか?」
ラウラは自分の読みと違っていた為、一つの意見として頭目へ進言してみる。
「繁殖期は荒れてるけど慎重だよ、あいつら臆病だからね。属性魔力に反応しないなんていくら慣れてても有り得ない」
アルがそのように返し、
「群れてもそこは変わんないのよ。臆病で単細胞」
と凛華が言う。
「効かない魔力を撃ってくるような相手なら逆上して襲ってくるよ」
エーラが少々怖い情報を追加した。
「つまり森のほとりにまで牙猪共を追いやった、あいつらじゃ絶対に勝てない捕食者がいるってこった」
マルクが締め括る。魔族組はその通りと頷いた。
「凄い洞察力だな」
思わず唸るソーニャに、
「単なる経験則さ、珍しくもねえ」
マルクは手を振る。マルクの言う通り、この推測はアル達の冴えた頭脳が出した答えと言うわけではない。
ラービュラント大森林には強靭な魔獣も多く、牙猪は食物連鎖のピラミッドで言えば下位の方に位置する。
住処を追われた牙猪が他の場所を荒らすというのはよくあることなのだ。
「で、では奥にもっと危ない魔獣がいるというのかね?」
農場主は顔を真っ青にした。思わず妻の手を掴む。
「その可能性があります」
アルの返答は淡々としていた。
「大変だ・・・!すぐに追加で依頼を」
四等級とは言えまだ少年とも青年とも言えないアル達は些か頼りなく見える。
6人では荷が重いはずだ。人の良い農場主は追加で武芸者の数を増やそうとした。
しかし――――――。
「大丈夫ですよ」
アルがやんわりと止める。
「いや、でもだね」
「ダメだったり何もなかったら牙猪の駆除だけやりますから、まずは調べさせてください。原因の排除なら報酬も追加になるでしょうが、調査だけなら協会も要求してきませんよ」
アルが言ったのはあくまでも可能性の話だ。十中八九確信しているが証拠があるわけではない。その事実をあえて自ら指摘した。
前世の詐欺まがいのセールスと同じ手口を使う武芸者とは思われたくない。
「そ、そうかい?じゃあ、お願いするよ」
農場主はこんな子達がそんな真似はしないだろうと思っていたが、魔族が言うのであればと頷く。
以前来た八等級武芸者達は態度こそマトモだったが、話を聞くわけでもなくその場で夜を待っただけだった。
彼らのように相手を見定めるような会話は一切行っていない。最初の質問の時点でアル達への信頼度はある程度高かったのだ。
「任せて下さい。対策を考えたら柵の修繕を手伝いますよ。あと、そのとき少しだけ策に細工しても構いませんか?畑に害を出すようなものじゃありませんから」
「あ、ああ。害がないなら大丈夫だよ。そちらもお願いしようかな」
少々しっかりしすぎているような気もするが、四等級ともなればそんなものなのだろう。
農場主は頷いて柵の修繕へと向かうのだった。
農場主が去ったのを見ていたマルクがアルへ視線を飛ばす。
「んで?どうすんだ?当然森に分け入るんだろ?」
「ああ。今回はラウラとソーニャ、凛華がここで牙猪の駆除。翡翠は索敵。来たらすぐに教えるんだよ。残りの俺達で森に入る」
「カアッ!」
了解と言わんばかりに夜天翡翠が鳴いた。
「ちなみにあたしがここな理由は?」
森人であるエーラと鼻の利くマルクはさておいて自分が農場の理由を訊ねる凛華。駄々をこねたりしないのはアルが頭目として指示を出しているからだ。
「俺じゃ尾重剣を扱えないから」
「そういうことね。わかったわ」
アルの答えは単純明快だった。重剣は突き込めば馬上槍、振れば大剣、地に突き立てれば盾となる複合近接兵装の側面を持つがその分重い。
『戦化粧』を使ってブンブン振り回せる凛華ならラウラ達に”もしも”があっても守り切れる。
アルの一言には凛華への信頼が大いに含まれていたのですんなり納得した。
「牙猪ですか・・・食べたことはあっても戦ったことはないです」
「今からあいつらの生態と対処法を俺とマルクで教えるよ。エーラと凛華の対処法は二人にしか出来ないからね」
不安げなラウラへアルは穏やかに告げる。凛華は突進してきたところを真正面から真っ二つに斬るし、エーラはピンポイントで目や膝の骨を砕く。小さいやつなら心臓すら射貫ける。
前者ならアルにも出来るが、ラウラとソーニャには今のところ不可能だ。後者に至っては本当にエーラしか出来ない。
その後アルとマルクの2人で
***
時刻は夕方。先程農場主の厚意で夕食を馳走になった6人は仕事へ向かう。
「大型を連れてくる可能性もありますから戸締りはきちんとしておいて下さい」
アルの言葉に農場主が頷き少々心配そうな表情を見せた。
「うん、ありがとう。そうさせてもらうよ」
「納屋の方の鍵は開けてますからね。何かあったらそこに逃げ込むんですよ」
夫人の方も似たような表情で念を押す。たまに里帰りしてくる息子たちより若いのだ。
すっかり信頼を勝ち取った6人はそんな夫人の善意に感謝を述べるのであった。
「じゃ、行動開始。油断はしないようにね」
手をサッと振るアル。その動作に緊張感はない。
「ええ、こっちは任せときなさい」
凛華は軽く頷いた。同じくリラックスしているように見える。
こうしてアルとエーラ、そしてマルクは森の方へと分け入っていった。
***
すっかり夜も深くなり始めた頃―――。
「カアッ!カアー!」
闇夜に紛れていた夜天翡翠が力強く鳴いた。借りた椅子に座っていた凛華はバッと撥ね跳ぶように身を起こし、
「来たわね!」
ニッと鬼歯を見せて笑う。ラウラとソーニャは慌ただしく立ち上がった。こちらは緊張を隠せていない。
構えた3人の下へ、ドンッドンッと壁に突き当たるような音が聞こえて来た。牙猪が柵にぶち当たる音だ。
ただし、昨日までの柵とは違うので牙猪たちも戸惑っているらしい。それも当然だろう。農場主が直した柵にアルが『障岩壁』を
アルが農場主に訊ねた細工とはこれのことである。
しかし、数分後にはバキッと聞こえてきた。一か所だけ普通の柵にしてあるのだ。そこから牙猪が殺到してくる。
―――――誘導は上手くいったみたいね。
「やるわよ!」
『戦化粧』を発動させた凛華が先陣を切って尾重剣を振るう。柵を壊した勢いのまま突っ込んできた牙猪は畑に入った瞬間、縦真っ二つに両断された。
だが後ろに控えていた牙猪達はその程度では止まらない。前に続けと言わんばかりに次から次へと農場へ侵入してくる。
「そっち!行ったわよ!」
凛華はヒラリと舞い斬りながら警告を発した。
「任せろっ!うっ・・・ぉおおっ!」
真っ直ぐに駆けてきた牙猪の前に立ったソーニャは突進の直撃を受ける瞬間、身を低くしてその鼻先を掬い上げるようにかち上げる。勢いのまま空へ浮く牙猪。
「『雷閃花』!」
そこへ杖剣を向けたラウラが魔術を発動させた。魔力増幅効果が乗った青白い稲妻の花弁が牙猪の頭を呑み込み、脳を焼き焦がす。
ピギイッ――――!
一瞬の悲鳴の後ドサリと落ちた牙猪はピクリとも動かない。
「やるじゃない!」
スパンッと2頭の頸部を斬り落とした凛華が余裕の表情でラウラとソーニャの連携を褒める。
牙を振り上げた瞬間に首をかち上げれば身体が
他にもいろいろと教わった。例えば―――――。
「『落宑の術』!」
ソーニャがよくよく引きつけ、牙猪が踏み出す先に落とし穴を作る。横の規模は大したことはない。だが深さはそこそこだ。牙猪の短い脚では一瞬とはいえ嵌まり込む。
「ここだっ!」
好機を逃さず、ソーニャは駆け寄りざまに振りかぶった直剣をその首筋へ叩き込んだ。もがいていた牙猪の首筋からブシュウッと血が噴き出す。
アルから教わったことだ。首を狙える瞬間を作ったら骨を避けて体重を乗せろ、それ以外は細かく振って目や脚を狙え、と。
比較的簡単な『落宑の術』も視界に入れられると間違いなく飛び越えられるから足を見てギリギリで発動させるように、とも。今のはかなりうまくいった。
ラウラはソーニャにほど近い位置で「すぅっ」と息を吸う。やられた仲間を飛び越えてもう一体が突進してきたのだ。
牙猪はこれでもかなり素早い。間合いに入られたら一般人では反応できないくらいの速度は出せる。だからこそさっさと術を叩き込むのだ。
「『水衝弾』!」
本来なら拳大の水で相手を殴り飛ばす非殺傷用の便利な魔術だが、杖剣を使えば一味違う。
増幅された魔力が牙猪の半身を覆うほどの大きな水球へと変換されて放出された。
ピギッ―――!?
牙猪が巨大な『水衝弾』に突進速度を落とされた。
―――――ここだ。
ラウラはすかさず叫ぶ。
「『雷閃花』!」
水を大量に浴びていた牙猪は殺傷用の樹状に伸びた稲妻にバチィッ!と感電させられた。
杖剣を利用した並の威力を超える雷撃だ。全身を回った雷が目を沸騰させ、舌を焼き、頑丈な鼻の中まで焦がす。
ギィッ――――!
「『風切刃』ッ!」
のた打ち回る牙猪へラウラはトドメを放った。鋭い風の刃が牙猪の喉元をザックリと裂く。やがて牙猪は絶命した。
これでもアルから魔術の手ほどきを受けてきている。ラウラとソーニャは自分達でも驚くほどアッサリと牙猪を打倒するのであった。
ちなみに凛華の方では特に問題も起こっていない。スルリと牙猪の間を抜け、華麗な舞でも踊るかのようにバッタバッタと薙ぎ倒していた。
もっと幼い頃から大森林にいた連中を狩っていたのだから当然と言えば当然の結果である。
☆★☆
同刻、森の奥へと入ったアル達3人は牙猪を森のほとりへ追いやった張本人―――いや、張本獣とも呼ぶべき魔獣と対峙していた。
「ヒトノミカガチだとは思わなかったよ」
牙猪など簡単に丸呑み出来そうなほどの巨大な口、緑と黒っぽい縞模様の鱗、鬼灯を思わせる赤い目をした蛇型の魔獣。
牙猪からすれば天敵とも呼べる存在だ。何せ突進しようが牙を突き立てようが物理的な質量が違う。絞め殺されて呑まれるのがオチだろう。
「どおりで匂いも薄いと思ったぜ」
人狼状態のマルクが鼻を鳴らす。
「ま、ボクにかかればちょちょいのちょいだけどねー」
森で『精霊感応』から逃れられる方法はほぼない。
巨大な体躯を前に気圧されもせず、3人に緊張感は欠片もなかった。ヒトノミカガチはその体躯をもって獲物を絞め殺し、名前の通り一飲みにしてしまう魔獣だ。
人でも魔獣でも関係なく呑まれることから一飲みで、人呑みの大蛇として知られている。
しかし相手が悪かった。3人にとって高位魔獣ではない魔獣というだけで危険度がガクンと落ちる。逆に言えば高位魔獣とはそれほど厄介であるという意味でもあるのだが。
シュルリと舌を伸ばしたヒトノミカガチが動き出そうとした瞬間、アルが掌を向け、ぎゅうっと握り込む。
「『
地面から飛び出てきた岩が巨大な掌を象って、大蛇の身体をギュウッと掴んだ。ここで狩ると決めている以上容赦もへったくれもない。
内臓や骨を圧迫というか圧し潰すつもりで握り込まれたヒトノミカガチはどうにか抜け出そうと身体をくねらせている。
「ボクも手伝うよ」
しかしエーラが無情にも『錬想顕現』を発動させ、『裂咬掌』とそっくりの植物のツタや根で出来た巨大な手で握り締めた。
ヒトノミカガチは絞めることには慣れていても絞められたことなどないだろう。
「でえあッ!」
万が一にも噛みつかれないよう後ろに回ったマルクが跳び上がって狼爪を閃かせる。
『雷光裂爪』は使っていないが闘気は纏わせていたようで、ヒトノミカガチの首と胴、尾がスパパッと綺麗に切り離された。
ズレ始めた頭部がそう間も置かずドサッと地面に落ちる。
落ちてすぐは動いていたヒトノミカガチだが徐々に動きが緩慢になり、やがて完全に止まった。アルとエーラはそれを確認した上で
「エーラ、もう一匹いたりしないよね?」
かつての苦い教訓を思い出したアルが訊ねた。
「うん、ボクもそれは考えたからちゃんと聞いといたよ。いないってさ」
どうやらエーラも同じ考えに至っていたようだ。
「はぐれだったのかねぇ」
4人の苦しかった記憶として残っているあの刃鱗土竜たちは親子らしき群れだった。マルクは人間態に戻りながらそんな風に結論付ける。
「かもね。まぁ、ここらへんの生態系を乱してたことは間違いないよ。とっとと戻ろうか」
背を向けるアルの裾をエーラがチョンチョンと引っ張った。
「ん?」
「屍骸《あれ》、どうする?」
「どうって、あー・・・頭だけでも持ってく?」
それだけでも持っていけば証明にはなろう。アルがそう答えるもマルクがボソッと呟く。
「
見ればそこそこ綺麗な縞模様をしている。牙猪を食べていたであろうことから健康状態も良かったはず。
「やっぱ全部・・・持ってく?」
アル達3人は芽生え始めた金銭感覚によって、なんとなく勿体ない気がして屍骸を運ぶことにするのだった。
***
牙猪の駆除を終えて少しした頃、ヒトノミカガチを浮かせて戻って来たアル達3人。
暗い中に浮かんで見えたヒトノミカガチの頭部はラウラとソーニャの肝を大いに潰し、悲鳴とも驚愕とも取れる声を上げさせた。
「ヒトノミカガチだったのね。なんで全部持って帰ってきたのよ?」
唯一動じなかった凛華が問えば、アルは視線を逸らす。
「・・・こいつの皮、売れるかもって」
「ふぅん。俗ね」
シラッとした視線で凛華が評し、
「う、うるさいよっ」
アルは慌てたようにツッコミを入れるのだった。
「怪我とかしてるー?大丈夫だったー?」
エーラはラウラとソーニャの声音で無事は理解していたものの一応訊ねてみる。
「なんとか無事です。なんとかですけど」
少々、いや結構数が多かった。そこら中に牙猪の死体が転がっている。いきなり
「量に呑まれかけたが、凛華がいたからな」
ソーニャの言う通り、危ない場面は凛華が薙ぎ払ってくれたり、凍らせてくれたので大事には至っていない。
「ま、とにかく無事でよかったぜ」
マルクがそう言ったことで場は落ち着いた。
「とりあえず片そうかね」
アルが次の指示と言わんばかりに牙猪の死体を数体まとめて浮かせる。すっかり魔力の抜けた死体には問題なく『念動術』が通る。
ヒトノミカガチの屍骸も途中からは魔術で楽に持って帰ってきたのだ。
「二、三頭は柵の外で血抜きしてるわよ」
どうやら凛華は相当に余裕だったらしい。
「ああ、さっき見た。一頭はもらっとこ」
こうして6人は休憩を回しながら、作業を行っていくのだった。
***
早朝に起きてきた農場主は目を瞠った。夜間、戦闘音は聞こえていたが信じて眠ることにしたのだ。
もし彼らが怪我でもしていれば癒院へ駆け込めるだけの余力が必要だったし、そうなれば自分のところの荷車を貸すくらいはしてもいいと思っていた。
しかし、蓋を開けてみればどうだ。畑から離された位置には牙猪が積まれていて、奥には大蛇が3つに分かれて置いてある。
「こりゃ、一体・・・」
「あ、おはようございます。牙猪の駆除と森から出てきた原因と思わしき魔獣ヒトノミカガチの討伐、完了です」
アルが爽やかに報告してきた。
「ヒトノミカガチだって・・・!?こりゃ、本当だ」
大蛇の縞模様に見覚えがある。メジャーでもないがマイナーという魔獣でもない。
「それと牙猪は二頭ほど血抜きと解体を済ませてますのでそちらに差し上げます。皮は凍らせてあるので溶けない間に専門の業者へ持ち込んだ方が良いと思います」
アルの説明通り皮はなめすのに手間がかかる。バリバリ剥いでそのままと言うわけにもいかないので丸投げしたようだ。
要らないなら捨てれば問題ない。長い時間をかけて野に帰るだけだ。
「えっ?・・・でも、いいのかい?」
アルの厚意に農場主は目を瞬かせる。食用分ですら用意する余裕があったという事実にも驚くばかりだ。
「ええ、肉が多いようであればご近所さんにでも分けて上げて下さい。そっちも軽く凍らせてありますから」
「何から何までありがとう。あ、依頼書だったね、待ってて」
そこまで言われた農場主はハッとして自宅の方へ駆けて行く。
この後、生き残っていた農作物を都市内の方へ持っていくから乗って行かないかと言われたアル達はその案に飛びついた。
自分達用の馬車や荷台を持っているわけではない。乗合馬車にどうやって牙猪1頭とヒトノミカガチを乗せようかと思案していたので渡りに船というやつだ。
そんな会話をしているところから少し離れた場所で、夜天翡翠はご機嫌に牙猪の肉を啄むのであった。
***
乗合馬車よりもかなりマシな揺れと共に協会支部の建物へ辿り着いた6人は、すぐさま戦利品と署名を貰った依頼書を持って素材買取窓口と兼用の窓口に向かう。
「依頼達成おつかれさん。にしてもこりゃ大物だね」
詳細な依頼報告を済ませたアル達に受理担当の中年職員が振り返って言った。解体を行っていた作業員たちも目を輝かせている。
解体のしがいがありそうなやつがきた!という顔だ。
「さてどうする?売るんだろうけど、肉は持って帰るかい?」
事務方をしていた後ろから作業員がやってきて訊ねてきた。売る場合なら後日作業賃を差し引かれた追加報酬が渡され、持って帰る場合は作業賃を報酬から差し引かれる。
「ええ、牙猪の肉は持って帰ります。ヒトノミカガチの肉・・・もひと塊持ち帰ります。あとは売却で、ってそういえば皮は売れるんですか?」
ヒトノミカガチの肉は淡泊で旨い。
―――――戦利品として領主館に持ち帰ろう。
そう決めたアルが問えば、
「質のいい皮はそこそこ高級品として出回ってるよ。こいつは大きさもそこそこあるし、傷も少ないから割合良い値にはなるね」
作業員は手袋で周りを汚さないよう気を払いながら指さした。アルは後ろの仲間達を振り返る。
ヒトノミカガチの皮革が欲しそうな者は・・・・いない。
「今言った分以外はすべて売却で」
「あいよ、そんじゃ売却代金は後日だな。肉は今持って帰るだろ?ちょいと待っててくれよ、急ぐから」
「はい、お願いします」
威勢のいい作業担当者はそう言うとすぐに去っていった。後ろではまだ新人らしき少年や他の武芸者たちがザワついている。
しかし夜を徹して依頼に従事していた6人はさっさと食堂の方に向かい軽い朝食を摂るのだった。
***
その後、待つこと2時間程度。疲れていたラウラはアルの左肩で眠ってしまい、起きて顔を真っ赤にしたり、ソーニャがマルクにあれを受け止めるのは難しいだろう、いきなり無茶を言うなとブーブー文句を垂れたりしながら過ごした。
ちなみに待つのが面倒になった凛華は「寝る」と言い置いてアルの右肩でスヤスヤ眠り、エーラは支部の建物内を興味津々といった様子で見て回っていた。
ヒトノミカガチの尻尾肉ひと塊と牙猪一頭分の肉、そして依頼報酬を受け取って帰路へとついた一党。
何はともあれ、武芸者としての一般的なスタートを大成功で切るのであった。
評価や応援等頂くと非常にうれしいです!
感想も受け付けておりますので是非ともよろしくお願い致します。