また「小説家になろう。」と「カクヨム」にて同作を2~3日に1度連載投稿しております。
現在両サイトにて投稿されているものとこちらに投稿するものは少々文体が違う場合があります。
こちらへは定期的にある程度纏めて更新していく予定です。
アルクス達6人が武芸者一党としてウィルデリッタルトで活動し始めてひと月と少し経った。今はもう12月だ。
6人はラウラとソーニャの実力に合わせてコンスタントに魔獣討伐や駆除、魔獣素材の採取を主とした依頼を多く受けていった。実力を高めるのに実戦に勝るものはない。
ラウラとソーニャひたむきに努力し続けて実力をメキメキと上昇させ、ついにこないだ昇級審査を受けないか?と協会職員から言われるまでに至った。
審査の結果は合格。2人は七等級から六等級に昇級し、一党も実績を買われて五等級に上がることになったのだった。
推奨等級が低くとも必ず依頼を達成して戻ってくるし、綺麗な状態の魔獣も納入する。おまけに時折依頼主たちから追加報酬と感謝の手紙が送られてくるような一党だ。昇級させない方が協会としては損だった。
そのため彼らの認識票は今、外縁部が黒鉄となっている。ラウラとソーニャの認識票は黒鉄に
そんなこともあってアル達6人は新人一党としてそこそこ知名度を上げている。当然やっかみや嫉妬の視線も受けるが、三等級の一党『黒鉄の旋風』の後輩としても知れ渡っているので、今のところ直接悪意を叩きつけられるというようなことはない。
***
風に刺すような冷たさが混じり始めたある日。アル達6人が支部の建物に入ると、受付嬢が手招きをしていた。寄って何事か訊ねたところ、
「指名依頼が入っております」
とのことだ。
「指名依頼?俺達にですか?」
四等級や三等級ならまだしも、五等級の一党にわざわざ指名を入れるというのも変である。ウィルデリッタルトはそこそこの大都市。武芸者の層だって厚い。
「はい。依頼書がこちらです。確認して請けるかどうか決めて下さい」
そう言われて手渡された依頼書を読んでみると、
「なんだ、トビアスさんからじゃねえか」
覗き込んでいたマルクガルムがそう言った。マルクの言う通り依頼主はトビアス・シルト。内容は近隣の街で開かれる社交会《パーティ》に行く際の娘の護衛。
「イリスの護衛、ねぇ」
「社交会ってことは他の貴族もいるんだよね?ボクらって入れるの?嫌がられるんじゃない?」
凛華とシルフィエーラの発言に受付嬢が驚愕と憤慨が入り混じったような表情を浮かべる。
「イリス様とお知り合いですか?ていうか帝国は魔族を友としてるんですよ?他の国ならいざ知らず、社交会に入れない魔族など犯罪者でもない限りいませんよ!ただ、その、堅苦しいとか面倒とか言われて参加されない方が多いだけです!」
受付嬢の言う通り、護衛として参加したり呼ばれる魔族もいないことはない。しかし聖国のせいでいまいち人間という種を信じ切れていないのか、そういった催しや要職につく魔族は滅多にいないのだ。
帝国貴族としても初代皇帝は魔族と友誼を結んで戦ったとされていることから、魔族に対して悪い感情などない。
特に爵位が高ければ高いほどそういった感情が薄れて行く。直接共に戦った子孫たちだったりするからだ。
蔑むのは聖国にかぶれたり、特権や領地を持たない爵位の低い貴族たちくらいなものである。
「確かに・・・ぶっちゃけ面倒臭そうだよね」
「堅苦しそうだしね、ボクには向かないかも」
「かったるそうよね」
「俺も苦手かもしれねえ。香水がきついやつがいるってイリスが前言ってたし」
「ほらぁ!そう言って出ない方が多いんですよ!」
四者四様に
「アルさん、そう面倒がらずに。とりあえずトビアス様に聞いてみましょう?」
「うむ。どちらにせよ依頼主はトビアス様だからな」
ラウラがアルの裾を掴んでやんわりと言う。ソーニャもまずはそれがいいだろうと乗っかった。
「むぅ、じゃあ護衛対象はイリスみたいだし、話聞いてみようか」
「そうね」
「はーい」
アルが方針を固めると凛華とエーラが追従する。
「じゃあ請けるってことでよろしいですか?」
受付嬢は目敏い。話を聞くとは言ったが頑なに請けると言わないアルに追撃を入れた。
「んー・・・・あー・・・」
「よろしいですね?」
「んー・・・はい、それでお願いします」
しばらく唸っていたアルはしょうがないと頷く。社交会とか心底面倒臭そうだが世話になっている人の依頼だ。請けるのが義理ってものだろう。
「・・・・結構渋りましたね。ていうかどういうご関係なんですか?以前に依頼を請けたとか?記録にはないみたいですけど」
この都市の領主に随分雑だなぁという印象を抱いた受付嬢が問えば、
「甥ってだけですよ。じゃ、行ってきます」
アルはサラッと言って背を向けた。
「ああ、血縁の方だったんですね・・・・・って、えええええええええっ!?」
受付嬢はあまりに自然体で言われたその台詞に納得しかけ、次いで大声を上げる。
どういうことだと問おうとしたが、彼らは既に建物から出て行くところだった。
***
執務室にいるトビアスは悪戯気な目を細めて、机を挟んだ前にいる6人へ語る。
「と、いうわけで東隣の街ゼーレンフィールンで南部貴族が集まるちょっとした社交会があるんだよ。正直イリスを連れて行くのは気が引けるんだけど、主催の辺境伯家にはお世話になってるから挨拶しとこうと思ってね」
「それで俺達が護衛に?」
「うん、君らは見た目も物々しくないし、最近はイリスに縁談をって貴族も増えててね」
イリスは父トビアスと母リディアの血を引き継いでいて容姿は整っている方だ。
ユリウスとてトリシャの言葉によれば良い男だったそうだし、アルもかなり整っている。
「虫除けみたいなものですか?」
アルは端的に訊ねた。縁談だのなんだのといった貴族らしい物言いにいまいち感覚が掴めない。
「まぁ悪い言い方をすればそうだよ。そもそもうちの国は自由恋愛主義が多数派でね。それでもしつこく縁談の手紙を送ってくるのは、うちと関係を結んで箔をつけたいって狙いのある家ばかりさ。生憎と僕は娘を政治の道具にするつもりはなくてね」
―――――家格というやつか。
アル達は理解した。
「そういうことなら食事の席で言ってくれれば良かったのに」
「武芸者を動かすんだ。そうもいかないだろう?」
仕事は仕事。なあなあで済ませるのは違う。そんなものかと納得したアルは仲間5人に視線を送った。当然のように彼らは問題ないと頷く。
「わかりました。その依頼お請けします。道中と社交会での護衛、で合ってますか?」
「うん、それで頼むよ。イリスも喜ぶ」
「それで、その社交界ってのはいつなんです?」
マルクが問うた。
「明後日だよ。早朝から出て、夜にはここに戻る予定でいる」
「わかりました」
「じゃあ今日の依頼はなしね」
凛華が確認するように言った。護衛依頼を請け負うと決めた以上これから仕事をするわけにもいかない。
「それがいいだろうね」
「今日は訓練日だねぇ」
エーラがそう締めくくったことで、これからの予定が決まったのだった。
***
社交会に向かう当日。少数の領軍を連れてトビアスとイリス、そしてその護衛のアル達6名が護送車に乗り込む。
護送車は以前アル達が乗ったものと違って多少華美な装飾が施されているが、やはり耐久性と堅牢性を重視して造られたもので、装飾ごと取り替えることができる便利な駕籠だと御者が言っていたそうだ。
興味津々で見て回っていたエーラに教えてくれたらしい。
「よろしくお願いしますわね!」
イリスはいつも通り元気いっぱいだ。
「リディアさんは来られないんですか?」
「ちょっとね。体調もあんまり良くないみたいだし」
ラウラの問いにトビアスは穏やかに答える。
「えっ?大丈夫なんですか?」
凛華は心配したがトビアスは確信があるのか、
「大丈夫だよ、ありがとう」
と、にこやかに笑みを浮かべている。
護送車がゆっくりと動き出した。マルクが隣のイリスへ訊ねてみる。
「イリスは社交会とか好きなのか?」
イリスは首を横に振った。
「好きじゃありませんわ。退屈ですし、お父様たちのお話は長いですし、結局何が言いたいのかよくわからないことを言ってくる人たちも多いですし」
サッパリした性格のイリスには貴族同士のなんやかんやが億劫らしい。
「はは、仕事の話なんかもあるんだからしょうがないんだよ。後者は、まぁ受け流してていいよ」
言い寄ってきたり良からぬことを吹き込もうとしてくる者もいるらしい。そういった者達からの護衛も依頼には含まれているのだろう。
「わかってますわ。だから文句は言っておりませんし、いつも食事に夢中の振りをしてますもの。今回はマルク様たちが来てくれるから助かりましたわ!」
「だからあんなに喜んでたのか。ふふっ」
護衛をアル達がやると聞いたときはイリスは大層喜んでいた。ソーニャはその理由がわかって微笑ましそうに笑う。
「暇と虫潰しならあたし達に任せときなさい」
「はいっ!」
凛華が慈母のような表情でイリスへ告げた。が、些か物騒が過ぎる。
「凛華、虫の方は潰しちゃまずいよ」
隣のアルがダメダメと首を横に振り、
「尾重剣も抜いちゃダメだからね」
エーラが釘をさしておく。
「そこまでしないわよ?投げ飛ばすだけにしとくわ」
ツイッと首を上向かせる凛華。
「”魔法”を使って窓の外に、ですよね?」
『戦化粧』を発動させた鬼人が人間を外に投げ飛ばすのは充分大ごとである。
「そうよ」
しかし当然だろうという顔で凛華は答えた。姉と慕ってくれるイリスが可愛くてしょうがないのだ。
「最悪死んじゃうからだめだって」
隣のアルは姉馬鹿めと溢しながら注意する。
「どこまでならいいのよ?」
「確かに、正直どこまでしていいのかわからんな」
凛華とソーニャがアルへ視線を向けた。虫除けと言っていたが角を立てて良いのか悪いのか、それだけでも対応が違ってくる。
アルは視線だけで叔父へ問うた。
「そこらへんは感覚だね。イリスが嫌がってたり、相手に悪意があれば多少荒くてもいいけど、そうじゃないなら穏やかに対応してほしいかな。閣下以外は最高でも僕と同じ伯爵しかいないれど、相手は一応貴族の子弟達だからね」
トビアスは視線を受けてそう答える。アルは心にメモを取った。悪意ありなら荒くていい、と。
「だってさ」
「承知した」
「わかりました」
ラウラとソーニャは真面目な顔をして首を頷かせる。魔族組と違って彼女らはまだそこまで実力も高くない。
四等級の枠にいないアル達4人と違い、六等級の額面通りの実力しかないことは自分達が一番よく理解しているので真面目になるのも致し方ないことだろう。
「翡翠がいないのは痛手だねえ。早く戻ってこないかなぁ」
エーラが惜しいと言う風な顔をした。彼らのもう一人というかもう一羽の仲間である三ツ足鴉は今はいない。
状況が落ち着いたと感じたアルが全員に家族への手紙を書かせ、まとめて夜天翡翠に届けてもらっている最中だ。
前回は急ぎで、かつネーベルドルフまでだったが、今回は長くなって構わないからと専用に革の背嚢を背負わせて隠れ里まで送り出した。
今頃、大森林上空を飛んでいるか、どこかで休んでいるところだろう。
「まぁ定期的に催されてる会だからね。そうそう変なことは起こらないよ」
トビアスは肩の力を抜いて構わないというような言い方をする。しかしアルは余計なフラグが立ったんじゃなかろうかと少々不安になるのだった。
***
辺境伯家主催の社交会が開かれる地、ゼーレンフィールンには都市を出て3時間ほどで辿り着いた。街の規模もそれほど大きくなく、帝国で3番目に小さい街として知られている。
ではなぜここゼーレンフィールンで社交会が開かれるのかといえば、ここがその為だけに開発された街だからだ。
周囲には小さな湖や森林が見え、気候も比較的に穏やか。景観も良く、静かな土地は集まって酒を呑むにはもってこいだと言えるだろう。
最近はウィルデリッタルトの保養地であるヴァルムウーファーのように観光地化しているが、貴族が使う貴賓館と観光客用の宿泊施設はかなり離された位置に建造され、しっかり区分されている。
貴賓館は総木造製の屋敷で、白を基調とした落ち着いた風合いをしていた。豪奢というよりは上品という言葉が似合いそうな2階建ての建物である。
現在アル達6人とトビアス、そしてイリスはその貴賓館内にいた。多少狭いが家族用の控え室として宛がわれた個室だ。
「そろそろですわね」
ついて来てもらっていた侍女にブーブー言いながら淡い水色の
当然ながらアル達は武芸者の格好だ。多少髪だのなんだのは梳かされたり、撫でつけられたりしたが服装も含めて護衛としての装備。
そこらへんの理解はどの国よりもあるのが帝国という国だ。護衛は汚く見えなければ問題ないというスタンスである。
アルは剣の師である八重蔵の羽織を模して龍鱗布をぶわりと変化させた。今のアルならこのくらいの芸当は簡単だ。それ以上に蜘蛛人族の『撚糸』が優秀だった。
魔力を通せば変形するが、魔力を流すのをやめてもその形のままで保たれるのだ。
「よし。ぼちぼち行こうか」
懐中時計を閉じたトビアスが先頭に立って部屋を出る。侍女の一礼に見送られてアル達はイリスの護衛として貴賓館内の食事会場へと赴くのだった。
食事会場につくと、他の貴族たちも集まりかけていたところだった。どうやら2階が会場、1階が厨房や倉庫らしい。
ある程度人数が集まったと判断した辺境伯らしき初老の男性が開会の挨拶をして、社交会は始まることとなった。
アル達にはどうでも良いことだが南部貴族定例会というのがこの会の正式名称である。
帝国の南部に領地を持つ貴族同士によるご近所付き合いと喫緊の課題などを報告し合ったりする、社交会の中でも比較的有意義な集まりだ。
トビアスが辺境伯へと挨拶に行っている間に用意されている食事を摂り分けたイリスはいつもと違ってニコニコしている。というのも周囲には一つ歳上とは言え親しい人達が6人もいるのだ。退屈しないで済むし余計なコナを掛けられることもない。
一党の女性陣―――凛華、エーラ、ラウラ、ソーニャはイリスのすぐそばにいた。
凛華やエーラは周囲の雰囲気をさりげなく感じ取りつつも楽しそうに会話し、ラウラとソーニャは返答こそ返しているものの緊張しているのがありありとわかる。あまり余裕はなさそうだ。
「アル、お前の意見を聞いとくぜ。どう思う?」
「イリスへの視線に悪意のあるものは大してない。それより俺達が悪目立ちしてる」
「だよなぁ」
マルクとアルの会話通り、貴族たちは言葉を交わしながらも視線は魔族だと一目でわかる凛華とエーラに向けられていた。
「あ、あの・・・イリス嬢に挨拶を・・・」
そこへアル達とあまり歳の変わらなそうだが、陰気な雰囲気の少年が声をかけてくる。ソワソワというよりオドオドしていた。
「お名前をどうぞ」
アルは淡々と誰何する。
「あ・・・子爵家、えっとミトライト家の、ヴァーゲです」
ヴァーゲと名乗った線の細い少年を見つつ、アルはイリスへと声を掛けた。
「イリス、ミトライト家のヴァーゲという方に心当たりは?」
「ん、ありますわ。挨拶ですのね」
そう言ってイリスは進み出る。
「ごきげんよう」
「あ、こ、こんにちは」
イリスの挨拶に少々どもりながらヴァーゲは挨拶を返した。ヴァーゲはそのまま何か言いかけ、結局声を出せないまま口をパクパクとさせている。
明らかにイリスを意識しているのはわかるが、何を話せばいいのか頭が真っ白になっているらしい。
「ご、護衛の人達、若いんだね」
―――――振り絞った一言がそれか。
マルクなどはこりゃあダメだと額に手をやった。脈がないなんてもんじゃない。
「ええ、でも強いんですのよ。以前領軍と訓練したときなどそれはもう強かったんですから!」
イリスは身内―――というか実際血縁者はいるが、その感覚で胸を張る。今回の護衛は強いんだぞ!という牽制の意味もあったがヴァーゲはそんなところに注目はしていない。
彼らの提げている認識票に目が行っていた。
「四等級に、六等級?しかも、魔族・・・か、過剰なんじゃないかな?そんなに強い人達ばかりだと息苦しいかもしれないし」
「そんなことありませんわ!兄様達がいなかったら今頃退屈で死にそうになってましたわ!」
その言葉にイリスは猛然と首を横に振って言い募る。
「に、兄様?・・・お兄さんがいたの?」
ヴァーゲの関心がイリスの兄という言葉に向いた。彼の記憶ではイリスに実兄はいない。
「従兄ですわ!お父様の浮気とかではありませんわよ?」
イリスは周囲に聞こえるよう釘を刺す。トビアスへの風評被害が湧かないようにする言葉だった。
言っていいのはここまでだ。これ以上聞けば死んだユリウスや魔族の余計な話へ広がってしまう。
「そ、そうなんだ」
ヴァーゲはアルの方を見るが、彼はそちらに目を向けない。奥から敵意が近付いて来ていたからだ。
「ヴァーゲ、ここにいたのね」
「は、母上」
そう言って近づいてきたのは暗い赤色の礼装に身を包んだ妙齢の女性だった。アル以外もそこで敵意に気付いた。得体の知れない悪意を感じる。
イリスが挨拶を口にした。
「ご無沙汰しておりますわ」
「ええ、お久しぶり。ますますお母上に似てきたのではなくて?」
「それなら嬉しい限りですわ」
ヴァーゲの母、ミトライト子爵夫人の言葉にイリスは言葉少なに返答していく。
「そうね、シルト伯爵夫人・・・リディア様はお綺麗だもの。今日はいらしてないのかしら?」
「ええ、少々体調を崩しておりますの」
イリスの言葉に棘はないが明らかに感情を乗せていない。もっともそれはミトライト子爵夫人もだが。
「それは心配ね。ああ、そうそう。これお土産として持ってきたのだけれど、夫人がいないのなら貴女に渡しておこうかしら」
不用意にイリスへ近づいてきたミトライト子爵夫人とその護衛。アルは護衛を押さえておくことにした。身体を間に入れて通せんぼ状態だ。
子爵夫人は抜けてしまったが、アルの後ろには仲間達がいる。子爵夫人がイリスに小さな木箱を渡そうとしたところで、マルクがその手をがっしりと掴んだ。
「あら?護衛の方、
子爵夫人がそう言うと、
「そういう煽りは隠せてねえ敵意を引っ込めてから言うんだな」
マルクは挑発に応じるように答える。子爵夫人は目を一瞬見開き、憎しみを垣間見せた。
―――――それが本性か。
「いいでしょう。それなら私が箱を開けて、中身だけ渡しましょう。それなら構いませんでしょう?」
「お好きに。ただし開けるときは三歩離れてもらおうか」
「っ、いいでしょう。しかし、何もなかったときは―――」
「頭なら下げてやる。早く離れろ」
言い募る子爵夫人にマルクは軽い殺気を当てる。ヒヤリとした感覚に襲われた子爵夫人は慌てて下がった後、箱のふたを開けた。
中身は何の変哲もない髪飾りに見える。しかしマルクは動じない。敵意に反応したのだ。毒物や劇物でないことは
目論見が外れたと動揺しない彼に子爵夫人は苛立った表情を見せながらも口を開いた。
「これでいいでしょう?さ、まず無礼の責任を――――」
早く謝れという目でマルクを見る。
「イーファ夫人?」
そこへ挨拶回りを一通り終えたトビアスが戻ってきた。
「あら、トビアス様ではありませんか」
「ミトライト卿はいなかったようだが、来ていたのか」
振り向いた子爵夫人―――イーファへトビアスが呟くように問いかける。
「病に伏している夫の名代として来ましたのよ。挨拶が遅れてしまって申し訳ありません」
しなをつけた
「ああ。そちらは元気そうで何よりだが、卿は無事なのか?」
「ええ、問題ないでしょう」
イーファは表情を変えずに言ってのける。
「そうか。ところで揉めていたようだったけど、どうかしたのか?」
明らかに険悪な雰囲気になっていたことをトビアスが指摘すると、
「いいえ、手土産を渡したくて不用意に近寄り過ぎたんですのよ。これをイリスさんへ」
イーファは素知らぬ顔で髪飾りを渡した。黄緑色の淡い装飾のついた髪飾りだ。
「・・・感謝する」
「是非ともお付けになってあげて下さいな」
「あ、ああ」
トビアスは髪飾りをイーファからわからぬように調べ、イリスの髪につける。一応不審な点は見られなかった。
自分より下の階級の貴族とは言え、着けないのも非礼に当たる。致し方ないことだ。イリスもわかっているのか変に抵抗したりはしない。
「似合いますわ」
パンッと手を叩いてイーファは満面の笑みを浮かべた。
「そうか。私はなにぶんそういったものへは疎くてね」
「いえいえ。殿方はそういうものですわ」
トビアスとイーファはいっそ白々しい会話を繰り広げ、数分もしない内に終える。
「では、ごきげんよう。ヴァーゲ、行きましょう」
そう告げて息子を連れてようやく去って行った。
途端に肩をぐったり落とすイリス。
「疲れましたわ・・・・」
「そうだな」
マルクはポンポンとイリスの肩を叩いて労う。ああいう疲れ方は戦闘ではしない。トビアス以外は初めての感覚に妙な気疲れを感じていた。
「うむ。あのご婦人は一体・・・」
物腰は柔らかい癖にやたらと毒を感じたイーファ。
―――――何者なのだろうか?
ソーニャの疑問をトビアスが解決してくれた。
「イーファ・ミトライト。ミトライト子爵の妻で古い知り合いだよ。にしてもどうして揉めてたんだい?彼女はああ言ってたけど」
「敵意を隠せてなかったのよ」
「敵意だって?」
凛華の言葉にトビアスはギョッとする。アル達の目は嘘を言っているようには見えない。
「明確な悪意や害意です。むしろわかりやすいくらいでしたよ。トビアスさんが来たら慌てて引っ込めましたけど」
アルは冷静に告げた。六道穿光流を中伝まで修めているアルは気配や悪意、敵意をほぼ無意識で鋭敏に感じ取る。
感じ取ろうとしなくてもわかるほどだったのだと告げれば、
「僕にではなく?」
トビアスが妙な質問をした。言葉の意味がわかりかねてラウラが問い返す。
「ええと、はい。心当たりがあるのですか?」
「ああ・・・・ええとね。僕がまだ十代前半の頃、彼女は許嫁だったんだよ。ただ色々やらかしてそれが解消されたんだけど、それで一時期荒れててね。その
「へぇー。リディアさんとはそれで知り合ったんだ」
「まぁね。いつの間にか意気投合してて・・・・ってそれは良いんだ」
エーラが興味深げに感想を漏らすと、トビアスは即座に話を戻した。イリスは疲れたという顔を向けながら父に問いかける。
「お父様への怨みが私にぶつけられそうなんですの?」
「そうはならないよ。というかミトライト家はずっとイリスに縁談の話を寄越してきててね」
「私、ヴァーゲとはお付き合いするつもりはありませんわ」
「うん、わかってるから何度も断りの手紙は出したんだけどね。しつこく送ってくるんだよ」
―――――ヴァーゲは可哀そうに。父と娘の会話を聞いてアル達はそう思った。
どう見ても気がありそうだったし、彼自身には悪い感じはなかった。しかしイリスはバッサリだ。
「まぁもう少ししたら終わるだろうから先に馬車に戻ってていいからね」
「お父様は戻りませんの?」
イリスが不思議そうに問うが、
「僕は閣下に聖国の話をもっと詳しくしとかなきゃいけないからもう少しだけかかるんだ」
「ああ、なるほど」
トビアスの返答でアルは納得した。ラウラとソーニャの件での越境行為についてだ。きちんと報告しておくべきだろう、辺境伯というからには。
「うん、というわけでその間の警護もよろしくね」
「「「「「「はい(ええ)」」」」」」
そんな風に話しているときだ。
食事会場の扉が勢いよく開き、領軍の兵士が走り込んできた。ウィルデリッタルトの紋章をつけた者と辺境伯家の者と思わしき紋章をつけた者がそれぞれ1名ずつ。
―――――あんなに慌ててどうしたのだろうか?
訝しむ視線を受けながら兵士達はそれぞれの主に息を整えながら報告を入れる。
「閣下にご報告を!ゼーレンフィールン、貴族街門に多数の魔獣が押し寄せてきております!」
「なんだって!?」
「その数一〇〇体以上!低位魔獣がほとんどですがだんだん増えてきており、またこちらの手勢が少ない為、押されております!ご指示を!」
トビアスは慌てて辺境伯へ視線を向けた。あちらも似たような報告を聞いたらしく鷹のような目を光らせ視線を送ってくる。
報告に走れる兵士がいたのは辺境伯家とシルト家の領軍ぐらいだったらしい。
他家の者達は凍り付いている。魔獣が100体以上だって?しかも貴族街門の方から?
「閣下!」
「うむ。街の方に行かれるのもマズい。そちらの手勢は出ているか?」
トビアスの鋭い声に辺境伯は軍人らしい通る声で素早く訊ねる。
「ええ、おそらく総員で対応中かと」
「そうか、たぶんうちもだ。貴賓館の守りも必要になる。各当主は集まってくれ!兵への指示を頼む」
辺境伯の言葉が届くや否や会場がすぐに慌ただしい雰囲気に包まれた。当主と思われる者達が辺境伯の下へ続々と集まっていく。
「すまない、イリスを頼むよ」
トビアスもそう言って辺境伯の下へと駆けだした。
「お父様・・・!」
「気休めは言いたくないが大丈夫だ。ウィルデリッタルト領の兵士は強い方ばかりだからな」
不安げなイリスをソーニャが慰める。下手な慰め方だったが、イリスにはその優しさが伝わった。
アルはイリスをマルクに任せてすでに窓の外へと走っている。森方面の門から魔獣が押し寄せてきているのが見えた。
わかるだけでも牙猪に餓狼、ヒトノミカガチ、
あの魔獣達は決してあんな風にひと塊の集団になどならない。策謀の匂いを嗅ぎつけたがどうやって誘導したのかも何が狙いなのかもアルにはわからない。
―――――護衛依頼を請けておいて正解だった。
妙なフラグを立てたトビアスをちょっぴり恨みつつもアルは意識を戦闘へと切り替えていくのだった。
評価や応援等頂くと非常にうれしいです!
感想も受け付けておりますので是非ともよろしくお願い致します。