また「小説家になろう。」と「カクヨム」にて同作を2~3日に1度連載投稿しております。
現在両サイトにて投稿されているものとこちらに投稿するものは少々文体が違う場合があります。
こちらへは定期的にある程度纏めて更新していく予定です。
ゼーレンフィールンにある貴賓館2階。臨時対策本部と化した会場では現在辺境伯を中心とした貴族家当主達が集まり、護衛として連れてきていた領軍と私兵への指示に追われていた。
「住民達を宿泊施設に誘導しろ!絶対に外には出させるな!」
「魔獣達は他にどの門から来ている!?逐一報告を入れろ!」
「近くに一般住民がいるだと!?ここに避難させておけ!」
「規模がわからん!」
「貴賓館の守りはどうなってる!?」
国境に位置する領地を持つ辺境伯はこれでも人格者だ。ゼーレンフィールンの住民達にも当然危険が及ばないようにと指示を出すことも忘れない。
その下の階級に位地する伯爵以下の者達の中にはそんなことよりこちらの安全を優先してほしいと考えている自分本位な貴族もいるが黙殺されている。
現状は良くない。とある問題のせいだ。その問題とは、子爵以下の者達は領軍を持てず、あくまでただの私兵達であるということ。
伯爵家以上の貴族家が領地で管理・統轄している領軍と較べれば、練度も装備も大幅に劣り、また忠誠心もそこまで高くない。
火事場泥棒を働く者が出るほど街は荒れていないが、すでに逃げ出した者もいると報告があった。
また防衛対象が多いせいか、魔獣達へ積極的に攻め入る人員も足りていない。
それ複合的な要因で避難誘導や情報伝達がひどく遅々としたものとなっていた。初老の辺境伯とトビアス達伯爵家の数名はこの状況に歯噛みする。
長くなればいずれ圧されて貴賓館だけではなく、街の住民達にも多大な被害が出てしまう。そして魔獣達は基本的に肉食か雑食だ。
地獄絵図の完成もそう遠くはないだろう。何より貴族街門とこの貴賓館はそこそこに近い。
門が破られれば真っ先に襲われるのはここだ。そうなれば指揮どころではなくなる。
―――――後手に回るしかないのは口惜しいが耐えてもらうしかない。
辺境伯がそう考えていたところにトビアスが近付いて来た。
「閣下」
「む、シルト卿か。どうした?」
辺境伯はトビアスに何事か訊ねる。これでもご近所付き合いではかなり古い間柄なのでそれなりに親しい。しかし正直これ以上の報告は聞き入れる容量《キャパ》はない。
「私が防衛線に行って指揮を執ります。総指揮を閣下から伝達して頂くことは可能ですか?」
「卿が直接出るというのか?」
軍隊を預けてくれという意味だ。確かにそうすれば本部の負担は軽くなる。しかし・・・。
「良いのか?先程挨拶をしてもらったが娘もここにはおるのだろう?」
防衛線は街門前の最前線だ。もしトビアスに何かあれば、イリスは父を失ってしまう。シルト家としてもそんな事態は避けたいだろう。
辺境伯は親しい私人として問うたが、トビアスの目は落ち着き払っていた。
「ご配慮はありがたく。しかし問題ありません。頼りになる彼らがいますから」
そう言って後ろに目をやる。そこには爛々と目を光らせるアルクス達魔族組がいた。辺境伯は思わず眼を瞠る。
「魔族の彼らが協力してくれるというのか?」
「ええ。というより先程から視線が送られてきておりまして」
トビアスは苦笑した。状況が悪いと悟ったアルがトビアスに気当てをするように視線を何度もぶつけてきている。貴賓館で籠城戦になる前に、自分達を出してくれ、と。
下手に配慮しながら戦うより、街の外にいる内に叩いたほうが良い。
アルはこの魔獣達の侵攻が人為的なものだと考えているからこそ早期の事態収束が急務だと判断していた。
下手人捜しも重要だが、死んでしまっては意味がない。トビアスはその視線に圧されて前線に出ることにしたのだ。
「魔族が協力してくれるのは有難い。が、まだ歳も若いではないか?大丈夫なのか?」
辺境伯は当然の疑問を呈する。
「閣下。件の聖国の越境軍事行動、それらを討ったのが彼らです」
やはり落ち着いているトビアスの言葉は辺境伯に多大な衝撃を与えた。
「なにっ!?彼らがだと!?」
この会合の前に主要な都市へ報告されていた聖国の侵略行為を魔族が止めたとあったが、あんな若者達だとは思ってもみない。
「うちの次男とそう変わらないではないか」
「実力は本物です。シルトの名に懸けて誓いましょう」
辺境伯は唖然とするがトビアスは家名まで出して保証した。嘘は言わないという貴族流の言い方だ。辺境伯は頭脳を高速回転させ、やがて決を出す。
「・・・・そうか。では、了承しよう。これより防衛線の指揮は卿に任せる。その魔族達も卿の指揮下でうまく協力してもらってくれ」
「はっ・・・恐れながら閣下、一点だけ訂正を。私に魔族の彼らは御せません。彼らを御せるのはあそこの彼・・・・私の甥だけです」
トビアスは略式で礼を執りつつ、そう述べた。辺境伯は一瞬言葉の意味を取りかね、一拍後愕然とする。
「甥、だと・・・?まさか、あそこの青年は」
「兄上の子です。では行って参ります」
そう言って背を向けるトビアス。そのままトビアスが黒髪の青年に声を掛けると、彼らはトビアスを置いて
本当にウィルデリッタルト領主の指揮では動かないらしい。そんな雰囲気が伝わってくる。
「確か・・・かの家の長男はユリウス殿、だったな。まさか息子がいたとは。しかし、魔族とはどういう・・・」
辺境伯は黒髪の青年―――アルの目にかつて見たシルト家の長男の瞳を幻視する。
何が何やらわからない辺境伯は首を振って意識を現状に戻したのだった。
***
冬場は日が陰るのが早い。既に暗くなり始めているなか、アル達魔族組4人とラウラはイリスの護衛にソーニャを置いて防衛線まで一気に駆けた。人選はアルだ。
今回守りの兵士達はいる。最優先事項は侵攻してくる魔獣の数を減らすこと。それにはソーニャより杖剣を持ったラウラが、イリスの護衛にはラウラより盾を持って軽鎧を着込んだソーニャの方が向いていたのだ。
任されたソーニャは歯痒くもあり、誇らしくもある、そんな表情で彼らを見送った。
アルは到着するや否や見知ったシルト領の兵士へ声を掛ける。
「俺達が出ます!少しだけ道を開けて下さい!」
現地で指揮を執っていた兵士はアル達の姿を認め、投げかけられた言葉に思わず耳を疑った。
彼らの実力は良く知っている。練兵場で何度となく訓練しているのは見たことがあるし、合同訓練染みたこともしたことがある。しかしだ。
「君ら、あの中に入るつもりか!?」
押し寄せる魔獣の群れを指しながら問うた。自殺行為だ。そんな真似をみすみす見逃すわけにはいかない。
「手早く終わらせるべきです」
アルは淡々と述べる。何者かの思惑を感じ取ったが故の言葉だ。それでも兵士は人として出来た人間だった。
「だめだ、許可できん!」
自分の子供とそう変わらない歳の若者を魔獣の群れに飛び込ませるなんてまともな精神の人間がやることではない。
しかし彼らの更に後方から声が掛けられた。
「許可してやってくれ」
「トビアス様!?」
肩で息をしているトビアスはアル達に苦笑いをこぼしつつ、躊躇っていた現場指揮官へ通告する。
「まったく。君達、速過ぎるよ。今からこの場の指揮は僕が執る。君は僕の補佐に回ってくれ」
「はっ。いやしかし、彼らをあの中に送るなど」
「僕も君と同感ではあるんだけどね。これが仕組まれたものである可能性を考えると早期に事態を収束させるのが先決だっていう彼の意見には頷かざるを得ないんだ。出てもらうしかない」
「っ!ではやはり何者かが糸を引いていると?」
「十中八九ね」
経験豊富な現場指揮官もこれが仕組まれたものだと予想していたようだ。魔物は時折共生関係を築いているような部分も見られるが、魔獣は単一種族でしか群れない。
それは魔獣の討伐経験や専門書を読むことでしか得られない知識だ。
トビアスは身贔屓ながら打てば響くような返答に思わず誇らしくなる。
「・・・わかりました。防衛部隊に告げてきます。どのようなご指示を?」
ここにはシルト領の領軍以外もいる。現場の指揮をシルト卿が執ることに否やはないだろうが、伝令の仕方が難しい。副官に納まった元現場指揮官が問うた。
「指揮権の話は僕がするからいいよ。具体的な指示は、彼らが門前で準備を済ませたら一時攻撃を中止。それ以降は追って伝達する。で、いいかな?」
トビアスは副官に告げつつ、最後はアルへ視線を向ける。
「ええ、お願いします」
アルは頷きながら短く返答を寄越した。既に臨戦態勢だ。意識は魔獣へ向いている。残りの4人も似たようなものだった。
ラウラすらそんな様子なのだから慣れとは恐ろしい。もっとも流石に彼女は緊張しているようだが。
副官がトビアスの視線を受けて走っていく。道を開けてもらうつもりだろう。アル達もその後ろへ続いた。
トビアスはすうっと大きく息を吸い込んでよく通る声を発する。
「今この場にいる総員へ告ぐ!私はトビアス・シルト!シルト家の当主である!辺境伯閣下の命により現場指揮を仰せつかった!これよりこの場の指揮は私が執る!指揮を執っていた者たちはここに集まれ!」
貴族家当主が前線に来たと言うことで私兵達は動揺するが、辺境伯家に鍛われた領軍兵士達は違った。トビアスへ駆け寄り、
「トビアス様、ここに」
と膝をつく。前線に当主が出ることは辺境伯領では割とあることなので対応も早い。加えてトビアスの名も効いた。善政を敷く領主であることはよく知っている。
他の伯爵家の領軍指揮官たちも続々と集まってきた。トビアスは主要な面々が集まったと見るやすぐに指示を出す。
「ご苦労。まずは魔族である協力者たちが先陣を切って門の外へ出る。我々は彼らによって勢いが弱まった魔獣の掃討だ」
「魔族の協力者?実力は信頼できるので?」
訝しむ兵士へ、トビアスは力強く頷いて見せた。
「当然だ」
「何名です?」
「おそらく前に出るのは三名のはずだ」
「たった三名・・・お言葉ですが、」
―――――寡兵に何ができるというのだ?
優秀な兵士だ。至極真っ当な疑問を発するところをトビアスは押し留めた。
「言いたいことは理解している。だが、信じてもらえないか?私もこの防衛線が終わるまでここから一歩も引かない。シルトの名に誓おう」
失敗したときは自分の命で清算してやる。遠回しの覚悟を秘めた発言に辺境伯家に仕える兵士は閉口した。
――――――そこまで自信があるというのか?
「・・・承知致しました。それで、彼らにはどのような伝達を?」
あの中に突っ込むのならこちらに伝達方法はないのではないか?という疑問だったが、トビアスは意外な回答を返す。
「彼らはこちらの指示の下では動かない。だが協力はしてくれる。そうだな?アルクス!」
領軍の主としてトビアスが声を投げかけると、アルが大声を返した。
「はい!」
「なっ!?まだ子供ではないですか!」
何を考えているんだ!良心を持つ兵士が訊ねるがトビアスは無視する。
自領の副官となった兵士はたった今、シルト領軍へと伝令を届け終えたようだ。
「助かるぜ!」
「ふうっ!ようやく一息つける!」
「感謝する!」
「守りは任せな!」
口々に兵士達は喜びを露わにした。なんせアル達の強さをこの場で最も知る者達だ。
「何を言って・・・・」
彼らを知らない辺境伯軍の兵士は戸惑うが、トビアスは好戦的な笑みを浮かべて口を開く。
「そう心配しなくても彼らは強い。頼むから背中に魔術を当てたりしないでくれよ、後が怖い」
その声はどこか誇らしそうだった。
シルト領の兵士達の前にいるアル達5人は、ちょうど最終準備を整え終えたところだ。
「随分期待されちまってんなぁ。で頭目殿、ご指示は?」
後ろの歓声染みた声援を聞きながらマルクがおどけた。牙猪に餓狼、ヒトノミカガチ、
アルはそちらを見て、トビアス同様よく通る声を上げた。
「初撃はエーラに任せる。俺達が突っ込む大穴を開けてくれ」
「まっかせて!」
シルフィエーラは複合弓を強弓へと変形させながら元気よく笑った。すでに目は鮮緑に輝いている。アルは次いで指示を飛ばした。
「始まったらエーラは門の上から狙撃。遠いやつは目を狙って同士討ち、門に近いやつは脚を潰して、機動力を落としてやれ。
ラウラはエーラに連れていってもらって上から魔術を撃ちまくれ。突出してきたやつ、足の速いやつら優先。今のラウラなら大丈夫、あいつらくらいなら止められる」
「うん、わかった!」
頼られたエーラは満面の笑みで応え、
「はいっ!」
ラウラも力強く頷いてみせる。自分だってようやく少しは役に立てるようになってきたのだ。
ウジャウジャいる魔獣に当初は臆したが、アルに大丈夫と言われると勇気が湧いてきた。
―――――何とかしてみせる。
決意の炎を胸に灯し、力いっぱい杖剣を握りしめる。
「残りの俺達は散開して派手に暴れる。いつも通り」
「ハハッ、そりゃ単純でやりやすい」
マルクは笑いながら”魔法”を発動した。ゆらりとワインレッドの毛並みを靡かせる人狼が現れ、後ろの兵士達がざわつく。
「あんた龍鱗布ないんだから無茶するんじゃないわよ」
凛華も『
「わかってるよ。ありがと。あ、最初に出るとき尾重剣で吹っ飛ばしてくれる?」
アルは応えながら『八針封刻紋』をカチカチッと3時まで戻した。ざわつきが大きくなる。
今羽織形態をとっている龍鱗布は護衛対象のイリスに着せてある。
「無茶すんなって言ったでしょ?まぁ、いいわ。その眼の色に免じて聞いてあげる」
灰髪に緋色の瞳を凛華に向ければツイッと視線を逸らされた。何やら照れているらしい。
「助かるよ。みんな、準備は良いな?」
アルが龍牙刀を引き抜いて問えば、
「「「「応!」」」」
と4人が返した。好戦的な笑みをニッと浮かべたアルは息を吸い込んで大きく叫ぶ。
「状況開始だ。トビアスさんっ!!」
「総員、攻撃止めッ!!」
アルの呼び声に鋭く反応したトビアスが指示を下した。どの兵士もピタリと攻撃を止める。
その機を逃さず、アルは仲間の名を呼ぶ。
「エーラ!」
「いくよ・・・・!『燐晄、一矢』ッ!!」
エーラが強弓を極限まで引き、一拍置いて放った。キィンッという独特の弦音。真っ白な閃光が兵士達の目を灼くように迸る。
直後、攻撃が止んで勢いを取り戻しかけていた門前の魔獣達が
エーラが今放てる最大威力の一撃。光を纏った一矢が魔獣の群れに大穴を穿っていた。
「凛華よろしくっ、『蒼炎気刃』!」
龍牙刀に蒼炎を纏わせたアルがトンッと軽く跳び、
「行って・・・来なさいっ!!」
凛華が尾重剣をブウンッ!とフルスイングする。息の合った連携でアルは尾重剣の腹に足を乗せ、そのままかっ飛ばされた。
「んじゃさっさと行こうぜ」
「ええ!」
アルが吹き飛んで行った後を追うようにマルクがタンッと門を出ていく。凛華も答えながらさっさと外へと向かった。
―――――これで攻撃再開の指示が出せる。
「ボクらも上がるよ!」
「はい!お願いします!」
ツタで弾いてもらったエーラと根に押し上げてもらったラウラは兵士に驚かれながら門の上にスタッと着地してすぐさま視線を外へ向ける。
丁度、蒼い流星が魔獣の方へ突っ込んでいく最中だった。
魔獣の群れに突撃した
―――六道穿光流『蒼炎嵐舞』。
『蒼炎気刃』によって刀身が広く長くなった龍牙刀と、この突撃回転技は相性が良い。
「すうぅぅぅぅっ・・・・ガ ア ア ア ア ア ア ア ア ア アッ!!」
剣技を放ちつつ、
更に反応して寄ってきた他の魔獣の首を落とし、手足を斬り飛ばした。鬼火の弾丸が一瞬にして炎熱地獄を築いていく。
アルは突撃の勢いが弱くなるとすぐに回転を止め、龍牙刀を口に咥えて走り出した。
牙猪の背を蹴り上がり、振るわれた大槌狒狒の腕をトントントンッと駆け上がり、空中で両掌に作っていた属性魔力を圧縮する。
二属性魔力の混合。バチバチとスパークを上げる蒼炎雷が地面に落とされた。
ドガ――――――ンッ!
轟音と地響きを立てて、蒼炎雷が爆発する。その余波は門に濃い血と焦げた臭いの爆風を流し込み、防壁をグラグラと揺らした。
着地したアルは動くのを止めず、魔獣の屍骸がそこかしこに散らばっていく。
そこいらの魔獣などとは格の違う、龍の猛威を具現化したような光景であった。
凛華は嬉しそうに駆けながら叫ぶ。
「派手にやってるわね!」
あの状態のアルは非常に好戦的だ。普段のアルも好きだが見た目も相まってこのギャップが凛華は大好きだったりする。そんなこと恥ずかしくて絶対に口には出さないが。
「邪魔よ!」
立ち塞がった大槌狒狒に言い放ち魔術を起動した。
「
大槌と形容される狒狒の大腕に冰で覆われた馬上槍の如き尾重剣が正面からぶつかる。結果はすぐに出た。
一瞬の均衡もなく、大槌狒狒は右半身ごと凍らされて、砕かれる。
凛華は勢いを殺さずそのまま放ち、冰鬼刃へと切り替えつつ半回転しながら尾重剣を振るった。
突きと回転撃の余波に巻き込まれた餓狼やヒトノミカガチが斬り裂かれながら凍結していく。
すぐさま魔獣の荒い突進や剛撃が殺到する。しかし凛華はヒラリと舞うように躱し、返す刀で胴を薙ぎ払い、トォンッと飛び上がりながら周囲を斬り刻んでいく。
凛華が舞うたびに周囲が凍てついた。無理矢理抜け出そうとした魔獣の皮膚が裂けて、紅色の血花が咲き乱れる。
吹雪を体現したような剣風が紅蓮地獄を生み出した。
マルクは疾駆する。
「こいつらどうなってんだ?こんだけ暴れてんのに目指してんのは街のまんまだ」
勢いのまま餓狼と牙猪を纏めて蹴り殺した。吹き飛んだ屍骸が当たって激昂した大槌狒狒が殴りつけてくる。
マルクは真正面から狼拳で殴りつけた。魔気交じりの拳は簡単に狒狒の大腕を弾き飛ばす。
「ちょっかい出せば向きはするけどよっ」
怯んだ狒狒の首筋を跳び上がって狼爪で斬り裂いた。噴き出した血を咄嗟に押さえた狒狒が倒れていく。残念ながら致命傷だ。
しかしマルクの表情は苦み走っていた。
「ちっ、思ったより注意引けてねえな。『雷光裂爪』!」
状況は良くなってはいるのだろうが、依然として魔獣達は街を目指している。
アルが最初に殺気を撒いたおかげでだいぶ
―――――急がねえと・・・!
己を叱咤したマルクは大地が凹む程強く地を蹴った。稲光を引き連れた一陣の風が魔獣の間をすり抜け、風が去った後には雷爪で蒸発した血煙とその傷口を圧して噴き出した血で赤く染まる魔獣達の屍骸だけが頽れていく。
雷を含んだ暴風が魔獣達を蹂躙していった。
複合弓を速射型にしたエーラは門の上から連続で矢を放つ。
「『燐晄
都合10射放たれた光の矢はそれぞれ独立した動きで駆け抜け、牙猪と餓狼の頭を灼き貫き、ヒトノミカガチと大槌狒狒の脚を熔かしながら砕いた。
「んっ?あれはさすがにマズいね。『燐晄一矢』!!」
門の前に突き進んできたヒトノミカガチへ強弓型で一射を放つ。閃光が大蛇の頭部だけでは飽き足らず、後ろにいた餓狼の群れをも呑み込んだ。
怯んだ他の魔獣へ間髪入れずエーラは矢を放つ。複雑な軌道を描く『燐晄』を纏った矢は恐るべき速度で門前の魔獣の脚を的確に灼き、奥から迫って来る魔獣の眼を射貫いた。
天上から差し込まれる光が大地を灼いていく。いっそ幻想的ですらある光景に兵士達は瞠目した。
エーラの近くにいるラウラは必死で門の上を駆け回る。
「『
杖剣を横に振りつつ魔術を発動させた。魔獣達の足元に地中の鉱石が寄り集まってできた荊が天を衝いて生成される。
背の低い魔獣達はそこに引っかかって速度を落とし、大型の狒狒やヒトノミカガチは足に刺さった荊に激怒の唸りを上げた。
「っ!?」
ラウラはハッとする。狒狒が足元にいた餓狼を掴み、投げつけてきたのだ。咄嗟に杖剣に魔力を流し、魔術を発動させた。
「『火炎槍』!」
何度も何度も練習してきた魔術。ほぼ無意識で放たれた巨大な炎槍は餓狼を呑み燃やし尽くす。
ラウラはそれと同時にもう一つの術式も描き始めた。まだ咄嗟に出せるほどの魔術ではないが、それでも完成させて起動させる。
「『天鼓、招来』ッ!!」
轟音と共に青白い稲光が荊目がけて盛大に落ちた。この魔術は瞬間威力の高い『雷閃花』が短射程であるという欠点に目をつけてアルが創った魔術だ。
『鋳棘の術』とセットで使うことで束ねづらい稲妻をある程度収束させ、かつ射程を長く、また杖剣を使うことで広範囲に攻撃ができる。
属性魔力をぶっ放すだけで強力な一手になるアル達ほど魔力に余裕のないラウラでも放出魔力の増幅効果を持つ杖剣と正しい手順を踏めば近しい威力の攻撃ができるのだ。
―――――私だって彼らのように守ってみせる!
ラウラは熱い決意と共に防衛線の直上を走り回った。そのたびに雷が落ち、炎が大地を焼いていく。
トビアスはここだ!と叫んだ。
「防衛線を門の前ギリギリまで上げろ!魔獣は一体に二名、いや三名でもって確実にトドメを刺せ!内側には絶対に入れるな!進めッ!!」
「「「「「「ハッ!!」」」」」
兵士達がその声に雄たけびを上げながら前線を上げていく。飛び掛かってくる餓狼を突き殺し、大槌狒狒に炎を浴びせかけ、ヒトノミカガチに暴風をぶつけ、門を潜り抜けて迅速に陣を形成していった。
やはりどこよりも早く動いたのはトビアスを信頼しきっているシルト領の兵士達だ。
「す、凄い・・・!」
辺境伯領の指揮を執っていた兵士は魔獣の駆ける振動ではなく、巨大なものが倒れ伏す振動や爆発の余波が増えていっていることに声を漏らす。
トビアスの連れてきた年若い魔族達がこれほど圧倒的だとは思ってもみなかった。
「そうだろう」
「ええ。あ、失礼致しました」
ややフランクな返しをしてしまったことに謝罪を入れつつ、彼はトビアスへ恐縮する。
「恐れながら、魔族とはここまで強い者達であったかと己の不明を恥じ入るばかりです」
「いやあ、あれ相当上澄みだと思うよ?門の上の子の一人は僕らと同じ人間だし」
トビアスはあっけらかんと答えた。
「なっ、真でしょうか?」
―――――
もう一人と言われれば、さっきから雷だの炎だの勢いよく放ちまくっているあの朱髪の少女だ。
「本当だよ。なんなら良いとこのお嬢さんさ」
「そうであるとするならば我が身の不甲斐なさも恥じ入らねばなりません」
―――――近接戦ならまだしも遠距離戦になると勝てないのではないだろうか?
魔獣相手である為どこまで対人戦をやれるかは不明だが、それでも強いと辺境伯領の指揮官は感じた。
「ははっ、恥じ入る必要はないさ。彼らがああやって大暴れできるのは僕らがここで絶対に通さないって信じてくれてるからだ。彼らの頭目、ああ今蒼い炎を噴き出した子だね。あの子が頭目なんだけど結構疑り深くてね」
「我らがいるからこそ、ですか?」
「うん。そうでなければもう一人、あの人狼の子をこっちにつけてたと思うよ」
トビアスの予想は正しい。未熟な兵が多かったらアルは信用していない。
あの量の魔獣を抑え込み、かつ結局街に入れていない歴戦の兵だったからこそラウラをあそこに置いたのだ。
「それは嬉しい限りですが・・・やはり筆舌に尽くしがたいですな、あの光景は」
「それは僕も同感だよ」
妙に仲良くなったトビアスと別領の兵士であった。
***
無精髭を生やした男は毒づく。
「どうなってやがる!?」
隣にいるスれた雰囲気の女は身体をその男にべったりとくっつけながら真っ赤な口紅をつけた唇を動かした。
「ねえ。どうすんのぉ?終わりそうだけどぉ~」
ジャラリと腰についていた武器が音を立てる。男は苛立ちながら指示を出した。
「チッ、おい確認とってこい。計画を前倒しちまっていいか?って」
その言葉にひょろりとした中年の男が頷いて席を立つ。
「楽な仕事の筈だったのによ」
「早く終わらせて遊びたぁい」
「わかってる。許可が出たらすぐ動くぞ」
「はぁ~い」
けばけばしい女に男は乱暴な口づけをしてトントンと忌々しそうに机を叩くのだった。
☆★☆
魔獣たちの侵攻は結局アル達が乗り込んでから徐々に勢いを落とし、次第に終息していった。
最後の大槌狒狒を斬り殺したアルと凛華。マルクが鼻を鳴らし、エーラが”魔法”で周辺に脅威はいないと報告を入れたときは兵士全員が彼らを讃えながら歓声を上げた。
生きるか死ぬかの瀬戸際だったところにも関わらず、結局死者は10名にも上らなかったのだ。嬉しくもなろう。
しかしアルの表情は優れない。トビアスも難しい顔をしている。なぜなら結局魔獣が街に押し寄せた原因がわからないからだ。
とりあえず侵攻は止めた。だがそれ以外は何も進展していない。対応が後手に回っている気持ち悪さをじわじわと感じていた。
ひとまず貴賓館の方へ戻ろうと遠目に見える屋敷へ目を向けた、その瞬間。
「え・・・?うそ!煙が上がってる!」
エーラが慌てたように叫ぶ。アルとトビアスは目を剥いた。
「馬鹿な・・・なぜ」
魔獣は入れてない筈なのに。
「とりあえず急ぐぞ!」
トビアスの言葉を待たず、アルは灰髪のまま走りだす。ラウラも不安げな表情を浮かべてついてきた。あそこにはイリスとソーニャがいる。
「無事でいなさいよ・・・!」
凛華も魔獣と戦っていた時には掻かなかった冷や汗を額に浮かべていた。あと300
ドオオオオンッ――――!
貴賓館の1階と思わしき場所で爆発が起こった。
「なっ!?」
爆風の熱が届く。
「イリス!」
「ソーニャ!」
トビアスとラウラは咄嗟に大事な娘と仲間の名を叫んだ。
「くっそ!」
貴賓館には黒煙がもうもうと上がっている。アル達が慌てて動こうとしたところで、マルクがピタリと止まった。
「なんだこの匂い・・・?これは、いや・・・まさか・・・・」
「マルク!」
立ち止まったマルクへアルがどうした!と呼び掛ける。
マルクは逡巡し、最終的に己の直感と本能を信じて叫んだ。
「悪いアル、そっちは任す!俺はこっちに行く!」
そう言うと『人狼化』して建物へと跳んでいく。
「マルク!?」
エーラが叫ぶがワインレッドの人狼はもう建物の陰に消えていた。
「・・・・」
「アル、マルクどうしたのよ!?」
兵士たちの波に押される。彼らも燃えている貴賓館に気付いて駆けつけてきたのだ。
これではもうマルクを追えない。そもそも馬より速い人狼に追いつくなど不可能だ。
「・・・・・マルクはたぶん何かを感じて行ったんだ。俺達は貴賓館に行こう。何があったのか確かめないと」
「それなら言えば・・・・ああもうわかったわ!」
「うん!あっちはマルクに任せよう!」
「・・・・はい!」
黒煙を上げる貴賓館にアル達4人はトビアスを追って向かう、いまだ判然としない陰謀や策謀の臭いに込み上げる不愉快さを感じながら。
アル達5人、そしてイリスとソーニャの夜はまだ終わりそうになかった。
評価や応援等頂くと非常にうれしいです!
感想も受け付けておりますので是非ともよろしくお願い致します。