また「小説家になろう。」と「カクヨム」にて同作を2~3日に1度連載投稿しております。
現在両サイトにて投稿されているものとこちらに投稿するものは少々文体が違う場合があります。
こちらへは定期的にある程度纏めて更新していく予定です。
アルクス達5人と領軍の兵士達が魔獣の侵攻を食い止め切った、ほんの少し前まで時は遡る。
貴賓館の2階にいたイリスとソーニャは時折蒼く照らされる空を眺めていた。この距離ではアル達5人の姿は見えないし、防壁があるせいで魔獣達が減っているのかすらわからない。
ただ、あの蒼い光がアルの炎であること、散発的に落とされる雷や白い光がラウラやシルフィエーラのものであることだけは理解できた。
「兄様達、やっぱり凄いですわね」
イリスがポツリと呟く。街の市場もかくやというほどの騒がしい会場で漏れ聞こえてくる戦況報告はトビアスとアル達が出ていく前よりも明るい報告が増えてきていた。
辺境伯家の当主も厳めしい顔つきを幾分落ち着いたものになっている。この分だと自分の敬愛している従兄達は褒賞を貰うだろう。そう考えてイリスは肩の力を抜く。
と、同時にふと用を足したくなった。緊張感が抜けてきたのだ。
「ソーニャさん、
「ん、わかった。ついていこう」
隣にいたソーニャはすぐさま頷く。
「中まではついてこなくてよろしいですからね?」
「わかってるさ」
確認するように言うイリスに再度ソーニャは頷いた。同性とはいえ自分の用を足す音など聞かれたくないだろう。そのくらいの気遣いはできる。
2人は喧騒から遠ざかるように貴賓館の食事会場外へと出た。
イリスが
―――――あんな方いらしたかしら?
イリスは疑問に思いつつ、個室に入った。
確か近くにいる住民は避難させろという会話を聞いたような気がする。お手洗いが足りなくて上に来てしまったのか?
用を足し終えたイリスが首を捻りつつ手を洗い終えたときだ。
バツンッという音と共に辺りから魔導灯の光が消え失せた。時刻は既に夜。イリスは真っ暗闇に呑まれてしまう。
「ふえっ?」
それまで明るい場所で目が慣れていたイリスは突然視界を奪われたような感覚に焦りを抱いた。
―――――魔導具の故障!?
貴賓館やある程度金のかかっている大型建築物にはだいぶ前から疑似晶石を用いた魔導灯が主流で使われている。
それの大本となる魔導機の故障をイリスは真っ先に疑った。しかし、
「うっ・・・」
漂ってきた鼻をつく異臭に顔をしかめる。何かが焦げているような、溶けているような臭い。
―――――まさか、火事?
廊下を挟んだ食事会場の方の喧騒が余計に大きくなった。
「イリスっ!」
そのときソーニャの声がくぐもって聞こえた。どうやら廊下側から扉を開けようとしているようだが、こう真っ暗では手探りでも時間がかかるだろう。
―――――とにかく合流しなくては。
イリスがそう思って扉に手をかけようとしたときだ。
「え・・・・・?」
鏡にぼんやりとした光が浮いている。驚いて固まるイリスの後ろから先程の派手な女の耳障りな声が響いた。
「あれぇ?それ・・・ワタシってツイてるぅ!」
声に振り向こうとしたイリスの背に女の手が当てられた。
「だれっ――――」
手の感触を感じ取った直後、雷撃がイリスの身体を奔る。
「きゃあっ!?」
「イリス!?」
イリスが抱きかかえられるのとソーニャが取っ手を探り当て、扉を開いたのは同時だった。
すぐに予備
「うっ、イリスっ!?貴様っ、何者だ!?」
眼を瞬かせながらソーニャが目を開ければ、イリスを担いだ派手な女は舌を出して背を向けた。
「アンタなんかに名乗る筋合いねーっての。じゃねぇ~」
そう言うと壁に向かって拳を放つ。それだけで壁面が
「なっ・・・・!?」
その威力に驚いたソーニャの一瞬の間隙をついて女がイリスを抱えたまま飛び降りていく。
―――――ここは2階だぞ!?
慌てて後を追いかけたソーニャが見たのは大判の丈夫そうな布に女が着地するところだった。何人かの男が支えている。
―――――仲間がいたのか!
「ちっ!なめるな!」
逡巡はほんの一瞬、ソーニャは雨樋に腕をひっかけ落ちるように滑り降りていく。着地時のガァンと突き抜けてくる衝撃が脳天に達する前にどうにか前転して逃がした。
バッと顔を上げたソーニャが見たのはイリスが近くに停めてあった幌馬車の荷台に乗せられているところだ。
―――――誘拐だ、しかも計画的な。
「待て!」
ソーニャは追いすがるように走った。しかし幌馬車はすぐに走り出してしまう。このままでは逃げられてしまう。
―――――イリス、すまん!!
「『火炎槍』!『雷閃花』!・・・・『水衝弾』!!」
立て続けに放たれた炎の槍と樹状に伸びた雷が荷台の一部を破壊しながら後輪の車軸を赤熱させ、そこへ狙いすました『水衝弾』が2発撃ち込まれた。
軍用魔術によって赤熱化していた車軸は水球による衝撃を受け、ポッキリと弾けるように折れる。幌馬車は異様な動きを見せ、やがて何とか横転することなく止まった。
「畜生めっ!早く予備持ってこい!」
無精髭を生やした男と背の高い大男、そして先程の女が出てくる。イリスを雑に抱えていた。後からひょろりとした男も這い出てきた。
「イリスを返せ、下郎が」
ソーニャは怒りの表情を浮かべたまま、斬りかかろうと駆け寄り、
「ちいっ!邪魔を!」
横合いから伸びた剣を盾で弾き飛ばす。いつの間にやら数人の男が周りにいた。全員覆面をしている。
「貴様ら、一体何者だ?」
「答える義理はねえな」
無精髭を生やした男の返答を合図と見て取った覆面をつけた者達が剣を振りかぶってきた。
ソーニャは後方に跳び退きながら、着地と同時に勢いを反転。追いかけて来ていた男の胸へ膝蹴りを叩き込む。
「グオッ」
慌てて胸を押さえる男の首を斬り飛ばそうとしたソーニャへ、別方向から剣が襲い掛かってきたが、
「くっ・・・・!」
落ち着いてどうにか盾を挟んだ。そしてググッと受け止める振りをして最大限力がかかったと見るやソーニャは一気に脱力するようにして身体を半回転させ、そのまま盾で男の顔面を殴りつける。
「ガバッ!?」
―――――こいつら、思っているより弱い?
ソーニャは余裕を取り戻しつつ周囲の覆面共を蹴り飛ばし、膝や肘を斬りつけた。
被害を受けず立ち回るには、アル達のように圧倒的な武力で一気に制圧するか、少しずつ少しずつ相手に被害を蓄積させて削るのが
今のソーニャには後者の選択肢しか取れない。
「ガキ一人にモタモタしてんじゃねえぞ!」
無精髭の男がイラついた声を上げる。その視線は後ろの方をチラチラと気にしていた。予備とやらを待っているのだろう。
そのとき男の隣にいた大男が声を発する。見た目通りの太い声だ。
「時間がねえんだろ。俺がやる」
「おう。さっさと終わらせろよ」
大男が進み出ると周囲の覆面が引いていく。
―――――魔術でも使うのか?
ソーニャは盾を構えた。大男はソーニャの倍ほども身長があり、筋骨隆々だ。
その長い足が持ち上がる。
―――――なんだ?ソーニャの頭に疑問符が湧いた。
いくら足が長かろうがその間合いでは当たらない、そう思った瞬間。
ドゴオンッ―――――!
振り下ろされた足が石畳を砕き、すり鉢状の跡を残した。ソーニャの足が衝撃で揺れる。
―――――振り下ろしただけでなんて威力だ!あんなのが直撃したら・・・・!
冷や汗が背筋を伝っていく。大男はダンと踏み出した。
ソーニャは咄嗟に盾を掲げ、歯を食い縛る。
ガッアアアン――――!
「ゔっ・・・・がはっ」
盾ごと吹き飛ばされたソーニャは石畳を滑り、膝をついた。全身を貫いた衝撃が酸素を奪い、構えていた腕が震えている。
―――――マルクの蹴りより重い、だと・・・・・!?
ソーニャは愕然とした。そこへ大男が回り込むように左足で蹴りを放ってくる。
「くっ・・・うううおおおっ!」
咄嗟に跳んで盾を構えたが蹴りはその上からソーニャを強かに叩き、吹き飛ばした。
「うっ、がっ、ぐふっ・・・・!」
石畳を転がり、何とか起き上がるも膝が笑っている。酸素も足りない。息を吸おうとしてソーニャが顔を上げたところに、拳を構えた大男が立っていた。
***
顔を持ち上げられている感覚でソーニャは目を覚ました。口の中がジャリジャリする。目を開けたソーニャの前には化粧の派手な女がいた。
慌てて武器を取ろうとして、縄で縛られていることに気が付いた。地面も揺れている。少し離れた位置には縛られたイリスがいた。
「・・・・何者だ、貴様らは。どこに行こうとしている?イリスを狙ったのはなぜだ?」
「デコから血ィ流しながら言うのがソレなわけぇ?」
ジクジク痛むと思ったら額を怪我しているらしい。ソーニャはあえて痛みを無視した。『治癒術』を使うほどまだソーニャの魔術の腕は高くない。
「答えろ」
「状況わかってんのか?」
無精髭の男が呆れたような目を向けてきた。覆面の男たちは嘲るような笑い声を上げる。
「雑魚に蔑まれる趣味はない。とっとと答えろ」
「雑魚だと、ガキがイキりやがって!」
「剥いちまえ!」
覆面の男達がいきり立つ。派手な女はそれを楽しそうに眺め、
「んー、まぁ狙いはこの子だしィ。この子じゃないなら別にいんじゃなァい?」
イリスを見てそう言った。悩む素振りを見せているのは演技だろう。こちらを絶望させたいだけだ。
―――――下種が。
ソーニャは黙ってジッと睨む。神殿騎士達に較べればこいつらなど雑魚もいいところだ。
なんだかんだ言って神殿騎士達はアル達がいなければ一人も倒せていなかった。警戒すべきは今座っているあの大男と壁を吹き飛ばしたこの女くらいのものだ。
ソーニャの態度が気に食わなかったのかケバケバしい女が再度顎を掴んでくる。
「気に食わないねェ~。大体ナニその顔?化粧もしてないクセにキレーな顔しちゃってさァ。傷つけたくなるじゃん」
そう言ってジャラジャラと腰に持っていた武器を引き抜いた。
「随分趣味が悪いんだな。ああ、その下品な顔を見ればわかるか」
ソーニャは煽る。自分はあの5人の仲間なのだ。
―――――こんな根性から根腐れを起こしたような女にだけは負けたくない。
「へェ・・・じゃアンタも趣味の悪いカオにしたげるよ」
そのとき声が届いた。この場に似つかわしくない、凛としたよく通る声だ。
「その者から手を離しなさい。彼女はシルト家でお預かりしてる共和国の令嬢です」
イリスだった。
―――――目を覚ましたのか!
ソーニャが嬉しくなってそちらを見ればイリスは対照的に不安そうな表情を一瞬向ける。ソーニャが額から流している血を見て心配しているのだ。
「ハァ?なんで目ェ覚めちゃってるワケ?ワタシ直撃させたはずなんだけど」
派手な女はソーニャの顎から手を離し、イリスへと向かう。ソーニャはイリスがアルの龍鱗布を着ていることに気付いた。間違いなくあれのおかげだろう。
派手な女がイリスを掴もうとして、無精髭の男がそれを手で制した。
「やめろ。おい、嬢ちゃん。こっちの騎士みたいな嬢ちゃんが共和国の令嬢だって?ウソじゃねえだろうな?」
値踏みするような男の目付きにもイリスは怯まない。彼女を怯ませるには到底圧が足りない。
イリスとてトビアスを見て育ってきたのだから並の胆力はしていなかった。
「勿論、当家の客人です。手を出せば共和国交易都市ヴァリスフォルムの抱える軍と我が領軍があなた方を本気で潰しに来るでしょう。外交問題になるでしょうね。
あなた方を助ける奇特な貴族もいないでしょうが、その覚悟がおありならどうぞやってごらんなさい」
あまりに堂々とした物言いに男がたじろぐ。イリスの持つ覇気のようなものを当てられていた。
逆にイリスは今のでこの男の底を知る。決して大物足りえない。
やあやって無精髭の男は口を開いた。
「こいつらには手ぇ出すんじゃねえぞ。団長命令だ。金を生むかもしれねえ獲物を壊してもつまらねえ」
「団長?」
イリスは耳聡く問う。男は舌打ちを一つして、
「俺達は傭兵団なんだよ。俺が団長だ」
「傭兵だと?戦争もないのにこんなところで何をしているんだ?」
「答える義理はねえって言っただろうが、黙れ。あとそいつは鎖で縛っとけ。馬車を一台壊しやがった。他に何持ってるかわからねえぞ」
情報を得ようとするソーニャを縛り直すように指示を出した。覆面達は残念そうにソーニャに鎖を巻きつけていく。
2人を誘拐した馬車はそのままどこかの街へと入っていくのだった。
***
時は現在にまで戻る。階下が爆発した貴賓館の消火作業を終えた兵士達はトビアスを先頭に辺境伯を探していた。
どうやら爆発の規模に比べて人的被害は少なかったようで、火傷を負った避難民たちは辺境伯の指示の下、2階で治療を施されている。
「閣下、ご無事でしたか!」
「シルト卿か。ああ、無事だ。そちらはどうなった?」
辺境伯は疲れた顔を見せつつもしっかりとした返答を寄越してきた。
「こちらは問題なく。侵攻は無事、抑え込みました。それで何があったんです?」
トビアスは端的に答え、早々に本題へと入る。
「あれを抑え込むとは・・・ご苦労、何が起こったのかはこちらでもわかっておらん。急に屋敷の魔導灯が全て消え、慌てて予備を起動させたのだがそれから数分もせん内に下で爆発が起きたのだ」
「魔導灯が?貴賓館の魔導機材が古くなっていたのでしょうか?」
「それはない。この会が開かれる前に一度総点検を行わせている。そうでなくてもここは私の管理地。さすがに有り得んよ」
辺境伯とトビアスは首を捻った。が、すぐにトビアス側が顔を上げる。
「閣下、個人的な質問で申し訳ありません。娘を見ませんでしたか?」
「娘?イリス嬢か?それならさきほどはあちらで護衛といたはずだが・・・まさか!」
慌ててトビアスと辺境伯は兵を総動員した。
しかし、彼女や護衛が爆発に巻き込まれて怪我をしたという報告はなかったし目撃者もいない。
それどころか2人の姿がどこにも見当たらなかった。
辺境伯はすぐさま兵士を総動員し、ゼーレンフィールンの街全体を調べるように指示を出す。
色を無くしたトビアスは食事会場横にいたアル達4人へと声をかけようとして逆にアルから声を掛けられた。緊張感を孕んだ平坦なアルの声。
「トビアスさん、ミトライト家の領地はどこです?」
トビアスは蒼白になりつつも問い返そうとして質問を変える。
「なんでそんなことを・・・・・アルクス君、それは?」
「イリスがつけてた髪飾りです」
アルの持っていた髪飾りはイーファ・ミトライトが彼女に土産として渡したものだ。トビアスが直接つけてやったものだからよく憶えている。
隣を見れば奥の壁が吹き飛んだ女性用化粧室。凛華が見つけてアルに渡したのだ。
「まさか、ここから連れ去られたというのか!?」
さすがのトビアスもこれには顔色を土気色にまでさせる。
わけのわからない魔獣の侵攻に、消えた愛娘。
胃の中のものをすべてぶち撒けてしまいそうなほどの混乱と不安の波が押し寄せてくる。
半狂乱に陥りかけるトビアスに我慢の限界がきたアルは殺気混じりの魔力をぶつけた。
「っ!?何をするんだ!?」
「こっちも焦ってるんだ、トビアスさん。イリスはまだシルトの娘だとわかってるはずだから無事かもしれない。でもソーニャは違う。実情はどうあれ、今の彼女はイリスの護衛任務を受けた武芸者だ。危険はそっちの方が大きい」
アルの声音と告げられた内容でトビアスはハッと正気に戻る。
―――――そうだ。イリスを攫うとき、そこにソーニャ嬢がいたとしたら彼女は間違いなく邪魔者として扱われる。
そこで初めてトビアスはラウラを見た。彼女は気丈にも歯を食い縛っている。トビアスは頭を殴られたような気持ちになった。出てくる声が少々嗄れる。
「・・・すまない、ラウラ嬢。僕ばかり取り乱してしまって」
「いいえ・・・」
「後にしてください。ミトライト領はどこです?」
アルが苛立ちを抑えずに割り込んで問う。まだ灰髪のままだ。
「ミトライト領だって?あそこは小さな街だ。ここから十
「この髪飾りですよ」
そう言ってアルは光球を浮かべた。髪飾りに光を少し当て、その後手で覆い隠す。トビアスは目を見開いた。
手で包まれた髪飾りが薄らぼんやりと光っている。
硝子のような飾りの底面に塗られていたのは、髪飾りを美しく見せるためのものなどではない。
「これは・・・・蓄光塗料か!?」
トビアスは愕然とする。アルは頷いた。最初は手がかりの一つとして手に取ったが、どうにも違う気がしてよくよく見て初めて気付いたのだ。
「たぶんそうです。屋敷の魔導灯が全て落ちて、予備が起動するまで少し時間があって、明かりが戻った後に爆発があったんですよね?兵の人に聞きました」
アルの緋色に染まった龍眼がトビアスを射貫く。
「あ、ああ。そうだ。僕もそう聞いてる」
トビアスはたじろぎながらも首肯した。兵の話と首脳陣の一人である自分が伝え聞いた話と齟齬にない。
「真っ暗な屋敷の中でなら、これが目立つと思いませんか?」
髪飾りを振るアル。蓄光塗料が塗られた髪飾りは急に明かりが落ちても今まで蓄えた明かりの分くらいは光るはず。だとしたら――――。
「それを目印にして攫ったのか・・・!」
トビアスの目に怒りが浮かんだ。
「そして逃走がバレないために」
「屋敷を爆発させて騒ぎを起こした」
アルとトビアスが阿吽の呼吸で言葉を交わす。そこまで言われれば焦燥感に濁っていたトビアスの頭でも理解が追いついた。
「そう考えました。おそらくソーニャはイリスが攫われてすぐに追いかけたんです。だから影も形もない」
「そういうことか」
すべてに察しがついたトビアスはアルの龍眼を見る。もう迷いはない。
「ええ、だからミトライト領を早く教えて下さい。手遅れになる前に」
「ああ、わかった、こっちだ。急ごう」
闘志を滲ませたアルと憤怒に身を任せることにしたトビアス、そこに凛華とシルフィエーラとラウラがついていく。
「ラウラ、きっと大丈夫よ。ソーニャは強いもの」
「うん。早く見つけてあげよう」
「はい・・・そう、ですよね!行きましょう!」
アルと同じく闘志を纏わせた凛華とエーラの言葉にラウラは涙を滲ませながら頷いて駆け出した。
***
ソーニャは現在、どこかの屋敷の一室の
一緒に連れられてきたイリスは別のどこかに連れ去られてしまった。
この部屋に入れられてすぐ階段を上がる音が聞こえてきたのでおそらく上階の方だろう。
「ふんっ!くぅ~・・・固いし、痛い」
力んでみるも巻きつけられた鎖は硬く、ソーニャ自身も肋骨に痛みを感じていた。しかし―――――。
「諦めて、たまるかっ!」
どうにか指先を動かし、ぐぐぐっとゆっくり動かし始める。描くのは詰め込んどけと最初に頭目から教わった定型術式。
その魔術を描きつつ調整していく。
―――――どこを弄ればどう変わるか、だったな。
ソーニャはアルの教えに感謝しつつ、術式を描き切った。
「ぐ、ぐ、ぐぅ、『火炎』―――いや、『蒼炎、刃』・・・!」
散々ラウラと練習し、何度も使ってきた魔術『火炎槍』。
射程をなくし、熱量を上げ、効果範囲を極小に絞って発動する。術名は頭目にちなんだ。
確か術の名づけは己の印象を強固にするために必要だったはず。
こんな場面なのだ。あの鬼火にあやかるのが最上だろう。
姉を魅了してやまない、あの蒼い炎に。
バーナーのような細い炎の刃は鉄製の鎖を熔かし、バチンッと弾けるようにソーニャから外れた。
「や、やった!って熱いっ!」
手を振りながら立ち上がるとガチャンッと鎖が音を床に転がる。
「何の音だ!?」
扉の外から男の声が聞こえた。どうやら立哨のように見張りをしていたらしい。
「ま、まずい!えーと、えーっ・・・・あっ!」
ソーニャはきょろきょろ慌てながらもバタバタと動いて隠れる。
戸をガチャリと開けた覆面の男は、転がっている鎖と
「に、逃げやがった!」
と言いながら窓枠に近寄った。窓の下を見てもいないし、遠くに走り去る姿も見えない。
慌てて逃げたに違いない。団長にどやされる未来は見えたが、ここで言わない方がもっとどやされてしまう。
そう考えた男は急いで部屋を出て行く。
「ふうぅ~っ」
扉の陰に隠れていたソーニャはホッと息を吐いた。
―――――我ながらいい考えだった。
そう自賛する。ない知恵を絞って閃くがままに、逃げたと
すぐに階段を昇る音がした。やはり連中はあそこにいる。ならばイリスもそこと見ていいだろう。いなかったらいなかったときだ。
だが、今は手元に剣も盾もない。ソーニャは適当に武器になりそうなものを探りつつ、階段を忍び足で昇って行くのだった。
☆★☆
傭兵団の手によって2階の部屋に連れてこられたイリスはこの長い夜を仕組んだ黒幕と対面していた。
「やはりあなたでしたのね、ミトライト子爵夫人」
「あら、わかってたの?」
そこにいたミトライト子爵夫人、イーファ・ミトライトが息子のヴァーゲ・ミトライトと共にいる。当のヴァーゲは目を見開いていた。
―――――なぜここにイリス嬢が?
そんな表情を浮かべている。
「ええ。あの髪飾り、目印でしたのね?」
イリスはその様子からヴァーゲは
「嫌ねぇ、無駄に賢い子は。あなたの母君の顔がチラつくようで、虫唾が奔るわ」
「
「ええ、その通り。ここに連れてきた理由。本当は本人を連れて来てやろうと思ってたのだけれど、あなたがいたから少々計画を変更したのよ」
本性を露わにしたイーファはニンマリと笑む。気色の悪い笑顔にイリスは嫌な表情を見せ、ヴァーゲは恐怖に引きつって後ずさった。
「は、母上なぜここに、イリス嬢が・・・?」
「連れてきたからに決まってるでしょ。ヴァーゲ、あなたイリス嬢のこと好きだったわよね?」
戸惑うヴァーゲに母イーファは優しく問う。
「は?・・・・ぅぐっ!はい。昔、想いを寄せて
ヴァーゲはいきなり頬に食い込んだ母の爪に怯えながらも正直に答えた。
「そうなのよ、でもハッキリ言えなくて・・・いじらしいでしょう?縁談の申し込みもしたのだけどお断りされちゃったのよね。でも見てごらんなさい、ヴァーゲ」
「・・・ぁぐ」
舞台役者のようにイーファが朗々と喋ったかと思えば、無理矢理顔を捻ってヴァーゲに囚われているイリスを見せつける。
「あなたの憧れのイリスさんは今動けない。何が言いたいかわかるわよね?」
「な、なにが言いたいのですか・・・?」
何を言ってるのか理解したくない、そんな風に怯えるヴァーゲにイーファが答えた。
「契っちゃいなさい」
「っ!?」
予想していた答えを実母の口から言われ衝撃を受けるヴァーゲ。イリスは醜悪なイーファの精神に吐き気を催した。
「ほら、服が脱がしづらいならこれ貸してあげるから」
そう言って細身の短剣を手渡してくる。動けず、受け取らないヴァーゲにイーファは短剣を持たせ、その背を押した。
「・・・イリス嬢」
「ヴァーゲさん・・・・一言だけ申しますわ」
母への恐怖と薄っすらとした欲望、それと正義に揺れるヴァーゲへイリスは凛として言い放つ。
「あなたが正しいと思うことをしなさい」
その一言にヴァーゲは目を見開いた。なんてことはない一言。誰だって言える言葉だ。
イーファや傭兵団の面々はその言葉を嗤う。助けてと言えばまだ面白かったのに、貴族の誇りが邪魔してそんな言葉しか吐けなかったか、愚かな娘だ、とそう嘲った。
しかしその言葉はヴァーゲにとって大事な記憶を想起させる。かつて勇敢なイリスの
あの時に一目惚れして、でも自分じゃ釣り合わないと考えて諦め、それでも仲の良い友人として彼女と語ってみたい。
今はそう思い、今日も頑張って話しかけたのだ。だから・・・・・。
「・・・・・」
しばしイリスとヴァーゲが見つめ合い、やがて動き出す。
「ぼ、僕は・・・ごめんっ!イリス嬢!」
そう言って短剣を持ってヴァーゲがイリスへ駆け出す。
ヒュウッと団長が口笛を吹いて嗤った。
しかし、一向に少女の裸身は現れない。それどころか悲鳴すら上がらない。
「ヴァーゲッ!!あなたなんてことしてるのっ!?」
一拍気付くのが遅れたイーファは叫びながらヴァーゲを蹴り飛ばした。
「ぐっう・・・・!?」
ヴァーゲの細い身体が転がされる。だが、その顔はやり切ったという表情で満ちていた。
「てやあっ!」
イーファの放った素人の蹴りを見逃さず、
目を血走らせたイーファはよろめきながら、
「この・・・小娘がっ!誰を蹴ったかわかってるの!?」
「母への妄執で歪み切ったおばさまでしょう?可哀そうな人」
しかしイリスは落ち着き払って返した。イーファはわなわなと震えながら、口角泡を飛ばす。
「可哀そうな人、ですって?あんたら母娘はどこまで私を侮辱する気!?」
「言われたことあったんですのね。治らなかったみたいですけど」
サラリと煽ってみせるイリスは流石にアルの従妹というだけの胆力を見せた。
「もういいわ!もう一度捕らえなさい!私が甚振って、飽きたらあんたたちにあげる。ボロボロの慰み者にでもしてあの男へ返してあげようじゃない!」
叫ぶイーファに傭兵団が動き出す。
覆面の男がイリスへにじり寄ったところで、急に扉が勢いよく開かれ、ソーニャが部屋へ乱入した。
「あっ―――?」
「そうはさせるか!」
渾身の跳び蹴りをまともに受けた覆面の男が昏倒する。足甲で顎を蹴られた。当分硬いものは食べられないだろう。
「ソーニャさん!」
「イリス、無事か!?」
「はい!」
喜び合うイリスとソーニャにまたも怒りを触発されたイーファが大声で叫ぶ。
「早く捕らえなさい!」
「チッ、あいつ逃げてねえじゃねえか。おい、お前の出番だぞ」
団長が大男の背を叩いた。
「ああ、すぐに終わる」
大男は足を振り上げ、バアンッと部屋の床へと叩きつける。それだけで置いてあった机が裂け、吹き飛んだ。
「ぐ、くっ!」
「ソーニャさん!」
「額の傷が開いただけだ!気にするな!それよりそこの!下がってろ!怪我するぞ!」
「は、はいぃっ!」
ソーニャの額の傷は、動いたことと破片がぶつかったことでまたドクドクと血を流し始めている。
イーファは慌てて壁際に下がり、ヴァーゲは地面を這って隅に移動した。
本当は何とか加勢したいけどまともに戦闘訓練もしたことのないヴァーゲには不可能な話だ。
「その娘も共和国令嬢だかなんだかなんて、もうどうでもいいわ!好きにしていいから捕らえなさい!」
イーファの言葉を聞いた大男はニヤリと笑って、幅の広い一歩を踏み出すと同時に拳を振り下ろす。
ソーニャとイリスは咄嗟に左右に分かれて跳んだ。だが軽いイリスは衝撃の余波で壁に埋め込んであった本棚まで吹き飛ばされ、元々肋骨を痛めていたソーニャもうまく跳べずゴロゴロと転がる。
「うっ!?・・・ぐ、うぅ~~~っ」
「ソーニャさん!」
イリスが口から流れる血も気に留めずに騎士少女の名を叫ぶが、ソーニャは胸部に走る痛みで動けない。
肋骨は呼吸からはじまり上半身ほぼすべての筋肉と連動している。折れた状態で動くのは成人男性でも辛い。
それを知っている大男は嗤い、その長い腕をソーニャへと伸ばした、その瞬間だった。
ガシャアアアアアアアンッ―――――!
イリスの側にあった窓が割れ、何者かが飛び込んでくる。
「はぁ、はぁ・・・やっと、ついた」
人間態のマルクだった。肩で息をしている。
「マ、ルク様?」
「マル、ク・・・?」
イリスの呆けたような声に反応したソーニャは驚いて目を瞠った。マルクはスンと鼻を鳴らし、大男へ指を向ける。
「そいつから離れな」
その瞬間、細い雷撃がバチイッと飛び、伸ばされた大男の腕を焦がした。
「グウッ!?」
大男は右腕に奔った痺れに、驚愕しながら飛び退く。マルクはサッとソーニャに近づき、ゆっくりと抱き上げイリスの方へ戻った。
「とりあえず、酷い目にはあってねえらしいな。安心したぜ」
ホッとしたような暖かい笑みを浮べるマルクにイリスとソーニャは幻想ではないと確信を得たのかギュッとしがみつく。
本当は心の底から湧き上がってくる不安を、振り絞った勇気で押し留めていただけなのだ。
「おいおい、落ち着けって。もう大丈夫だからよ。ソーニャ、『治癒』かけるから動くな。イリスの怪我は口だけか?」
「う・・・すまん」
「は、はい・・・」
妙に大人しくなった2人にマルクは微笑み、治癒をかける。すぐに骨折が治ったりするわけではないが、それでも何倍もマシだ。
イリスはマルクにドキドキしてしまってまともに顔を見ることができない。初めての感情だった。
ソーニャはラウラの気持ちがわかってしまって赤面している。パッと見アルが目立ってるように見えるだけで、マルクは決して見た目が悪いわけじゃない。
野性味のある良い男なのだ。そしてそんな彼に助けられ、微笑まれれば赤面の一つもしよう。彼女だって乙女なのだから。
そこへ揶揄うような声で傭兵団の団長がかけてきた。
「白馬の王子様ってか?ガキ一人が粋がってるとこ悪いんだけどよぉ、さっさとその二人捕まえなきゃいけねえんだわ」
その言葉にイリスとソーニャが表情を厳しいものに変える。
「あいつらは?」
マルクは治癒を施しながら訊ねた。その姿には緊張感の欠片もない。
「傭兵団らしいですわ」
「傭兵?帝国じゃ落伍者の集まりか、軍規に縛られない孤高の戦闘技能集団とか言われる?」
やはりイリスとソーニャの方を向いたままのマルクに苛立つ傭兵団長。
「その通り。ガキ、お前誰にそんな態度とってるかわかったか?」
「お前がその戦闘技能集団の親玉って?」
だが、マルクは意にも介さず訊ねる。状況の把握中なのだ。団長は鷹揚に頷いた。
「そうさ、俺が―――」
「おい、みっともない嘘つくなよ」
しかしマルクは最後まで言わせずに指摘する。
「あ?なんだと!?」
「まともな傭兵団がこんな仕事するか。大方兵士にもなれなきゃ武芸者でもうだつの上がらねえ犯罪者予備軍か犯罪者の集まりだろ。どう見ても強そうなやつがいねえ。ま、今回でしっかり犯罪者だな」
マルクは大法螺吹きめと吐き捨てた。イリスとソーニャはマルクから吹いた風に不思議そうに小首を傾げ、顔を見合わせる。
ようやくマルクは傭兵団の方を向いた。
「てめえ、痛い目見なきゃわかんねえみてえだな。やっちまえ!」
大男が大股で近づいてくる。
「マルク様!その男は――――!」
「気をつけろマルク!そいつは妙な技を―――!」
「なんか、あんときのアルの気持ちがわかったぜ」
「何を――?」
唸りをあげて襲い掛かる大男の拳をマルクは素手でバシッと受け止めた。
「どうも俺ぁ・・・・・二人を傷つけられてカッカきちまってるらしい」
その光景にその場の全員が瞠目する。マルクには奇妙な衝撃が通っていない。
吹き飛ぶか骨を砕いたと確信していた大男は唖然とした。ハッとして、慌てながらもう一度拳を振り上げるが、それより先にマルクがトンッと大男の腹を突く。
流麗な空手の突きのようだが大して力も籠ってない、型通りに動いただけ。そんな風に見える突きだ。
だが次の瞬間、大男の腹は裂け、内臓を飛び散らせながら壁にへばりついた。ベチャリと音をさせて肉塊が落ちていく。
「しょうもねえ手品だ」
マルクは一言吐き捨てた。
「て、てめえ何をしやがった!?」
顔半分を臓物で赤くした自称傭兵団の団長は泡を食って叫ぶ。
「あいつと同じことさ。当てる直前に闘気を叩き込むんだろ?アルのデコピンの方が百倍痛えわ」
面白くもなさそうにマルクは答えた。あんなの日常茶飯事どころか闘気を使い出してすぐでも、ここまでしょっぱい攻撃は見たことがない。
きちんと力の伝わる殴り方もしていない以上威力もお察しだった。
「さて、と。なぁ、あそこの頭気取りとそこの伸びてる少年、あとそこのババアだけ生きてりゃいいんだろ?」
「ふえっ?え、ええっ!そうですわねっ!はいっ!」
「う、うむっ!ババアが首謀者だからな」
マルクの台詞とその後の行動がかっこよすぎて紅潮していた2人は急に話を振られしどろもどろに返す。
普段のマルクなら色々気付いたのだろうが正直余裕がない。魔獣と散々戦った後に街から街へ人狼状態で匂いを辿って走ってきたのだから。
血の匂いを嗅いだ時は冷や汗を掻いたものだ。
「んじゃやるか、おいそこの。俺を白馬の王子様だとか抜かしたな。見当外れもいいとこだぜ」
「な、んなんだてめえはっ!邪魔するんじゃ―――」
「俺ぁ人狼だよ。覚悟しやがれ、クソったれ共」
ゆらりとマルクの姿が変わる。
「ヒッ!?」
誰の悲鳴かもわからない。次の瞬間にはワインレッドの毛並みを靡かせた一匹の怒れる狼が部屋を蹂躙し尽くした。
「ギャアアアアッ!?」
覆面をしていた男が縦に輪切りにされ、
「やめ―――カッ!?」
ひょろい男が首と胴をバラバラに引き裂かれる。
「こ、この、死ね、死ねェッ!」
派手な女が鎖鉄球を振り回すが、人狼の牙にそんなものは通らない。鎖と腕を丸ごと噛み砕かれた。
「手ッ、ワタシの腕ェッ、腕ェエエエェェッ―――――ケゴッ!?」
悲鳴とも狂声ともわからぬ声をあげた女は爪で喉笛を斬り裂かれ、首を捩じ切られる。
「ヒイィィッ!?殺さないで!殺さないでくれぇっ!」
ペッと吐き捨てられた鎖鉄球と女の手首を見て、自称団長は漏らしながら悲鳴を上げた。
「うるせえな、寝てろ」
容赦もへったくれもない人狼の蹴りが顎先を砕き、男は頽れるように倒れる。
「う、動かないでちょうだい!」
「あん?」
人狼が声に振り向けば、敵ながら気丈にもイーファが細い短剣をイリスの首筋へ突き付けていた。
―――――ブッ殺す。
そう考えたマルクは脚に力を入れ・・・・・動きを止めた。
「あんた、気付いてないのか?もう包囲されてるぜ」
「なんですって!?負け惜しみを!」
「あ、それもしまっといた方が良いぜ。俺よりおっかないやつが来たからな」
「何言って―――!」
イーファが怒鳴り散らした瞬間。イリスの羽織っていた龍鱗布がギュルリと動いて短剣に絡みつく。
「なっ、なにこれ、離し―――――――ヒギャアアアアアアアアアッ!」
短剣を引き抜こうとしたイーファの手が蒼炎の杭に貫かれて炎上した。
「だから言ったのに」
マルクはそう言いながら人間態に戻り、イリスとソーニャに手を差し伸べて立ち上がらせる。
「おつかれさん」
「マルク様・・・ありがとうございます」
「助かったマルク・・・・その、ありがとう」
目をうるうるさせたイリスとソーニャに礼を言われつつ、マルクは扉の方にいる親友へ声をかけた。
「気にすんなよ。で、アル。お前いつまで隠れてんだ?」
「お邪魔かも?と思ってね」
ひょっこり戸の陰から顔を出すアル。
途中で馬車から飛び下りて魔力など気にせずぶっ飛んで先行したのだが、着いたらほぼ終わってたし親友はなんかいい雰囲気だしで蒼炎だけ投げて隠れていたのだ。
「やかましいわ」
「兄様っ!これが助けてくれましたわ!」
「アル殿!ということは、」
紅潮させた頬を隠しもせず、イリスとソーニャがそちらへ顔を向ける。アルは声を掛けようとして、微笑んでやめた。
後ろからバタバタ駆けてくる気配に気付いたからだ。
「イリスっ!」
「ソーニャっ!」
「お父様!」
「よく無事で!ああ、良かった!」
「ラウラ!来てくれたのか!」
「当たり前でしょう!もう。良かった。本っ当に、良かった」
抱き合う父娘と姉妹を見ながらアルとマルクが言葉を交わす。
「なんで言ってくれなかったのさ?『陸舟』使えたのに」
「確証がなかったんだよ。証拠があるわけでもねえし、あっちも大変そうだったし」
そこへ鬼娘と耳長娘がやってきた。
「水臭いのよ、人狼の嗅覚でしょうが。言ってたらアルだってあんな推理せずに信じてたわよ。でしょ?」
「そうだよー?まったく。信じないわけないじゃんねー?」
凛華とシルフィエーラはアルに確認をとるように覗き込む。
「あったりまえじゃん」
「悪かった悪かった。今度から言うって」
即答した親友にマルクは照れ臭くなって手をパタパタさせた。
「にしても派手にやったねぇ」
「マルクにしては荒れてるじゃない」
凛華とシルフィエーラは部屋を覗き込んで感想を述べる。
「そうか?ま、疲れてたしなぁ」
マルクは先ほどの怒りで大暴れしたのが少々恥ずかしくなったのか、白々しい声を出した。
「まぁまぁ。マルクのお手柄で一件落着ってことにしとこうよ」
アルは親友を庇ってやる。なんとなく覚えのある感情を思い出してしまったからだ。
こうしてアル達6名とシルト家2名の長い長い一日は、ようやく終わりを迎えるのだった。
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