日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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ここでは初投稿になります。読んで頂ければありがたい限りです。


また「小説家になろう。」と「カクヨム」にて同作を2~3日に1度連載投稿しております。


現在両サイトにて投稿されているものとこちらに投稿するものは少々文体が違う場合があります。


こちらへは定期的にある程度纏めて更新していく予定です。


30話 穏やかな家路 (虹耀暦1286年12月:アルクス14歳)

 ミトライト子爵夫人、イーファ・ミトライトによるイリス・シルト及びソーニャ・アインホルン誘拐事件は実行に移されたもののマルクガルム・イェーガーの活躍によって彼女らが消えぬ被害を受ける前に解決した。

 

 ミトライト子爵邸前に集まっていた領軍兵士達は、元気そうなイリスを連れたトビアスを確認して歓声をあげる。

 

「お嬢様だ!」

 

「イリス様!」

 

「ご無事ですか!?」

 

 声をかけてくる野郎どもや少ない女性兵士へイリスは多少の疲れを見せているもののいつも通りの笑顔で答えた。

 

「ええ!(わたくし)はこの通り無事ですわ!ソーニャさんとマルク様のお陰で酷い目にも一切あっておりません!兵の皆さんには魔獣との戦闘後だというのにお手間をとらせたようで心苦しい限りですわ」

 

 イリスは伯爵家令嬢として皆に振舞う。大勢に直接謝るというのは貴族の作法上できないためこれでも精一杯の礼を尽くしているのだ。

 

 兵士達はその様子に安堵の声や再度の歓声をあげた。

 

 市民と距離の近いシルト家は当然領軍の兵士とも距離が近い。身分差はしっかりあるが互いに親しみを持っている関係だ。

 

 そしてイリスは基本的に誰相手でも態度を変えたりしないし、人を見下すような真似はシルト家の教えにはない。

 

 だから当然の如く兵士達から高い人気を誇っている。ある者は娘と同い年くらいの愛らしい娘として、ある者は田舎にいる弟妹のような少女として。

 

 

 イリスとトビアスが出てきたところで、今回の立役者マルクと実行犯たちに追い縋ったソーニャが出てきた。ソーニャの額に残る血はまだ落ちきっていない。

 

 兵士達は2人を見てビシッと敬礼する。自分達が敬愛しているイリスを助け出したことへの感謝。

 

 真面目に訓練しているシルト領の兵士達は練兵場で幾度となく見た彼らのことを知っていた。

 

「うおっ、びっくりした」

 

「むぅ、私は何もできなかったのだが・・・」

 

 急に数十人から敬礼されたマルクは驚き、ソーニャは不満げな顔をする。

 

「君がいなかったら手遅れになっていたかもしれない。いや、なってただろう。当然の称賛だよ」

 

 トビアスは穏やかに微笑んだ。

 

 その後ろから、ぐるぐる巻きにされたイーファ・ミトライトと自称傭兵団の団長、腹部を押さえたヴァーゲ・ミトライトが出てくる。

 

 兵士の目が一斉にそちらを向いた。イーファと団長の真後ろにアルクスと凛華が抜き身の刀と直剣を持って立っている。

 

 ―――――コイツらか・・・!

 

 それだけで黒幕を理解した兵士達は今にも魔術をぶっ放さんばかりに殺気立った。

 

「そちらのヴァーゲ君は首謀者イーファ・ミトライトの子息だが、この件には一切関わっていない。それどころか捕らえられていたイリスの縛めを解いてくれたらしい。そのせいで負傷したとイリスから聞いた。誰か手当をしてやってくれないだろうか?」

 

 ヴァーゲにまで襲いかかっていた殺気がふつりと消え去る。

 

 てっきり一緒になって罵倒や野次が飛んでくると思って身を竦ませていたヴァーゲが「おや?」と顔を上げれば、あたたかな目をした兵士の一人がやってきて、

 

「こちらへ」

 

 と案内してくる。イリスの意識があり、その彼女が証言したと言われた以上兵士達は何の疑いもなく信じたのだ。

 

 寧ろ「なよっちい見た目の割にやるじゃねえか!」という熱い視線すら送られていた。

 

「あ、えと、はい・・・」

 

「ヴァーゲ君、また後日事情を聞きに来る。お父上に伝えておいてくれるかい?」

 

「は、はいっ」

 

 トビアスからの言葉にブンブン頷いて、ヴァーゲは蹴られた腹部と吹き飛んだときの背中の打撲を手当されに行くのだった。

 

 

 兵士達は彼を優しく見送った後、視線を戻す。その顔には「うちのお嬢を酷い目に遭わせようとしたのはてめぇらか。覚悟できてんだろうな?」と書いてあった。

 

 右手首から先を炭化させたイーファは痛みも忘れて後ずさり、凛華の直剣に首筋を撫でられる。

 

「ひいっ!」

 

 前門の虎後門の狼とはよく言ったものだ。自称傭兵団の団長などもっと酷い。

 

 イリスを誘拐した実行犯であり、愛されるべき少女たちの貞操を狙った屑野郎として今にも斬りかかられんばかりの殺気を向けられていた。

 

 こちらも後ずさるがアルの()()()が首筋を()()()()

 

「ひっ、ア゛ッヅぅぅ!」

 

「とっとと歩け」

 

 アルの声は刀身とは対照的に底冷えするほど冷たい。

 

 仲間や可愛がっていた従妹を傷つけられたアルの怒りは大きい。おまけにマルクが全部やったおかげで発散もできていない。

 

 進むも地獄、戻るも地獄だ。灰髪を揺らすアルに男は進むしかなかった。

 

「屑野郎が」

 

「てめえ楽には死なさねえぞ」

 

「覚悟しな」

 

「ア〇コ切り取って縊り殺してやるから」

 

 石を投げるような真似はしないが言いたい放題の兵士たち。物騒な発言も飛び交う。

 

 その殺気をもろに浴びた男の心はすっかり折れてしまい、大人しく歩くしかなかった。

 

 兵士達の名誉の為に言及しておくが普段の彼らはそんなことは言わない。しかし今回は別である。

 

 散々魔獣と戦ったと思ったら主君の娘が連れ去られ、おまけに命と貞操の危機だったと聞けば気も立って当然であった。

 

 トビアスもここまで荒れれば普通は多少諫めるが今回はしない。今すぐにでも首を掻き切ってやりたいと思っている筆頭が彼だからだ。

 

 領内の法に照らしても帝国法に則っても死罪確定、まずは情報をしっかり聞き出すのが優先。そう自分に言い聞かせるので精一杯なのである。

 

 

 イーファの方も似たようなものだ。さすがに子息がいる手前暴言を吐かれたりしないが、凛華に引き渡された縄を引く力がやたらと強い。右手を失っているのも無視された。

 

「痛っ!こんな屈辱・・・」

 

「なんか言ったか?あ゛あ?」

 

 ガラの悪い口調の兵士に凄まれ口を噤むしかない。ちなみにこの兵士は今日が子供の誕生日。何も起きなければ今頃家で誕生日を祝ってやり、贈り物を渡し、家族との団欒に心を和ませているはずだったのだ。荒れもしよう。

 

 

 ようやく終わった。そう判断したアルはガチッガチッと『八針封刻紋』を締める。

 

 灰髪が青黒くなり、瞳が緋色から赤褐色へ変わった。

 

「あ~ぁ~、戻っちゃった」

 

 シルフィエーラの残念そうな声に苦笑を返してアルは仲間とイリスに視線をやる。何はともあれ全員無事だ。

 

「帰ろうか。今日は疲れたよ」

 

「はいっ!」

 

「ええ、私もです」

 

「そうね。もう夜も遅いもの」

 

「おう、暴れた後に走ったせいでヘトヘトだ」

 

「マルクは半分自業自得だよ~」

 

「ああ、まさか単身乗り込んでくるとは思わなかったからな」

 

「うるせえってのー」

 

 談笑するアル達を見てトビアスは穏やかな笑みを浮かべた。ずっと身体が緊張しっぱなしで自分も疲れている。しかし、きちんと報告はしておくべきだろう。

 

「じゃあ戻ろうか。護送車に後から来るよう伝令を出しておいたからもうついてるはずだよ。僕はミトライト子爵に簡単な話をして、ヴァーゲ君の保護をさせてくるから先に乗ってて。どうも癒院に運ばれているみたいだし、使用人もわざと帰してたみたいだしね」

 

「トビアスさん助かります」

 

 もう眠気が限界のマルクがそう言って、

 

「使用人も帰してたってことは、その子爵、毒でも盛られてたんじゃ」

 

 アルが考え込むように呟く。余計な仕事が増える予感がしたトビアスは、

 

「じゃ、じゃあ僕は先に行くからね。ちゃんと乗って待ってるんだよ」

 

 そう言い置いて去っていった。きちんと働く貴族は大変だ。

 

「考えるのはよそうよ、アル。明日にしよ」

 

「そうですよ。イリスさんとソーニャが戻ってきただけで充分です」

 

「そんなこと明日考えなさい、明日。ほら行くわよ」

 

 エーラにラウラ、凛華はそう言ってアルを引き摺って行く。だいぶ扱いも雑になってきた。

 

「ふう、我々も行くか」

 

 ソーニャがそう言うと、

 

「そうだなー。あ、お前肋骨折れてたろ。抱えてくぞ」

 

 マルクが手を広げる。どう見てもお姫様抱っこをしようという形だ。背負うと余計響くだろうという気遣いだったが、ソーニャは慌てて首を横に振った。

 

「いっ、いい!いらん!」

 

「でも鎧つけてるし、しんどいだろ」

 

「いらんと言ったらいらん!」

 

 ソーニャが赤面して断っていると、イリスがマルクに飛びついてくる。

 

「では私をお願いしますわ!」

 

「おっと。イリスも今回頑張ったしな」

 

 元気のいいイリスにマルクはそう言うと、抱えたまま歩き出した。

 

 ソーニャは微妙に複雑な気分になりながらも、どこかホッとしたように後をついていく。

 

 マルクとほんのり紅潮したイリスを見て兵士達の間に激震が走った。

 

 ―――――まさか、あのお嬢様が?!

 

 ―――――とうとう男に興味を!?

 

 そんな声が聞こえてくるようだったが満足気なイリスに、兵士達はまぁいいかと思う。何せ救ってくれた相手だ。無理もないだろう。

 

 こうして護送車にアル達7人は乗り込むのだった。

 

 

 ちなみにこの後盾と剣が奪われたままだったのを思い出したソーニャの代わりにアルが探しに行った。

 

 面倒だったので奪ったと思われる自称傭兵団の団長に問うも自棄になって薄ら嗤いを浮かべる男。

 

 ピキッと来たアルは一拍も置かずに容赦なく殴り飛ばして回収した。

 

 人狼の蹴りによって下顎が砕けていた男は更に歯をほとんど失う羽目になったのだが助けてくれる者など一人もいない。

 

 近くにいた兵士はアルの苛烈な一発に驚きつつも、さもあらんという顔でそれを眺めるのだった。

 

 

 ***

 

 

 結局アル達6名とシルト家の2名を乗せた護送車は一度ゼーレンフィールンへと戻り、会の責任者として残っていた辺境伯家当主への報告を行うことにした。

 

 初老の顔を憤怒に歪めた辺境伯。すぐさまイーファの尋問を行おうとしたが流石に体力も限界なのでとトビアスは断った。

 

 イーファと傭兵団の男は一時シルト領で預かって、ある程度事態をハッキリさせてから帝国の端にある監獄へと送られることになる。極悪人や死刑囚だけを集めた大監獄だ。

 

 要人の娘を攫った時点で重罪確定なのでそこに行くことは確定している。

 

 また囚人護送と尋問はシルト領と辺境伯領の兵士が合同で行うことになり、その予定も含めて後日話し合いの場を設けられることになった。

 

 トビアスは事後処理に追われることになるだろう。

 

 辺境伯がここまでこの誘拐事件に関わろうとするのはミトライト子爵家が辺境伯家の遠い縁戚に当たることと、ミトライト領が代々辺境伯家に任されてきた街だからだ。

 

 自分の家にあらぬ疑念がかかることも承知の上で、すべてを詳らかにしてくれと、尋問や捜査に関してはシルト家の主導の下行うことになった。

 

 そこまで取り決めた後、両家はようやくそれぞれの領地へと戻っていく。

 

 アル達6人の褒賞もそのとき決めるそうだ。信賞必罰。伯爵以上の階級に属する貴族領軍の兵士は彼ら5人をしっかり目撃している。

 

 これで何もなかったとなればせっかく鍛え上げた兵士達の勤労意欲が失われてしまう。

 

 労働の動機(インセンティブ)はどこの世界であっても必要なものなのだ。

 

 

***

 

 

 トビアスは護送車に戻るなり「そんな話し合いの結果になったから」と教えてくれたのだが、聞いていたのは眠気に抗って瞼を痙攣させているアルだけであった。

 

 凛華とエーラはアルの膝でスヤスヤと心地よさそうに眠り、ラウラはそのエーラに倒れ掛かって熟睡している。

 

 今回の功労者であるマルクも体力の限界だったらしく、護送車に乗るなりイリスとソーニャ寄り掛かって爆睡し始めた。

 

 最初はイリスもソーニャもそんなマルクに意味ありげな視線を向けたりしていたのだが、今は逆にマルクへ寄り掛かって寝ている。2人とて疲れているのだ。

 

「とりあえず、話はわかりました。でも『黒鉄の旋風』のときみたいな褒賞式は嫌です」

 

 アルは眠気を抑え込んでどうにか返答を返す。

 

「恥ずかしいかい?」

 

「それもありますけど、ラウラとソーニャをあんまり目立たせたくないです」

 

 トビアスはアルの言葉にもっともだと頷いた。イリスが攫われてよくわかった。気が気じゃなくなる。

 

「確かにそうだね。変な噂でまた余計な連中が来ても困るし」

 

 目立って聖国の追手を差し向けられるのも避けるべき事態だ。いまだ彼女らは共和国のヴァリスフォルム藩主への人質として有効なのだから。

 

「はい。お願いします」

 

 アルは頭を下げた。

 

「うん、任せてもらおう。でもマルク君には本当になんと礼を言っていいのやら」

 

「そこはマルクに聞いてください。将来の義息子になるかもしれませんし」

 

 アルがするには珍しい話だ。トビアスはふふっと笑う。

 

「おいおい。さすがに・・・」

 

 早過ぎやしないか?そう言いかけたトビアスは己の娘がマルクの腕にぎゅうっとしがみついて寝ているのを見て黙った。

 

 気付けば冷や汗がタラリと流れている。

 

 ―――――そんな、あの無邪気なイリスに限って。

 

「大丈夫ですよ。『八針封刻紋』ならいつでも描けます」

 

 ―――――それは孫の話じゃないだろうな!?

 

 トビアスは冷静な領主の顔をかなぐり捨てて慌てた。

 

「ちょ、ちょ、ちょっと、飛躍し過ぎじゃないかな!?まだイリスはその幼いし、うん、マルク君に対して何かあるわけじゃないんだよ?娘を助けてもらったし良い子だし、たぶん凄いかっこよく見えたんだろうけどさ。まだそういう話は早いんじゃないかなぁと僕なんかは思うんだよね」

 

 一気に捲し立てるトビアスにアルは歳相応の表情で笑い声を上げる。

 

「案外過保護なんですね」

 

 ―――――悪戯が過ぎる。

 

 からから笑うアルの様子を見たトビアスは息を整えて口を開いた。叔父として訊ねてみようと思ったのだ。

 

「・・・まったく。君はどうなんだい?」

 

 その質問がアルにとってはそこそこ重たい質問であることは理解している。それでも今なら聞ける気がした。

 

 アルは虚を衝かれたような顔をしたあと、己の朱髪で寝苦しそうにしているラウラの髪を掬って耳にかけてやり、凛華の黒髪を梳き、エーラの頭を優しく撫でる。

 

 やがて目線を上げながら答えた。

 

「秘密です」

 

 今の行動に意味があるのか、ないのか。それはトビアスにも、ひょっとしたらアルにもわからないのかもしれない。

 

 しかし彼が大事にしているものをトビアスは理解する。

 

「ズルいなぁ。昔兄上も秘密を作るとそんな風に言ってたよ。絶対教えてくれないんだ」

 

 穏やかな笑みを讃えて叔父がそう言うと、

 

「じゃあ俺も言いません。父さんの子ですから」

 

 甥はやはり歳相応に笑うのであった。

 

 

 こうして予想外の騒動が続いた夜は凪いだような静けさをもって深まっていくのだった。




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