日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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ここでは初投稿になります。読んで頂ければありがたい限りです。


また「小説家になろう。」と「カクヨム」にて同作を2~3日に1度連載投稿しております。


現在両サイトにて投稿されているものとこちらに投稿するものは少々文体が違う場合があります。


こちらへは定期的にある程度纏めて更新していく予定です。


31話 令嬢誘拐事件の真相 (虹耀暦1286年12月:アルクス14歳)

 非常に濃い指名依頼をこなしたアルクス達6名とシルト家の父娘がウィルデリッタルトの領主館に無事帰りついたのは深夜に差し掛かった頃だ。

 

 結局最後までトビアスと話していたアルは、幸せそうに寝ている女性陣を起こすのも忍びないと思い、マルクガルムを起こして彼女らを領主館の客室棟に運び込むこととなった。

 

 しかしアルは眠気の限界でマルクは寝惚けていたことと女性陣の大部屋を勝手に開けるのは良くないと無意識で考えていたせいか、自分達の部屋にそのまま女性陣を運び込んでしまった。

 

 気付いたときにはアルとマルクにそれぞれ宛がわれていた部屋の寝台(ベッド)で眠っている凛華とシルフィエーラ、ラウラの3人とイリスとソーニャの2人。

 

 トビアスも降りてすぐに心配していた家人に報告に行ったため止める者もいなかった。

 

 もう面倒だと思ったアルとマルクは奇しくも同じ考えに至り、女性陣を自分の寝台に放置。そのまま絨毯の上で寝ることにした。

 

 

***

 

 

 翌朝、顔を真っ赤にした女性陣に寝惚け眼のアルとマルクが叱られる光景が展開されることになった。口を揃えて「何もしてないから大丈夫」とぼんやり答えるアルとマルク。

 

 しかしそれはそれでなんとなく不愉快になる何とも面倒な乙女たちであった。

 

 

***

 

 

 朝食というより昼食の席で、イリスが「そうだった!」という顔で龍鱗布をアルへ差し出した。

 

「兄様、これありがとうございました。おかげで雷撃を打たれたのに小さな火傷すら残っていなかったそうですわ」

 

 綺麗に折りたたまれた龍鱗布をアルは慣れたように首へ引っ掛ける。

 

「母さんの鱗と蜘蛛人族の『撚糸』で作られてるからね。魔力への耐性は高いんだよ」

 

 ちなみに起きて本館に戻ったイリスは事情を聞いた母リディアや祖父母たちから力いっぱい抱き締められ、ソーニャとマルクは何度も感謝されることになった。

 

 彼らの好感度は元から低くなかったのに今や鰻上りである。

 

「お母様の鱗?ですか?」

 

 来歴を知らなかったラウラがキョトンとした。

 

「龍人族は脱皮するのよ」

 

「俺も季節で生え変わるしな」

 

 凛華とマルクの説明でなるほどと頷くラウラとソーニャ、そしてイリス。シルト家の面々も理解した。

 

 きっと脱皮したときの鱗を大事に取っておいて、息子の守りにしたのだろう、ユリウスの剣のように。

 

 アルが愛されている証明だ。

 

「龍人族は魔力に対して強いもんねー」

 

「だからこれも魔力が通ってなくてもある程度は防いでくれるんだよ」

 

 エーラの言葉に頷くアル。

 

「伸び縮みするのは知っていましたけど、動いて短剣に巻き付いたのはびっくりしましたわ」

 

「『撚糸』だから魔力を馴染ませてれば好きに動かせるのよ。部屋の外からアルが魔力を送ったんでしょう?」

 

「そうだよ」

 

 首肯したアルはすでに食事に手をつけている。こんもりと盛られている芋や酒精(ビール)漬けの柔らかい炙り肉(ローストビーフ)を皿に取り分けていた。

 

「なるほどですわ。マルク様のもそうなんですの?」

 

「そうだよー。普通人狼に変化したら服破れちゃうからね」

 

「そうだったんですのね」

 

 エーラの返答に興味深いという顔をしたイリスはなんとなく隣に座っていたマルクのタンクトップ型の防具に触れる。

 

「伸びそうには感じられませんわよ?」

 

「そりゃそこは伸びないからな」

 

 マルクは刃鱗土竜の鱗で出来た胴甲部をさわさわしてくるイリスに苦笑を浮かべた。

 

 興味のあることに率先して突っ込んでいく姿勢はさすがにアルの従妹というだけはある。

 

 そのとき、ウオッホンとトビアスがわざとらしく咳き込んだ。

 

「イ、イリス。食事中はあまりそういう真似をしてはいけないよ?」

 

「なぜですの?」

 

「トビアスさん・・・・」

 

 ―――――嘘だろ、お前・・・?

 

 そんな顔になったアルは思わず額に手をやる。

 

 ―――――真に受けたのか?言わなきゃ良かった。

 

 アルの考えが伝わったのだろう、トビアスは慌てて手を振った。

 

「いや、違うよ?ただほら、ね?防具とは言え傍から見るとその・・・・」

 

「あなた・・・・」

 

 リディアはすべてを察して呆れ果てる。娘を可愛がる良き夫だが、些か過保護が過ぎるというものだ。

 

 そもそも自分と好い仲になったのはこのくらいの年頃だろうに。

 

「う・・・・」

 

 妻の視線に突き刺されたトビアスは沈黙した。娘の窮地を救ってくれた甥の友人に変な警戒心を向ける父親という構図になっているのだ。黙り込むしかない。

 

「少しは子離れせぬか」

 

 ランドルフはトビアスへ妻と同じ呆れた視線を向けてくる。祖父と父では心持ちが違う。

 

「・・・なぁアル、お前トビアスさんに何言ったんだよ?」

 

「ただの世間話」

 

「嘘つけ、ホントのことにしてもザックリしすぎだろ」

 

 妙な雰囲気に気付いたマルクが問うもアルは素っ気ない返答を寄越して今度は茹で卵に取りかかっていた。

 

 そんななか不意にソーニャが口を開く。どこかおずおずとした口調だ。

 

「アル殿。今日は流石に休むのだろうが、明日は依頼に行くのか?それなら、」

 

 自分は怪我をしているからという言葉を言い切る前に、

 

「行かないよ」

 

「お前骨折してるだろうが。治してからに決まってるだろ」

 

 アルとマルクが同時に答えた。ソーニャはホッとした顔を浮かべる。

 

「そうか、良かった。まだ引きつるし、剣を振れないだろうから休みを願い出るつもりだったんだ」

 

「ソーニャの骨折が完治するまで依頼は当分なしだよ。褒賞金貰えるらしいし」

 

「えっ、そうなのか?」

 

 ソーニャは驚いた。

 

「それは確実だよ。信賞必罰は貴族の義務だからね。辺境伯閣下も魔獣侵攻の手柄を認めてたし、うちはうちでイリスの救出がある」

 

 何とか復活したトビアスは微笑む。それなら金の心配は必要ない。

 

「じゃソーニャが治るまではお休みで稽古漬けかしら?」

 

 首を傾げる凛華。

 

「うん、今日はまず食事を済ませたら領軍のお癒者さんのとこにソーニャを連れてく。額も怪我してたって言うし、何度も言ってるけど頭は怖いからね。きちんと診てもらわないと」

 

「大賛成です」

 

 アルの方針にラウラは力強く頷いた。

 

「う、うむ。わかった」

 

 姉の強い視線を受けたソーニャは了承するしかない。

 

「ん~稽古以外もしたいなぁ。ねね、ウィルデリッタルトの散策はどお?なんやかんや言って依頼と訓練しかしてないよ?」

 

 エーラはニコニコしながらアルに甘える。まだ見てないところはたくさんあるのだ。

 

「それもそうか。息抜きに見て回るのもアリだね」

 

 アルも同意した。そこにマルクが「待った」と声を掛ける。

 

「なぁアル。骨折ならちょっと時間かかるだろ?その間に闘気について講義しとくべきだって意見しとくぜ。当然イリスにもな」

 

「闘気?まだ早いと思ってたけど、昨日の件?」

 

 察しの良い親友兼頭目にマルクは首肯した。

 

「おう、連中の一人が使ってたんだよ」

 

「あーあの壁でぐちゃぐちゃになってたやつ?」

 

「うっ・・・凛華やめてくれ。思い出してしまったじゃないか」

 

 凛華の一言でソーニャが顔を青褪めさせる。上半身が千切れ飛んで内臓を撒き散らした大男がフラッシュバックしてしまった。

 

 イリスはやたらカッコよかったマルクばっかり見ていたためそこら辺の記憶は曖昧である。

 

「あ、ごめん」

 

「やってることはしょっぱい手品みてえなもんだったが、知らねえと対応が遅れる」

 

「しょっぱい手品って?」

 

 エーラの問いにマルクは鼻をフンと鳴らして答えた。

 

「攻撃を当てる瞬間に闘気を放出してただけだ」

 

「マルクが人間態なのに素手で受け止めてしまったから驚いたぞ。妙な衝撃破も来なかったし」

 

「そんな簡単に()()()()()()の?」

 

 闘気のぶつかり合いは拮抗していれば衝撃波が、一方が強ければ打ち消される。

 

 アルが『蒼炎羽織(そうえんばおり)襲纏(かさねまとい)』でマルクの『雷光裂爪』を掻き消したのも同じ原理だ。

 

「闘気すら使ってねえ。魔力の質と量が違い過ぎたんだよ」

 

「魔族ならではの会話だね」

 

 マルクの返答にトビアスは苦笑いした。トビアスとて闘気は扱える。しかし魔力量は魔族にはさすがに及ばない。

 

「ソイツとソーニャの魔力はそんなに変わらなかった」

 

 つまりやろうと思えば拮抗できたということ。そこまで聞いたアルはようやくマルクの言いたいことを完全に理解する。

 

「『知らないと対応が遅れる』って、そういうことか。知識があって、」

 

「感知できてたら今のソーニャでも怪我なんてしなかったはずだ」

 

「確かに普通の魔力と感じ方、違うもんね」

 

 エーラがアルのように顎に手を当てて頷いた。

 

「じゃ先に知識だけでも教えておくべきね」

 

 凛華もマルクの意見に賛同する。

 

「ん、了解。じゃあ実戦では使用許可を取るようにして、訓練日は闘気も練習しようか。操魔核の鍛錬にもなるし。落ち着いてるときなら失敗しても魔力切れを起こすだけからね」

 

「やりたいです兄様!」

 

 アルが訓練方針を告げると同時にイリスがはいはい!と手を上げた。

 

「うん、イリスにもと思ったけど・・・・稽古以外で使わないって約束できる?」 

 

 闘気は諸刃の剣なのだ。失敗すれば持っている武器などただの重しにしかならない。そうなれば間違いなく酷い目に遭う。

 

「できますわ!」

 

「下手打ったら魔力切れして大怪我の元だよ?ちゃんと守れる?」

 

「はい!ちゃんと守りますわ!」

 

 アルの再度の確認にイリスは重々承知だと返した。イリスも昨夜の恐怖はきちんと憶えている。イリスにはあんな幸運が何度も続くとは思えなかった。

 

 従妹の瞳にただの興味や憧れ以外の感情も見て取ったアルは、

 

「わかった。じゃあイリスもね」

 

「はいっ!」

 

 喜びを爆発させて笑うイリスに、ランドルフとトビアスは少々の不安を覚える。

 

 ―――――このまま武芸者になったりしないだろうか?

 

 イリスの将来への不安が止まらないトビアス達シルト家の面々であった。

 

 

 ***

 

 

 あれから1週間と数日が過ぎ去った。トビアスは辺境伯と例の件で慌ただしい日々を過ごし、アルクス達6人とイリスは穏やかな日々を送ることになった。

 

 ソーニャを女性軍癒に診せたところ、案の定肋骨にヒビが走っていたらしく、1週間は絶対安静にしておくようとのことだ。

 

 無論この1週間という数字は『治癒術』を継続的に掛けて1週間である。頭の方はそう酷いことにもなっておらず、一同は胸を撫で下ろすことになった。

 

 

 余談だがアル達6人がイリスを伴って領軍の宿舎を訪れると兵士達はそれはもう熱烈に歓迎してくれた。

 

 女性兵士達はイリスを可愛がり、アル達には菓子を勧めてきたり。

 

 男性兵士は男性兵士でイリスの元気いっぱいな様子に好々爺のような表情を浮かべ、中にはアル達が普段行っている訓練をやれば自分も魔獣の群れの中で戦えるだろうかと熱心に問うてくる兵士もいた。

 

 アル達の戦い方は軍人のそれとは大きく違う。集団の練度を高めるのではなく、個々の持ち味を最大限生かす動き方をする。

 

 そのため普段厳しい訓練を行い、魔術を扱い慣れているシルト領軍の兵士達でもアル達武芸者仕込みの戦い方は鮮烈に映ったらしい。

 

 実行に移されても困るのであまり適当なことも言えず、アルやマルクは訓練内容や鍛錬法について兵士達と大いに語り合うことになるのであった。

 

 ソーニャを戦闘職専門の癒者に診てもらいたかったため歓迎はありがたい。

 

 しかし、それがまさかあんな困った事態を引き起こしてしまうとは、その時のアルには予想もつかないことだった。

 

 

 またエーラの希望通り市内の観光や散策もした。

 

 何やらおもしろそうな店があれば冷やかしてみたり、美味しそうなものがあればその場で買って食べてみたり。

 

 安静に寝ているより行ってみたいという願望の方が勝ったソーニャと仕方ないという顔をしたラウラはこういうことは初めてだったらしく、どこかに入るたびにコロコロと表情を変えて年相応の様子を見せて楽しんでいた。

 

 隠れ里と人間の都市ではやはり大きく違う。アル達もこんな場所があるのかとウィルデリッタルトを興味深げに回ることになった。

 

 特に大通りの露店市。名も知らぬ商会が珍しい商品を出しているのを眺めて回るだけでも楽しいものだ。

 

 また珍しくイリスが父親におねだりした結果、アル達を案内役(ガイド)としてお忍びで同行することになった。

 

 トビアスも然してうるさいことは言わず、というかアル達がいるし大丈夫だろうとアッサリ了承したのだ。

 

 活気のあるイリスが住民達から知られていないわけがなく、バレバレのお忍びであったのは余談である。

 

 彼女がキョロキョロと首を振り、面白そうな店があれば突撃していく様子にかつてのユリウスを想起して微笑ましそうにしたり、近くにいたアルをまじまじと見てしまったりする住民達もいた。

 

 

 ***

 

 

 ソーニャの骨折が完治したとお墨付きをもらえた日の夜。夕方頃に帰ってきたトビアスはアル達6人とシルト家の面々へ事の顛末を伝えたいと言って夕食の時間を揃えた。

 

 家長席に座っているトビアスは水で唇を湿らせて語り始める。

 

「まず、今回の首謀者はイーファ・ミトライト。実行犯はあの男が率いていた傭兵団だ。当初はリディアを連れ去って酷い目に遭わせた挙句、僕に送り付ける予定だったらしい」

 

 その言葉にリディアは肩を震わせ、トビアスは宥めるように肘口に触れる。他の面々は全員、不快な顔を隠せない。

 

「事の起こりは、イーファ・ミトライトが子息であるヴァーゲ君を傀儡としてミトライト子爵の爵位簒奪を狙おうとしたことだった。

 

 子爵の食事に栄養剤と偽って毒を少量ずつ混ぜていたそうだ。使用人は家族を標的にされるのが怖くて言い出せなかったそうだよ。

 

 僕と閣下が話を聞いた時は彼も毒を盛られたんじゃないかってくらい痩せてゲッソリしててね。子爵が体調を崩すたびに自己嫌悪に陥ってたみたいだ」

 

「なんと卑劣な・・・!」

 

 ランドルフは怒りに任せて吐き捨てた。トビアスは続ける。

 

「そして子爵が癒院に送られたところに今回の社交会の報せが来た。気が大きくなったイーファは僕とリディアへいまだ抱えていた怨恨をぶつけるべく、リディア誘拐を企てたんだ。

 

 そこに声を掛けてきたのが非合法の傭兵組合。後ろ暗い依頼なんかを斡旋してる組織らしい」

 

 帝国でも滅多にいない傭兵団。彼らの依頼を管理する組合は当然帝国で認められている組織もあるが、そうでないものもある。

 

 後者の暗躍があったと話すトビアスにランドルフは渋面を見せた。

 

「その者らが犯罪者たちの受け皿になっておるのか。辺境伯家は何と?」

 

「潰すべきだが、わかりやすい実体がない。だから帝国の中枢部にまでこの話を持っていって対策を取るべきだろう、と。

 

 その時の証人として僕と捕らえた男が行くことになっています。どっちにしろあの男は大監獄行きですし」

 

「なるほど、さすがにあそこの当主は判断が早い。私も賛成だ」

 

 数が少なく、正規の組織ではないからこそ実行部隊である犯罪者共との縁が薄く、そして根が見えないのだ。

 

「ええ。話を続けます。その依頼を請けてやってきたのが一人を残してマルク君に全滅させられたあの傭兵団。彼らは合流するとイーファと計画を練り直した。ただ誘拐するだけじゃバレるから何か騒ぎを起こそう、とね」

 

「それがゼーレンフィールンへの魔獣侵攻だったんですね」

 

 ラウラは得心がいったという表情で手を打つ。

 

「そう。騒ぎのなか誘拐すれば時間と距離を稼げる。特に僕は兵士達と仲が良いからね。まずい事態になればきっと前線に出るだろうと読まれてたみたいだ」

 

「計画はわかったけど、具体的にどうやって誘導したんですか?アルの殺気をぶつけられても少し離れた連中は真っ直ぐ街の方を目指してましたけど」

 

「確かにアルの魔力はそんなヤワじゃないわね。高位魔獣ならともかく普通の連中なら威嚇でも逃げるくらいなのに」

 

「それにどうにか騒ぎを起こすって言っても、あんな大掛かりな準備できる時間なんてあったっけ?」

 

 マルク、凛華、エーラは口々に疑問を述べた。

 

「ミトライト子爵家は辺境伯家の遠縁でね。僕たちのような家と違って会場の準備に駆り出されるから結構前に報せが届いてたらしい。そこで非合法組合の出番さ。計画に魔獣が必要だと考えたイーファ達は組合から誘引剤って呼ばれてる薬を受け取った」

 

「誘引剤?魔獣はそこまで薬は受け付けないはずでしょう?」

 

 だからこそ魔獣が出ると厄介なのだ。それを良く知るシルト家の元当主の妻メリッサが訊ねる。

 

 嫌な臭いをさせる薬剤など商品として出てはいるが、そういうものは魔獣相手には大して効果がない。誘き寄せるのも同様だ。

 

 最も誘導できるのは結局血肉だと言われている。

 

「ええ、母上の言う通りです。男から聞き出して余りをどうにか入手して調べさせましたが、成分のほとんどは麻薬でした。それもかなり粗いものだそうで」

 

「麻薬・・・やっぱりこっちにもあるのか」

 

 アルが呟いた。前世でも今世でもこういったものがあるのは人の業だとでもいうのだろうか?

 

 トビアスはアルの発言に首を捻りつつ続ける。

 

「?それで、その麻薬を餌に混ぜ、貴族街門周辺の森へ数日おきに仕掛けて魔獣達を依存中毒にした。結構手広く撒いたらしい」

 

「なるほど。社交会の数日前から完全に撒くのをやめて」

 

 いくら巨体の魔獣でも麻薬入りの餌を摂取しつづければ当然中毒になる。その状態で放置すれば――――。

 

「当日、街に仕掛けたんですね。いえ、仕掛けておいたものの蓋でも取ったのでしょうか?」

 

「そういえばあの日は街から貴族街門の外へ風が流れてたね」

 

「その通り。仕掛けられてたのは街の中心地にある時計塔。広範囲に臭いが届くよう高い位置に置いてたらしい。魔獣たちはその匂いに気付いて侵攻してきたんだ」

 

 アル、ラウラ、エーラの推測は完全に当たっている。トビアスは首肯した。

 

「俺の鼻でも気づかなかったな」

 

「無理ないと思うよ。キツい臭いをさせてるわけじゃないし、元は植物性だしね」

「あの二人が髪飾りを渡して見えなくなってたのは早々に逃げたからだったのか。マルクが敵意と言っていたがとんでもないことを考えてたんだな」

 

「あそこまでは予想できなかったけどな」

 

 マルクとソーニャはイーファと傭兵が一人を攫うために街全体を危険に晒すという理不尽な計画を練ったことに憤った。

 

「そういえば、あの煙とか魔導灯が切れたのも彼らの仕業でしたの?」

 

 黙って聞いていたイリスが問う。トビアスは首肯した。

 

「会場の準備に駆り出されたとき、使用人の振りをして魔導灯の出力系統を弄ってたみたいだね。イリスが言ってた焦げた臭いは小火を出す為に使われた酸性の溶剤。僕らが目撃した爆発は地下倉庫に仕掛けられていた爆破装置だったそうだ。もっとも爆破装置まで使うのは計算外だったらしいけど」

 

「なるほど。領軍とアル殿達の活躍で貴賓館どころか街にすら一匹も入れなかったから予想していた混乱が生まれなかったのか」

 

 ソーニャはイリスと第三者のような感覚であの場を見ていたからこそ理解できる。

 

 アル達5人が出てから、明らかに指示を出していた貴族たちの声から焦りが減った。

 

 無論静かになったわけではなかったが、なんというか()()()になったのだ。

 

「うん。街から少し離れたところにいたイーファと構成員で連絡を取り合って、アルクス君達と軍が騒ぎを収めてしまう前に更なる騒ぎを起こすことにした。

 

 それが明かりが落ちたことと小火騒ぎだよ。その混乱に乗じてイリスを誘拐。でもソーニャ嬢が馬車の車軸を折ってくれたおかげで予備の馬車で移動せざるを得なくなったそうだ。

 

 爆発する頃には街を出るつもりだったらしいけど、それで少々遅れたみたいだよ。後は君らの知ってる通りだね」

 

 トビアスはそう言って語り終える。卓についている全員がなるほどと頷いた。

 

「・・・・結局傭兵団の構成員はどういう者達だったの?」

 

 内訳が気になったのだろう。リディアの言葉に夫は捜査報告書を手に取って読み上げていく。

 

「団長を名乗っていたのは素行不良や恫喝、詐欺の罪で認識票を剥奪された元七等級の武芸者。マルク君が倒したうち背の高い大男がいたけどそっちは強盗や強姦、刃傷沙汰で認識票を剥奪された元六等級の武芸者。

 

 女性の方は元娼婦だけど、どうやら客の金品を盗んだり、田舎で結婚詐欺を働いたりして追われてた犯罪者だ。

 

 残りははぐれ者や軽犯罪を犯したチンピラだったみたいだよ。マルク君の敵じゃないのは当然だろうね」

 

 罪状を聞いていくうちに、リディアはみるみる色を失い、

 

「ああっ・・・イリスっ、本当に良かったわ。ソーニャさんもマルク君も本当にありがとう。感謝してもしきれないわ。何かあったら言ってちょうだいね?私に出来ることは少ないけれど、いくらでも協力しますからね」

 

 娘をぎゅうっと抱きしめた。自分に降りかかっていたかもしれない恐怖より娘がその恐怖に曝されていたというのが堪らなく怖かったのだ。

 

 すでに何度も感謝していたがマルク達への感謝が口をついて出る。

 

「い、いえ自分は結局捕らえられてしまいましたし・・・」

 

「ソーニャがいなかったら間に合わなかったかもしれねえってトビアスさん言ってたろ。胸張っとけ。気恥ずかしいってのはわかるけどよ」

 

 微妙な顔をするソーニャにマルクがそんなことを言った。ちなみにこれは兵士からの受け売りである。

 

 謙遜するより誇れ、とのことだ。

 

「お母様、く、苦しいですわ」

 

「あ、ごめんなさい」

 

 イリスが「ぶはぁっ」と息を吐く。

 

「君らもだよ、他人事って顔してるけど。結局魔獣は二〇〇体以上いたんだから」

 

 アル達に向けてトビアスは苦笑した。照れているマルクとソーニャを揶揄うような表情を向けているが、彼らとて功労者である。

 

 しかし、喉元過ぎれば何とやら。終わったことに然して興味もないのか、

 

「マルク、褒められっぱなしだねぇ。凄いねえ」

 

「うんうん、俺達を置いてっただけはあるよね」

 

「そうね。魔獣も倒して、誘拐犯まで捕まえちゃって大手柄じゃない。あたしらに内緒で走って行っただけあるわ」

 

「ま、まぁまぁ」

 

「てめえらまだ根に持ってやがったのか」

 

「ふっ」

 

「ソーニャは人の事笑えませんよ?ちゃんと周りに言えば誰かしら手伝ってくれてたでしょうに」

 

「うっ、いや、あの時は焦っててだな」

 

「はんっ」

 

「あっ。マルク!貴様自分のことを棚に上げて!」

 

「ばっ、よせ!骨折治ったばっかりだろーが!」

 

 6人はそんなやり取りをしだした。シルト家の面々は顔を見合わせてクスクス笑う。

 

 ソーニャがマルクに突っかかるのも最近はいつもの風景だ。

 

「そういえば褒賞金っていつ渡されますの?」

 

 イリスは父へ訊ねる。功の話で思い出したらしい。

 

「すぐにでも渡せるよ。魔獣撃退というより討伐、しかも一番危険な魔獣の群れの中で。これが一人、十五万ダーナ。イリス救出に関しては護衛依頼の報酬を三倍することで褒賞としたから、そっちは総計三十六万ダーナだね」

 

「息子よ、ケチケチするな。イリスの無事はそんな金額では釣り合わん」

 

 ランドルフは想定よりずっと低い報酬に文句をつけた。しかしトビアスは首を横に振る。

 

「わかってますよ。最初は十倍にしようと思ってたんですけど護衛依頼とは本来そういうものだと六人に説得されてしまって。その分しっかり協会に伝えてもらって実績にしてもらった方がありがたい、と」

 

「む・・・確かにそう言われてしまえばそういうものか」

 

 非常に()()()回答だ。アル達側からしてもここで貰い過ぎると普通の依頼がしょっぱく感じるので遠慮したいという思惑がある。

 

「そういうの武芸者っぽいですわね!」

 

 イリスはキラキラした目を6人へ向けた。もう完全に英雄を見る子供の目だ。

 

 

 やはりイリスが武芸者になると言い出さないか不安でしょうがないトビアスとランドルフ。ちなみにリディアとメリッサはなんとなくオチが見えているので深く言及しないことにしたのだった。




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