日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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ここでは初投稿になります。読んで頂ければありがたい限りです。


また「小説家になろう。」と「カクヨム」にて同作を連載投稿しております。


現在両サイトにて投稿されているものとこちらに投稿するものは少々文体が違う場合があります。


こちらへは定期的にある程度纏めて更新していく予定です。


34話 水竜の村ドラッヘンクヴェーレと餓狼の襲撃 (虹耀暦1286年12月:アルクス14歳)

 三等級武芸者一党『黒鉄の旋風』と合同依頼を請けた”鬼火”の一党ことアルクス達は現在、湖からほど近い立派な鹿角を飾っている宿へと荷物を置いて、不忍大沼(しのばずのおおぬま)を見に来ているところだ。

 

 仕事の前にまずは有名だと言われる湖を見たいと誰が言いだしたわけでもないがなんとんなく見ておきたいという気持ちは同じだったらしい。

 

 宿の壁に案内が掲示されている通り、不忍大沼は中央噴水広場から降りてすぐのところにある。

 

 ヌシとやらも拝めるかもしれないし、餓狼は夜行性なので見に行かない理由は一つもなかった。

 

「結構大きいんだねぇ。でも湖面?水面は凍ってないね」

 

 視界を圧迫しないほど雪が舞い落ちてくるなか、シルフィエーラが言う。尖っている耳が寒いのか頭外套(フード)をすっぽり被っていた。

 

 彼女の言う通り、大沼と言いながら完全に湖の様相を呈している不忍大沼は全長およそ16km(キリ・メトロン)、深さは最長18kmはあるらしい。宿の案内にはそれも書いてあった。

 

「ほんの少し流れがあるみたいですよ。凍ってないのはそれが理由じゃないでしょうか?」

 

 ラウラがそう言って湖面の端の方を指す。わずかに水流が見えた。

 

「ホントだ。だからだったんだねえ」

 

 なるほど~と納得するエーラの隣で凛華は頻りに視線を巡らせている。

 

「ヌシっていうのはいないのかしら?見てみたいわ」

 

「どうだろ、寝てるんじゃない?―――――って翡翠?」

 

 凛華の問いに答えるアル。その左肩にいた三ツ足鴉が急に飛び立ち、湖面の上空を旋回しだした。

 

「カアー、カァー!」

 

「翡翠のヤツ、魔力発してねえか?」

 

「む、そうなのか?薄っすらとしかわからん」

 

 鳴く夜天翡翠を見ていたマルクガルムがそう言うとソーニャはむむっと注視する。

 

「薄っすらで合ってる」

 

 アルがそう言った時だ。静かだった水面が勢いよくザバアッと持ち上がった。

 

「わっ!」

 

 顔を出したのは長い鎌首を何本も持った大きな水竜だ。

 

 ―――――この水竜がヌシ?

 

「おお・・・!」

 

 思わずアルは見惚れてしまった。

 

 厳めしいというより凛々しい蛇のような面立ちに、白く長い髭と(たてがみ)、一つの胴に何本もある長首と尻尾。

 

 鱗は淡い水色で湖面よりも透き通って見える。神話から抜け出てきたような威容に言葉も出てこない。

 

「うわあっ!あれがヌシ!?見て見てアル!おっきいしカッコいいわよ!」

 

 瞳をキラキラさせて感嘆の声を上げたのはエーラではなく凛華だった。

 

 彼女はこういうちょっと危ないんじゃ?と思われるくらいの魔獣や魔物が大好きなのだ。勿論害がないというのは大前提ではあるが。

 

 4人が夜天翡翠を迎えた時もやたらと可愛がっていた。ちなみにエーラは触れ合える生物なら基本大好きである。

 

「うん。多頭の水竜だったんだね」

 

 凛華の言葉で意識を引き戻されたアルはグイグイ引っ張られつつ、のんびりと答えた。

 

「わはぁ・・・!八つもある!頭が八つに尻尾も八本だよ!」

 

 エーラも楽しそうにはしゃいでいる。

 

 ―――――八岐大蛇って実在していたらあんな感じだったのだろうか?

 

 と多頭の水竜に圧倒されながらアルはそんな風に考えていた。

 

「何回見てもすげえよなぁ」

 

「レーゲンったら初めて見たときなんか驚いて尻もちついてたもんね」

 

「何年前のこと持ちだしてきてんだよ」

 

「ヨハンが私を盾にしようとしたこと、まだ忘れてないよ」

 

「いい加減忘れろよ」

 

「凄いものだ。神秘的とすら言える」

 

「ホントね!翡翠ちゃんも楽しそう」

 

 首の間を抜けて遊ぶ夜天翡翠とそれを嫌がるでもなく戯れる水竜を前にそんな会話を交わす『黒鉄の旋風』の面々。

 

「す、凄いですね。なんと言う魔物なんでしょうか・・・?」

 

 ラウラもその威容に吞まれながら呟く。その呟きを拾ったのは”鬼火”の面々でも『黒鉄の旋風』の6人でもなかった。

 

「十叉大水蛇《とおまたのおおみずち》さ。もっとも俺達は(みずち)様とか水神様とかヌシ様って呼んでるけどな」

 

 答えたのは背後にいた黒い髭をぼうぼうと生やしている男だ。熊の毛皮らしきものを着込んでいる。

 

「猟師の方ですか?」

 

 アルがすかさず問うた。男は小ざっぱりとした笑みを浮かべる。

 

「おや、わかるのかい?」

 

「気配が薄かったですから」

 

「足音もほんの少ししかしてなかったね」

 

 アルとエーラの返答に猟師の男は気を良くしたらしい。

 

「へへっ、いやあ森人のお嬢さんにそう言われるなんて光栄の極みってやつだね」

 

「蛟?」

 

 凛華は魔物の愛称の方が気にかかったようだ。

 

「ん、おおそうさ。蛟ってなぁどっかの古い国の言葉でな。水を司る竜神のことだって聞いた昔の村人たちがそう呼んでたのさ。だから俺らはずっと蛟様とか水神様って呼ぶことにしてるんだよ」

 

 猟師の男はドラッヘンクヴェーレの誇りとして十叉大水蛇を紹介した。かなり親しまれているらしい。

 

「丁度良かった。我々は依頼で此度来た武芸者なんですが」

 

「ははっ、見りゃあわかるさ。全員俺より強そうだからな」

 

 身分を明かすレーゲンに男は快活な笑みと返答を寄越し、返答を待たず更に続ける。

 

「餓狼の群れについて詳しい話だろ?こっちも頼んだ以上はちゃんと言っとかなきゃあと思って探してたんだよ」

 

「あ、そうでしたか。とんだご足労を。十叉大水蛇を見ておきたかったもので」

 

「構わねえさ、ここの自慢だからな。見たいって言われて気を悪くする連中なんていねえよ」

 

 丁寧に対応するレーゲンへ猟師の男は誇らしげに笑った。

 

「それで、餓狼の群れというのは大体どの方面から、どれほどの規模で来るんでしょうか?農地を荒らされたり他に被害が出たり、と言うのは―――?」

 

 猟師はレーゲンの質問に『これが等級の高い武芸者か』と感心する。情報というのは重要だ。敵を極力知ろうとするその姿勢は猟師として通ずるものがあった。

 

「大体東門と宿付近の裏手の森だな。今のところはどうにか抑えられてるが、数はどんどん増えて来てる。最初は四匹くらいの群れだったのが今はもう八匹ずつくらい纏まって現れてやがる」

 

「東門というと街道に面してるあそこですか?」

 

「ああ、たぶん君らが通ってきた門だよ」

 

「なるほど」

 

 レーゲンはアルの方へと視線を飛ばす。他に聞きたいことがあるのなら聞いておけ、そう言っているがアルは軽く首を横に振った。

 

 気になることはあったが如何せん情報が足りなさすぎる。キナ臭いということだけは確信したが。

 

「どうもありがとうございます。今夜から我々もここの周辺を回りますから他の猟師の方にもそのようにお伝えください」

 

「おお、ありがとよ。ここんとこ毎夜だったから本当に助かるぜ・・・・・ってうおっ!?」

 

 猟師の男は嬉しそうな笑顔を浮かべ、次いで仰天した。

 

「んっ?」

 

 男の視線と背中の軽い衝撃でアルが振り向くと、そこには十叉大水蛇が鎌首をもたげている。アルの背中を小突いていたらしい。

 

「うわっ、びっくりしたなぁ」

 

 害意がまったく感じられない。巨大な金色の瞳を見ながらアルは十叉大水蛇―――蛟の鼻先を撫でてみた。

 

「おお・・・」

 

 鱗はスベスベで触り心地が良く、ひんやりしている。戯れて満足したのか夜天翡翠は定位置であるアルの左肩へ止まった。

 

「にしても大人しいんだなぁ。翡翠が連れてきたのかい?」

 

「カア?」

 

「びっくりしたぜ。大人しいっちゃ大人しいがそんな簡単に触らせてくれないはずなんだがな」

 

 猟師の男がそう言うと、

 

「アルが龍人族の血を引いてるからじゃない?」

 

 凛華がありそうな説をあげる。手をわきわきさせていた。触ってみたいらしい。

 

「龍鱗布を纏ってるからかも」

 

 エーラの説も大いにありそうだ。アルの母トリシャは強い龍人として隠れ里でも有名である。

 

「どっちもなんじゃね?つーかソーニャ、お前ビビり過ぎだろ」

 

「う、うるさい。ここまで大きいとは思わなかったんだ」

 

 マルクの陰に隠れているソーニャは蛟の大きさに怯えてしまっていた。マルクの外套を掴んで離さない。

 

「君は龍人族だったのか。珍しい種族が武芸者になったもんだなぁ」

 

 猟師の男も初めて見る状況に感心したような声をあげる。

 

「ソーニャちゃんの反応、昔の誰かさんに似てるわね?」

 

『黒鉄の旋風』の副頭目ハンナがそう言うと、レーゲンはバツの悪そうに頬を掻いた。

 

「う、うっせえやい。大体お前もあんときは『ヒイッ!』とか言ってたろ」

 

「い、言ってないわよ!」

 

「言った」

 

「空耳よ!」

 

「んなわけあるか!」

 

 何とも食えない夫婦喧嘩のようなやり取りを受け流した凛華はわくわくしたような表情でアルに問う。

 

「触ってもいいかしら!?」

 

「俺に言われてもわかんないよ。悪い気がないんなら良いんじゃない?」

 

「そ、そう?じゃ、ちょっと触るわよ?いい?・・・・・お、おぉ~!あなたスベスベで気持ちいいわね!」

 

「あっ、いいな!ボクもいーい?わはぁっ!ほんとだ、気持ちいいねぇ~」

 

「私もいいですか?・・・・ほぁ~案外可愛らしい顔してるんですね」

 

「君ら初めてだったのか?勇気あるなぁ」

 

 アルの腹に鼻先を擦りつける蛟を凛華とエーラ、さらにラウラが触って戯れている様子は猟師の男からすれば、心が洗われる光景だ。

 

「凛華とエーラは結構魔物と戯れたりするの好きだからなぁ。ラウラは意外だったが」

 

「うむ。小動物なら昔の家で可愛がっていたんだが、ラウラがここまで大きい生き物と戯れているのは私も見たことがない」

 

「そうかい。んで、お前はいつまで俺の後ろに隠れてんだよ?」

 

「も、もうちょっと慣れる時間があっても良いだろうっ!?」

 

「いいけど、そういちいち怒鳴るなよ」

 

「うっ、善処する」

 

「素直にうんって言え」

 

 憮然とした表情を浮かべるマルクと”姫”部分が強く出過ぎた”騎士”はどこかの頭目と副頭目のようなやり取りを交わすのであった。

 

 

 ***

 

 

 蛟と戯れドラッヘンクヴェーレの中を見物している間に日は暮れていった。時刻は午後5時過ぎといったところだが冬場なのでもうかなり暗い。

 

 あれから幾人かの猟師たちに話を聞いたり、門を確かめたりと仕事がしやすいよう極力情報を集めて回った。

 

 今夜はそれぞれ門で火の番と宿の裏手を回りながらの見回りだ。そこで餓狼の群れに備える。そんなわけで早めの入浴を済ませることにした。

 

 ”鬼火”の一党と『黒鉄の旋風』は不忍大沼から汲み上げ、濾過して沸かしているという風呂屋でそれぞれ男湯5名、女湯7名に別れて入浴中だ。

 

「里の風呂思い出すな」

 

「ほんとだ。懐かしいなぁ」

 

 どこか銭湯を思い出す隠れ里と違いこちらはもう少し観光客向けとなっていた。岩風呂に張られた湯からは湯気がもくもくと上がり、暗い空へ吸い込まれるように溶け出している。

 

 男湯は露天風呂、不忍大沼を眺めつつ湯につかる旅館形式だ。帝都や規模をもっと大きくしてある都市とはまったく趣が異なるがアル達にはこちらの方が馴染み深い。

 

 女湯は周囲をみっちりと木の柵で覆い、そこへ被せるように植物が生えているらしい。

 

 外観を損ねないようにしつつ、しっかりとした防犯対策が取られているようだ。露()なので特に嘘偽りもない。

 

「お前らの里って風呂屋もあったのか?」

 

「風呂()とは言ってもお金はかかりませんけどね。家に小さな風呂しかない代わりに皆が入りに行くとこって感じです」

 

 アルの説明にレーゲンはほうほうと興味を示した。所変われば文化も違うものである。

 

「なるほどなぁ、それってケリアの故郷とはまた違う感じなのか?」

 

「我々はもっと北部の森にある森人族の集落で育ったからな。水浴びと暖かい家の風呂が半々だったな。個人の家にあるというか好きに造ってた印象がある。”魔法”があるからな」

 

 ケリアの説明にヨハンは非常に健全というか少々老成した想像を働かせた。樹木を見ながら木の浴槽に浸かる自分の姿だ。

 

「木の浴槽か・・・それもオツかもなぁ」

 

「ああ、かなりいいぞ。手入れは多少手間がかかるが」

 

「里も木でできた浴槽はあったなぁ。親父が『匂いが良いから』ってよく浸かってた」

 

 そんなことを思い出すマルクの言葉にアルもそうだったと頷く。

 

「ああ、マモンおじさんは木製の好きだったねー。桶とかもわざわざラファルさんに頼んだりしてさ」

 

「そうそう、家に親父用の風呂道具があってさ。今思えばこだわってたんだなぁ」

 

「ははっ、どこの親父も似たようなもんか。うちの親父もやたらと温泉だ入浴施設だって旅行行きたがってたからな。母ちゃんは準備が面倒だって言ってたけどよ」

 

「うちは逆だったなぁ」

 

 レーゲンとヨハンはアルとマルクの会話に幼少期の記憶を想起させられたらしい。何とも和やかな雰囲気の男風呂である。

 

 そんなアル、マルク、レーゲン、ヨハン、ケリアが英気を養いながらのんびりと湯に浸かって談笑していると、

 

「おーい!レーゲーン!?あんたあんまり早く上がんのやめてよねー!?こっちまだ浸かったばっかりだからー!」

 

 ハンナの声が響いた。どうやら男風呂と女風呂は太めの壁一枚隔てているだけらしい。レーゲンが突っ伏すようにバシャンと顔を湯に叩きつける。

 

「・・・風情ってもんがねえのか、あいつぁ」

 

 顔を起こしたレーゲンの呟きをまたも無視したハンナの声が響く。

 

「聞いてるー?ねえー!」

 

「聞こえてるよ!わかったから叫ぶのやめろよ!恥ずかしいだろ!」

 

「こっち私達だけみたいだから問題ないわよー?」

 

「そういう問題じゃねーんだよ!」

 

「なんなの?・・・ったく細かいわねぇ」

 

 ぶつくさ言う女性剣士の声が遠ざかっていった。レーゲンは羞恥に顔を赤くさせて愚痴る。

 

「あいつはどうしてこう、かあ――――」

 

「奥さんみたいですね」

 

 アルのぶっこみにレーゲンは噴き出した。途端にケリアとマルクがくくっと笑い出し、ヨハンは少々怨みがましい視線を向ける。

 

「お、おいアルクス!てめぇ!」

 

「もうくっついちまえばいいじゃん。夫婦みてえな会話ばっかしてんだから」

 

 レーゲンの言葉を無視して追い打ちをかけるマルク。どう見てもお似合いなのに恋人ですらないというのは不思議でならない。

 

「それがどうにも煮え切らんのだこの男は」

 

「けっ、早くくっつきゃいいのに微妙な距離感で楽しみやがって」

 

 ケリアは面白そうに笑い、ヨハンは荒む。自分はそんな相手すらいないというのに、そんな思いが顔に書いてあった。

 

「おっ、お前らまで!つーかヨハン、お前そんなこと考えてたのかよ!」

 

 レーゲンの返答に持たざる者ヨハンは唾でも吐きそうな顔で答える。

 

「誰だって考えるわ!いつまでも『いやでも断られたらどうすりゃいいんだ・・・』とかほざいてないで早く告白なり結婚の申し込みでもしろよ!見せつけやがってこのもじもじレーゲンが!」

 

「おい一応俺頭目だからな!?あと的確に抉ってくるのはやめろ!刺さる!」

 

 ヨハンの急所突きにレーゲンは酔っ払いの如く顔を真っ赤にさせた。

 

「そうやってツッコミに回ることで場を収めようとしても無駄ですよ」

 

「お前はお前でなんて嫌なこと言うんだ、やりづらいわ!」

 

 レーゲンの必死の活路をアルがぶっ潰す。『黒鉄の頭目』頭目に視線が集中した。

 

「うっ・・・・」

 

 とうとう観念したレーゲンはたどたどしく語りだす。

 

「・・・・いや、その、そりゃまあハンナは異性として好きだけどよ。ヨハンに言われたみてえにさ、そのぉ、告白して?今の距離感が崩れちまったら怖えっつーか、そうなったらこの一党どうなるんだろうって思って・・・・今の距離感だって、悪くはねえし、あー・・・・その、言い出せねえんだよ」

 

「ヘタレ」

 

「意気地なし」

 

「ずるずるレーゲン」

 

「ぐだぐだレーゲン」

 

 即座にマルク、アル、ヨハン、ケリアの順で罵倒が飛んできた。

 

「わかってるよぉ畜生!なんで十歳近く年下のガキ共に言い返せねえんだ俺ってやつぁ」

 

「まぁそう嘆くな。お前の悩みはわかったから。じゃあこの依頼が終わったら告白してこい。な?」

 

 嘆くレーゲンの肩をポンポンと叩きながら悪魔の囁きを敢行するケリア。悩みを受け止めてもらえたと感じた根が正直者のレーゲンは素直に返事を返してしまう。

 

「おう・・・そうだな―――って待て待て!」

 

「こりゃ見物だぜアル」

 

「こっそり観察してよう」

 

「くっ、なんで俺は敵に塩を送っちまったんだ!」

 

 完全に野次馬モードのマルクとアル、そして「しまった畜生!」と怨嗟の声を漏らすヨハン。ケリアの笑顔は黒々としていた。

 

「こ、この腹黒が・・・」

 

「なぁに、これも友の為だ。憎まれ役なら買ってやろう」

 

「嘘こけこんにゃろう!面白がってるだけだろ!」

 

「しかしレーゲン。一度言ったことはやるべきじゃないか?武芸者に二言なしと言うだろう」

 

「い、今のはなしだろ。さすがに―――」

 

「そうやってずるずるしてる内に誰かに貰われっちまうぞ。黙ってりゃ器量は良いんだから、黙ってりゃ」

 

「うっ・・・それは、そうなんだが」

 

「レーゲンさん・・・俺ら、見守っておきますから・・・!」

 

「ああ、任しとけ」

 

「いやそれ俺の無様を見てえってだけだよな!?守ってはねえだろ!?」

 

 当事者を差し置いてやいのやいのと囃し立てる悪魔達。結局、レーゲンはせっかくの景色と温かい風呂をあまり楽しめないまま入浴の時間を終えるのだった。

 

 ちなみに女性陣は比較的長く入っていたという自覚のある男性陣よりも更に長風呂で、その理由はあちらの耳長娘2人が男湯の会話を逐一拾い、小声で再現するという小器用な真似をしたせいだ。

 

 ハンナは顔を真っ赤にして「えっ、えっ、ど、どうしよう・・・!」とアワアワしたり、他の女性陣に散々からかわれたりして軽くのぼせるところだった。

 

 後日そのことを聞いたアルとマルク。エーラのいるところで変な話はしない。そう誓い合うのであった。

 

 

 ***

 

 

 すっかり夜も更けてきて辺りが真っ暗になった頃。今日は猟師たちも非常に少ない人数しか見回りには出ないそうだ。

 

 ここひと月ほど餓狼の群れの攻勢に対応し続けていたせいで体力と神経を著しく削っていたのだ。

 

 ”鬼火”の一党と『黒鉄の旋風』は中央広場で二手に分かれることとなった。アル達6人と1羽はドラッヘンクヴェーレの東門―――つまり街道沿いの門へ。

 

 『黒鉄の旋風』の6名は森人が2名もいるということで村人しか滅多に出て行かない宿の裏手の森方面へ。

 

「んじゃ頑張れよ。くれぐれも気ぃつけてな」

 

 後ろ手に手を振るレーゲンへ、

 

「ええ、そちらもお気をつけて」

 

 アルもそう返す。森の方はこの暗さじゃ視界が効きにくい。三等級の先輩として気を遣ってくれたのは明らかだった。

 

 

 アル達は纏め役に許可を貰っていたので、門の前で火を焚いて座して見張っている。椅子はエーラが『精霊感応』で作ってくれた。

 

 今は適当に持って来ていたエーラの茶を啜るように呑んでいるところだ。夜天翡翠は東門と森を大きく旋回するように回ってもらっていた。

 

「出るだろうか?」

 

「どうかな。でも可能性は高いと思う」

 

 ソーニャの問いにアルはある種の確信を抱きながら茶をチビリと呑む。

 

「どうしてです?」

 

「猟師の数が減ってて俺ら武芸者は今日ここに着いたばっかだ。餓狼の群れをけしかけてる奴がいるとすれば今しかねえ」

 

 可能性は高いと言いつつほとんど確信を抱いているようなアルに疑問を抱いたラウラが問うと、マルクがその確信の中身を言い当てた。

 

「うん。少なくとも俺なら万全の準備なんて絶対させない。猟師はともかく俺達は餓狼目当てで来てるんだから」

 

「ふむ。アル殿たちはどうしてけしかけてる者がいると思うんだ?」

 

「多すぎるからでしょ。餓狼は群れても多くて五、六匹くらいなのよ」

 

 と凛華が説明する。すると、

 

「だね。喧嘩っ早いからあんまり多いと仲間割れ起こすんだよ。で、八匹くらいで群れてて、おまけにその群れがいろんな方向からひっきりなしに連日来るんでしょ?」

 

 エーラが引き継ぎ、

 

「つまり、そいつらを束ねてる群れの頭がいるってことさ。逆らう気が起きねえくらいの上位者が」

 

 マルクがそう締めた。4人共餓狼はさんざん害獣として駆除したことのある魔獣だ。生態には詳しい。

 

 ラウラとソーニャはなるほどと手を打った。つまりアル達は明確な証拠こそないが最初から襲撃だと考えているのだ。

 

「じゃあアルさんが難しい顔をしているのは―――」

 

「敵の狙いがわからないから、か?」

 

 彼女ら2人も頭の回転は速い。魔族4人の思考―――つまり何者かの襲撃が一体何を目的としているのか?に考えが及ぶ。

 

「うん。餓狼は油断しなきゃどう戦ったって雑魚でしかないんだ。多少経験のある大人なら牙猪より簡単に追い払える」

 

 アルは2人に頷きつつ思考を反芻した。餓狼を使って村を襲うというのはあまりに迂遠な手だ。その間に武芸者を呼ばれれば余計やりにくくなる。

 

 だというのに連日のように村を襲わせる理由は何なのか?そこがまったくわからないし、ヒントもなかった。

 

 あるとすればあの帷子を着込んだ商人だが、それだって解答に辿り着く鍵にしては弱過ぎる。

 

「襲撃犯も目的もわかんないからずっとモヤついてるのよね」

 

「うん。せめてどっちかわかればなぁ」

 

 凛華がザックリ纏めたがその通りだ。アルは素直に肯定する。そのときだ。

 

「カアッ!カアッ!」

 

「出たか」

 

「みたいだね」

 

「やりましょう!」

 

「うむ!」

 

「アル、指示は?」

 

「とりあえず門の外で処理する。血とか臓物が撒き散らされるのはここの人達からしたら迷惑だろうしね。あとは油断しないこと」

 

 アルはそう言って立ち上がった。門の外の暗がりから餓狼の群れが猛烈な勢いで走ってきている。

 

 ―――――数は1、2、3、4・・・・・11匹。そのくらいなら問題ない。

 

「やるぞ」と頭目が声を掛ければ、「おう!」「ええ」「うん!」「はい!」「承知した!」と威勢のいい返答が返って来た。

 

「総員、状況開始!」

 

 アルの号令と共に”鬼火”の一党が餓狼の群れを強襲し返しに駆け出す。

 

 

***

 

 

 一瞬だった。アルが刃尾刀で2匹を斬り捨て、マルクが1匹の首根っこを折って、もう1匹を蹴り殺す。

 

 凛華が尾重剣で一振りすれば更に2匹が千切れ飛び、エーラの一射で1匹が目を貫通して脳をやられ、もう一射でもう1匹の心臓と、更にもう1匹の足が貫かれた。

 

 そこへラウラの『火炎槍』が飛んできて消し飛ばし、もう1匹が『雷閃花』で黒焦げになってのた打ち回る。

 

 ソーニャは飛んできた餓狼に正確に盾を突き出して逆に頸骨を折り、返す刀でのた打ち回っていた1匹の心臓を一突きした。

 

 ―――――息をつくほどもない。

 

 アルがそう思っていたところでエーラの声と夜天翡翠の鳴き声が重なる。

 

「あそこ!」

 

「カアッ!!」

 

「ふッ!」

 

 指された方角を向いて汚れた毛皮を補足し次第、アルは蒼炎杭をブォンッ!と投げた。頭を灼かれた1匹は吹き飛びながらそのまま絶命する。しかし――――。

 

「周りの餓狼共、ちっとも怯んでねえぞ」

 

「やっぱり変ね」

 

「とりあえず先に射掛けて――――って数やたらと多いよ!」

 

 エーラが複合弓を構えてそう叫んだ。パッと見ても20匹以上が同じ方角から駆けてきていた。

 

「村に入られたら面倒だ。こっちから仕掛けるぞ!」

 

 アルは再度号令をかけると同時に餓狼の群れへ突っ込む。

 

「そうだな!」

 

 マルクは狼爪を伸ばし、その脚力を活かしてドンッと地を蹴った。

 

「エーラ、頼んだわ!」

 

 凛華は『無垢の相』を発動させながら2人へ続けと走り込んでいく。

 

「アルの予想が当たったみたいだね!」

 

 ひょうっと音をさせ、矢が数本翔んでいった。暗闇でも植物がいる限りエーラの『妖精の目』は敵の位置を映し出す。

 

「光飛ばします!」

 

 ラウラは杖剣を指揮棒のように振るい、アル達の戦っている場所へ光球をいくつか飛ばした。攻撃するだけの威力はない、ただの明かりだ。

 

 それでもほんの少しでも浮いていれば目の助けにはなる。

 

「私も前へ出る!」

 

 ソーニャはラウラが魔力を放ったと同時にそう言うと前線を上げ始めた。幸い彼女らが進む道に餓狼がいないことは光球が奔ったときに確認できている。

 

 ―――――順調だ、一言で言えば。

 

 ”鬼火”の一党は正しく依頼内容を遂行しているが、アルを含めて胸騒ぎが消えない。

 

 それでもと、6名はひとまず目の前の餓狼を倒すことに専念するのだった。

 

 

***

 

 

 10数分もしない内に戦闘は終わった。ゼーレンフィールンのときに較べれば児戯にも等しい戦闘だ。6人の周りには数十頭の餓狼の屍骸がある。

 

 アルが血を振って拭い、刃尾刀を納めると同時にマルクも『人狼化』を解いた。

 

「だいぶ来ちまったな」

 

「一旦戻る?それとも群れの本隊を探す?」

 

 凛華がブンブン振って血を払って、尾重剣を背中の革帯へ納める。門の篝火を視認できない程ではないがそこそこ移動したせいで小さく見えた。

 

 次から次へと餓狼が襲い掛かってきたので行き先を潰すように戦うしかなかったのだ。

 

「ボクの”魔法”なら一応追えなくもないだろうけど・・・」

 

 エーラはそう言いつつも躊躇いがちだ。その様子にラウラも頷く。

 

 ―――――何だか、妙な不安が拭いきれない。

 

「・・・・戻ろう」

 

 ややあってアルは決断した。依頼内容は群れの撃滅だが、一度村に戻ったとて出来ないわけではない。

 

「うむ。承知した」

 

 ソーニャが直剣を革鞘へ納め、6人が門の方へ向き直った時だった。

 

 キュアアアアアアアアアッ――――――――!!

 

 何かの鳴き声が響き渡る。

 

「今の何ですか!?」

 

 ラウラはビクッとして声をあげた。

 

「翡翠!レーゲンさん達はまだ森か確認して来てくれ!いるようなら村へ戻るよう頼む!」

 

「カアーッ!」

 

 アルは夜天翡翠へ指示を出すと同時に、

 

「急ぐぞ!」

 

 と仲間へ呼びかける。5人はハッとして駆け出すアルの後を追った。

 

 

 

 村まで大した距離もない。すぐに辿り着いた6人は音源へ探し、辿り着いて絶句した。

 

 中央広場の湖水を使った噴水が真ん中から綺麗に断ち割られている。

 

 そこから見える不忍大沼では午後に戯れた十叉大水蛇が湖面に大きな波を起こして大暴れしていた。

 

「何が起こってるんだ・・・!」

 

 唖然とする6名。やや早めに意識を戻したアルは不安を苛立ちの声として発しながら蛟の元へと向かうのだった。




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