日輪の半龍人   作:倉田 創藍

88 / 158
ここでは初投稿になります。読んで頂ければありがたい限りです。


また「小説家になろう。」と「カクヨム」にて同作を連載投稿しております。


現在両サイトにて投稿されているものとこちらに投稿するものは少々文体が違う場合があります。


こちらへは定期的にある程度纏めて更新していく予定です。


35話 叛逆騎士ハインリヒ・エッカートの襲撃 (虹耀暦1286年12月:アルクス14歳)

 ドラッヘンクヴェーレはかつてないほどの危機に晒されていた。不忍大沼(しのばずのおおぬま)のヌシであり、村の守り神―――蛟様として親しまれているはずの十叉大水蛇(とおまたのおおみずち)がのたうち暴れ狂っているのだ。

 

 アルクス達6人が駆け付けた時にはすでに湖面は大きく波打ち、8つある蛟の鎌首の内、3つの口からは超高圧水流を噴き出していた。

 

 ―――――中央広場の噴水を断ち割ったのはきっとあれだ。

 

 6人は直感的に悟る。

 

「何があったのですか!?」

 

 バタバタと肩で息を切らせたドラッヘンクヴェーレの纏め役が走ってきた。アルはハッと我に返りつつ説明する。

 

「わかりません。餓狼の群れを退治して戻ったら蛟が暴れてて・・・いや、なんだあれ・・・?」

 

 目を凝らすと大沼の端で何かが蠢いているのが見えた。墨を塗りつけたような黒い恰好。

 

 ―――――あれは人影?待て、それ以前に・・・蛟は八頭八尾ではなかったか?

 

 蛟のもたげている鎌首が7つしか見えない。そこまで考えたアルは、もう一つあるはずの頭を探した。

 

 一つしかない胴体から起きていない鎌首を辿る。程なくして見つけた鎌首の一つは横倒しになっていた。

 

「倒れてる・・・?」

 

「違う!蛟の首を誰かが引っ張ってるよ!」

 

 鮮緑に瞳を輝かせたシルフィエーラが叫ぶ。

 

「なんですって!?」

 

「そんなことどうやって・・・いえまず誰がそんなことを・・・・?」

 

 凛華が驚愕し、ラウラが疑問を呟いたところでアルとマルクガルムは反応した。

 

「あなた!」

 

 そこには纏め役の妻が息を切らせて夫に駆け寄ろうとしているところだったが、2人が反応したのはそこではない。

 

「マルク!!」

 

「わかってる!」

 

 アルの呼びかけにマルクは『人狼化』し、老婦人目掛けて駆ける。アルも既に刃尾刀を抜いて駆けていた。

 

「ひっ!」

 

 人狼と刃尾刀を抜いたアルの迫力に怯えた老婦人が短い悲鳴を上げるが、2人はそのまま素通りして彼女の背に迫っていた黒塗りの鎧を着込んだ男達を斬って捨てる。

 

 鎧姿の2名は老婦人へ明確な殺気を向けて忍び寄っていたのだ。

 

「なっ、彼らは!?いや、お前、無事かい?」

 

「え、ええ。助けて頂いたのですね。ありがとうございます」

 

 纏め役夫妻は黒塗りの男たちが持っていた墨を塗られた直剣を見てゾクリと背筋を泡立てる。武芸者の2人がいなければ今頃死んでいただろう。

 

「知り合いでは、なさそうだな」

 

 ソーニャへ夫妻は当然のように頷く。

 

「彼らについて何か聞いてませんか?」

 

「いえ、猟師から報告があったのは餓狼の群れだけです。これは一体・・・?」

 

 ラウラの疑問にも夫妻は首肯した。

 

「気を付けて!来るよ!」

 

 するとエーラが鋭く警鐘を鳴らす。6人は即座に夫妻を囲むように並んだ。

 

 次いでぬるりと闇夜から姿を現したのは黒塗りの騎士鎧を着込んだ者達、総勢15名ほど。

 

「武芸者が戻ってきてるとは」

 

「アイツしくじったのかよ」

 

「どちらにせよ、まだ早い。目撃者は消しておくに限る」

 

 その言葉と同時に墨をぬったくった直剣を引き抜いて迫ってきた。

 

「加減はしなくていい!切り抜けるぞ!」

 

 アルは指示を飛ばしながら、迫る騎士の懐へ一気に飛び込む。

 

「なっ!」

 

 間合いを潰すはずが逆に潰された黒い騎士は慌てて直剣を振り上げるが、アルは勢いを殺さない。

 

「『蒼炎気刃』!」

 

 踏み込む勢いを殺さず、脇を駆け抜けながら騎士の腰を鎧ごと熔断した。然して抵抗もなくジュウッと斬り飛ばされた黒い騎士は声にならない声を上げながら骸と化す。

 

「なんだコイツ!」

 

「ソイツを止めろ!」

 

 鎧ごと騎士の上半身と下半身を別れさせた刃尾刀に顔色を変える襲撃者達。慌ててアルへ剣を向けしようとするも、人狼がそれを許さない。

 

「『雷光裂爪』!」

 

 青白いスパークを帯びた狼爪でマルクが数人の黒い騎士の間を一足で駆け抜けた。次いで金属と肉を焦がす厭な臭気が立ち込める。

 

 ワインレッドの影に驚いた者達がそちらを見れば、首を捩じ切られ心臓と思わしき部分を貫かれた騎士達が立ち尽くしている、と思ったらぐしゃりと倒れ込んだ。

 

「コ、コイツら強いぞ!」

 

 慌てた黒塗りの騎士が叫ぶのと『修羅桔梗の相』を発動させた凛華が尾重剣を振り抜いたのはほぼ同時。

 

 こちらもグシャアッという音と共に上半身と下半身が泣き別れすることとなった。

 

 凛華は振り抜いた慣性を利用して移動しながら魔術を起動し、更にその後ろにいた襲撃者へ向けて横に薙ぐ。

 

「『流幻冰鬼刃』」

 

 飛び退こうとした騎士の鎧を冰を纏った尾重剣が浅く斬り裂いた。黒塗りの騎士は冷や汗を垂らす。

 

 しかしそこはまだ凛華の危険領域(キルゾーン)。舞うような緩やかな拍子(リズム)が一転、いつのまにか冰の馬上槍と化した尾重剣を投げるように鋭く突いた。

 

「ゲ、バッ――!?」

 

 面頬をつけている騎士の表情はわからないがきっと驚愕の顔を浮かべていただろう。

 

 凛華は胸を貫いた騎士ごと尾重剣をバッと振り払って残骸を吹き飛ばす。

 

「・・・こ、こいつら」

 

 襲撃者たちはまだ半数以上残っているものの、たたらを踏んでしまった。魔族がいようと囲んでしまえばただの子供。そう思っていたら予想に反して異常に強い。

 

「『燐晄縫駆(ほうく)』」

 

 そこへ容赦のない閃光が奔った。エーラだ。至近距離で放たれた燐晄はアルやマルクでさえ視認できない。

 

 都合3本射られた矢はわけのわからない軌道で残った襲撃者の3名の首筋を灼き落とす。

 

 ゴロリと転がった仲間の首に彼らが怯えたところへソーニャとラウラが魔術を叩き込んだ。

 

「『雷閃花』ッ!」

 

「『火炎槍』!!」

 

 樹状に走る稲妻が残った者達を感電させ、杖剣によって威力が増した灼炎の柱が黒塗りの騎士達を呑み込む。

 

「ぐああアッ―――!」

 

「あぢッ、あぢいいいいっ―――!」

 

 一人は当たった場所が悪かったのか即死のようだが、もう一人は炎に巻かれながらも逃げ出そうと背を向けた。

 

 走りながら火を消そうと逃げ出す騎士。しかし願い空しく、振るわれた長刀の白刃によって彼の首は刈り取られた。

 

「レーゲンさん!」

 

 アルは安堵の声をあげる。あの騎士を倒したのはレーゲンの大刀だ。その後ろから他の5名も駆けてきた。少なくとも『黒鉄の旋風』は無事でいる。

 

「無事だったか!すまねえ!翡翠がいなかったらもちっと時間かかってたぜ」

 

「カアッ!」

 

「ありがとう翡翠」

 

「何がどうなってやがる?俺らのとこには餓狼が五十匹以上いやがった」

 

「こっちは三十匹以上です」

 

 再会早々アルとレーゲンは報告し合った。状況がひっ迫している。先程から湖面の波音も超高圧水流の音も止んでいないし、地響きも続いていた。

 

「あの鳴き声?悲鳴か?で戻ろうとは思ってたんだが連中がしぶとくてな。おまけにまるで怯まねえ。翡翠が注意を引かなかったらもう少し時間を食ってた」

 

「この振動は―――」

 

「蛟が暴れてるんです。それに誰かが首を引っ張ってる」

 

「なんだと!?」

 

 森人のケリアの問いにアルは即答する。驚く『黒鉄の旋風』。

 

「とにかく止めましょう」

 

「おう!」

 

 不忍大沼へアル達12名が足を向け、老夫妻が視線を向けた瞬間。どこかの家から火の手が上がった。それも幾つもだ。

 

「ちょっと嘘でしょ!」

 

 『黒鉄の旋風』副頭目ハンナが悲鳴染みた声を上げる。

 

「村ごとやる気かよ!」

 

 剣と盾を携えたヨハンが叫ぶと、隣にいたケリアが鋭く声を発した。

 

「多方面から襲撃だ!さっきの黒いのと―――」

 

「餓狼までいる!」

 

 彼の恋人プリムラも同様に警告する。そこへ昼間アル達へ声をかけてきた猟師の男が走り込んできた。

 

「村長《むらおさ》っ!どうなってんだっ!?」

 

「蛟を誰かが襲ってるらしい」

 

 纏め役の代わりにレーゲンが素早く答える。

 

「んな馬鹿なっ!」

 

「本当らしいのだ・・・私達も黒い連中に襲われたのを助けてもらった」

 

 村長は沈んだように答えた。精神的な負担が高い。彼らにとっては故郷だ。もうもうと空へ昇る黒煙に俄かに赤く照らされた村を見て途方に暮れてしまっていた。

 

「まじかよ!どうすんだ!?」

 

 キュアアアアアアアアアッ―――――――!

 

「蛟様!」

 

「ヌシ様が!」

 

 そのとき、他の住人達も慌てふためいて出てくる。子供を抱えた親や老人、若い夫婦などさまざまだ。そこへ餓狼の群れが突撃してきた。

 

「ふざけないで!」

 

「『燐晄縫駆』!!」

 

「「『風切刃』!」」

 

「『鎌鼬』!」

 

 そこへプリムラとエーラの矢、ハンナとラウラ、そしてアルの魔術が降り注ぎ、餓狼の群れをズタズタにする。

 

「早くこっちへ!」

 

 老婦人が叫び、住人達はようやくただ事ではないと認識が及んだらしい。慌てて広場に駆けてきた。 マルクが別方向を見て、

 

「あいつらまだいたのか!」

 

吐き捨てるように叫ぶ。こちらもまた状況がわからない住人達へ黒塗りの騎士達が迫っていた。

 

「『裂咬掌(れっこうしょう)』ッ!!」

 

 慌ててアルが魔術を起動してブンッと振る。岩で出来た拳は黒塗りの騎士達を吹き飛ばした。中には骨の折れた者もいるようだが些末な問題だ。

 

 その間にソーニャと『黒鉄の旋風』の槍士エマが盾を持って走って行き、彼らを広場まで引きずるように誘導する。

 

 

 あまりにも酷い状況だった。十叉大水蛇は首を引っ張られて大暴れし、村は襲撃者たちと餓狼によって荒らされ始めている。住人達には寝耳に水の状態だ。

 

 対応していたアル達ですら何が何やらわかっていない。アルは歯噛みしてレーゲンに視線を送る。レーゲンもアルの意を汲んで頷いた。

 

「俺らはお前らがやらねえ仕事をやる。先に決めろ」

 

「わかりました」

 

 『黒鉄の旋風』は”鬼火”の一党が手の届かないところをフォローしてくれると言ってくれているのだ。

 

 彼らほど経験の多くないアル達では器用に立ち回れないので、この申し出はありがたいことこの上ない。

 

 アルはグルグルと思考を巡らし、そして決めた。

 

「皆聞いてくれ。役割を割り振る」

 

 その言葉に視線が集まる。5人だけではなく、『黒鉄の旋風』たちもアルを見た。

 

「エーラは屋根伝いに移動して餓狼と襲撃者を退けてくれ、例によって足を狙って機動力を落とすんだ。深追いはしないように。

 

 それと癒薬帯をラウラに預けといてくれ。怪我人の治療はここでやる。蛟にも近づきすぎないようくれぐれも気を付けてくれ」

 

「うん!わかった!」

 

 アルの指示にエーラが力強く頷く。『精霊感応』による軽快さと弓の腕を頼った指示だ。

 

「マルクは逃げ遅れた人の救助と連中に襲われてる人達の保護。怪我人がいたらすぐにここへ。鼻を活かして走り回ってくれ」

 

「おう、任せろ」

 

 マルクが人狼態のままニイッと応えた。やる気は充分。

 

「凛華は最初に湖面を半分くらい凍らせてくれ、上で暴れられるくらい。その後は翡翠と組んで敵の殲滅。翡翠、敵の多いところを重点的に教えてやってくれ」

 

「カアッ!!」

 

「それと、これ着てて」

 

 アルはそう言うと凛華に龍鱗布を纏わせる。凛華の防具の上から龍鱗布がシュルシュルと形を変え、襟のついたポンチョのように―――袖口の自由を効かせつつもしっかり首元や胸、腹を覆うようにキュッと窄まった。

 

「龍鱗布・・・・わかったわ!任せなさい!」

 

 割り振った中で最も危険な役割だと判断したのだろう。凛華はアルの信頼と不安を感じ取って不敵に笑って見せる。

 

「ラウラとソーニャはここで住民を守ってくれ。村の中で一番集まりやすいのがここのはずだ、声で誘導してくれ。

 

 それと逆にここから人が出るのを止めてくれ。散れば散るほど、マルクやエーラの負担が増える」

 

「わかりました!」

 

「任せてもらおう!」

 

 ラウラとソーニャは単独行動ではない。だが、魔族の3人のような特性を活かして動き回る真似は逆に彼らの負担になりかねない。

 

 その事実も任せられた役割の重みも、彼女らはよくよく理解して気合を入れた。

 

 青い瞳に金の環を浮かべた凛華はアルへ問う。

 

「あんたは?」

 

「蛟を止める」

 

「「っ!」」

 

 シンプルに答えたアルの瞳が緋色へ、髪が灰色へ変わった。『八針封刻紋』を解いたのだ。

 

 その眼光の強さにラウラとソーニャは息を呑み、魔族組は懐かしい気分になる。刃鱗土竜と初めて戦った夜もアルの瞳はこんな輝きを見せていた。

 

「・・・ハッ、任すぜアル」

 

「気をつけてね」

 

「無茶しないのよ」

 

「わかってる」

 

 魔族組はアルが言っても聞かないことを重々承知しているらしく、無駄な問答はしない。一瞬とはいえ呆けていたラウラとソーニャはすぐに口を開いた。

 

「アル殿、頼んだ」

 

「信じてます」

 

「うん」

 

 仲間との会話を交わしたアルはレーゲンの方へ視線を送る。

 

「ここ一番でそんな強え目しやがって。嬢ちゃんたちがお前を信じる理由がわかるってもんだぜ・・・・・よぉし!俺とハンナは蛟を引っ張ってる不届き者をやりに行く!

 

 ケリアとプリムラはここら周辺を回れ!エーラ嬢ちゃんの手伝いと広場の守りだ!余力がありゃ家の消火!

 

 ヨハンとエマはマルクと凛華嬢ちゃんが足を止めないでいいよう、住民の保護を優先して動け!」

 

「「おう!」」

 

「「「了解!」」」

 

 レーゲンは器用にアルの割り振りと被せた指示を出した。

 

「助かります」

 

「良いってことよ。行くぜ」

 

「はい!」

 

 素直に頭を下げるアルの頭をポンポンと叩き、駆け出すレーゲン。アルとハンナ、更に凛華が後に続いた。

 

「我々も動くぞ!」

 

「「「「おおっ!」」」」

 

 ケリアが一番近い敵へ走り出す。武芸者達が闇夜の謀略への反攻をはじめた。

 

 

 ☆★☆

 

 

 不忍大沼ではいまだ十叉大水蛇がのたうち回っている。

 

 キュアアアアアアアアアッ――――!

 

 轟く鳴き声を聞きながら勢いよく駆け下りてきたアル、レーゲン、ハンナ。そこに追いついた凛華がよく通る声を発した。

 

「やるわよ!」

 

「頼む!」

 

 アルの即答に凛華はすうううぅ~~っと息を吸い込み、両手に魔力を溜める。数瞬の後、両手を花のように広げて湖面へ向けた。そして、

 

「ふぅぅぅぅ~~っ!」

 

 と吹雪のような雪混じりの息を吐き出す。ビュオォォォッという音と共に吐き出された冷気と両手の冰属性魔力が湖面を滑るように渡っていく。

 

 最初に波が、次いで湖面が、最後にその下5m(メトロン)ほどの湖水が真っ白に凍結していった。

 

「す、すご・・・」

 

 ハンナは思わず呟く。蛟がいる手前まで出来上がった冰の大地へ、アルは恐れることもなく踏み出した。

 

「ありがと凛華!気を付けて!」

 

「あんたもね!」

 

 後ろ手に叫ぶアルへ凛華も踵を返し、

 

「翡翠!頼んだわ!」

 

「カアッカアッ!」

 

 上空の夜天翡翠へと呼び掛けながら走っていく。

 

「行くぞ!」

 

「そうね!」

 

 人間ではあまりに非効率な荒業に呆けたのも一瞬、即座に意識を切り替えたレーゲンとハンナは走り出した。

 

 

 アルに追いついたレーゲンは視界に広がった景色に呻く。

 

「・・・ひでえ」

 

 そこには水面に浮かんだ蛟の頭へ、銛や杭が撃ち込まれている光景が展開されていた。その先には鎖が繋いである。

 

 そして先程倒した黒塗りの鎧をつけた騎士達がいた。

 

「あんたたち!なんてことして――――!」

 

 ハンナが言えたのはそこまでだ。隣で炎属性魔力と雷属性魔力を両手に溜めていたアルが跳び上がりつつ両掌を合わせて生み出した混合属性魔力―――蒼炎雷を放ったのだ。

 

 バチバチ!と放電(スパーク)を迸らせる蒼炎が轟ッ!と冰の大地を滑るように奔っていく。

 

「ひゃあっ!」

 

 蒼炎雷が蛟に繋がれていた鎖を尽く溶かして払い、ついでと言わんばかりに黒塗りの騎士達を呑み込んだ。

 

「ぐああああああああっ!」

 

「熱い熱いいぃぃっ!」

 

「誰かあっ!俺の足がっ、誰かあっ!」

 

 阿鼻叫喚を生み出したアルは冷静に上を見上げる。

 

 ―――――これで蛟は解放されたはず。

 

「!?」

 

 しかし、蛟は変わらず暴れ続けていた。湖面に浮いていた一本の鎌首が弱々しく動き始める。

 

「なんで・・・まさか毒?」

 

 アルは蛟が他にも損傷を与えられているのかと不安を覚えて慌てて近寄った。

 

「他にもどこか怪我を――――っ!?」

 

 そう言って頭部へ手を触れようとした瞬間。浮かんでいた蛟の瞼がカッと開き、金色の瞳と目が合う。アルはまずいと直感した。金の瞳には明確な敵意が滲んでいたからだ。

 

「よせ蛟!―――ぐっ、があぁっ!」

 

 起き上がりざまに振り回された首がアルに直撃する。勢いが強すぎて磔状態のまま抜け出せもしない。

 

「ぅうぐぅぅぅっ――――!?」

 

「「アルクス!」」

 

 顔を青褪めさせて叫ぶレーゲンとハンナの後ろで、ドカッと何かを蹴る音がした。

 

「おほ~っ、危ねえ危ねえ。世の中にゃあとんでもないガキもいるもんだなぁ。氷の次は火と雷ときたもんだ」

 

 緊張感のない声音だ。バッと大刀と幅広直剣(バックソード)を構えるレーゲンとハンナ。

 

 起き上がった黒塗りの騎士は兜が凹んでいたのか脱ぎ去り、ポイッと冰の大地へ投げ捨てる。

 

「お前は――――!」

 

「お?なんだあんちゃん。俺のこと知ってるのかい?」

 

 見た目は40代後半、黒髪を適当に束ね、無精髭を生やした中年の男が楽しそうにレーゲンを見た。

 

「協会の手配書に載ってる。”叛逆騎士”ハインリヒ・エッカートだろ」

 

「協会?ああ、あんちゃん達武芸者か。しかし手配書に載ってるたぁね。急ぎ働きでもしたかねぇ」

 

 ザリザリと髭を撫でる男――――ハインリヒ・エッカートは考え込むような仕草をとる。

 

「”叛逆騎士”?じゃあこいつが、」

 

「二十年前。伯爵家の騎士になって一週間した後、同僚と使用人、子供も関係なく主の一家を皆殺しにしたっていう外道野郎だ」

 

 ハンナが目を向けるとレーゲンが呼び名の由来となった事件を語った。

 

「だから、”叛逆騎士”ねぇ・・・しかし”叛逆”ってのもおかしな感性してると思わないか?だって、くっくくはははははっ!俺は叛逆なんてしてないんだぜ?ひーーひっひっ!面白いことねえか?って聞かれたから殺してみただけ!はははははっ!いやーお笑いだった!あんときは傑作だったよ!」

 

 高らかな笑い声を漏らすハインリヒ。ハンナは背筋が泡立つのを感じた。

 

 ―――――こいつは違う。そこいらの悪党と()()()()()()()()

 

「今回のは全部てめえの仕業だったってわけだ。ま、年貢の納め時ってやつだな。諦めろよ」

 

 レーゲンが大刀を構える。

 

「おいおい、あんちゃんよ。俺が三等の武芸者程度に捕まるわけないだろぉ?」

 

 ハインリヒは適当に死体を蹴り転がして、その腰から黒塗りの直剣を引き抜いた。

 

「いいや、てめえの腕自体は大したことねえって聞いてるぜ。それに捕らえるとは一言も言ってねえ。生死問わずのお尋ね者だ」

 

 ハンナも幅広直剣を向ける。

 

 ―――――そうだ、生死問わずなら容赦する必要はない。

 

「かっはははは!生き急いでる奴ぁ嫌いじゃあないぜぇ?あ、生き急いでるっていやぁ、さっきの坊主・・・・動かなくなっちまったみたいだけど?はははっ!まぁ人生そんなもんだわなぁ」

 

「なっ!?」

 

 額に(ひさし)を作るようにハインリヒは2人の後ろを見るような仕草をとる。その言葉にレーゲンは思わず視線を向けてしまった。

 

「レーゲンっ!!」

 

 ハンナの叫びと背筋を貫く殺気にレーゲンは咄嗟に大刀を構える。そこに直剣が突き込まれ、レーゲンの頬を斬り裂いた。血飛沫が上がる。

 

「ぐっ・・・ちいっ!」

 

「いかんよあんちゃん。敵の目前で目ぇ逸らすなんて」

 

「やかましい!」

 

 レーゲンは最後の言葉を待たず、裂帛の気合を込めてハインリヒを蹴り飛ばした。

 

 直剣の鍔で蹴りを受け止めたハインリヒは、楽しそうに嗤う。

 

「姉ちゃん随分そっちの男に気があるんだねぇ。くく、そいつの首にゆっくり刃を入れていったら姉ちゃんはどんな顔するのかねぇ?なあ、気になるだろぉ?レーゲン?」

 

「てめえに名前を呼ばれる筋合いはねえんだよ!」

 

「そんな未来、訪れさせないわよ!」

 

 楽し気に嗤う”叛逆騎士”ハインリヒと怒りに燃えるレーゲン、ハンナの2人組が激突した。

 

 

 ☆★☆

 

 

 吹き飛ばされたアルは冰の大地に叩きつけられ、ガガガッと身体を削られるような痛みを覚える。が、即座に勢いを利用して立ち上がった。

 

「蛟よせっ!落ち着け!」

 

 滑っていくアルに別の首が噛みついてきたからだ。アルが横っ飛びに避けると別の首が超高圧水流を噴射してくる。

 

 噴水をきれいに断ち割った水流だ。とてもじゃないがまともには受けられない。

 

「くっ!」

 

 アルは蒼炎を一瞬だけ放ち、水流を蒸発させる一瞬の間にギリギリ飛び退いて避けた。

 

「レーゲンさん達が・・・!」

 

 アルの視界の端で、彼ら2人と怪しげな雰囲気の男が戦っている。

 

 ―――――早く蛟を止めなければ。

 

 金色の瞳が殺意を滲ませた。ハッとしたアルは転がりながら両手から蒼炎を噴射する。

 

「くうっ!」

 

 ボウッと噴き出し、バーニアの役割を果たした蒼炎はアルをそこそこの距離移動させることに成功した。しかし、蛟の牙が落ちて来たのはあと数歩もない距離。

 

 ―――――直撃は避けないと・・・!

 

「でもなんで暴れてる?原因は一体なんだ?」

 

 蛟は怒りに呑まれているわけではない。直感的にそう感じたアルはその理由を探りながら凍結した湖面をジグザグに走り始めた。

 

 

 ***

 

 

 アル達同様勢いよく飛び出していったマルクは匂いを辿り、既に4人ほど救出している。

 

 餓狼に襲われかけていた若い夫婦を助け、少年に剣を向けていた黒塗りの騎士の首を引き裂き、燃える家屋に取り残されていた少女を助け出した。

 

 それでもそこかしこで聞こえる悲鳴は止まない。 

 

「あれは・・・ちっ、下種が!」

 

 跳び上がった先で若い女性が黒塗りの騎士に馬乗りになられていた。顔を殴られている。

 

 怒りの湧いたマルクは降りざまにそいつの顎先を蹴り飛ばし、そのまま首を落とす。

 

「ひっ!」

 

「武芸者だ。認識票、見えるだろ?」

 

 簡単に騎士を殺した人狼に若い女性は怯えるが、マルクは慣れたものだ。首から下げている認識票を引っ張って見せた。

 

「あ、す、すいません。ありがとうございました」

 

「気にすんな。中央広場、わかるか?」

 

「は、はい」

 

「今、村の住人達はそこに集まってる。俺らの仲間がこいつらから守ってくれるからあんたも急いで行け」

 

「っ!お、弟を見ませんでしたか?」

 

 女性は気丈にもマルクへ問う。乱暴されかけたというのに強い女性だ。

 

「弟?背丈とかどれくらいのだ?」

 

「このくらいの」

 

 女性の腰くらいの背丈の少年らしい。先程助けた少年はもう少し大きかった。

 

「・・・わからねえ。動いてるのは俺だけじゃねえから助け出してるかもしれねえしまだかもしれねえ。とりあえず広場に行ってくれ、探そうにもあんたがここにいたら動けねえからな」

 

「は、はい。わかりました」

 

 緊急事態だと理解はできているらしい女性は肩を落としながら広場へ足を向ける。

 

「何とか探してみるから安心しろ」

 

 マルクはなんとなく不憫になり声をかけておいた。

 

「!ありがとうございます」

 

「おう、仕事だからな」

 

 そう言ってマルクはビュンっと跳び上がる。屋根ではシルフィエーラが矢を乱れ射っていた。

 

 

 ☆★☆

 

 

 シルフィエーラは屋根を走りながら、複合弓を洋弓―――速射型に切り替える。

 

「『燐晄縫駆』!!ってもう!キリないよ!」

 

 放たれた5射は黒塗りの騎士の首を灼き射貫き、餓狼の足を消し飛ばした。

 

「あそこだ!撃て!」

 

 襲撃者たちが魔術や属性魔力を放とうとするがすでにそこにエーラはいない。物陰に隠れながら鮮緑の瞳を輝かせた。

 

 複合弓がギュルギュルと和弓―――精密・長距離型へ切り替わり、エーラは即座に真上へ矢を放つ。

 

「『燐晄驟墜(しゅうつい)』!!」

 

 『燐晄』は3つあるのだ。複合弓が変化させられる3つの種類にそれぞれ一つ。『燐晄驟墜』は長距離型を扱う際に使う魔術。より長距離に矢を飛ばす為に創られたものだ。

 

 パヒュゥゥゥッ!と天へと放たれた光を纏った矢。計10本は上空で風に乗って急速反転、エーラの思い描く軌道を描きながらストトトトッと真上から降り注ぐ。

 

 狙われた騎士たちは警戒する間もなく崩れ落ちた。落下の勢いも乗っている為、目標の頭蓋を貫き、地面まで貫通する矢。こちらの方は『燐晄縫駆』より貫通力は上だ。

 

「よし次!」

 

 精霊が新たな敵の位置を伝える。エーラは湖の方から伝わってくる振動をあえて無視して屋根を疾駆した。

 

 

 ☆★☆

 

 

 上空で夜天翡翠が鳴く。

 

 ―――――こっち!

 

 凛華は疾走しながら『流幻冰鬼槍』を発動した。

 

 ―――――見えた、あの()()だ。

 

「武芸者だ!」

 

「潰せ!」

 

「潰れるのはあんたらよ」

 

 黒塗りの騎士達が直剣を振り上げた瞬間に急加速した凛華は中心にいた騎士を2人串刺しにして絶命させる。

 

 心臓を綺麗に貫かれ、直後に凍り付いた死体2つをブンッと振って周囲の騎士へ叩きつけた。

 

「こ、こいつ!ぎゃあっ!」

 

「押さえ――――ゴ、ボッ!」

 

「どきなさい!でぇえああああッ!」

 

 身体の後ろに大きく引いた尾重剣に纏わせていた冰が『冰鬼刃』を象ると同時、凛華は大きく一回転しながら薙ぎ払いを繰り出した。

 

 アルの『蒼炎嵐舞』を見様見真似でやってみたのだ。間合い(リーチ)に違いがある為空中で突撃しながらはさすがに難しいが術理自体は理解している。

 

「ヒッ!」

 

「ゲォッ!」

 

 冰を纏った尾重剣は襲撃者たちの胴体を斬り裂き、引き千切って村の一角を冰漬けにした。

 

「ま、悪くない剣技ね」

 

「こ、この化け物がぁっ!」

 

 ふふんと笑う凛華に騎士が直剣を突き込むが、凛華は重量級の武器をただ振り回しているわけではない。

 

 凛華はブンブンと手元で尾重剣をヘリのローターのように回転させ、スレスレで突きを躱し、すれ違いざまに尾重剣を触れるように当てた。

 

 自棄になって襲い掛かってきた騎士は回転していた尾重剣に膝裏から足を断ち斬られ、回転を止めてヒュンと振り抜かれた剣に首をスパンと跳ね飛ばされる。

 

「翡翠!次よ!」

 

「カアー!」

 

 凛華は戦場と化したドラッヘンクヴェーレをひた走った。

 

 

 ☆★☆

 

 

 中央広場には続々と住民達が集まってきている。ラウラとソーニャだけでは手一杯だ。

 

 集まりやすい三叉路のようになっている広場は、逆を返せば敵も来やすい。それでもアルは集まりやすさを選んだ。

 

「『火炎槍』ッ!」

 

「『雷閃花』!」

 

 同時に放った魔術がそれぞれの方向へと飛ぶ。ラウラの『火炎槍』が餓狼のひと塊を吹き飛ばしながら炎上させ、ソーニャの稲妻が騎士の一人の目を灼いた。

 

 即座に喉仏を斬り捨てるようにソーニャは直剣を振るった。

 

「か―――っ!?」

 

 杖剣がないためラウラのような威力は期待できない。だが、度重なる稽古のお陰で1対1ならギリギリ勝てる。

 

 ―――――マルクに較べれば遅いな!

 

「しかし、数が多い!」

 

「嬢ちゃんたち頑張れ!俺らも出来るだけ援護するからな!」

 

 猟師たちは各々の弓を番え、襲撃者たちや餓狼の群れへ矢を射掛けていた。

 

 鬱陶しそうに防ぐ黒塗りの騎士達だったが、急に吹いた風が首元を刺し貫いた。

 

「げ、えっ!?」

 

「なんっ―――ぎゃあっ!?」

 

 驚愕した隣の騎士の目へ変則的な軌道を描いた矢が突き刺さる。

 

「ケリアさん!」

 

「プリムラ殿!」

 

「よく持ちこたえてたな二人とも!後はヨハンとエマに任せて我々もここを守る!」

 

「エーラちゃん達も凄い勢いで敵を減らしてるから大丈夫よ!」

 

「良かった!」

 

「助かる!」

 

 ―――――これで少しは巻き返せる。

 

 ラウラとソーニャは魔力を温存しつつ、襲撃者達へ攻撃をしかけた。

 

 住民たちも怪我は自分達で手当てするから防衛に専念してくれていいと言ってくれている。ありがたいことだ。

 

 ―――――このままいけばあとは・・・・。

 

 ラウラがそう考えた瞬間。

 

「広場の皆!!避けろ――――っ!!!」

 

 アルの叫び声が聞こえた。慌てて振り向いた住民達とラウラ達が凍り付く。蛟がこちらへ超高圧水流(ブレス)を放っていた。

 

「くっ、避けろ!避けるんだっ!!」

 

 ケリアが大音声を発する。ハッとした全員が慌てて両側へ散るように避けた。

 

 ビシュンッ!と駆け抜ける音が広場の真ん中付近を通過し、途中で変な軌道で上向く。見ればアルが蛟の顎を風で吹き飛ばしていた。

 

「あなた達無事!?」

 

 プリムラが叫ぶように問えば住民達はこくこくと頷く。間一髪全員生還していたようだ。

 

 広場の噴水は更に割られてしまっていた。

 

「おい!もうあれを投げろ!」

 

 その声にハッとしたケリアは恋人に何かが投げつけられているのを見る。

 

「プリムラ!」

 

「プリムラ殿!ハッ!ラウラ!」

 

 ソーニャが叫び、次いで目を見開いた。ラウラにも何かが投げつけられていたのだ。金属の紐のようなもの。

 

「えっ?」

 

「危ない!」

 

 咄嗟にケリアがラウラの盾となり、プリムラは、

 

「きゃっ!な、なにこれ!?」

 

 と声を上げる。金属の紐のようなものはプリムラの首にカチンと嵌まり、ケリアの腕にも同様に嵌まった。太い手錠のような感じた。

 

「なんだこれは―――?」

 

「今だ!やれえぇいっ!」

 

「チッ」

 

 黒塗りの騎士たちが直剣を構えて突撃してくる。ケリアはもはや当たり前になっている『精霊感応』で、

 

「なにっ!?―――くうっ、プリムラ下がれ!何かがおかしい!」

 

 身体に風を纏うことができないことに気付いた。

 

「こっちも矢が・・・ていうか精霊が言うこと効かない!」

 

「『雷閃花』!」

 

「うおおおおっ!!」

 

 動揺を隠しきれないケリアとプリムラの代わりにラウラとソーニャが無理矢理襲撃者達を追い払う。

 

 『雷閃花』は通ったが、ソーニャの剣は躱されてしまった。黒塗りの騎士達が嗤う。醜悪な笑み。この距離ならよく見える。

 

「はっ、ざまあないぜ魔族が。てめえら磨り潰してや、るっ――――?」

 

 だが調子に乗れたのは、そのほんの少しの間だけであった。

 

 槍士のエマが男の首を貫き、異常な速度で駆けてきたアルが一瞬で3人の首を掻き切るように刈り落とす。

 

「しぶてぇ!」

 

「なんなんだコイツは!」

 

 他の黒塗りの騎士達は喚くがアルは止まらない。抜き手も見せず蒼炎杭を投げつけ、突進の勢いで喉を貫く。引き抜くと同時に隣の騎士へ飛び込み、膝蹴りを喉元へ叩き込んだ。

 

 その後ろから駆け込んできた剣士ヨハンが剣を振り抜く。ザックリと頸動脈をやられた騎士が崩れ落ちた。

 

「助かります!」

 

「いいってことよ!」

 

「ケリアさんとプリムラさんはどうしたんですか!?」

 

「精霊と対話できないの。これのせいだと思う」

 

 振り向いたアルは住民達の生存を確認して胸を撫で下ろしつつ、急いでケリアとプリムラへ駆け寄る。

 

「何されたんだ?」

 

「アルさん・・・傷だらけじゃないですか」

 

 ラウラはアルの袖や肩口が真っ赤に染まっているのを見て息を呑んだ。が、アルに己を構っている暇はない。

 

「この手錠みたいなものを投げつけられて、そしたら急に調子がおかしくなったようだ」

 

「・・・手錠?まさか・・・」

 

 ソーニャの説明に一瞬考え込んだアルは、即座に『釈葉の魔眼』を発動した。肥大化した緋色の瞳に流星群が墜ちていく。

 

「う・・・っ!」

 

 やはりこの手錠は魔導具の類らしい。アルの右眼と頭にガンガンとした痛みが走った。

 

「魔眼・・・アルクス無理しないでも戦えなくは―――」

 

「たぶん蛟の暴走も関係あるんです」

 

 プリムラの言葉を遮ったアルは明滅する右眼へ無理矢理魔力を流し込む。ドクドクと血の涙が流れ出した。

 

「アルクス!血が!」

 

「大丈夫です・・・!」

 

 ケリアの言葉を無視したアルは頭痛と痛みを我慢して手錠に刻まれている鍵語を読み解いていく。

 

 エマとヨハンが頑張ってくれているおかげで邪魔は入っていない。

 

「わかった。だからたぶん蛟も・・・」

 

 白目まで充血させたアルはそう呟いた。

 

「この魔導具について何かわかったのか!?」

 

「はい。ケリアさん、すいません。少しの間耐えて下さい。ラウラ、前ソーニャが使ったっていう『蒼炎刃』使える?」

 

「はい、使えます!」

 

 ラウラは勢いよく首肯する。

 

「ならプリムラさんの首輪の、こことここの鍵語をそれで削ってくれ。それで構成が崩れるはずだから」

 

 構成が崩れるとはつまり、この手錠が意味をなさなくなるということ。

 

「こことここ、ですね」

 

 ラウラは真剣な顔でプリムラの首に嵌めこまれている彫り込まれた鍵語を覚えた。

 

「うん。その間ソーニャはヨハンさんとエマさんの援護をしててくれ。ケリアさん、行けそうならその状態で時間稼ぎお願いします。プリムラさんが終わればすぐそっちも解きますから」

 

「それで、これは一体どういう効果の魔導具なんだ?」

 

「読めたのは全部じゃないですけど・・・それは体外への魔力放出を妨げてるんです。でもそれだけ。だから『妖精の目』は使えてるんです」

 

「魔力が放出できない?なるほど・・・そういうことか」

 

 あまりに当たり前に魔力を放出している魔族ケリアとプリムラにとって訳の分からない感覚だった。

 

 押し込められたような窮屈な感覚。魔力を放出できなくする手錠だとすれば、精霊が見えるのに対話できないことにも説明がつく。

 

「ラウラ頼んだ。俺は蛟のとこに行く。たぶん、蛟も同じものを嵌められてるはずだ」

 

 アルは血の涙を拭きもせず、そのまま駆けていった。

 

「アルさん・・・・」

 

「大丈夫だ。あいつは強い」

 

 ケリアはそう言いつつ剣を手にする。体外への魔力放出ができないのなら体内で使えばいい。

 

「戻ったか!」

 

 ヨハンが快哉を上げると、ケリアは否定した。

 

「まだだが謎はアルクスが解いてくれた。今は時間稼ぎに集中する!」

 

「なんだかわかんないけど了解だよ!」

 

 エマは少々はすっぱな口調になりながら襲撃者たちへ槍を向けた。

 

「私もやるぞ!」

 

 ソーニャは盾を後ろに構え、防御を重視した戦闘型(バトルスタイル)から攻撃を重視した戦闘型へと切り替える。

 

「ハアッ!」

 

 気合一閃、()()を体内で生成したケリアは勢いよく剣を叩きつけた。

 

「う、ぎゃああっ!?」

 

「なんて力してやがるんだ!」

 

 防ごうと上げた騎士の腕は力づくで斬り落とされる。エマが槍衾のように勢いよく槍を突き出して面で牽制し、そこへソーニャが大きく動きながら直剣を振るった。

 

「チッ!こ、こいつら!」

 

「うおらぁっ!」

 

 そこへヨハンが剣を突き入れ、

 

「ふッ!」

 

 霊気を体内に巡らせたケリアが剣を振るう。鎧の隙間に埋め込まれた剣が襲撃者の首を断ち斬った。

 

「くっ、なんで殺りきれねえんだ!相手は寡兵だぞ!押せ!押せえっ!」

 

 襲撃者達が悲鳴のような怒号を上げる。

 

 その後ろでラウラがプリムラへと向き合っていた。威力を高めてしまう杖剣は使用できない。

 

「『蒼炎刃』!プリムラさん、いきます」

 

「ええ、多少の火傷なら構わないからね」

 

 ラウラが指先に作ったバーナーのような蒼炎をプリムラはニッと笑って受け入れる。その顔に怯えはない。

 

 グッと歯を噛みしめたラウラはゆっくりと彫り込まれた鍵語を熱していく。

 

 

 剣戟の音はまだ止みそうになかった。




評価や応援等頂くと非常にうれしいです!
感想も受け付けておりますので是非ともよろしくお願い致します。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。