日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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ここでは初投稿になります。読んで頂ければありがたい限りです。


また「小説家になろう。」と「カクヨム」にて同作を連載投稿しております。


現在両サイトにて投稿されているものとこちらに投稿するものは少々文体が違う場合があります。


こちらへは定期的にある程度纏めて更新していく予定です。


36話 湖上の血戦!真紅に染まるアルクス (虹耀暦1286年12月:アルクス14歳)

 深夜の不忍大沼(しのばずのおおぬま)、薄っすらと月の鈍い光を照り返している凍結した湖面には血の華が幾つも乱れ咲いている。

 

「気が合うねえあんちゃん。戦い方がこうまで似てるとは思わなかったよ」

 

 愉快そうに嗤う無精髭を生やした黒髪の男―――”叛逆騎士”ハインリヒ・エッカートが語り掛けてきた。

 

「嬉しくねえ、なっ!」

 

 『黒鉄の旋風』頭目のレーゲンは一喝して振りかぶる。大刀と直剣が火花を散らした。

 

「『火炎槍』っ!」

 

 2人が弾かれ合ったところへレーゲンの仲間ハンナが魔術を叩き込む。

 

「おおっとと。危ないねえちゃんだ」

 

 ハインリヒはケラケラ嗤いながらひらりと後ろへ跳んで躱した。『黒鉄の旋風』の副頭目は臍を噛む。

 

 

 ”叛逆騎士”は紛れもない強者だった。魔術や属性魔力を多用せず、微細な闘気の操作による身体能力の向上を利用した近接戦闘型(バトルスタイル)

 

 殺れると思ったら剣にも闘気を流す一般的な騎士の剣術だが、長年で培われた経験で敵の意表を突いて隙を作る独特の拍子(リズム)を持った我流と化している。

 

 

 一方、先輩武芸者に師事してもらったりして揉まれながら我流で鍛え上げたレーゲン。相手の挙動を観察し、すぐに引き戻せる軽い攻め手から一気に必殺の一撃を繰りだす戦闘型。

 

 相手が強ければ隙をわざと晒して油断を誘い、弱ければ一気呵成に闘気を乗せた大刀で防御ごと斬り裂く。

 

 不本意なことに2人の戦闘型というかその根幹思想は酷似していた。

 

 そして実力は拮抗している、と言いたいところだったがハインリヒとレーゲンでは前者の方が一枚上手だ。殺してきた人数が違う。

 

 虚言で惑わし、視線で誘導し、嫌らしいところへ一太刀を放り込んでくる。

 

 スレスレで躱せているのはレーゲンも一流に足を掛け始めている武芸者だからだ。

 

 それでも擦過傷や浅い切り傷はどうしてもついてしまう。彼の足元には飛び散った血が紅蓮花の如く咲き乱れていた。

 

 ハンナはハンナで近接戦では勝てないと即座に判断し、レーゲンの動作終わりや隙を潰すように魔術を撃ちこんでいる。体格差や技量を今すぐどうにかしようというのは土台無理な話だ。意識を補佐へと切り替えていた。

 

 レーゲンが斬りかかればその間合いに先んじて『火炎槍』を置き、大刀の振り終わりには別角度から得意の『風切刃』や『水衝弾』を見舞っている。

 

 彼の手が4本、5本あるように錯覚させるほどの精緻な技術。長年共に戦ってきた2人だからこそ視線を交わさずとも曲芸のような連携が取れているのだ。

 

 何と言っても最初に一党を組んだ相手だ。年季が違う。

 

 だが、そこまでしてようやく互角。逆に言えばそこまでしなければ実力伯仲といった状態に持ち込めなかった。

 

 

 ハインリヒは心中で舌を巻きながらも笑みを隠せない。

 

 ―――――楽しい楽しい殺し合いだ。

 

 人の持っている原始的な欲求に付き従っている”叛逆騎士”は愉しくてたまらない。

 

「ひいぃはっははははは!あっちの坊主も血塗れの割にまだまだ元気そうだねぇ!はっははは、寒い中こんな田舎まで来た甲斐があったってもんだ!レーゲンとハンナちゃんもそう思わないかねぇ?」

 

「気安く呼ぶんじゃないわよ!『火炎槍』!」

 

 ハンナが激昂する。飛んでくる炎槍をハインリヒは闘気を纏わせた剣で切り裂いた。

 

 そこへ回り込んできたレーゲンが大刀をすくい上げるも”叛逆騎士”は直剣を器用に傾けて逸らし、流れたレーゲンの脇腹を蹴り飛ばす。

 

「ぐっ・・・!」

 

「はははははっ!―――お?んぅ~?あんちゃん達も粘るが坊主も粘るねえ。右眼も見えてないってのに」

 

 その言葉にレーゲンとハンナは思わずそちらを向いた。確か先程まで十叉大水蛇(とおまたのおおみずち)超高圧水流(ブレス)を受けた広場にいて、さっきまた冰の大地へ駆け戻ってきていたはずだ。

 

 アルクスは右眼を閉じた状態で蛟の水流や噛みつきを躱しながら駆けている。血の涙が頬にべったりとくっついていた。

 

 よく見れば身体中、血の染みで真っ赤になり、服はズタズタだ。

 

 ―――――あんな状態で蛟を止めるなど無茶だ。

 

「アルクス!?」

 

 ハンナが悲鳴のような声をあげる。ハインリヒはその隙を逃さない。ニイィィッと嗤った顔で勢いよく直剣を振りかぶった。

 

「『風切刃』ッ!!」

 

「おおっとっとぉっ!?」

 

 レーゲンが放った魔術に驚いたハインリヒが飛び退るも一陣の閃風は黒塗りの鎧の肩口を浅く斬り裂いていく。

 

「っと・・・あんちゃんも人が悪いねえ。まさか魔術が使えるのを今の今まで隠してるたぁ思わなかったよ」

 

「てめえと違って真面目なんでな!」

 

 たたらを踏むハインリヒへ大刀を振り抜くレーゲン。

 

「『火炎槍』ッ!」

 

 ハンナもすぐさま意識を切り替えて魔術を放つ。

 

「ぅおっ!あっちちちっ!ぷひゃあ~~驚いた驚いた」

 

 初めてのまともな直撃だが、芯を捉えていなかった。”叛逆騎士”は炎をあげて熔ける左小手をさっさと脱いで捨てる。

 

「いやぁ焦ったよぉ。おっと・・・焦ってるのはそっちだったかな?早く俺を殺さないと坊主は死ぬぜぇ?はははっ!」

 

「殺してやるから動くんじゃねえよクソ野郎」

 

「このド外道・・・!潰してやるわ」

 

 焦燥と憤怒を浮かべたレーゲンとハンナが再度構え直し、ハインリヒはニヘラッと笑みを浮かべて直剣を向けた。

 

 ジリっとした殺気のぶつかり合いに焦れたハンナが術式を描く。

 

 

 丁度その瞬間だった、誰も予想していなかった異変が起きたのは。

 

 

 ☆★☆

 

 

 蛟の元へ走って戻ったアルクスは今のは失態だったと心中で溢す。一つの鎌首を避けたら、もう一つの首が超高圧水流(ブレス)を吐いてきたので、咄嗟に避けたら中央広場の方に放たれてしまったのだ。

 

 だが、そのおかげで拾えたものもある。こちら側から落ち着かせようとしても一切言うことを聞こうとしない蛟への解決策。そんなものがあるなんて知らなかったから考えもしなかった。

 

 アルはすでに血の涙を流している右眼をカッと開く。痛みは酷いがまだ失明(エラー)は起きていない。

 

「あの首のどこかにあるはず・・・!」

 

 『釈葉の魔眼』を発動させた。押し広げられた緋色の瞳に再び流星群が流れ始める。

 

 龍眼のおかげで蛟の攻撃はギリギリ躱せているがもうそろそろ身体がマズい。外傷に湖水や冷気が染み込んできて動きにくくなってきていた。

 

 アルは右眼をグルグルと四方へ走らせる。引っ張られていた首のどこかにあるはず。

 

 ―――――どこだ?どこに・・・・。

 

「っあ!あった!!」

 

 一本だけ緩慢な動作をしている鎌首――――杭や銛が刺されていた首、鬣に隠れて鈍色に照り返す金属製の輪が嵌まっていた。蛟の大きさに合わせてあるのか、帯のような太さをしている。

 

「っ!うぐっ!?」

 

 『魔眼』を少し凝らした途端ツツーッと涙が出てきた。おそらくまた血だ。金臭い。

 

 次いですぐに視界の3分の1ほどが暗く覆われた。高度な構造と術式が刻まれた先程の手錠よりもなお複雑な魔導具の情報量に耐え切れず、右眼が一時的な失明(エラー)を起こしたのだ。

 

「・・・もった方だ、充分!場所はわかった!けど!」

 

 アルは健常な視界を諦めながら、刃尾刀を抜く。

 

「あれに近づくには蛟に大人しくしてもらうしかない。堂々巡りだ、くそっ」

 

 跳び上がりつつ足から蒼炎を噴き出して無理矢理方向転換した。その一瞬前にあった空間に蛟の首が叩きつけられる。

 

「蛟!大人しくしてくれ!戦いに来たわけじゃないんだ!」

 

 キュウアアアアアアアアッ―――――――!

 

「くっ、あっぶな!」

 

 吐き出される水のレーザーを思い切り身体を捻って避けた。このままではこっちの体力が先に尽きる。

 

 どうにか大人しくさせるしかないが、戦っても勝てる光景(ヴィジョン)が見えない。

 

 ―――――どうする?

 

 アルは考えつつ、駆け回り、蛟の攻勢を何とかやり過ごす。

 

「せめて凛華がいてくれれば」

 

 乱暴だが凍らせるという手段も取れたろうに。その凛華に龍鱗布を渡して送り出したのは他ならぬアル自身だ。

 

 ―――――選択を間違った(ミスった)か?

 

 そこまで考えたところで、はたと思考が止まる。

 

 ―――――・・・・・龍鱗布?

 

「待てよ・・・いや、イチかバチかやってみるか?」

 

 当たり前過ぎて忘れていた。自分だって龍人族の血を引いている。蛟が広義の龍だと仮定できるならアルの意思表示にも反応してくれるかもしれない。

 

 現に昼間はアルに妙に鼻先を擦りつけていた。その時は龍鱗布があるからだろうくらいにしか考えていなかったが、それは蛟が龍の血を持っているという裏付けにだってなるのではないだろうか?

 

 今の大人しくなんて聞いてくれそうもない蛟には強烈な何かをぶつけるしかない。

 

 魔術や魔力は微妙だ。余計怒らせて暴れさせる気がするし、帝国の興る前からいたというのならこちらの魔力なんて大して脅威にもならないはず。

 

 ―――――だとすれば必要なのは・・・・・・・。

 

「龍気・・・!」

 

 かつて封印した己の一部。これに懸けるしかなかった。

 

「一瞬なら、大丈夫のはず。一瞬だ。大丈夫。すぐに閉じれば問題ない」

 

 アルは念仏のように自分に言い聞かせる。また自我もなく暴れるのではないかと恐ろしくてたまらない。

 

「でも・・・これしかない、なら・・・やるしかない!」

 

 左手に焼き付いている『鍵』を一瞬眺め、叫ぶと同時に心臓の上に添えていた左手を勢いよく回す。

 

 カチカチカチッ―――――!

 

 8までしかない時計の長針が一回転し、0時を示した。

 

 

 ***

 

 

 ―――――だいぶ少なくなった。

 

 マルクは一息吐きつつ心中で呟く。もう十数匹の餓狼と何人もの黒塗りの騎士達を屠った。

 

 思考の片隅に引っかかっていたことを思い出す。助けた若い女性の弟のことだ。まだそれらしき少年は見つかっていない。

 

 ―――――もう広場に行ったのか、それとも・・・。

 

 そこまで考えたときだ。

 

 ドォォォォォッ!という音を聞いたかと錯覚させるほどの強大な圧力を感じ取った。

 

「ッ!?これは・・・龍気か!?アル!」

 

 懐かしい龍気―――龍人族の、アル本来の闘気。しかしあれは『八針封刻紋』を最後まで、つまり封印を完全に解いた状態でないと発動できない。

 

 ―――――だとすれば・・・・・。

 

「解いたのか!?待ってろよ!」

 

 最後に龍気を発動させたあの頃よりもずっと強い感覚をビリビリ感じる。マルクは慌てて駆け出した。

 

 道中の襲撃者を斬り捨てるのだけは忘れない。しかし、その間も思考は急げと警鐘を鳴らし続けていた。

 

 

 ☆★☆

 

 

 襲撃者の一団を屠った凛華は大した怪我も負っていなかった。無論細かい傷や煤はついているが怪我らしい怪我はないと言える。

 

 魔術や属性魔力を叩き込まれたが、凛華が纏っていた龍鱗布が弾いてくれた。

 

 特に襲撃者達は冰を使う凛華(魔族)へ炎を多用していたが、炎龍人の鱗へ炎など烏滸がましいにも程がある。そう言わんばかりの防ぎっぷりだった。

 

 そして凛華自身も攻撃に当たりに行くようなしょっぱい使い手ではない。黒塗りの騎士達をもう20名近く斬り捨てている。

 

 すぐ近くの家の屋根へシルフィエーラが跳び乗ってきた。凛華を見つけて来たのだ。

 

「おつかれさまエーラ。どんな感じ?」

 

「だいぶ減ったと思うよ。村の人達もほとんど助けられたはずだね」

 

 少々額に汗を掻いているようだが、それは凛華とて同じことだ。

 

「こっちも似たような手応えよ」

 

「どうする?」

 

 凛華の返答にエーラが問う。無論これからの行動についてだ。

 

「一度戻りましょ」

 

「そうだね。蛟はまだ落ち着いてないみたいだし」

 

 2人の意見が一致を見せた。凛華は上空の夜天翡翠へ呼びかけ、

 

「ひすーい、ひとまず―――――っ!?これって・・・!」

 

 びくりと立ち竦む。

 

「凛華!これって!」 

 

 エーラも同じように止まった。

 

 気圧されるほどの禍々しさと懐かしさがない交ぜになった闘気。段違いだが、この感覚はよく知っている。

 

「アルの龍気よ!」

 

「なんで!?『封刻紋』を解かなきゃ出ないのに!」

 

 そのとき、凛華の纏っていた龍鱗布がゆらりと逆立つように波打った。

 

「「・・・・」」

 

 龍気に反応している。もう間違いないだろう。

 

「・・・解いたのね」

 

「・・・だと思う」

 

 凛華とエーラは視線を交わして頷いた。

 

「カアッカアッ!」

 

 強烈な波動に三ツ足鴉もバサバサと降りてくる。

 

「行くわよ!もうアルの馬鹿!無茶すんなって言ったでしょ!」

 

「うん!急ごう!早く止めて説教だよ!」

 

 鬼娘と耳長娘はアルへひと頻り怒りの声をあげ、すぐさま駆け出した。夜天翡翠がその上空を低く追随していく。

 

 

 ☆★☆

 

 

 ラウラは『黒鉄の旋風』の森人剣士ケリアの腕に嵌まっている手錠のようなものへバーナーのような蒼炎の刃を押し当てる。

 

 ジジジッと火花が散るし、背後では住民の防衛に回った双子のヨハンとエマ、ソーニャ、そして復帰した森人弓士プリムラが戦っているが最早気にする余裕などない。

 

 ―――――もう少し!

 

 ジュッという音と共にアルの指示通りの鍵語を熔かしきった。

 

「できました!」

 

「お、おお!”魔法”が戻った!感謝するぞラウラ嬢!」

 

 ケリアが剣を再び抜き放ち、防衛線へ風のように駆け抜けていく。めっきり黒塗りの騎士の数は減り、餓狼の群れが襲ってきていた。

 

 ―――――ここが正念場だ。

 

「「お!来た!」」

 

「おかえり!」

 

「ああ!行くぞ!」

 

 ケリアの復活に仲間達が快哉をあげる。そんなときだ。

 

 ゴオォォォォォォ―――――ッ!

 

 彼らの間を強烈な波動が突き抜けた。

 

「今のはなんだ!?」

 

 ケリアは短髪を逆立たせ警戒し、

 

「闘気!?でもこんな強烈なのって―――」

 

 プリムラが耳を忙しなく動かす。

 

「うおっ!ビビったぁ!」

 

「な、なにこれ?」

 

 ヨハンとエマは盾をぎゅうっと握り締め首を巡らした。

 

「これって・・・アル、さん?」

 

 警戒する『黒鉄の旋風』の面々だったが、ラウラは違う。感じたことはない闘気だが、なんとなく覚えがあった。

 

「まさか。本当にアル殿なのか?」

 

 ―――――信じられない。

 

 そんな顔でソーニャは目を見開く。言われればわからないこともない。しかし、到底信じられなかった。

 

 この闘気は普段のアルが出すラウラ達が安心感を覚えるものではない。暴風のような言い知れぬナニカが入り混じっていた。

 

 

 ラウラが慌てて不忍大沼へ視線を向けると他の面々も視線を巡らせる。蛟を抑え込もうとしていたアルの姿を探そうとしたのだ。

 

「あ・・・」

 

 ラウラの呟きで全員が視線を追う。

 

 そこには服を赤く染めながらも、青白い銀髪を揺らすアルの姿があった。

 

 

 ☆★☆

 

 

 ビキッ―――――!

 

 左目にヒビが入った気がした。いや、入っているのだろう。

 

 ―――――これが割れたら終わり。

 

 青白い銀髪に強烈な眼光を宿す真紅の瞳。八針目まで解いたアルは、龍気を発しながらすぐさま声を張り上げた。

 

「蛟!!俺は味方だ、落ち着けえっ!!」

 

 大音声と強烈な波動に蛟は初めて動きを止める。

 

「キュウアァッ――――!」

 

 金色の瞳が真紅の龍眼と目を合わせた。ビリビリと感じる龍気に同類のそれを感じ取ったらしい。

 

「それを解いてやるから首をこっちに」

 

 アルは身振りを加えながら傷ついた鎌首を冰上へ動かしてくれと頼む。蛟は緩慢な動作ながら傷ついた鎌首をアルの前に横たえた。

 

「痛くないようにするけど、吹き飛ばさないでくれよ」

 

 アルの言葉が聞こえているのか、蛟は軽く身を震わせる。

 

「『炎気刃』!」

 

 久々に発動させたアル本来の『気刃の術』。昔より白っぽさが強い炎になっている気がするが今はどうでも良い。

 

 鎌首の鬣付近へ駆け、帯のような金属製の縛めへ炎気刃の刃先をジュウウッ!と突き立て、勢いよく掻っ切る。

 

 ガランと音を立てて蛟に嵌まっていた首輪が落ちた。

 

 ビキッ――――!

 

 嫌な音がする。蛟は首輪が取れて苦しくなくなったのか、金色の瞳をぱちくりさせた。

 

「キュウッ!」

 

 アルのおかげだと理解しているらしく、可愛らしい鳴き声をあげる。しかしアルに余裕はない。

 

「蛟、離れて―――――」

 

 額に汗を浮かべながらそう言いかけたときだった。

 

 ピイイイイィィィィィッ――――――!

 

 口笛のような音が響き渡り、少し離れた位置にいたレーゲンとハンナへ黒塗りの騎士達が数名襲いかかる。

 

「なっ、伏兵!?」

 

「こいつらっ!くそ、やべえっ!アルクス!気をつけろ、そいつは――――」

 

 レーゲンの忠告を聞き届ける前に”叛逆騎士”ハインリヒ・エッカートが、

 

「坊主ぅ!今のはいかんよなぁ!おじさんたち苦労したんだぜぇ?ってことでもういっちょだぁっ!」

 

 元々持っていたのか黒塗りの騎士に持ってこさせたのか、金属のベルトのようなものを投げつけた。狙いは起きたばかりの蛟の首だ。

 

「ちいっ!」

 

 アルは咄嗟に蛟の鎌首を守るように飛び出す。そしてガチャンッと()()()()封じられてしまった。

 

 刃尾刀が炎を失いながら落ちていく。

 

「アルクス!くそっ!どけえっ!」

 

 レーゲンの叫びを聞いたハインリヒはニタニタ嗤いながら直剣を振り上げた。右眼も見えない子供など怖くもない。

 

 魔族のようだが、今は封じられてその大量の魔力も扱えない。甚振って殺す時間がないのは残念だ。死体からこの『魔封輪(まふうりん)』を剥ぎ取らねば仕事に使えない。

 

「はははっ!悪いな坊主っ!そのままブグオォォォォッ―――――!?」

 

 ハインリヒは喋っている途中でアルに蹴り飛ばされ冰を滑っていった。レーゲンとハンナは目を見開き、黒塗りの騎士達は呆然として動きを止める。

 

「蛟、水中に逃げるんだ。そこなら連中も追ってこれない」

 

「キュアッ!」

 

「大丈夫だよ。皆いるからね」

 

 アルは冷静な声で心配そうな素振りを見せる蛟を水中へ下がらせた。

 

「やるなぁ坊主!おじさん驚いたよ」

 

 蹴り砕かれた鎧を脱ぎ捨てたハインリヒが冰で削げた頬に笑みを浮かべながらアルへ呼びかける。しかしアルは両腕の『魔封輪』をジッと見たあと、

 

「想定外だったけど感謝するよ」

 

 そう返事を寄越した。ハインリヒにその意味は分からない。おそらくこの場の誰もまだ理解していない。

 

「トチ狂ったのかねえ。残念だ」

 

 心底残念そうにハインリヒが言うと、

 

「いや正気さ」

 

 とアルは返した。ならば完全に強がりだ。

 

「魔力を封じられてかぁ?」

 

 ハインリヒが煽る。

 

「体外に放出できないってだけだ。体内では使える」

 

 アルの返答は”叛逆騎士”の予想とは違った。

 

「あん?やけに詳しいじゃないか」

 

 あろうことか『魔封輪』の効果を言い当ててしまったアルへハインリヒが問えば、

 

「そりゃ視たからね。あんたよりは詳しいよ」

 

 銀髪の青年は()()()()()()真紅の左目を向けながら生意気な口を叩く。

 

「ほおほお、なるほど。おもしろい。そんでもって生意気だなぁ。ま、いいかぁ。どうせ、ここで死ぬんだしぃっ?」

 

 そう言いつつハインリヒは黒く染められた直剣を振るった。お得意の油断を誘う拍子(リズム)

 

 しかしアルは素早く反応する。殺気を隠せていないし初動も隠せていない。何よりレーゲンとハンナと闘って動きの鈍っているハインリヒの動きなど龍眼には遅すぎる。

 

 面と向かって警戒していても、いつの間にか目の前で剣を振りかぶっている八重蔵と比べれば実力も雲泥の差だ。

 

 両腕を縛られた片目だけの視界でアルは剣閃を躱した。ハインリヒの目に驚愕が浮かぶ。

 

 躱された剣閃をフェイントに転じつつ、死角から直剣を薙ごうとしたところへアルの膝蹴りが叩き込まれた。

 

 レーゲン達との戦いで思っているより消耗して身体が疲弊し、大振りな一撃になっていたところを狙い打たれたのだ。

 

「げほっごほっ!」

 

 くの字に折れたハインリヒにアルは手を支えにして回転しながら足を蹴り飛ばす。

 

 両腕が押さえ込まれているだけで、手が使えないわけでもない。

 

「ごおっ!?」

 

 滑っていくハインリヒをアルは油断なく見つめている。そこへ、

 

「アルさん!」

 

 と声が響いてきた。ラウラだ。アルは真紅の瞳を彼女へ向ける。動きの鈍くなっているハインリヒはあれでも実力者なのだろう。

 

 先程から一応折るつもりで蹴り飛ばしているが、それらしい怪我を負っているようには見えない。腕が使えないせいで決定打にかける。

 

 アルは視線をハインリヒへ向け、ついでラウラを見つめた。

 

 ―――――頼めるだろうか?

 

 真紅の視線を受けたラウラは、その意味とアルの状況を考え、そしてハッと理解した。彼が何を期待しているのか。きちんと悟る。

 

 パンパンと頬を張ったラウラは頷きながら強い視線をアルへと返した。

 

 するとアルはラウラに頷く。

 

 ―――――頼む。

 

 そう言われた気がしたラウラは、背後へ呼びかけた。

 

「すいません!少しの間ここから離れます!」

 

「ラウラ!?」

 

「ソーニャあとお願い!」

 

 慌てるソーニャへ言い置いて湖の淵へと走り降ていく。あまり近寄ると逆に邪魔をしてしまう。ラウラではあの男に勝てない。それはわかり切っていた。

 

 今も黒塗りの騎士鎧を脱ぎ捨てた男は何度も斬りかかっているが、アルはひらりと躱し続けている。反撃をする機がないのか、警戒されていて隙がないのかわからないが手は出していないようだ。

 

 ここでラウラがやるべきことは一つだ。杖剣を握り締め、術式を描き始める。

 

 ―――――望むのは強い炎だ。絶望を打ち払い、煌々と照らす希望。

 

 しかし、ラウラにとっての希望の炎とは神聖なものなどではない。

 

 彼女が強く望むのは容赦の一片も無く敵を灼き、幽り世へ引きずり込む龍の炎。即ち”鬼火”だ。

 

 だからこそ、女神には祈らない。

 

「いきます――――!」

 

 アルが魔力を感知してフッと笑う、と同時に渾身の膝蹴りをハインリヒの拳へ叩きつけ、位置をくるりと入れ替えた。

 

 ”叛逆騎士”の無防備な背中が見える。

 

 ―――――好機・・・!!

 

 渦巻く魔力で朱髪を揺らめかせ、ラウラは魂で吼えた。

 

「『鋲螺ノ蒼火撃(そうかげき)』ッ!!」

 

 杖剣の先で形成されたのは、拳大に圧縮された巻貝のように鋭く螺旋の形状をした蒼炎の弾丸。

 

 ラウラがアルに視てもらいつつ何日もかけてほとんど全て改造した『火炎槍』だ。

 

 名付けは創った人がやるものだと教えてもらい、更に何日か要しながら考えたラウラの独自魔術。

 

 轟ッ――――!!

 

 先端が尖った蒼炎の弾丸は撃ち出された瞬間、爆発的な速度で飛翔する。魔力の高まりに気付いて避けようとしたハインリヒは間に合わず、右腕を吹き飛ばされた。

 

「ぐ、ぅおぉぉぉぉおおっ―――――!?」

 

 弾速が速過ぎたのだ。杖剣に魔力をありったけ込めて生成された蒼炎の弾丸は解き放たれると同時に爆発を起こし、急加速しながら射出される。

 

 要は前世の銃弾と同じ原理で進むのだ。ただの属性魔力ならハインリヒとて躱せていたが、反応した時には『蒼火撃』が通過した後。剣も右腕も、もうない。

 

「があぁぁぁぁ―――――!」

 

 右腕を肩口から灼いた熱と痛みで脂汗を流すハインリヒにアルが静かに告げる。

 

「あんたらの負けだ。もう諦めろ」

 

 その言葉にバッと頭を上げたハインリヒは、無理矢理笑みを浮かべた。暗い薄ら嗤いだ。

 

「馬鹿なこと、言っちゃあいけないな、坊主・・・・・まだ、置き土産は残せるんだよォッ!」

 

 吠えたハインリヒが左腰に差していた波打った短剣を引き抜く。

 

 ―――――確か、血が止まらなくなる形状だったか。

 

 この男らしい武器を隠し持っていたらしい。ハインリヒは得物を腰だめに構え、アルへ向け突喊した。

 

 引き際を間違えたと判断した”叛逆騎士”が銀髪の青年へ手傷を残すか、刺し殺して一泡吹かせてやろうと迫る。

 

 しかし、真紅の龍眼は凪いだように静かだった。そして一言。

 

「無理だ、諦めろ」

 

 その瞬間―――――波打つ短剣が閃光に呑まれ、冰がハインリヒの左半身を凍てつかせる。

 

「いい加減にっ!!」

 

「倒れろってんだクソ野郎ッ!!」

 

 駆けてきたハンナが闘気を纏わせた幅広直剣で冰ごとその左肘から先を斬り落とし、レーゲンの大刀が膝から下を断ち斬った。

 

「あがあぁぁあっぁっぁぁっ―――――!」

 

「うるせえぞ」

 

 人狼の加減された蹴りが、それでもなおハインリヒの顎を砕いて沈黙させる。

 

「ふぅ、助かったよ。レーゲンさん達もありがとうございます」

 

 アルはホッと息をつきながら礼を述べた。もう体力が限界に近い。魔族組3人の魔力を近くに感じたときは本当に安堵したものだ。

 

「アル!あんた大丈夫なの!?怪我酷いじゃない!」

 

「血塗れになってるよ・・・眼も、大丈夫なの?」

 

「『封刻紋』は?解いたんだろ?暴走は?」

 

「アルさん!無事ですか!?」

 

 3人が詰め寄ったところへ、ラウラが走り込んでくる。

 

「うん。さっきは助かったよ、ラウラ。ありがと」

 

 アルは真紅の左眼を向けながら彼女にも礼を述べた。即興だったにも関わらず、しっかり息を合わせてくれた。

 

 頼もしくなってきたラウラへ穏やかな笑みを向ければ、

 

「あっ、えと、その、はい!あ、じゃなくて怪我、ですよねっ?大丈夫ですか?」

 

 赤面して捲し立ててくる。アルに因んだ魔術名を叫んだことと、その真紅の瞳に見据えらえてドキッとしてしまったのだ。

 

 トクトクと心臓の音がうるさい。凛華やエーラが本当の色が云々とブツクサ言っていた理由を理解できてしまった。

 

 ―――――こりゃうるさくてかなわねえや。

 

 とマルクは苦笑しながら人狼態を解除する。『人狼化』していては音もよく拾ってしまう。

 

 乙女と化したラウラの心音が聞こえまくって何だか申し訳ない気分だ。

 

「あ~、まぁ気持ちはボクもわかるよ」

 

 ラウラの反応にエーラは楽しそうに笑った。

 

「そうね。その姿は久しぶりじゃない。とりあえず手当てしながら聞いてあげるから広場の方へ戻るわよ。ほら手引っ張ってあげるから」

 

「いいよ、子供じゃないんだし」

 

「わがまま言っちゃだめだよ。ふらついてるのバレてるからね?」

 

 凛華も久しぶりに見た銀髪と真紅の瞳に少々気持ちが高ぶっているのか甲斐甲斐しくアルの世話を焼こうとして、エーラも追随する。

 

「レーゲンさん達も手当しなきゃだな」

 

「おう、助かるぜ。正直しんどくてな」

 

 マルクが刀傷をつけられているレーゲンを見て言うと、彼は素直に礼を述べた。もうへとへとだ。

 

「私はそこまでだから後でいいわ。蛟に吹っ飛ばされてたアルクスと前で戦ってくれてたレーゲンを先にお願い」

 

「あっ!あ、えと、私先に行ってきます!」

 

 住民の防衛を彼らに任せっぱなしにしていたのを思い出したラウラは慌てて走り出す。紅潮していた頬を冷ますのにはこの寒さも丁度いい。

 

 

 傷口を凍らされたハインリヒを引き摺って6人が広場へ戻ると平静を取り戻しつつある住民達と警戒態勢のラウラ、ソーニャ、ケリア、プリムラ、ヨハン、エマの6人が出迎えてくれた。

 

 ”叛逆騎士”はその場でグルグル巻きにされ始める。

 

 聞けば、ラウラが降りてからはもう餓狼の群れしか来ていないそうだ。

 

「乗り切った、でいいのか?」

 

 レーゲンが自信なさげに呟くと、上空から三ツ足鴉が飛来した。

 

「カア――ッ!」

 

「あっ、翡翠!どう?敵がまだいるなら案内して」

 

「カアッ!」

 

 エーラの言葉に夜天翡翠はいないとでも言うように鳴く。次いで、アルの左肩へ止まろうとして凛華に止められた。

 

 さすがにフラついているアルに鳥とはいえ大型の夜天翡翠が乗るのは危ない。

 

「いない、みたいですね」

 

「ああ。みたいだな」

 

 アルとレーゲンの会話を住民達は真面目な表情で聞き、じっくり数拍置いてから歓声を上げた。

 

 

 こうして”叛逆騎士”とその一味による十叉大水蛇を捕獲しようとする謀略は潰えたのである。




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