日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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ここでは初投稿になります。読んで頂ければありがたい限りです。


また「小説家になろう。」と「カクヨム」にて同作を連載投稿しております。


現在両サイトにて投稿されているものとこちらに投稿するものは少々文体が違う場合があります。


こちらへは定期的にある程度纏めて更新していく予定です。


37話 銀髪のアルクスと『魔封輪』 (虹耀暦1286年12月:アルクス14歳)

 深夜だというのにも関わらずドラッヘンクヴェーレの中央広場にはたくさんの人がひしめき合っていた。

 

 噴水は無残に断ち割られ、そこかしこに破片や血が飛び散っているのだが、それでも彼らの表情は明るい。

 

 というのも『黒鉄の旋風』と”鬼火”の一党のおかげで、負傷者は多くいても奇跡的に死者はいなかったのだ。武芸者達の素早い判断が功を奏した。

 

「本当にありがとうございます。あなた方がいなければ私共は今頃・・・」

 

 村の纏め役と夫人が揃って頭を下げる。村の代表としても、個人としても感謝してもしきれない。

 

 深々と下げられた頭に、合同依頼中の臨時頭目レーゲンは手を遠慮するように振って答えた。

 

「いえ、これが我々の仕事ですから。それより消火の方を急ぎましょう」

 

 そう言って周囲を――正確にはまだぼんやりと赤くなっている家屋の方へ視線を移す。

 

 盛大に燃えていたものは森人のケリアとプリムラが優先的に消し止めてくれていたが、当然の如く場当たり的な処置だ。

 

 まだあちこちに小火が残っている。放っておけばこの寒空の下で集団天幕生活をする羽目になるだろう。

 

「そうですな。おおーい、誰か消火作業に手を貸してくれ!」

 

 纏め役はしっかりとした声で呼びかけた、慣れているのだろう。わらわらと住民たちが集まってくる。

 

「さてと、俺も行くかね」

 

 とレーゲンが首を回して歩みだそうとするところを誰かがパシッと腕を掴んで止めた。

 

「ん、ハンナか。なんだよ?」

 

 振り向くと暗めの金髪を揺らした仲間の女性剣士の姿がいる。

 

「あんたは怪我人でしょ」

 

「そうだけどよ、これ終わりゃあ休めるし」

 

 レーゲンは悪いことはしていないはずなのに妙にきまりが悪くなって言い淀み、ポリポリと頬を掻いた。

 

「代わりに行くから座ってて。あいつの剣、私に届かないように無理してくれてたでしょ?」

 

 袖を握ったまま平素とは違う雰囲気を滲ませるハンナにレーゲンはドギマギしてしまい、

 

「お、おう。わかったよ」

 

 視線を彷徨わせる。

 

 ―――――なんだって急にしおらしいんだ?やりづらくてしょうがない。

 

 落ち着かないレーゲンの心中を察しているのかいないのか、ハンナは照れ臭そうにはにかんだ。

 

「じゃあ行ってくるわ」

 

 そう言って背を向け、足早に去っていく。ハンナはハンナで感情が抑えきれなくなった自分が恥ずかしくなっていた。

 

 誰へのどんな感情か?

 

 勿論、技量に大きな差はなくとも体格差や戦い方の相性で不利だった指名手配犯、”叛逆騎士”ハインリヒ・エッカートとの戦闘で、その間ずっと前で身体を張ってくれていた相方レーゲンに対しての愛おしさだ。

 

 思えば厄介な相手の時はいつも前で戦ってくれている。それをよくよく思い出してしまって堪らなくなってしまっていた。

 

 

 はにかんだハンナについつい見惚れて立ち尽くしていたレーゲンへ悪戯っ気のある声がかかる。

 

「確か・・・武芸者に二言なし、でしたよね?」

 

 誰を隠そうアルクスだ。青白い銀髪を揺らし、真紅の左瞳をいたずらげに細めて座っていた。現在シルフィエーラから手当を受けていて暇である。

 

「あ、アルクスっ!・・・見てたのか?」

 

「ええ、ばっちり」

 

 両腕を金属製の帯―――『魔封輪』で拘束されて胡坐をかいているアルは見ようによってはふてぶてしい犯罪者に見えなくもない。甲斐甲斐しく世話を焼いているエーラがいるせいで妙に様になっている。

 

「アル、動かないよ」

 

「あい」

 

 エーラはテキパキと右眼に『治癒術』を当て、頬やこめかみに癒薬帯を貼っていた。

 

 笑いかけてくるアルにレーゲンはさまざまな考えが巡ったが、やがて嘆息する。

 

「わかってるよ、そっちはまぁ頑張るさ。それで・・・さっきは流してたがそれが本来の姿なんだな」

 

「本来って、色が変わってるだけなのに大げさだなぁ」

 

 レーゲンの言葉にアルはカラカラと笑った。その姿に普段の大人びた印象はない。歳相応なやんちゃ坊主といった印象だ。

 

 マルクの方がよっぽど大人びて見える。アルの生来の気質を知っているエーラなどは特に違和感は感じていない。

 

「で、さすがに消火には参加できねえって感じか?」

 

「魔力を放出できませんからね。それに今の状態は正直危ういので」

 

 アルはいっそ堂々としてそう言った。この安定状態は非常に脆い。アル自身よくわかっていた。

 

「暴走しちまうってやつか」

 

 行きがけに話していたことを思い出したレーゲンが問うとアルはこくりと首肯する。

 

「ままならんもんだな」

 

「きっと何とかしてみせますよ」

 

 どっかり座り込んだレーゲンにアルは肩を竦めた。そこへ声が届く。

 

「アルー?あんた刀忘れてたでしょ?持ってきてあげたわよ」

 

「冰も凛華さんと砕いておきました」

 

 凛華とラウラが不忍大沼(しのばずのおおぬま)から戻ってきたのだ。

 

「あ、そうだった。ありがと」

 

 アルは不自由な両手で刃尾刀の鞘を差し出した。エーラが傍にいるので、この状態では抜き身の刀など扱う気になれない。

 

 凛華は鼻唄混じりに黒鞘を受け取り、納めてやる。真紅の瞳をしたアルを見られて上機嫌だ。

 

 あの頃より幾分男らしくなっているその顔を見てやっぱりこれが一番似合っていると確信を深めていた。

 

「ラウラの新しい魔術見た?アルの蒼炎そっくりよ!」

 

「完全燃焼状態の炎だからねぇ。そりゃ似てるさ」

 

 アルはテンションの高い凛華へ苦笑しながらどこか的外れな説明をする。ラウラは頬がカァっと赤く染まるのを感じながらその言に乗っかることにした。

 

「え、ええ!そうなんです!アルさんに視てもらいながら『火炎槍』を弄りましたから!うまくいってよかったです!」

 

「ぷっ」

 

 ラウラの今の心情も想いも含めてすべてわかっているエーラは堪えきれずに噴き出す。

 

「エーラさんっ!」

 

「あははっ!ボク何も言ってないよぉ~」

 

 ラウラが手をバタバタさせて詰め寄り、耳長娘は悪戯好きな笑顔を浮かべる。

 

 ”鬼火”に魅了され、自分でも扱えるようになるだなんて筋金入りじゃないか。そう言いたげなエーラにラウラは顔を紅潮させることしかできなかった。

 

 

 アルがテンションの高い仲間達に囲まれていると、ザパアアアッと背後の湖から巨体が急に顔を出してくる。

 

「蛟様だ!正気に戻ってるのか!?」

 

「水神様、もう大丈夫なの?」

 

 口々に住民達が声を上げた。湖面の冰を避けて鎌首を出した十叉大水蛇(とおまたのおおみずち)は座り込んでいるアルへ顔を寄せる。

 

 銛を撃ち込まれた部分の鱗は血で濁っていた。

 

「蛟か。もう大丈夫だよ」

 

「キュ!」

 

 顔を寄せてくる蛟の金の瞳はど申し訳なさそうに揺れている。アルの全身にある擦り傷や打ち身は蛟を止めようとして出来た傷だ。

 

「怒ってないから気にしなくていいよ。悪いのはこいつらだし」

 

 顎でしゃくった先には簀巻き状態の”叛逆騎士”ハインリヒ・エッカートが転がされていた。最低限の治療、傷口を包帯で巻いただけの状態だ。

 

「キュウ」

 

「村に火まで放ったんだよ、まったく」

 

 憤然とした顔のアルに蛟は蛇のような金眼をパチクリさせる。そして小火の出ているドラッヘンクヴェーレを見下ろした。すると他の鎌首たちが次々と上を向いていく。

 

「蛟?」

 

「どうしちゃったのかしら?」

 

「上向いてますね」

 

 凛華とラウラが不思議そうな顔をした瞬間、蛟が上空へ向けて水流を吐き出した。

 

 水ははるか上空まで吹き上げられた直後、雨となって村中へ降り注いでいく。器用に広場を避けているのは水神と称される十叉大水蛇だからこそだろう。

 

 サァァァ――――!

 

「おおっ、ヌシ様が火を消してくださってるぞ!」

 

「ありがたい!今のうちに消しきるんだ!屋内も確認しろ!」

 

 ドラッヘンクヴェーレの住民達は蛟への感謝を口々にしながら慌ただしくバタバタ動きだす。

 

「この分なら火事にはならないね」

 

 エーラが労わるように蛟の鱗を撫でた。

 

「だね。さってと!とりあえずこれ外してもらおう。『封刻紋』を閉めないと」

 

 アルがそう言うと、ラウラが凛華とエーラよりも早く反応する。

 

「えぇっ!もうですか!?」

 

「早くない?」

 

「もう少しそのままでいなさいよ」

 

「ラウラはともかく二人は今のこれが不安定なのわかってるだろ?色が変わるだけなんだからウダウダ言わないよ」

 

 アルは諭してみた。ぶーたれる凛華とエーラ、駄々をこねていたラウラは渋々ながら承諾する。

 

「明るいときに見たかったです」

 

 珍しく我儘染みたことを言うラウラ。『蒼火撃』の興奮もあるが距離がなくなってきたのが主な理由だ。

 

 アルはやんちゃな笑みを浮かべて彼女へ真紅の瞳を向けた。

 

「いつか見せるよ」

 

「本当ですか?約束ですよ?」

 

 名残惜しそうにラウラは綺麗な紅い瞳を眺める。鬼娘と耳長娘が拘るのもわかるというものだ。

 

「うん、約束」

 

 アルが頷くと、エーラがしがみつくように問うてきた。

 

「ボクはぁ~?」

 

 ほんの少しだけ拗ねた口調だ。

 

「その時はエーラだっているだろ?」

 

 アルのその返答はエーラを満面の笑みにさせる。どうやら彼の未来には自分もちゃんといるらしい。

 

「むぅ、まぁ今はそれで許すよ」

 

「今はって、次聞かれたときはどうしたらいいのさ?」

 

「ねえ、あたしは?」

 

 答えなんて決まってるわよね?とでも言いたげな凛華。

 

「待っててって言ったじゃん」

 

 アルの返答も前と変わらない。

 

「しょうがないわねぇ」

 

 凛華は「ふーう」と息をついてみせた。

 

「やりたかっただけじゃんそれ」

 

「ふふっ」

 

 半眼のアルと楽し気な凛華は慣れたやり取りを交わす。

 

 マルクガルムはそんな4人を視界の端に収めながら2人連れへ声をかけた。

 

「弟見つかったのか、良かったな」

 

 呼び掛けたのは若い女性だ。まだ幼い少年を連れている。

 

「えっ?」

 

「認識票、見えるだろ?」

 

 戸惑う女性へマルクは首に提げていた武芸者の認識票を見せた。

 

「あっ、さっき助けてくれた――――」

 

 助けられたときと同じ台詞と同じ仕草。少年の手を引いている女性はハッとする。

 

「おう。あの後探したんだが見つけきれなくてよ」

 

「いえ。私が広場に戻って、すぐ弟も来たんです。言おうにも忙しくされてたみたいで」

 

「走り回ってたからな。見つかったんなら良かったよ」

 

 困り顔の女性へマルクは首を横に振った。人狼の脚に追いつけるほどの健脚ならそもそも黒塗りの襲撃者達に捕まったりしていなかっただろう。

 

「姉ちゃん助けてくれてありがとっ!おれ、隠れてたらあっちの剣と盾持ってる武芸者の人が『こっちだ』って助けてくれたんだ!」

 

 連れられていた少年がペコリと頭を下げながら説明してくれた。微笑ましい少年にマルクは笑みを返しつつなるほどと納得する。

 

「ヨハンさんだったか。さすがに経験詰んでる四等級は違えや」

 

 鼻の良い自分でも血の匂いや他の人間の匂いで探しきれなかったのに、ヨハンはしっかり保護していたらしい。称賛の言葉が口をついて出た。

 

「お手数かけたみたいで。助けて下さって本当にありがとうございました」

 

 女性が深々と頭を下げた。命と貞操の危機を救ってくれた恩人だ。

 

「仕事だからな。あ、そうだ。あっちに森人の仲良さそうな二人組がいるだろ?あんたも行っときなよ」

 

 マルクは特に誇るでもなくそんな返答を寄越す。

 

「ええと?あのお二方ですか?」

 

 戸惑いつつ問い返す女性に野性味のある人狼族の青年は爽やかな笑顔を浮かべた。

 

「ああ、森人の癒薬帯はよく効くんだ。せっかく美人なのに痕になったら勿体ないぜ」

 

 襲撃者に殴られて切り傷と痣ができている女性の頬を指差して、「そんじゃな」と手を振りながら背を向ける。

 

 女性は自分の頬を撫で、少々頬を紅潮させた。背丈はそれほど変わらないがおそらく歳下だろう。

 

 颯爽と歩き去る精悍な青年は人種が違えど魅力的に見える。

 

「・・・強い年下ってありかも」

 

「姉ちゃんどういう意味?」

 

 弟の問いに答えず、満更でもない表情で女性は手当を受けに行くのだった。

 

 戻る途中のマルクへ、一連の流れを見ていたソーニャがしらーっとした視線を向けている。彼女に気づいたマルクは手を上げて労った。

 

「おう。お疲れさん」

 

「・・・ああ、お疲れ」

 

 ソーニャの低い声音にマルクは首を傾げる。

 

「どうした?」

 

「なんでもない」

 

「変なやつだな。ってかソーニャはアルに驚かなかったのか?」

 

 アルは隠れ里でも母トリシャ譲りの端正な顔立ちでそこそこ女性陣に可愛がられていた。今まさにその見た目なのだ。

 

 キャーキャー言うタイプでもないだろうが、あまりに平然としているソーニャにマルクは疑問を覚えざるを得ない。

 

「驚いたさ。”灰髪”とも全然印象が違うからな。ただその・・・」

 

 ソーニャはその問いに即答し、次いで苦笑を漏らす。その視線は血の繋がらない姉へ向けられていた。マルクは視線の意味を察して同じように苦笑を漏らす。

 

「・・・ああ。わっかりやすいもんな」

 

「隠す気あるのだろうか?」

 

「隠さない方が良いと思うぞ。基本思考から外してるからな、凛華とエーラ見てりゃわかるだろ?」

 

 ソーニャの困惑した声にマルクはそんな風に答えた。暴走してしまう、という危険を排除しない限りアルは自分の相手は探そうともしないだろう。

 

 アルは凛華とエーラが認識している以上に彼女ら2人を大切にしている。手を出していないのが良い証拠だ。

 

 だがソーニャにとってそれはどうでもいい、一目瞭然なのだから。

 

「のようだな。というかそれはマルクもだろう?」

 

「ぇ?俺、か?俺は・・・確かにそう、かも?他人の話だったら盛り上がるんだけど自分のこととなるとイマイチ感覚がわかんねえんだよな」

 

 ストイックにならざるを得ないアルと兄弟のように付き合ってきた親友のマルクもまたストイックであった。

 

「他人?」

 

「『黒鉄の旋風』の三等剣士二人のことさ」

 

 ソーニャが鸚鵡返しに問うてきたのでマルクが答える。ソーニャは納得とばかりに手を打った。それは女性陣(こちら)でも話題に上がっていることだ。

 

「あぁ・・・そういえばこないだそれで数時間愚痴られた。絡み酒というのはああいうのを言うんだな」

 

「・・・お前らも大変だな」

 

 他人の恋愛話など囃し立てる立場にならば楽しいものだが、一方的に愚痴られると途端に胃にもたれる。激甘なノロケでない分まだマシといったところか。

 

 そんな益体もない会話を交わしていた2人へアルが胡坐のまま声をかけてくる。

 

「マルクー、これ爪で斬ってくれー」

 

「頭目殿がお呼びだぞ」

 

「じゃ、戻るとするか」

 

「うむ」

 

 そう言って”狼騎士”と”姫騎士”は”鬼火”の下へ向かうのだった。

 

 

 ***

 

 

 両腕をがっちり金属の大きな手錠―――『魔封輪』に固定されているアルへマルクが問う。

 

「んで、結局暴走してない理由はなんだったんだ?」

 

「そいつは俺も興味あるな。たぶんそれのおかげなんだろうけどよ」

 

 癒薬帯を巻かれたレーゲンが『魔封輪』を指さした。とは言うもののそもそも暴走状態を知らない。

 

「その通りですよ。これ体外への魔力放出を阻害する魔導具っぽいんだけど、魔獣用っぽいこっちはたぶん欠陥品か、複数使用が前提なんだ」

 

「欠陥品か複数使用が前提?さっき聞いたがケリアとプリムラにも嵌められちまったらしいじゃねえか。”魔法”が使えなくなったって言ってたし似たようなものじゃあねえのか?」

 

 レーゲンが訊ねる。アルの『魔眼』がなければ手間取るところだったと聞いた。

 

「人相手のはマシに作られてると思いますよ。ただこっちは一つ二つくらいじゃあんまり効果はないかな」

 

 アルはチョイチョイと自分に嵌められている大きな『魔封輪』を指す。

 

「どういうこった?」

 

 マルクは意味がわからず疑問符を浮かべた。同じものだからこそ蛟を助けられたと考えていたのだが違うようだ。

 

「こっちのは一つ嵌めたくらいじゃ魔獣を抑え込めるような上等なモノじゃないんだよ。現に蛟は何度も水吐いてたろ?そういう意味で欠陥品か複数使用が前提ってこと」

 

 あの超高圧水流(ブレス)は魔力で生成されたものだった。でなければアルは感知ができず、今頃細切れの肉片になっているだろう。

 

「なるほどな。そういやあの水、魔力で動いてたっけ」

 

 マルクとレーゲンはふむ、と腕を組む。

 

「そっ。で、たぶん人には強すぎる。だから俺は暴走しなくて済んでるんだよ。ケリアさん達に使われたやつだったら今頃無理矢理引き千切って暴れてたんじゃないかな」

 

 アルの言葉に凛華がギョッとした。アルの傍に座っていたエーラも不安そうだ。

 

「どう違うのよ?」

 

「すぐ失明しちゃって視えなかったけど、どうもこれを嵌められると魔力の動きが鈍くなるらしいんだよ」

 

 視たときはどうせ斬るからどうでも良いと思っていたが、着ける羽目になったときアルは異変に気付いた。

 

 嫌な音を告げていた瞳や、荒れ狂う殺戮衝動が緩やかになったのだ。

 

「じゃあ勝手に龍気が生まれちゃうって状態を」

 

「うん、何とか変換しないくらいには抑え込めたんだよ」

 

 察しの良いエーラの言葉をアルは引き取って語る。

 

「なるほど。ギリギリ理解できたぞ」

 

 闘気について講義を受けたソーニャはポンと手を打った。

 

「それに使われてる鍵語を『封刻紋』には使えないのですか?」

 

 ラウラは学術的な方面に踏み込んだ質問をしてきた。しかしアルは難しい顔を返す。

 

「魔力の流れが遅くなっちゃうし、この状態で均衡が取れるって正直綱渡りしてるみたいで怖いんだよね」

 

 一歩間違えれば仲間を襲うかもしれない。二度目はきっとない。アルはそう考えて疑わない。

 

「なるほどな。原理はわかった。懐かしい見た目は名残惜しいがとりあえず『雷光裂爪』でそいつを斬り裂けばいいんだな?」

 

 事情も理解できたマルクがそう問えば、

 

「うん、よろしく。もう眠くてさ」

 

 アルは気楽そうに答えた。が、しかし既に立ち上がって左手を胸に当てている。

 

 声音とは裏腹な仕草に凛華達はアルの心情を察した。心配させまいとしているがアル自身不安なのだ。

 

「じゃ、やるぞ。『雷光裂爪』」

 

 マルクは青白い稲光を宿した狼爪を振るう。アルを拘束していた『魔封輪』がズパズパッと斬り裂かれ、ガランと落ちた。

 

 ビキッ――――!

 

「「「ッ!!」」

 

 途端にヒビ割れた真紅の左眼の中に闇を見る凛華とエーラ。マルクは『人狼化』したままだ。彼女らはきっと手を出せないだろうから。

 

「「っ!?」」

 

 ラウラとソーニャはアルが恐れている()()()を感じ取った。本人の性格とはあまりに結びつかないドス黒い殺戮の気配。全身がゾワリと総毛立つ。

 

「こりゃあ・・・どえらい闘気だぞ」

 

 ただ事ではない。黒い羽のような魔力を幻視したレーゲンが呟いた。

 

 アルは尖り始めた牙を食い縛って、ガキッガキッと『八針封刻紋』を閉めていく。

 

「うっ!ぐっううぅぅ~~~っ・・・!!」

 

 そして苦しみながらガクリと頽れた。膝が落ちても『封刻紋』を左手の『鍵』で回し続けている。

 

「「アルっ!」」

 

「アルさん!」

 

 青白い銀髪が墨をぶちまけられたように暗い色合いへ変わっていく。溢れ出ていた龍気がその背に吸い込まれていった。

 

 やがて人間組の見慣れた青黒い髪色になってアルの変化が止まる。肩で息をしていた。

 

「大丈夫か?」

 

「・・・・はぁっ、はぁ、はぁ・・・大丈夫、大丈夫。うまくいった」

 

 そのままへにゃりと座り込んだアルはそう言いながら全員に左目を向ける。赤褐色の瞳―――最後まで封じ直した証だ。

 

「だ、大丈夫なんですかっ?」

 

 ラウラはあんなに苦痛を伴うものだったのかと驚愕を隠せない。

 

「うん。二年振りくらいだったけど・・・・・・あぁ、保険かけとこう。蛟、悪いんだけど少し来てくれ」

 

「キュウ?」

 

 アルの頼みに蛟が顔を寄せて来た。心配そうな金の瞳にアルは軽く笑いかける。

 

「ありがと。蛟、傷の手当てをするよ」

 

 そう言うとアルの五指に『治癒術』の光が浮かんだ。そのまま蛟の鱗を撫でながら魔力を大量に流し込む。アルの体感で7割ほどだ。

 

「キュ、キュウキュウ!」

 

 驚いた蛟の鎌首についていた痛々しい傷からシュウウウと煙が上がっていった。

 

 アルの内包していた大量の魔力と長年生き続けている蛟の魔力が反応して急速に傷が塞がっているのだ。

 

「おお!蛟様の傷が!」

 

「治っていくぞ!」

 

 住民達はその様子に目を丸くする。薄っすらとした鱗まで生えだした。きっとこれから長い時間をかけて透き通るような水色になっていくのだろう。

 

 アルの言う保険とは闘気を使ってもすぐに魔力が尽き、かといって魔力切れを起こすような危機状態でもない残存魔力量にすることだった。

 

 『治癒術』を使い終えたアルは蛟の鼻先を撫で、

 

「よし・・・・あぁ、やっぱもうしんどいや。おやすみ」

 

 そう言って鎌首へもたれ掛かって寝息を立て始める。200年以上を生きる蛟相手との大立ち回りは疲労の限界だったようだ。蛟はアルを支えるようにジッとしている。

 

「お疲れさん。さすがにキツかったみてえだな。どっかに運んでやらねえと、このままじゃ風邪ひいちまうぜ」

 

 マルクがそう言って『人狼化』を解く。

 

「あたしが運んであげるわ」

 

 凛華は蛟をひと撫でしてアルを背負った。完全に脱力しているアルは想像以上に重い。そう思っていると龍鱗布が動いてアルに巻き付いた。

 

「それも大概魔導具みたいなもんだよな」

 

「確かにね。ってか腕縛られてたから身体の治療も全部は終わってないよ。どこか折れてるわけじゃなさそうだったけど」

 

 エーラはアルの怪我が気になっているらしい。酷いものではないだろうが、それでも強烈な打撲やそれによる損傷によっては熱を出したりすることもある。

 

「背嚢は無事らしいですし、天幕を持ってきましょうか?」

 

 ラウラはエーラの意を汲んで訊ねた。さすがにここに張るわけにはいかないだろうが近場なら許可も出るはずだ。

 

「それなら私も行こう。ん、そうだ。乗ってきた幌馬車の荷台に張るのはどうだろうか?あそこなら地面と遠いから寒さも多少はマシかもしれない」

 

 ソーニャは我ながら良い考えだと提案する。

 

「俺らもその予定だ。空の荷台だし連中も見向きもしてねえだろうから壊されてねえはずだしな。幌をぴっちり閉じて、入口と底に天幕で()すりゃ案外暖かいもんなんだぜ?」

 

 依頼で野営の経験が豊富なレーゲンがソーニャの提案を保障した。

 

「じゃ、その方針で決まりだな」

 

「大きいの借りてきて良かったね。ボクらもレーゲンさん達も余裕で入るよ」

 

「はは、だな。あ、でもあれだな。エーラ嬢ちゃんには先に言っとかねえと」

 

「ん、何?」

 

「ヨハンのやつな、イビキがうるせえんだ」

 

「ええ~、うるさいのはやだなぁ」

 

「あんた寝てたら全然起きないじゃないの」

 

「起きるもん!凛華こそ寝起きいつも不機嫌じゃん!」

 

「低血圧なだけよ」

 

 そんな会話を交わす武芸者達。

 

 こうして『黒鉄の旋風』と”鬼火”の一党は忙しい一日をようやく乗り越えたのだった。




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