日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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ここでは初投稿になります。読んで頂ければありがたい限りです。


また「小説家になろう。」と「カクヨム」にて同作を連載投稿しております。


現在両サイトにて投稿されているものとこちらに投稿するものは少々文体が違う場合があります。


こちらへは定期的にある程度纏めて更新していく予定です。


38話 レーゲンの想いと告白 (虹耀暦1286年12月:アルクス14歳)

 アルクスは白い空間にいた。いつもの魂の内面世界。見回してみればすぐにお目当ての人物が見つかった。

 

 TV前のソファでだらしなく横になっている黒目黒髪の男性。アルにとって馴染み深い見た目の20代後半。前世の自分―――長月だ。

 

「よぉ兄弟、お前もマメだねぇ。ここに来るのは半年に一回くらいでも良いんじゃねえか?」

 

「親戚の集まりみたいだな」

 

 苦笑するアルへ長月はニヒルな笑みを浮かべる。

 

「似たようなもんだろ?おまけにお前の体験したことは全部見てんだから尚の事話すことなんざねえだろうよ」

 

「そりゃまあ、そうなんだけどさ」

 

「しっかし、八岐大蛇を見ることになるなんて思わなかったけどな」

 

 寝そべってダラけているが長月は楽しそうだ。アルとて気持ちはわかる。そもそも同じ魂から生まれた別人格なのだ。根本的な感じ方は似たようなものだろう。

 

「いや、十叉大水蛇(とおまたのおおみずち)だって」

 

「まだ(とお)ではなかったろ?こっちじゃ神話の世界にしかいなかった伝説の生物だぜ?おまけに手の付けられない暴れん坊じゃなくて触れ合える。初めてお前を羨ましいと思ったよ」

 

 長月にとってみればやはり八岐大蛇の方が馴染み深い響きだ。

 

「ボコボコにされたけどね」

 

 ―――――勝とうなんて考えなくて良かった。

 

 今頃になってアルは胸を撫で下ろす。

 

「あぁ~・・・そういやそうだった。そう考えるとやっぱここで見てんのが大正解だな・・・・しかしまさか洪水の化身だとか言われてた伝承の生物を見れるなんてなぁ」

 

 眠たげな長月の瞳が故郷の子供達のようにキラついていた。よっぽど興奮したのだろう。

 

「随分楽しそうだな」

 

 ―――――子供のような大人とはきっとこういう感じだろう。

 

 アルは胸中でそんなことを思う。

 

「そらあんなの見て心躍らねえ男はいねえだろ?浪漫だよ、浪漫」

 

 長月は左眼だけを向けてそう言った。この男はやはり自分の前世なのだろう。アルも全くの同意見だ。

 

「はは、わかるよ。でも気になることがあってさ」

 

「あの罰当たり共の狙いか?売っ払うにしても足が付きそうなもんだよな」

 

 アルが考えていたことをズバリ言い当てる長月。彼の言う通り、あんな大掛かりな犯罪、うまくやってのけたとしてもすぐに明るみに出るはずだ。

 

「うん、そこだよ。たぶんドラッヘンクヴェーレの蛟は有名だと思うんだ」

 

「あの爺さん、観光にも力は入れてたしな。景観は崩さないっつうポリシーがあるみてえだがそれが余計うまくいってんだろ。村にしちゃ施設が整ってたからな」

 

 肩を竦めた長月がよいしょっと起き上がる。

 

「そういう闇取引みたいなのがあるのかな?」

 

「そらあるだろうさ。俺の世界(こっち)よか多いと思っといて良いんじゃねえの?」

 

 アルの問いかけに長月は頷いた。何と言っても国の管理体系が違う。

 

 日本のように国の中に自然がある、という見方が出来ない。国と地域がもっと切り離されている。連絡も運び手がいなければ立ち行かない。

 

 そんな()()に犯罪組織が潜んでいるとしたらまず間違いなく前世の日本よりは多くなって然るべきだ。

 

「だよねぇ。帝国や王国は安定してるって聞いてたけど、どこにでもヤバい連中っているんだなぁ」

 

 しみじみとした様子でアルが言えば、

 

「いるさそりゃ、あぶれる連中ってのはどこにでも。あのイカした兄ちゃん達やお前の叔父さんは人間の中でも相当上等な部類だと思うぜ?皆があんなふうだと思ってんなら認識を改めな。足元掬われちまってからじゃ遅え」

 

 と長月流の心配の言葉を述べた。

 

「うん。肝に銘じとくよ」

 

 こうやって警鐘を鳴らしてくれるのが長月だ。アルは素直に頷く。

 

「それにだ。兄弟、お前すっかり忘れてるだろ。あの~・・・餓狼っつったか?あの狼共、隣で同類が死んでってるのに怯えも竦みもしなかったんだぜ。お前らの知らねえ何らかの()()()があったと見ていいだろ」

 

 長月はそう指摘した。ハッとしてアルは顎を擦る。

 

「こないだの『誘引剤』とか言うやつと似たものが使われてたのかな?」

 

「主成分が麻薬ってやつか?誘導してたんなら可能性もあるかもしれねえが、自分が村の中にいなきゃ出来ねえだろ」

 

 長月はポケットから電子タバコを出しながら冷静に意見した。

 

「だとしたら・・・あ!あの商人!」

 

「ふぅー・・・・臭いのは間違いねえが、持ち歩くにはちっと危険過ぎやしねえか?餓狼って魔獣はお前の知識じゃ鼻が良いんだろ?そこまでの密閉技術があるとも思えねえぞ」

 

 水蒸気を吐き出しながらビッと長月が指を差す。前世の自分が言う通り人間基準の密閉で獣の鼻を騙せるとも思えない。アルは難しい顔で唸った。

 

「うーむ。寝ちゃったからあいつがどうなったかもわかんないしなぁ」

 

「ま、とりあえずは起きてからだろ。お前は八岐大蛇にかかりっきりだったし」

 

 これ以上は余計な推測になりかねない。偏見は捨てるべきだ。

 

「蛟だって。そうだなぁ。後は起きてから情報収集ってとこだね」

 

 そう言ってアルが立ち上がると、

 

「おう。話し合いが必要になったらまた来な」

 

 片目を閉じたまま長月が手をゆるく振る。

 

「じゃ、また」

 

 アルはこくっと頷いて意識を浮上させた。それに伴って身体が浮き上がっていく。すぐに白い部屋の天井に呑み込まれ、そして――――――。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 目を覚ました。まだ少し暗い。なんだか暖かいし落ち着く良い匂いもする。掛け毛布と身体が溶け合うような心地良さに二度寝の誘惑を堪えてアルはグッと左眼を見開き・・・そしてすぐさま息を呑んだ。

 

「っぃ!?」

 

 危うく声が漏れかける。隣の布団らしきものには、無防備にもラウラがあどけない寝顔を浮かべて寝ていた。

 

 ―――――ここ、どこだろう?

 

 意識を無理矢理叩き起こされたアルは天井に目をやって、それが壁でないことに気付く。

 

 ―――――幌馬車の荷台だ。

 

 下には何やら上等な毛皮が敷いてあった。

 

「・・・ぇ?」

 

 そこでまた気付く。この毛布、膨らみが大き過ぎるし、毛布にしては重過ぎる。

 

 おそるおそる毛布の左端を捲ると、シルフィエーラがアルの胴へ絡みつくようにして眠っていた。

 

 腕は腰に回されアルの胸板に頭を置いている。乳白色の金髪とくぅくぅ寝息を立てる無邪気な寝顔にアルの心臓が跳ねた。

 

「んぅ・・・」

 

 毛布を捲られて寒かったのか更にぎゅうっとしがみついてくる。その声は普段が天真爛漫な分、やたらと艶めかしい響きを伴っていた。

 

「っ!」

 

 理性を総動員したアルは己の身体に包帯が巻かれていることに気付く。どうやら寝ている間に治療されたらしい。癒薬帯の匂いもしている。

 

 だが、これでハッキリした。溶け合うような心地よさを感じていたのは毛布などではない。彼女()だ。

 

 そう、全身に感じていた心地良さ。エーラだけでは右半身に説明がつかない。そう考えて首を巡らす。

 

「・・・うぉっ」

 

 覆われた右眼のせいで気付かなかったが彼女が一番わかりやすい場所にいた。凛華だ。

 

 アルの首に腕を回し、右から抱き着くように眠っていた。よく聞けば静かな寝息も耳にかかっている。アルは思わず視界に入った光景を凝視してしまう。

 

 綺麗な顔で気持ちよさそうに瞼を閉じている凛華と押し付けられてできた胸の谷間と柔らかい感覚に半ば呆然としてしまった。

 

 ―――――凛華って結構発育が良いよな。

 

「んぁっ」

 

「っ!」

 

 凛華の上げた甘い声で視線を釘づけにされていたアルはハッとする。

 

 ―――――このままではマズい、色々と。

 

 アルはそのまま囲まれて寝ていたいという名残惜しさを鋼の理性でぶん殴って動き出した。

 

 

***

 

 

 抗いがたい美少女3名による奸計のような状況をどうにか抜け出したアルは膝をついてゼェハァ息をついていた。

 

「・・・心臓に悪い」

 

 よく見れば端の方でマルクがくかーっと眠っていて、ソーニャは自分たちとマルクの中間くらいで穏やかな寝息を立てている。

 

 ―――――俺も端に転がしてくれれば良かったのに、マルクめ。

 

 アルは理不尽にも親友へ怨嗟の念を送りながら置いてあった龍鱗布と装備を静かに身に着けた。

 

 カーテンのように掛けられていた天幕をそろ~っとどかし、幌の隙間から抜け出す。

 

「脱出成功。蛟と戦うより厳しかった」

 

 なにせ抗わないという選択肢の主張が強烈過ぎて己との闘いになってしまったのだ。自分でも驚くほど歯を食い縛っていた気がする。

 

 ―――――いつか闘わなくてもいい日が来るといいけど。

 

 アルはそんな風に思考へケリをつけて歩き出した。

 

 

 ***

 

 

 時刻はおよそ8時前。帝国の冬は南部でも日が出るのは遅い。まだ少し暗い道を歩いて広場の方へ出向くと、『黒鉄の旋風』の双子ヨハンとエマがいた。

 

「おはようございます」

 

「お、アルクスか。おはよう、早いね」

 

「おはよう。他の連中はどうした?」

 

 アルが挨拶をすると双子も挨拶を返してくる。よく見るとあまり似ていない。

 

「まだ寝てます。お二人も早いみたいですけど」

 

「いいや、俺らはこれから寝直すのさ」

 

 その言葉にアルは首を傾げた。

 

「寝直す?もしかして、見張りやってくれてたんですか?起こしてくれて良かったのに」

 

 気を使わせたかと申し訳なさそうな表情を浮かべるアルへヨハンが手を振る。

 

「いや、違う違う。見張りは村の人達がやってくれたよ。ついでにウィルデリッタルトまでの伝令もな」

 

 武芸者達の活躍に対しドラッヘンクヴェーレの住民達は誠意で応えてくれたらしい。

 

「そしたら領軍が急ぎで何人か連れて来てくれたんだよ、囚人護送車に乗ってね。で、私らは昨日捕えたあいつの引き渡しもあるし、起こされて来たんだけど意外と時間食っちゃってね」

 

 そう言ってエマが護送車に乗せられていく男を指さした。アルはそちらを見てなるほどと手を打つ。

 

「やっぱりあの商人、この件に噛んでたんですね」

 

 アルがそう言うと、

 

「おう、あいつが餓狼使いの一人だったみたいだぜ」

 

 ヨハンは首をコキコキ鳴らしながら、男の役割を告げた。

 

「どうやって操ってたんです?というよりやっぱり複数人いたんですね」

 

「あれだけの数いたからなぁ」

 

「指示は、えぇと・・・・あっ、あれだよ。あの兵士の持ってる黒いの。あの笛で指示を出してたみたい。私らが踏み込んだ時必死に吹いてたからね」

 

 長月(前世の自分)との会話でも上がっていた餓狼の操り方にアルが興味を示すと、エマが兵士の手にぶら下がっている黒っぽい笛を指さして答えてくれる。

 

「あれって・・・犬笛?ですか?」

 

「たぶんね。餓狼笛かな?正確に言えば」

 

 まさか餓狼使いとその証拠品まで押さえているなどとは思いもよらなかったアルは素直に感嘆の表情を浮かべた。

 

「よく笛だけで気づけましたね」

 

「うちの実家の近くに牧場があってな。そこの爺さんが声で呼ぶのしんどいからってよくこんな感じの笛使ってたんだよ。俺らにゃあ聞こえねえが犬や狼の耳には聞こえるってやつさ」

 

「だから聞いてみたんだ。『餓狼は呼べた?』って。そしたら焦って剣向けてきてね。まぁ、腕の方は大したことなかったから良かったんだけど」

 

 正直に称賛の言葉を述べるアルへ、ヨハンとエマは照れ臭そうに大したことじゃないと答える。

 

 本人達は偶然だとか偶々だと言うが、こういう記憶や思い出を頼りに咄嗟の判断を下せるのは有能な証だ。

 

 普段から自分達は地味だと思っている2人は『黒鉄の旋風』の中でもこういった縁の下の力持ちのような役割をよくこなしている。そのため仲間達からの信頼も厚い。

 

 レーゲンに言わせれば「戦闘以外大して役に立たない自分よりもよっぽど武芸者」だそうだ。残念なことに彼らは知らないが。

 

「そうだったんですか。あ、残りの餓狼使いってどうなったか知ってますか?」

 

 ―――――複数人いたと言っていたがどうなったのだろうか?

 

 そう思ってアルが聞くと、

 

「あの偽商人に聞いた限りだと二人は死んで、一人は逃げてるらしい。死体と顔突き合わせてやったらペラペラ喋ってくれた」

 

 ヨハンは事も無げに返す。

 

「えぐぅ」

 

「取り押さえるとき以外暴力に訴えてないだけマシってもんさ」

 

「え?あれ?じゃあボコボコにされてたのは?」

 

 アルは疑問符を浮かべた。見たところ服もボロボロになっていたし、青痣だの怪我が多かった気がする。

 

「そっちは住民達からだよ。どうも盗品を売り捌いてたらしくてね」

 

 どうやら他の()()で手に入れたものを住民達に売りつけていたらしい。

 

「ああ、それで・・・納得です。相当酷い連中の集まりみたいですね」

 

 ―――――余罪もたくさん出てくるんだろう。

 

 アルが感想を漏らした。

 

「”叛逆騎士”ハインリヒ・エッカートの手下だからな」

 

「その”叛逆騎士”ってのは何なんです?」

 

 アルはいまいち知らない。レーゲンとハンナが手こずっているので厄介なやつなんだろうとは認識していたが、帝国の犯罪者に明るいわけではない。

 

 詳しく聞こうとすると、

 

「アルクス達は知らないでも当たり前、ふわぁ~、だよ。ま、簡単に言うと凶悪犯だね。詳しいことはレーゲンにでも聞いてくれれば教えてくれるよ。詳しく説明したいけどさすがに眠いから私は戻ろうかな」

 

「俺も寝たいぜ。つーわけですまんアルクス。レーゲンに聞いてくれ」

 

 双子は大欠伸をしながら謝ってきた。

 

「あ。ごめんなさい、つい。おやすみなさい」

 

 双子が犯人の引き渡し作業で早くに起こされたことを失念していたアルは慌てて謝る。

 

 思考中の問題や事柄についてすぐ議論したがるのは悪い癖だと自覚はしているのだがなかなか直らない。

 

「はは、いいっていいって。んじゃ、おやすみ」

 

「おやすみアルクス~」

 

 ヨハンとエマがそれぞれアルの肩を軽く叩いて歩き去っていく。アルはその背に再度「おやすみなさい」と声をかけるのだった。

 

 

 ***

 

 

 アルが双子を見送って少し後に『黒鉄の旋風』の頭目レーゲンが来た。まだ眠そうな顔で護送車とテキパキ働く兵士たちを見ながら昨日の顛末を知らないアルと情報共有を行う。

 

 

 アルが寝てしまった後、馬車の荷台に天幕を張って眠ることにしたのだが、村の纏め役とひと悶着あったらしい。

 

 といっても悪い方ではない。住民達とその纏め役夫妻が恩人を馬車の荷台で休ませるなんて、と言ってきて被害の少ない宿の部屋を使うよう勧めてきたそうだ。

 

 放火によって家をなくした者もいるのにそんな厚かましい真似ができるか、とレーゲンが突っぱねるも纏め役も引き下がらず、そのまま折衝が始まったらしい。

 

 最終的にやってきたときとほぼ同質の荷台をもう一台借りて各々の一党がその中で休むということになり、また冬場だということで猟師らの持っていた都市や街に卸すための毛皮を貰い受けることになったそうだ。

 

 

 話を聞き終えたアルは真っ先に頭を下げた。

 

「すいません。俺も起きとくべきでした」

 

「蛟とやり合って平然としてたら化け物だっての。それにああいった折衝は臨時頭目の仕事だ。気にすんな」

 

 レーゲンはアルの黒髪を撫でるように叩いてニッと笑う。幾分やんちゃな笑顔だ。

 

「お前も人の子だって知れて良かったぜ」

 

「失礼な。何だと思ってたんですか?」

 

 顔を上げたアルは憮然としていた。

 

「聖国の騎士達が撃った大規模魔術を片手で払いのける化け物」

 

「やりましたけどあれは相性が良かっただけなんですって」

 

 食事に行った際などちょくちょくネタにされる話だ。アルの返しも決まっている。

 

「あれが水属性だったら?」

 

「蒸発させてました」

 

「そういうとこだよ」

 

「しょうがないじゃないですか。魔力鍛えてるんですから」

 

 ぶうぶう言うアルにレーゲンは一頻り笑い声をあげた。

 

「わーったわーった。そういや昨日、いやもう今日に入ってたな。お前らの荷台の方、凛華嬢ちゃん達そこそこ騒がしかったぞ。寝る場所がどうのってよ」

 

 思い出したようにレーゲンが言えばアルはげんなりとした顔を見せる。

 

「あの心臓に悪い並び、話し合った結果であれだったのか・・・」

 

「心臓に悪い?はっはぁん、こーの幸せ(もん)め」

 

 察したレーゲンは揶揄うように言うが当のアルからすれば生殺しのようなものだ。

 

「幸せになれる人はいいですよね」

 

 アルの返答にトゲはない。が、レーゲンは何かを思い出してハッとした。

 

「お前があの子たちに応えないのは昨日のアレか。あのドス黒い闘気」

 

「そんなとこです」

 

 己の置かれている状況に慣れているアルは気にした風もなく返す。

 

 彼女らの気持ちに気付かないわけがない。

 

 だが、アルは彼女らが隠れ里を出るときの決意宣言を聞いていないため、その想いの強さや深さは一切知らない。

 

 また、前世の記憶を追体験しているせいで『そうは言っても子供の頃の好きな相手って大人になると変わるよな』なんてことを考えているため、やはり本当の意味では理解できていない。彼女らにそんな話をすればボコボコにされるだろう。

 

「不謹慎なこと言ったみてえですまねえな」

 

「気にしてませんよ、不甲斐ない自分が悪いだけですし」

 

 マズいことを言ったかとレーゲンは謝るが、アルに気にした様子は見られない。

 

「やばい闘気なのはわかるがよ、なんとかならねえのか?」

 

 というより何とかしてやりたい。

 

 気付けば年の離れた弟妹のように感じている後輩武芸者へそう問うと、

 

「した結果がコレですよ」

 

 アルは『八針封刻紋』を軽く浮かび上がらせた。現状でもこれが最高(ベスト)。それは変わっていない。

 

「昨日封印してる意味がわかったよ。お前の闘気にしちゃ物騒過ぎた。殺意の塊みてえだったからな」

 

 レーゲンが幻視したどす黒い闘気の羽。あれは不幸しか呼ばないだろう。

 

「ま、そっちはいずれ何とかしてみせます。それよりそっちはどうだったんです?しおらしいハンナさんと甘い夜は過ごせましたか?」

 

 アルはパパっと自分の話題を蹴り飛ばし、意趣返しも込めた返答をレーゲンに投げかけた。

 

「甘い夜っておま、いや、それは~・・・その、な?」

 

 言葉を濁すレーゲンへ半眼を向けるアル。

 

「まさか、過ごさなかったんですか?あんなにそれっぽい雰囲気出してくれてたのに?」

 

「うっ・・・いや、俺もその、頑張ろうかなとは思ったんだけどよ。疲れてるとこにそんな話するのも迷惑じゃねえかなぁとか、色々思いやってだな」

 

「意気地なし」

 

 アルは言い訳を重ねるレーゲンをバッサリ切った。

 

「ぐっ、わ、わかったから。じゃあ今日、今日想いを伝えるから。だからその蔑んだような目ぇやめてくれ」

 

 レーゲンがそう言った途端、アルは左目を輝かせる。

 

「今日!ホントですか!?」

 

「てめっ!露骨に楽しそうにしやがって!」

 

 対照的にレーゲンは苦い顔を浮かべた。

 

「武芸者に」

 

「二言なしだろ、わかったよ!やってやんよ!」

 

 レーゲンはアルの台詞を引き取り、半ばヤケクソにそう言った。

 

 ――――もうこの際だ。

 

 この調子で武芸都市に戻ったらどうせ決意が鈍って何もできない。

 

 ―――――後押ししまくってくる後輩に乗せられたことにしよう、それがいい。

 

 レーゲンは肚を括る。

 

「楽しくなりそうですね」

 

 当の後押ししている後輩はニコニコと黒い笑みを浮かべていた。

 

「なんちゅうガキだ」

 

 ―――――やたら整った笑顔がムカつく。

 

 レーゲンは依頼も片付けたというのに胃が圧迫されるような緊張感に見舞われるのであった。

 

 

 ***

 

 

 それからアルとレーゲンが暇だからということで村の復興作業を手伝っている内に他の面々も起き出してきた。

 

 比較的緩やかでバラバラの起床時間だが、昨日の今日で文句を言うほど2人の頭目は狭量ではない。

 

 正午を回ると先程の双子も起きてきて全員が揃い、広場にいた住民達が大鍋で作った料理をありがたくお裾分けしてもらって昼食の時間と相成った。

 

 広い野外に集団での食事。誰かの家や家族付き合いで一緒に食事を摂る習慣があった隠れ里の魔族組4人にはなんとなく懐かしい雰囲気の食事となり、ラウラとソーニャはあまり体験したことはないが暖かな楽しい時間となるのであった。

 

 

 そして現在。そろそろウィルデリッタルトへ帰還しよう。二党がそんな話をしていると、決意を固めていたレーゲンが同一党内の副頭目ハンナを連れ出した。

 

 あまりに落ち着かないレーゲンにハンナは一瞬怪訝な顔を浮かべたのだが、『都市に戻る前に蛟でも見に行かないか』という提案自体は何ら変哲もない誘いだ。

 

 不思議そうな顔をして着いていった。風呂での会話を森人2人から通訳してもらったことなどすっかり忘れているあたりハンナの大概だ。

 

 あるいはその後に起こった襲撃の衝撃が大き過ぎただけかもしれない。

 

 静かな湖面―――不忍大沼(しのばずのおおぬま)を眺めていたハンナがぼんやりと口を開く。

 

「蛟いないわねえ。怪我を治してるのかしら?」

 

「怪我はアルクスが治癒してたから大してないと思うぜ」

 

 キョロキョロと蛟の姿を探すハンナにそう返すレーゲン。そういえばあの時は自分の代わりに消火に行ってていなかったなと思い出した。

 

「そうだったの?」

 

「おう、かなりの魔力が籠ってたぜ。蛟の傷もすぐに治り始めたからな」

 

 そうなんだー、とでも言うような自然体の彼女にレーゲンも「まずは当たり障りないところから」と大いに日和る。

 

「そのあと結局疲れて寝ちゃったんでしょ?」

 

「全身ズタボロだったらしいからな」

 

 いつもの雰囲気だ。このままではよろしくない。なぁなぁになりそうな雰囲気をどうにかすべくレーゲンは目まぐるしく思考していた。

 

 

 そんな会話を交わす2人を物陰から見ていたアルを初めとした”鬼火”の一党と『黒鉄の旋風』の4人。

 

「俺のこととかどうでもいいんだって!」

 

「煮え切らないわね」

 

「キュンキュンする~」

 

「目が離せませんね」

 

 アルの背中から顔を覗かせている凛華とエーラ、ラウラをマルクが半眼で眺めている。

 

「お前ら趣味悪くねえ?」

 

「マルクもいるではないか。他人のことは言えんぞ」

 

 ソーニャがツッコミを入れるがマルクは即座に問い返した。

 

「そう言うお前はどうなんだよ?」

 

「私は姉に同じだ」

 

 気にならないわけがない。ソーニャとて恋バナの類に興味のある乙女なのだ。

 

「良い趣味してるよなまったく」

 

 マルクは呆れたような顔をする。が、どこかに行く気配はない。

 

 ―――――こんな面白そうなものは絶対に見過ごせない。

 

 アルと同じくそう思っているあたり、マルクも他人のことは言えなかった。

 

「くっ、何を見せられてるんだ俺は・・・!早くくっつけよバカ・・・!」

 

「良いなぁ、私もあんなふうに告白されたい」

 

 双子は怨嗟と羨望の声を上げる。

 

「いかんぞ、レーゲン。それではいつもの流れだ」

 

 森人剣士ケリアが『もっと攻めるんだ!』と応援(エール)を送ると、

 

「ハンナもどうしてこう、変なところで察し悪いの?もっと空気を読んで言いやすい雰囲気にしなきゃダメじゃない。コロッといくのに」

 

 同じく森人であるプリムラがハンナの方にも『届け!』と言わんばかりに念を送った。

 

「なぁプリムラ、私はコロッといったのか?」

 

 恋人の発言を聞いたケリアは、思わずそちらを見る。

 

 ―――――うまく転がされてしまったというのか?

 

「私、逃がしたくない獲物に手段は選ばない主義なの」

 

 そんな視線を受けたプリムラは平然とそんなことを言い放った。

 

「そ、そうか。まぁ私も―――」

 

 逃がしたくないと言われ、悪い気がしないケリアがそう言いかけたところで

 

「「ケッ」」

 

 双子が唾でも吐き捨てたような苦い声を出す。

 

「オホン、そうだった。今はあっちだったな」

 

「うん。恋人二組がいる一党になるかならないかの瀬戸際だったわ」

 

 ケリアが落ち着いて話を元に戻すとプリムラもそんなことを言った。

 

「「あぐっ!」」

 

 双子が蹲る。どうやら一党の未来について考えが及んでいなかったらしい。

 

 ハンナは後輩武芸者(アルクス)を慮っている(ように見える)レーゲンへ優しく笑む。

 

「あんたも相当怪我してたじゃない」

 

「名誉の負傷だ。痛くも痒くもねえ」

 

 レーゲンはどうにかこの雰囲気をそれっぽいものにすべく頭をフル回転させていた。そのせいで返答も若干雑だ。

 

「確かにあの凶悪犯を捕まえるのに重たい怪我してないものね。名誉の負傷って言えるくらいで良かったわ」

 

 ハンナはそう言ってクスクス笑う。そう言えば昔盗賊退治をしたときもそんな風に彼は言っていた。

 

 しかしレーゲンはグルグル思考を巡らせていたせいで、上の空のまま意図せぬ返答をしてしまう。

 

「あんなゴロツキはどうでもいい」

 

「ん?でも名誉でしょ?」

 

「何言ってんだ、俺の名誉ってなぁお前を守って・・・・・・あっ」

 

 10年近い相棒に思考の端で会話をしていたレーゲンは自分が口走った言葉でハタと動きを止めた。急速に汗が噴き出してくる。

 

 ハンナは顔を軽く紅潮させ、

 

「い、今のは、仲間を守れたってこと・・・よね?レーゲンの言った名誉ってそのこと・・・なのよね?」

 

 上目遣いでレーゲンを見た。確認を取るような台詞だが、彼女の瞳はそうであってほしくないような相反した感情が滲んでいる。

 

 いつものレーゲンなら「そうだ」と肯定していただろう。

 

 ぬるま湯に戻る為に言う決まりきったおためごかし。

 

 しかし、今のレーゲンは散々アルに発破をかけられたレーゲンだ。覚悟が違う。

 

 ひとつ大きく息を吸い、ハンナの目を真っ直ぐ見て、こう告げた。

 

「いいや。好きな女と肩を並べて闘って、その上で守り切れたことが名誉なんだよ」

 

「へっ・・・・・・?」

 

 そこはかとない期待はしていたが、それでも誤魔化すような言葉が出てくると思っていたハンナは虚を衝かれて目を見開く。

 

 レーゲンの顔は少々赤いが、視線は真っ直ぐにハンナを射貫いていた。

 

 

△▼△

 

 

 実を言えば一党を組み始めた当初ハンナの方が強かったのだ。そこそこ名の通った商家の子女であり、きちんとした教育を受けて来た彼女は魔術も扱えるし剣術も基礎ができていた。

 

 それに対してレーゲンは田舎街の一般家庭で育った普通の少年。最初の方は危機《ピンチ》を助けてもらったり、依頼者との折衝をしてもらったり矢面に立っていたのは彼女の方だった。

 

 ―――――誘ったのは自分の癖に不甲斐ない。

 

 レーゲンはそうやって己を罵倒こそすれ、ハンナに嫉妬や羨望といった感情は一切持たなかった。

 

 なぜなら彼女は嫌な顔一つ見せることもなければ、馬鹿にするようなこともなく、「仲間なんでしょ?」と笑っていたからだ。

 

 だからこそレーゲンは努力した。

 

 先輩武芸者に頭を下げ、協会に置いてある規則から魔獣の知識、犯罪者一覧などを片っ端から読み漁り、魔術の指南をハンナに頼み込み―――暇ができるたびにそうやって己を高めるよう励んできたのだ。

 

 頑張ってくれている相方にいつか肩を並べられるように、いつか守り返せるように、と。

 

 それが恋慕に変わったのはいつ頃だったか。

 

 自分でも憶えていないがハンナはレーゲンにとって大事な存在であり、彼を強くした原動力そのものだった。

 

 

△▼△

 

 

 想いを告げられたハンナはこれが本当に現実なのか判然としない感覚に囚われていた。

 

 いつかそんな関係になれたらいいなとか、いっそ自分からいくかとか、でも断られたらどうしようとか、それはもう何度も何度も考えてきたのだが言葉が浮かばない。

 

「え、えっと・・・・」

 

 そこにレーゲンが踏み込んでくる。

 

「ハンナ。俺はお前のことが好きだ。いつからかは忘れたけど、今の関係も居心地が良くて長い間言い出せなかった。あー・・・えと言葉が上手く出てこねえ。とにかく大事に想ってる。付き合ってほしい。その・・・ゆくゆくは結婚とか、考えちゃいるんだが、まずは真剣な交際から始めたいと思ってる。それで、ええと、返事を聞かせてもらってもいいか?」

 

 ―――――言い切った。

 

 もう思いついたままの言葉をレーゲンは述べていた。頭で色々考えていた言葉など吹き飛び、ありのままの想いを告げることにしたのだ。

 

 ボンッと顔を真っ赤にしたハンナは「あぅ」だの「えとっ」だの言葉にならない声を上げる。ハンナの方も思考が定まらないようだ。そのまま沈黙してしまう。

 

 一向に返事をくれないハンナにレーゲンが「参ったな。やっぱりダメだったかね」と頬をポリポリ掻いた、その瞬間だった。

 

 ハンナが彼の胸に飛び込む。行動で示すことにしたのだ。頭が沸騰しているような気がして言語化できないというだけで、想いは同じなのだから。

 

「うおっ」

 

 レーゲンは飛び込んできたハンナを受け止めた。

 

 柔らかな彼女の身体を抱きしめたまま思案する。

 

 ―――――これは・・・どっちだ?お友達のままでいましょうとか言う奴か?だとすればいたたまれないなんてもんじゃない。都市へは単騎で帰還することも視野に入れるべきだろうか?

 

 そんな馬鹿なことを考えていたレーゲンへ、ハンナは埋めていた顔を上げた。彼女の紅潮した頬と潤んだ瞳に思わず見惚れる。

 

「・・・嬉しい。これからもっともっとよろしくね、レーゲン」

 

 囁くようにそう言ってはにかんだ。言葉の意味がじんわりと彼の脳内で融けていき、ようやく理解に達する。

 

 ―――――これは、つまり・・・了承だ。

 

 理解できたレーゲンの顔にみるみる喜色が浮かんでいく。ハンナはその表情を見て更に嬉しくなった。

 

「ああ!よろしくな!」

 

 次いで、レーゲンはぎゅうっと彼女を抱き締める。腰に腕が回された。

 

「・・・はぁ、良かったぁ」

 

 胸を撫で下ろすレーゲン。もうへたり込みそうだ。そんな彼へハンナは楽しそうに笑った。

 

「断るわけないのに。もう」

 

「でももし断られたらって頭を(よぎ)り続けてたんだよ」

 

 抱き合ったままレーゲンがそう言うと、

 

「ふふっ、うん。私もそれで言い出せなかったの。だから、ありがとね。やっとこうなれた」

 

 ハンナは心底嬉しそうに笑い、顎を上向かせて目を閉じる。レーゲンはドキッと心臓が跳ねた。が、それでも彼女の意に応える。

 

 ぎこちないが甘く柔らかな口付け。

 

 何年越しの本懐だろうか。止めどなく溢れてくる愛おしさに幾度重ねても足りない気がする。

 

 そうして何度も口付けを交わし、ようやく身体を離した。お互いに顔は赤く、幸福感で頭がクラクラしている。

 

 するとそこにザパアアアっと水を上げ、蛟が鎌首をもたげて現れてしまった。

 

「なっ!?アルの魔力を辿ってきたんじゃない!?」

 

「ええっ、今そんな出てないはずなのに!」

 

「昨日散々触れ合ったから覚えちゃったんだよきっと!」

 

「あっちに誘導とかできますか!?」

 

 蛟に驚いた2人の耳に、”鬼火”の一党の4名の声がバッチリ聞こえてくる。

 

「いや、四人共・・・」

 

 気恥ずかしさを紛らわすようにソーニャが口を開き、

 

「今のでバレたぞ」

 

 冷静を装うマルクがそう告げた。

 

「「「「!?」」」」

 

 驚愕の表情を浮かべて4人がそちらを見れば、レーゲンとハンナが今度は羞恥で顔を赤らめている。

 

「あ、あんた達っ!見てたの!?ちょ、プリムラ達まで!?」

 

 怒ったような表情を向けるハンナは『黒鉄の旋風』の仲間を見つけて耳まで真っ赤だ。

 

「そんな気はしてたが・・・うぉぉぉ、思ったより恥ずい」

 

 レーゲンは俯いて羞恥に耐えている。

 

 ケリアとプリムラは良い笑顔でそちらを見やり、双子は自分たちのことは置いておいて祝福すべきだろうと考えたらしい、楽し気な笑みを浮かべていた。

 

 そこでアルが口を開いた。

 

「ささっ、こちらのことはお気になさらず。続きをどうぞ」

 

 凛華とエーラは興味津々でジーッと見ているし、ラウラとソーニャは恥ずかしそうにしながらも視線を外す気もなさそうだ。

 

 というか誰もどこかに行く気がない。

 

「「できるかあっ!!」」

 

 レーゲンとハンナの渾身のツッコミが湖面の上を奔り抜けていくのだった。

 

 

 ***

 

 

 あのあと、仲間の10人に祝福されまくった2人は帰路につく前に蛟と触れ合おうと言うことで寄ってきてくれた頭の鱗を撫でたりしていたのだが、ここでアルが策を講じた。

 

 昨日の段階で話が通じるとみたのか鎌首のひとつへ話しかけ、レーゲンとハンナを誘導。すると、まるで乗れとでも言わんばかりに彼らに頭を下げたのだ。

 

 おそるおそる跨った2人。蛟はゆっくりと身を起こし湖上を巡航(クルージング)し始めた。

 

 初めは落ちないようにと怖がっていた2人だが、蛟が体験させてくれたのは村を一望できるほどの高い場所からの景色や火照った顔に丁度良い心地の良い風。

 

 恐怖から一転して感嘆の声を上げるハンナをレーゲンは後ろから大事そうに抱えるようにして、蛟からの感謝の印を楽しむのだった。

 

 ちなみにその蛟を直接助けることになったアル。それはもうほとんどの鎌首から巻きつかれ、なかなか解放して貰えず凛華やエーラ、そしてラウラは群がる蛟と楽しそうに触れ合うのであった。

 

 マルクが後で聞いたところ、ソーニャも慣れはしたものの触るのは難しかったらしい。

 

 こうして『黒鉄の旋風』と”鬼火”の一党は、大きな達成報告を携えて帰路に着いたのだった。




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