日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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ここでは初投稿になります。読んで頂ければありがたい限りです。


また「小説家になろう。」と「カクヨム」にて同作を連載投稿しております。


現在両サイトにて投稿されているものとこちらに投稿するものは少々文体が違う場合があります。


こちらへは定期的にある程度纏めて更新していく予定です。


39話 暇な帝国の年明け (虹耀暦1286年12月31日~1287年1月3日:アルクス14歳)

 ウィルデリッタルトへ帰還した”鬼火”の一党ことアルクスたち6名と『黒鉄の旋風』は帰り着いたその足で達成報告を行うことにした。

 

 1日や2日程度ならどうということもないが、それでもやはりきちんとした寝台(ベッド)で寝るのが一番ということで、捕らえた”叛逆騎士”の懸賞金が入ったら打ち上げに行こうということでその場は解散。

 

 晴れて恋人同士になった『黒鉄の旋風』の頭目と副頭目であるレーゲンとハンナは大いに冷やかされながらも仲睦まじげに手を繋いで帰路へついていった。

 

 一党仲間の双子ヨハンとエマがその後から羨望の眼差しを向けていたのは言うまでもない。

 

 

***

 

 

 屋敷に帰ってきたアル達6人を出迎えたシルト家の面々。彼らが見たのは右眼を癒薬帯に覆われ、首元や手にも包帯がそこかしこに巻かれているアルの姿だ。

 

 どう見ても深手を負っているようにしか見えない。当然の如く仰天した。

 

 指名手配犯を捕らえたという報告はさすがにまだ届いていなかったらしい。

 

 叔父であるトビアスや祖父に当たるランドルフはすぐに癒者を呼ぼうとしたのだが、アルがやんわり止めた。

 

 右眼を刺されたりしたわけではないし、そもそも包帯自体大袈裟だと思っているからだ。

 

 従妹のイリスなど既に兵舎の方へと駆け出していたのでマルクガルムが捕まえる羽目になった。

 

 とにかくワケは話すからと客室棟の自室に背嚢を置き、そのまま屋敷で報告会となったのだった。

 

「じゃああの”叛逆騎士”ハインリヒ・エッカートを捕らえたのかい?牢の警備人員を増やさないと」

 

「いえ、四肢がないので要らないと思いますよ」

 

「顎も砕いたしな」

 

 トビアスがこりゃあ一大事だと動き出そうとするのをアルとマルクの言葉が制止する。

 

「・・・四肢がないのかい?」

 

「右腕は肩口から、左腕は肘、両足は膝から先がありません」

 

「それなら、大丈夫か」

 

 立ち上がりかけたトビアスは椅子に座り直した。そこまで念入りに消し飛ばされているなら通常の人員でも問題ないだろう。シルト領の兵士はヤワではない。

 

「そんなに有名な犯罪者だったのですか?」

 

 結局よくわからないまま捕らえることになったので、どれほどの悪人かわからない。そう思ったラウラが訊ねると、

 

「うん、伯爵家の家人を使用人含めて皆殺しにして逃げてるからね。善政で知られてた方々だったから怨恨の線もないだろうってことで一時期結構な騒ぎになったよ」

 

 トビアスはそう答えた。20年前、世間を震撼させた残酷な事件だ。

 

「どおりで普通の犯罪者と違うと思った。あの準聖騎士に近い感じだったよ」

 

 一言二言程度しか交わしていないが、何か歪だが芯のようなものを感じた。もっとも厄介なだけなので悪人に芯などない方が良いのだが。

 

「アルしか話してないものね。あたし達が駆けつけてすぐ気絶させちゃったし」

 

 凛華の言葉にアルは頷く。

 

「右腕消し飛ばされたのにあいつは正気だったよ。大方、俺を殺して動揺を誘ってる間に逃げおおせるつもりだったんじゃない?」

 

「ふっふん、ボクの弓の腕が光ったね」

 

 シルフィエーラが胸を張った。ハインリヒの持っていた刃が波打っている短剣を灼き落したのは彼女の『燐晄』だ。

 

「うん。エーラと凛華の魔力を感じたときは安心したよ」

 

「というかアル殿はそんなのを相手によく両腕を塞がれたまま戦えたな」

 

 後で知って驚愕したソーニャはそう言う。とても自分では出来る自信がない、無手で敵の剣をやり過ごすなど。

 

「レーゲンさん達と戦ってバテバテになってたし、躱すだけなら案外何とかなるもんだよ」

 

 アルは涼しい顔で言ってのけた。ハインリヒに襲われていた時もこんな風に飄然と、いやもっと冷めた目をしていたとラウラは記憶している。

 

「ま、凛華や俺ら相手に稽古してればそうもなるか」

 

 龍眼が使えるとはいえ、”魔法”を縛らない戦闘民族相手に正面切って戦えるのだ。

 

 忘れがちだが『黒鉄の旋風』やアルはその時点で常人の域を越えている。アルに至ってはその3人に勝っているのだから並の相手で敵う道理もなかった。

 

「しかし『魔封輪』が使われていたとは・・・」

 

 渋面を作るランドルフ。

 

「あれは何なんでしょう?アルさんは大型の方は欠陥品か複数使用が前提だって言ってましたけど」

 

 ラウラは一党全員の疑問をランドルフへ問うてみた。

 

「三十年以上前に使用廃止が決められた手錠のようなものだ。魔力を多く持っている者や魔術師の犯罪者を拘束するものとして開発されたらしいのだが、長期間嵌め続ければ己の魔力で自家中毒に陥るという問題点があってな」

 

 体外への魔力放出を完全に止めるという性質上、操魔核で生成され続ける余剰魔力が発散されないで溜まり続け、やがて中毒になる。

 

「闘気も使えるしアルの言う通り、やっぱり欠陥品だったのね」

 

 凛華はそう言って結論づけた。

 

「しかしそれが犯罪に使われているとなると・・・・」

 

「注意を呼び掛けておくべきだろうな。今の時代には知らぬ者も多い」

 

「ですね。注意喚起と出処の徹底捜査を命じておきます」

 

 シルト家の先代当主と現当主が頷き合う。

 

「その蛟って水竜見てみたいですわ!」

 

 難しい話終わった?と言わんばかりにイリスがはしゃぎ出した。十叉大水蛇(とおまたのおおみずち)は彼女の好奇心をいたく刺激したようだ。

 

「昔行ったことがあるけど、凄い迫力だったよ。暖かくなったらドラッヘンクヴェーレへ行ってみるのもいいね」

 

 無邪気な娘へトビアスが微笑む。

 

「アルがいたら乗せてもらえるかもね」

 

「えっ、あの水竜に乗ったの?」

 

 エーラの発言に驚いたのはイリスの母でアルの叔母に当たるリディアだ。品の良さそうな顔で目を真ん丸にしていた。

 

「レーゲンさんとハンナさんのお祝いですよ。俺らは乗ってません。覚えてはもらえましたけど」

 

「む、『黒鉄の旋風』の頭目と副頭目であったな。彼らがどうかしたのかね?」

 

 アルの返答に彼らのファンであるランドルフが食いつく。

 

「好き合ってたから発破かけて関係を進展させたんですよ」

 

「ほほう!それは実に目出度い!」

 

「あなたは本当に彼らが好きですねぇ」

 

 ランドルフの妻メリッサは夫の興奮のしようにクスクスと笑った。

 

「それはそうだ。誇りある武芸者たちじゃないか」

 

 ウィルデリッタルト元領主はやや憮然とした表情を妻に向ける。シルト家の者は武芸者出だ。思い入れは強い。

 

「それなら良い話がありますよ。アルが疲労と怪我で寝た後、ドラッヘンクヴェーレの纏め役とレーゲンさんが折衝をしたんです。その時に報酬に色をつけるという話があって・・・」

 

 とっておきだぞ?とでも言うようにマルクが語り始めた。

 

「ほうほう。それで?」

 

「レーゲンさんは突っぱねてました」

 

 集まった視線を受け、マルクは端的に結果を述べる。

 

「なんと。それは如何様な理由かな?」

 

 面白そうにランドルフが問いかけた。

 

「曰く、『”叛逆騎士”の懸賞金が入るから報酬は提示額でいい。俺達に色を付けるくらいなら村の復興に充ててくれ』だそうです」

 

「素晴らしい!やはり武芸者はこうでなくては!」

 

「まぁまぁ、あなたったら子供のようですよ?」

 

 レーゲンの返答はシルト家の琴線に触れたようだ。興奮するランドルフとその彼を可笑しそうに笑うメリッサ。

 

「私も『黒鉄の旋風』に会ってみたいですわ!」

 

 ここにも一人ファンが増えてしまった。収拾がつかなくなりそうな気がしつつも世話になっている先輩方の話ということでついつい口が回る6人。

 

 結局そのまま夕食の時間となってしまい、その間もアル達の経験も含めた武芸者の話題で盛り上がったのだった。

 

 

 ***

 

 

 さて、帝国の年越し文化は隠れ里のそれとは大きく異なっている。

 

 12月31日の夜から1月1日の朝まではゆっくりとした時間を家族と過ごし、その後3日間ほどは家で過ごしたり、親戚同士で集まったりして新年の宴会などを開く。

 

 どちらかと言えば核家族化が進行する前の日本のような感じだ。また家族が近くにいない者は仲間同士で寄り集まって飲み明かしたり、気ままに喋ったりと、やはりゆったりとした時間を過ごす。共和国も似たようなものだ。

 

 

 翻って隠れ里の年越しと言えば、祝いこそすれ意外とサッパリしている。

 

 周辺が大森林なので魔獣への警戒を解くこともできないという理由から平常通りになりやすく、元々色んな種族が寄り集まっているので文化もバラバラ。

 

 ついでに言うと里にいるほとんどが顔見知り。そんな事情もあってどうしても特殊な日という感覚がつきにくいのだ。

 

 かくいうアルも片親で育てられたためそういった感覚はないに等しい。毎年一番初めに訓練場で暴れていたのは誰を隠そうアル達4人である。

 

 そういった背景があったため、当初帝国の年越しについて聞いたアル達4人は『3、4日も家で何するの?』と心底不思議そうな顔を浮かべていた。

 

 ―――そんなの暇じゃない?

 

 4人の顔に書かれていたのはその一言だ。ラウラとソーニャやシルト家の面々は苦笑するしかない。

 

 それでも普段活発な彼らは「郷に入っては郷に従え」と何とか12月31日を楽しく年明けを祝って過ごした。

 

 

***

 

 

 明けて1月1日―――虹耀歴1287年の初日。新年の挨拶と食事を済ませて数時間後のことである。場所は客室棟の3階、アルに宛がわれている部屋だ。

 

「最っ高にダラけてんな」

 

 マルクはアルの部屋の現状というか惨状を見て呟く。

 

 アルは暇になると途端にダメなようで、現在エーラに誘われるがまま寝台で膝枕をしてもらい、『釈葉の魔眼』を開きっぱなしにして腹に座っている夜天翡翠を撫でていた。ちなみに帰ってきたその日に癒薬帯は外している。

 

 そしてその隣では凛華が龍鱗布に包まってスヤスヤ寝息を立てていた。アルが止める間もなく「暇」と言い置いて眠ったのだ。

 

 エーラはエーラでいつもとは違って聖母のような表情でアルの髪を梳いている。

 

 10人中10人がスケコマシなダメ男の図だと答えるであろう光景だ。

 

 日課の操魔核の鍛錬だけは済ませているものの飲食店は開いてないし、武具屋も当然閉まっていた。

 

 やることもなければ行くところもない。稽古でもやるかと思ったが怪我が治ったばかりで無茶はできず、さっさと終えた。

 

 しょうがないので部屋に戻り、1時間もしない内にこの有り様だ。

 

 寝台の横に置いてある長椅子(ソファ)ではラウラがアル謹製の魔術指南書と鍵語表を見比べながら時折エーラに羨望の眼差しを向け、ソーニャはソーニャでシルト家の蔵書『盾術・序』を読んでいるがさっきから目の前の光景に変な想像を掻き立てられてしまい一人で赤くなったりしている。

 

 マルクは階下にイリスが来ていると報告があったので迎えに行き、少々小話をした後彼女を連れて昇ってきたのだが、いつの間にやらアルは膝枕されて脱力しているし、凛華はよりアルに寄っているし、弛緩した雰囲気が開けた瞬間に見て取れた。

 

「に、兄様ちょっと破廉恥ですわよ」

 

 後ろにいたイリスが顔を赤らめて従兄を注意する。この場合アルの顔立ちも問題だ。

 

 男性らしさもありつつ、やはりどこか中性的で端正なその顔はやたらと耽美な雰囲気を醸し出していた。

 

 瞳に吸い込まれている流星群(魔眼)もその雰囲気に一役買っている。

 

 カチカチカチッ――――。

 

「これでいい?」

 

 ”灰髪”に緋色の右眼だけを動かしたアルはそう問うが、イリスは首を振った。

 

「余計悪化しましたわ。退廃的な雰囲気が増してますわよ」

 

「じゃあやめる」

 

 そう言って黒髪に戻ったアルは口を半開きにしたまま虚空を眺めている。

 

「兄様はどうしましたの?」

 

 イリスは埒が明かないとマルクの方へ向いた。いつもしゃんとしている従兄のイメージは既にガラガラと崩れ去っている。

 

 もっとも凛華やエーラはこのダラけ切っているアルもそれはそれで良いと言うのだろうが、兄として慕っているイリスからすると理解できなかった。

 

「暇過ぎてああなってるんだよ」

 

 マルクは困り顔だ。いつもこれなら怒りようもあるが、普段はしっかりしているので休ませてやろうかな、などと思ってしまうのだ。

 

「兄様は暇つぶし持っておりませんの?」

 

「うん。買いそびれた」

 

 アルは『魔眼』を発動したままイリスに視線を合わせる。

 

 イリスとお付きの者に連れられてマルクとソーニャは書店に行ったのだが、アルは件の依頼について詳細を求められて支部に行かなければいけなかったり、ラウラの『魔術』を視てやったり、3種類ある『燐晄』が羨ましくなった凛華が自分も種類(バリエーション)が欲しいと言ってきたりして時間を取られまくったせいだ。

 

 

 ちなみにマルクが買った本は『帝国史概論』という帝国の興った時代背景と歴史の流れが綺麗に纏められた本である。

 

 魔導具の筆頭開発国ということで印刷技術が高い帝国の本は他国より安い。子供用の絵本で10ダーナもしない。マルクの買った本も400頁はある分厚いものなのだがそれでも30ダーナでお釣りが出た。

 

 著者が帝国の興りから見てきて近年に亡くなったという生き字引のような人物であったので非常に精度が高く、帝国史を学ぶのであれば必携とまで言われている本だ。

 

 そのため尚更、価格が低い。これがただの学者の自費出版ものであれば倍以上はしただろう。

 

 暇だと嘆いているときにマルクの買った本を見たときは「しまった!」と心から思ったアルだった。

 

 

 グダッとしているアルを見かねたマルクは声をかける。

 

「年明けてまだ半日も経ってねえだろ?凛華に頼まれた術でも創ってるのか?」

 

「それがなーんにも思いつかなくてさ」

 

 凛華からおねだりされた新魔術は原型どころかコンセプトも思い浮かばない。簡単に思いつくならとっくに創作に夢中になっているか使わせて感想を聞いて微調整しているところだ。

 

「あの、アルさん。いいですか?ここなんですけど」

 

「んー?」

 

 ラウラは魔術書を見せるが見えにくかったらしくアルが腰元をズラして寝台を空ける。ラウラはそのあたりに座って持っていた魔術書を見せ直した。

 

 もう色々ダメな画である。ラウラも自覚はあるらしく少々顔を赤らめている。

 

「兄様!さすがに自堕落が過ぎますわ!外!外行きますわよ!」

 

 頬を紅潮させたイリスが叫ぶも

 

「外、なんにもないんだもん」

 

 アルはいっそ泰然としてそんな風に返した。

 

「どこもお店開いてないしねぇ」

 

 そこにエーラがにこやかに援護射撃を入れる。彼女としてはどうせ1日もあればアルはこの状態にも飽きて動き出すのだから今はこうしてていいじゃない?というスタンスだ。

 

「そこっ!同意しないでくださいませっ!兄様!子供のようなことを仰っても聞きません!さ、行きますわよ!」

 

「えぇ~。でも外、寒いよ?」

 

 アルがそう言うと、

 

「今日は冷えますからね」

 

 ラウラまで同意してくる。魔術書を置いて、眠たそうな夜天翡翠の首元を優しく撫でていた。

 

 ぐぎぎっと歯を食い縛るイリス。彼女の代わりにマルクが苦笑いしながら提案した。

 

「なぁ、アル。レーゲンさん達の宿行ってみねえか?」

 

「レーゲンさん達の?」

 

 興味を惹かれたアルは問い返す。

 

「イリスが会ってみたいって言ってたろ?新年の挨拶がてら紹介しとこうぜ。俺らも一月末にはこの都市出るし、何かあったときに守ってくれる人がいたほうが良いと思わねえか?」

 

 マルクの言葉には非常に説得力があった。従妹がまた何かのっぴきならない事態に陥った時、信頼できる武芸者がいるのは心強い。

 

「確かに思う。ふわぁ~・・・じゃあ行こうか。準備は?」

 

「お前以外は出来てるみてえだぞ」

 

 そう言われたアルは自分の服を見る。戻ってすぐ着替えた釦止めの適当な白襯衣(シャツ)を羽織るように着ていた。

 

 次いでラウラとエーラを見る。いつも通り動きやすさを重視しているが小洒落た格好だ。エーラの方はきちんと赤い数珠玉(ビーズ)の髪飾りもつけている。

 

「ほんとだ。じゃ、ちょっと待ってて」

 

 アルはそう言ってポイポイと適当に着替え始めた。アルはマルクに較べれば線は細いが、それでも剣士だ。

 

 筋が入った首筋や身体に刻まれた薄い傷跡、鎖骨が妙に艶めかしく映ったらしく、寝ていた凛華と同性のマルク以外はほんのり赤面することとなった。

 

 

 ***

 

 

 『黒鉄の旋風』がいる宿についた”鬼火”の一党とイリスは、彼らの所在を探す。追記しておくと黙ってイリスを連れ出したわけではない。

 

 年始の挨拶などで忙しそうなトビアスへ許可を求めると二つ返事で了承の意が返ってきたのでそのまま馬車に跳び乗って来た。

 

 ちなみに凛華の寝起きはあまり良くない。すぐ寝惚けてしまうのでアルが起こした際もトロンとした眼で甘えるように抱き着いてきて更にイリスを騒がせることになった。

 

 しかし抱き着いた当の本人は意識が覚醒しても平然としており、そのせいで移動中アルは従妹から「破廉恥」と散々言われることになったのは余談である。

 

 

 年末年始でもここ帝国では宿泊施設と一部商会だけは営業中だ。というか寧ろ名所や市内にある宿泊施設にとってこの時期は案外客を呼び込む良い好機であるらしく、閉じているということはまずない。

 

 勿論急な客や宿泊客以外への対応は制限しているところもあったりはするのだが、宿泊客の縁者や知り合いには特別に接客(サービス)していたりするし、大きな宿では完全に平常通り営業するところもあるくらいだ。

 

 どこで縁が繋げるかわからない客商売の辛いところであり、面白いところでもある。

 

 『黒鉄の旋風』が泊まっているのは三等級の一党くらいであれば泊まるのに苦労しないくらいの安過ぎず高過ぎない宿。レーゲン曰く、「家って感じのする宿」とのこと。

 

 急な客だと思って謝罪に来た宿の主人へ、アルは『黒鉄の旋風』の知り合いであることを丁寧に告げる。

 

 等級の高い武芸者にはファンがいたりするのでその類かと思った主人はアルの見せた認識票を見て、知り合いの可能性が高いと判断した。

 

 どうしても動作に洗練された武芸者のそれが滲み出ていたというのも判断理由の一つである。

 

 

 主人の言葉を受けた従業員が彼らを呼びに行くと、いつもと変わらない先輩武芸者達6名が降りてきた。

 

「よっ、新年おめっとさん。一週間も経ってねえけど、どうかしたのか?」

 

 レーゲンが挨拶と共に問いかけ、その後ろからハンナや双子、森人カップルが続く。

 

「『魔封輪』の話ならちゃんと聞いたわよ?ってあれ?その子は・・・どこかで見たことあるわね」

 

 ハンナがそんな風に言いながらアルの後ろを覗き込んだ。イリスはキラキラと目を輝かせて前に進み出る。

 

「初めてお目にかかりますわ、といっても私の方はあなた方を遠目に見たことはあるのですけれど。私はイリス、イリス・シルトと申します。以後お見知りおきを」

 

 そう言ってイリスは綺麗な膝折礼(カーテシー)を行った。

 

「「「「「「・・・・」」」」」」

 

 固まる『黒鉄の旋風』6名。ややあってレーゲンが動き出した。

 

「おいちょっとアルクス、面貸せ」

 

 慌ててレーゲンがアルを壁際に連れて行く。

 

「ふぁい?」

 

 しかしアルの返答は欠伸混じりの緊張感の欠片もないものだった。

 

「欠伸しとる場合かっ!」

 

 思わずレーゲンはツッコミを入れる。次いで声を潜めながら叫ぶという小器用なことをやってみせた。

 

「領主様んとこのお嬢様じゃねえか!」

 

「そうですよ、俺の従妹です」

 

 ちゃんと挨拶できて偉いでしょう?くらいな感覚で紹介するアル。

 

「いやいやいや違う。お前が領主様の甥ってのはもう受け入れてる。けどな、だからって正真正銘の貴族令嬢を連れてきてどうしようってんだ!?」

 

「ラウラとソーニャも扱いは貴族令嬢ですよ?」

 

 冷静にそんなことをのたまうアルにレーゲンのこめかみがヒクついた。

 

「ああそうだな。でも俺の言いたいことは違うってお前はわかってるよな?」

 

 レーゲンがググッと肩を掴んでくる。ちょっとやり過ぎたかもと思ったアルはきちんと説明することにした。

 

「『黒鉄の旋風』は聖国の一件以来シルト家からの覚えが良いんですよ。こないだの話をしたらイリスが会ってみたいって言うし、俺らも暇で暇でしょうがなかったから連れてきました」

 

「正直で大変よろしいが暇潰しで先輩んとこ来るんじゃねえよ!しかもお嬢様連れて!」

 

 案の定ツッコミというか最早クレームのような物言いが飛んでくる。

 

「俺達あとひと月くらいしかウィルデリッタルトにいないから信頼できる人と顔合わせさせときたかったんです。何かあったときに頼れる人達に」

 

 アルはマルクと話していた真意をレーゲンに語った。イリス誘拐事件についてしっかり聞き及んでいる三等級武芸者一党の頭目は「うっ」と言葉を詰まらせる。

 

 アルの言葉はレーゲン達を心底信頼しているということに他ならなかった。

 

「・・・お、おう。お前らにそう思って貰えるのは嬉しいけどよ。急に来られても俺らもどうしていいか、わかんねえっていうか」

 

 頬をポリポリと掻いて照れる先輩武芸者を無視してアルは話題を急転換させる。

 

「で、ハンナさんとはどこまで行ったんです?」

 

「そうじゃねえよなぁ!?」

 

 レーゲンは顔を赤らめながら額に青筋を浮かべた。

 

「ああ、そうでした。イリスは言葉遣いこそお嬢様っぽいですけど武芸者に憧れる素直な子だから大丈夫ですよ」

 

 ―――――魔族らしい感覚だな。

 

 と一瞬思ったレーゲンだったがケリアやプリムラはそこらへん弁えてるのでやはりこいつが失礼極まりないだけだと判断した。

 

 シルト家の貴人が()()()()()()()()()()のであって、こちらが上がっているわけではない。少なくとも帝国民にとってはそれが常識である。

 

 信頼と実績のある帝国三等級武芸者なら実は少々違ったりするのだが、如何せん庶民出のレーゲン。後付けの感覚の方が違和感を感じるものだ。

 

「違う違う、言いたいことはそういうことじゃねえ。いきなり偉いとこのお嬢様連れてきて俺ら何すりゃあいいんだって聞いてんだよ!」

 

 半ば悲鳴のような問いかけ。それに対しアルは、

 

「レーゲンさん達は経験豊富な武芸者でしょう?今までの依頼話とかしてやってください」

 

 シルト家の者ならまず間違いなく喜ぶであろうことを告げつつ、

 

「あと、できれば仲良くしてやってください。俺達がいなくなったら、きっと寂しがるだろうから」

 

 最後にイリスを可愛がる兄としてお願いした。

 

 レーゲンは色んな感情をない交ぜにした顔を一瞬浮かべ、アルの頭をわしゃわしゃとかき混ぜる。

 

「わーったよ。後輩(お前ら)とお嬢様の頼みだ。やってやんよ」

 

「助かります。レーゲンさん達の他にいないし、俺ちょっと怖がられてるから頼める人いなかったんですよ」

 

「おう。いや、後半はお前の自業自得だろ」

 

 レーゲンは冷静なツッコミを入れつつ、イリスの前へと出向くのだった。

 

 

 ***

 

 

 いつまでも入り口にいるのもお嬢様が冷えてしまうということで場所を食堂に変えた。アル達7名の座る前に『黒鉄の旋風』6名が座る。

 

 期待に目を輝かせるイリスになんとなくやりづらさを感じつつもレーゲンは背筋を正して口火を切った。

 

「『黒鉄の旋風』頭目レーゲンと言います。個人では三等級、剣士をしております。お見知りおきを」

 

「副頭目のハンナと言います。同じく三等級の剣士です」

 

「ケリアと申します。そちらのシルフィエーラと同じく森人で、三等級剣士をしております」

 

「同じく三等級の弓士、プリムラです」

 

「四等級剣士のヨハンです」

 

「その双子の妹、四等級槍士のエマです」

 

 全員が頭を下げつつ自己紹介を済ませる。イリスはニコニコしながら元気よく挨拶をした。

 

「よろしくお願い致しますわ!―――あ。凛華姉様、そちらのレーゲン様とハンナ様がこないだの・・・」

 

「そうよ。皆の前で口付けして、蛟の上でイチャイチャしてた二人よ。熱々の恋人達ね」

 

 凛華の言葉が早々にハンナの精神を大きく抉る。

 

「ちょっと!?」

 

「あの話、(わたくし)非常にキュンキュン致しましたわ!」

 

 更にイリスが無邪気に抉った。咄嗟にレーゲンは沈黙を選択する。ハンナは顔から火が出るほどの恥ずかしさを覚えた。

 

「は、話したの!?」

 

「女子部屋で熱心に聞かれたのよ」

 

 凛華は平然と返す。ちなみにアルとマルクはそれぞれ自室で爆睡していたのでそんなやり取りは知らない。

 

「うぅぅぅぅ~~・・・レ、レーゲン、恥ずかしいよぉ」

 

 レーゲンの腕を掴んで揺さぶるハンナ。しかしレーゲンはこれ以上傷を広げたくないため沈黙を貫いて俯いている。

 

「今のは一度も見たことない反応だね。これもきっとこないだ関係が進展したからだよ」

 

 エーラがやたらと鋭い。ハンナはついつい甘えてしまった己を罵倒した。

 

「そうなんですのエーラ姉様!?今のすごく可愛らしかったですわ!」

 

 容赦のない追撃。『黒鉄の旋風』副頭目はガクリと撃沈する。気の毒そうなアルとマルク。

 

「イリスちゃん、あんまりハッキリ言ってはダメですよ?」

 

 ラウラが見かねて助け舟を出した。

 

「どうしてですのラウラ姉様?」

 

 キョトンとするイリスへヒソヒソと何事か囁き出すラウラ。

 

「それは――――」

 

 ケリアとプリムラ、エーラは一瞬ニヤッとしてマルクへ視線をやるが、当の本人はイリスから一番離れた位置にいる。

 

 『人狼化』していない彼は不思議そうに眺めるのであった。

 

「っ!ご、ごめんなさいですわハンナ様。無神経でした」

 

「い、いいのよ。いやいいんです」

 

「普通に話してもらって構いませんわ。この中で最年少は私ですし、帝国に不敬罪などございませんから」

 

 帝国の初代皇帝が「そんな馬鹿な法律作るから国が腐るんだ」と言い放って法案にすら上げさせなかったという経緯がある。俗に言う初夜権なんかも同様だ。

 

「そういえばレーゲンさん達はこの二日くらいどうやって過ごしてたんですか?ご実家は?」

 

 アルが問う。少なくともレーゲンはここからそう遠くない街ヴァルトシュタット出身のはずだ。その質問にレーゲンはくたびれたように語り始めた。

 

「それがなぁ。ほれヨハンたちが餓狼使い捕まえたろ?」

 

「ええ」

 

「連中の使ってた餓狼の餌に少量の麻薬が出たらしいのよ」

 

 ハンナは苦々しい顔をする。麻薬というモノを心底嫌悪しているようだ。

 

「それは、まさかあの連中の使っていた”誘引剤”に近いものか?」

 

 ソーニャは脳裏に強くこびりついてる記憶を思い起こして訊ねる。

 

「ああ、軍人達もそんなこと言ってたな」

 

「俺とエマが張本人を捕まえたからそのときの話とかを聞かせてくれって言われてさ」

 

 レーゲンとヨハンがそう言うと、

 

「だから詳しいことを全部話してたんだよ。日程が空いてるならドラッヘンクヴェーレについてきて捜査に協力してくれないか?とも言われちゃってね」

 

 とエマが言葉を引き継いだ。

 

「幸い我々もいることだし、ここの軍人は特に武芸者への当たりが柔らかい。だから快く協力を申し出たのだ」

 

「そういうわけで帰って来たの、実は昨日の午後なの」

 

 最後にケリアとプリムラが結ぶ。アル達は領軍の勤勉さにも驚くが、『黒鉄の旋風』の日程にも驚いた。

 

 報酬を受け取りに行って数日もしていない。軍へ有力な情報提供者として協力していたなんてついぞ知らなかった。

 

「だから帰るに帰れなかったんですね。ところで、結局その薬の出所は非合法の組合でしたか?」

 

 アルは真剣な表情になって訊ねる。先程までの緩い表情は鳴りを潜めていた。

 

「非合法の組合?」

 

 その情報は知らなかったのかレーゲンは鸚鵡返しに問い返す。

 

「俺らがゼーレンフィールンで魔獣の侵攻を受けたときは非合法の傭兵組合が実行役の連中に似たような薬を渡してたらしいんだよ」

 

 マルクが以前の件の真相の一つを詳らかにした。

 

「まじかよ。じゃあ・・・」

 

「あの”叛逆騎士”もそこと通じてた可能性があるってわけね」

 

 レーゲンとハンナが頷き合い、

 

「今の話なら繋がっててもおかしくないわ」

 

 凛華も腕を組んでそう言う。

 

「でもゼーレンフィールンの方でボクらが戦った魔獣は犬笛?餓狼笛?なんかじゃ言うこと聞かなそうだったよね?」

 

 エーラはあの侵攻を思い出しながら口を開いた。あの200体以上いた魔獣にそこまでの理性は残っていなかったように感じる。

 

「麻薬の量を調節している、とかでしょうか?」

 

 ラウラは難しい顔で唸った。何せ麻薬など普通に生活していたら目に入ることなどない。

 

「私達を襲った連中には”誘引剤”だと言って渡していたのだろう?今回は別の名称を使っていた可能性もあるのではないか?」

 

 ソーニャの意見は鋭い。結局のところ”誘引剤”は麻薬だった。分量を変えてしまえば何とでも言える。

 

「今回もその非合法の組合が関わってるってアルクスは思ってんのか?」

 

 レーゲンの問いにアルは左眼を閉じて思考した。ややあって口を開く。

 

「関わってる可能性もあるとは思います。でももっと大きな連中も関わってる気もしてます。その非合法の傭兵組合単体だって決めつけるのは違う気がします」

 

「理由は?」

 

 鋭く問うレーゲン。

 

「蛟って有名なんですよね?」

 

「ああ。少なくとも帝国南部じゃ知らねえって人間はそうそういねえな」

 

「だな」

 

 レーゲンとヨハンが頷いた。アルは続ける。

 

「ハインリヒ・エッカート。あいつは蛟を捕らえてどこかに運ぼうとしてました。殺すでも、鎌首を落とすでもなく。それって蛟をどこかの誰かが引き取る、もしくは()()()()()()()()()()()()()ってことです」

 

「あんな目立つ魔物を買っても隠し切れる・・・いや、それ以前に運んでても隠し通せるだけの規模を持ってる誰かがいる、そう言いてえんだな?」

 

「はい。実行役をハインリヒ・エッカート、仕事を回したのが非合法組織と仮定したとしてもまだ買い手がいます。ゼーレンフィールンの実行役と非合法組織の繋がりはかなり薄かったそうです。今回も買い手が直接依頼したとは考えにくい」

 

「なるほど・・・後ろ暗い仕事を回す者共と仕事を熟す者共、そしてその恩恵に与る者共。そんな連中の繋がりが薄い癖に表沙汰になりにくいほどの力、この場合は資金力や規模か。そういったものを持っている連中がいてもおかしくはないな」

 

 ケリアが唸った。まるで蟻の巣だ。どこまで深いのか、どういう構造をしているのかすらわからない。

 

「ん~・・・そういうのが出来るのって貴族とかじゃないかしら?」

 

 凛華は問うた。この場にはイリス(貴族)もいるがそういったことは除外して考えている。

 

「貴族の可能性もある。でもこの場合は権力より先に資金力だと俺は思ってる。大商会でも同じことは出来るはず。最悪なのはどっちも黒の場合だよ」

 

 アルがそう言うと、

 

「商会かぁ。豪商は手勢を持ってるものね」

 

「そいつらが組んでたらどうしようもないわ」

 

 ハンナとプリムラはうへぇと嫌そうな顔をした。闇の深そうな話だ。

 

「どっちにしても根っこが見えねえな」

 

 とレーゲン。

 

「はい。結局ゼーレンフィールンの件でもそういう組織があるってことしかわかりませんでしたから」

 

「尋問されてる”叛逆騎士”が喋るかねえ?」

 

 マルクがそんなことを言う。

 

「餓狼使いは喋りそうだけど、あっちはどう見ても末端っぽかったよね」

 

 エーラはあの商人を思い出しつつそう思った。

 

「あまり情報を持ってない可能性の方が高そうですね・・・」

 

「うむ。神殿騎士共とは面倒の種類が違うな」

 

 ラウラとソーニャは難しい顔をしている。

 

「どっちにしろ厄介な連中がいたもんだ」

 

「関わりたくないね」

 

 双子は心底反吐が出るといった表情だ。

 

「私達でも結局それらしい連中の痕跡は見つけられなかったのよね」

 

「とすると余計厄介だな」

 

 『精霊感応』でも餓狼使いの足取りは見つけられてもその薬すら見ていない。とすれば証拠を隠滅した者がいたのか、はたまた使い切っていてなかったのか。

 

 わからない以上警戒しておくべきだろう。

 

「こっちの知ってるのはこれくらいです」

 

「おう、助かるぜ。こっちも軍関係者から色々聞けたら教えるよ」

 

「お願いします」

 

 頭目同士で真面目な顔をつき合わせる。そこで瞳を輝かせたイリスがその会話を聞いていたことに気付いた。

 

「「あ―――」」

 

「今のすっごいそれっぽいですわ!上級武芸者同士の会話っぽくてかっこよかったですわ!兄様もお昼のは何だったのかと思いましたわ!」

 

 イリスは非常に興奮している。こういうのが見たかったのだ。

 

「あれはあれでいいんだよ?」

 

「そうよ。たまには息抜きしなきゃいけないの」

 

「いつも気を張ってくれていますからね」

 

 一斉に真面目な雰囲気を掻き消してダメ男を庇い立てる3人娘へイリスは一喝した。

 

「だからってあんな破廉恥である必要はありませんわ!」

 

「アルクス、お前何してたんだよ?」

 

 呆れるレーゲンにイリスは

 

「姉様方を侍らしておりました」

 

 と従兄の代わりに返答する。ヨハンがガタッと椅子を揺らした。最近ナーバスになっているのだ。

 

「イリスとソーニャがやらしい見方してただけだよ」

 

 しかしアルはサラッとそんな風に返す。あの穏やかな時間を壊された少々の腹いせを込めて。

 

「んなっ!」

 

「ちょ!私は別に」

 

「あれだけ顔赤くしてたらぼーっとしててもわかるよ」

 

「ソーニャ、お前むっつりってやつだったんだな」

 

「マルク!貴様というやつは!」

 

「まったく、賑やかねぇ」

 

 先程のシリアスな雰囲気はどこへやら。

 

 新年初日の午後は、自分達以外いない食堂でよくわからない盛り上がりを見せる13名であった。

 

 

 またこの翌日も翌々日も暇だということで朝から来た”鬼火”の一党とイリスは『黒鉄の旋風』と更に仲を深めていく。

 

 こうしてアル達6名は初めての帝国の年明けを経験するのであった。




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