日輪の半龍人   作:倉田 創藍

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ここでは初投稿になります。読んで頂ければありがたい限りです。


また「小説家になろう。」と「カクヨム」にて同作を連載投稿しております。


現在両サイトにて投稿されているものとこちらに投稿するものは少々文体が違う場合があります。


こちらへは定期的にある程度纏めて更新していく予定です。


4話 国軍からの捜索依頼 (虹耀暦1287年2月:アルクス14歳)

 光陰矢の如しとはよく言ったものだ。”鬼火”の一党の6名と1羽が山岳都市ベルクザウムで活動を始めて半月もの時間が経過していた。

 

 今はもう2月も下旬に差し掛かったばかりである。最近は多少日差しが暖かくなったかな?という日もあったりするのだが、如何せん山麓の都市であるため防寒着は手放せない。

 

 いくら日差しが暖かくとも山脈からは寒風が吹き下ろされ、その山々の足もまだまだ地肌を脱ぐことに抵抗を見せていた。また粉雪や粒雪が降り積もって深雪を構成していることから湿気が少ないこともわかる。

 

 つまり、春ももうすぐだというのにも関わらず、このベルクザウムはまだまだ寒いのだ。

 

 特にここ数日は夜間吹雪いていたため、都市内こそ各家や施設で雪かきされて石畳が顔を覗かせているが一歩防壁の外に出れば辺り一面真っ白な銀世界が広がっている。

 

 現在アル達6名はそんな景色にも見慣れてしまったのか特に見向きもせず、武芸者協会ベルクザウム支部内の屋内訓練場に出向いていた。

 

 依頼自体はコンスタントに熟しているが、武芸都市に比べて依頼数がそもそも少ない。

 

 結局初日ほど特殊な依頼はなく、やれ飲食店に届くはずの精肉がこないだとか、やれ防寒具に使う毛皮が足りないだとか、そういったものばかりだった。

 

 時には大吹雪のせいで街道の行き来ができなくなったということで領軍の兵士達や他の武芸者達と一緒に雪かきに出たこともある。もっとも()()はせず、一気に溶かしたのだが。

 

 そんなこんなで、どうにもゆったりとしたペースでしか依頼を請けられず、他の日はほとんど訓練場に籠って稽古三昧の日々だ。

 

 ソーニャはアルの創った新魔術との相性が悪くなかったらしく、最初こそ不慣れな様子もあれども慣れてくると地稽古中でも扱うようになり、最近は咄嗟に扱う魔術がそれになりつつある。

 

 盾術自体の技術も向上したということで、余裕があるなら属性魔力を一瞬纏って魔力を受け流せというアルの課題にも取り組み始めた。

 

 物理攻撃には強くとも魔力や魔術を放たれると現段階では回避が最善手なってしまうからだ。ちなみにそちらの方はまだまだである。

 

 しかしようやく戦闘型(バトルスタイル)が見えてきたということで彼女の意欲は相応に高い。

 

 一方でそれに刺激を受けたラウラは魔術師寄りの戦い方に傾倒してきた。今では専用魔術以外の―――『蒼火撃』を含めたその他定型術式の行使速度は魔族組とほぼ遜色のないものとなってきている。

 

 ”魔法”のある彼らと違い、魔術の使用頻度が段違いだからだ。その代わり属性魔力を扱うのはあまり得意でないらしい。

 

 訊ねてみれば私兵の中に術師はほんの僅かしかいなかったそうで、あまり教えてもらう時間がなかったとのことだ。

 

 

 アル達は実力を全て出して訓練することは絶対になかったが、それでも田舎の都市にいる他の武芸者にはかなり刺激を与えたらしい。

 

「やあ、”鬼火”の」

 

 鬣のような黄土色の髪を靡かせた男がソーニャとマルクの地稽古を眺めていたアルへと声を掛けた。

 

 振り向いたアルはやや距離を取った挨拶を返す。

 

「こんにちは、レオナールさん」

 

「今日もやってるのか。精が出るな」

 

 レオナールの視線の先では、『部分変化』したマルクがソーニャの盾を殴り飛ばしていた。

 

 ガアン―――ッ!

 

「逸らし損ねたな・・・・っと、ええ。強くなりたいですし、鈍るといけませんから」

 

 アルが向き直ると―――地面を削りながら吹き飛ばされたソーニャがどうにか姿勢を立て直して顔を上げようとしている。しかしあれでは遅いだろう。すでにマルクの間合いだ。

 

「そうか。他の武芸者達も色々と噂してるぞ」

 

「噂?どんな噂でしょうか?」

 

 レオナールへアルは問うた。視線の先では、やはり勝負あったらしい―――ピタリとソーニャの顎先に人狼の拳が突き付けられている。

 

 途端に脱力した”姫騎士”と彼女の顎にチョンと拳を当ててスッと引く”狼騎士”。

 

「武芸都市で八等級の連中をボコボコにしたとか、『黒鉄の旋風』の方が実は腰巾着だ、とかだな」

 

 四半獣人の言葉にアルは顔を心底厭そうにしかめた。

 

 ―――――噂と言うのは当てにならないらしい。

 

 レオナールは彼の不愉快そうな顔を見てそう推察する。

 

「根も葉もない噂ですよ。少なくとも『黒鉄の旋風』がいなかったら村は焼け落ちてたし、住民もほとんどが死んでたと思います。俺たちもここにはいなかったかもしれません」

 

 魔族は戦闘に関して虚言を嫌う。レオナールは言葉の意味を己へ言い含めるように鼻をさすった。

 

「そうらしいな、非礼は詫びよう。君らの訓練はいつも激しいから勘違いする者もいるんだろう」

 

 今度はラウラと凛華、シルフィエーラの訓練が目に入る。| 光陰矢の如しとはよく言ったものだ。”鬼火”の一党の6名と1羽が山岳都市ベルクザウムで活動を始めて半月もの時間が経過していた。

 

 今はもう2月も下旬に差し掛かったばかりである。最近は多少日差しが暖かくなったかな?という日もあったりするのだが、如何せん山麓の都市であるため防寒着は手放せない。

 

 いくら日差しが暖かくとも山脈からは寒風が吹き下ろされ、その山々の足もまだまだ地肌を脱ぐことに抵抗を見せていた。また粉雪や粒雪が降り積もって深雪を構成していることから湿気が少ないこともわかる。

 

 つまり、春ももうすぐだというのにも関わらず、このベルクザウムはまだまだ寒いのだ。

 

 特にここ数日は夜間吹雪いていたため、都市内こそ各家や施設で雪かきされて石畳が顔を覗かせているが一歩防壁の外に出れば辺り一面真っ白な銀世界が広がっている。

 

 現在アル達6名はそんな景色にも見慣れてしまったのか特に見向きもせず、武芸者協会ベルクザウム支部内の屋内訓練場に出向いていた。

 

 依頼自体はコンスタントに熟しているが、武芸都市に比べて依頼数がそもそも少ない。

 

 結局初日ほど特殊な依頼はなく、やれ飲食店に届くはずの精肉がこないだとか、やれ防寒具に使う毛皮が足りないだとか、そういったものばかりだった。

 

 時には大吹雪のせいで街道の行き来ができなくなったということで領軍の兵士達や他の武芸者達と一緒に雪かきに出たこともある。もっとも()()はせず、一気に溶かしたのだが。

 

 そんなこんなで、どうにもゆったりとしたペースでしか依頼を請けられず、他の日はほとんど訓練場に籠って稽古三昧の日々だ。

 

 ソーニャはアルの創った新魔術との相性が悪くなかったらしく、最初こそ不慣れな様子もあれども慣れてくると地稽古中でも扱うようになり、最近は咄嗟に扱う魔術がそれになりつつある。

 

 盾術自体の技術も向上したということで、余裕があるなら属性魔力を一瞬纏って魔力を受け流せというアルの課題にも取り組み始めた。

 

 物理攻撃には強くとも魔力や魔術を放たれると現段階では回避が最善手なってしまうからだ。ちなみにそちらの方はまだまだである。

 

 しかしようやく戦闘型《バトルスタイル》が見えてきたということで彼女の意欲は相応に高い。

 

 一方でそれに刺激を受けたラウラは魔術師寄りの戦い方に傾倒してきた。今では専用魔術以外の―――『蒼火撃』を含めたその他定型術式の行使速度は魔族組とほぼ遜色のないものとなってきている。

 

 ”魔法”のある彼らと違い、魔術の使用頻度が段違いだからだ。その代わり属性魔力を扱うのはあまり得意でないらしい。

 

 訊ねてみれば私兵の中に術師はほんの僅かしかいなかったそうで、あまり教えてもらう時間がなかったとのことだ。

 

 

 アル達は実力を全て出して訓練することは絶対になかったが、それでも田舎の都市にいる他の武芸者にはかなり刺激を与えたらしい。

 

「やあ、”鬼火”の」

 

 鬣のような黄土色の髪を靡かせた男がソーニャとマルクの地稽古を眺めていたアルへと声を掛けた。

 

 振り向いたアルはやや距離を取った挨拶を返す。

 

「こんにちは、レオナールさん」

 

「今日もやってるのか。精が出るな」

 

 レオナールの視線の先では、『部分変化』したマルクがソーニャの盾を殴り飛ばしていた。

 

 ガアン―――ッ!

 

「逸らし損ねたな・・・・っと、ええ。強くなりたいですし、鈍るといけませんから」

 

 アルが向き直ると―――地面を削りながら吹き飛ばされたソーニャがどうにか姿勢を立て直して顔を上げようとしている。しかしあれでは遅いだろう。すでにマルクの間合いだ。

 

「そうか。他の武芸者達も色々と噂してるぞ」

 

「噂?どんな噂でしょうか?」

 

 レオナールへアルは問うた。視線の先では、やはり勝負あったらしい―――ピタリとソーニャの顎先に人狼の拳が突き付けられている。

 

 途端に脱力した”姫騎士”と彼女の顎にチョンと拳を当ててスッと引く”狼騎士”。

 

「武芸都市で八等級の連中をボコボコにしたとか、『黒鉄の旋風』の方が実は腰巾着だ、とかだな」

 

 四半獣人の言葉にアルは顔を心底厭そうにしかめた。

 

 ―――――噂と言うのは当てにならないらしい。

 

 レオナールは彼の不愉快そうな顔を見てそう推察する。

 

「根も葉もない噂ですよ。少なくとも『黒鉄の旋風』がいなかったら村は焼け落ちてたし、住民もほとんどが死んでたと思います。俺たちもここにはいなかったかもしれません」

 

 魔族は戦闘に関して虚言を嫌う。レオナールは言葉の意味を己へ言い含めるように鼻をさすった。

 

「そうらしいな、非礼は詫びよう。君らの訓練はいつも激しいから勘違いする者もいるんだろう」

 

 今度はラウラと凛華、シルフィエーラの訓練が目に入る。冰柱《つらら》をドバーッとお見舞いする”雪獄の舞姫”に、”炎髪の乙女”の死角から”煌夜の精霊”の放つ矢尻の丸まった矢が降り注いでいた。

 

「実戦を想定してるんです」

 

 必要になるかもしれないから。最後の一言は言わず、アルはそう返す。ラウラとソーニャの事情など彼らは知らない。

 

 ―――――随分と好き勝手に言ってくれるものだ。

 

 そのラウラは四方八方から飛んでくる攻撃を稲妻―――『天鼓招来』で薙ぎ払って空隙を作り、危険領域から飛び退く。直後、その空間を矢と冰柱が通り抜けていった。

 

 肩で息をしていた彼女はすぐさま杖剣で『蒼火撃』を叩き込むが凛華の冰と相殺され、エーラがその隙をついて矢を放つ。都合3本。

 

「なるほどな・・・参考になる」

 

 ―――――常在戦場・・・確かそんな言葉があった気がする。

 

 彼らの訓練はそうなのだ、とレオナールは勝手に納得した。

 

「レオナールさんは三等級でしょう?」

 

 下の階級の訓練が何の役に立つのか?そんな表情を向けたアルへレオナールは苦笑を溢す。

 

 どうにもこの頭目―――”鬼火”は警戒心が高いのか、こちらのことをあまり良く思っていない気がする。

 

 ”鬼火”の視線の先では、身を捩って矢を1本撃ち落とし、更にもう1本スレスレで回避したラウラの軽胸甲に最後の1本がトンッと当たっている光景が展開されていた。

 

 あの位置なら死亡判定だ。はぁはぁと肩で息をする彼女へ凛華とエーラが近寄って指導している。攻撃に気を取られ過ぎだ、とか矢への意識が一瞬抜けていた、だとかそんな具合だろう。

 

「息子と娘がいてね。武芸者になりたいと言うから稽古をつけてやってるんだ」

 

 これは事実である。そもそもレオナールに”鬼火”の一党と敵対する理由は一つもない。

 

「そう、でしたか。参考にしてもらえるなら光栄です」

 

 しかしそれが真実であるかどうかなどアルにはわからない。つまるところ、この気配の薄い四半獣人はアルにとって何やら不審な武芸者なのだ。

 

 活動初日から絡んできたのだが悪意や敵意は全く感じない。さりとてこちらに深入りするわけでも探りを入れるでもない。

 

 警戒すればいいのかそうでないのか判断に困ること頻りだ。

 

「ハハハッ、そう謙遜しなくていい。ところで君は訓練するのかね?」

 

「後でやるつもりです・・・あ、おかえり翡翠」

 

「カアッ!」

 

 三ツ足鴉を左肩に乗せた”鬼火”は、レオナールから見れば興味深い戦士だった。

 

 そもそもの話、今訓練していた者の中でレオナールが絶対に勝てると言えるのは人間の少女2人だけ。残りの3名にはきっと勝てない。獣人族の血がそう告げている。

 

 そんな彼らを束ねている青年がアルなのだ。そう魔力も多くないように感じていたがそうではないのだとレオナールが気付いたのは彼らが戻ってきてすぐのことだった。

 

 ”炎髪の乙女”の放つ異常な威力の魔術をいとも容易く相殺し、”魔法”を使った”狼騎士”と至近距離で平然と火花を散らして斬り結ぶ。

 

 更に”雪獄の舞姫”の凶刃を前にしても怯まず、魔術を組んでいる最中など無手で白刃に身を晒しているときさえあった。だというのに自身は”魔法”を使わないどころか”灰髪”にもならない。

 

 ”魔法”を使わなくても勝てるということか、あるいは使わない事情があるのか。その風貌と肩に乗せている魔獣が相俟って非常に妖しげな存在に見えていた。

 

 実際は彼らにもきちんとした言い分があるし、アルが圧倒的に強いなんてことは絶対に有り得ない。

 

 『人狼化』したマルクや『戦化粧』を施した凛華と素手の取っ組み合いになれば数秒も保たずに負けるだろう。

 

 残念なことにそれが伝わるはずもなく、レオナールの目には帝国では滅多にない雰囲気を漂わせた強い青年で四半獣人の自分には到底不可能なことをやっている、と考えられていた。

 

 現役の武芸者であるレオナールがそんな青年率いる一党に興味を示すのは当たり前の話だったのだ。

 

 

 元々、獣人族と魔族が戦った場合、”魔法”がなければ獣人族側が勝つと言われているが、それは一般人同士という前提条件が付く。

 

 戦士同士であれば、”魔法”を使った時点で魔族側がほぼほぼ勝利する。なぜなら根差しているものに大きな差があるからだ。

 

 獣人族の戦士とは狩猟に長けた勇ある者のことであって、何かあればすぐに戦争や闘争へ発展する魔族の言う蛮族めいた戦士とはまるで意味合いが違う。

 

 狩猟民族と戦闘民族なら後者が有利で当たり前。それがたとえ戦闘民族に属さない魔族であってもだ。

 

 

 その前提を履き違えていないレオナールとそんな話つゆも知らないアル達では認識に溝が出来るのは当然で、だからこそ現在妙な状況になっている。

 

 強さの秘訣を知りたい、出来うるなら子供達に教えてやりたいと考えるレオナールと何なんだこの人?何が狙いだ?と訝しんでいるアル。

 

 

 両者の勘違いが解消されるのはそう遠くない未来の事であった。

 

 

 ***

 

 

 結局その日は朝方の快晴が嘘のように夕方から吹雪いてきたので、アル達6名は夜天翡翠を連れて早々に宿に引っ込むことにした。

 

 夜行性が多い魔獣共の討伐依頼とはとことん相性の悪い地域だと語り合いつつ夕食を摂る。

 

 こう寒いと魔獣自体も多くないのでは?という結論に至り、その日は大人しく休むことになるのであった。

 

 

 明けて翌日。ビュービューと窓を叩いていた吹雪はすっかり治まり、朝から綺麗な晴天が顔を覗かせている。

 

「どんな依頼があるかなぁ。なかったらまた雪かき・・・・おっ?」

 

 掲示板を眺めていたアルは昨日まではなかった新しい依頼書を見つけた。ここ数日大して推奨等級の高い依頼はなかったし、あんまり低い依頼を請けるとアル達より低い等級の者が食いっぱぐれてしまう。

 

 そんな葛藤とは無縁の依頼が貼られていたのだ。

 

「どんなんだ?えー・・・捜索依頼。依頼者は・・・砦の国軍?なんだこりゃ」

 

 後ろからひょっこり顔を出したマルクが依頼書を読み上げる。その内容に、

 

「軍からの捜索依頼?兵士がいなくなっちゃったのかしら?」

 

 凛華が首を傾げ、

 

「昨日吹雪いてたし、遭難しちゃったのかも」

 

 エーラが返した。

 

「こういう場合って兵士の方でもあまり遠くまで外には出ませんよね?」

 

「だとしたらある程度日数が経ってるんじゃないか?遭難と決まったから捜索依頼を出したとか」

 

 ラウラとソーニャはなんとなく自身の記憶に当て嵌めて推測する。

 

「人手が足りてないって可能性もある」

 

「すでに捜索中でってことか?」

 

「たぶん。とりあえずどうするこの依頼?五等級以上だから行けるけど」

 

 アルは決を採った。ちなみに反対意見が真っ当なものであった場合、たった一人の反論でも全員で吟味することにしている。ラウラとソーニャがいる以上どこで足を取られるかわからないということで活動からずっと続けている習慣だ。

 

「あたしは構わないわよ。ここで燻っててもしょうがないもの」

 

 小ざっぱりとした返答の凛華。

 

「ボクもー。人助けだし」

 

 乳白色の金髪に腕をやってのんきに言うエーラ。

 

「そうですね。少なくとも人相手の刃傷沙汰にはならなそうですから私も賛成です」

 

「私もだ」

 

 ふんすっとやる気を見せるラウラと背筋を正すソーニャ。

 

「いいぞ。人探しなら俺の鼻が役に立つしな」

 

 親指で己の鼻を指すマルク。

 

「んじゃ請けるってことで」

 

 夜天翡翠がいつものように頬に羽根をこすりつけてくる。全員賛成と判断したアルはさっさと受付に向かうことにするのだった。

 

 

 依頼書を受理した職員は、

 

「依頼者が帝国軍人の方です。私どもよりその方々のところへ行かれるのがよろしいかと思います。こういった場合、必ず説明が入りますので」

 

 と言って砦の場所を記した地図を渡してくる。国軍と領軍はまた別物だ。山脈沿いとは言え国境近辺を一伯爵に任せるほど帝国も甘くはない。

 

 アルはその地図を受け取って仲間達のところへ戻った。

 

「なんて?」

 

 凛華の問いへ地図をピラピラさせながらアルは答える。

 

「ここに行けってさ。そこで説明してくれるんだって」

 

 5名は地図をグイグイ覗き込んできた。やる気があるのは良いことだ。

 

「兵士がいなくなったってことで間違いなさそうだな」

 

「みたいだねー。じゃあもう行く?」

 

 エーラが早速出発するか?と訊ねた。

 

「砦はどこにあるんでしょうか?」

 

 その前に、とラウラが地図を見直しながら砦を探す。

 

「えーと、防壁がこれだから・・・うん、こっから見えてる山の方だね」

 

 簡易的な地図には多角形型に建てられている防壁を示した棒線と山道の入り口が示してあった。

 

「あそこか。高そうだな」

 

 ―――――こりゃあ大変だ。

 

 アルの指さした方角にある真っ白な山を見たソーニャはそんな感想を抱く。確か高すぎるから途中でトンネルを掘ってそこを国境検問所にしているとか何とか聞いた気がする。

 

「だねー。そういやちょっと切り立ったとこにそれっぽいのがあったような気がするよ」

 

 ―――――散策していたときに見かけたような見かけなかったような。

 

 エーラは人差し指を顎にやりながら記憶を探る。

 

「あの灰色の壁のとこかしら?」

 

 凛華も見たことがあったらしい。

 

「んーたぶんね」

 

「とりあえず行ってみよう。防寒具と着替えは絶対持ってくこと」

 

 そんな会話を交わしながら”鬼火”の一党は行動を開始するのであった。

 

 

 ***

 

 

 多角形型に防壁を巡らせてあるベルクザウムには東方面の一角にだけ防壁がない。王国との境がある山岳方面とも言えるのだが、これは山を降りてすぐのところに帝国軍の駐屯地と領軍の練兵場があるからだ。

 

 この地を治めている伯爵家が主な収入源である観光業の収入が落ちる事を嫌って考え出された配置であったが、意外と評価は高い。

 

 国軍と領軍の本隊がいる場所が一番攻めやすい場所となっているおかげで守りやすい。

 

 生半可な人数では落とせないし、防壁のすぐ内側に駐屯地があるため、知らなければ容易に捕縛できるのだ。

 

 

 ”鬼火”の一党の6名と1羽はその国軍の駐屯地を横目に山道へと入っていった。この雪山は標高およそ1,780m(メトロン)ほどあるらしく、国境検問所の控え場所として切り立ったところに砦を築いているそうだ。

 

 また、ベルクザウム側は比較的緩やかな傾斜となっているのに対し、国境トンネルを挟んだ王国側は断崖絶壁と言って差し支えないほどの急滑降になっている。

 

 王国側から入国する場合はその手前の山から尾根伝いに移動するしかないため、夏場でも検問所を通る者はほとんどいない。

 

 

 マルクは後方を歩いているソーニャへと声をかけた。

 

「ソーニャ、おぶってやろうか?鎧重いだろ」

 

「はぁ、はぁ・・・・い、いらんっ」

 

 白い息を吐きながらソーニャは返事を投げ返す。雑木がまばらに生えた雪道を歩き始めて早数時間。時刻は昼を回っていた。

 

 一本しかない登山道は国境へ蛇行しながら伸びており、その途中の標高750m地点の切り立った断崖に砦が見えている。

 

 アル達が今歩いているのは標高700mを越えたあたりなので、移動距離で言えばおよそ10km(キリ・メトロン)と言ったところだ。

 

 検問所自体は砦から離れた標高1,200m地点にあるのだが、そちらまでは大型の滑車と鋼鉄線を使ったロープウェイのようなもので移動しているらしい。

 

 ちなみに地上まで通されていないのは万が一敵に利用された場合、都市内まで一気に侵入される恐れがあるためである。

 

「それにっ、もうすぐなんだろうっ?アル殿に荷物を任せている以上っ、私だけ楽などできんっ」

 

「いっそ鎧に『念動術』を掛けてもらうってのはどうだ?」

 

 『念動術・括束』でぷかぷか浮いている背嚢を見やったマルクが提案した。我ながら良い案じゃないか?そんな顔だ。

 

「考えたことなかったかも」

 

「だからと言って、私で試すのは、無しだぞ、アル殿っ」

 

 手をポンと打つアルにソーニャがぶんぶんと首を横に振る。

 

「カアー」

 

「翡翠、おかえりなさい。どうでした?」

 

「カアッ」

 

 舞い降りてくる漆黒の翼を持った三ツ足鴉をラウラは出迎えた。肌は少々汗ばんでいるが剣と盾を持ち、鎧に身を包んだ妹ほどではない。

 

「ん?んー・・・人の声?みたいなのは聞こえだしたかも。雪が多いと音を吸っちゃうからやっぱり難しいね」

 

 その隣を歩いていたエーラが耳当て(イヤーマフ)を外して尖った耳をピクピク動かした。どうやらようやく辿り着いたらしい。

 

 先を歩いていた凛華が進行方向を見た後、すぐにクルっと振り向きながら仲間達に声をかけた。

 

「砦が見えてきたわ!都市の防壁ほどじゃないけど結構いかついわよ!」

 

 その声は弾んでいる。凛華とて慣れない雪道を尾重剣を担いだまま歩くのはしんどかったようだ。

 

「わかったー。じゃもうすぐらしいし踏ん張りどころだよ」

 

 アルは仲間達―――というか玉のような汗を掻いているソーニャへ向けて発破をかけた。

 

「ほれ、剣と盾は渡しとけって。無理しても良いことねえぞ」

 

「むう、無念だ。すまんが頼む。あとあんまり、今はその、近寄るな」

 

 気遣うマルクへ装備を渡しながらソーニャは赤面する。ただでさえ冷風で赤い頬がさらに紅潮していた。

 

「今は?ああ、汗の匂いか?たまに言ってくるけど、さして気にならねえぞ?」

 

 何でもないことのように言う人狼族の青年。

 

「アルさんもですけど」

 

「いっつもつるんでたせいでマルクも大概だよね」

 

「だから変態って言われるのよ」

 

 三人娘がそんな風にマルクを評し、アルは振り返った景色に「おお!」と感嘆の声を上げた。

 

 無心で歩いていたし、近くに見える雑木に覆われて先程まで見えなかったがいつの間にか都市を一望できるほど高いところにまで来ていたらしい。

 

「ん?おお・・・すげえ。ほら見ろよソーニャ」

 

「今それどころでは、ふうっ・・・おぉ。確かに凄いな」

 

「うわはぁ!綺麗!」

 

「ほんと!絶景ね!」

 

「なんだか幻想的ですねえ」

 

 白銀の平野にベルクザウムだけがポツンと浮いて見える。家々の三角屋根や広場は白く覆われていながらも、そこに空虚さはない。

 

 人の暖かな営みが滲んでくるような何とも言えない風景だった。

 

「さってと、行こうか!」

 

 しばしその光景に見惚れていた6名はアルの号令の下、依頼者の国軍が駐留している砦へと歩みを再開させる。

 

 

 彼らがこの光景を落ち着いて見ることができたのはこの時だけであった冰柱(つらら)をドバーッとお見舞いする”雪獄の舞姫”に、”炎髪の乙女”の死角から”煌夜の精霊”の放つ矢尻の丸まった矢が降り注いでいた。

 

「実戦を想定してるんです」

 

 必要になるかもしれないから。最後の一言は言わず、アルはそう返す。ラウラとソーニャの事情など彼らは知らない。

 

 ―――――随分と好き勝手に言ってくれるものだ。

 

 そのラウラは四方八方から飛んでくる攻撃を稲妻―――『天鼓招来』で薙ぎ払って空隙を作り、危険領域から飛び退く。直後、その空間を矢と冰柱が通り抜けていった。

 

 肩で息をしていた彼女はすぐさま杖剣で『蒼火撃』を叩き込むが凛華の冰と相殺され、エーラがその隙をついて矢を放つ。都合3本。

 

「なるほどな・・・参考になる」

 

 ―――――常在戦場・・・確かそんな言葉があった気がする。

 

 彼らの訓練はそうなのだ、とレオナールは勝手に納得した。

 

「レオナールさんは三等級でしょう?」

 

 下の階級の訓練が何の役に立つのか?そんな表情を向けたアルへレオナールは苦笑を溢す。

 

 どうにもこの頭目―――”鬼火”は警戒心が高いのか、こちらのことをあまり良く思っていない気がする。

 

 ”鬼火”の視線の先では、身を捩って矢を1本撃ち落とし、更にもう1本スレスレで回避したラウラの軽胸甲に最後の1本がトンッと当たっている光景が展開されていた。

 

 あの位置なら死亡判定だ。はぁはぁと肩で息をする彼女へ凛華とエーラが近寄って指導している。攻撃に気を取られ過ぎだ、とか矢への意識が一瞬抜けていた、だとかそんな具合だろう。

 

「息子と娘がいてね。武芸者になりたいと言うから稽古をつけてやってるんだ」

 

 これは事実である。そもそもレオナールに”鬼火”の一党と敵対する理由は一つもない。

 

「そう、でしたか。参考にしてもらえるなら光栄です」

 

 しかしそれが真実であるかどうかなどアルにはわからない。つまるところ、この気配の薄い四半獣人はアルにとって何やら不審な武芸者なのだ。

 

 活動初日から絡んできたのだが悪意や敵意は全く感じない。さりとてこちらに深入りするわけでも探りを入れるでもない。

 

 警戒すればいいのかそうでないのか判断に困ること頻りだ。

 

「ハハハッ、そう謙遜しなくていい。ところで君は訓練するのかね?」

 

「後でやるつもりです・・・あ、おかえり翡翠」

 

「カアッ!」

 

 三ツ足鴉を左肩に乗せた”鬼火”は、レオナールから見れば興味深い戦士だった。

 

 そもそもの話、今訓練していた者の中でレオナールが絶対に勝てると言えるのは人間の少女2人だけ。残りの3名にはきっと勝てない。獣人族の血がそう告げている。

 

 そんな彼らを束ねている青年がアルなのだ。そう魔力も多くないように感じていたがそうではないのだとレオナールが気付いたのは彼らが戻ってきてすぐのことだった。

 

 ”炎髪の乙女”の放つ異常な威力の魔術をいとも容易く相殺し、”魔法”を使った”狼騎士”と至近距離で平然と火花を散らして斬り結ぶ。

 

 更に”雪獄の舞姫”の凶刃を前にしても怯まず、魔術を組んでいる最中など無手で白刃に身を晒しているときさえあった。だというのに自身は”魔法”を使わないどころか”灰髪”にもならない。

 

 ”魔法”を使わなくても勝てるということか、あるいは使わない事情があるのか。その風貌と肩に乗せている魔獣が相俟って非常に妖しげな存在に見えていた。

 

 実際は彼らにもきちんとした言い分があるし、アルが圧倒的に強いなんてことは絶対に有り得ない。

 

 『人狼化』したマルクや『戦化粧』を施した凛華と素手の取っ組み合いになれば数秒も保たずに負けるだろう。

 

 残念なことにそれが伝わるはずもなく、レオナールの目には帝国では滅多にない雰囲気を漂わせた強い青年で四半獣人の自分には到底不可能なことをやっている、と考えられていた。

 

 現役の武芸者であるレオナールがそんな青年率いる一党に興味を示すのは当たり前の話だったのだ。

 

 

 元々、獣人族と魔族が戦った場合、”魔法”がなければ獣人族側が勝つと言われているが、それは一般人同士という前提条件が付く。

 

 戦士同士であれば、”魔法”を使った時点で魔族側がほぼほぼ勝利する。なぜなら根差しているものに大きな差があるからだ。

 

 獣人族の戦士とは狩猟に長けた勇ある者のことであって、何かあればすぐに戦争や闘争へ発展する魔族の言う蛮族めいた戦士とはまるで意味合いが違う。

 

 狩猟民族と戦闘民族なら後者が有利で当たり前。それがたとえ戦闘民族に属さない魔族であってもだ。

 

 

 その前提を履き違えていないレオナールとそんな話つゆも知らないアル達では認識に溝が出来るのは当然で、だからこそ現在妙な状況になっている。

 

 強さの秘訣を知りたい、出来うるなら子供達に教えてやりたいと考えるレオナールと何なんだこの人?何が狙いだ?と訝しんでいるアル。

 

 

 両者の勘違いが解消されるのはそう遠くない未来の事であった。

 

 

 ***

 

 

 結局その日は朝方の快晴が嘘のように夕方から吹雪いてきたので、アル達6名は夜天翡翠を連れて早々に宿に引っ込むことにした。

 

 夜行性が多い魔獣共の討伐依頼とはとことん相性の悪い地域だと語り合いつつ夕食を摂る。

 

 こう寒いと魔獣自体も多くないのでは?という結論に至り、その日は大人しく休むことになるのであった。

 

 

 明けて翌日。ビュービューと窓を叩いていた吹雪はすっかり治まり、朝から綺麗な晴天が顔を覗かせている。

 

「どんな依頼があるかなぁ。なかったらまた雪かき・・・・おっ?」

 

 掲示板を眺めていたアルは昨日まではなかった新しい依頼書を見つけた。ここ数日大して推奨等級の高い依頼はなかったし、あんまり低い依頼を請けるとアル達より低い等級の者が食いっぱぐれてしまう。

 

 そんな葛藤とは無縁の依頼が貼られていたのだ。

 

「どんなんだ?えー・・・捜索依頼。依頼者は・・・砦の国軍?なんだこりゃ」

 

 後ろからひょっこり顔を出したマルクが依頼書を読み上げる。その内容に、

 

「軍からの捜索依頼?兵士がいなくなっちゃったのかしら?」

 

 凛華が首を傾げ、

 

「昨日吹雪いてたし、遭難しちゃったのかも」

 

 エーラが返した。

 

「こういう場合って兵士の方でもあまり遠くまで外には出ませんよね?」

 

「だとしたらある程度日数が経ってるんじゃないか?遭難と決まったから捜索依頼を出したとか」

 

 ラウラとソーニャはなんとなく自身の記憶に当て嵌めて推測する。

 

「人手が足りてないって可能性もある」

 

「すでに捜索中でってことか?」

 

「たぶん。とりあえずどうするこの依頼?五等級以上だから行けるけど」

 

 アルは決を採った。ちなみに反対意見が真っ当なものであった場合、たった一人の反論でも全員で吟味することにしている。ラウラとソーニャがいる以上どこで足を取られるかわからないということで活動からずっと続けている習慣だ。

 

「あたしは構わないわよ。ここで燻っててもしょうがないもの」

 

 小ざっぱりとした返答の凛華。

 

「ボクもー。人助けだし」

 

 乳白色の金髪に腕をやってのんきに言うエーラ。

 

「そうですね。少なくとも人相手の刃傷沙汰にはならなそうですから私も賛成です」

 

「私もだ」

 

 ふんすっとやる気を見せるラウラと背筋を正すソーニャ。

 

「いいぞ。人探しなら俺の鼻が役に立つしな」

 

 親指で己の鼻を指すマルク。

 

「んじゃ請けるってことで」

 

 夜天翡翠がいつものように頬に羽根をこすりつけてくる。全員賛成と判断したアルはさっさと受付に向かうことにするのだった。

 

 

 依頼書を受理した職員は、

 

「依頼者が帝国軍人の方です。私どもよりその方々のところへ行かれるのがよろしいかと思います。こういった場合、必ず説明が入りますので」

 

 と言って砦の場所を記した地図を渡してくる。国軍と領軍はまた別物だ。山脈沿いとは言え国境近辺を一伯爵に任せるほど帝国も甘くはない。

 

 アルはその地図を受け取って仲間達のところへ戻った。

 

「なんて?」

 

 凛華の問いへ地図をピラピラさせながらアルは答える。

 

「ここに行けってさ。そこで説明してくれるんだって」

 

 5名は地図をグイグイ覗き込んできた。やる気があるのは良いことだ。

 

「兵士がいなくなったってことで間違いなさそうだな」

 

「みたいだねー。じゃあもう行く?」

 

 エーラが早速出発するか?と訊ねた。

 

「砦はどこにあるんでしょうか?」

 

 その前に、とラウラが地図を見直しながら砦を探す。

 

「えーと、防壁がこれだから・・・うん、こっから見えてる山の方だね」

 

 簡易的な地図には多角形型に建てられている防壁を示した棒線と山道の入り口が示してあった。

 

「あそこか。高そうだな」

 

 ―――――こりゃあ大変だ。

 

 アルの指さした方角にある真っ白な山を見たソーニャはそんな感想を抱く。確か高すぎるから途中でトンネルを掘ってそこを国境検問所にしているとか何とか聞いた気がする。

 

「だねー。そういやちょっと切り立ったとこにそれっぽいのがあったような気がするよ」

 

 ―――――散策していたときに見かけたような見かけなかったような。

 

 エーラは人差し指を顎にやりながら記憶を探る。

 

「あの灰色の壁のとこかしら?」

 

 凛華も見たことがあったらしい。

 

「んーたぶんね」

 

「とりあえず行ってみよう。防寒具と着替えは絶対持ってくこと」

 

 そんな会話を交わしながら”鬼火”の一党は行動を開始するのであった。

 

 

 ***

 

 

 多角形型に防壁を巡らせてあるベルクザウムには東方面の一角にだけ防壁がない。王国との境がある山岳方面とも言えるのだが、これは山を降りてすぐのところに帝国軍の駐屯地と領軍の練兵場があるからだ。

 

 この地を治めている伯爵家が主な収入源である観光業の収入が落ちる事を嫌って考え出された配置であったが、意外と評価は高い。

 

 国軍と領軍の本隊がいる場所が一番攻めやすい場所となっているおかげで守りやすい。

 

 生半可な人数では落とせないし、防壁のすぐ内側に駐屯地があるため、知らなければ容易に捕縛できるのだ。

 

 

 ”鬼火”の一党の6名と1羽はその国軍の駐屯地を横目に山道へと入っていった。この雪山は標高およそ1,780m(メトロン)ほどあるらしく、国境検問所の控え場所として切り立ったところに砦を築いているそうだ。

 

 また、ベルクザウム側は比較的緩やかな傾斜となっているのに対し、国境トンネルを挟んだ王国側は断崖絶壁と言って差し支えないほどの急滑降になっている。

 

 王国側から入国する場合はその手前の山から尾根伝いに移動するしかないため、夏場でも検問所を通る者はほとんどいない。

 

 

 マルクは後方を歩いているソーニャへと声をかけた。

 

「ソーニャ、おぶってやろうか?鎧重いだろ」

 

「はぁ、はぁ・・・・い、いらんっ」

 

 白い息を吐きながらソーニャは返事を投げ返す。雑木がまばらに生えた雪道を歩き始めて早数時間。時刻は昼を回っていた。

 

 一本しかない登山道は国境へ蛇行しながら伸びており、その途中の標高750m地点の切り立った断崖に砦が見えている。

 

 アル達が今歩いているのは標高700mを越えたあたりなので、移動距離で言えばおよそ10km(キリ・メトロン)と言ったところだ。

 

 検問所自体は砦から離れた標高1,200m地点にあるのだが、そちらまでは大型の滑車と鋼鉄線を使ったロープウェイのようなもので移動しているらしい。

 

 ちなみに地上まで通されていないのは万が一敵に利用された場合、都市内まで一気に侵入される恐れがあるためである。

 

「それにっ、もうすぐなんだろうっ?アル殿に荷物を任せている以上っ、私だけ楽などできんっ」

 

「いっそ鎧に『念動術』を掛けてもらうってのはどうだ?」

 

 『念動術・括束』でぷかぷか浮いている背嚢を見やったマルクが提案した。我ながら良い案じゃないか?そんな顔だ。

 

「考えたことなかったかも」

 

「だからと言って、私で試すのは、無しだぞ、アル殿っ」

 

 手をポンと打つアルにソーニャがぶんぶんと首を横に振る。

 

「カアー」

 

「翡翠、おかえりなさい。どうでした?」

 

「カアッ」

 

 舞い降りてくる漆黒の翼を持った三ツ足鴉をラウラは出迎えた。肌は少々汗ばんでいるが剣と盾を持ち、鎧に身を包んだ妹ほどではない。

 

「ん?んー・・・人の声?みたいなのは聞こえだしたかも。雪が多いと音を吸っちゃうからやっぱり難しいね」

 

 その隣を歩いていたエーラが耳当て(イヤーマフ)を外して尖った耳をピクピク動かした。どうやらようやく辿り着いたらしい。

 

 先を歩いていた凛華が進行方向を見た後、すぐにクルっと振り向きながら仲間達に声をかけた。

 

「砦が見えてきたわ!都市の防壁ほどじゃないけど結構いかついわよ!」

 

 その声は弾んでいる。凛華とて慣れない雪道を尾重剣を担いだまま歩くのはしんどかったようだ。

 

「わかったー。じゃもうすぐらしいし踏ん張りどころだよ」

 

 アルは仲間達―――というか玉のような汗を掻いているソーニャへ向けて発破をかけた。

 

「ほれ、剣と盾は渡しとけって。無理しても良いことねえぞ」

 

「むう、無念だ。すまんが頼む。あとあんまり、今はその、近寄るな」

 

 気遣うマルクへ装備を渡しながらソーニャは赤面する。ただでさえ冷風で赤い頬がさらに紅潮していた。

 

「今は?ああ、汗の匂いか?たまに言ってくるけど、さして気にならねえぞ?」

 

 何でもないことのように言う人狼族の青年。

 

「アルさんもですけど」

 

「いっつもつるんでたせいでマルクも大概だよね」

 

「だから変態って言われるのよ」

 

 三人娘がそんな風にマルクを評し、アルは振り返った景色に「おお!」と感嘆の声を上げた。

 

 無心で歩いていたし、近くに見える雑木に覆われて先程まで見えなかったがいつの間にか都市を一望できるほど高いところにまで来ていたらしい。

 

「ん?おお・・・すげえ。ほら見ろよソーニャ」

 

「今それどころでは、ふうっ・・・おぉ。確かに凄いな」

 

「うわはぁ!綺麗!」

 

「ほんと!絶景ね!」

 

「なんだか幻想的ですねえ」

 

 白銀の平野にベルクザウムだけがポツンと浮いて見える。家々の三角屋根や広場は白く覆われていながらも、そこに空虚さはない。

 

 人の暖かな営みが滲んでくるような何とも言えない風景だった。

 

「さってと、行こうか!」

 

 しばしその光景に見惚れていた6名はアルの号令の下、依頼者の国軍が駐留している砦へと歩みを再開させる。

 

 

 彼らがこの光景を落ち着いて見ることができたのはこの時だけであった。




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