日輪の半龍人   作:倉田 創藍

99 / 158
ここでは初投稿になります。読んで頂ければありがたい限りです。


また「小説家になろう。」と「カクヨム」にて同作を連載投稿しております。


現在両サイトにて投稿されているものとこちらに投稿するものは少々文体が違う場合があります。


こちらへは定期的にある程度纏めて更新していく予定です。


5話 襲われた者と襲ったモノ (虹耀暦1287年2月:アルクス14歳)

 標高750m(メトロン)地点の切り立ったところにある砦―――ここは国境検問所の控え場所兼この雪山の山岳警備隊本部だ。

 

 何とか息をつきながら総計12km(キリ・メトロン)の登山道を経て辿り着いたアルクス達”鬼火”の一党を迎えたのは山岳警備隊隊長その人であった。

 

 すぐに隊員の待機室に通され、大量の冷えた湧き水を出される。こういう場合冷えた身体を暖めるより水分補給の方が重要であると考えられているためだ。

 

 身体を暖めるのは外的要因―――つまり暖炉に任せる方が良い。汗をかいていた6名と夜天翡翠はキンキンの湧き水をありがたくガブ飲みしてひと心地ついた。雪山で脱水症状など冗談ではない。

 

 落ち着き始めた6名と三ツ足鴉が座っている長椅子の前に座った警備隊隊長は熊のような体格をしながらも丁寧な口調で礼を言った。

 

「四等級が四名に六等級二名の五等級一党か。感謝する。藁にも縋る思いで依頼を出したというのにこんなに早く来てくれるとは思わなかったぞ」

 

 軍人特有の厳格さとマルクガルムとはまた違う野性味を併せ持った隊長は地獄に仏とばかりにアルの手をブンブンと振る。魔族がいるのも心強かったらしい。

 

「い、いえ。その、依頼の詳細はこちらで聞けと言われたのですが」

 

「ああ。申し遅れた、私は山岳警備隊隊長バールと言う。諸君ら武芸者に依頼したのは我々警備隊の第1班、巡回警備隊の3名が行方不明になったからだ」

 

「なるほど。いつ頃行方がわからなくなったんでしょうか?」

 

 顎を擦るアルがそう問うと弱り切ったような表情でバール隊長は答えた。

 

「今日でもう三日になる。いつまで経っても帰投報告が来ないから心配していたところに副隊長がボロボロの状態で帰ってきた」

 

「あ、帰ってこられた方はいらっしゃったんですね」

 

 その者から話を聞けば他の者の居所も、と思ったアルの相槌にバール隊長は首を横に振る。

 

「一時間もしないうちに死んだ。内臓をやられていてな、あとは手足も凍傷が酷かった。決死の覚悟で他の隊員を救ってくれと伝えに来てくれたのだ」

 

「・・・すみません」

 

「いや」

 

 済んだことだ、とバール隊長は告げた。沈んで見える。ひょっとしたら仲の良い友人だったのかもしれない。

 

 アルは申し訳なさより他の隊員の命を優先すべく、些か緊張気味に問うた。

 

「他の班の方はその班員を捜索中ですか?」

 

「通常通りの業務を行わせているのが二班。残り四班は総出で現在標高四〇〇~八〇〇m地点を散開して捜索中だ。だが、昨夜の吹雪では痕跡も残されていないだろう。国境検問所の警備を行っている兵達の中にも有志で探してくれている者もいる」

 

「しかし見つかってはいない、と?」

 

「ああ。方々手を尽くしたが手がかり一つ見当たらない。亡くなった副隊長のものと思わしい血痕や装備ばかりが見つかった」

 

 そう告げたバール隊長はやつれていて、ロクに休んでいないのがありありと伝わってくる。きっと部下想いの良い上司なのだろう。

 

「それで、我々も捜索に向かえば良いのでしょうか?」

 

 アルが訊ねるとバール隊長は首肯した。

 

「ああ。単純に手が足りないというのもあるし、我々とはまた違う観点を持っていそうな武芸者であれば何か見つかるかもしれないと思ってな」

 

「なるほど。わかりました。では―――」

 

 依頼に向かいます、と告げようとしたアルをバール隊長が引き留める。

 

「いや、捜索は翌朝からにしてくれ。山の天気は変わりやすい。君たちまでいなくなったとなれば余計に心労がかさみそうでな。それに警備巡回路もまだ見せていない。目途もつかないのではいくら五等級の君たちとて難しいだろう?」

 

 その言葉にアルは壁に掛かっていた時計へと視線を向けた。時刻は午後2時過ぎ。この時期に夜間出歩いて捜索など自殺行為だ。

 

「わかりました。でも警備の巡回路なんて見せてもいいものなんですか?」

 

 至極真っ当な質問だ。バール隊長は頷く。

 

「巡回路は定期的に変えているからそこまで重要ではないのだ。ああ・・・それと言い忘れていたが山岳警備隊の官舎にある応接室を二部屋貸すつもりだから好きに使ってくれ。ただ、あまり制限を敷きたいわけではないが・・・」

 

「軍の機密に触れる場所もあるから無闇に出歩かないでくれ、で合ってますか?」

 

「うむ。すまんがそうしてくれると助かる」

 

 話の早いアルにバール隊長は信の置けそうな者達が来てくれたと内心で胸を撫で下ろした。

 

 見れば彼の仲間達も決して頭目任せにしているわけではないというのが理解できる。あえて黙っているのだ。

 

 バール隊長は『都市(した)に住んでいる己の子供たちにも見せてやりたいものだ』と思う。

 

「わかりました、感謝します。こちらもまた今から降りるのはキツいと思ってましたから」

 

「非常事態だ。わざわざ来てもらったのだから胸襟を開いて頼むのが筋というものだよ」

 

「それが帝国軍の考え方なんですね。覚えておきます、いち魔族として」

 

 アルはにっこりと笑って礼を述べた。

 

「君も魔族だったか。不思議な気配だと思ってはいたが」

 

「ええ、よく言われます」

 

「そうか・・・あ、すまない、巡回路だったな。これだ。それは持っていってもらって構わない」

 

 バール隊長はそう言いながら懐に入れていた巡回路の写しを手渡してくる。アルは受け取ってすぐに確認を取った。

 

「他の班の方々はどちらから捜索されてますか?」

 

「副隊長の装備を確認した六〇〇m地点だ。昨日その周辺を血痕沿いに隈なく探したから今日は巡回路沿いだ」

 

「わかりました」

 

「君たちは明日どこを捜索する予定かね?」

 

 ふむぅと顎を擦るアルにバール隊長は依頼者代表として当然の質問をする。

 

「あの大型滑車を使った移動手段、使わせてもらえませんか?検問所付近から巡回路を参考にして下へ下へ探して行こうかと思いまして」

 

 少々厚かましいが山の専門家が探していないのならその地点にはいないと考えるべきだ。

 

 そして検問所より上は人が入ろうにも登れないような傾斜がある。ならばそこから下しかない。そう思ったアルが問う。

 

「鋼索道か。うぅむ・・・いや、人命優先だ。構わない。他班には極力それ以外を捜索させよう」

 

 バール隊長は軍機より部下の命を優先した。そもそも鋼索道(ロープウェイ)は見られたところで何も問題はない。帝国以外にもあることに加えてその性質上、物資は置いていないのだ。

 

「助かります」

 

「いや、こちらこそ。明日は頼む」

 

「はい」

 

 バール隊長はアルと軽く握手を交わして一党が過ごす応接室へと案内するために席を立つ。

 

 とりあえず今日のところは捜索方針を決定して終わりだな、と”鬼火”の一党はバール隊長の背中についていくのであった。

 

 

 ***

 

 

 翌朝。夜中は吹雪こそしなかったが相応に雪は降っていたようだ。しんしんと降ったらしい雪が樹木を覆い、その上空を2本の太い鋼線(ワイヤー)と繋がれた大型の箱が移動していた。

 

 アル達6名が乗っているのは昨日直談判した鋼索道だ。眼下には鋭く生えた針葉樹とその上に掛かった雪が白と濃緑のコントラストを描いていた。

 

「す、凄い高さですね」

 

 ラウラは腰が砕けそうな高さに思わずアルの裾をぎゅうっとつかむ。

 

「大丈夫だよ」

 

 アルは手すりに掴まって前世と比べて幾分狭い窓の外を見ていた。

 

「万年樹の方が怖かったわね」

 

「あれは別格だよ~」

 

 安全対策のないジェットコースターに較べたら可愛いものだ。凛華とエーラはにこやかに笑う。

 

「カアッ!」

 

 狭い!と言いたげな三ツ足鴉がアルの左肩で鳴いた。

 

「もうちょっとだから我慢するんだぞ」

 

 宥めているアルの反対側の窓でマルクは後方へ声を掛ける。

 

「ソーニャ凄いぞ、昨日よりももっとベルクザウムがちっぽけに見えるぞ」

 

「うむ。凄いな」

 

 搬器の中心で立っているソーニャは堂々としていた。動く気など欠片もなさそうなほどに。

 

「お前な、そんなド真ん中突っ立ってちゃ見えねえだろ」

 

 半眼を向けたマルクからのツッコミ。

 

「見えてる」

 

「嘘こけ。ほら見とけって。晴れてるから見晴らしいいぞ」

 

 しょうがねえなとマルクが引っ張ろうとしたところでソーニャが騒ぐ。

 

「あっ!う、動くな!揺れるだろ!」

 

「このくらいで揺れるかよ」

 

 マルクが呆れながらそう言った時だった。

 

 ビュオオォォォォ――――。

 

 搬器が横からぶつかってきた風によって大きく揺れる。

 

「わっ」

 

「ひゃあっ!」

 

「きゃっ!」

 

「やだ!」

 

「カアッ!」

 

「うおっ」

 

「ひいっ!」

 

 夜天翡翠が軽く羽ばたき、三人娘はアルへヒシッと―――というかギュウウウッと龍鱗布を握ってくっついた。ソーニャは万力のような力でマルクの腕を掴んでいる。

 

「「・・・・」」

 

「「「「・・・・」」」」

 

 揺れはほんの少しだったらしく、すぐに落ち着いた。すぐさまアルが口を開く。

 

「凛華とエーラは怖くないんじゃなかったの?」

 

「驚いただけよ!もう!いじわるっ!」

 

「ボクもびっくりしただけだもん!」

 

「こ、怖かったぁ・・・!」

 

 揶揄うアルに凛華を筆頭に三人娘が口々に騒ぎ立てた。ラウラだけは感想だ。

 

「大丈夫だよ。墜ちても『念動術』の第一術式使えばゆっくりになるから」

 

 カラカラ笑うアルがそう言うと、

 

「「「そういう問題じゃない(の)(です)よ」」」

 

 三人娘は口を揃えてツッコミを入れる。

 

 少し離れたところにいたマルクは半眼のままソーニャへ訴えた。

 

「ソーニャ、痛え。もういいだろ、揺れおさまったぞ」

 

「そうだな」

 

「そう思うんならこの手を離せ。人間態だから普通に痛えんだぞ」

 

 いまだ万力のような力でマルクの二の腕は掴まれたままだ。

 

「あと少しなんだろう?私が支えておいてやる」

 

「お前最近そうやって開き直ってくるの可愛くねえぞ」

 

 ソーニャの苦しい照れ隠しにマルクは剃刀のような返答を寄越す。

 

「うっ、うるさい!自分だけ余裕ぶるのはズルいぞ!」

 

 途端に理不尽な怒りをぶつけてくるソーニャ。可愛くないと言われたのも腹立たしい要因の一つだ。

 

「余裕ぶってねえ。痛みでビックリしてたのがどっか行ったんだよ。あーもうわかった、掴んでていいからせめて力を緩めろ」

 

 しょうがないやつだなぁとマルクがそう言うと、

 

「ほんとか!?」

 

 ソーニャは目を輝かせて問うてきた。高所も揺れも結構怖かったらしい。

 

「ああ、うん。緩めてくれるなら何でもいいや」

 

「ふう~・・・その、ありがとう。助かる」

 

 ―――――普段からこうなら可愛いもんなのにな。

 

 マルクはそう思いながら腕を握り直してくるソーニャを見る。しかし言ってはやらない。言ったら言ったでまたうるさいからだ。

 

 呑気に観光しているアルと銘々の表情を浮かべた仲間達を乗せた鋼索道は目的地の標高1,200m地点へと到達するのであった。

 

 

 ***

 

 

 アル達”鬼火”の一党は国境検問所を尻目に山を下りながら捜索を開始することにした。

 

「今は午前七時四十五分ってとこだな。はー・・・魔導技術ってのは凄えもんだなぁ」

 

 懐中時計をパチンと閉じたマルクが感心している。鋼索道は砦から検問所を30分程度で結んでいるらしい。

 

「普通に登ったら数時間は固いはずですよね?」

 

「そのはずだよ。急勾配の箇所も増えるみたいだし、たぶんあの砦を基点にしたかったんじゃない?」

 

 アルは巡回路を見ながらラウラへそう返した。検問所ではなく砦ありきで建てられたのだろうという予測だ。

 

 昨夜借りた応接室で山そのものの地図と確認していたときに考えていたものだが、実際にそれは正しい。

 

 あの場所は悪天候になりやすい山の雪害を避けるには丁度いい場所だったのだ。

 

「で、昨日言ってた通りにここから蛇行しながら降りてくのね?」

 

 凛華は腕を組みながら視線を斜面へと向けている。あたり一面真っ白で足跡もない。

 

 普段から警備隊くらいしか通らないためか登山道に較べて雪がこんもりと積もっている。

 

「ここを歩くのって結構しんどそうだねぇ」

 

 エーラもそんな感想を漏らした。雪が深ければ深いほど足を取られるし、そうなれば余計体力を消耗する。滑落の危険もあるし慎重に行くべきだろう。

 

「うん、もっと緩やかだと思ってたけど結構急みたいだし方針変更しよう」

 

 エーラの感想にアルは昨日話し合った2つ目の策を講じることにした。

 

「というと『陸舟(おかぶね)』を使うのか?」

 

「それがいいだろうね」

 

 ソーニャに頷きながらアルは地面を掘り返すように指をクイッと動かして魔術を起動する。雪の下にあった土が吸い上がっていき、みるみるうちに幅の広い土製のボートが出来上がった。『陸舟』だ。

 

「あたしの出番ね!」

 

「いつもより船っぽいね?」

 

 斜面に対して斜めに出現した『陸舟』へ息巻く鬼娘と感想を口にする耳長娘が乗り込んでいく。

 

「凛華。こう、斜めに降っていくつもりだから()()を作ってくれればいいよ」

 

「はいな」

 

 アルの指示に軽やかな返答を返した凛華。雪がある以上ラービュラント大森林にいた頃より負担はかなり軽い。次いでアルは仲間達へ指示を出していく。

 

「エーラは精霊に聞いて行方不明の隊員を探ってくれ。マルクも鼻で頼む。副隊長は内臓をやられてたらしいし敵か魔獣がいると思ってた方が良い」

 

「わかった!」

 

「おう、了解だ」

 

 索敵や捜索は森人の耳と人狼の鼻に頼るのがもっとも最適だ。2人は力強く頷いた。

 

「ラウラとソーニャは巡回路と地図を見比べて人が隠れられそうな場所があったらその都度止めてくれ。降りて探してみよう」

 

「はい!」

 

「承知した」

 

 ラウラとソーニャは手渡された巡回路の写しと地図を握ってアルの後ろの席へと乗り込む。次いでアルは肩の夜天翡翠へと声を掛けた。

 

「翡翠は上から頼む。先が崖になってそうだったり何かいたらすぐに鳴くんだよ」

 

「カアカアッ!」

 

 了解したと言わんばかりに鳴いた三ツ脚烏が大空へと飛翔していく。

 

「じゃあ出発しよう」

 

「おうよ」

 

 マルクが向きを微妙にズラして『陸舟』は進み出した。

 

 ザァァァ―――――――――。

 

 ほとんど滑り下りるだけだし、速度も上げない方が良いだろう。凛華ものんびりとした様子で軌道を修正するようなコースの壁だけを創っている。この分なら操魔核の生み出す魔力と相殺できるほどだ。

 

 

 こうして”鬼火”の一党による山岳警備隊第1班、班員3名の捜索活動が始まった。

 

 

 ***

 

 

 警備隊3名の手がかりを探し始めておよそ4時間。ゆっくりと滑り下りつつ、見つけた洞穴を探したり、時折止まっては音や匂いを探ってみたり。

 

 6名を乗せた『陸舟』は山同士の繋ぎ目―――深めの裂け目があるところで転進し、折り返して進んでいる。

 

 その間あえて風下側に立ってみたりもしてみたし、エーラが木に登ってみたりしたのだが、杳として3名の行方は知れなかった。

 

 標高1,200~1,000m地点までは隈なく探しきってしまった、そう言えるほどには散々回ってみたが影も形もない。

 

 ザァァァ―――――。

 

「どうする?一旦飯にしとくか?」

 

「そだね。もう正午だし」

 

 マルクの言葉にアルは頷いてラウラへ視線を向ける。朱髪を揺らしたラウラは地図を指でなぞり、

 

「ここまで降りれば小川があるみたいですよ。昔使われてた登山道の近くみたいです」

 

 と声を上げた。

 

「じゃあそこまで捜しながら降りよう」

 

 アルは振り向いてマルクへ伝える。

 

「了解だ」

 

 マルクは異もなく了承した。

 

「それにしても・・・マルクとエーラでも手がかりが見つからないとなると」

 

「そうね。雪の下に穴でも掘ってたら流石にわかんないでしょうし」

 

「探し直しても同じ結果になるね」

 

 ソーニャと凛華が難しい顔で唸る。とかく雪は音を吸うのだ。マルクの嗅覚とエーラの聴覚でも無理なら探し直したところで見つかる気がしない。

 

「とにかく先に栄養補給だ。えー・・・九五〇m地点かな?そこで昼食にしよう」

 

 アルがそう言ったところで凛華が指示に沿うようなコースを創り始めるのだった。

 

 

***

 

 

 『陸舟』が意思を持ったソリのように斜面を滑り降りていた。雪をかき分け、たまに生えている樹木や岩を器用に避ける。

 

 ラウラは先ほどとは変わり始めた空を見ながらポツリと妹に呟いた。

 

「だんだん風が強くなってきたね」

 

「ああ。酷くなる前にアル殿が打ち切るだろうな」

 

 なにせアルにとっての最重要は仲間であって仕事ではない。いい加減気付いているソーニャは隣の姉へそう返した。

 

 もう少しで小川が見える。そう思った矢先、

 

 ビュウゥ―――――ッ!

 

 強い雪混じりの冷風が突き抜けてきた。

 

「うぅっ!冷えるなぁ」

 

 前方にいたエーラがふるふると耳を震わせる。だが、即座に耳朶を鋭い声が打った。

 

「待て!!」

 

 マルクだ。先程とは打って変わって厳しい顔つきをしている。

 

「何か嗅ぎつけたのか?」

 

 彼のすぐ前の席にいた2人が驚きの声を上げるより先にアルが問うた。

 

 こちらの声も一気に緊迫感のあるものへ転じている。

 

「血と泥の混じった匂い、それと獣の臭いが少し」

 

「どっちだ?」

 

 端的な質疑応答を繰り返したのちマルクは風の吹きつけてきた方面を指した。

 

「あっちだ!」

 

「予定変更!急ぐぞ!」

 

 アルは『陸舟』の底に片側だけブレーキを出現させて針路を変える。幸い降り方面だ。凛華の冰に頼らずとも進めるだろう。

 

「ええ!」

 

「わかった!」

 

「無事だといいんですが・・・」

 

「どちらにしろ行ってみなければわからん。急ごう」

 

 アル達6名はマルクの嗅覚に従って救助者と思わしき者たちがいる方へと急行する。

 

 その上空をただ事ではないと悟った夜天翡翠がピッタリと寄り添うように飛翔していた。

 

 

 ☆★☆

 

 

 山岳警備隊第1班の隊員3名は入口の狭い雪洞に逃げ込んでいた。ここなら()()()も入ってこれない。

 

 ただし問題がある。一昨日から昨日今日にかけて降り続いた雪のせいで入り口が埋まり、出られないのだ。そのせいで火もろくに焚けない。

 

 見えぬ毒、一酸化炭素中毒で死ぬ可能性があるということを理解しているからだ。

 

 加えて最悪なことに一人は重傷を負っている。男性隊員の1人だが女性隊員である2人を庇って怪我を負ったのだ。

 

 班長である山岳警備隊副隊長は囮になって自分達を逃がし、彼の背中には大きな裂傷が広がっていた。

 

「きっと、助けは、来るさ。副隊長は、班長は・・・助けを、呼んでくれてる」

 

 うわ言のようにそう呟く男性隊員に女性隊員は涙を浮かべて寄り添っている。彼らは同期でも仲の良い関係だった。

 

 今更になって己の本音に気付いた女性隊員は男性隊員に縋るように手を握り続ける事しかできない。

 

「先輩・・・」

 

 3つ下の後輩女性隊員は包帯の上から滲んでくる血を直視できずに目を背けた。寄生虫や蛆虫の類がいないのは寒さのおかげだが、その寒さは彼らの体温と体力をじわじわと追い詰める刃でもある。火を使えたのも最初の夜だけであった。

 

「もうイチかバチか脱出してみるしか・・・彼だって、もう体力が保たない」

 

「でも先輩は私達みたいに動けませんし、砦の場所だってわかりません」

 

「じゃあどうするの!?私は見殺しになんてしたくないの!」

 

「私だってそうです!助けてもらったんですよ!?」

 

 とうとう限界に達した女性隊員同士が悲痛な声で言い争いを始めた時だ。

 

「マルク、ここで合ってるみたいだ。ホントよくわかるもんだなぁ」

 

「まぁな。つーか揉めてるっぽいぞ。さっさと助けようぜ」

 

 埋まってしまった雪洞の入り口から若い男の声が二つ聞こえた。女性隊員2人はハッとして動きを止める。

 

「そだね。おーい、山岳警備隊第一班の三名はいらっしゃいますかー?捜索依頼を出されてきた武芸者です。いるなら返事をしてくださーい!」

 

 高くも低くもないがよく通る声が雪洞内に響いた。年長の女性隊員はすぐさま声を上げた。

 

「いる!一人大怪我してるの!助けて!」

 

 悲鳴に似た声だ。女性隊員の声を拾った若い男らしき声はすぐさま返答を寄越してくる。

 

「わかりました!じゃあ入り口から離れて下さい!一気に溶かしますから!」

 

「え、あ、はいっ!」

 

 言われたことを理解してすぐに女性隊員は男性隊員を担ぐようにズルズルと雪洞の奥へ引っ張り始めた。

 

「私も手伝います!」

 

 後輩女性隊員も同じく彼の足を掴んで持ち上げる。

 

「じゃあやりますよ!」

 

 声の主は移動した気配に気づいたのか、すぐさまジュウッ!という音と共に入口の雪を溶かし始めた。炎のはずなのになぜか蒼い。

 

 瞬く間に溶けていく氷混じりの雪を女性隊員2人はしばし唖然として見つめる。普通の炎ではこうはならない。普通もっと少しずつ蒸発していくものだ。

 

 どれだけの魔力があればあんな真似ができるのだろうか。

 

 30秒かそこらで溶けた雪洞の入り口に立っていたのは、青黒い髪のまだ若い青年だった。後ろには何人かいる。仲間だろうか?

 

「やっと見つけた!もう大丈夫ですよ!」

 

 声をかけてきた青年に後光が差したように見えた女性隊員2人は男性隊員を抱えたまま呆けるしかない。助かった。でも現実味がない。

 

 しばらく呆然とする2人に青年は困ったような表情を向けるのだった。

 

 

 ☆★☆

 

 

 マルクの鋭い嗅覚が導いた先には、狭そうな雪洞があり雪で入り口が塞がっていた。

 

 彼女らの口論とマルクの鼻がなければ絶対にわからなかっただろう。

 

 雪を溶かして入り口を()()()()()アルの背後にいたマルクは顔をしかめて後ずさる。

 

「アル悪ぃ。血の匂いがキツ過ぎて無理だ」

 

「俺でもわかるくらいだからね。下がってて大丈夫」

 

 暖かい空気は上空へ昇るもの。つまり噎せ返るような血臭が雪洞の外へ吐き出されたのだ。

 

 アルでさえ顔をしかめたのだからマルクにはキツくて当然だろう。

 

「すまね、飯の準備しとくわ。先に治療するんだろ?」

 

「うん、頼む」

 

 いそいそと雪洞のすぐ外で簡単な昼食の準備に取り掛かるマルクを尻目にアルとエーラが先行して中に入っていく。

 

 まだ『治癒術』を使いこなせないラウラとソーニャはテキパキとマルクの手伝いをし始めた。

 

「私達より彼をお願い!」

 

 酷く消耗している女性隊員の一人がそう言って抱えていた男性隊員を見せる。

 

「とりあえず傷口を見ないと治療も何もないね」

 

「うん、それに凍傷も怖い」

 

 エーラの言葉にアルが蒼炎を4つほどボウッと浮かせた。女性隊員たちは目を瞠る。入り口を熔かしたのはこれだと気付いたようだ。

 

「二人とも、入り口のところで座ってなさい。こっちで治療するから」

 

 二本角を生やした鬼娘の有無を言わせぬ口調に女性隊員達はようやく男性隊員から手を離してゆるゆるとした動きで入り口の方へ向かい始める。

 

「包帯、外すよ」

 

 テキパキと男性隊員の包帯を剥がすエーラ。アルはもう2つほど入り口の方へ蒼炎を送りながら意識を怪我人へ向けた。

 

「切り裂かれてるわね。でも人の仕業じゃないわ」

 

「だね。魔獣だろう」

 

「それも結構大型だよ」

 

 アル達3人が所見を述べる。こんな大きな裂傷、尾重剣でも不可能だ。

 

 散らばっていた毛布を手繰り寄せたアルが男性隊員の口に宛がった。

 

「これ噛んで下さい。傷口を洗います」

 

「やるわよ」

 

 凛華が勢いよく男の肩口と背中に放水する。

 

 化膿してからでは遅いし『治癒術』は万能ではない。きちんと下準備がいる。

 

「ゥぐうぅ―――――っ!?」

 

 アルはジタバタもがきながら声にならない悲鳴を上げる男性隊員を押さえ込んだ。

 

「「っ!!」」

 

 後ろから女性隊員たちの視線を感じるが無視する。構っている暇はない。

 

 急を要するのだ。男性隊員の傷口は水に晒されたことで更に血を滲んできていた。

 

「エーラ、お願い」

 

「任せて」

 

 凛華が背嚢に入れていた清潔な布で身体をふき取り、後から後から血が滲んでくる傷口にエーラが癒薬帯と包帯を宛がいながら急いで巻いていく。

 

「ふぅ―――――・・・・」

 

 アルは冷静に男性隊員との魔力を同調させ、五指に展開した『治癒術』を起動した。

 

 ぶわっと放出されたアルの魔力に、見守っていた女性隊員2名が慌てて動き出そうとするがラウラがやんわりと止める。

 

「大丈夫です。『治癒術』をかけているだけですから」

 

「『治癒、術』・・・・使ってくれたの?」

 

「凄い、魔力ですよ・・・?」

 

 止められた2人はストンと腰を下ろし直した。

 

 男性隊員の呼吸が落ち着き始めたからだ。

 

「あれでも大して放出してねえ。魔族だからな」

 

 納得すると同時に力の抜けた2人へソーニャが粥を手渡す。干し肉を砕いてふやかし、そこに蕎麦粉と簡易出汁を入れて作ったものだ。

 

「彼に渡す分もちゃんとあるから食べてくれ。栄養を取らないと動けない」

 

 女性隊員は椀の暖かさに驚くような泣き出しそうな顔をして、すぐに啜るように食べ始めた。

 

「よしっ!これで大丈夫!鎖骨は折れてたけど内臓は破れてないし背骨も折れてないから後は安静にするだけだね」

 

 エーラがやり切ったという顔でアルと凛華を見る。2人共ほっとした顔だ。男性隊員は疲労困憊といった表情で肩口と背中を重点的に癒薬帯と包帯で覆われていた。

 

「よいしょっと」

 

 最後に残っていた水気を拭ってやりながらアルが背負う。

 

 無から有を作り出すことなどできない、つまり食事をさせなければ血も肉も作られない。

 

 ―――――食事をさせないと。

 

 身体自体も温めてやらなければならないだろう。

 

 治療していた付近にあった蒼炎を動かす。

 

「この恩は、一生忘れない」

 

 男性隊員の掠れた声を耳元で聞いたアルは笑って返した。

 

「忘れていいよ、依頼だし。とりあえず食事を摂って。じゃないと治るものも治らない」

 

 入口付近で男性隊員を壁にもたせ掛けて降ろす。ソーニャがすぐさま椀を持ってきた。

 

 彼の分は肉を更に細かくしたものだろう。汁気も多い。

 

 ―――――さすが、気が利いてる。

 

 アルはそう思いながら男性隊員へ手渡した。

 

「ありがとう・・・」

 

「自分で食べられますか?」

 

 木匙で食べさせようかとしたアルへ年長の方の女性隊員が声をかけてくる。

 

「それは私がやる。やらせて」

 

「そちらは大丈夫なんですか?お代わりはあるはずですよ」

 

「ちゃんと食べたから。一応携帯食糧も摂ってたから胃はそんなに弱ってないの」

 

「わかりました。じゃあお願いします」

 

 先程よりだいぶマシになった顔で女性隊員はアルから木匙を受け取って食べさせ始めた。

 

 些か暖かすぎる蒼炎のおかげで彼の服もすっかり乾いている。

 

「ぅ・・・あぁ、うまいなぁ・・・」

 

「うん、そう、そうだね。だからちゃんと食べて元気になろう?」

 

「あぁ・・・」

 

 甲斐甲斐しく匙を口に運んでやる女性隊員と疲労困憊ながらも口を動かし続ける男性隊員を後輩隊員は見つめた。

 

 昨日や今朝など携帯食糧すら受け付けなかった。

 

 しっかりとした糧食(レーション)ではない。

 

 行動食のような携帯食糧ですらもう食べられなかったのだ。

 

「良かった・・・先輩」

 

 自然とその目に涙が浮かぶ。

 

 アル達は顔を見合わせ「良かった」と暖かな気持ちになりながら昼食を摂り始めるのだった。

 

 

 ***

 

 

 昼食兼治療を終わらせたアル達は放置していた『陸舟』を変形させ、捜索隊の負傷者3名を乗せていた。男性隊員は静かに眠っている。

 

 『治癒術』は掛けられた者の魔力が活性化し、細胞を急速に修復するので疲れるものだ。特に大怪我をしている場合などはそれが顕著なため、これは自然な反応である。

 

「きちんと彼を支えて乗っててください」

 

 アルが女性隊員たちにそう告げたときだった。

 

「カアーッ!カアッ!カアッ!」

 

 昼食を摂り終え、上空に戻っていた夜天翡翠が警告を発する。

 

「翡翠!?」

 

「なんだ!?」

 

「魔力!!」

 

 ドオッ―――!

 

 行く手を阻むように一匹の大狼が姿を見せた。

 

 黒ずんだ血のように濁った赤目、真っ白で巨大な体躯。

 

 首回りと足先だけは青っぽい黒―――アルの髪色のような毛をしている。明らかにこちらを獲物として見ている目だ。

 

「血の匂いを嗅ぎつけやがったか・・・!」

 

 苦々し気に吐くマルク。すると女性隊員が叫んだ。

 

「アイツだ!私達を襲ってきた魔獣!」

 

羅漂雪(らひょうせつ)です!逃げてください!」

 

 もう一人の女性隊員も悲鳴に近い声を上げる。

 

 オオオォォォォォッン――――――――!

 

「無理みたいね」

 

 凛華がにべもなくそう言った。あの大狼はこちらを逃がすつもりがなさそうだ。

 

「チッ、最後の最後で!」

 

 チリチリとした殺気をアルは纏わせる。

 

「無理です!高位魔獣なんですよ!?」

 

 その殺気に気付いた羅漂雪が唸り声をあげ、女性隊員は考え直せと叫んだ。

 

「高位魔獣かよ。久々に聞いたぜ」

 

 マルクもアルと似たような表情だ。

 

 だがもうあの大狼―――”羅漂雪”の射程内だ。

 

 こちらへ獣特有の殺気を向けてきている。

 

「どうする?」

 

 複合弓に弦を張りながらエーラが問うた。

 

 ラウラとソーニャだけならともかく、怪我人1名と疲労困憊の女性2名を庇いながら戦うなど到底無理だ。

 

「こうする」

 

 アルは言うが早いか『陸舟』を女性隊員2名と男性隊員がくっついてギリギリ納まるほどの大きさに変形させ、こちらを見ていた若い方の女性隊員へ背嚢の地図と巡回路を投げ渡す。

 

「ここは小川沿い標高九六〇m地点。その大きさなら倒れるくらいで止まります」

 

「何を―――!」

 

 するつもりですか!?

 

 女性隊員がそこまで叫ぶ前にアルは羅漂雪に鋭い殺気をブチ当て、()()()向けた。

 

 

「こうするんですよ。おい・・・そこを退()け、犬っころ」

 

 

 ゴオオオッ―――――!

 

 蒼炎雷が羅漂雪に殺到する。

 

 それは予期していなかったのか大狼は慌てて横に飛び退いた。

 

「マルク頼む!」

 

「よっしゃ!ってわけでじゃあな!!」

 

 アルの呼び声に素早く反応したマルクがゆらりと『人狼化』してドンッと『陸舟』を蹴り押す。

 

 ザアッと滑り出した勢いで咄嗟に先輩に抱き着いた女性隊員はこちらを向いて

 

「ちょっと!待ってダメです!!」

 

 と叫んだ。男性隊員を抱えていた方も、

 

「あなた達囮なんて!待ってすぐに私達も!」

 

 恩人達へ悲痛な声を上げる。

 

「もう遅いよ」

 

 しかしエーラはバッサリ切って捨てた。羅漂雪が『陸舟』へ首を向けた瞬間、いつの間にか放たれていた矢がヒュインッと目を狙って飛んでくる。

 

 大狼が慌てて矢を回避したところで、

 

「高位魔獣相手じゃ庇えないのよ。ちゃんと砦に戻んなさいな」

 

 凛華は立ち塞がって冰柱(つらら)をぶっ放しながら『修羅桔梗(おにききょう)の相』を展開した。二本角が淡い若草色に色づき、青い瞳に金の環が浮かぶ。

 

「あれが噂に聞く高位魔獣か!並の魔獣が可愛く思えるな」

 

 ソーニャは盾を構え、剣先の広がった直剣を引き抜いた。

 

「あの人達のところへは行かせません!」

 

 ラウラも杖剣を構え剣先を羅漂雪へ向ける。

 

 高位魔獣とは、知能を持ち”魔法”を操る特殊な魔獣。

 

 その強さは他の魔獣とは一線を画す。

 

 彼女ら2人にとって初めて戦う凶悪な魔獣だ。

 

 しかしラウラとソーニャにそれほどの恐怖はなかった。

 

 もちろん戦意や使命感を爆発させているおかげもある。

 

 しかしそれ以上に―――。

 

 カチカチカチッ。

 

 ”灰髪”になったアルとその仲間達が魔力を滾らせているからだ。

 

 絶望を打ち払う彼らの強さも、諦めの悪さも、その優しさもよく知っている。

 

 だからこそラウラとソーニャはちっとも怖くなかった。

 

「さぁて、行動開始だ。簡単に通れるなんて思うなよ?」

 

 アルが偽悪的な笑みを浮かべて魔力の暴風を叩きつける。

 

 羅漂雪は唸りを上げて襲い掛かった。

 

 女性隊員2名は小さくなっていく6名と上空にいる黒い3本足の鴉へ力の限り叫ぶ。

 

「絶対味方連れてくるから!待ってて!持ちこたえててお願い!」

 

「早く砦に!早く・・・!」

 

 3名を乗せた『陸舟』は、彼女らの願いを体現するように斜面を疾走した。




評価や応援等頂くと非常にうれしいです!
感想も受け付けておりますので是非ともよろしくお願い致します。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。