何も知らない鳴坂和人くん(22) 作:スティック/糊
「いい感じにできたな」
出来上がったケーキはシンプルな生クリームと苺で装飾されたタイプ。
表面の生クリームのコーティングはザックリ生クリームを盛ったあと紗音が右手の上に置き「ターンテーブル」とか小ボケしながら手首を回転させて塗り切った。
……確かにフレキシブルに回転できる機能は搭載してるけど、手のひらドリルはズルくない?
「おいまて、その余った絞り袋で何しようとした」
「私を食べて?」
「午後から出かけるのに何しようとしてるんじゃワレ」
デコレーションのため生クリームのだいぶ少なくなった絞り袋を片手に紗音が怪しげなことを企んでいたので制止した。
――あれ、否定自体はされてない?
彼の誕生日にするか。
紗音は別種のたくらみを企て始めた。
「じゃ、写真撮ろ」
「はいはい」
二人でケーキもって写真をパシャリ。
これも例年の様に慣れたものである。
……これを始める切っ掛けは何だったか。
自分の誕生日も悪くないだろうといつか見返せるように、と始めたんだったか。
ただ、門河さんに流出させるの止めてくれねぇかな…。
自分で進んで記録を残すようになったのは良い変化なのかな。
「だいぶ上手くスポンジも焼けたな」
「初めて作った時悲惨だったもんねー」
gとml間違えてシャバシャバになって全然膨らまないホットケーキもどきになったっけ、と。
それに比べれば今年のケーキはかなりの成功なのではなかろうか。
ケーキ入刀、なんて小ボケをしながらファーストバイトだぞオラと口にケーキを突っ込まれる。
「こんな所でイベント消化していいのか?」
「…ふぇ」
「あーん」などブラコンな妹にやられまくっているため抵抗なんてものはない和人は普通に食べる。
「なんてな」
「もー!もー!」
肌が白いからか赤面がよくわかる紗音の攻撃を躱しながらケーキを食べ進めた。
午後はブラブラと買い物に出かける。
「何か欲しいものはあるか?」と聞くと「かのVR博士の時間ほど高いものはないでしょ」なんて言われながら適当な服屋に入って服を選んでもらったり、和人好みの服を贈ったり。
妹から大人のデートスポットは分からんけども、と送られてきた猫カフェに行ってみたり。
だいぶ猫にまみれてた紗音は面白かったので写真に残した。
これは…門河さんに遭遇した時に見せよう。
俺の膝を占領した黒猫に嫉妬せんでも…。
大きく表に出てはいないものの、アトラクション演出をした都内の小さな遊園地でゆっくり遊び夜になった。
だいぶベターだがそこそこ良い所のレストランへ。
そこそこどころか日本に十数店舗しかない三ツ星のフレンチだ。
2年は完全に予約埋まり切っているというが、まぁコネだ。
予約枠をちょっとした交渉材料に使おうとキープかけてたのを貰った。
「和人君ってだいぶロマンチストだよねぇ…」
「ロマンがないとゲームなんて創造できないんだわ」
窓際の景色の良い所でコース料理をデザートを残して食べ終わった。
「あー、そのなんだ」
「婚約解消なら絶対聞かないよ」
「そうではないんだが、あー、好みのもんかどうかわからんが誕生日プレゼントを用意した」
「いっぱい貰ってるんだけど」
「消え物以外で、だ」
そう言って和人はポケットから箱を取り出す。
正直な所中身を作るより外箱を作る方が楽しかったとは言えない。
手のひらサイズ、二等辺三角形を繋ぎ合わせたようなそれはだいぶ嵩張ったのでスマートにポケットから取り出すことはできなかった。
「三角錐…」
「頂点を少し押し込むと展開する」
「うん」
それを紗音の目の前に置き、開けてくれと促した。
先端は少し丸めているので怪我をすることはないはずだ。
紗音はなんだこれ、と言う感想と、心の隅に置いたはずの期待がくすぶる。
促されるままその箱を押し込むと、箱が展開しアクセサリーが出てきた。
紗音はお嬢様としてそれなりに金属の目利きは出来るが金銀銅、プラチナに当てはまらない不思議な反射をする銀に近い色味の金属。
ただ、その形は確かに紗音が望んでいたそれであったのは確か。
紗音は展開された箱を持ち上げ、まじまじとその内容物を見た。
一見シンプルな甲丸のリングに細々とした彫刻が行われている。
そう、指輪だ。
「自分で削っている内にだいぶ技術寄りになってしまってな、色んなパターン作ったんだが結局シンプルになっちまった――あれ、ダメか、いくら何でも泣かんでも…」
「え?」
そう知覚した瞬間紗音の眼から涙がこぼれた。
泣くつもりなどなく、困らせるつもりもなく、紗音は和人に指摘され、左手で頬を触って初めて自身が泣いていることに気が付いた。
片目に至っては科学の結晶に近い技術で復元されてはいるものの、視力は良くない状態で機械の補助に頼り切っている。
ああ、ちゃんと両目から泣くことが出来ている。
「素人の手作りだ、すまん。ちゃんとした職人の作ったものもあr――」
和人が紗音の泣く姿はあの時以来でひどく動揺し、保険として用意したブランド物のアクセサリーを慌てて鞄から取り出そうとするが、紗音の言葉で止められた。
「はめて」
「……?」
「今すぐ和人君の手ではめて。そうしないと私史上一番泣くよ」
そう言って差し出される紗音の左手。
「……
そう言って和人はテーブル越しだと距離が有ったため席を立ち、紗音の左手を取る。
「…ヘタレ」
「ここは、お前が決着付けてからな」
「分ってるくせに」
「それでも、だ」
彼女の左手を左手で支え、右手で指輪を掴む。
和人が嵌めたのは左手の薬指、ではなく人差し指。
アクセサリーと言うやつは付ける場所で色々な意味があるらしく、左手の人差し指は[進むべき方向を指し示す]だったか。
一瞬人差し指に嵌めると分かったらスッと手首を動かさないで欲しい所。
「早めに俺に大義名分を寄越しな。それまでここはお預けだ」
「来月のあなたの誕生日覚えておいてよ…」
「さて、どうだろな。あまり時間がかかると忘れそうだ」
和人は紗音の手を掴んだまま、彼女の薬指の付け根を少し抑えるように指で挟んだ。
その様子に紗音は右手で涙をぬぐいながら、実働20日の内に過去にカタを付けることを決意した。
それと同時にもう一つの感情が浮かぶ。
……あれ、これって過去に決着ついてたらこの時点で私ゴールできたのでは?と。
そう考えると自分の情けなさに沸々と怒りがこみあげてきた。
「じゃぁ、これ予約ね」
良い所のレストランに来たため、それなりの服装、ネクタイを締めるような服装をしていた和人のネクタイを右手でつかみ、義肢のパワーアシストを活用して和人を引き寄せる。
「次は唇にするから」
頬に触れるようなキスをした紗音は急な行動で離された自身の左手で、ポカンとした表情を浮かべる和人の唇をなぞった。
その時の紗音の眼は確かに猛禽類のそれであった。
「ちょっと男前が過ぎない?」
「うるさいヘタレ」
「え、鏡用意する?」
「ッ、もう!」
こちらがどれほど我慢しているかわかっているのか、と紗音は問いかけたいところであったが、彼もそうであろうと、ますます決意は固まる。
そろそろ、余計な羽虫が湧き出て来かねない。
そう思いながら紗音は運ばれてきたデザートにフォークを刺した。
「人生で一番うれしいプレゼント」
「今朝の妹のアレに勝ったなら良しとする」
「アレは別腹だから」
「さいで」
△
ところ変わって時は少しさかのぼり、私立エテルナ女子学院 9月16日 朝。
「文化祭実行委員ェ…」
「この学校の文化祭規模デカいから仕方ない」
文化祭実行委員に選ばれた真登香と朋は、土曜日だと言うのに登校を余儀なくされている事実に面倒くささが0ではない。
「そういえば今日随分早い登校だったね」
「あー、兄さんのとこ泊ってたから」
「それなら余計に時間に融通が利くんじゃ…?」
「兄さんのプライベートに関わるから大きな声では言えないけど、お客さんが居てねぇ…」
「それでか」
「ばったり初めましてさんと顔を合わせることになってねぇ。…まぁ、朝からAPP18を浴びると健康に良いとはわかったよ」
あの人が将来の義姉かぁ、なんて考える訳よ。
「…なんて?」
朋は突然の爆弾に固まった。
・私立エテルナ女子学院文化祭 10/13・14頃開催(捏造設定)
初等科・中等部・高等部が一斉に行うお祭り騒ぎ。
一般開放はされていないので外部からくるのは生徒一人当たり3名まで呼べるチケットのみ。
母数はデカいが基本的に良い所の人しか現れないので上品な空間となる。
たまにやんちゃな人と付き合う生徒が存在するが、入り口の招待状確認でマークされ、題行動を起こした場合即警備員が派遣され、近くの警察署にドナドナされる。
・ツチノコハシビロコウをディプスロが全力で捜索開始しました。
はい、という訳で本ルートは紗音√ですドンパフ。
ここからASNさんは負け戦となりました。
synnさんが指輪もらって我慢できるわけがなかった。
泥沼はね、カロリー高くなりそうという結論に至ったので気が向いたら番外で書くね…